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「…………?」 ふと、王子は足を止めた。 つい先程まで聞こえていた鳥の鳴き声が、消えている。 「……隠れても無駄よ。出ていらっしゃい」 「おや?やっぱりばれちゃった?」 子供のような無邪気な声を上げながら、王子を狙っていた者が姿を表す。 「あんたは……あの国の侍女!!」 「やぁ、リ……じゃなかった、王子。僕は別に君に恨みがある訳じゃないけど、とりあえず邪魔させてもらうよ」 「何でっ!?」 「王様がそれを命じた……ということかな。……僕だってあんなやつの言う事など聞きたくないけど、今の状況じゃ仕方ないし……」 「へ!?」 「……という事で。ほい」 侍女が指を鳴らすと、とたんに王子の身体は動かなくなってしまった。 「ちょ……ちょっと……」 「さて、どうしようかな?生きたまま引き裂くのはどうかな?あ、死なない程度に傷つけるってのもいいかなぁ」 「冗談じゃないわよっ!……第一っ!ここであたしが死んだらどうなると思ってんの!?」 「元の世界に戻れない……?」 「わかってるんなら、止めなさいよねっ!」 必死な口調の王子と対照的に、侍女は冷たく微笑んだ。 「だって、僕にはそんなことどうでもいいし。お腹空いたから、負の感情も欲しいんだ」 「何って悪趣味な!……言っとくけど、ここでは重破斬(ギガ・スレイブ)使っても多分意味ないんだからね。それくらい、わかってるんでしょ?」 「うん、知ってるよ。そうじゃなかったら、僕ももっと別の手を考えるよ。ただ、ここはそういうものが通用しない場所だから、こうして人間なんかの命令に従っているんじゃないか」 「人間って……あ、あの娘(こ)ね!?ったく、恋に狂った女ってのは手におえないわねぇ……それとも、ここ場所のせい?」 「そうかもしれないね。程度こそ違えど、皆、己の欲望に忠実になっているみたいだし……」 王子は今まで出会った者達のことを思い出す。 ……確かに、皆、少しずつ変だった。 普段は心の奥深くに沈めている『想い』……それを、いつもより遠慮無く発揮しているということか。 「……で?あんたは、あたしの負の感情を求める、っていう欲望に忠実になっている……そういう事?」 きつい眼差しで問いかける王子に、侍女はかぶりを振っただけだった。 「それはちょっと違うよ。僕達はいつだって欲望には忠実なんだ。己の欲望を誤魔化すなんて、人間くらいなものさ。だから……僕には、この空間による影響なんて関係ないのさ……」 「それって、何かずるい気がする」 王子が頬を膨らませると、侍女はくすくすと笑った。 「本当に君は面白いね。何で魔族じゃないんだろう。もし魔族だったら、僕の第一の部下にしてあげたのに」 「死んでもお断りっ!!!」 「……そっか。じゃぁ、仕方ないね」 侍女の手に、小さな球体が現れる。 「ばいばい、リナ=インバ……」 どぐわしゃあっ!!!!!! 侍女が、言葉を最後まで告げる前にぶち倒れる。 「なんて事をしているんですか!こんなの、正義じゃありません!!!!!」 その叫び声と共に、王子の身体の戒めが解かれる。 声の主を求めて視線をさまよわせると、そこにいたのは。 …………………………。 「……ねぇ……何?、その格好は……???」 そう。そこにいたのは、露出度満点…………大きな胸を申し訳程度に隠している藁で編まれたビキニと、腰蓑を身に纏った少女だった。 「き、聞かないで下さい……こんなの正義じゃありませんから……」 滝のように涙を流しながら小さく呟く、原住民(?)。 「あ、あんたも……これまた、難儀な役をもらったものね……」 額から大粒の汗を流しながら、王子は引きつったような声を上げた。 「でも……仕方ないです。こうするしか、道はないんですから……」 「そ、そうよね……」 あはははは……乾いた笑いをあげる2人。 「……ねぇ…………僕の存在……忘れてない……??」 頭を半分地面にのめり込ませた侍女が、ぴくぴくと手足を痙攣させながら己の存在を主張した。 「やかまし」 「……よ、よくも……」 一言で切り捨てる王子の態度に腹を立てたか、侍女がむくりと起き上がると共に、その深い闇色の瞳に殺気を漂わせた。 「よくも、この僕を…………」 侍女の全身から、とてつもない量の瘴気が迸る。 「い!?ちょ、ちょっと待ってよ……」 その迫力に、思わず一歩後ずさる王子。 「うるさい!この僕を愚弄した罪、お前の命で贖ってもらうからね!!!」 濃い瘴気があたりを包み込む。 と、その時。 「ほんげらこっこ、ろんげもげぇ〜♪」 緊迫した空気にあまりにもそぐわない歌が響き渡った。 思わず、申し合わせたかのようにギギギと顔を振り向かせる王子と侍女。 「くくおりほっぽっ、よ〜らえだあぁ♪」 その間抜け歌を歌っていたのは…………これ以上にないくらい顔を赤く染めた原住民だった。 「……お゛い゛……」 「ねぇ……あんた……」 王子達の呆れた視線に耐えるかのように、原住民はぐっと歯をかみ締める。 そして、歌い踊りつづける事約5分。 戦う事すら忘れ、口をぽか〜んと開けたままその踊りに見入っている2人の目の前に原住民が辿り着いた時、それは終わった。 「……こらくぞだぁもぉ、ぷぅっ!」 掛け声を最後に、原住民が右手を高く掲げる。 と、その手に光輝くナックルが現れる! 「なっ、何だっ!?」 驚く侍女に向かって、光のナックルを身につけた涙目の原住民が突進する! 「これぞ、正義の力っ!!!!食らいなさいっ、ウルトラ・スーパー・ミラクル・ジャスティス・クラァァァッシュ!!!!!!」 ばこぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!!!!!!! ……そして、侍女はお星様になり空を翔けていった。 「……何っつーか……身も蓋もないやられ方だったよね……あいつ……」 遠い空を見上げながら呟く王子。 「う゛……う゛…………は、恥ずかしいですぅ……」 そんな王子の横で、原住民が泣きじゃくっている。 「あーあー、泣かないの。ほら」 「だってえぇ……こぉんな恥ずかしい格好させられて、あぁんな恥ずかしい踊りを踊らされたんですよぉ?」 「……そりゃあ、あたしもそんなのまっぴらごめんだけど……」 「でも、あぁしないと力が使えないから……ひ〜んっ」 「ったく……『あれ』の考える事はよく分かんないわよねぇ。あんたにゃ悪いけど、あたしこの役で助かったわ」 「そうですね……私もこんな役はイヤですけど、リ……じゃなかった、王子様が私の役じゃなくて良かったと思いますから」 「……あんた……なんていい子なの」 王子が感動したように、涙で潤んだ瞳を原住民に向ける。 「だって、リ……じゃなかった、王子様がこの格好したら、胸の無さが丸わかりですから……そんなの正義じゃありませんし……って、……あ゛(汗)」 ぷちん。 「一言多いわあぁぁぁぁっっ!!!!」 王子のアッパーカットが見事に決まり、原住民はお星様第2号となって空を翔けていった……。 「さて……そろそろ、クライマックスのようですね」 『彼女』がゆっくりと立ち上がる。 「もちろん、あなたにも手伝っていただきますよ……ねぇ、お姫様?」 とたんに聞こえる、歯ぎしりの音。 ぎりぎりというその音に、『彼女』は満足そうに微笑んだ。 「……つ、着いた……やっと…………」 ひたすら道に迷いながらも、王子はようやく島の中心へと辿り着いていた。 そこにあるのは、おどろおどろしい雰囲気を醸し出している古城。 「きっとここに、姫と魔女とやらがいるはずよね」 近くにあった大き目の岩に腰掛ける。そして、指を折り何かを数え始めた。 「えっと……今まで出てきた奴はぁ……」 丁寧な口調ながらもいい性格をしている王様。 他人の迷惑など考えず(まぁそいつは人間ではなかったが)、恐ろしい事を平気で行う侍女。 タカビーで貧乏性な精霊。 寡黙だがちょっぴりお茶目な合成獣……もとい、妖精。 物騒な魔剣を振りまわす、折れ曲がった帽子を被ったカラス。 正義を拳で語る原住民。 「えーっと……じゃ、あと残っているのはぁ、…………!!!」 恐ろしい事実に気が付き、王子は思わず頭を抱える。 「ど、どっちに転んでも恐い事には変わりないわね……似合うと言えば似合ってるのかもしんないけど……ぶつぶつ……まぁ、噂話やシルフィールの反応からすると……やっぱあいつよねぇ…………ふぅ……何であたしが……」 深く深く溜息をつく。 「ま、だからって放っておけないわよね。目覚めだって悪いしさぁ……それに、あたしじゃなくちゃ、あいつを助けてなんかやれないし……」 そして、このままでは埒があかない事に気付いたか、剣を携え城の中へと向かっていった。 ばんっ!!!! 大きな音を立て、扉が開く。 開いた扉から姿を表したのは、王子であった。そして、 「火炎球(ファイアー・ボール)っ!!!」 その両手から放たれた赤い光が炎と化し、部屋の中心を襲う。 しかし、かなり広いホールでもあったその部屋は焼け焦げひとつつかないまま、炎は一瞬で消えていた。 「……おやおや。いきなり攻撃とは、物騒な事ですね」 のんびりとした声が広い部屋に響き渡る。 「僕達を巻き込むつもりだったのですか?」 糸のような細い目がにっこり笑っている。……が、王子は微笑み返す気は全くなかった。 と、王子の目が部屋の奥を捕らえる。 「ガ……!!」 思わず名前を叫びそうになった口を抑え、王子は前方を睨み付ける。 肩で揃えた黒髪を微かに揺らしている、黒衣を纏った『彼女』────魔女を。 「あなたの事だから、もう気が付いていたのでしょう?僕達が何の役になっていたのか」 「……っていうか、あんた達2人に絞られてようやく、って感じだけど」 王子の言葉に、魔女がくすくすと笑う。 「まぁいいでしょう。とりあえず、僕達は役を全うするまでです」 「あんたはともかく…………アイツの方が心配よ。あのくらげ頭が、今の状況についていってるのかって」 「そうですねぇ。あのお姫様は、多分何も分かっていらっしゃらないのではないですか?」 「だあぁぁぁっ!!…………お願いだから、あたし達の名前を呼ばないでよ、お姫様っ!!!」 しかし、王子の必死の叫び声をどこまで理解したものか。 「おいっ!何で名前を呼んじゃいけないんだ!?それに俺は『おひめさま』って名前じゃ……」 金髪碧眼の『姫』は、その両手を拘束している鎖を揺らしながら叫ぶ。 「やっぱり分かってないぃっっっ!!!お願いだから、とにかくあんたは黙っててぇっ!!!ずっと黙っててくれたら、後で死ぬほどご飯を食べさせてあげるからぁっ!!!」 その言葉にぴたっと口を閉ざす姫。 「じゃぁ、始めましょうか」 その言葉と同時に、王子と魔女の間に緊迫した空気が流れた。 「獣王牙操弾(ゼラス・ブリッド)!」 王子の呪文によって襲い掛かってきた光の帯を、魔女は左手で受け止めた。 ぱしん、と軽い音をたてて光は消え去る。 「その程度の呪文、僕に効くと思っているんですか?」 にっこりと笑う魔女。 「だあぁっ!仮にもあんたの上司の力を借りた呪文よ!?ちょっとくらい痛がりなさいよぉっ!」 「あ、それもそうですね。あいたたた……」 ぱたぱたと手を振る魔女。どう見ても、王子を馬鹿にしているようにしか見えない。 その態度に王子がキレる。 「ざーとらしい真似すんなっ!!」 「いや、一応ちょこっとくらいはダメージ受けてるんですよ、これでも。ちょこっとくらいは、ね♪」 「きーっ!なんて奴っ!!!」 地団太を踏む王子。しかし、どう見てもそちらの方が分が悪かった。 「……こうなったら……」 王子の目が細く光る。 何かしら感じるものがあったのか、思わぬ寒気に後ずさる魔女に向かい、王子は剣を掲げて高らかに言い切る。 「魔女……あんた、そっちの気があったのね!?」 「い゛っ!?」 まともに目を剥く魔女。 「だ〜ってさぁ、縄で縛り上げるくらいで済むはずなのに、わざわざ鎖と錠なんかで捕らえてるしぃ」 「……このお姫様相手に、縄くらいで済む訳ないじゃないですか…………この鎖だってそろそろ危ないのに」 「それに、鞭と蝋燭なんかをそこに置いてあるしぃ」 「蝋燭はここの明り用ですっ!それに鞭は、僕の運動用に使うんです!」 「何の運動よっ!…………ったく、だいたい嬉々としてるんじゃないわよ、こんな状況で」 「おや?王子様は、楽しくないのですか?」 「楽しい訳あるかぁっ!!」 「そうですか。それでは、少しは楽しんでいただきましょうか?」 にっこりと笑顔の魔女。 「な……何よっ!」 「別に、囚われた姫と助けに来た王子が結ばれるって話でなくても構いませんよね……?」 「……な゛っ!!」 王子の顔がモロに引きつる。 「要は、『あの方』が楽しんでくださればいい訳ですし。多少のシナリオ変更も、別に構いませんよね」 「え゛……あ、あの、……ちょっと、ゼ…………じゃなかった、魔女?…………きゃあっ!!」 いつのまにかすぐ側までやってきていた魔女に腕を掴まれ、王子は引き寄せられた。 「や……止めろっ!」 姫が必死な形相で叫ぶ。だが、魔女はそれを無視した。 「姫を助けに来たはずの王子が、魔女に心変わりして、そのまま2人で遠くへ逃げてハッピーエンド。こういう展開も、また斬新でいいですよねぇ」 「……んな訳……ないでしょっ!放してぇっ!!」 魔女の腕の中、耳まで真っ赤にした王子の言葉も聞き遂げられない。 「さぁ、王子様……私と共に、行きましょうか……?」 「いやあぁぁっ!助けてっ、ガウリイっ!!!」 「や、止めろっ!!!………………リナぁっ!!!!!!!!」 叫び声と共に、ぶちぶちっ!という、何か固いものが引き千切られる音が響く。 身体の戒めを解かれた姫が枷を身に付けたまま、王子や魔女の元へと突進してくる。 「……あ〜あ、知〜らない、っと。これは僕の責任ではありませんからね?」 呆れたような、それでいてしれっとした表情の魔女。 姫は王子を魔女から取り戻し、固く抱きしめる。 王子の顔色が悪いのは、その強い腕の力のせいだけではない。 そして、どこからともなく、ぱりん……ぱりん…………と音を立て。 ────世界は、壊れた。 「……ここは?」 ガウリイが、腕の中の存在に問いかける。 だがリナが答えるより先に、別の声が響き渡った。 『…………契約は、破棄されたわね……』 「……分かってる……」 リナが小さな声で、力無く呟く。 その姿は、裁判にて判決を言い渡される罪人のようであった。 「リナ?」 ガウリイの声には答えずに、リナはそっと顔を上げた。 前方に見える、光とも闇とも見える存在に対して。 『せっかくいいところまでいっていたのに…………ねぇ?』 「…………」 リナは黙ったままである。 そう、彼女には分かっていたのだ。 一度こうなってしまえば、もう未来が決まってしまうという事が。 …………世界が滅びてしまう、という事が……。 そう、全て分かっていたのだ。 フィブリゾとの戦いで、ガウリイを助けるために放った完全版の重破斬(ギガ・スレイブ)。 その呪文が暴走すれば、この世界全てが混沌に包まれてしまうという事も。 ……それこそが、冥王フィブリゾの計画だという事も。 だが、リナは、それを理解した上で、重破斬(ギガ・スレイブ)を唱えた。 全てはガウリイの命を助けるため。 そして、フィブリゾの目論見通り呪文は暴走し、混沌の力がこの世界を襲ったのだ。 だが、しかし。 リナの強い想いが、全ての存在の母に気まぐれを起こさせた。 そして、彼女の願いをかなえてやってもいい、とかの存在に言わしめたのだ。 その条件さえ満たせば、彼女の望み通り彼を助けようと。 そのために、やはり混沌に飲み込まれた仲間達をも巻き込んで、このような茶番を続けてきたのだ。 (それなのに、あたしは……あたし達は……) つい、相手の名前を呼んでしまった。そうしない事が、この契約の条件だったのに。 リナは震える小さな腕をガウリイの背中にまわし、ぎゅっと力を込めた。 これから起こるであろう、悲劇を予想して。 ……しかし。 『でもまぁ、あんたたちはよくやってくれたわ。中途半端だけど、なかなか楽しめたわよ』 「……え?」 思ってもみなかった軽い言葉に、リナは思わず顔を上げた。 「かえして……くれるの……?」 ガウリイを。この世界を。 信じられない、といった表情ながらも、リナは段々と喜色を浮かばせる。 そんな彼女に、ガウリイも事の次第を理解しないまま微笑みかける。 『ええ……返してあげるわ………………でもね、やっぱりこのままじゃ物足りないし……』 「え?」 かの存在の言葉に、ぴくんと身体を震わせるリナ。 『あとの皆は退場してしまったから、あなたたち2人で物語を演じてね♪』 その言葉に、思いっきりコケるリナ&ガウリイ。 「なぁ……この、ロードなんとかって、なかなかお茶目な性格してるよな……」 ガウリイがボソッと言う。それを聞いていたのかどうか、 『それじゃ、男女2人揃っているという事で、さわやか恋愛ドラマでも演じてもらおうかしら?』 「でえぇっ!きゃ、却下ぁっ!」 真っ赤な顔をして叫ぶリナ。 『そう?……それじゃ、血沸き肉踊るスプラッタドラマ!』 「……登場人物が2人だろ?まさかそれって、俺達がスプラッタになるんじゃないだろうなぁ……?」 『(ぎくっ)…………え、えーっと、それじゃ……』 「ちょっと待てぃ!本気であたし達を肉団子にする気だったわけぇ!?」 ほとんど漫才のようなノリに、リナは思わず相手が何者か忘れたかのように叫びまくる。 そんな彼女の様子に、かの存在は内心で微笑んだ。 『……そ、そんなわけ無いじゃない♪それじゃぁ、スポーツ青春ドラマは?』 「いいかげんにせ〜いっ!!!…………」 そして、2人の周りの世界が変化する。 「ふぅ…………いやぁ、このお茶、美味しいですねぇ」 何故か座布団の上で正座しながら、湯気の立つ湯飲みを両手で抱えたゼロスが溜息を付いている。 そんな彼に、ゼルガディスが叫ぶ。 「魔族のくせに、何、人生を謳歌するような真似をしているんだ、貴様は!目障りだ、止めろっ!!」 「え〜?別に僕の勝手じゃないですかぁ。人権侵害ですよ、ゼルガディスさん」 「貴様は魔族だろうが!!人権なんか元々あるか!」 「……そのセリフ、どこかの団体からクレームが来ても知りませんよ?」 「まぁいいじゃありませんか、ゼルガディスさん。こうして大人しくさえしてくれれば、たとえ生ゴミ魔族といえども、とりあえずは無害ですからっ!」 意味もなく胸を張りとりなそうとするアメリアの姿に、ゼルガディスは軽く肩を落とした。 「……俺の精神には有害なようだぞ……」 だが彼の呟きは誰も聞いていなかった。 「それにしても、一体なんだったのよ、これは?リナに言われて、とりあえずあんな真似をする羽目になったけど、どういう意味があったのよ?」 「そうだそうだ。俺にはさっぱり分からんぞ」 マルチナとザングルスが誰にともなく尋ねる。 そんな2人を横目に見ながら、ゼルガディスは大きく溜息を付いた。 「……つまり、だ。リナが、重破斬(ギガ・スレイブ)――すなわち、金色の魔王そのものを召喚するという、とてつもなく危険な呪文を唱え、そのまま暴走させたという事だ」 「ちょっと!それって、まずいんじゃないの!?」 「その通りだ。しかし」 「私達の正義を愛する心が、魔王の心を動かしたのですっ!!!」 ゼルガディスの言葉に口をはさむアメリア。 「……それはちょっと違うと思いますけど……」 シルフィールが言うが、やはりアメリアは聞いてなどいなかった。 「例え魔王といえども、正義をもって当たれば、きっと誠意は通じるんです!」 「……それは、ただ単にあのお方が気まぐれを起こしただけだと思うのですが……」 「そうそう。お母様が、そんな人間に優しくするはずなんかないよ」 「どうしてそんなこと言えるのよ?」 マルチナが睨み付けるようにフィブリゾに尋ねる。 「だって、赤眼の魔王様からよく聞いてるもん。お母様って、しょっちゅう魔王様をシャベルでザックザックやってるんだって。だから魔王様、しょっちゅう貧血起こして倒れてるよ」 (……貧血を起こして倒れる魔王っていったい…………) そこにいた人間達は皆そう思ったが、それを口に出す勇気のあるものはいなかった。 「自分が自ら生み出した魔王様に対してその態度だよ?それなのに、人間ごときに情けをかけるはずなんて無いってば。お母様、もう大分歳だしね」 『…………言いたい事はそれだけかしら?フィブリゾ……』 突然響いた声に、まともに顔を引きつらせる冥王。 「……お……お…………お母、様……?」 「おやおや…………これはまずいことになりましたねぇ、冥王様」 明らかに面白がった口調の獣神官。他人の不幸は蜜の味、というものかもしれない。 『私が聞いていないと思って、好き勝手なことを言ってくれるじゃない……?たかが部下Sの部下のくせして!』 「あ、いや、だから、お母様!これは誤解で……」 『問答無用よっ!』 その言葉と同時に、フィブリゾの姿は消え失せた。全ての存在の母の怒りを買ったのだ、恐らくは完全に滅びたであろう。 『さてと、貴方達のことだけど……』 己の能力で冥王を滅ぼしておきながら何事も無かったかのように話し掛ける『それ』に、皆、ぴくりと身体を震わせて警戒する。 『そろそろ充分楽しめたし、元の世界に戻してあげるわ。せいぜい、これからもこのあたしを楽しませることね?』 楽しそうに笑うが、ゼロスを覗く一同は、とてもじゃないが笑えるはずが無い。 皆、一様に顔を引きつらせたまま、混沌の光の渦へと飲み込まれていった…………。 「えーっ!じゃあリナさん、あの中で何があったのか、全っ然憶えてないんですかっ!?」 サイラーグから少し離れたところにある小さな町の宿屋の中、素っ頓狂な声をあげるアメリア。その顔には、驚きの色が隠せない。 「……そう。結局あたしは、重破斬(ギガ・スレイブ)の完全版を唱えて……まともに術の制御に失敗して…………」 何かを思い出そうとするように、リナは視線だけ上に向けた。 「……そっから先は、ただ…………闇が広がって、それで……」 言葉に詰まるリナ。と、ガウリイが横から口を出した。 「いや、俺もなぁ、リナを追っかけて、黒い塊に飛び込んだとこまでは憶えてるんだが……」 「そりゃ、ガウリイさんだったらそうかも知れませんけどぉ」 アメリアが心底呆れたような声で言う。 「……お前なぁ」 ガウリイの呟きに、シルフィールはくすくすと笑った。ただ、その顔をよく見ていたものがいたならば、それが彼女が泣き笑いしていたことに気付いていたであろう。 (……どうせ忘れるのなら、リナさんがガウリイ様を助けるためにあの呪文を唱えた事から忘れていてくだされば良かったのに……そうすれば、まだ私にもチャンスがあったのかもしれないのに……) そんな彼女の葛藤にリナは気付かなかった。 また、同様に、アメリア達が何を思っていたのか、それすらも考える余裕を持っていなかった。 奇しくも、ゼルガディスとアメリアは、同じようなことを考えていたのだ。 (……助かった!あれを見たのはリナだけだから、あいつが忘れてしまったのは好都合だ。俺のあんな姿、誰にも知られたくなどないからな) (ということは、私のあの格好を覚えている人はいないということですよね!冥王は滅んでしまいましたし、リナさんも忘れてしまったようですし。よかったぁ……) そんな2人の内心には全く気付かず、リナは話を続けた。 「よく、思い出せないんだけど…………あの中で、あそこで、何かあったような気がする。……とっても大切な、何かが」 「……俺もだ……」 ガウリイが優しい瞳をリナへと向ける。 優しい太陽の光が、昼を告げようとしていた――――。 |