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──年頃の女の子は、誰だってドリーマー。 いつも夢見ているのは、王子様とお姫様のラヴ・ロマンス…………。 「ちょっと、どーしてくれんのよっ!!!」 栗色の髪の少女が往来で叫んでいる。 行き交う街の人々が、なんだなんだといった顔で通り過ぎていくが、彼女は気にもしない。 「そんなこと言ったって、どうしようもないだろ!?だいたい、俺だけのせいじゃないっ!ガウリイだって……」 その少女に負けじと叫んでいるのは、黒髪の青年。 「責任転嫁はよしなさい。……みっともない」 「そ……そんなぁ……」 無表情に諭す銀髪の女性に、青年はとたんに情けない顔を見せる。 「なぁ……で、一体どうなったんだ?」 「ちっとは物事考えろ、この脳味噌クラゲ男ぉっ!!!」 のほほんとした口調で呟く金髪の青年を、少女が背後から殴り飛ばした。 とある街の、とても平和な(?)ありふれた午後。 そこで騒いでいるのは、あまりありふれているとは言えない人達であった。 怒りあらわに金髪青年をどついている栗色の髪の少女、リナ。 そしてどつかれながらも何となく楽しげな表情を見せているような気がする金髪の青年、ガウリイ。 また、いい年をしているだろうにその赤い瞳にうるうると大粒の涙を漂わせている黒髪の青年、ルーク。 そんな黒髪青年を無視するかのようにつんと横を向いている銀髪の女性、ミリーナ。 彼らは、いきなり底をついてしまった路銀について、揉めていた……。 「何で食堂をぶっ壊すくらい暴れるのよ、あんたはっ!弁償金払ったら、もうスッカラカンじゃない!!」 「あいつらが俺のミリーナに手を出そうとしたからだろっ!そんなことは、この俺が絶っ対に許さんっ!!!」 「別にあなたのじゃないわ」 「ミ……ミリーナぁ…………」 「ったく。だからって、手加減ってもんを知らないわけ!?」 「お前にだけは言われたくないっ!それに、ガウリイだって俺に負けないくらい暴れてたじゃないかぁっ!」 「おいおい、誤解しないでくれよ。俺は暴れようとしたリナを止めてたら、ちょっとテーブルとか客とかが吹っ飛んだだけなんだから」 「誰が暴れようとした、ですってぇ?」 「そりゃリナに決まってるだろ。『胸の小さいガキ』って言われてぶち切れてさ。大体、本当の事だろ?こんなに小さいのに(もみもみっ)……ぐぇっ!」 「ったく、何すんのよこのスカタンっっっ!!!」 「ほれみろ、お前だって責任あるじゃないか」 「あたしは暴れてないっ!ガウリイに押さえ込まれてたせいだけどっ!……だからルークっ!あんたが一番悪いのっ!責任取れっ!!!」 「責任、だぁっ!?いくら押さえられてたって、風魔咆裂弾(ボム・デイ・ウイン)唱えて建物の半分を吹っ飛ばしたのはお前だろーがっ!!」 「けどその後で爆風弾(ブラム・ガッシュ)でとどめを刺して全壊させたのはあんたでしょーが!」 「何おぅっ!?」 無限に続くかと思われる応酬。しかし、 「……ここで騒いでても仕方ないわ。ともかく、今の問題は、1枚の金貨すらない今の状態をどうするかって事でしょう?」 ミリーナの言葉に、火花を散らしていたリナとルークの2人はハッとして押し黙る。 折りしも季節は冬、しかも冷え込みは非常に厳しく野宿するにはあまりにも寒すぎた。 しかし何をどう考えてみたところで、打開策などそうそう思い付くものではない。 冷ややかな沈黙が流れる中、それは突然現れた。 どんっ! 「きゃあぁぁっ!」 背中に強い衝撃を受け、ガウリイが振り返る。 そこに倒れていたのは、黒髪の小柄な美少女。ガウリイは慌てて少女を助け起こした。 「大丈夫?」 側にいたミリーナも腰をかがめ、少女に優しく語りかける。 と、少女が目を開けた。 心配そうに自分をのぞき込む2人の男女の姿を見て、弱々しそうに微笑み、呟いた。 「王子様……それに、お姫様も……!」 「……へ?」 「……え?」 思いがけない少女の言葉に、思わず間抜けな声を出す2人。 その時、 「フェリシアちゃぁ〜〜〜〜〜んっ!!!!」 呆然としている4人の耳に、甲高い声が届いた。 そちらを振り向くと、そこにいたのは見るに絶えないほど太った……もとい。素晴らしく体格のよろしい中年女性が駆けつけてくるところであった。 「フェリシアちゃ〜ん、大丈夫ザマスかぁっ!?」 耳にキンキンするほどの音量でわめき散らされ、周りの一同、思わず耳を塞ぐ。 「お母様……見つけましたわ、理想の王子様とお姫様…………どうか、お屋敷に招待してあげてください……」 黒髪の少女は弱々しく呟くと、そのまま気を失ってしまった。 そんな少女を軽々と抱え上げると、中年女性はガウリイとミリーナに向かい、 「うちのお屋敷まで来てもらえるザマスか?もちろん、ただとはいいませんことよ」 言うなり、スタスタと歩き始める。 きっちり10歩歩いたところで、呆然としたまま立ち尽くしているリナ達へと振り返り叫ぶ。 「ほらっ!早く来るザマスっ!!!」 その迫力に押され、リナ達は反論を許されないまま彼女の後をついて歩くしかなかった……。 「アタクシ、マルガリータ=マクスウェルと申す者ザマス。先程の子は、アタクシの娘のフェリシアちゃん」 リナ達は大きな屋敷に連れてこられ、そして応接室に案内された。 そんな彼らの前で『おほほほほ』と、とても上品とは言えない笑みをこぼす女性に、皆げんなりとしている。 この女性、相当面の皮が厚そうだが、それ以上に化粧も厚そうだった。 ちなみに抱えられていた少女は、すでに別室で休まされていた。 「……おい、このババァ、完全に名前負けしてるよな。マルガリータなんて、んなツラしてねぇって」 ルークが呆れた顔で、横に座っていたリナに小声で呟く。途端、 「そこっ!何か言ったザマスかっ!?」 声と共に小型のナイフが飛んできてルークのすぐ横を掠めていった。つつつ……と、ルークの頬を赤い筋が辿る。 あのルークですら躱せなかったナイフ投げの技量に、残りの3人は呆然とする。 思わず顔面蒼白になった彼を無視し、マルガリータは娘自慢を始めた。 「フェリシアちゃんはこのアタクシの娘だけあって、とても良くできた子なんザマスよ!」 悪趣味な指輪をたくさん付けた太い指が、彼女の口元で不気味に揺れる。リナ達はさりげなく視線を外した。 「フェリシアちゃんは心臓が弱くて、ちょっとした事ですぐに倒れるザマス。アタクシに似てか弱いザマスからねぇ」 (……いやいや、全然似てないと思うぞ) 奇しくも4人の想いは一致した。……が、それを口に出す事のできた者は、当然のごとくいなかったりする。 ……本来、このような場面で交渉を行うのはリナ、またはルークの役目であった。しかし、2人は目の前の女性の妙な迫力にただただ圧倒され、茫然とするばかりであった。 よってマルガリータは余計な茶々を入れられることなく延々と喋り続け、4人に多大なる精神的苦痛を与えることに成功したのだった……。 そしてようやく、マルガリータは本題を切り出した。既に30分は経過している。 「あの子の言う事なら何でも聞くつもりザマス。で、あの子があなた達を呼べと言ったからには、アタクシもそうするつもりザマス」 あたりに漂う化粧の香りに半ばむせながらも、リナは頭の中で計算した。 一つ。今、自分達には路銀が全く無い。宿代はおろか、食事代すら残っていない。 一つ。「ただではない」の科白がある以上、何かしらの依頼を受けてお金をもらえそうである。 一つ。屋敷の大きさから想像するに、ここの家は相当な金持ちに違いない。 一つ。このマルガリータとかいう女性は何となくあのジョセフィーヌさんを思い出させるので嫌だが、無視すれば害は無い…………かもしれない。 結論。この女性の依頼をとりあえず果たして、依頼料をがっぽりもらうべしっ!!! 「とりあえず、あの子の話し相手になってやってほしいザマス。もちろんその間、宿と食事は提供するし、後で謝礼も払うザマス」 唾を撒き散らしながらぺらぺら喋るマルガリータ。 4人は、お互い顔を向き合って、目で「どうする?」と尋ねあった。 しかし答えは決まっているようなものである。ここで断れば、宿にも食事にもありつけない。 「……わかりました。依頼という事であれば、この件お引き受けいたします」 ミリーナの言葉に、マルガリータは嬉しそうに微笑む。 「それは良かったザマス。それでは、早速お部屋を案内するザマス」 そして召使を呼び、部屋を用意するよう命じた。 「んじゃ、行こっか」 腰を浮かし、応接間を出ようとした4人であったが、そこでルークとリナは呼び止められた。 怪訝そうな顔をする2人に、マルガリータは言った。 「それでは、あなた達はここで引き取ってもらって結構ザマス」 「は?」 「はぁ?」 思いがけない科白に、2人は何の事か理解することができなかった。 「ですから。あなた方は必要ないから、ここでお引き取り願うザマス」 「ちょっと待てよ!あんた、宿も食事も提供するって言っただろうが!」 「確かにそうは言ったザマスけど、それはあの子が招待したあの2人の事ザマス」 顔をガウリイ達の方へと向け(そのとき、化粧が頬からぱらぱらと零れたようにリナには思えた)、マルガリータはきっぱりと言い切る。 「ちょっ……な、何よそれ!」 「あなた方はあの子に招待されていないザマス。お引き取りを願うザマス」 と、背後での大声に気付いたか、ガウリイとミリーナが引き返してきた。 「何を騒いでいるの」 ミリーナがルークに尋ねる。 「ミリーナぁっ!このザマスババァ、俺達を追い返そうとしてやがるんだ!……冗談じゃない、俺は大事なミリーナの側から離れるつもりはないぞっ!!!」 「誰が『ザマスババァ』ザマスか!」 「あんただ、あんたっ!」 ルークとマルガリータの間に、激しい火花が散る。 「んっと、よく状況がわからんのだが……」 ガウリイが頭をぽりぽり掻きながら、2人の間に割り込む。 「この依頼、リナ達を外すんだったら、お断りだ」 リナの頭にぽんっと手を乗せ、きっぱり言い切るガウリイ。 いつもの仕草なのに、何故だかくすぐったくて、リナは思わず赤面してしまう。が、幸い誰も気付かなかった様である。 「……そうね。確かに、この依頼は私とガウリイさんだけ、といった条件は聞いておりません」 ミリーナも冷静に呟く。 「なのに、突然この2人だけを外すのは筋違いです。もしこの2人を外すのでしたら、この依頼は無かった事にさせていただきます」 「ミ、ミリーナ……俺のために……くぅっ!嬉しいぜっ!」 「あなたのためではありません。リナさんのためです。こんな寒い冬に、女の子を野宿させる訳にはいきませんから」 思わず感動してウル目になるルークに、しっかりと釘を刺すミリーナ。 がーん、と傷ついたルークは床にしゃがみこんで『の』の字を書いていたりする……。 「……わかったザマス。フェリシアちゃんの話し相手になっていただくのはあなた方2人ですが、あとの2人は別の仕事をしていただくザマス」 観念したのか、マルガリータが溜息をつきながら言った。 「もちろんこちらの2人の食事・部屋も用意させていただくという事で。それでいいザマスね?」 「……だったらいい」 「そうですね。そういう事なら」 かくて、一文無しの4人はマクスウェル家に雇われる事になったのであった。 ガウリイとミリーナは、客間と思われる豪華な部屋に案内された(もちろん、2人は別室である)。 あまりにも絢爛豪華な部屋に、ミリーナは一瞬絶句してしまった。 「……あの、リナさんはどちらに?私が一人でこの部屋を使う必要はないと思うのですが」 「あちらの方にはまた別の部屋を案内しております。お客様はご安心して、この部屋をお使いください」 彼女の質問に、案内してきた召使が淡々と答える。 そして彼女に続きの言葉を言わせないまま、さっさと退出してしまった。 また、ガウリイの方も、あてがわれた部屋の豪華さに驚いていた。 「なぁ……俺は別にこんな豪華な部屋でなくてもいいんだが……」 「いえ、わざわざお嬢様のお相手をしていただくのですから、せめてこれくらいは」 「いやでも……」 「我がマクスウェル家は希代の富豪でございますので、この程度のお部屋はたくさんございます。どうぞお気になさらない様に」 そう言い残すと、ガウリイを案内した召使もまた、早々に姿を消したのだった。 ちょうどその頃。 「あなた方の部屋はここザマス」 マルガリータ自身に案内されリナとルークが連れてこられた部屋は、やたらと狭く埃っぽいところであった。 日当たりも悪く、お世辞にも居心地が良いとは言えそうにない。 「な……何よ!あたしに、こんな部屋に泊まれっていうの!?」 とたんに噛み付くリナに対し、マルガリータは平然として訂正した。 「あなただけではないザマス。あなた達2人の部屋ザマス」 部屋には、かろうじて使えそうなボロボロのベッドが2つ、並んでいる。 「ちょ……ちょっと待てよっ!あんた、俺にこの胸無し女と同じ部屋で寝ろっていうのか!?」 「誰が胸無し女よっ!!!」 「無いもんは無いだろうがっ!悔しかったら、せめてミリーナ並になってみろっ!」 「な゛……何よ、このデリカシー皆無男っ!!!」 ルークの後頭部を殴り飛ばし、なおもリナが言い募ろうとした。 しかし。 「文句は聞かないザマスっ!あの2人はともかく、もともとあなた達を雇うつもりは無かったのだから、これで充分ザマスっ!!それでも何か文句があるなら、即刻出ていってもらうザマス〜〜〜〜っ!!!」 耳にキンキンと響く甲高く大きな声。 ……恐るべし、『ザマスババァ』の迫力。リナもルークも反論の言葉を失ってしまい、去っていくマルガリータの背中を茫然と見送るしかなかった……。 「あのね、フェリシア、ここが悪いらしいから、滅多にお外に出られないの」 小柄な少女が己の胸を指差しながら言う。 「だから、ずっとお家でご本を読んでたの。王子様とかお姫様がいっぱい出てくるお話」 「ふーん、そうなんだ」 このフェリシアという少女、母親たるマルガリータとは全っ然!似ていない、可愛らしく可憐な少女であった。 身体が弱いため、家で読む本の中の王子様やお姫様に憧れ育ったらしい。 で、たまたま外に出る事ができた時に、美形なガウリイ達に出会えたので「これは運命の出会いよっ!」とかいう風に、変に盛り上がってしまったらしい……。 (……別に俺は王子様って訳じゃないんだがな) ガウリイ自身はそう思っているが、実際のところ、彼は外見のみでいうと最高の部類に入る。格好さえ整えれば、どこかの国の王子様と言っても全く違和感が無い。 まぁ本人の教養やら何やらが無いというのは王子様の立場だと大変な事かもしれないが、彼は王子でも何でもないので別に問題はない。 そして、彼の横にいるミリーナも相当の美人である。これまた、着飾れば充分に王族の娘として通用するであろう。 そんな2人がこれまた豪華な衣装を着ていれば(もちろんマルガリータに無理矢理着せられたのだが)、世間知らずの少女くらい簡単に騙せてしまうだろう。 「ようやくお外に出られたら、王子様やお姫様に会えたのだもの!フェリシア、すっごく幸せ!ねぇ、いつ結婚式を挙げるの?」 心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、少女はベッドの横で椅子に腰掛けている金髪・銀髪の2人組みをまぶしそうに見つめる。 ガウリイもミリーナも、「それは誤解だ!」と内心で叫んでいた。しかし、 『くれぐれもっ!フェリシアちゃんの負担になるような言動は慎むザマスねっ!!あの子があなた達を王子や姫と思っている以上、そのように振る舞ってもらうザマス!』 この部屋に通される前に聞かされたマルガリータの甲高い声が、脳裏に焼き付いて離れない。 はっきりいって、こんなことになるのだったら今すぐにでもこの屋敷を飛び出したかった。しかし路銀が全く無いという今の状況でそれは許されず、こうして2人はおとなしく少女の話に耳を傾ける羽目になったのだ。 「ねぇミリーナ姫様!物語の中のものじゃない、本物のお城ってどういうところ?」 「えっと……」 きらきらと目を輝かせながら尋ねる少女に、ミリーナはとりあえず己の知る限りの事を、ボロが出ないよう、できるだけ慎重に話していた。精神的に疲労が激しいが、そこはそれ、うまくやらないと依頼料はもらえない。 そして暇を持て余したガウリイは、側にいない少女の事を考えていた。 (ふぁあ……退屈だなぁ…………リナ、あいつは今何をしてるのだろなぁ……) 「ふっふっふっ……何であたしがこんな事を…………」 ガウリイがリナへと思いを馳せた、ちょうどその頃。 メイド服に着替えた(させられた?)リナは、ほうきを抱えて不気味に笑っていた。 「な・ん・で、あたしが小間使いになってあのババァの世話をしなきゃなんないのよっ!!」 「それを言うなら俺も同じだっ!!なんで俺があぁぁっ!!」 ルークは、これまた召し使いの服を着て、散らかされた荷物の山を目の前に絶叫をあげている。 そう、2人が言い付かった仕事とは、マルガリータの私室の掃除及び片付けだった。 当然2人は不平不満を漏らそうとしたのだが、「ザマスババア」の恐るべき迫力に気圧され、有無を言わさず押しつけられてしまったのだ。 2人は、泥棒が5〜6人がかりで荒らし回ったあげくに火炎球(ファイアー・ボール)を叩き込んだらこうなるだろうといった風情の部屋に案内され、冗談ではなく気を失いそうになった。 (……金さえあれば、こんなことにはならなかったのに……) 2人は今日ほど貧乏の悲しさを感じたことはなかった。 が、それを愚痴ったところで何にもならないこともよく分かっていた。 「くーっ!おにょれザマスババアっ!……金さえ手に入れたら、絶っっっ対に仕返ししちゃる!!!」 鬼気迫る表情で右に左にほうきを動かすリナ、そして、 「畜生おぉぉぉぉっっっっっ!!!……ミリーナぁ、俺は永遠に愛してるぜぇぇぇぇっっっっ!」 意味不明な雄叫びを上げつつ、荷物をまとめていくルーク。 何だかんだ言いながらも結局てきぱきと仕事を進めていく2人の背中には、いつまでも哀愁が漂っていた……。 「終わっ、たあ〜……」 とても人の住むところとは思えなかった部屋がそれなりに片付き終わったのは、すっかり陽も傾いた頃であった。 リナは汗と埃まみれになった顔を拭い、深い溜息を付いた。 「くそぉ……せめてメシくらい、まともなもん食わせてくれるんだろうな、あのババア……」 これまた荒い息をつきながら、ルークもぐったりしている。 疲れた身体を引きずるように部屋の外へ出る2人。 と、ちょうどその時隣の部屋の扉が開いた。 最初に出てきたのは、見慣れた金髪の男。やたらとハマっている王子様ルックに、見ているだけでリナは照れくさくなった。 一呼吸して、心を落ち着かせる。 「ガウリ……」 そしてリナが声を掛けようと1歩踏み出したとき、扉から人影が現れた。 綺麗なドレスに身を包んだ美女……ミリーナであった。 その2人が共に並ぶ姿は、まるで高名な画家の描いた絵画のようで、リナは目が離せなくなった。 (ミリーナ……きれい……) 茫然と2人と見つめるリナ。 そしてふと我に返ると、己の姿が目に映った。否応無しに、ミリーナとの違いを見せ付けられる。 淡い水色の、上品なドレス。 ──みすぼらしいメイド服。 まるで光を放つかのように輝く、シルバーブロンド。 ──ぼさぼさになった、栗色の髪。 細く長く伸びた、美しい手足。白く透き通ったような顔。 ──手も足も埃まみれ。きっと、顔も同様だろう。 すらりと高く、けれど女性として整った身体。 ──低い身長。痩せぎすの身体。 大人の胸。 ──小さな、胸。 ミリーナとはあまりにも違いすぎて、リナは何故か急に悲しくなってしまった。 (──あたしは……) と、ミリーナの背後の扉から、再び人影が現れる。黒髪の少女……フェリシアであった。 彼女はリナの姿を見つけると、 「あっ、メイドさん!悪いけど、この部屋片付けててね♪」 何も知らない、無邪気な笑顔で言う。 (──あたしは……) と、その時、 「うおぉっ、ミリーナぁっ!!きれいだぜえぇぇぇっ!!!!」 目に涙を浮べながら、ルークがミリーナに向かって突進した。 が……ルークがまさにミリーナに飛びつこうとした瞬間、彼女は無言で身体を逸らした。 どかぁんっ! 勢いのついたまま壁に激突するルーク。 「……ミリーナぁ……これがお前の……愛の試練なら……俺は耐えてみせるぜぇ……」 ずりずりと壁を滑り落ちながらも呟く彼の姿に、黒髪の少女が叫んだ。 「ちょっとぉっ!あなた、召使いのくせに何やってるのよぉ!ミリーナ姫様に失礼でしょっ!?」 「俺は召使いじゃねぇって……」 「ルーク。その格好は召し使い以外の何者でもないわよ」 「……しくしくしく」 と、ガウリイがリナに気付き、彼女の側へと寄ってきた。 「おっ、リナじゃないか?変わった格好してるなぁ。お前の趣味か?」 「……あのババァに着せられたに決まってるでしょ。それに、あんたの方がよっぽど変な格好じゃない」 「あ、これか?俺も無理矢理着ろって言われたんだ」 びろびろとした服の裾を掴み、ガウリイが照れくさそうに言う。 「それより、」 言いながらその大きな手のひらでリナの頬を包む。 「どうしたんだ、こんなに埃塗れになっちまって」 そのとたん、リナは顔が急にカッと熱くなるのを感じた。 「な゛っ……。……何でも、ないわよっ!」 「そっか?」 頬を真っ赤に染めながら言うリナに微笑むと、ガウリイは頬に添えた手をそっと動かした。 ……さわっ……。 頬を辿る優しい感触に、リナはぴくりと震える。 身体中に小さな電撃が走ったようだった。 何か言いたくても、声は出ようとしてくれなかった。 でも、……決して不快ではなかった。 「リナ……」 (ガウリイ……) 優しい声と甘い快感に身を委ね、リナはそっと目を閉じた。 その時。 添えられていた手のひらが離れ、指が1本、リナの頬をくるくると滑った。 汗と埃に塗れた顔に、幾筋もの線が走る。 (……へ?) 思わずリナが目を開けると、そこには心底楽しそうに笑うガウリイの顔。 「ははは、お前の顔って、いろいろ書けておもしれーなぁ!」 ……何たる事か。 ガウリイは、汗と埃で汚れたリナの顔をキャンバスに、落書きをしていたのであった。 その事実を知るや否や、リナは先程までの感情が嘘のように消えるのを感じた。 そして、ぶつぶつと呟く。 「……」 「え?何だ、リナ?」 ガウリイがリナの口元へ耳をもっていく。と、 「いいかげんにしろ、このクラゲ頭あぁっ!!!!!」 いきなり耳元で大きな声で叫ばれ、ガウリイは目を見開き硬直する。 そんな彼に、ついでに数発蹴りを食らわせた。 ぴよぴよぴよと、ガウリイの頭でひよこが踊る。 フェリシアがこちらを見て「ちょっとぉ!王子様に、何するのよぉっ!!」とか叫んでいるようだったが、リナは気にしなかった。 「いっぺん死んでこいっ!」 リナは真っ赤な頬をごしごし擦りながらその場を去った。 頬に描かれた、小さなハートマークに気付かずに……。 |