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囚われの姫君

前編




──海を超えた、遠い遠い国。
  そこには、誰よりも美しい姫がいたという。
  輝く陽の光を集めたような黄金の髪。
  深く佇む海のような、蒼の瞳。
  出会う者すべてが感嘆せずにはいられないほどの美貌。
  しかし、彼女は強大な能力を持った魔女の怒りを買ってしまう。
  そして誰一人として姫を助ける事は出来ないまま。
  今も孤島に囚われたままだという……。



「囚われの姫の話を聞いたわ。それは大変困ってたでしょうねぇ」
謁見の間で、白いマントに身を包んだ栗色の髪の王子(?)が、軽く頭をさげる。
青年と向かい合うような形で玉座に座る王(?)は、黒々とした長い髪を揺らし、確かに困ったような顔をしていた。
「このあたしが必ずや悪の魔女の手から姫を助けてあげるわ!…………という訳で。報酬はいくらもらえるの?」
王の肩ががくっと落ちる。
「あの……こういう時にそういう話をすると、雰囲気が壊れると思うのですが……」
「いーのよ。そんなもんにこだわってたら、一国の王子なんて務まるわけないんだから。で?いくらくれるの?」
深く深く溜息をつく王。
「えっと、……それでは、このくらいでは」
「だーめ、だめだめ。そんなはした金じゃ、あたしは動きたくないわ」
「と言っても、わたくしの国はそれほどお金があるわけでは……」
とたんに口調が棒読みになる王子。
「それじゃ……あたしが姫を助けた暁には……姫をもらってもいいわよね?」
(だーっ!何でこんなことを言わなきゃいけないのよっ!)
内心の葛藤を抑えつつ、王を仰ぎ見る。
「そ……それは…………!ガ……いえっ、姫様をお渡しする訳には……!」
王子とは対照的に、こちらは心底本気で叫ぶ王。
その横に控えていた小柄な侍女(?)が、つんつんと王をつつく。
「……おい、ちょっと!話をここで変えるつもりなのか!?」
「……はっ!!」
侍女に諭され、王はようやく今の自分の立場を思い出す。一生懸命、言葉を紡ぎ出そうとする。
「わ……わかりました。もし姫を助け出す事ができたならば…………姫を、あなたに…………」
王の言葉は、最後の方は震えるような小声でよく聞こえない。が、王子は無視して続けた。
「それじゃ、ちょっくら助けてくるわね」


……王子が去ったあと。
「侍女。ここへ」
「……はっ、ただ今」
(何で僕が……)
額に青筋を浮かべながら、黒髪のおかっぱ侍女が、王の前に跪く。
「あなたに命令を与えます。王子の邪魔をしてください」
「……邪魔、を?」
「えぇ。ガ……いえ、姫様を渡す事のないように」
「殺してもいいわけ?」
「え……えっと、それはさすがにまずいのじゃないかと思いますので、……せめて半殺しくらいにしておいてください……きゃっ♪(赤面)」
「……君も巫女のくせにいい性格してるよねぇ……」
子供のような侍女は呆れて溜息を付いた。
「そ、それじゃ、頼みましたよっ!」
言うなり慌てて謁見の間を出て行く王。その後ろ姿を見ながら侍女は、
「……魔族なんかより、人間の方がよっぽど残酷だよねぇ」
と、小さく呟いたのだった。


☆☆☆


「……くっくっくっ。何だか、面白そうな事になりそうですねぇ」
水晶球に『彼女』の怪しげな笑みが一瞬浮かび、そして消えていった…………。

☆☆☆



「ぜー、はー、……何とか着いたぁ……」
王子はようやく、海の中の孤島へと上陸した。
ここに来るまでに、数多くの亡霊に襲われたりとロクな目に遭わなかったが、どうやら姫が囚われている場所へと辿り着いたようである。
「……ったく、何であたしがこんなこと……ぶつぶつ……」
ぼやきながらも、ぼろぼろになった小船を降りる。あたりを見回すと、湖が少し離れたところにあった。
「そーいえば、喉が渇いたわね……」
王子は湖の見える方へと歩いていった。

湖に着くと王子は腰を下ろし、湖の水を両手にすくった。
すると、腰につけていた短剣が外れる。
「あ……あたしの剣が〜っ!!!」
王子の叫びも空しく、湖面へと沈んでいく短剣。
「も、もったいないっ!!こんなこと……こんなこと、あたしの中に流れる商売人の血が許さないわぁ〜!!!」
ばしゃばしゃ、と両手を水の中で躍らせるが、当然その手に沈んだ剣が戻ってくる筈もない。
それでも必死になって湖面をかき乱す王子。と、その時。
「ちょっと!汚い手で私の湖を汚さないでよね!!」
きつい声があたりに響き渡る。
「あ、あんたは……」
そこには、悪趣味なアクセサリーを身に付けた、淡い緑の髪をしたビキニ姿の精霊(?)が小馬鹿にしたような目で見下ろしていた。
「まったく、これだから胸のない平民は駄目なのよね。気品ってものが無いわ、気品が」
「だあぁぁぁぁっ!!あんたのその格好の、どこに気品があるっていうんだぁっ!!!」
「ふっ、所詮平民には分からないことよね」
意味も無く胸を反らす。
「悪かったわね、平民で。それよりっ!この場合、落ちた短剣を拾ってくれるってものが相場だと思うんだけど。あんた、自分の役、忘れてない!?」
「あ゛…………そういえばそうだったわね。いけないいけない、危うくどこぞの胸無し魔道士と同じレベルに堕ちるところだったわ♪」
「……あ゛〜ん〜た〜わ〜〜〜〜っ!!!」
「さて。あなたが落としたのはこの金の短剣ですか、それともこの銀の短剣ですか、それともこの普通の短剣ですか?」
地団太を踏む王子を無視し、3本の短剣を出し王子に問う精霊。
そして、王子は迷いもせずにきっぱりと答えた。
「全部」
「……は?」
「全部ったら全部なの。ほら、さっさとよこしなさいよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何欲ばってんのよ、あんた!」
「だ〜って、あたしが『普通の短剣』って言ったら、残りの2本はあんたがまた湖に沈めるだけなんでしょ?それじゃぁせっかくの金銀の短剣がもったいないじゃない。だから、あたしが有効活用してあげようって言ってんのよ」
「むむむ……な、なんて業突張りな王子でしょう!だったら、あなたにはこの短剣がお似合いよ……!!」
そして精霊は1本の短剣を王子に向かって放り投げる。
「あ、危ないじゃないの!!……って、何よ、この短剣は!!!」
王子が受け取った短剣は、刀身から何からが全て闇の色に染まっていた。
「何よって、ゾアメルグスター様の祝福を与えられた剣に決まってるじゃない」
「これのどこが祝福された剣じゃっ!!どー見たって、呪われてるでしょうがっ!!!」
「金銀の短剣は、この私が売り飛ばしてゾアナ王国の再建費用の足しにするのよ♪それじゃ、武運をお祈りしてあげるわね、ほほほほほ……!!」
王子を全く無視して、精霊は意地悪そうに微笑んだ。
「待てぇっ!!金銀の短剣、置いてけーっ!!!」
王子の叫び声も空しく、精霊は水の中へと消えていった。


☆☆☆


「おやおや。剣に呪いがかかってしまったみたいですねぇ。あれでは、使い物にならないでしょうに」
『彼女』が横へと顔を向ける。
しかし、『彼女』の言葉に返ってきたのは沈黙であった……。

☆☆☆



「……ったく、どうしろっていうのよ、この剣……」
黒々とした短剣を腰に下げ、王子はぶつぶつと文句をいいながら森の道を進んでいた。
と、その時。
「おい……そこの奴」
「ん?」
突然掛けられた声に、王子は振り向いた。そして、
「ぷぷぷっ……!!!」
思い切り吹き出していた。
「……わ、笑うなっ!!!!」
そう。王子の目の前には、可憐な妖精(?)が空を飛んでいた。
鋭利に輝く青銀の髪、青くごつごつしたような岩の肌。
そして……背中には、白く丸い羽根が4枚、ぱたぱたと動いていたりする。
「な……何か、すごいものを見たような気がするわぁ……」
目に涙を浮かべながらも笑いつづける王子。
「俺だって好きでこんな格好している訳では……」
「ウサギ、女装に続いて、今度は妖精?いやぁ新境地開きまくりねぇ、ゼ〜……おっと、これ以上は駄目か……ねぇ妖精さん♪」
「うぐ……」
肩を震わせ何かを堪えている妖精に、王子はぺしぺしと軽く手を叩く。
「だ〜いじょうぶよ妖精さん!よ〜〜〜〜〜〜っく似合ってるからっ!ね?あ、だからいつかまたその格好してよ、今度はアメリアの前で!あの子、きっと喜ぶわよぉ♪あ、そうだ!見世物にしてもいいわねぇ、きっとお金がガッポガッポと手に入るわよ。よっ、人気者ぉ〜♪」
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
盛大な溜息をつく妖精。
「……俺は自らに問う。俺の存在意義とはなんだ?リナの便利なアイテムか?いや、残酷な剣士のハズだ!ちょっと暗い過去のあるクールな二枚目で、ちょっぴりおちゃめで、憎めなくて、そうかと思えば……」
しゃがみこんで、ぶつぶつ呟きながら地面に「の」の字を書いていたりする。
「お〜い、妖精さぁん?」
呑気な王子の声。己の前にいる者の苦悩など、まるで気にしていない様である。
妖精は苦虫をかみ切ったような表情で話を続けた。
「お前の持つ剣、どうやら呪われているようだな。おそらく、ろくな行いをしなかったからその報いを受けたのだろう」
「ほっといてよ!」
「とりあえず、その呪いを解いてやる。その剣をよこせ」
細いが力強い手を差し出す。
「とか言って、そのまま短剣奪ってとんずらこくんじゃないでしょうね?そんなのでも一応、今のあたしの唯一の武器なんだから」
「……いっそのこと、このままにしてやりたい気分だが……まぁ仕方が無い。おい!別に横取りする気は無いから、さっさとよこせ」
「はいはい。……ちゃんと呪いを解いてくれるんでしょうね?」
「ちょっと黙ってろ。………………ほら、これで元に戻った」
妖精の手のひらが、白く淡く輝く。
すると、妖精手の内にある剣は、眩いばかりの銀色に輝いていた。
「はぁ……すごいもんねぇ。これが今のあんたの能力、ってわけね……?」
「……そういう事だ」
「これと同じ様に、あんたの身体も元に戻ればいいのにねぇ」
ぴくん、と妖精が身体を震わせる。どうやら、怒りを抑えているようだ。
「お前に言われなくてもわかっている。ただ……今の俺には、役以上の事はできん」
「それもそうよねぇ……」
「……こうなったら、呪術にでも頼るか……そういえば、昔読んだ文献に、若き乙女の心臓を使う呪術があったな……性格が悪くとも、一応聞くかもしれん。試してみるか…………」
「え?あ、あのっ、それじゃっ、ありがとねっ!!!!」
王子は妖精に形ばかりの礼を言うと、逃げるかのように森の奥へと走っていった。


☆☆☆


「ふむ……呪いを解きましたか……。……なかなかやりますねぇ」
「……当たり前だ……」
『彼女』の声に、初めて別の声が重なった。

☆☆☆



そして、更に数十分ほど進んだところで、王子は道に迷ってしまった。
「ん〜、えっと…………こっから、どこに行けばいいのかしら?」
頭をぽりぽり掻きながら途方に暮れる王子。
「やっぱ、道案内くらいは欲しいわよね…………って、あれは何?」
空高く、黒く大きな影が見える。
「けーーーーーーーーっ!!!」
と、そこに現れたのは、先が折れ曲がった帽子を被った黒いカラス(?)であった。
頭の中央からくるくるとなった巻き毛がたれており、両腕は黒々とした羽根へと変わっている。
「な……なんであんたがっ……くくくくく」
「え〜い、笑うなっ!!」
奇しくも先程妖精とであった時と全く同じ反応を示してしまった王子に、カラスは盛大に文句を言う。
「大体、何でお前さんが王子なんだ!?こういう場合だったら、旦那のほうが適任じゃないか!畜生!今度こそ決着をつけられると思ったのに」
「そんなことあたしに言われても困るわよ。大体、カラスになったあんたじゃあいつに勝てないって。ま、人間の状態でも無理だろうけど」
「やかましいっ!何ならお前さんを襲ってやろうか!?そうすればあの旦那も飛んで来るから勝負できるだろうし」
「そんな姿で言われても説得力ないって。……さ、さ、早いとこ話を進めましょうよ、カラスさん♪」
軽くあしらう王子に、カラスがしぶしぶといった感じで諦める。
「くぅっ……仕方が無いな、話を続けるか。…………おい、そこの王子、道に迷ったのなら俺が案内してやってもいいぜ」
「随分えらそうな態度よね……ぶつぶつ…………まぁいいわ、さっさと案内しなさい」
「どっちの方が態度がでかいんだか。……それじゃ、いくぞ」
言うなり、カラスは羽根を身体の前に持っていく。と、その両腕(羽根?)の間に、何故か大きな剣が現れる!!
「ハウリング・ソード、パート・スリイィィィっ!!!!!」
掛け声と共に、衝撃波がカラスの前方を襲った。
「パート3って……お゛い……また剣を壊したのかい、おまひは……」
王子の呟きは、轟音にかき消される。
「どうだっ!これで道ができたぞっ!!!」
彼らの目の前には、衝撃波になぎ倒された木々が大きな道を作り出していた。
「あほかあぁぁぁぁぁぁっ!!!!これくらいなら、あたしにだってできるわぁっ!!!!」
王子の絶叫に、カラスはちっちっ、と指(羽根)を振る。
「あめーな、お前さん。俺様のように、鳥の姿になってもこのような事ができるという事に価値があるんだぜ」
「んなもんで誇るなぁっ!」
ぼむっ!!!!
……そして、火炎球(ファイアー・ボール)でこんがりと焼け美味しそうな匂いをあたりに振りまくカラスを残し、王子は先へと進んでいった。


☆☆☆


「カラスの丸焼きですか。……そういえば、お腹が空いたんじゃありませんか?」
『彼女』がもうひとつの存在に声をかける。しかし、返事はない。
ぽん、と手を打つ『彼女』。
「そうでしたね、あなたは別のものに飢えているんでしたよね?」
「……!」
「くっくっくっ…………」
小さな笑い声だけが、その空間に響き渡っていった。


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