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あたしは動かない身体のまま、彼女の言葉に驚愕した。 死んでくれ……ですって!? いきなりな状態で死を宣告されたあたしは、虚ろな視線をサリアに向ける。 「理由を知りたい……という感じですね」 サリアが低い声で呟く。当たり前だっ! しかし。 「死に行くものに教えても仕方がありません。……が、あなたは私にとって特別な存在ですからね。少しは教えましょう」 ぱきっ。 サリアが踏み出した足が、小枝を軽く踏みつける。 「リナさん、あなたは私にとって仇でもあるんですよ」 な……何のことを言っているの……? 「これで充分でしょう?」 全然、充分じゃない……わよっ……!! 「それでは……おやすみなさい、リナ=インバース」 サリアが呪文を唱えると、それに伴って彼女の両手の内に輝きが燈り始める。 こんな……こんな、訳わからないまま……死ぬわけにはっ……! しかし、身体は痺れたままで、あたしの言う事を聞いてくれなかった。 や、やられるっ!!! その時。 「リナぁぁっ!!!」 聞きなれた声がサリアの後ろで響く。……ガウリイ! 「っ!」 彼女は慌てて身をよじるが、超一流の腕を持つ彼の剣技を完全に避ける事はできなかった。 左腕から鮮血が飛び散る。 「くっ!」 もう片方の手で傷口を押さえ、ガウリイから間合いを取るサリア。 そして、ガウリイはあたしの側へと走り寄ってくる。 「……申し訳ありませんが、邪魔をしないではいただけませんか?」 ガウリイを見据えてきっぱりと言い切るサリア。 はっきり言って、この期に及んでも丁寧な言葉づかいが怖いぞ……。 「悪いがそれは聞けない。……何故リナを狙った?」 油断なく剣を構えながらガウリイが問う。その背中にあたしを庇うようにして。 「あなたには関係ない事です」 「充分関係があるさ……俺はこいつの保護者だからな。こいつを狙うというのなら俺が相手になる!」 「……」 ガウリイをじっと見つめるサリアは、腕の痛みに顔を引きつらせる。 そして溜息をつくと、観念したかのように呟いた。 「……仕方ありませんね……今回は引きましょう。後日また、改めてお伺いします」 せんでいいっ! 思わず心の中で叫ぶあたし。 「それと、保護者であるあなたに免じて、理由をお教えしましょう」 サリアがガウリイに向かって言う。 「強大すぎる力を持つものは、それだけで悪なのです」 「……!?」 「それでは」 「ちょ……ちょっと待て!」 答えになっていない答えを返し、ガウリイの呼びかけを無視し。 手負いである事を感じさせない素早さで、サリアはあたし達の目の前から姿を消した。 「……リナ、大丈夫か?」 ガウリイが心配そうにあたしに声を掛ける。 「大丈夫……よ、ちょっと……油断した、だけだから」 身体の痺れはまだ残っているが、動けないほどじゃない。 あたしはショートソードを杖代わりにして立ち上がった。 と、そのとたんバランスを失い身体が崩れ落ちる。 うーん……やっぱり地霊咆雷陣(アーク・ブラス)はきついか。 こりゃしばらく休むしかないかな……。 そう思ってガウリイを見ると、 「動けないのか?」 言うなり、重かった身体がふいに軽くなる。 「……っ!?」 見上げていたガウリイの顔がすぐそばに近付いていた。 そう、あたしは抱え上げられていたのだ。 「ちょ……ちょっと!ガウリイ!」 いつもなら暴れ出してやるところだけど、今は体が不調で動かない。 せめてもの抵抗として睨み付けたが、全くこたえていないようだった。 「女の子がいつまでも腰を冷やしちゃ駄目だろ?」 にっこり笑って、すたすたと歩き始める。 「いいって!大丈夫だから、降ろしてっ!」 「いつあいつが戻ってくるか、わからんからな。早いとこ宿屋に戻ってメシにしよう」 「あと十数分くらい休めば動けるから、降ろしてってば!」 「だったら、ちょうど宿屋に着く頃には復活してるな。うん、いい頃合いだ」 目が笑っている。 「……あんた、ひょっとしてからかってるでしょ!」 「ひどいなぁ。人の好意は素直に受け取っておくもんだぞ♪」 「いやぁっ!降りる!降りるってばっ!!……降ろせぇ〜っ!!!」 あたしの悲痛な叫び声がこだまする森の中、ガウリイは歩調をゆるめる事なく歩きつづけたのだった……。 「大体、宿屋に帰っといてって言ったのに、何でわざわざついてきたのよ」 骨付き肉にかぶりつきながらあたしは尋ねた。 「そりゃ、お前さんがいないと、宿屋の場所がわからんから、に、決まってるだろ」 スパゲッティをまるで吸い上げるかのごとく食べつつ答えるガウリイ。 ……ここは宿屋の1階にある食堂。 あたしとガウリイは飽くなき生存競争の……もとい、夕食の真っ最中である。 「それに、俺が行かなかったらヤバかっただろ?」 「うぐっ……」 それを言われると痛い。 「それに、あいつ……何かヘンな感じがしたんだよな」 「……それって、サリアが人間じゃなくて魔族か何か、って事?」 「いや、そーいうのとはちょっと違うと思うんだが……良く分からん」 なら言うな、このスカポンタンっ! 「んじゃ、そういう事で、この肉もらいっ!」 「あ゛〜っ!あたしの肉ぅっ!!!」 あたしの皿に残っていた最後の大きな肉が奪われる。 お〜にょ〜れ〜、ガウリイ! 「なら、こっちはあたしがもらうわよっ!」 「げっ、皿ごと持っていくな!まだ半分以上残ってるんだぞ!」 「どやかましいっ!あたしの肉を横取りした罪は重いのよっ!」 「お前が俺の分を取っていった罪はどうなるんだぁっ」 「ガウリイのもんはあたしのもんだからいいの♪」 「何でそうなる!?誰がいつそんなもん決めた!?」 「あたしが今決めた♪んじゃ、いっただっき……」 べこし。 突然後頭部に強い衝撃を受け、あたしはスパゲッティの入った皿に顔から突っ込む羽目になってしまった。 「おいリナ!大丈夫か?」 ガウリイの声が遠いものに感じる。 ゆっくりと顔をあげ見ると、あたしの足元に大きな空の皿が落ちていた。 これがあたしの頭にぶつかったのだろう。 「ふふ……ふふふふふ……」 あたしの小さな笑い声を聞いてガウリイが顔色を変え、とっさにテーブルの下に潜り込むのが見えたが、あたしにはどうでもよかった。 ゆっくりと後ろを振り向く。 と、少し離れたテーブルに、老婆の後ろ姿と、向かい合わせで立っている男2人の姿が目に映った。 「いい加減な事をぬかすんじゃねぇ、このクソババァっ!」 「何を言うとる。わしは占いの結果を伝えただけ。それがお主の気に入らぬからといって腹を立てる事はあるまいに」 何やら口論しているようだが、男の一人が大皿を持っているところをみると、こいつがあたしに皿をぶつけた張本人に違いない。 と、またもや何やら叫びながら男が皿を老婆に向かって投げつけた。 老婆は軽い足取りでひょいとそれを避ける。 あたしはそのまま向かってきた皿をショートソードの鞘で叩き落とす。 パリン!と高い音が響くが、男達はあたしの存在に気が付く気配もなかった。 「ひょっひょっひょっ、その程度じゃこの婆には当たらんぞえ」 「やかましいっ!ギタギタにやってやるっ!」 一歩一歩ゆっくりと歩き、男共の背後へと回り込み、呪文を唱える。 ぽんっ。 そして、2人の男の肩にあたしは両手を置いた。 「ん……?」 「何だぁ、このアマぁっ!」 怪訝そうにあたしを見る男共。……夕食の恨み、思い知れっ! 「雷撃(モノヴォルト)!」 あたしが放った‘力ある言葉’に導かれ、強力な電撃があたしの手を伝い彼らを襲う。 「ぐあぁっ!」 「げえぇっ!」 ぷすぷすと音を立てながら、奴らは床に崩れ落ちた。 ふっ……この程度で済ませられるようになったあたり、あたしも大人になったもんよね……。 「ひょっひょっひょっ、とりあえず礼を言っておこうかね」 老婆があたしに言う。 「いいわよ、礼なんて。乙女の頭にあんなもんぶつけた奴に天罰を与えただけだから」 「おー、これはまた」 言いつつ、ガウリイがテーブルの影からのそのそと這い出してくる。 「珍しいな、リナが暴れ出さないなんて」 「ほほう、この娘、そんなに気が短いか」 「そりゃもう……ドラグなんとかって呪文で街ごと吹き飛ばすのもいつものことだからなぁ」 ……あ……あんたらねぇ……。 こめかみのあたりがひきつくのを感じながら、あたしは拳を固く握り締めた。 そんなあたしの様子に気付いたか、ガウリイが慌てた様子で手を振る。 「あ、いや、だから……リナっ!頼むから呪文は止めてくれぇっ!晩飯の残りが食えなくなるぞっ!」 ちっ。 ガウリイの言葉にあたしは唱えかけていた竜破斬(ドラグ・スレイブ)の詠唱を止めた。 「ひょっひょっひょっ、ならばわしが詫び代わりに占ってしんぜよう。それで許してやってくれい」 老婆が怪しげに笑う。 「……占い師なの?おばあちゃん」 「そう。こう見えても、わしはかつてゾアナ王国で専属占い師を勤めていたこともあったんじゃぞ」 ゾアナ王国って…………まさか、あの? やたらと怪しい趣味をした王女の姿を思い出し、あたしは背筋が寒くなるのを感じた。 「で、年取ったから役に立たなくなってクビになったのか?」 「失礼な事を言うなっ!」 「ぐえっ」 どこからともなく取り出した杖で、老婆がガウリイの頭を殴る。 「わしの占いはよく当たるんじゃ。ただ、わしが『ある魔道士によってこの国は一度滅ぶ』なんて予言をしたもんじゃから、国王が怒ってわしを追放しただけじゃっ!」 「……」 それって、ひょっとして……。 「じゃが実際に、ドラまたで有名なあのリナ=インバースがかの国を訪れ、国ごと呪文で吹き飛ばしたらしいからの。全く、わしの言う事を信じんからこんな事になるのじゃ」 「……おい、リナ……」 「あは……あは……あはははは……」 この老婆、あたしがそのリナ=インバース本人である事に気付いていないようだ。 だが、ここで「あたしがその当人よ!」と言って威張れるような事柄でもない。 もはや引きつった笑いしか出てこなかったりする。 「それじゃ、そこの椅子に座るがいい」 そう言って席を勧める老婆。 あたしはその言葉に従い、テーブルの上においてある水晶球に目を向けた。 心なしか光を放っているようにも見えるその水晶球のまわりに手をかざし、老婆は何やら呟く。 「ふうむ……」 深い深い溜息を吐き、老婆は目を見張った。 「お前さん、そうとう変わった者らしいのお」 うんうんと横で頷いているガウリイ。 あたしは無言でガウリイの足を踏んづけた。 とたんに彼の顔が苦痛に満ちるが、とーぜん無視。 「……朱と金の光……全てを包み込みしもの……」 老婆の呟きだけがあたしの耳に広がる。 「何かわかったの?」 朱と金の光って……宝石や金貨とか、いわゆるお宝の事よね♪ これは是非詳しい話を聞かなくちゃ(はぁと)。 「お前さんは将来、とても大きなものを手に入れるじゃろう」 「え?何?それって、お宝がいーっぱい、手に入るって事?」 恐らくは目を輝かせながら尋ねているであろうあたしに、老婆は軽く首を振った。 「それが何なのか、わしにはわからん。じゃが、それを手に入れる代わりに、……お前さんは、大切なものをほとんど失うであろう」 え゛……。 思わず硬直してしまうあたし。 「どうやらお前さんは、相当波瀾万丈な人生を送るようじゃの」 そして、老婆はガウリイにも声を掛けた。 「それ、お前さんも占おう。そこに座れ」 「え、俺は」 「まあいいから座るがいい。お前さんも随分と面白い光を放っておるからの」 何だそりゃ……というガウリイのぼやきを聞きながら、ガウリイも椅子に座った。 「むむ……」 見ると、老婆の水晶球を覗き込む顔が厳しくなっている。 「……お前さんの道標、何よりも眩い光を放つ小さな星」 「へ?」 ガウリイが呆れた声を出す。 そりゃそうだろう。あたしにも何の事だかさっぱり分からない。 占い師って、分かんない事があったら、こうやって難しい言葉を適当に並べるのよねぇ。 「じゃが……」 顔をしかめて後を続ける。 「お前さんがその星を追い続ける限り、そう遠くない未来に、命を失う事になるぞ……」 「……!」 老婆の口から出た言葉に、あたしとガウリイは声を失う。 ガウリイが……命を失う……? あまりの予言にあたしは何も言えなかった。 ……沈黙が流れ、老婆はすまんかったの、と、気まずそうに言葉を残し去っていった。 「……俺は……」 ガウリイの小さな小さな囁きが聞こえたような気がしたけど、彼は遠く窓の外を見つめているだけだった。 「──何っ!?」 ガウリイの手に握られた光の剣。 その光の刃が、どす黒い闇へと化す。 「ガウリイっ!?」 あたし達が叫ぶ間もあらばこそ、闇はガウリイを包み込んでしまった。 『くすくすくす……』 冥王フィブリゾの笑い声。 「ガウリイっ!ガウリイっ!!」 闇に包まれ遠く離れていく彼を追いかけながら、あたしは叫んだ。 『彼を取り戻したかったら……僕の街、サイラーグまでおいで……』 淡々としたフィブリゾの声が周りに響く。 ……返して!返して! あたしは走りつづけ、そして叫ぶ。 「ガウリイっ!!!」 がばっ……! 思わずあたしは身体を起こした。 あたりはまだ暗い。 ここは……宿屋のベッドだ。 「……夢……か……」 荒い息をつきながら、あたしは汗に濡れた顔を拭った。 「何で、あんな夢を……」 昔の、思い出したくもないいやな記憶が蘇り、あたしは顔をしかめる。 窓の外を見ると、月は雲に隠れ、深い闇があたり一面を埋め尽くしていた。 何か……最近、立て続けにいやな夢を見るなぁ……。 喉に渇きをおぼえたあたしが、水差しを取ろうとしてベッドを降りた時。 がたっ!がたがたっ! 隣の部屋から何かの音が聞こえた。 「……何?」 続いて、扉が開く音。 人の足音も聞こえる。 ……ガウリイの部屋から! 夢見が悪かったせいか不安な心を隠しきれず、あたしは急いで隣の部屋へと向かった。 「ガウリイ、ガウリイ!どうかしたの!?」 ドン、ドンと木の扉を何度も叩く。が、返事はない。 ノブを回すと軽い感触。 「ガウリイ!」 扉を開け放ったあたしが見たものは、誰もいない部屋だった。 開け放たれた窓枠が、静かに揺れている。 慌てて窓際に駆け寄ると、闇の中遠く離れていく影が一瞬だけ見えた。 何!?一体何が起こったの!? きょろきょろあたりを見回すあたし。 ふと、ナイトテーブルの上に何か紙切れのようなものが置いてあるのがわかった。 あたしはそれを貪るように読んだ。 そこには、こう書いてあった。 ──あなたの保護者は預かりました。 つきましては、サイラーグまで御足労願います サリア── |