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「あ〜っ、このひと、ないてるぅ!おとななのに、へんなの〜」 ケラケラと笑う、ちびキャナル。 「……馬鹿」 慌てて目をこすり、あたしは毒づいた。 「あ、そうだ、キャナル!俺の部屋に花束を置いてるから、取ってきてくれないか?」 「まさか、そのひとにあげるっていうわけぇ?」 ケインの言葉に返ってくるのは、ちびキャナルの冷たいジト目。 「あのなぁ……ばーちゃんにあげるんだよ。ばーちゃんのお墓に供えて、きれいな花を見てもらうんだよ。寂しくないように……」 「ケインのおばーちゃんに、ね?……うん!わかったっ!!」 ちびキャナルは、ぽてぽてとソードブレイカーへと戻っていった。 その後ろ姿を微笑みながらじっと見詰めていたケイン、ちびキャナルの姿が完全に見えなくなったことを確認したかのようなタイミングでまじめな顔に戻った。 無論、その意味を理解しないあたしではない。 「……で、ケイン?どういうことなの、これは?」 ちびキャナルはすぐに戻ってくるだろう。 だからあたしはさっさと話を進めようとしたが、ケインは大丈夫だ、と言う顔をした。 「花束は、キャナルに気付かれないよう、電磁遮断シールドのなかに隠してきたから」 をぃ。 「……なんだか、キャナルに同情したわ……ちょっとだけ、だけどね。……で?」 「あぁ……とりあえず簡単に今の状況を説明しておく」 ――ケインの説明によると、あの爆発の後の状況は、このようなものだったらしい。 閉じた瞳にすら焼き付く閃光。 耳から脳へと響き渡る轟音。 光と闇の奔流にのまれ、身体の五感を全て奪い去られたような感覚。 そして…………全てが終わったとき、ケインの身体は投げ捨てられていた。 「……ってぇ……」 思いきりぶつけたこめかみを撫でながら、ケインは身を起こした。 頭のチカチカが納まった頃合を見計らって、辺りを見回す。 「……ここは…………ソードブレイカー……だよな……?」 見覚えのあるコックピット。 彼が唯一敬愛していた家族が遺した、大事なもの。 「キャナル」 ケインは呟いた。 (はい、ケイン……) 彼の言葉に返ってくるはずの言葉を期待して。 しかし、いつも彼と共に在った者の返事はなかった。 「……キャナル?」 一人だとやたらに広く感じるその場所に佇む沈黙。 耐え切れず、彼は立ち上がって叫び始めた。 「キャナル!どこにいるんだ!?」 ソードブレイカーがここに在る、という事はすなわち彼女の無事をも意味するはずであった。 なのに……その当たり前の事が「当たり前」でない、という現実を目の前に付き付けられてしまった。 焦燥感が胸を覆う。 「キャナル!いるんだろ!?」 室内を見まわす。だが、誰もいない。 「キャナル!!返事しろよ!」 コンソールパネルに拳を叩きつける。 (きゃ〜っ、ケイン、何やってるのよ〜〜っ!!!) だが、遠い記憶の声は聞こえず、だたピー……という、警告を示す嫌な電子音が響き渡るだけ。 しかし、ケインは警告音など気にもしなかった。 ひたすらに、彼のパートナーの名を呼びつづける。 「……キャナル……キャナル……キャナルっ!!!」 と、そのとき、ケインの脳裏に一つのイメージが浮かんだ。 暗い暗い闇の中、膝を抱え小さく泣いている少女の姿。 「キャナル!こっちだ、こっちに来い!」 ぴくり、と小さな身体が震えた。 ケインの声に反応している。 「こっちだ!」 強く呼びかけると、顔を上げた。 だが、どこから声が聞こえるのか分からないらしく、小さく首を振っている。 「キャナル!」 ケインは、無我夢中だった。 自分は、幻を見ているのかもしれない。 けれど今自分が『何か』をしなければ、2度と彼女は戻ってこない―――― そんな予感に襲われ、ただひたすらに叫びつづけた。 「キャナル!!!」 と、その時。 ピッ………… コックピットが瞬いた。 『システム、リスタート』 「キャナル!?」 聞きなれた……けれども機械的で抑揚の無い声に、ケインはどのような態度を取ってよいものか判断することができなかった。 その声は次々に聞こえ、その都度コックピット内に明かりが灯っていく。 『リダンダンシー・チェック……クリア』 緑のランプが、左側の壁にずらりと並ぶ。 『ディスカバー・エラー・イン・パリティ・チェック。ビヤンド・リトリーバル・データ』 右の壁で赤いランプが点滅する…………が、しばらくすると消えた。 『シュードウ・パーソナリティ・システム、リスタート』 コックピットに、微かな熱が与えられる。 『ヴァーチャル・リアリティ・システム、スタート』 そして…………その言葉が告げられた瞬間、光が集う。 「キャナル……?」 ケインの呟きに応えるかのように、光は形をとり始めた。 それは、彼のよく知る姿で…… 「……で、あの子が出てきたわけね?」 「ま、そういう事だ」 頭の後ろで手を組み、そっと空を見上げながらケインが答えた。 その目はきっと、その時出会った少女――キャナルの事を考えているのだろう。 どことなく懐かしそうな、それでいてちょっぴり寂しそうな瞳。 普段見せる事の無い表情に、あたしの心がずきっ、と痛む。 ……ヤキモチ、なのかもしれない。相手はコンピュータなのに。 でも2人のかけがえの無い絆、みたいなものがとても羨ましかった。 あたしも、その仲間に入りたかった……。 「それにしても、キャナルと再開した時は驚いたぜ。あいつ、俺に何て言ったと思う?」 にこにこと笑うケインの顔を見るのが何となく辛くて、あたしは慌てて顔を逸らした。 ……うん、くよくよしてたって何も始まらない。あたしだってこれから、2人にとって大切な存在になれるはずだから。 まぁ、今のキャナル相手だと、ちょっと不安が残らないでもないけど……(汗) 「……ミリイ?」 「あ、はいはい。えっとね、小さくなってたわけだから、『おかえりなちゃ〜い、ケイン!』って感じ?」 「いや、違う」 きっぱりと言い切るケイン。それじゃ、何て言われたのだろう? 「『きゃあぁっ、あんただれよっ、なんであたしのなかにいるのよ、でてけぇ〜〜〜っ!!』だ」 「は!?」 思わず目を丸くするあたし。 「んでもって、ハッチ開けられて、危うく宇宙空間に放り出されるところだった。」 「……はぁっ!?(滝汗)」 ってことはキャナル、ケインの事も忘れてたってわけぇ!? 「危なかったよな、あの時は。咄嗟にコックピットのシートにしがみついたから助かったようなものの、そうじゃなかったら今頃は……」 宇宙に放り出されそうな圧力のうねる中、ほとんど半泣きの情けない表情で、それでも必死にシートにしがみつきながらキャナルに許しを請うケイン……。 脳裏にその情景が浮かんだとたん、あたしは思わず吹き出してしまった。 「おい!笑うなよ、こっちは死ぬか生きるかの瀬戸際だったんだぞ!?」 そう言いながらもケインの顔は笑っている。 「ま、まぁ、とりあえず無事だったんだからいいじゃない」 「良くねぇ!」 ふと、あたし達は顔を見合わせる。 くすくすくす…………あはははははっ!!!!! 何故だかおかしくて、あたし達はお腹を抱えて笑った。 ただひたすらに、笑いつづけた。 ぐぉわんっ! 再びあたしの頭部を襲う、強烈な痛み。 「……った〜いっ!!!」 まぁ、予想はしてたけど……あたしの笑い声を止めたのは、頬をぷ〜っ!と膨らませて怒っている幼い少女だった。 しかし……頭、痛い……。 ふと横を見ると、『一撃必殺!どんなにタフなゴキブリでも一発昇天の超強力殺虫剤・ゴキブリバイバイ500mlお特用』なんて書かれた大き目のスプレー缶が転がっていたりする。 ……ちょっと待て。今投げたのはこれぇっ!? よりにもよってゴ○退治用のブツを使うとはいい度胸じゃない!(怒) 「何すんのよっ!!!」 しかしあたしの怒声も聞いているのかいないのか、ちびキャナルはつーんと横を向くばかり。 こ、こいつ…………いつか……いつか、船体に落書きしてやるっ!!! 「キャナル」 「あ、ケイン、花束見つけたよ〜♪」 途端に態度を変え、笑顔でケインの元へ向かうちびキャナル。 「お前……あんまりミリイに意地悪するなって。そんな事ばっかりしてると、船を爆破されるぞぉ?」 これって、意地悪で済むレベル!?おまけに、爆破ぁ!?(まぁ、料理しててちょっと部屋が吹っ飛んだことはあるけど……あれは『爆破』とは言わないわよねぇ?) 「えぇ、そんなやつあたしのふねにのせたくない〜」 「まぁまぁ、慣れちまえばあんまり気にならないさ…………多分」 なかなかどうして、ケインもいい性格をしている。 …………今度、タバスコ入れまくった料理を食べさせてやろっと……。 あたしは、深く深く決意した。 「で、キーマさん。依頼の件は、誘拐されたあんたの娘を取り戻す……って事だな?」 ケインの言葉に、ディスプレイに写る男性が肯く。 そう、あたし達は今、新たな依頼を受けるべくとある男性と通信で話している最中である。 急に依頼を受けるようになった理由は…………別に大した事じゃないのだけどね。 ただ、ちょっとばかりタバスコの入った料理を食べたケインが暴れまくって、辺りの計器を壊してしまったというだけ。 キャナルは目くじら立ててたけど……ケインはともかく、このあたしまで責められたのは心外な気がする。 ……それはともかく。 見た目はバリバリの青年実業家といった感じの依頼人は、実際に大会社の社長らしい。 美形の顔が写ったディスプレイの片隅には、小さくではあるが、少女の笑顔が写っている。 ちょっと切ない笑顔の、幼いながらもなかなか美形の女の子である。 「ユイ……この子が依頼人の娘かぁ。やっぱり美形の子供も美形なのねぇ」 誰にも聞こえないよう、あたしは小さく溜め息をつく。 「ただ、お願いしたいのは……この件は、あくまで内密に進めてほしいのです」 「内密に?」 「えぇ……ちょっと、事情がありまして……」 「事情ねぇ?どんな事情だか!」 あからさまに不信な顔をするケイン。 「ケ、ケイン!」 「できる限り、事を表沙汰にしないでいただきたい……ユイには何も知らせたくないのです」 「救出すべき相手に何も知らせず、どうしろっていうんだよ!」 ケインの科白に、依頼人の顔をが苦痛に歪む。 「……ユイは幼く、世間知らずです。ひょっとしたら、自分が誘拐されたということすら理解していないかもしれません。できれば、気付かないままにしておきたいのです」 「でも、ユイちゃん本人に誘拐されてるって自覚があったとしたら?」 「その場合は……仕方が無いでしょう。しかし、できる限り傷つけたくない。ですからあなた方が私の使いであるという事以外は何も言わず、ただ私の元へ返して欲しいのです。後は……私がすべき仕事です」 「でも……」 「あと、この件を調査する際も、あまり大っぴらに騒いでほしくありません。仮に私の関係者に何か話を聞くことがあったとしても……写真を見せる程度に押さえていただきたいのです。あくまで、私の娘であるということは伏せて」 「でも、社員とかでしたら、写真を見せたら一発で分かるのではないですか?」 「いえ……娘の存在については、社の者には知らせておりません。ユイに悪い虫を付けたくありませんので」 『……親バカ……』 にっこりととろけるような笑顔で言う依頼人の態度に、思わずあたしとケインの言葉が唱和したのだった…………。 「ったく、気にいらねーなぁ」 依頼人との会話が終わりディスプレイの電源が落ちた後、ケインが不機嫌そうな顔で呟く。 「何がよ、ケイン?……そういえばさっきからやけにつっかかってたけど、何か理由でもあった訳?」 「う゛っ……」 途端に顔色を変えるケイン。 「……理由なんて、なかったわけね?」 「ちっ、違うっ!!!」 しかしケインの顔は、ただ何となく虫が好かなかった、と語っている。 「だったら、その汗は何なのかなぁ?」 「だあぁっ!俺はなぁ、あんな男のロマンのかけらも無いような奴を見てると、虫唾が走るんだよっ!!」 「えぇ?だって格好良かったじゃない、あの人。顔もいいし、地位や金もあるし、親馬鹿だけど優しそうだし……大体何よ、男のロマンって!」 「決まってるだろ?男のロマンとはなぁ、」 「その趣味を疑うようなダサダサ黒マントを身に付けること、なんて言わないでしょうねぇ」 間髪入れず言い、あたしはジト目で彼を見つめる。 「ダサいって言うな!マントこそ、男のロマンだっ!!」 「数万年昔だったらそうだったかもね」 「をぃ……と、とにかく!さっさとそのガキ見つけて依頼料もらってトンズラするぞっ!!」 「トンズラって…………ケイン、あんたって犯罪者だったの?」 「単なる言葉のあやとり三段ブリッジだっ!!」 「何わけの分からないこと言ってるのよ……」 「とにかく、さっさと行くぜ!……キャナル!」 「はぁ〜い♪」 出番を待っていたのか、妙に嬉しそうな声をあげるキャナル。 「とりあえず、あのおっさんの会社に行くぞ……とりあえずは聞き込みだ」 「わかった〜♪」 途端、ソードブレイカーのエンジン音が変わる。方向転換し、目的地へと向かう。 「……?」 ふと胸が痛んだような気がして、あたしは振りかえった。 そこには、スクリーンに映る広大な宇宙があるだけだった。 |