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ゼーレの見上げる、厚き氷の壁。
高きその壁に、赤い何かが見えた。
目を凝らし、じっと見つめる。
すると、それは人型を取っているのが分かった。
上部に広がる栗色の波は、髪だろうか。
「明り(ライティング)!」
リンが再び魔法を唱える。先程よりも遥かに明るい光がその場を照らした。
そして彼女は見る。
「……母さん!」
記憶に微かに残る、おぼろげな姿。
「母さん!目を覚まして、母さん!!!」
そう。
10年も昔……自分が幼い頃に別れた母親が、氷の中で固く目を閉じて佇んでいた。
「リナ!」
「リナさん!!!」
ゼルガディス、アメリアも続くように叫ぶ。
しかし、氷の中の彼女は瞳を閉じたまま、ぴくりとも動かない。
生きているのか、死んでいるのか…………それすら、彼らには分からなかった。

「何なの……こいつ……」
ぽつりと呟かれた声に、一同は一瞬で緊張感を取り戻した。
「……何か、嫌だ。こいつ」
ゼーレの、苛立ちを押さえ切れない声。
と、そこに、何の前触れも無く再び紫の闇が現れる。
「ゼーレさん?……まったく、こんな所まで彼らをおびき出してどうするんですか」
本当はもうちょっとダメージを与えたくらいでここに案内してもらおうと思ってたのに……とぶつぶつ小言を言うゼロス。
「そんな事、僕の知ったことじゃないよ。それより兄ちゃん!これ、何!!」
殆ど胸座を掴まんばかりの勢いで、ゼーレがゼロスに尋ねる。
「何って……まぁ、とりあえず、この世界最強の魔道士ですよ。……あ、失礼。『だった』ですね」
あっけらかんとしたゼロスの言葉に、ゼルガディスが鋭く反応した。
「最強の魔道士、『だった』……だと……?ゼロス、それはどういう意味だ!?」
「どうもこうも……そのまんまの意味ですけど?ゼルガディスさん。人の言うことを信じられなくなってはおしまいですよ?」
「魔族の貴様に言われたくない!」
笑顔を崩すこと無く答えるゼロスに激昂するゼルガディス。そして、
「……じゃあ、別に壊しちゃっても、問題ないんだよね?」
呟き、小さな口笛のような音と共にゼーレの身体が宙に浮く。
「やめろ!!!」
ガウリイが叫び、ゼーレに飛び掛かった。
だが、魔を切り裂くと言われる剣は僅かに矛先を逸れ、ゼーレの左手首をかすっただけ。
しかし。
「しまった!」
はらはら……と音も無く、切り裂かれた黒布が舞う。
そして、その下から現れたものは。


「……魔血石(デモン・ブラッド)!!!!!」


そう。ゼーレが手首に巻いていた、黒布の下には。
かつてリナが身に付けていた、魔力を増幅させる護符が、鈍い光を放っていた。


「ゼーレさんっ!!!」
「やばっ……」
ゼロスが叫びゼーレが舌打ちするが、既に護符は周りの者の目に晒されている。
「母さんや兄ちゃんに、これだけは人間に見られるなって言われてたんだけどな……ま、いっか」
「良くないですよ!」
「何で?」
「そ、それは…………」
ゼーレのツッコミに言葉を濁すゼロス。
「……お前達、リナをどうしたんだ!!」
ガウリイが叫ぶ。
彼女が大事にしていた護符。
彼女の、切り札とも言える魔法を発動させる為に絶対に必要なもの。
簡単には、手放すことはない……奪われることもないはず、だった。
しかし氷の中に佇む彼女の身体にそれはなく、そして目の前にいる獣将軍が身に付けている。
「そんなの、僕の知った事じゃないよ!」
ひゅっ……
彼の左腕につけられた魔石が、ぽわっと輝きを増す。
「……させません!」
アメリアが素早く呪文を唱え、ゼーレの手から巨大な火玉が放たれたと同時に、彼女が叫ぶ。
「炎烈壁(バルス・ウォール)!!」
すると、彼女達に向かっていた炎が魔力干渉を受け、あさっての方向へと吹き散らされた。
「くそっ、しぶとい!」
悔しがるゼーレが、ふと何かを思い付いたような顔で微笑む。
「そっか……そうだよね……」
ガウリイ達の方を見て、意味深な笑みを浮かべるその姿に、リンは急に悪寒を覚えた。
「何を……する気、なの……?」
彼女の巫女としての能力が、何かを警告する。

コレハ、…………ヲ、……スル……
……ネバ、手遅レニ……
タダ、コレハ…………分ケタ……


「だったら!こいつを、壊してやる!!!!」
ゼーレの叫びと共に、強靭な風が一瞬辺りを吹きぬけた。
視界を閉ざされたリン達が目を開けたとき……ゼーレは、氷に向かい合うような形で宙に浮いていた。
そう、氷の中で眠る、リナの目前で。
ゼーレは1度だけ深く息を吸い込み…………そして。
少年特有のアルトの声が、辺りに響き渡った。



――四界の闇を統べる王
  汝の欠片の縁に従い
  汝ら全員の力もて
  我にさらなる魔力を与えよ


その言葉に合わせて、魔血石が鈍く輝く。
「……増幅(ブースト)の呪文!!??」
アメリアが驚きの声を上げた。
しかし。
続いてゼーレが唱えた呪文に、一同が驚愕の表情を見せた。


――悪夢の王の一片よ
  世界のいましめ解き放たれし
  凍れる黒き虚無の刃よ


「これは…………神滅斬(ラグナ・ブレード)!!!」
「それって……母さんの!?」
ゼルガディスの叫びに、リンのそれが唱和した。
「でも……あの呪文は、母さんしか使えないはず……!」

幼い頃……まだリナがリンの元にいた頃、一度だけ見た事のある、漆黒の刃を生み出す呪文――神滅斬(ラグナ・ブレード)。
ある日、突然襲ってきた化け物――今にして思えば、魔族だったのかもしれない――に対し、一度だけリナが使った魔法。
化け物をただの一撃で葬り去ったその闇の剣は、リンの心に深く記憶されていた。
母が行方不明になり、そしてリンが本格的に魔法を学び始めた後、ゼルガディスからその魔法について聞かされたが、リンにはその魔法を唱える事ができなかった。
恐らくは、魔法の資質だろう――そう彼は言っていた。
『あの魔法は、この世界ではリナにしか唱えることができないだろう。魔法的センスの問題もあるし、何より、人間以上の魔法容量(キャパシティ)が必要らしいからな。リナは、それを護符で補っていたようだが』
神滅斬(ラグナ・ブレード)、そしてもう1つ――全てのものの母の力を借りた呪文は、リナだけの呪文。
そう彼女は理解していた。
なのに目の前の少年は、母だけのはずの魔法を、いとも簡単に唱えているのだ……。


――我が力 我が身となりて
  共に滅びの道を歩まん


「何故だ!?あの呪文は、魔族には唱えられない筈…………そうか!そういう事か!!!」
「……どういう事です、ゼルガディスさん?」
ゼルガディスの声に、アメリアが尋ねる。
「ゼーレは魔族には唱えられない呪文を唱えている。それも、魔血石を使って魔力を増幅して。……だとすると、答えは一つだけだろう」
「……ゼーレさんは、人間……という、ことですか?」
「あぁ」
力強く頷くゼルガディス。
「恐らくは、どこからか魔法容量(キャパシティ)の大きな子供を攫ってきて、魔族として育てたのだろう」
「何て卑劣な!」


――神々の魂すらも打ち砕き


「ダメです、ゼーレさんっ!!!」
ゼロスが叫び、ゼーレに向かい錫杖を振り下ろす。しかし、
「くぅっ!」
鋭い音を立て、錫杖は弾き飛ばされた。
「……呪文障壁……?」
リンが呟き。
そして、呪文は完成した。


「神滅斬(ラグナ・ブレード)!!!」


ゼーレの手の内に、漆黒の刃が生まれ出た。
それを無造作に掴むと、ゼーレは両手を上げ、上体を逸らす。
そして振りかざすと……そのまま、まっすぐに振り下ろした。
……氷の中に眠る、リナに向けて。


「やめろおぉぉぉっ!!!!!」
「母さん…………っ!!!」


父娘の叫びも空しく。
闇に包まれし刃が、氷を叩き割った………………。




◇◇◇



ぱりん。

想像するよりも遥かに軽い音を立て、氷にひびが入っていく。
そして、亀裂がリナの元に届いたその時、

ぱりぃぃぃぃん……。

氷が砕け散る。
そして支えを失ったリナの身体が、そのまま下へ落ちて行った。


「リナ……っ!!!」
ガウリイが光速の勢いで駆けつけ、彼女の身体をその腕に収める。
「母さん!!」
リンも慌てて父親の元へ行く。
ガウリイの腕の中で眠るリナの頬へ手を伸ばすとひやりと冷たく、リンは一瞬心が闇に包まれたような気がした。
しかしその直後に彼女の胸が微かに上下していることに気付き、半泣きながらも笑みを浮かべる。
「母さん……母さんっ!!!」
「リナさんっ!」
「大丈夫か!?」
アメリアとゼルガディスからも声がかけられる。そして、
「リナ!!!」
ガウリイが叫び、その腕に込めた力を強めた時…………奇蹟は起こった。

「…………ガウ、リイ……?」

微かに開かれる眼差し。
そして、小さな、掠れた声。
しかしその呟きは、確かに声をかけられた主の耳に届いていた。
「リナ!!良かった……!!!」
「母さん!」
父娘が喜び、それを見ていたアメリア達も顔を見合わせ頷いた。


「何……で……?」
そして、彼らの背後では、ゼーレが力なく呟いていた。
「僕は……壊したかったのに……何で……いったい……」
その手には、もはや闇の剣は無い。
代わりに己の頭を抱え、苦悩の表情を浮かべているゼーレ。
「……僕、は…………?」
闇のような紫色の目には、透明な何かが漂っていた。
「……何というか……最悪な事をしてくれましたね、ゼーレさん」
その背後では、ゼロスが珍しく笑みを消した表情で佇んでいた。
そして、冷たい眼差しで命令を下す。
「ゼーレさん……今すぐ、彼らを殺しなさい」
「……!?」
「手遅れにならないうちに、殺してしまいなさい。でないと、あなたは……壊れて、しまいますよ」
「壊れ、る……?」
「今なら、まだ間に合います。ゼーレさん……『自分』を失いたくないのなら、今すぐ彼らを、あなたの手で殺しなさい!」
「……僕、は……」
ゼロスに強く言われ、混乱したままゼーレは彼らの元へと近付く。

「……後ろ!」
リナが生きていた事に喜色満面となっていた一同は、それ故に気付くのが遅れた。
振りかえった時には、ゼーレは手に光を湛え、すぐ傍まで迫っていたのである。
「……させないっ!」
リナをその腕に抱えたままのガウリイを残し、リンが剣を抜き素早く身構えた。
このタイミングでは、ゼーレを止める事はできないかもしれない。
だが、最悪刺し違えてでも……
そんな思いで、リンはゼーレと対峙した。
しかし。
「駄目ぇぇぇ…………っ!!!」
リナが叫び。
己を抱くガウリイの胸を突き飛ばすようにして立ち上がり。
驚いた目で見やるリンの横を翔け抜け。
ゼーレが、その手の光を解放すると同時に…………ゼーレの身体を、強く抱きしめ、叫んだ。


「これ以上は、駄目よっ…………レン!!!」


どすっ。
鈍い音を立て、リナの脇腹に深い傷が走る。
衣服が裂け、みるみる間に紅の色へと染まっていく。
しかし、リナはその痛みをこらえ、必死に腕の中の存在へと話しかけていた。
「レン…………これ以上、自分を傷つける事をしないで……」
「お前……いった、い……」
ゼーレが何か言葉を紡ごうとするが、うまく口に出てこない。
「お願い……もう、やめて……」
痛みのせいだけではないだろう、目に涙を浮かべながらリナが呟く。
そこへリンが駆け寄り、傷口に手を添えた。
混沌の言葉を唱えると、光が彼女の傷を癒していく。
ガウリイも傍にやってきて、今にも崩れ落ちそうなリナの肩を支えた。
「リナ、どういうことなんだ……!?」
「この子は……レンは……あたしの……」
耳元で囁くと、リナは一瞬押し黙り…………そして、意を決した表情で呟いた。
「…………息子、……よ……」
「息……子、だって……!?」
ガウリイが驚愕の表情を浮かべる。
「そう……あんたと、あたしの、2人目の子供……」
弱々しい笑みを浮かべるリナは、しかしゼーレの身体に回した腕を放そうとはしなかった。
「だって、お前、そんな事……」
「……本当はね、あの日に……言う、つもりだったの。赤ちゃんが、できたって……」


◇◇◇


ススキが広がる、丘の上の一軒家で。
天気のいい日に、お茶をして。
山のようなご馳走を作って。
皆で楽しく食事をして。
お腹一杯で、幸せ気分になったところで……告げようと思っていた、真実。
『よくやったぞ、リナ!』
そう言って、ガウリイは手放しに喜んでくれるだろうか?
『リン、ね〜ちゃなる?』
3つになったばかりの娘は、完全には理解できずとも、周りの笑顔につられて微笑むだろうか?
そんな事を想像するだけで、自然と笑みがこぼれることを止める事はできなかった。
いつまでも続くと信じていた、平凡でささやかな、幸せ。

しかし、買い物に出かけたガウリイ達が戻る前にやってきた獣神官の存在によって……運命の歯車は狂ってしまったのだ。


「確かに、油断、してた……のよね、あたしも。まさか、あのタイミングで魔族が襲ってくるなんて、思いもしなかった……」


妊娠していたが故に魔法は使えず、なす術の無いままに群狼の島へと連れて行かれてしまった。
そこであてがわれたのは、無意味に広いだけの無機質な白い部屋と、日に3度の食事。
扉らしきものはどこにもなく、いたずらに壁を叩いても己の身体が傷つくばかり。
『あたしをここから出して!ガウリイのところに、帰してよ!!!』
『それはできませんよ、リナさん』
必死の嘆願を、獣神官は表情を変えずに一蹴する。
『その代わり、貴女の事は大事に扱わせていただきますから……』
美味しそうな、湯気のたった食事の乗った盆をテーブルの上に置く。
そして、振りかえると、
『どうか、元気なお子さんを産んでくださいね?』
にっこり笑って、その身体を宙に溶かして消えていった。


「ゼロスの……魔族の、狙いは分かってた。あたし並みの魔法容量(キャパシティ)を持つ子供に、あの呪文を教え、暴走させて、この世界を無に帰すこと……」


だから、分かっていた。
子供が生まれると、自分は用済みとなり……きっと、殺されるであろうことが。
そして、あの呪文を唱えさせるために、一応は人間のまま育てられるであろう子供は……きっと、魔族の価値観を植え付けられるだろうことが。
そして、成長した子供は……何の良心の呵責もなくあの呪文を唱え……そして、この世界を滅ぼすであろうことが。


「本当は……この子を、堕ろして、殺してしまおうかとも思ったの……。そうすれば、魔族の狙いは外れる……あたしも、魔力が復活して、あそこから脱出できる、って……」


でも、できなかった。
ガウリイとの間に育まれた子供の命と、そしてこの世界。
『どちらか』を選ぶ事ができなかった。
自分の命を捨てるなど、絶対に嫌だった。
だが、他のものも切り捨てる事はできなかった……。

そして、時は無常にも流れていく。


「そして……あたしは、この子を産んだわ……あの、魔の島で……」


魔族が妊娠中のリナを攫ったのは。
きっと、生まれる前から瘴気にさらされた子供なら、魔族に与しやすく、また魔の力を受けやすいと思ったからだのだろう。
そして彼らの望み通り。
生まれ出でた子供は、リナ並みの……いや、リナを超えるほどの魔法容量(キャパシティ)を持っていた。
ただ、魔族にもいくつかの誤算があった。
生まれた子供の泣き声――すなわち、生の賛歌――の影響が、想像以上に大きかったこと。
まさか、群狼の島の下級魔族が半滅し、ゼロスですら一時的にとはいえ力の大半を奪われるとは思っていなかったらしい。それ故、計画が大幅に遅れてしまったこと。
そして、リナの子供が、彼らが予想した程には魔に染まらなかったこと……これは、彼らにとって最大の誤算だったに違いない。


「あたしは……この子を産んですぐに、ここに連れてこられて……氷の中に、封じられた。だけど……精神(こころ)の一部だけは、ずっと、あの子の傍にいた……」


だから、全て視ていた。
どんなに胸が苦しくても、目を離すことはできなかった。
ゼラスが子供に『ゼーレ』という名を付けたこと。
ゼロスが魔血石を子供に渡し、超高速呪文と、混沌の呪文――神滅斬(ラグナ・ブレード)、そして重破斬(ギガ・スレイブ)を伝授したこと。
しかし子供が成長し、呪文を唱えられるようになっても、
『もっと遊びたい!』
の一言で、重破斬(ギガ・スレイブ)を唱える事を嫌がったこと。
そこで、滅びの呪文を唱えさせるために、何も知らせず母の目の前で実の父や姉を殺させ、その後で真実を伝え絶望の淵に落とそうとしたことも。
そして……魔族の望み通り、ガウリイ達に出会い。
お互いの素性を知らぬままに、戦いを繰り広げていたことも…………。


◇◇◇


「そんな……」
リナの語る真実に、愕然とする一同。
「ごめんね、レン…………お母さん、あんたを守ってやれなかった……」
抱きしめて囁くリナの言葉に、少年が混乱したように呟く。
「僕は…………違う。僕は、魔族だ……獣将軍、ゼーレ……」
「それは違うわ、レン!」
リナがかぶりを振る。
「あんたは、れっきとした、人間よ。……名前だって、そう。あんたの名前は、レン……あんたがお腹にいるときに、名前を付けたのよ?」
強く、お腹を蹴られた時に。
何の根拠も無かったが……男の子だと、確信して付けた名前。
何度も、何度も、お腹をさすりながら呼びつづけた名前。
「……ちが……僕は……」
リナの腕から逃れようと暴れる少年。
しかし、何故かその声に懐かしさを覚えずにはいられず、困惑の表情で視線を宙に泳がせていた。
「ねぇ……レン、覚えてる……?」
リナが、強く、強く抱きしめる。
失われた今までの刻(とき)を取り戻そうとせんばかりに。
「あんたがお腹の中にいたとき。いつも、歌ってあげてたよね?」
「…………」
「思い出して……レン……」
そしてリナは瞳を閉じ、静かに歌い始めた。


――花の咲く 野の小道

「や……めろ……!!」
少年が苦しそうに顔を歪める。

――小鳥達が囀りて

「させませんっ!」
少年の変化を読みとってか、ゼロスがリナに錫杖を向ける。
「させるかあぁっ!!!」
それに気付いたガウリイが剣を抜き、ゼロスに切りかかった。

――朝の陽光(ひかり)輝けば

ギンっ!
ゼロスの錫杖とガウリイの剣が、鈍い音を立てて交差する。
「いけない、このままでは……どいてください!」
「お前達が何を考えてるかは分からんが……あいつが、オレの息子だというのなら……守ってみせる、今度こそ!!!」

――目覚めの刻 来たれり……


「僕は……僕は……ボク、は…………」
もはや、自分でも何を言っているのか分かっていないのだろう。
少年は自分の頭を掻き毟る。
虚ろな眼差し。
震える身体。
そして。


「うわあああぁぁぁぁぁっ!!!!」


パシッ……
少年の叫びと共に、何かがはじける音がする。
「しまった!」
ゼロスが悔しそうに呟く。
そして、彼らは見た。
叫んだ少年の髪が……闇のように黒く輝いていたその髪が、まるでそこだけ光を浴びたかのように黄金色へと変化したのを。
暗い影を抱えていたような闇紫色の瞳が、夜明け前の空を思わせる、明るい紫色に輝いたのを。
「レン!!!」
リナの腕の中に力無く崩れ落ちる少年に、リナが強く呼びかける。
しかし、
「…………か……さ……ま……」
掠れた声で呟き……少年、レンはそのまま気を失ってしまった。


急に、強い風が辺りを襲った。
『……ゼロス……』
「獣王様!?」
風に乗って聞こえてきた声に、ゼロスが叫び返す。
『計画は、失敗だわ……帰っていらっしゃい、ゼロス……』
「そんな、ゼラス様!」
『……せっかく、人間の家族ごっこまでしたのに、残念だけど…………もう、あの子供は使えない』
「!」
『【ゼーレ】は、壊れてしまった……所詮、人間だったってことよね』
「でも!」
『我らの役に立たない存在(もの)は、不要だわ……。いいわね、戻っていらっしゃい……』
そう言い残し……風はいつのまにか消えていた。
「……残念ですが、これまでのようですね……」
「あぁ、さっさとどっかに行ってしまえ……お前達など」
ガウリイが睨み付けると、ゼルガディスも小さく頷く。
「リナさん、またいつか、お会いしましょう」
彼の言葉に反応の無い彼女に一瞬だけ悔しそうに顔を歪めると、ゼロスは音も無く消えて行った。


紫の闇が消えた後。
「レン……」
息子に優しく語り掛けるリナを、ガウリイが後ろからそっと抱きしめる。
「お帰り、リナ…………」
「ガウリイ……」
そっと振りかえると、十年前から変わらない笑顔がそこにあった。
ごめんね、何も言わなくて。
ごめんね、黙っていなくなってしまって。
ごめんね、心配かけて。
……謝りたい事はたくさんあったのだけど。
今、言うべき言葉は、一つしかない。
「……ただいま」
そして、リナはガウリイのすぐ横に立つ、瞳の色以外は自分にそっくりな少女に向かって手を伸ばした。
伸ばされた手に、おずおずとリンは己の手を重ねる。
先程の冷たい感触が嘘のようなぬくもりが、そこにあった。
「リン、でしょ……?」
静かに微笑むリナ。
その笑顔に、リンの心に塞き止められていたものが、溢れ出す。
「……母さん!!」
リナの胸にすがり付き、何度も叫ぶ。
「母さん……母さんっ!!!」
瞳から零れる涙を拭おうともせず、リンはただ母親の胸で泣き続けた。
そんなリンを、リナは優しく抱きしめる。
ガウリイは、リンの頭をゆっくりと撫で続けた。
そしてそんな親子の様子を、少し離れたところで見守る影が2つ。
「……初めて見たぞ……あの娘が泣いたところは……」
驚いた表情で呟くゼルガディスに、アメリアはウインクをひとつ返し、答える。
「でも、当たり前のことでしょう?リンさんだって、女の子なんですから……リナさんと同じく」
「リナが……?まぁ、そうかもしれんが……いやしかし…………痛てっ!」
アメリアの言葉にゼルガディスは何とも言われぬ複雑な表情を取り、そして腕を思いきりつねられる。
だが、2人の心は同じであった。
リナが、戻ってきて良かった、と。
引き裂かれしあの家族が幸せを取り戻せて良かった、と。


◇◇◇


ある日の昼下がり。
太陽は眩しく輝き、心地よい風がさわやかに吹いている。
さわさわさわ……と軽い音をたてるススキが広がる、丘の上の一軒家。
家の側には花壇があり、小さな花が静かに咲いていた。
庭には手作りのテーブルと椅子。先程までお茶の時間だったのか、カップが残っている。
朝に干した洗濯物はほとんど乾き、そよ風に揺られていた。
そして、家の中では……楽しげな声が響き渡っていた。


「ねーちゃ、ねーちゃ」
金髪の少年が、傍らにいる栗色の髪の少女に声をかける。……すると。
ごいんっ!
容赦無い一撃が、少年の頭に与えられた。
「……う゛〜…………」
頭を抱え、紫の瞳に涙を浮かべる少年。
「違うでしょう?『お・ね・え・さ・ま』」
に〜っこりと笑う少女の顔に、少年の顔が一瞬引きつる。
「ね……ちゃ」
「駄目駄目っ!」
げしっ!
回し蹴りが、見事に少年の後頭部を直撃する。
「あ゛う゛〜……」
しかし少年は、脅威の回復力を見せ、一瞬の後に再び起き上がった。
懲りずに、少女に話し掛ける。
「……ねちゃま……」
「違うでしょっ!」
びよ〜ん。
「あぅあぅあぅ」
頬をつまんで思いきり伸ばすと、少年は情けない声を上げる。
「さ、もう一度言ってごらんなさい」
にこにこにこ。
可愛らしい笑顔を向ける少女。
だが、少年の目には悪魔の笑みとしか映っていなかったであろう。
何しろ彼女の手には魔をも切り裂くと言われる剣が、抜き身のまま彼を狙っているのである。
「…………おね、ちゃま」
「よろしい」
そして、ようやく少年が小さく呟く。
その答に満足したか、少女が少年の頭を、くしゃくしゃ…………と掻きまわした。
すると、少年は猫のように目を細めて擦り寄る。


「リ〜ン……」
ふと横合いからかけられた声に、少女は顔だけを向ける。
「何?母さん」
「……お母さんにも、相手させて?」
「ヤ。」
母親の懇願をただの一言で一蹴した少女の言葉に、深い深い溜息が部屋に満ちる。
「どうした、リナ」
見上げると、すぐ側に彼女の夫が佇んでいた。
「どうしたも、こうしたも…………リンがまた、レンの相手をさせてくれないのよ」
「お゛〜い……」
呆れた眼差しを返すガウリイ。
「リン……たまには、オレ達にも相手させてくれよ……」
しかし、父親の言葉にも、少女は心動かされなかったようである。
「いいじゃない、別に。そんなに構いたかったら、新しいの作ればぁ?ラブラブ夫婦さん」
その言葉に、リナの顔が途端に赤く染まる。
「な゛、ちょ、その……あたし達は、ラブラブなんかじゃ……」
「そーいうとこがラブラブっていうのよ。父さんも母さんも、当てられる子供の事もちょっとは考えてよね?」
絶句した両親を尻目に、少女は少年の手を引き、部屋を出ようとする。
「さ、レン。こんな万年新婚夫婦放っといて、行こ?」
「あぅ!」
少年は姉に手を引かれ、ぽてぽてぽて……とその後を付いていった。


子供達の姿が消えた後、部屋に溜息が二つ、零れ落ちる。
「なぁ…………何か教育、間違えたかなぁ……オレ達」
「間違えたとしたら、少なくともリンに関してはあんたの責任でしょ。あたしを巻き込まないで」
「元々生まれ持った性格という話もあるかもしれないだろ?……何てったってリナの子だし」
「……何か言った?」
「んんん、何でもない」
慌てて首を振るガウリイに、リナは頭を抱えた。
「でも何で、あぁなっちゃったんだろうね……?」


そう。
あの戦いの後。
レンは、長い間、目を覚ますことはなかった。
精神的ダメージが大きすぎたのが原因なのか、今となっては知る由はなかったけれども。
リナ達の必死の看病が続き、ようやく目を開いた時には。
……全ての記憶を、失っていた。
自分の名を忘れ、過去を忘れ。
そしてその精神(こころ)は、まるで生まれたばかりの赤子のようにまっさらであった。


「まぁ、あの子の記憶が無くなったことは、これで良かったとも思えたから、いいのだけど……」
リナが再び溜息を吐く。
そう、問題は……リンが彼を構いすぎる、ということなのである。
突然現れた、彼女の弟。
そうとは知らず敵として戦ったことがあるとはいえ、彼は今や全てを忘れ、彼女に懐いている。
まぁ、心は赤子同様とはいえ生まれて既に9年経っている彼は、体格だけでいうとリン並みには成長していたのだが。
麗しい金髪と、そして神秘的な紫の眼差し。
父親に似て造形の整った顔立ち。
ご近所さんが思わず奇声を上げてしまう程の愛らしさ。
と、なると。
『こ〜んなにかわいい弟なんだもん、可愛がってあげるのが姉の義務ってもんよね♪』
そう言って、ひたすらに世話を焼くようになったのだ。
食事、お散歩、お昼寝、エトセトラ。
何から何までを自分の手で行い、なかなか手放そうとはしないのである。
今回のように、リナやガウリイがお願いしても無視されることはしばしばであった。
(ひょっとして、リンって、面食い!?)
ちょっと思考がずれているかもしれないが、リナが頭を抱えたのも無理はないかもしれない。


「あたし……ほとんど、子育てできなかったのに……寂しいよぉ」
リナがぼやくと、ガウリイは一生懸命妻を慰める。
「まぁ、リンもお前さんに構ってもらいたいのだとは思うけど。きっと、もう子供じゃないって思いが、素直にそう言えなくさせてるんじゃないかな」
「……で?代わりに、弟を死ぬほど構うって?」
「そんなとこじゃないかな。まぁ、でもいいじゃないか」
「ガウリイ!」
「リナにはオレがいるだろ?」
そう言いながらガウリイは、リナの髪を一房手に取り、顔を近づけて口付けようとし…………
「やっぱりダメよ!」
がつんっ!
「ここは親として、ちゃんと息子を可愛がる必要があるわ!!!」
「…………」
「あれ、どうしたのガウリイ?」
急に顔を上げたリナに直撃され、彼は俯き無言で己の顎を抑えている。
「変なガウリイ。……ちょっと、リ〜ン、レ〜ン!!!」
子供達の後を追って部屋を出て行くリナの姿に、ガウリイは深く溜息を吐く。
「……ようやくお前が帰ってきたのに……せっかくお邪魔虫達がいなくなったのに………………オレはいちゃいちゃしたいよぉ、リナぁぁぁぁ……」
懐かしき良き日々を思い出ながら涙するガウリイの哀れな声が、部屋を満たしていく。
そして隣の部屋からは、何やら楽しげに言い争う声が聞こえていた。
「レ〜ン、ちょっといらっしゃぁい!」
「ダメよ母さん、レンは今あたしと遊んでるとこなんだから」
「遊んでいると言うよりは、リンに玩具にされてるだけに見えるけどね。……で、レン、いいからおいで♪」
「う〜?」
「すっごい魔法を見せたげるから、母さんとこいらっしゃい♪」
「まほ〜?」
「そうよ、魔法。レン、魔法見るの好きでしょう?」
「あぅあぅ!」
「レン、魔法ならお姉様が見せたげるわよ」
「う?」
「レ〜ン。リンだったら、火炎球(ファイアー・ボール)くらいしか使えないわ。その点、お母さんだったらも〜っと凄い魔法見せてあげられるわよ?」
「まほ〜、みあい!」
「はいは〜い、レン、おいで〜♪」
「母さんずるい!」
「悔しかったら、竜破斬(ドラグ・スレイブ)使えるようになりなさいよね」
「だったら、ちゃんとあたしにも教えてよ〜!」
「どらぁ〜、すれぇ?…………たしょがれよりもくりゃきもの……」
「げっ、その呪文は!」
「わああぁっ、レン、家の中でそれ唱えちゃダメえぇぇぇぇっ!!!!」
どたどたどた。
「間に合わない!」
「リン、窓開けて!!!」
「分かった!」
バタンっ!
「どりゃぐ、すえいぶ〜〜〜〜!!!」

どかああぁぁぁぁぁぁぁんんっ!!!!!!

辺りを揺るがす大音響が、辺りの山々にこだまする。
世界は概ね、平和であった。


◇◇◇


離れ離れになった家族は再会の時を迎え、
新たなる家族を加え、そしてまたひとつになった。

たくさんの笑顔と、ほんのちょっぴりの涙。
くるくる回るたくさんの表情。

そして彼らは紡いでいく。
『今』という名の、細く微かな詩(うた)を。
少しずつ、しかし力強く。

そして彼らは紡いでいく。
『未来』という名の、明るく輝く路(みち)へと――――。



〜End〜





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