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虜囚

中編



テルモード・シティでは、夜がたっぷり更けようとも祭りの賑わいを失う事はなかった。
人々は歌い騒ぎ、誰もが陽気に過ごしていた。
暗き闇の中、恐るべき会話が交わされていた事にも気付かずに。

「……その情報は、確かなのだな?」
「間違いない。奴は、ここにいる。あと1週間はここに滞在すると、宿の主人に言っていたらしいからな」
「ならば、さっさと行動に移ったほうがよかろう」
「そうだな。奴に地獄を見せてやらねばな……」



「お待たせしました、リナさん」
ドアがノックされたかと思うと、ゼロスがその姿を表す。
リナは窓際で椅子に腰掛け、小さく瞬く星以外何も見えない空を見つめていた。
見ているものを切なくさせるようなその表情は、ゼロスの声と共に一瞬で消える。
「あ……ありがと」
何となく悔しくなって、ゼロスは言うつもりのなかった事実を告げた。
「そういえば、宿屋にガウリイさんがいましたよ」
その声に、リナの身体が傍から見ても分かるほどに大きく震える。
「……何であいつには分かっちゃうんだろ、ね……」
彼女はいかにも無理してます、といった乾いた笑みを浮かべていた。
「いやになっちゃうわよね、あいつの野生のカンってのは。獣並よ、ホント」
「ガウリイさんの執念には呆れるくらい凄いものを感じますね。……あ、そうそう、その荷物、ガウリイさんが手放そうとしなかったので、ちょっとお仕置きしておきました」
「お仕置き?……あんた、まさかあいつを傷つけるような事してないでしょうね」
とたんにリナの眼が険しくなる。魔族も思わず一歩引く迫力であった。
「あ、ちょっと朝まで動けない様に術をかけただけですってば」
何故か恐る恐るリナに答えるゼロスだったが、
「命に別状はない訳ね。だったらいいわ♪」
その言葉に声を失う。
「そりゃあんな奴でもかつての仲間だしね。殺されるとか、あんたの毒牙にかかるようだったら止めなくちゃいけないけど」
「ちょっと待ってください!毒牙って、いったい……???」
「……ま、一晩くらいくぎ付けにしてくれると、こっちとしても助かるわ」
髪を止めていた白いリボンをするりと外すリナ。ちっとも悪びれている様子はない。
「あの調子だとあいつ、ここを突き止めるのもそう遠くなさそうだし……でも1日動けないのなら、今晩くらいはあたしもここでゆっくりできそうだしね♪」
「リナさん……あなた、さらっとした顔で随分ひどい事を言ってませんか?」
「……気のせいよ」
そう言いながらも、目は泳いでいたりする。
(……ガウリイさんもかわいそうに)
ゼロスは、彼の術を受け宿屋で一人固まっているであろう男に同情してしまった。

「しかし、リナさん……よくもまぁ、一人で旅する決心をしましたねぇ」
少女は無言のまま、高く上げた髪をほどく。
「伊達に魔王様を滅ぼした訳ではないのですね」
「……まぁね♪」
その軽い声に、ゼロスは一気に疲労感を覚えた。
「あの〜、そこでそういう風に返されると、僕としてもどういう態度を取ればいいのか分からなくなるのですが」
「わがままな事言うんじゃないわよ。それとも何?『あたしはまたもや魔王を滅ぼしてしまったから、これからは死ぬまで魔族に狙われてしまうわ。そんな事に皆を巻き込む訳にはいかないから、一人で旅をする事にしたの……』な〜んっつって悲壮感を漂わせながら泣かなきゃいけないとでもいうの?」
「……」
「そんなの、じょ〜だんじゃないわよ。分かってるのにわざわざ負の感情を食わせてあんたを喜ばせるほど、あたしは自己犠牲の心に富んでいるわけじゃないんだからね?」
あまりにもきっぱりと言い切られ、ゼロスは苦笑した。
(これだから……リナさんは僕を飽きさせないんですよね)
「でも、リナさんはガウリイさんの側に居ることをよしとせず、彼から逃げて……僕に助けを求めてくださいましたよね?」
言いながら、ゼロスはリナの長い栗色の髪を一房、そっと持ち上げる。
そしてそのまま恭しく己の顔の前まで持っていき、軽く口づけた。
「なら、僕があなたの側にいても良いわけですね?」
「……」
そのセリフに、リナは黙って俯いただけだった。
(これなら……リナさんは、僕が特別何かしなくてもお仲間になってくれそうですね……)
ゼロスが手のひらをそっと傾けると、艶やかな髪はさらさらと流れるように落ちていく。
再び髪をすくおうとした時。
「……何勝手な事を言ってくれるかなぁ……この生ゴミ魔族は」
リナが顔を上げ、しっかりとゼロスを見据えて言った。
「あんたが何を考えてるかなんてあたしには分からないけど、あたしを利用しようってんだったらお断りよ」
赤い瞳には物騒な光が含まれている。誇りを傷つけられたような、微かな怒りがそこに見られる。
「とんでもありませんよ!!」
彼女の真剣な表情に、ゼロスはあわてて両手を振った。
「僕はただ、リナさんみたいな強い意志を持った人間は他にいないから、側にいてくれると退屈しないかなと思っただけで……!」
「……『退屈しない』ねぇ……まぁ正直なところは認めるけど……」
その言葉に頭を軽く抱えるリナ。ゼロスの口元に、再び微笑が広がる。
(そう、あなたみたいな人間は、他にはいないんです。……決して……)
ふと、彼はかつて関わりを持った少女のことを思いだした。
その少女も、リナと同じように強い意志を持った人間だった。
己の不幸な境遇にもめげることなく、ひたすら前向きに生きようとした少女。
その姿にリナが重なったため、ゼロスは彼女に接近した。
強い魔力と意志を持つ、その瞳に惹かれて。
……けれど、彼女は所詮、『彼女』にはなり得なかった。
側にいるうちにゼロスの瘴気に当てられたか、その心は闇に染まってしまった。
興味を失い、ゼロスは少女を捨て、そしてそのまま忘れ去っていた……。
「それはそうと……」
「何でしょう?」
ふと昔のことを思い出していたゼロスは、リナの言葉に何気なく返事を返した。途端、
「用が済んだらさっさと出て行け烈閃槍(エルメキア・ランス)!乙女の部屋にいつまでもいるんじゃないわよ青魔烈弾波(ブラム・ブレイザー)!もひとつついでに冥懐屍(ゴズ・ヴ・ロー)っ!!!」
「おっとっとっ……」
容赦無いリナの呪文が次々と繰り出され、ゼロスは這々の体でアストラル・サイドへと消え去った。

「……全く、リナさんって方は……」
あの程度の魔術では高位魔族たるゼロスにはたいして効かないと分かっているくせに……いや、分かっている上でわざとあんな呪文を放ってくるなど、余程の心の余裕が無ければできない芸当である。
並みの心の強さではない。が、裏を返せば……それは強い力となる。
「早く……早く、僕たちの側へ来て下さいね……」
闇の中、ゼロスは一人ほくそ笑む。
と、強力な‘力’の波動を感じ、彼はそちらの方へと向かい……その光景を見るやいなや、再びリナの元へと戻っていった。

「リナさん、」
「きゃあぁぁっっっっ!!!!」
再び現れた魔族の姿に、リナは絶叫を上げた。
「えっ……って、リ、リナさん!?その格好はっ……」
着替えようとしていたのか、上半身が半ば下着姿である。
「ぜぇろぉすぅ〜〜〜っ!!!」
慌てて脱ぎかけていた上着を羽織ると、リナは‘混沌の言葉’を唱え始めた。

──黄昏よりも昏きもの
  血の流れより紅きもの……

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいっ!!!」
「乙女の着替えを覗くたぁ、いい度胸じゃないのよ生ゴミゼロスっ!!!後で絶対に後悔させてやるぅ〜!!!」
「あ、あの、後悔ってもともと後にするものでは……ではなくってっ、リナさんっ!」
「問答無用っ!」
少女の手に赤い光が集い始め、ゼロスの顔が引きつる。
「ガウリイさんがっ……」
情けないことだが必死に叫んだゼロスの科白に、リナが呪文の詠唱を止める。
「……ガウリイが……何なの」
「いえ、正確に言えばガウリイさんがどうのという話ではないのですが」
「あんた、あたしをからかってるの!?」
「……とりあえず、来て下さい」
「え、ちょっ……ねぇ、待ってよ!」
有無を言わさず彼女の腕を掴むと、ゼロスは再び空間を渡った。


「何よ……これ……」
深き闇の中、かすかな月明かり、そして半ば消えかかった明り(ライティング)の魔法に……数多くの瓦礫、そして瓦礫に埋もれた様々な模様の布がひっそりと照らされている。
その瓦礫や布は、ところどころで、どす黒い何かに染まっている。
そして辺りに漂う、いやな香り。
よく知っているはずのその香りが血臭である事を、リナはすぐには思い出すことができなかった。


──そう、ここは、つい数刻前までは祭りで賑わっていたはずの…………テルモード・シティであった……。


ふと耳に何かが聞こえたような気がして、左右へと視線を移す。
耳を澄ましてみると、あちらこちらで聞こえる呻き声。
思わずそちらに顔を向けると、そこにあったのは、瓦礫の隙間から覗いている……人間の手足……。
「……坊や……坊や……」
微かな声がに振り向くと、瓦礫に下半身を埋めた女性が、顔を己の血に染めながら呟いていた。
「しっかりして!」
リナが慌てて駆け寄ると、その女性は目を閉じたまま、尋ねてきた。
「私の……坊や…………どこ……?……私の……そばに……いたの……」
彼女の声に、辺りを見回す。
と、そこにあったのは……瓦礫から覗く、黒い靴をはいた、血で赤く染まった小さな足。
リナは思わず顔を背ける。
「坊や……無事なの……?」
「大丈夫……大丈夫だから!無事だから!……だから、しっかりして!!」
リナが女性の手を握り、小さく叫ぶ。嘘を付いてでも、彼女を助けたかった。……だが。
「よかった……坊や……」
女性は安心したように呟くと、……そのまま、全ての力を失った。

「……ゼロス」
力無く立ち上がり、リナは振り向きもせずに己の後ろに立つ魔族に声を掛けた。
「やっぱり……あんた達の仕業なの!?」
怒りのためか、その声は震えている。
「これは、僕ではありませんっ!信じて下さいっ!!!」
ゼロスは叫んだが、リナは聞く耳を持たなかった。
「なによっ!あんたの、何を信じろって言うの!」
そして、血を吐くかのように叫んだ。
「そうやって、あたしまで魔に染めようっていうの!?あのエイラのようにっ!」
「リナさん?」
「あたしが知らないとでも思ったの?あんたが闇に染めた女性のことを!」
ゼロスは一瞬、呆然としてしまった。
(……まさか、あなたがあの女の事を御存知だったとは……)
「本当に、あなたは侮ることができない存在ですねぇ……」
深いため息と共に出た科白。しかし、リナは聞いてはいなかった。
「……ガウリイ!」
一言呟くと、彼女の姿は宵闇の中へと消えていった。


道とも建物とも見分けのつかない廃墟の中、リナは脇目も振らずに走り続けた。
(そういえば、宿屋にガウリイさんがいましたよ)
ゼロスの言葉が脳裏に響く。
そう……ガウリイは……この街に、いた。
この自分を追いかけて。

(あ、ちょっと朝まで動けない様に術をかけただけですってば)
そう……彼は、そこから動くことが、できなかった。
この街を襲った『何か』に対応することは、できるはずなど、なかった……。

(命に別状はない訳ね。だったらいいわ)
そう……彼を、傷つけたくなど、なかった。
自分と関わりを持つことによって、その命を失うような事になってほしくなかった。

(リナさん……あなた、さらっとした顔で随分ひどい事を言ってませんか?)
そう……これが自分のエゴだって言うことは、よく分かっていた。
本当は側にいてほしかった。でも、それは許されなくなってしまった。
僅かな刻を共に生きたとしても、その先に間違いなく待ち受けるのは悲しい別れ。
だから……彼から離れた。

『……本当に?』
リナの心の中にいるもう一人のリナが、尋ねる。
(そうよ、あたしは……彼を、傷つけたくなかっただけ)
『本当に、彼だけの、ためか?』
(そうだって、言ってるでしょ!?)
『じゃあ、おまえは?おまえ自身は、どう思っている?』
(……え……?)
『彼から離れたことを、どう思っている?』


「……!」
無我夢中で走ってきたせいか、気が付いた時には辿り着いていた。
彼女の泊まっていた宿屋……だったはずのモノのところに。
(ガウリイ!)
あたりの気配を探る。
ガウリイには到底及ばないが、リナでも彼がこの付近にいるならば、その気配を感じ取る事は可能なはずであった。
しかし……忘れたくても忘れられないその気配は、どこにも感じられなかった。
となると、考えられる事は2つ。
一つ目の可能性……彼はこの場にいない。遠く離れた場所にいるなら、さすがに今のリナではその気配に気付けないだろう。
しかし、ガウリイはゼロスの呪縛に囚われたまま、ここから動く事はできなかった。
とすると考えられるもう一つの可能性。それは……彼が気配を発していない、ということ。ありもしない気配を感じる事のできる者などいないからである。

ここにいるはずなのに、ガウリイの気配はない。
そしてリナの目の前に広がる瓦礫の山。
……このことから導き出される事実は…………?

──彼ハココニイタ。アタシヲ追イカケテ。
「……ま、さ……か…………」
──ぜろすノ呪縛デ動ケナカッタ。
「あい……つ……」
──コノ街ヲ襲ッタ何カニ、巻キ込マレ。
「……ここ、で……」
──逃ゲル事モ、戦ウ事モ出来ズニ。

(違う……そんなことない……絶対に、ない……!!)
頭に浮かんだ嫌な思いを断ちきるように、リナは激しく首を振った。
(あいつに限って、そんなこと、ない!……きっと、ちゃんとどこかに逃げて……!)
身の回りの危険に敏感なガウリイは回避能力に優れていたし、なにより殺したって死なないような男、だった。
(そして、のこのこと現れて……「あー危なかった」とか言って、のほほんと笑うのよ!あいつは!)
リナは強く思った。
……けれど、この世の神はあまりにも無情だった。
引き付けられるかのようにリナの目に入ったのは、鮮やかな黄金。
その金色を無粋に飾るのは、濁った赤黒い……血。
くすんだ灰色の瓦礫から覗く奇妙に折れ曲がった腕、そして脚。
「………………!!!!!!」
信じたくなかったもの、絶対にあって欲しくなかった現実を目の前に叩き付けられ、リナは動く事はおろか、声を上げる事もできなかった。


「……リナさん!?」
遅れ馳せながら少女の元へと駆けつけたゼロスは、固まったままの彼女に目を細めたが、まもなくその原因を知ることとなった。
(これは……ひょっとして、いい機会かもしれないですね……)
愛する男の死でリナは心を壊しかけている。今ならば、魔族の仲間にするのは容易いだろう。
主人からの命を全うするため、ゼロスは少女の側に立ち、錫杖を振るった。
するとあたりに声が響き渡った。

『何……何が起こったの……?』
『いやあぁぁぁぁっ!!!』
『助けて……!……誰か、助けてえぇぇっっ……!!!!』
『いやだ、死にたくない……まだ、死にたくないよぉ……』
『ママぁ……痛いよ……痛いよぅ……』
街の住民達の断末魔の声が、右に左に、リナに向けて放たれた。

この街を襲ったのは、間違いなく魔族。ゼロスはそう確信していた。
狙いは恐らく、リナ=インバース。そして、ガウリイやこの街の住人はそれに巻き込まれただけ。
彼女のせいで死んでしまった者達の叫びは、彼女を追いつめるのに充分……ゼロスはそう考えた。
と、その時。彼らの耳に、聞きなれた男の声が流れ込んできた。

『……リナ……リナ……』

その小さいが切実な声に、リナはびくんと身体を震わせ、ゼロスは呆れて呟く。
「まったく……ガウリイさんという方は……」
己が死ぬ瞬間まで彼女の事を想い続けたのか。
せっかく恐怖に染まった叫びを彼女に聞かせようと思っていたのに。
(……まぁ、これはこれで充分役に立つでしょうけどね)

『…………リナ……』

──この街の惨状の原因は、すべてあなた故にあるようですね。ガウリイさんが死んだのも。
そう一言告げれば、彼女の心は砕けるはずだった。
「リナさ……」
だが声を掛けようとして、ゼロスは気付いた。
リナの頬に伝わる、小さな輝き。
生気を失ったような瞳から溢れ出る、悲しみの結晶。
少女のその涙に、ゼロスはただ狼狽するしかなかった。
「……泣かないでください、リナさん……」
つい先程まではこの少女を利用しようとしていた者の科白とは思えない。
が、それほどまでに、ゼロスにとって今の彼女の表情は衝撃的であった。
きっと後悔の念に襲われ、恐怖し、混乱していると思っていたのに。

ゼロスはそっと指を伸ばし、彼女の頬をなぞる。
透明な液体がゼロスの指を伝い、僅かな煌きを残して零れ落ちた。
「……あたしは……」
リナの口から、誰にともなく、言葉が発せられる。感情はまるでこもっていない声。
「ガウリイに傷ついてほしくなかった……巻き込まれてほしくなかった……」
──誰よりも、何よりも大切な、太陽のような人。そばにいるだけで眩しくて、あったかい気持ちになれた。
「生きていて欲しかった……幸せになってほしかった……」
──強くて、そして優しい人。誰よりも、幸せになるべき権利を持っていたのに。
「……ただ……ただ、それだけだったのに……」
瞬きすらせずに、指一本動かさずに、淡々と喋りつづけるリナ。
その姿はまるで蝋人形のようで、ゼロスは何も言えなくなってしまった。

……それからどれくらいの時がたったのか、ゼロスには分からなかった。
一瞬のように、またあるいは無限大のように感じられた時間が過ぎたあと、リナがゆっくりとガウリイの元へと近付いていった。
そこから見えるのは、血に染まった片方の手足、そして半分ほど姿を見せた髪だけ。あとは瓦礫の下に埋もれ隠れたままだった。
曲がり折れたその腕を取り、顔が血で汚れる事も厭わず愛しそうに頬擦りする。
「ガウリイ……待ってて……今……」
そして小さく呟くと、リナは腕をそっと放し、立ち上がった。
(駄目だ、このままだと……リナさんは、ガウリイさんの後を追って自殺してしまう!)
ゼロスは慌てて錫杖を構えた。
……確かに、リナ=インバースという存在がこの世から消え去れば、重破斬(ギガ・スレイブ)の暴走による世界の破滅は望めなくなるが、その代わりに上位魔族すら脅かす存在がなくなることになる。
魔族にとっては、決して悪い話ではなかった。……だが、ゼロスはそうなる事を望まなかった。
彼の上司の命令のせいではない。ただ、彼自身理解できない感情が、リナを失う訳にはいかないと訴えていた。
手を振りあげ、ガウリイに使った術と同じものでリナの動きを止めようとした。

しかし、その時ゼロスは驚愕に目を見開いた。

ふぁさっ……!

目の前にいるリナの背中に、真っ白な羽根が生えたのだ。
その対の羽根は大きく広がり、そして羽ばたくように見えた。
(……天使……!?)
人間の間に語り継がれてきた架空の存在を思い出すゼロス。
ガウリイを想うリナの気持ちがそのまま白き羽根となって具現化した、そのようなまでに美しいものであった。
その姿は、魔族たるゼロスをしても神々しく感じられるものだった。


だがその一瞬後。
純白の羽根の付け根から、真っ赤な鮮血が飛び散った……。


思いがけない光景に、ゼロスが動きを止める。
羽根は縦横無尽に動き、鈍い音をたてながらリナの身体を割き続けた。
吹き出る血は、あたりに真紅の雨を恵んだ。
しかし少女は悲鳴の一つすらあげなかった。
ただ、まるで天に祈るかのように両手を上げ……赤く斑に染まった羽根を身に纏った天使は、そのまま崩れ落ちる。
(……ガウリイ)
微かな想いを残し。
そして血溜まりの中、赤い眼を見開いたまま動かなくなった。


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