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Sweet Story

後編



「はぁ……疲れた……」
あの後の事。
召し使いが姫に飛びつこうとしたとか、メイドが王子様を蹴とばしたとかでショックを受けたフェリシアが発作を起こしてぶっ倒れ。
リナとルークはザマスババァに呼び出され、こっぴどく説教を食らってしまった。
「くぅ〜、明日になったら絶対ここを出てやる!たとえ依頼料がもらえなくても構わないわっ!!」
リナが寒さに強かったならば、今晩にでも飛び出したところであろう。それほどまでに、リナは『ザマスババァ』ことマルガリータに辟易していた。
少しカビ臭いベッドに横たわり、リナは溜息をついた。薄汚れた毛布を被る。
暖炉がないためであろう、……非常に寒い。リナは毛布にくるまったまま、がたがた震えていた。
と、その時、部屋の外から声が掛かった。
「おーい、リナ。いるんだろ?」
「……ガウリイ?」
そう、自称彼女の保護者の声だった。
「ああ。開けてくれ」
「開いてるわよ」
リナの言葉に、ガウリイが姿を現した。
「……何だぁ?この部屋!?」
部屋に入るなり、ガウリイは素っ頓狂な声を上げた。
自分に与えられた部屋とは全然違う狭く質素な部屋に、彼は驚くしかなかった。
「リナ、お前何だってまたこんな部屋にいるんだ?」
「あのババァがこの部屋で寝ろって言うから……、仕方ないでしょ」
マルガリータの妙な迫力の前には、リナも何も言えなかった。何者にも、天敵といえるものが存在する。
「それにしたってお前がこんな部屋に……って、あれ?」
部屋を見回していたガウリイが、リナとは反対方向に目を向けたまま動きを止める。
「どしたの?」
「おい、あれって……」
ガウリイの指差す先には、もう一つのベッド、そしてその上に置かれた荷物があった。
「あぁ、あれ?ルークの荷物」
「は?……ルークって、何であいつが」
「今風呂に入りに行ってるみたい……いい加減帰ってこないけど。長風呂なんて、そういうとこ女々しいよね、あいつ。用があるのなら、そっちに行けば?」
「いや、そうじゃなくて……えっと……」
ガウリイが、言葉を濁す。なんとなくだが、焦っている様子も見受けられる。
頭をぼりぼりと掻きむしりながら、「うー」とか「んー」とか唸っているその顔がほのかに赤くなっている事に、リナは気付かなかった。
「なによ、ガウリイ。何が言いたいの」
「いや、だから……」
「だから?」
真っ直ぐにガウリイを見つめる赤い瞳。
その眼光に貫かれたガウリイは、思い切ったようにリナに尋ねた。
「……リナ、その、お前とルークって、ひょっとして…………デキてるのか?」

どんがらがっしゃんっ。
派手な音を立てて、リナはベッドから転げ落ちた。

「な゛……な゛……、いきなり何っつーことを言うのよ、あんたは……っ!!!」
ゆでダコよろしく顔を真っ赤にしたリナが、転げ落ちたままの格好で力無く叫ぶ。
「いや……何となく」
「冗談でも、んなこと言うなっ!!!」
「だってお前、こんなに部屋がたくさんある屋敷でわざわざ一緒の部屋に寝ようなんていったら……なぁ……」
「違うっ!これはザマスババァのせいっ!!!他の部屋で寝ようと思ったって、全部鍵かけてんのよあのババァっ!!!」
そう、いくらルークがミリーナらぶらぶ一直線!と分かっていても、一緒の部屋で寝るのには抵抗があった。
そこでリナはこっそりと他の部屋へ忍び込もうとしたのだが……すべて鍵がかかっていたのだ。
封除(アンロック)の魔法を使おうともしたのだが、そこをマルガリータに見つかり、別の部屋で寝ようと思わなくなるほどこっぴどく「お説教」を食らったのはまた別の話である。
「そっかそっか、よかったよかった……って…………おーい、大丈夫か?」
床に突っ伏したままいつまでたっても起き上がってこないリナに、ガウリイが心配して声を掛ける。
「そんなとこで寝たら、風邪引くぞ?」
だがリナは床でもぞもぞとしているだけで、一向に起き上がってこなかった。
ガウリイの爆弾発言のせいで、動きたくとも身体に力が入らなかったためである。
しかし、そうとは知らないガウリイは、
「よっこらせっと」
うつ伏せになっているリナの両脇に己の腕を通した。
「うひゃおぅっ!?」
奇妙な叫び声をあげたリナを抱え上げるようにして起こす。
そしてそのまま床に座らせようとしたが、

くにゃ。

へたり込んだまま、リナの身体は再び床へと崩れる。
「こら。起きろ。本気で風邪ひくぞ」
床に突っ伏したままのリナに向かい、ガウリイが言う。
「……分かってるわよ……」
しかしリナは起き上がる事ができなかった。
「……じゃ、仕方ないなぁ」
にんまりと、楽しそうな、それでいて意地悪そうな笑みを浮かべると、ガウリイはリナの身体をすくいあげた。
「…………っ!!!!」
これ以上はないくらいに赤面し、声にならない悲鳴をあげるリナ。
「よっ……と」
両腕でリナの身体を横抱きに抱えたガウリイが、器用に身体を傾けてリナの荷物を掴み取る。
そして、そのままリナの部屋を出ていくのだった……。



ガウリイはすたすたと歩き続ける。
「ちょ……ちょっと……、ガウリイっ……!!」
抱きかかえられているためガウリイの顔がすぐ近くにあるのが恥ずかしく、リナはできるかぎりそっぽを向いて話し掛ける。
「どこ行くのよっ!!!」
「暖炉とあったかい布団のある部屋。あの部屋で寝てたら、お前風邪引いちまうし」
確かについ先程まで寒さに震えていたリナにとって、暖かい部屋というのはひどく魅力的に感じられた。しかし。
「……まさか、その部屋って……」
嫌な予感に囚われ、リナは尋ねた。
恐る恐る、といった表情の少女に、ガウリイはにっこりとした笑顔を向けて答える。
「俺の部屋♪」
…………。

「ひっ、ひえぇぇぇっっっ!?」
「さ〜て、夜は長いし、楽しみだなぁ?」
「ガ、ガ、ガウリイっ!!!」
「ははははは」
慌てるリナと対照的に、ガウリイが楽しそうに笑い、きゅっと腕に力を込める。
更に強く抱きしめられ……頭が真っ白になったリナは無我夢中で呪文を唱え始めた。
「……黄昏よりも昏きもの……」
真っ赤な顔をしながら唱える赤き魔王の呪文を聞き、今度はガウリイが慌てる。
「じょ、じょ、冗談だって!!こら、だから竜破斬(ドラグ・スレイブ)はやめろぉっ!頼むっ!!今度、飯おごってやるからっ!!!」
必死な言葉に、しぶしぶながらも呪文の詠唱を止めるリナ。
ガウリイが深い溜息をつく。だが、リナもその横顔を見ながら、
(おごるって……あんた、金持ってんの?)
と思い、そっと溜息をつく。
「……で。どこに連れて行こうっていうのよ」
リナに冷たい視線で詰問され、ガウリイは苦笑しながら答える。
「ミリーナの部屋だよ。たしか彼女、俺の隣に結構いい部屋もらってたはずだから」
「おぉっ。ガウリイ、よくそんなこと覚えてたわね!ミジンコ並の脳味噌も、ちょぴっとくらいは働くようになったわけ?」
「……お前なぁ……」
「だって本当の事じゃない」
「……ったく…………。お、着いたぞ」
「着いたの……って……ちょっと、ガウリイ!」
「何だ?」
「いい加減降ろしてよ!ミリーナが見たら、変に思うじゃない!」
未だガウリイの腕の中に抱えられているリナが、今更ながらのように今の状況を思い出して叫ぶ。
「えっ?構わないじゃないか、別に」
「あたしは構うっ!!!」
まるで毛を逆立てた猫のように、リナが唸る。
「はいはい、分かりましたよお嬢様」
そう言いながら、ガウリイは恭しくリナを降ろした。
「そ、そうよっ!最初っからそう素直になってればいいのよっ!」
ムキになってガウリイに言うリナ。
「……その言葉、そっくりそのまま返すよ」
彼の言葉は、少女の耳には届かなかった。

コン、コン。
ドアを軽くノックする。
「…………」
しかし、返事はない。
コン、コン。コン、コン。
さらにノックを重ねるが、中から返事が返ってくる事はなかった。
「ミリーナ、風呂でも行ったのか?」
「え?でも、あたしと一緒に入ったし、一緒にあがったわよ」
「おかしいなぁ」
ドアノブを回す。と、軽い音を立てて簡単にドアは開いた。
「ミリーナ?」
リナが顔を覗かせる……しかし、暗い部屋の中には人影らしきものはなかった。
「どれどれ」
ガウリイもリナの後ろから部屋を覗き込む。確かに、人の気配は無い。
きょろきょろ見回すと……何やらベッドの横に見慣れたものが置いてあるのに気が付いた。
「……あ゛……」
「どうしたのよ、急に顔引きつらせちゃって」
「……怒らないか?」
「何よ、いったい」
「いいから!怒らないって約束してくれ」
「……わかった。何?」
「すまん、間違えた。ここ、俺の部屋だ」

すぱこぉぉぉぉぉんっ!!!!

リナは、どこからともなく取り出したスリッパでガウリイの頭を殴りつけた。
しかもそのスリッパ、丁寧な事にも『ガウリイ殴打用すりっぱ・リナちゃん専用(はぁと)』と、かわいい丸文字で書かれていたりする。
「……ってぇぇっ!リナ、怒らないって言ったじゃないかっ!」
「別に怒ってなんか無いわよ。ま、ちょっとした鬱憤ばらしよ♪」
「同じじゃないかぁっ!!……それにそれ、やけに痛いけど、鉄か何か仕込んでないか!?」
「鉄ぅ?そんなことしないわよ、重いから。軽くて丈夫なアイアン・サーペントの鱗埋め込んでるに決まってるじゃない♪」
「……普段ケチなくせに、何でそんなとこばっかに金をかけるかなぁ……」
頭をさすりながら文句を言うガウリイを無視し、リナは隣の部屋へと向かった。
ドアノブを回す。
「ミリーナ、入るよ………………っ!!!」
鍵は掛かっていなかった。しかし、ドアを開けたとたん、リナは硬直した。
そこにいたのは……部屋の主と、そして……。
「……リナさん。部屋に入る前は、ノックするのが礼儀でしょう?」
ミリーナの静かな声が、リナの耳に届く。
「は……はひ……」
リナの上ずった声。と、すぐ背後にガウリイが顔を覗かせる。
「どうした、リナ……、って……………………………………失礼しました……」
そしてリナとガウリイはそのままの向きで1歩下がり、パタンと扉を閉めた。
そのままギギギと向きを変え、右手右足を同時に出しながら歩き始めた。
かっくん、かっくん。
1歩1歩をぎこちなく踏み出しながらも、何とか2人は隣の部屋まで辿り着き、ドアを開け中に入っていった。
「あ〜、……………………………………………………びっくりした」
部屋に入るなり、ガウリイは深い深い溜息をついて座り込んだ。
リナは無口なまま、やはり驚いたようでへたり込んでいた。
「……」
「……」
流れる沈黙が痛い。身の置き場が無いようにガウリイが感じたとき。
「お、おい?リナ!?」
「……ガウリイ……」
ガウリイにも聞き取れないくらいの小声で何かを呟きながら、すぐ側にいたリナの身体が、ガウリイに寄り添ってきた。
まるでしなだれかかるかのように。


「え?え゛っ?リナ!?」
顔中を真っ赤に染めながらガウリイが慌てた口調で言う。
だが、リナはそのままガウリイに体重をかけてくる。
(え゛っ、ちょっと待て!こ、こいつ、本当にリナか!?)
ガウリイはパニック状態に入っていた。
普段では、ほぼ絶対と言ってもいいくらい、リナのこんな態度を見る事はない。
リナはまだまだ子供で、そのくせシャイで……照れ隠しにガウリイを吹き飛ばす事など日常茶飯事だったというのに。
確かに、つい先程見た光景は、ちょっとばかり刺激が強かったけれども。
「ガウリイ……」
彼の名を力無く呼びながらもたれかかってくるリナ。

──コンナりなハ、知ラナイ。
──コンナりなハ、見タ事ガナイ。

ガウリイの心が早鐘を打つ。
長い間行動を共にしていた少女の新たな一面を見せ付けられ、ガウリイは完全に動揺していた。
こんな姿を今まで知らなかったのが悔しくて。
けれども、こんな姿を自分に晒してくれた事が嬉しくて。

「ガウリイ……」
見上げてくるその姿が妙に色っぽくて、ガウリイはリナを抱きしめたくて、その両腕を彼女の背中に伸ばした。
「リナ……」
優しく耳元で囁く。それに反応するかのように、リナの身体がぴくんと跳ねる。
「ガウリイ……あたし……」
わずかに擦れたリナの声。その甘い言葉はガウリイの心に響き渡り、染め上げていく。そして、ガウリイは腕の中に少女を抱きしめようとしたが……
「あたし…………………………お腹空いた」

「……………………………………………………………………は?」

リナの科白に、あまりにも間抜けな声を出すガウリイであった。


がつがつがつがつ……。
部屋の中央に山のように積まれた食料は、見るまにその姿を消していった。
「もぐもぐもぐ…………ごちそうさまっ!!!」
リナは心から満足したような笑顔で、最後のパンを食べ終えた。
そんなリナを、複雑な表情で見つめるガウリイ。
「あぁ、おいしかった!……ったく、あのババァ、ろくなご飯食べさせてくんないんだもん」
そう。リナとルークに出された晩御飯は、使用人でももう少しまともなものを出されるのではないかと思うほど粗末なものであった。
あまりの仕打ちに文句を言おうとしたところ、例によってマルガリータが現れ……結局2人はその僅かな食事しかとることができなかったのである。
ちなみにガウリイとミリーナは高級料理のフルコースを惜しみなく出されていたという……。
……リナ達とガウリイ達の扱いにはかなりの差があるようであった。
ガウリイが厨房に行き、腹が減ったので少し食料を分けてくれと頼んだら、簡単に手に入ったことからもよく分かる。
「ったく、この差は何よ、この差は!ねぇ、そう思わない?ガウリイ」
「えっ……あ、ああ。そうだな」
「何よ上の空で。あ、ひょっとしてあんた、食べたかったの?」
「……いや、いいさ。俺はもう充分に食べたし」
嘘である。
確かに出された料理は量も質も申し分ないものであったのだが……何故かガウリイには、美味しいとは思えなかったのである。
ほんのわずかだけ手を付けた後はすべて残してしまっていた。
「そうなの?」
「あぁ、お腹いっぱいだ」
こちらは本当である。
結局夕食はほとんど食べていないため、お腹は空いているはずである。
しかし、こうしてリナが幸せそうに食事をしている光景を見ただけで、何故かお腹がいっぱいになったのである。
「あたしもお腹いっぱい〜♪」
ごろん、とリナは床に転がる。ふかふかの絨毯が気持ち良く感じられた。


「……それにしても、何なんだろうな、この仕打ちは」
「え?」
ガウリイの呟きに、横になったリナが顔だけをそちらに向けた。
「部屋にしろ、食事にしろ…………リナに対する態度がひどすぎる」
その顔は険しい。
「あれって、あの子のせいなのか?」
「あの子って……フェリシア?」
黒髪の少女を、リナは思い浮かべた。
「そうだ。あのオバサンだって、あの子の言う事を聞いて俺達を雇ったんだろ?」
「んー、確かにそうかもしれないけど、あの子には悪気はないとは思うわよ。悪気があるのはザマスババァ!あっちの方でしょ」
「まぁそうかもしれんが……あの子、思い込みが激しすぎる気がしてなぁ」
ガウリイが腕を組んで唸っている。
「……確かにそれは言えるわね。外見だけであんた達を王子や姫と思ったのはまぁ不思議でもないけど、もはや完全に王子様扱いされてるでしょ?ガウリイ」
「そうなんだよなぁ。参るよ、あれには」
「でも仕方ないわよ。そういうお年頃なんでしょうから」
「……はぁ?」
怪訝そうな顔をするガウリイに、リナは起き上がり、指を立てて説明した。
「女の子だったら誰だって、そういう時期はあるものよ。恋に恋するっていうのかな?おとぎ話の王子様やお姫さまに憧れたりするのよ」
いつかきっと、王子様がやってくる。
耳元で「愛してます」って囁いてくれる。
そして、幸せを掴むことができる……。
「いわゆる、『夢見るお年頃』ってやつね。まぁ、あの子の場合、ちょぉ〜っとだけ極端かもしれないけど。とりあえず、あの子に腹は立たないわねぇ」
「はあぁ……俺にはよく分からんわ」
「ま、男のあんたには仕方ないかもね。でも、女心は難しいっていう事くらいは分かったでしょ?」
(そりゃそうだろうな……俺にはお前の考えてる事が全然分からんからな)
にっこりウインクするリナに、ガウリイは苦笑した。
「なるほどなぁ。……って事は、お前にもそういう時期があったって事か?」
「何で過去形にするかなぁ?あたしはまだまだお年頃なのに」
頬を膨らませてぶーたれるリナに、ガウリイは笑顔を向ける。
「そりゃ悪かったな。んじゃ、まだリナは王子様を待ってるんだ?」
「んにゃ。待ってない」
「おいおい」
「だって、待ってるだけで幸せが手に入るのだったら、この世のみんなが幸せになってるわよ。でも実際はそうじゃないでしょ?待つだけじゃ駄目ってわかってるから、自分で進むよう努力するの。だから、待たない。それに……」
「……それに?」
「あたしはお姫様にはなれなかったしね」
夕方にも感じた切ない想いが、リナの中に再び蘇った。

ミリーナなら、お姫様になれる。
それに、かつての仲間達……たとえばシルフィール。彼女の上品な容姿や物腰は、リナには手の届かないもの。
そしてアメリア……彼女は本物のお姫様だ。その立場も、そして、その内の輝きも。
自分には、それがない……。

小さく呟き、俯いてしまったリナ。
そんな彼女が何ともいえず愛しくて、ガウリイは今度こそリナを腕の中に抱きしめた。
「うきゃっ!」
「……お前だって、立派なお姫様だよ」
突然の事に顔を真っ赤にしたリナが、ガウリイの言葉を聞いて更に赤くなる。その腕から逃れようとするが、抱えられた身体はびくとも動かなかった。
「な゛……な゛……」
「こら、暴れるなって。お姫様はおとなしくしているもんだろ?」
「な……何言ってんのよ!だいたい、あたしはお姫様なんかじゃないって!ミリーナとかとは違うんだから!」
「そりゃミリーナと同じとは思わないさ。だけど、女の子は誰だってお姫様になれると思うけどな」
「それはいくらなんでも無理でしょ?いくらこの世界が広くたって、国の数には限度があるわ。当然、王子様の数だって限られるし」
「そうじゃないって。別に、本物の王子様じゃなくてもいいんだろ?その子にとっての王子様がいれば、それで充分じゃないか」
「……んじゃ、男の人には、その人だけのお姫様がいればいい、って事?」
「そういうこと。……わかったか?お姫様」
にこにこ笑ってリナの頭をくしゃりと撫でるガウリイ。

(ったくもー。いつまでも子供扱いするんだからなぁ、ガウリイは。な〜にが『お姫様』……って、え!?何でガウリイはあたしの事を『お姫様』って……え゛え゛っ!?)
その言外に秘められた意味に何となく気付き、リナは耳まで赤くなる。
相変わらず、ガウリイの腕はリナの身体を包み込んで離さない。
「うぅ……あー、もうっ!!!」
リナはやり場の無い手をもてあそび唸ったが、そのうちに気持ちが少し落ち着いたようだった。
ガウリイを睨み付けるようにして言う。
「よーーーく、わかったわよっ、クラゲの王子様っ!!!」
真っ赤な顔をしたリナのその科白に、ガウリイは会心の笑みを浮かべた……。



そして翌朝。
「きゃあぁぁっ王子様っ!!!!」
フェリシアの叫び声が屋敷中に響きわたった。
リナとガウリイは、部屋を出ようとしたところで彼女と鉢合わせし、そしてこの絶叫を至近距離で聞かされる羽目に陥ったのだった。
「……何だ何だぁ」
早朝からの騒ぎに、隣の部屋からルーク達が眠い目をこすりながら現れる。
「何で王子様がそんな女と一緒にいるのよおぉぉっっっ!?」
「……こんな女で悪かったわねぇ……」
ぶつぶつとリナが呟くが、少女は聞いちゃいなかった。
小さな身体を振るわせ、必死に何かを耐えている様子である。
「おいおい、ひょっとしてこいつの夢を砕いたってやつかぁ?まぁ無理もないよなお前相手じゃ……はぐっ!」
「……やかましいよ、ルーク。殴るよ」
「もう殴ってますよ。……けどリナさん、またこの子に発作なんて起こされたらまずいのでは」
「あぁっやばいっ!!!忘れてたっ!!!」
「忘れるなぁっ!ガウリイの奴じゃあるまいしっ!お前まさか一緒に旅しててクラゲが感染ったんじゃないのか?」
「失礼なことを言わないでよねっ!!!」
しかし、うずくまるように震えている少女をこのままにはしておけなかった。
「フェリシア、大丈夫…………っ??」
「何て……何て…………何て、妖しくて素敵な関係なのっ♪」
フェリシアは突然身体を起こし、目をハート型に輝かせた。
「…………は?」
唖然とするしかない周りの4人。

「……美しき姫という婚約者がありながら、小間使いと危険な真昼の情事を交わす王子様っ!!!……なんて怪しいひ・び・き」
「今は朝でしょうが……って、ちょっと待て!!!あんた今、一体何想像したっ!?」
「そして傷心の姫は貧乏くさい召使の誘惑に耐えきれず、思わず身を任せてしまう……」
「……おい、誰が貧乏くさい召使だっ!!!!」
「それを知った王子様は自分の事を棚上げして姫を一方的に責めるっ!!!」
「……ほへ?」
「何も信じられなくなったお姫様は王子様の不倫相手の小間使いを殺して自らも命を絶つのよっ♪」
「…………くだらないわね……」
「あぁっ、なんて悲しい悲劇っ!冷たい運命っ!狂った日常っ!!」
「……狂ってんのはあんたの頭でしょうがっ!……」
「……言葉の使い方が間違ってるわよ……この子……」
完全に自分自身の世界に入ってしまった少女に、4人は冷たい眼差しを向けた。
……だが、そんなことに構わず、妄想モードに突入したフェリシアのたくましい想像力はとどまることを知らなかったのである。
一人あさっての方向を向きぶつぶつと喋り笑い続ける少女の姿は、傍から見ていてとても恐ろしいものであった。

「フェリシアちゃん?どうしたザマスかぁ!?」
寝間着姿の半ボケ状態でようやく姿を表すマルガリータ。どうやら低血圧らしい。
そしてフェリシアはまだ半分寝たままの母親に向かって、夢見心地のまま言った。
「……お母様……私、この方々から素晴らしいインスピレーションをいただきましたわ!どうぞ存分に謝礼を差し上げて下さいませ!」
「そ、……そうザマスか?」
そしてフェリシアは4人に深く頭を下げる。
「皆様……本当にありがとうございました。これで筆が進むというものですわ♪」
「????」
リナ達の頭は疑問符でいっぱいだった。
が、このまま屋敷に留まることに何となく恐怖を感じた4人は、謝礼を受け取った後、逃げるようにこの屋敷を後にしたのであった……。


その後。
とある若手作家による、美形の王子様と小間使いの不倫による悲劇を描いた恋愛小説が巷に大流行したらしい。
その本を読んだ栗色の髪の魔道士が作者の元へ殴り込みに行ったとか版権料を請求したとかいう様々な噂が立ったが、真実は定かではない。


──年頃の女の子は、誰だってドリーマー。
  いつも夢見ているのは、王子様とお姫様のラヴ・ロマンス…………。

……だった筈なのだが。
昨今の乙女は、どうやらフツーの恋では物足りないらしい……。


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