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悪夢〜ナイトメア〜

前編



あーん、あーん…………。
数歩先すら見えないような暗闇の中、泣き声が響いてくる。
あたしが思わず声のほうを向くと、小さな女の子がそこにいた。
その子は、膝を抱え泣いていた。
「……どうしたの?」
あたしが声をかけると、その子は一瞬びくっと背中を震わせたと思うと、顔を膝に埋めたまま答えた。
「……ひっく……みんな、いなくなっちゃったの……」
「……迷子になっちゃったのかな?」
「お兄ちゃん……お母さん…………ひっく……」
なるほど、家族とはぐれてしまった訳ね。
「あんたの名前は?」
「ひっく…………シンシア……」
「よし、シンシアね。さぁ、みんなを探しに行こう」
少女の手を取り、立ち上がらせようとする……が、その子は立とうとはしなかった。手は離さないが、動こうとはしない。
……お゛い゛。
「あ、あのねー。こんな真っ暗なところで一人泣いていてもどうしようもないわよ。さぁ、行くわよ」
しかし、てこのように動かない。
「ほらこのお姉ちゃんが、あんたのお兄ちゃんやお母さんを探すの手伝ってあげるから、立ちなさいってば!」
だけど、その子は顔を上げようともしない。
…………。
いい加減腹も立ってきたがいかんせん相手はこんな小さな女の子、怒りとばす訳にもいかない。
あたしは眉間に青筋が立つのを感じながら、かなりなげやりな声で尋ねた。
「……ったく……じゃ、あんたのお家はどこなの?」
「…………サイラーグ……」
「!!」
その子の言葉に、あたしは思わず硬直してしまった。
サイラーグ。
かつての仲間であったシルフィールの故郷。
あたしに勝負を挑んだコピーレゾによって滅ぼされた街。
冥王フィブリゾの手によってかりそめの再生をし、そして彼の消滅によって再び滅びた街。
そこの子供!?
「嘘……あの街は滅びたはず……あたしの目の前で……」
うわ言のように呟いたあたしの脳裏に、答えが浮かんだ。
…………そっか。街が再建されつつあるからか。
じゃ、早速この子を連れていって……。
「お姉ちゃん、」
突然声をかけられ、あたしはその子の方を向く。まだ顔は伏せたままだ。
「……コピーレゾ……冥王フィブリゾ……」
な゛!?
「あんたは……」
まさかあたしの心を読んだ!?
何なの、この子!!
思わずあたしは、つないだ手を離してしまった。
その時になってあたしは初めて気が付いた。
いくら夜っていっても、辺りのこの暗さはあまりに異常だ。
ここ……一体どこなの?
急に不安にかられたあたしに追い討ちを掛けるかのように、女の子があたしに声を掛ける。
「お姉ちゃんのせいでサイラーグの街は滅びたの?」
そして、ゆっくりと、顔を上げていく。
その顔は……半分溶けたかのように崩れていて、もはや人とは思えないものだった。
「ひっ……!」
思わず声にならない悲鳴を上げるあたし。
「……あたし達、死んじゃったの……?」
もはや眼窩から半分以上出ている眼球があたしの方を見つめる。
そして、顔同様に崩れ始めた腕を伸ばし、あたしに抱きつこうと手を伸ばす!
『い…………いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!』
あたしはあらん限りの絶叫をあげた…………。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
「リナ、リナっ!しっかりしろ!!」
身体を強く揺すぶられ、あたしは閉じていた眼を開けた。
そこに見えたのは金色に輝く髪、そして海のように澄んだ青い瞳。
そう、あたしの旅の相棒があたしの目の前で必死な形相をしていた。
「リナ!?一体どうしたんだ!?」
肩を抱きながら、尋ねてくるガウリイ。
あたしは全身が汗でびっしょりになっているのが分かった。
「はっ…………っ!……」
うまく呼吸ができない。息を吸おうとするタイミングに身体が付いていかないのだ。
苦しくなって思わず背中を丸めるあたしを包み込むように、ガウリイは腕を回し、そして何度も語りかけてきた。
「大丈夫……大丈夫だから」
しばらくの間、息苦しさと戦って、あたしはようやく落ち着きかけた。
そして、ようやく現状を把握したのだった。
今のは…………夢だったのだと。
がっしりとした彼の体躯にしがみつきながら、小さな声で呟く。
「……夢を、見たのよ…………怖い、夢を……」
胸に顔を埋めたままのあたし。
ガウリイが無言で優しく背中を撫でてくれたが、身体の震えはなかなか止まってくれようとはしなかった……。


天才美少女魔道士であるこのあたしと、自称あたしの保護者である天然ボケラッタ戦士のガウリイは、失われた光の剣に変わる魔力剣を求め旅を続けていた。
ある日、あたし達はサイラーグのほど近くにある、名も無き小さな村へと辿り着きそこに宿を取った。
そして……あたしはとんでもない悪夢を見てしまったという訳である。
「……ったく、たまったもんじゃないわよっ!」
さすがに夢見が悪かったのか、あまり朝食を食べる気にはならなかった。
モーニングCセットを3人前ほど頼み、それをぱくつきながらあたしはぶつぶつと愚痴を言う。
それはひとえに、予想外の出費がかさんだからに他ならない。
夢の中で叫んでいたあたしは実際に悲鳴をあげていたらしく、その声に驚いたガウリイはあたしの部屋のドアの鍵を叩き壊して入って来たらしく、……当然の事ながら、宿屋の主人に弁償金を払う羽目になったのだ。
「でもよー。お前のあの悲鳴、マジにおどろいたんだぞ?」
あたしの八つ当たりキックを受け、頭に大きなたんこぶを作ったガウリイが恨めしそうに言う。
そう、彼はあたしを心配してくれただけ。それは分かっているし、感謝もしてる。けれど…………不必要な金が出て行ったのを喜べる訳など無い。
「わかった、わかった。心配してくれてありがと」
わざとそっけなく言う。
そんなあたしにガウリイが声をかけようとした時、あたし達のテーブルに一人のお爺さんが近付き、声を掛けてきた。
「……魔道士、か?」
「そうだけど。何?」
あたしのこの格好を見て、魔道士以外の何に見えるっていうのか。
……まあ、どこぞのクラゲ男は、『魚屋かウェイトレス』とかいった戯言を言ってくれたりもしたが。
そのお爺さんはいかにも「村人その1」って感じの、ごくありふれた人だった。
しかし、その態度は普通ではなかった。
ナイフを懐から取り出し、いきなり襲いかかってきたのだ!
「う、うわぁっ!」
椅子に座った体勢のままだったので、あたしはうまく避ける事ができなかった。しかし。
ゴンっ!!
ガウリイがとっさになげた皿に手の甲を打たれ、そのお爺さんは手にしたナイフを取り落とした。
「おい!グレッグの爺さんがまたやってるぞ!」
「まずいっ!」
「取り押さえろっ!」
食堂にいた人達が、慌ててあたし達のテーブルに駆け寄ってきて、あたしに襲いかかろうとしたお爺さんを羽交い締めにしようとした。
「落ち着け、グレッグ!」
「エイラの仇っ!……殺してやる、殺してやるっ!!!」
押さえつけられながらも、そのお爺さんは騒ぎ暴れ続けた。
「リナ、大丈夫か?」
ガウリイが心配そうに、椅子から半分ずり落ちた格好になっているあたしに声を掛ける。
「いちおー、大丈夫、だけど……」
このあたしに喧嘩を売ろうなんぞ、許せんっ!
あたしは立ち上がり、両手を胸の前で合わせた。

──すべての力の源よ 輝き燃ゆる赤き炎よ……

「うわあぁぁぁっ!!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいぃ〜!!!」
あたしが‘混沌の言葉’を唱え始めたとたん、お爺さんを押さえつけていた村人達が騒ぎ始める。
が、止めるつもりなど毛頭ない。まぁ、巻き添えを食らったら、不幸な事故ということで諦めてもらおう。
隣のテーブルにいた赤ターバンの女性があたしを抑えようと肩に手を置いたが、ギロっと睨んでやった。あたしの腕を掴んだその女性は一瞬びっくりしたような顔をしたが、そのまま去っていった。
悪いわね。でも、あたしに対する狼藉への報いはちゃん受けてもらわないと気が済まないのよ!
……しかし。
「お、お客さん、止めてくれっ!!!朝食代をただにするから、話を聞いてくれぇっ!!!!」
必死の形相で叫ぶ宿屋の主人の声に、あたしは呪文詠唱をあっさりと中断させた。


「どうか、グレッグの事を許してやってくれ」
あの騒ぎから20分後。襲撃者であるジジイ(もうお爺さんなんて呼んでやんない)は皆に引きずられて去り、あたし達は宿屋の主人に事情を問いただしているところである。
「いきなりあんな事されて、何で許してなんかやらなくちゃいけないの」
更に追加注文したAセット5人前を食べながら、あたしは言った。
……行儀が悪いなんて言わないでよね。ちゃんと口の中のものが無くなってから話すようにしてるんだから。
「グレッグは、可哀相な奴なんだ」
あたし達に香茶を入れながら主人が呟く。
「どういう事だ?」
「あいつは、元々優しい奴だったんだが、孫娘が殺されて以来人が変わってしまってな」
こぽこぽこぽ……。
3つのカップに香茶が注がれ、あたし達に勧められる。
「殺された?」
「そうだ。グレッグは娘夫婦を早くに失くしてな、たった一人の孫をかわいがっていたんだ。また、その孫もとても優しくてな。『早く大人になって、おじいちゃんにラクしてもらうの』ってよく言ってたもんだ」
香茶を一口飲んで、主人は話を続けた。
「その孫ってのがまたえらく頭が良くてな。とある高名な魔道士のもとに弟子入りしたんだが、その中でも飛びぬけて出来が良かったらしい。そこで魔術医としての修行をつんだらしく、この村に戻ってきて開業するつもりだったらしい」
「らしい……って……、その子は帰ってこなかった、ってこと……?」
「そうだ。この村に戻る途中、何者かに殺された。どうやら魔道士によって殺されたらしい。それもよほどの腕の持ち主に。そうでないと、あの子を倒す事ができないと、その子の師匠が言っていたからな。……可哀相に」
「……」
今まで育ててくれた祖父に恩返しするために、必死になって自らを鍛え上げた少女。
誇らしき思いを抱え、期待に胸膨らませ故郷に帰る途中であったろう。
しかし、そんな彼女の気持ちは第三者によって踏みにじられる。
その命を奪われる事によって。
……あたしには、その光景が目に浮かぶようだった。
「……それ以来だ、グレッグが魔道士を敵対視するようになったのは。魔道士と見るや、誰と構わず襲いかかるようになったんだ。……まぁ、たった一人の孫がようやく一人前になって、これから静かな余生を送ろうとしていた矢先にこれだ、無理もない。グレッグの心は、壊れちまったんだよ……」
「……そう……」
「奴も、普段は割とまともなんだがな。だけど、『夢の中でエイラが囁き続けるんだ。悔しい、許せないって』とよく言っていたから、もうどうしようもない気がする。だから……奴の事を、許してやってくれ……」
夢……。
その言葉に、あたしは今朝の悪夢を思い出してしまい、思わず俯いてしまった。

はあぁ。
思わずため息がでてしまう。
「どうしようもないって分かってるけど……切ないよね」
「……何がだ?」
無言でアッパーカットを食らわすあたし。
「痛ぇっ!何するんだ、リナ!」
「ついさっき聞いた話を忘れるなぁっ!!!」
あたし達は、旅の携帯食を買うために宿を出て、村の道具屋へと向かっているところだ。
「いや、さっきはつい寝ちゃって……話がわかんなかったから」
頭をぽりぽり掻くガウリイ。
あんたわ……。
ぶるぶると肩を震わせながらあたしが回し蹴りの体勢に入ったとき。
「あのー、すみません」
あたしに声を掛ける女性の姿。……ちっ、命拾いしたわね、ガウリイ。
最初に目に入ったのは見覚えのある赤いターバン。年の頃はあたしと同じくらいである。背は割と高いけれど。
そして、その格好は旅人のようなものだったが……おぉっ!彼女、あたしより胸が小さいじゃない♪
「あんたはさっきの……」
宿屋であたしを抑えようとした女性だった。
「先程は失礼しました」
ぺこりと頭を下げる彼女。
「いやいやこっちこそごめんなさい、ちょっと気が立ってたもんで」
にっこりと笑う彼女に、あたしは好感を覚えた。
胸の大きさであたしが勝ったからではない。…………信じてね……。
「リナ=インバースさんですよね?」
小首をかしげて尋ねる彼女。
「そうだけど……何であたしの名前を知ってるの?」
「だって高名な魔道士ですから」
あら、なんて正直な♪
「どうせドラまたとか大魔王の食べ残しとかいった方の名前のことじゃないのか……はぐっ!!」
や・か・ま・し・い。
すかさずガウリイの足に蹴りを入れると、あたしは再び彼女を見た。
……なんとなく一歩引かれてるような……気のせいよね、きっと。
「……あ、申し遅れました、私はサリアという者です。ちょっと訳があって旅をしているのですが……」
そういいつつ、ちらっとガウリイの方を見る彼女。
ガウリイはというと、ぼーっとした目でサリアを見ている、ような気がする。……何も考えていないな。
「で、サリアさん。このあたしに一体何の用?」
「ええ、それが……ちょっと、ここでは申し上げられないのですが……リナさん、あなたにお願いしたい事があるのです。ちょっと付いてきていただけませんか?」
しきりにガウリイの方を気にしながらいうサリア。
「あ、まぁ、いいけど」
彼女に腕を引かれるようにして歩き始めたあたしの後に、当然のごとくついてくるガウリイ。
しかし。
「あの……申し訳ありませんが、リナさんお一人にお話があるので、貴方にはご遠慮願いたいのですが……」
サリアがガウリイに言う。
「何でだ?」
「いえ、理由はここでは申し上げられないのですが」
頭に巻いたターバンと同じ色に顔を染めながら、サリアが小声で呟く。
その瞬間、あたしはピーンとひらめいた。
彼女の悩み事、依頼したい事……それは、かつてのあたしの悩み事と同じはずだ、という事に。
この悩みを持つために、あたしはかつてある女魔道士とともに薬を作ろうとした事もあった。
そして、ある女性は愛する者のために牛乳を盗んでまで飲み続けようとした事もあった。
そう…………乙女ゴコロを揺らしてやまない、「胸が小さい」の悩みにっ!
「駄目よガウリイ付いてきちゃ!これは女の子同士のお話なんだから♪」
「え。……あ、いや、その」
「そーゆー訳だからまた後でね、ガウリイ。宿で待っててね」
横を見ると、サリアが苦笑しているのが分かった。
「おいっ!宿屋って……どうやって帰れっていうんだぁっ!それに、…………!!」
ガウリイの叫び声を無視して、あたし達は村外れにある森へと歩いていった。


わりと奥まできただろうか。
すっかり人気が無くなった場所で、あたしはサリアに問い掛けた。
「で……一応聞くけど。一体何の用?」
「あ、えっと……その……」
サリアはあたしから少し離れた場所に立ち、顔を伏せ小声でぶつぶつと何か呟いていた。
うーん……まぁ、恥ずかしい気持ちは分からないでもないけど……。
そう思いつつ、彼女の元へと一歩近付いた。
その時。
「地霊咆雷陣(アーク・ブラス)!!」
彼女の口から、低く、そして鋭く‘力ある言葉’が放たれた!
「……なっ!!」
広範囲に広がった電撃に打たれ、あたしはそのまま地面へと倒れ込む。
身体が、動かない。
いった……い…………何故……?
「お願いしたい事っていうのは他でもありません」
冷たい眼差しがあたしに向けられる。
目以外は微笑みながら、サリアはあたしに告げた。
「……死んでください」


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