|
「俺と……結婚して、くれないか?必ず、幸せにしてみせる。…………だから…………」 「………………はい…………」 真っ赤な顔をして、ややどもりながらもその想いを告げる男。 そして同じく、頬を赤く染め俯きながらその想いに答える女。 今まさに愛し合う2人の想いが成就せんと、幸せな鐘の音があたり一面に響き渡った――――。 ……が、しかし。 光あれば闇あり。 その場から少し離れた建物の影で、2人の男女が顔面蒼白になっていた。 「な、な、な、な、な……………………っ!!!」 己が今見ているものが信じられず、どもるばかりの金髪青年ガウリイ。 だが今は、筋肉逞しい腕はだらりと下に落ち、顎は地面まで伸びている。人間離れした姿だが、それほどまでに彼は驚愕していたのであろう。 「え〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」 そしてその隣にいるのは、眼を見開き叫ぶ少女アメリア。ただでさえ大きな眼が、今や顔の半分くらいを占めているのでは……と思われるほど広がっている。しかも、その眼には溢れんばかりの涙が溜まっていた。 「う、嘘ですよね、きっと?ほら、何かの依頼とか……」 少女が青年に向かい、すがるように尋ねる。まぁ、記憶力の乏しい彼に聞くのははっきり言って無謀の一言ではあるが、そんなことに思い至らないほど今の彼女は動揺していたのである。 だが……青年はもとより少女もそのような依頼を受けたという話を聞いていなかった。青年がふるふると首を振るのを少女は絶望的な顔で見た。 お互いの表情から「依頼などではない!」という事実に気付くと、そのままギギギと顔の向きを元に戻す。 そんな彼らには気付かず、頬を赤く染めた二人のやりとりは続いた。 「……すまんな、うまく言えなくて」 「ううん、すごく気持ちは伝わってきたわ…………嬉しい……(ぽっ)」 男の言葉に顔をますます赤く染める女。その姿は何とも初々しく、また微かに大人の色香を感じさせる。 「俺は……お前を愛している」 「……あたしも……」 女の薬指にはめられた指輪の白い石がきらりと光った。そして……、 (ぷちっ) ……それが彼らの我慢の限界だった。 「ち……ちくしょおぉぉぉぉっ、リナあぁぁぁぁぁっ!!!」 「わああぁぁぁん、ゼルガディスさんのバカああぁぁぁぁぁっ!!!」 「くそっ、くそっ、くそおぉっっ!!!」 叫びながら、ガウリイは街を駆け巡る。 その手には、つい先日買ったばかりの指輪が握られていた。 小さいが、とても綺麗な赤い石の付いた指輪。きっと彼女に似合うであろう、ガウリイからリナへの愛の証。 それをリナに渡し、『愛している』と言うのは自分であったはず。 そして、自分は晴れて保護者を卒業!……するはずだったのに。 「何故だ、何故だ、何故なんだああぁぁっ!?リナああぁぁぁっ!!!」 (ちょっと奥様、何かしらアレは?) (……まぁ、どこにでも変な人はいるものザマスよ) (嫌な世の中になったものですわねぇ……) すぐ横を駈け抜けて行く姿を見かけたおばさん集団のひそひそとした陰口などまるで気付かず、彼はひたすらに走り続けた。 ――確かに、リナはここ最近、特に綺麗になった。 街中を歩いていると、道行く男共の視線が集中する。まぁ、これらはガウリイが一睨みすれば霧散してしまうものではあったが、無論気にならないわけではない。大いに気になるものであった。だが、 『あんたはあたしの保護者でしょ!』 その言葉を聞くたび胸が痛んだ。しかし、元々そう言い出したのは自分。 ならばその立場を修正すべきなのも自分だと思い、意を決しこの指輪を買ったのだが。……まさかゼルガディスに先を越されるとは……! 「……おい、ガウリイ!」 その時、突然かけられた声に気付きガウリイは足を止めた。 振り返ると、黒髪を立てた目つきの悪い男……ルークがいた。 「なぁに町中喚きながら走ってんだ?いい歳してるくせに、ちったぁ羞恥心っつーもんくらい覚えやがれ」 ちっちっと指を振りながら、歯に衣着せぬ言葉を叩き付ける。口が悪いのは毎度の事であるが、ガウリイはそれどころではない心境にあった。 「ん?どうした?…ひょっとして、あのチビガキと何かあったのか?」 「…………」 妙に鋭いところを突いてくるルークの顔はまだ明るい。しかし、 「…………ゼルの奴……」 「お、おい?」 さすがに不穏な空気を感じ取ったのか、彼の声に僅かな焦りが含まれた。 「よくもオレのリナに…………よくも…………」 「ちょ、ちょっと、落ち着けガウリイ……」 地獄の底から響くような低い声に、さすがのルークも一歩引いてしまう。 「……よくも……よくもっ!!許さあああぁぁぁぁんっ!!!!」 「うわ……おい、暴れるなあああぁぁぁぁっ!!!!」 ところ変わって酒場では。 「……うぐっ、えぐっ……ゼルガディスさん……」 アメリアが酒の入ったグラスを片手に泣いていた。 その横には少々疲れたような表情の美女――ミリーナがいる。 「泣かないで……あなたの勘違いかもしれないのですから落ち着いて」 「勘違い!?そんなわけないじゃないですかぁ!ゼルガディスさんったら、リナさんに『愛してる』って言ったし……指輪も渡してましたし……それで落ち付けなんて…………えぐっ、えぐっ」 泣きながらグイっと酒を飲み干す。 既に彼女達の座っているテーブルには、空いたグラスが林立していた。 ミリーナが呆れたような溜息を吐く。 「だから、実際に確認してみないと分からないでしょう?本人に聞いてみた方がいいと思います」 「それで、『本当だ。俺はリナを愛してる』なんて言われたらどうするんですかぁ!私はもう立ち直れなくなっちゃいますぅ!!!」 「ですから…………それはそれからの話でしょう。今はまず、彼の真意を確認するべきではないかと思うのですが」 「そんなの、嫌です!私は……あぁん、ゼルガディスさあぁぁん……」 「…………」 「何で?リナさんにはガウリイさんという人がいるじゃないですか……なのに何でゼルガディスさんまで……酷い……リナさん……ゼルガディスさんは、私と一緒に正義の味方をしてくれるはずだったのに……そして2人で世界を旅しながら世に正義の素晴らしさを広めて行こうって言ってくれてたのに……すみませ〜ん、お酒の追加お願いしますぅ!」 当の本人が聞いたら『ちょっと待て、誰がそんなことを言ったっ!』と絶叫しそうなセリフを言いながら、アメリアは酒を飲みつづけた。 「……そろそろ止めた方がいいのでは?飲みすぎるのは身体に毒かと」 「いいえ、大丈夫です!うちの家族は酒に強いですから!特に姉などは……(ぐいっ)……でもきっとゼルガディスさんはそんなに強くなくって……クールに『俺はもういい、後はお前が楽しめばいい』とかいう風に言ってくれて……すごく優しいですから……えへへっ♪(にぱっ)」 アメリアはかなりお酒が回ってきたらしい。すっかり妄想に浸っている。 「そして酔いつぶれた私を優しく介抱してくれて……『あまり無茶するな』と言ってほっぺにキスしてくれて、ベッドまで運んでくれて、そして……うふふふふ(ごくごく)」 これは何を言っても無駄だと悟ったのか、ミリーナは黙って席を立ち、完全に暴走している少女の声を背に酒場を去って行った。 「……なのに…………何でリナさんを…………ゼルガディスさん…………(涙)……うううっ…………すみませ〜ん、お酒、もう樽ごと持ってきてくださあぁぁいっ!!!」 「……で?これはいったいどういうことだか、説明してもらえる?」 ここは宿屋の一室。腰に両手を当て、リナが眼前の二人を睨みつけた。 「何でも、突然街中で暴れ出して、辺りの建物を破壊し尽くしたとか?」 むすっとした顔でガウリイがそっぽを向く。 「ろくに金も持ってないのに酒場の高級酒飲み尽くしたとか?」 しゅんとした顔でうつむくアメリア。 「な〜んであたしがあんた達の尻拭いをしてやんなきゃいけないのよ!……ったく、訳くらい聞かせてくれるのでしょうね?このあたしの財布を空にしたからには、つまんない理由だったら只じゃおかないわよ!」 怒りのオーラに身を包むリナの横では、ゼルガディスが難しい顔をして腕を組んでいる。そして、ぼそりと呟いた。 「お前達……何でまたそんな無茶を?リナにバレたらどんな目に遭わされるか、分からないわけではあるまいに」 「うんうん、そうだぜ、全く。この嬢ちゃん相手に無謀すぎるにも程があるってもんだぜ」 これまたルークが目を閉じながらこくこく頷く。しかし、 「……そこっ!余計な事言わないのっ!」 リナにキッと睨まれ、彼らは仲良く肩を竦めて押し黙った。 沈黙がその場を支配する。……が、ややあってアメリアが口を開いた。 「……リナさんが悪いんじゃないですか……」 「はあ……?」 思いも寄らぬ言葉に、リナが思わず呆れた声を上げる。 「私、リナさんの事を大事な仲間……いえ、友人だと思ってます。だから、大事なことは隠さず話してきたつもりです」 「……それがどうしたのよ」 「なのに……なのに……酷いです、リナさんっ!私の気持ちを知っていたくせに、こっそり隠れてゼルガディスさんの恋人になってたなんてっ!酷すぎますぅっ!!!」 『………………は?(滝汗)』 アメリアの爆弾発言にリナとゼルガディスは思わず絶句した。 だがその直後、顔を一瞬で真っ赤に染めた。 「だ、誰が誰の恋人ですってぇっ!?」 「おいっ、何考えてるんだアメリア!!!」 二人が大慌てで叫ぶ。が、そこでミリーナが冷静に突っ込んだ。 「……アメリアさんの話ですと、お二人が結婚の約束をされたところを見たということですが?」 「そうだ……二人して『愛してる』とか何とか言ってたじゃないか……」 ガウリイも力無く呟く。が、その眼には微かな殺気が含まれている。 「えっ、ちょ、ちょっと、何を言って…………って…………あ〜〜っ!まさかあんた達、あの時っ……!!」 顔色を赤や青に目まぐるしく変えながら、リナが叫んだ。 「誤解よ、誤解っ!きっぱり、すっぱり、あんた達の気のせいっ!あのね、それはねっ。フリなのよ、フリっ!」 リナは必死になって手を振る。その指に先程見た指輪が無くなっていることに、ガウリイは気付いた。 「おい、ちょっと待てリナ!(赤面)」 「うっさいよ、ゼル!あたしはあんな誤解されたまんまなんて絶〜っ対に嫌だからね!……い〜い、アメリア。あれは全部フリなの。ゼルに頼まれて、あんな事しただけなのっ!」 ゼルガディスが慌てて止めようとするが、リナはそのまま話を続けた。 「ゼルはあんたにプロポーズしたいって思ってたみたいなんだけどね。いきなり事を運んじゃあ失敗するかもしれないってんで、あたし相手に練習させてあげてただけなのっ!!」 「おい!リナ!!」 「え〜い、今更ぐだぐだ言ったってしょうがないでしょ!男なら男らしく諦めなさい、ゼル!」 「……え?」 その大きな眼に涙をたたえていたアメリアは、ゼルガディスを見上げた。 「……本当……なのですか?……ゼルガディスさん……」 「え……あ……、いや、その……」 普段は青みがかっているその顔は盛大な汗をかきながらも、照れのせいか、今や赤紫色に変色していた。 「ほらほらゼルちゃん、ちゃんと言ってあげなくちゃ♪」 ここぞとばかりにリナがゼルガディスをからかう。 そして、すぐ横ではガウリイが脱力したように溜息をついていた。 「……んな紛らわしいことするなよな……ったく……」 ぶつぶつと呟いてはいるが、明らかに安心した様子である。 と、ゼルガディスがガウリイに声をかけた。 「そうだ、旦那。リナが俺の頼みを引き受けた理由を教えてやろうか?」 まるで悪戯を思い付いた子供のような表情で口元を軽く上げている。 「え?理由なんかあるのか?」 「ちょちょちょちょっと、ゼルっ!!!」 今度はリナが盛大な汗をかきながら止めようとする。しかし、 「今更ぐだぐだ言っても仕方がないんだろう?」 ゼルガディスは、にやりと意地悪そうな眼を向けただけだった。 「なぁ、ガウリイの旦那。ちょっと考えてみろよ。俺がこんな突拍子もない頼み事をしたって、リナがまともに受けるわけないだろう?」 「ん〜……ま、そうかもしれんが……」 「だから言ってやったのさ、『お前さんがガウリイの旦那からプロポーズを受けたとしても、いつもの調子で旦那を吹き飛ばしてハイおしまい、だな。そんなことされたら、いくらガウリイでも傷つくだろうから、他の女に走るかもしれんな』、と」 「おいおい……(汗)」 「ねぇっ、止めてってば!!!」 今にも蒸気を吹かんばかりに顔を赤く染めたリナが悲痛な声を上げる。 が、敢えて無視し、ゼルガディスは話を続ける。 「そしたらリナが、『そんな事になんてならないわよっ!』って言うのさ。で、『あたしはちゃんと受けてみせるもの、何なら確かめさせてあげよううじゃないのっ!』と……」 「ちょっとゼル、ホントに止めてよぉっ……」 眼に涙を浮かべながら、リナが言う。が、その声にはもはや力がない。 「本当か……?リナ……」 ガウリイが半ば信じられない、といった表情でリナの背中に手を回した。 「信じても……いいのか?」 「……ガ、ガウリイ……」 そして、魔族ならば間違いなく大ダメージを受けるであろうその様子に、ルークが思わず溜息をついた。 「……なぁ……俺達、ひょっとしなくてもお邪魔虫かぁ?」 「この状況では、間違いなくそうでしょうね」 「ミリーナぁ、なら俺達も一緒に、らぶらぶモードに……」 「入るつもりはありません」 「……しくしく……」 毎度のごとくそっけない対応を返され涙ぐむルーク。 その姿を見てミリーナが小さく微笑んだが、彼は気付かなかった。 「だけどさ、やっぱフリでも『愛してる』なんて言わないでくれよ」 「だから、練習だってばっ!……ま、さすがにあれには耐えられなくて、二人でそのあと爆笑しちゃったんだけどね」 「……嫌だ。嘘でもあんなこと言って欲しくない。リナは、オレのだ」 ポケットに入れていた赤い石の指輪をさっとはめ、そしてぎゅうぅっ!と強く身体を抱きしめるガウリイ。一瞬唖然としたリナであったが、 「にょわあぁぁっ、何すんのよこのクラゲっ!炸弾陣っっっ!!!」 熟れすぎのトマトのように顔を染め、呪文を炸裂させた。ガウリイをはじめ、巻き添えを食らったらしいゼルガディス達が「何で俺達まで〜〜〜〜っ!」と悲鳴を上げながら、開いた窓から空へと舞っていく。 その様子を横目に見ながら、ちゃっかりと呪文の効果範囲から逃れていたルークとミリーナがそっと目配せした。 「何とかは犬も食わぬ、って奴だな。やれやれ」 「ならば、馬に蹴られる前に退散するとしましょう」 「……だな」 そして…… これだけの大騒ぎを引き起こした『練習』であったが。 果たして、その成果が充分に得られたのかどうか――。 ――それは、彼らだけのヒミツである。 (おわり☆)
|