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記憶(おもい) 輝く



──ケイン……ケイン……

耳から離れない、声がある。

――ケイン……どこ……?…………見えないの…………

『己』の消滅を目前にして、彼女は何を思い彼の名を呼んだのだろうか?
彼の姿を見ることも敵わず。
彼をその腕に抱くことも敵わず。
ただ、微かに届く彼の声だけが、きっと彼女の唯一の道標。

――キャナル……心配するな……俺が、きっと……

そして、彼女は消滅し。
彼と『彼女』は、闇を打ち払う閃光の中へと消えていった…………



☆☆☆



惑星E-17。
この何も無い辺境の星の一角に、あたし、ミリイ──ミレニアム・フェリア・ノクターンは住んでいた。
白い壁のきれいな家、そしてあたりは一面の緑。
新婚生活を送るには理想的な環境!と言う人もいるかもしれない。
けど……今のあたしは、一人だった。


あたしの生活は、淡々と過ぎていった。

天気のいい日は、洗濯。
大量の真っ白なシーツが、遠い宇宙(そら)に合図を送るかのようにはためいていた。

天気の悪い日には、読書。
かつてのこの家の持ち主が集めた本は、雨の音を聞きながら読むのにちょうど良かった。

そして野苺の季節には、毎日ジャム作り。
摘みたての果実を丹念に煮込み、そして瓶へと詰めていく。
……もう、いくつ溜まったことだろう。

またある時は、大きな樹の繁る丘へ行った。
そこにあるアリシアさんの墓に花束を添え、今はそこにいない、あたし達ののよく知る人物について語った。

そして食料が無くなった時は、遠くの街まで買い出し。
辺境の惑星ゆえ、街といえども、さほど大きくはない。
ただ、この星のどこかで採れたであろう新鮮な料理の材料は、とても魅力的だった。
ごくたまに街の若い男が声をかけてくることもあったけれど、あたしは相手にする気はなかった。

……そして、あたしには、どんな日であろうと欠かさないことがひとつあった。
それは、その日にあった出来事の記録。
静かな日常には特別な出来事はないけれども、その時感じた思いを少しずつしたためていく。


そうして、あたしは待っていたのだ。
『彼ら』が帰ってくる事を。
星間警察は、彼らの捜索を打ち切った。
とある警官は言った、
「彼らはもはや生きてはいないだろう」
と。
確かに、星1つを巻き込んでの爆発の中心に彼らはいた。
そんな人間が無事でいるなど、誰も考えはしないだろう。
だが、あたしは信じていた。
「生きて帰ってきて!」
あたしの叫びに、彼は笑顔で応えてくれたのだから。
……それだけが、唯一の支え。



時には弱気になることもある。
夜、静かすぎて眠れなくて。

──彼らは、本当に帰ってきてくれるのだろうか?
──いや、そもそも生きているのだろうか……?

不安が胸を押しつぶそうとする。
そんな夜、あたしは枕を抱えて猫のように丸くなり、楽しい事を考えようとした。
大好きなチョコレート、そして磯釣り…………
それが己に対する欺瞞だとはわかっていたのだけれども。



そして、その日はやってきた。
夜中に書き物をしていてそのまま机に突っ伏して寝てしまったあたしの耳に聞こえた、懐かしい轟音。
飛び起きて、窓の外を見る。
白く大きな機体が空を滑空しているのが目に映った。
大慌てで家を飛び出し、あたしは追いかけた。
家からしばらく走ったところで、ソードブレイカーは緑に輝く大地へと降り立った。



☆☆☆



プシュー……。
静かな音と共に、ハッチが開く。
そして『彼』が姿を現わした。
相変わらずの、趣味を疑うダサダサの黒マント。
黒のバンダナと、それから伸びたコード、そしてサイ・ブレード。
さらさらとした短めの栗毛。
空のように澄みきった、青い瞳。
何もかもが、別れた日のままだった。

そして、彼は軽く右手をあげた。
「よっ、ミリイ…………ただいま……!」
少し照れたような顔に、笑顔が浮かぶ。
「……………………ケインっ!!!」
あたしは叫ぶと、彼に飛びついた。

ずっと、信じていた。……信じている、つもりだった。
彼が帰ってきてくれることを。
だけど心の隅に潜んだ疑惑は完全には拭えなくて。
不安な日々を送り続けて。
だからこそ、この腕の感触──確かにケインがここにいる、という証──が余計に嬉しかった。
思わず瞳が熱くなる。
(やだ……涙でそう……)


……その時。


ごいんっ!!!!

頭中にいやな音が響いたかと思うと、あたしの目の前にたくさんのお星様が散る。
そしてその一瞬後、強烈な痛みを側頭部に感じた。

「……ったー……!!」
思わず頭を抱えてかがみ込むあたしの耳に、甲高い女の子の声が聞こえた。
「ケインにちかよらないでよね、このおんなぁっ!!!」
「…………へ?」
見ると、そこにはエプロンドレスを纏った小さな女の子が、腰に手を当てて立っていた。
「お、おい」
ケインが宥めようとしたのか声をかける。……が、その子はそっぽを向いて無視している(いい根性だ!)。
「わたしのケインにてをだすなんて、ぜ〜ったいにゆるさないからねぇっ!」
淡いグリーンの長い髪をゆるく三つ編にしているその女の子……どこかで会ったのか、妙に身覚えがある気がする。
……が。
とりあえずっ!このあたしの頭を蹴り飛ばすなんていう愚行に対するお返しはきっちりさせてもらうわっ!!
「うわぁ、ミリイ!銃を出して何する気だぁっ!!」
慌てるケインの声。
「邪魔しないでよね、ケイン!小さい子供の躾って大事なんだから!」
そうよ、世の中甘く見てたら大変だってこと、幼いときからちゃんと教えとかないとね。
別に私の頭に大きなたんこぶができてしまったからその仕返し、なんてことはないからね!……多分……。
「……お嬢ちゃん、大人をなめちゃぁいけないのよっ!?」
ピシュン、ピシュン、ピシュン!
小さな音を立て、あたしの手にした銃から細い光線が飛び出る。
その光は、女の子のすぐ側を掠める…………
筈だった。
しかし。

キン、キンッ!!

乾いた音と共に、光線はあらぬ方向へと跳ね返される。
「うおっ!!」
そのうちの1本が向かってきたため、慌てて体を捻って避けるケイン。
「な、なんなの……?」
見ると、その女の子の身体を、淡い光が包んでいた。
どうやらバリアみたいなものらしい。
……が。普通の人間にはこんな芸当、できるわけがない!
うろたえるあたしに、女の子は涙で潤んだ瞳で睨み付ける。
「なにするのよぉ……。……あんたなんか……」
と、ケインが慌ててこっちへ向かってくる。
「や、やめろ!」
「あんたなんかぁっ……」
茫然と立ち尽くすあたし。
「やめろっ、キャナルっっっ!!!!
「だいっきらいぃ〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
そしてケインはあたしに飛びつくと、そのまま草原へと転がる。
そんなあたしたちのすぐ上を掠めるかのように、巨大なビームが通り過ぎた。
その光は遠くの山へとぶつかり、轟音と共に山は影も形もなくなってしまった……。

「……ちょ、ちょっと何なのよぉ!」
あたしは覆い被さってきたケインを跳ね除け、叫んだ。
先程のビームを放ったのは、恐らくソード・ブレイカー。
けど、タイミングから考えて、この女の子が元凶としか思えない。
あたしはキッと睨み付けた。
……やっぱりどこかで見たことがある子だ。
強いて言うなら、このソード・ブレイカーのメイン・コンピュータの女の子に似ている、というところだろうか。
「あれ?そういえばケイン、キャナルはどこなの?」
いつもケインに引っ付いている彼女の姿が無いことに今更ながら気付いたあたし。
確かにあの戦いでソードブレイカーは回復不可能に思えるまでに破壊されてしまった。
けれど、こうして元の姿に戻っている、という事は、彼女もちゃんと復活したって事でしょ?
すると、ケインはちょっと困ったような顔をした。
「……だから……おめぇの前にいるだろ…………」
「……ほぇっ?」
しかし、あたしの目の前にいるのは、先程の生意気な女の子ひとり。
……ってぇ事は、ひょっとして……!?
「キ、キャナルなのぉ!!この生意気なガキがぁっ!?」
ど〜見たって3つか4つくらいにしか見えないじゃないっ!
そりゃ確かに、キャナルは自分の好きな身体に変身(?)することはできたけどっ!
「よりによってこんな姿?……ケイン、あんたひょっとしてロリコンの気があるわけぇ?」
ずどべしゃっ!
あたしのセリフにケインが見事にひっくり返った。
「……お……おひ……」
額に流れる汗が美しいぞ、お兄さん。
「な、な、何でそうなるんだっ!!」
「だって……キャナルって、もともとコンピュータなんだから、好きな姿を取れるわけでしょ?なのに、前と違ってわざわざこんな幼児の格好してるってことは、マスターであるあんたの趣味でそうさせてるのかって思うじゃない」
「思うなぁっ!!!」
「……で、キャナル…………?」
あたしは元・ロリコン風エプロンドレスを纏っていた、現・やっぱりロリコン風エプロンドレスを纏った女の子に声をかける。しかし。
「きやすくこえをかけないでよねっ!!」
返ってきたのは刺のある声。
「わたし、しらないひとによびすてにされるいわれなんて、ぜ〜んぜんないんだからっ!」
「へ……知らないって……もしも〜し?」
「なによ、しつれいなおんなねぇっ!」
ぷい、と顔を背ける。……なんて失礼なガキ……もとい、コンピュータだ!
「ちょっと、ケイン!どういう事よっ!?」
「あー、いや、だからなぁ……」
「ケイン、もういいでしょぉ?はやくそらへもどろうよ〜」
つんつん……と突付きながらちびキャナルがケインを促す。
「ここがたいせつなばしょだ、ってケインがいってたからきたけど……こんなおんながいるんならもうかえりたい〜!」
「キャナル……」
「かえるの、かえるのぉ〜っ!」
じたばた、じたばた。
まさに子供さながらの態度で、ちびキャナルは駄々をこねる。
すると、軽く溜息をつきながらケインはしゃがみこみ、キャナルと視線を合わせた。
「こんな女、じゃなくてミリイだよ、キャナル。確かにこいつはじゃじゃ馬で人の話を聞きゃしないし」
「……ちょ、ちょっと……?」
「大食らいだしがめついし」
「そりゃ、あんたもでしょうがっ!」
何教えてんのよこいつはっ!!
「ふーん……」
こらこら、ちびキャナルも真面目に聞くんじゃないっ!
「……だけどな」
ケインがちびキャナルの小さな頭に手を乗せ、くしゃ……と軽くかきまわす。
「こんな奴でも、昔は俺達と一緒にいて……随分と助けられたんだぞ。俺も、キャナルも」
「……こんな奴は余計よ……」
ちなみに、ちびキャナルはまだぶーたれている。
「でも、でもぉ」
「それに……俺達のいない間、ばーちゃんの墓、守ってくれたんだぜ?」
「おばあちゃん?」
「そうだ……アリシアばーちゃんだよ、キャナル……」
2人の会話を聞いて、あたしはびっくりした。
まさかキャナルは、前のマスター……ケインのお婆様のことすら忘れてしまったというのだろうか?
あたしの視線に気付いたか、ケインが小声で答える。
「……『ヴォルフィード』なら、憶えているのだろうけど、な……」
「わたし、ぼるふぃーどだよ?」
不思議そうな視線でケインを見つめる、ちびキャナル。
「あぁ、確かにそうだ…………だけどお前は『キャナル』だよ……キャナル」
「うん、わたし、きゃなる!ケインのだいじなぱーとなー、だよね?」
にこにこと邪気の無い、そして期待に満ちた瞳。
くるくるとまわるような笑顔。
これは傍から見れば、微笑ましいであろう光景だろう。

けれど……胸が、痛い。
あたしは、……以前の彼女を知っているあたしは…………涙が止まらなかった。


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