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夜の帳が降りた空を、あたしは風の結界を纏い、飛んでいた。 目指すは、3度滅びた死霊都市……サイラーグ。 ……ふと、視界に白い影が映る。 どこかで見たことのある、小さな影。 しかし、あたしはそれを無視して飛び続けた。 そんなものを気にしている余裕など無かった。 『おいで……おいでよ……僕の街に……』 もはや存在しないはずの冥王の声が聞こえる気がした。 『わたしの邪魔をするのならば……こうしてしまいましょう!』 コピーレゾの声と共に目の前の大地が爆発し荒野と化した気がした。 過去の忌まわしき思い出は、あたしを責めるかのように次々と脳裏に浮かんでは消える。 ガウリイ……! あたしは、また彼を巻き込んでしまった。 サリアが何を思ってあんな事をしたのかは分からない。 ただひとつ確実に言えるのは、この件はガウリイには関係が無かったはずだという事。 それなのに……。 結界に包まれているはずなのに、頬を切る風が感じられる気がした。 『そう遠くない未来に、命を失う事になるぞ……』 酒場であった老婆がガウリイに告げた言葉。 彼に死をもたらす星とは……やはり、あたしの事なのだろうか。 いつだって、ガウリイを事件に巻き込むのはあたし。危険な目に遭わせるのもあたし。 あたしと一緒にいなければ、彼はもっと平和に……幸せに暮らす事ができただろうに。 いつものあたしなら決して考えないであろう事を胸に、あたしは飛び続けた。 「……!」 ふと嫌な予感がして、あたしは術を制御して急旋回した。 ぎゅんっ! 一瞬前まであたしがいたところを、輝く光が貫く。 「やって……くれるじゃない……」 言いながら、光の発信元へと向きを変える。 そのまま高速で地面へ向かうと、果たしてそこに見えたのは赤いターバン。 ……サリア! しゅたっ。 かすかな音を立て、あたしはその荒れ地に降り立った。 「……随分な真似、してくれるじゃない」 あたしは内心の不安を隠し、わざと余裕のある声で答えた。こんな奴に、絶対に弱みなんか見せられない。 「さすがはリナさん。この程度の奇襲では通用しないのですね」 サリアが微笑む。その表情を見る限り敵意は感じられない。 しかし、あたりを包み込む殺気は間違いなく彼女が放つもの。 その笑顔と彼女が放つ‘気’のギャップが、どこぞの生ゴミ神官を思わせてイヤな感じである。 「ガウリイは……ガウリイはどこよ!」 その言葉に、サリアはあたし達から少し離れたところを指差した。 そこには、金の髪が横たわっていた。 ぴくりとも動かないその姿に、あたしの心は凍り付きそうになる。 「大丈夫……彼には何も手を出していません」 そんなあたしの心の不安を感じ取ったのか、彼女は少し笑いながら言った。 「すごいですね、彼は……完全に気配は消したつもりだったのに、ドアの外の私に気付いてしまうのですから。だから、扉越しに眠り(スリーピング)の魔法でちょっと眠ってもらっただけです」 「当たり前でしょ、あいつは……」 「超一流の剣士。それに光の勇者の子孫だから、ですか?」 あたしの言葉を継ぐかのように、サリアが続けた。 「あんた……ガウリイの事、知ってたの?」 打てば響くような彼女の返答に、あたしは尋ねずにはいられなかった。 「いいえ、知りませんでした」 首を振り答えるサリア。 「けれど……知る事はできました」 「……どういう事?」 「私は、……私の家系は代々、ある特殊能力を持って生まれてきました」 彼女は片手を上げた。 「この手に触れた人の記憶を、知る事が出来るのです」 「な゛っ……!!」 接触する事によって相手の記憶を読む……。 それが本当なら……何つー恐ろしい能力を持っているんだこいつは……。 「幼い頃は、この能力(ちから)を疎んだものです。親しい友人も作れず、まともに相手をしてくれるのは同じ能力を持った家族だけ」 自虐の微笑みを浮かべるサリア。 切なさの宿った瞳で己の手のひらを見つめていたが、ぎゅっとそれを握り締める。 「でも、今は感謝しています……リナさん、こうしてあなたとも出会えたのですから」 「……どういう意味よ……?」 「あまりにも強力な力を持った、危険な存在。……それに……私の……」 最後の言葉は余りに小さく、あたしは聞き取る事ができなかった。 「……だから、死んでください」 おいっ! 「だからといって、はいそうですかって死ねる訳ないでしょ!……あたしは生きたいもの。そんな訳わかんない理由で死にたくはないもの!!」 そう叫び、あたしはサリアから距離を取った。即座に呪文の詠唱を始める。 「火の槍(フレア・ランス)!」 「……炎烈壁(バルス・ウォール)!」 あたしが放った炎の槍は、サリアの目前で左右に飛び散った。 「そう……人は誰だって……そんなくだらない理由で死にたくはないのです……」 そして彼女の両手に光が集う! 「青魔烈弾波(ブラム・ブレイザー)!」 対象物を貫通する光があたしに迫る! 慌てて左にステップして避け、更に呪文を放つ。 「氷霧針(ダストチップ)!」 この呪文、爪先ほどの、無数の小さな氷の針を無数に打ち出すものである。 殺傷能力はお世辞にもあるとは言えない。しかし、これがひたすら痛いのだ。 案の定、サリアの顔が苦痛で歪み、詠唱が止まる。 「わかってんだったら、なんであたしを狙うのよ!!!」 「……あなたのせいで……あまりにも多くの人が死ぬからです」 睨み付けるあたしにサリアが冷たく言い放つ。 どくん。 心臓が跳ね上がった。 「……どういう事よ?」 内心の動揺を隠して尋ねる。……答えは分かっているけど。 「本当は、リナさんも分かっているのでしょう?あなたが関わった事件のせいで、どれだけの罪無き人々が巻き込まれて死んだのか」 確かに、あたしと魔族のいざこざに人々が巻き込まれたことはあった。 ……サイラーグ・シティ。あたしを本気にさせるためだけに、コピーレゾの手によって滅びた街。 ……ガイリア・シティ。あたしに義憤心を起こさせ異界黙示録(クレアバイブル)へ向かう事を決定づけさせるため、ついでに魔竜王ガーヴの計画を潰すために壊滅させられた街。 けれど、どちらもあたしが直接手を下したわけではない。断じて、ない! 「好きで巻き込んだわけではない、とおっしゃりたいのでしょう?……でも、そんなものは理由にならないのです」 サリアの瞳はあたしを厳しく見つめる。 「力ある者は魔に惹かれ、魔を引き付け……全てを破滅へと導きます。そして犠牲になるのはいつも、力無き弱者ばかり」 次々に放たれる言葉に胸を突かれ呆然としたあたしに衝撃波が襲いかかる! 「ぐぁっ……!」 避けきれず吹き飛ばされたあたしは、固くて柔らかいものに衝突する。 ……?柔らかい? 「……う…………リ、ナ……?」 金の髪が揺れる。 「ガウリイ!」 そう。あたしは事もあろうに、転がっていたガウリイにぶつかったのだ。 彼の身体がクッションになったせいか、怪我などは全く無かった。 「説明は後よ、ガウリイ。敵よ!」 とりあえずの注意だけを促し、あたしは再びサリアと対峙した。 「……目を覚ましてしまったのですね」 「お前さん……まだリナを狙っているのか?……止めとけ。そんな事は、俺が絶対にさせない!」 厳しい顔付きでガウリイが剣を構える。 「どうしても、諦めてはもらえないのですか?」 「当たり前だ!」 「……仕方がありませんね。あなたも彼女に味方する以上、彼女の道を補助することになるのですから……」 「大体!こいつが一体何をしたっていうんだ!?」 ガウリイがサリアに襲いかかりながら叫ぶ。 「……以前も申し上げた筈です。力あるものは、それだけで悪だと」 「理由にならんっ!」 ガウリイの剣がサリアを捕らえた。 その時。 ぎんっ!! 「え!?」 激しい剣戟を耳に、あたしは信じられないものを見た。 ガウリイの剣は、サリアが己の頭上に掲げた剣によって完全に防がれていたのだ。 ガウリイの剣を真っ正面から受けるなど、よほどの力が無いと無理である。 なのに、サリアは細い身体でしっかりと受け止めているのである。 これを驚かずにいられる訳が無い。 「こい……つ……やっぱ……り……」 ガウリイも満身の力を込めているのだろう、額に筋を浮かべながら呟く。 女には、まず無理な芸当である。……こいつ、一体何者だっ!? 「あんた……まさか、魔族!?」 「いいえ。私を、あんなものと一緒にしないで下さい」 剣を受けながら、それでも律義に答えるサリア。 あたしは呪文を唱えた。もちろんガウリイの援護である。 「氷の矢(フリーズ・アロー)!」 狙うはサリアの足元! サリアは気付いて避けようとするが、ガウリイに押されている状況ではそう簡単に許されることではない。 ぱきぱきぱきぃっ! 固い音を立て、サリアの足は地面と氷に囚われた。 ……が。 「火の矢(フレア・アロー)」 ぼしゅっ。 すぐさま自分の足に向けて放たれた炎の魔法が、氷を溶かしていく。 両手はガウリイの剣を支えたままである。何つー非常識な奴だ。 だがしかし、あたしはサリアを睨みながらはっきりとした口調で言った。 「あたしは、負けないわ。確かに、あたしは魔族に狙われる事も多いし、周りを巻き込む事も少なくないわ。でも、だからといって、そんな理由で殺される訳にはいかない。自分自身を粗末にしたくないもの。そんな事をすれば、それこそあたしのために死んでしまった人達に申し訳が無いわ。あたしが生きてこそ、彼らにゴメンねって謝れるもの!」 そんなあたしに、サリアは微かに微笑む。 「……心がけは立派、と言うべきなのでしょうね」 そして、恐るべき事にガウリイの剣を押し返し(!)、サリアはガウリイから距離をとった。 「けれど……人は変わります。これから先のあなたが、魔族の言いなりにならないとはかぎりません…………私の親友、エイラのように」 「な……!!!」 「なぁリナ……エイラって、一体………………いや、なんでもない」 このドシリアスシーンに水を差そうとするガウリイを一睨みで退け、あたしはサリアに目を向けた。 「まさか……あんた…………あんたが、エイラを殺したの?……あんたの、親友を!?」 サリアは何も言わなかった。けど、その沈黙があたしの言葉を肯定していた。 エイラの師匠が言っていた……よほどの腕の魔術師でないと、彼女を殺せないと。 確かに、サリアは相当の腕だ。けれど、それよりも……エイラも顔見知りの者ならば、さほど警戒しないだろう。不意をついてサリアが彼女を殺すのも難しくはないはずである。 「……あんた、腐ってる。親友を、殺したですって!?そのせいで、その娘のお爺さんが狂うほど悲しんだのに、よくも平気な顔をしていられるわね!!!」 「けれど、私が彼女を殺さなければ……彼女の祖父だけでなく、あの村の全ての者が犠牲になったでしょう」 「どういう事よ!!!」 「言った筈です、魔族の言いなりになると。……エイラは、魔に魅入られたのです」 氷のような眼差しに、口元を僅かに上げただけの笑み。 サリアの発する異様な‘気’に、あたしもガウリイもただ圧倒されるだけだった。 「エイラ……私のたった一人の親友。亡くなった両親の代わりに、祖父を守ろうとした優しい娘」 サリアはあたし達から視線を外さず、語り始めた。 「お前さん、その、エイラって娘が好きだったのか?」 「ちょっ……ガウリイ!」 余計な茶々を入れようとする彼を止めようとあたしのパンチが炸裂する。 と、サリアは冷たく笑った。 「えぇ……そうです。私は彼女が好きでした……辛い境遇にもめげず、ただ未来を見据えて明るく生きる彼女に、私は幾度勇気を与えられた事か。彼女の手にかかれば、私の持つ変な能力など大したことではなかったでしょう」 「……」 「……」 あたしは、何も言えなかった。ガウリイも珍しく、神妙にしている。 「けれど……あの日を境に、彼女は変わってしまった。『好きな人ができたの』って嬉しそうに紹介してくれた日から」 サリアは眼を閉じる。 「彼女が私に会わせてくれたのは、黒髪の美青年。にこにこと笑っていて、人当たりもすごく良かったけれど……私にはただ恐ろしいだけの代物だった」 黒髪……笑顔……? それって……まさ……か……? 「……どうして最初に気付かなかったのか……あれが人間の美しさではなかったことに。あれが彼女の力を利用しようとした、魔族だったことに!!!」 サリアは悔しそうに歯ぎしりをした。 「気がついた時は手後れ……彼女の心は、すっかり闇に染まってしまっていました。あのままの状態で、村に返す訳には行きませんでした。彼女の裏にいる魔族が何を企んでいたかはわかりませんが、少なくとも人々の役に立つ事ではないのは確かでしょう」 ……そう。 魔族はいつだって、人間を陥れるもの。 以前あたし達と共にいた魔族も、表面は当たり障りのない態度だったけど、裏でやっていた事は言語道断の所業だった。 そして、それは、多分……エイラの側にいた青年と、同一人物……。 「だから……私が、エイラを殺しました。何も知らない彼女の祖父は嘆き悲しむでしょうけど……知らないほうが……知らずにいるほうが、彼を含め、村の人々のためになった筈です」 「けど……だけどっ!」 「ねぇ、リナさん……私は、悲劇を繰り返したくないのですよ」 そう言って、サリアは1歩あたしに近付いた。 「私の両腕は真紅の血に染まり、汚れた魂は地獄へと落ちるでしょう……それでも構わない」 その腕をそっとあたしの方に向けて伸ばす。 「確かに今あなたを殺せば、このガウリイさんを始め、悲しむ人は多いでしょう。けれど、あなたをこのまま野ざらしにすれば、さらに大勢の人が苦しみ、悲しむことは明白……だから……」 サリアの低い声があたしを捕らえようとする。 「いやよっ!!!」 あたしは身をよじるようにして叫んだ。 「いやよ……あたしはっ!そんな不確定な未来の事で、殺されるなんて!」 ……かつてあたしは似たような事を経験した。 冥王フィブリゾに敵対していた魔竜王ガーヴが、あたしが冥王の計画に関わっていると知り、ただ邪魔になるだろうからと命を狙ってきたのだ。 あたしは冥王の思惑がどこにあったなんて全く分からなかったけど、あたしの進む道が人々のためになることじゃないって分かってたけど、それでも前に進まざるを得なかった。 あんなあやふやな状態で死にたくなどなかった。 ……それは、今だって同じ。決して、変わらない。 「……ならば……ちゃんとした理由があれば、納得していただけるのですか?」 その声に、あたしは思わず顔を上げた。 「私の家族……優しい母親、そして幼い妹。皆、ここにいるのです。……分かりますか?」 サリアの言わんとする事に何となく気付き、あたしは硬直した。 「ここは私と妹が生まれ育った場所。私の全て。私の故郷」 口を開こうとする。でも、出てきたのは掠れた息のみ。 喉が、熱い。言葉が、出てこない……。 「今も、ここに眠っているんです、私の家族は…………あなたに殺された、私の家族は!」 アタシガ、殺シタ……さりあノ、家族ヲ……? こぴーれぞトノ戦イニ巻キ込ンデ、殺シタ……? 目の前が一瞬暗くなった気がした。 「リナ!」 思わずふらつく身体が、力強い腕に支えられるのを感じる。 「ねぇ……リナさん……」 サリアの声が近付いてきた。 「私の能力……ただ疎ましかっただけだったこの能力……今は、本当に感謝しているのです。あなたという、家族の仇に巡り合えたのですから」 にっこり笑うその顔は、人間なのにまるで魔族のように怪しく美しかった。 あたしはそれに魅入られたかのように動けない。 「リナ!」 ガウリイがあたしのそばで叫ぶ声も、今はただ遠かった。 「……くっ!」 あたしのすぐ側にあった気配が、あたしを離れサリアの方へと向かう。 「……無駄です。魔風(ディム・ウィン)」 「ぐあぁっ!!」 どうやら、ガウリイがサリアに飛び掛かっていって……逆に、吹き飛ばされたようだ。 だが、今のあたしにはどうでもよかった。 ……心が、麻痺していたのかもしれない。ただ、やるせない想いだけがぐるぐる回って、あたしにはどうしようも無かった。 「さようなら……リナさん」 笑顔と共に、サリアが剣先をあたしに向けた。 あたしは……その期に及んでも、まだ何も考えられなかった。身体は動こうとはしなかった。 「リナぁっ!!!」 後ろから聞こえる、ガウリイの叫び声。 サリアが、あたしに向かって走ってくる。その手に剣を携えたままで。 あたしはただその光景を見詰め………… (……お兄ちゃん!) どこかで聞いた幼い少女の声が、あたしの頭に響き渡る! その声に、あたしの心が覚醒した。 頭の中は真っ白だったが、身体を赴くままに動かす。 左へステップして、両手を腰から右へと突き出す。 長い長い一瞬の後。 あたしの腕に、鋭い痛みと鈍い衝撃が走った。 「……馬鹿……な……」 小さな呟きを残し、徐々に力が失われていく。 そしてその身体はゆっくりと地へと堕ちていく。 ……サリアの、身体が……。 サリアの剣は、あたしの血に染まり、サリアの腕の中にあった。 だが、あたしが無心で突き出した短剣は、サリアの胸へと突き刺さっていた。 ……あたしは、何も言えなかった。 腕を切りつけられた痛みもさることながら、わずかなこの時間に体力・気力の全てを使い果たしていたのだ。 荒い息だけが、あたしの耳に響く。 その時。 (お兄、ちゃん……) 白い影が、あたし達のすぐ側へとやってきた。 ぼんやりとした影は、小さな人影を取っているようだった。 (やっと、見つけた……) 安堵したような幼い少女の声が、再びあたりに響き渡る。 「シン……シア……?」 血に染まり横たわったサリアが、苦しそうに呟く。 (いっしょに、帰ろうよ……) 「……あぁ……そう、だ……な……」 サリアの眼が、ゆっくりと閉じていく。 白い影が、その身体をゆっくりと包み込んでいく。 (帰ろう…………サリアスお兄ちゃん……) 煌く光があたりを満たしていく。 あたしは思わず、眩しくて眼を閉じた。 そして再び開いた時、見えたものは──── ──澱んだ瘴気の中。ガウリイ達仲間が、地に倒れ伏していた。 彼らの前に立ち塞がるのは……赤き闇の王。 それに対峙するのは、……あたし、リナ=インバースのみ。 そしてあたしは禁断の呪文を唱えた! ──白い壁に囲まれた、小さな部屋。 小さな少女が、跪いて祈りを捧げている。 その前にあるものは、小さなベビーベッド。 そして、その中で眠っていた赤子が目を覚ます。 その瞳は、真紅──。 ──目の前で、栗色の髪の少年、そして金髪の少女が叫んでいる。 その蒼い瞳を潤わせて……。 ……が、無理矢理閉ざしたあたしの心には届かない。 横に立つガウリイが、そっとあたしの肩に手をやった。 そしてあたしは、片手を上げた……。 ──あたしの目の前に、ガウリイがいた。 優しい瞳で、あたしを見つめている。 あたしは、涙が止まらなかった。 彼は、あたしをぎゅっと抱きしめてくれた。 そして、あたしは覚悟を決める。 渾身の力を込めて。 手に隠し持っていた短剣を。 ……目の前の、最も愛しい存在の胸へと、突き立てる……! 「──いやあぁぁぁっっ!!!」 「しっかりしろ、リナっ!!!」 身体が激しく揺さぶられ、あたしは気がついた。 がくがくと震える身体を、ガウリイが強く抱きしめている。 「……ガウ……リイ」 心配そうにあたしを見つめるその瞳。 思いがけず、涙が零れてしまった。 「お……おいっ!大丈夫か!?怪我がひどいのか?」 慌てたようなガウリイの声。 「違う……」 痛いのは、心。……でも、それが何故なのか……わからない。 「何か……夢……見てて……」 「夢?どんな?」 「……思い出せない……」 ひどく怖い、嫌な夢だったのは、震えの止まらない身体が教えてくれた。 けれど、その内容は……あたしは覚えていなかった。 ようやく落ち着いた頃、あたしはガウリイに話し掛けてみた。 「あいつ……男だったんだね」 サリア……いや、サリアスと言うべきか。 「最初に会った時、違和感を感じたんだよなぁ……で、女物の衣装着てるけど男かなって」 のほほんとした口調で、けど優しくあたしを撫でながら、ガウリイが答えた。 このクラゲが気付いてて、あたしは気付かなかったなんて……悔しい。 「なんで女のフリなんか……ぶつぶつ」 あたしより胸が無かったのも当たり前ではないか。 ちょっとでも優越感を感じた自分が悲しい……。 「けど、あいつも可哀相なやつだよな」 「……あたしのせいで、あいつの家族が死んだから?」 我ながら暗い声で呟く。 「いや、そうじゃなくて……それもあるかもしんないけど……って、だから……」 慌てるガウリイの姿を見て、あたしはちょっとだけ笑う事が出来た。 「……あいつ、結局、好きな女の子を助ける事ができなかったんだろ?」 あ……そういえば……。 『えぇ……そうです。私は彼女が好きでした』 あれは、親友としての気持ちじゃなくて、って事……? 「魔族に奪われたみたいなもんだろ?しかも、最後は自分の手で殺してしまったんだ。辛くないはず、ないよな……」 「……だからって、あたしを狙うのは筋違いって気がするけど」 「それは、あいつ本人に聞かなきゃわからんだろうな。けど……気持ち、わからなくもない」 「何よガウリイ。やけにあいつの肩を持つじゃない」 ちょっとムッとするあたしに、ガウリイは苦笑して答えた。 「そりゃそうさ……俺だって、好きな娘がそんな目に遭えは、きっと狂っちまうさ。それこそ、毎晩のように夢でうなされるだろうな」 その言葉に、あたしは思わず顔が熱くなるのを感じた。 え?ちょっと?……一体何っ!? 「だろ?」 優しい笑顔であたしを見つめるガウリイ。 「……ばか」 あたしにできたのは、俯き蚊の鳴くような声で呟くことだけだった。 「さ……行こう、リナ」 ガウリイに促されて、あたしは立ち上がった。 あまり装飾の無い、地味な剣。……これが、サリアスの墓標。 悲しい過去が悪夢となって、彼は囚われた。 光の道を失うほどに……。 彼の生き方が正しかったのか、それとも間違っていたのかなんて、あたしには言えない。 ……一歩間違えれば、あたしも同じ道を歩んでいたかもしれないのだから。 どうか、エイラ、シンシアと共に安らかに眠って…… あたしは祈らずにはいられなかった。 彼の墓標に……そして、私達の王に。 ──すべてのものの母たりし存在 悪夢を統べる存在 ロード・オブ・ナイトメアよ 願わくば、あまり私達に悲しき夢を見せないで 人は皆、あなたほど強くない 人は皆、あなたの思うほど強い存在ではないのだから…… |