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ぱたぱたぱた…… セイルーンの王宮の一角にある部屋へと、軽快な足音が走り抜ける。 「先生!シモン先生っ!」 明るい声を上げるのは、まだ幼さが残る少年。手には古い手紙みたいな物を持っている。 「どうされました?ジャン殿下」 シモンと呼ばれた老人は、少年の方を向いた。 「お客様です!何でも、我がセイルーンの英雄王のことについてお聞きしたいとか……」 「ほほう。そうかね。……では、ここへお通ししていただけませんかの?私はあまり動けませんので」 「はいっ!!」 先程と同じように元気な声で返事すると、少年は部屋の外へ出る。 「どうぞっ!」 彼の後ろに付いてきたのは、まだ若い女性と、同じく若い男性だった。 「初めまして、シモン老師。あたしはミナという者です。こちらはガウル」 女性が挨拶すると、それにあわせて男性も軽く会釈した。 「あたし達、各地の伝承等について調べているんです。で、ここセイルーンで素晴らしい業績を残した英雄王について、是非とも詳しい話を教えていただけたらと思いまして……」 「そうかそうか」 優しい笑顔で答える老人。ここセイルーンでは英雄王は何よりの誇りであった。 「では、こちらへ。……さて、何をお聞きしたいのでしょう?」 「彼らにまつわる事を、全て……あたし達は、詳しい話をよく知らないので」 「英雄王が、この世界を守るために魔族と戦い続け、そのおかげで今のような平和が訪れた、という事は御存知ですな?」 女が頷く。 そう。今は、かつての降魔戦争から千数百年の間のように、魔物があちこち徘徊し人々を襲う、といった事は遙かに少なくなっていた。 それがこのセイルーンの王の業績である事は、この世界のほとんどの者が知っている事だった。 「ふむふむ。では、お話しましょう。我がセイルーンの英雄王、アストール様の詳しい伝承を」 老人は語り始めた。 「アストール=ウル=ディ=セイルーン。 彼は、先代の王、フィリオネルの2番目の娘、アメリアと、その夫ゼルガディス=グレイワーズの息子としてこの世に生を受けた。 彼は思慮深い性格で、何よりも周りの者の気持ちを考えることに長けていた」 本来ならば、彼の王位継承権は第三位。低いとは言えないが、決して高くはない。 そんな彼がフィリオネル王の跡を継いだのは、第一王位継承者であったグレイシア王女に放浪癖があり、滅多に王宮に戻ってこなかったという事、 そして第二王位継承者であった彼の母アメリア王女が、王位を継ぐことを頑固に拒んだためであったという。 「彼は魔族達と戦い、多くの勝利を収めた。むろん、彼自身の力も素晴らしかったのだが、仲間達の協力が無ければ成し得なかったことであろう。 彼の翼となって彼を支えたその仲間達は、英雄王の翼将と呼ばれた。 第1の翼将、レイティア=アル=テスラ=セイルーン。彼女は英雄王の妻でもあり、稀代の大魔術師でもあった。 その力は天を裂き地を割る程で、並みの魔術師が束になっても敵わなかったという。 第2の翼将、ジュリア=ディル=テスラ=セイルーン。彼女は英雄王アストールの実妹であった。 彼女は、誰よりも強い正義感を持ち、誰よりも勇敢に敵と戦ったという。 第3の翼将、ガルフ=バル=ディ=セイルーン。彼はジュリアの夫でもあり、また王妃レイティアの実兄でもあった。 彼は世界でも類を見ないほどの剣の腕を持ち、率先して人々を守ったという。 第4の翼将、セラ=ネルス=ラーダ。その一生を神に捧げ巫女として過ごした彼女は、誰よりも白魔法に長けていた。 そして、人々や仲間達を助け、癒し続けたという。 彼らは、どこかで魔族が出たとの話を聞けば、すぐにそこに向かって魔族と戦った。人々を守るために。何の見返りも求める事もなく」 女性も男性も、黙って老人の話を聞き続けている。 「また彼らは、家族をとても大切にしていた。 そのことがよく分かる、王妃レイティアが残したという有名な言葉がある。 『人は皆、幸せになるために生まれてくる。だから、私は皆に幸せになってほしい。この私が幸せであるように』と」 女性が下を向き、俯いた。 「そうそう、この王妃レイティア及び彼女の実兄ガルフの両親が何者だったのか、公的には記録されていない。 だが、私は、あの伝説の大魔道士、リナ=インバースではないかと思っておる」 びくっ。 女性の肩が大きく震える。 だが、老人はそれに気付かなかった。 「何も証拠などありはしない。彼の者に残されている伝承は数少ないからな。だが、この2人には共通点が多いと思ってな。 まず、彼らが活躍した時代がちょうど20年ほど違う。母娘だとすれば、ちょうど年代が合うのだ。 それに、2人とも、人とは思えないほどの強大な力を有していたという。レイティア王妃以降のセイルーン王家の者に強大な魔力を有する 者が多くなったのは、おそらく遺伝であろう。これまた、2人が母娘だとすると納得がいく」 老人の話に対し、2人が反論しないことに彼は満足した。 この話をすると、たいていの者が『そんな筈はない、ありえない』と一言に否定してくれたからだ。 「また、2人とも、魔族を数多く滅ぼしている。記録にこそ無いが、リナ=インバースは『魔を滅するもの』と言われるほどだ。相当の魔族を滅ぼしているはず。 一方、レイティア王妃も、仲間達と数多くの魔族を滅ぼしている。……仲間達と、と言っても、 高位の魔族と戦うときとどめを刺すのはいつも彼女であったとも伝えられているからな。よく似ていると思いませんかの?」 「……それに、これを見ていただきたい」 そう言うと、老人は2人に飾り気のない箱を差し出した。 その中には、古びた剣の柄と、やはり古びた紅い石のペンダントがあった。 「これは、レイティア王妃と、その兄ガルフが使用していたと言われるものだ。 伝承によると、この剣の柄からは光が刃となって現れたとか、紅い石が使用者の魔力を増幅したとか言われておる。 ……もっとも、彼らの代以降、これらを使う者が出来たという話は無い。だからそれは単なるでまかせだという説もあるが、これらには確かに強大な魔力が宿っておる」 箱の中の品をじっと見つめる男女2人。 「言い伝え通りならば、この剣はかつて魔獣ザナッファーをも倒した『光の剣』ではないかとも思われるが、いかんせん、誰も光を出すことができないのでな。 誰もそうだと言い切ることができない」 老人は一息ついた。 「しかし……これはまたあやふやな伝承ではあるのだが、リナ=インバースが旅したとき、その連れが光の剣の継承者であったとの説もある」 その言葉に男性が反応した。 だが、やはり老人は気付かなかった。 「だから、私は、レイティア王妃達の両親が彼らではないかと思っておる。殿下以外誰も賛同はしてくれんから、勝手な妄想かもしれないがの……」 老人は静かに微笑んで言った。 ……老人に、話を聞かせてくれたお礼を述べ、2人は再び少年の案内で王宮の外へと出ようとしていた。 「ねぇねぇ、先生の話聞いて、どう思った?」 屈託のない笑顔で尋ねる少年。 「そう、ね……なかなか面白かったと思うわ」 「先生の説ね、誰も信じてくれないんだ。そりゃ、確かに突拍子もない話だよね、あの悪名高いリナ=インバースとレイティア王妃が母娘だなんて」 女の顔がちょっと険しいものになったが、少年は気付かなかった。 「でも、僕は本当だと思うんだ。何で、って聞かれると困るけど、その話を聞いたとき、そう感じたんだ」 初めてその話を聞いたときの事を思い出し、少年は遠い目をする。 「本当に、理由なんてないなぁ。先生の説明は、一応筋は通っているように思えるけど、こじつけと言われたらそれまでだから。 だけど……僕は、自分の直感を信じるよ。何てったって、一応僕だってセイルーンの王子。あのレイティア王妃の血を引いているんだから」 その言葉に、男性も女性も驚いたようだ。 「あなたが殿下だったとは……これは失礼いたしました」 「いいよ、気にしなくて。僕、そういうの苦手だし。」 そう言いつつ、両手を頭の後ろで組む。 「それに、お姉さん達、なんだか妙に懐かしい感じがするし。……ひょっとして、どこかで会ったことある?」 「いいえ、初めてお会いしましたが?」 「おっかしいなぁ、僕のそういうカンって、結構当たるのに。まぁいいや、それよりこれを見せてあげる」 彼は、手にしていた古い手紙を2人に差し出した。 「これ、僕の宝物なんだ。これを見つけたとき、すっごく心が温かくなっちゃって、それ以来、ずっと手放せないんだ。あ、シモン先生には内緒だよ?」 宛名の無い手紙には、短い文章と、「レイティア」「ガルフ」との署名が入っていた。 父さん、母さん。 あなた方が私達にくれた幸せを、私達は決して忘れません。 私達はあなた方に何も返すことはできないけれど、 愛するあなた方が幸せであることを、永遠に願っています…… 「ね?すごく短いけど、すてきな手紙だと思わない?」 にっこりと笑顔で問いかける少年は、女性が泣いているのに気付いた。 「あ、あれ……どうしたの……?」 「いえ、何でもないわ……。……本当に、すてきな手紙だと、思って……」 不思議そうな顔をする少年と別れ、2人の男女はセイルーン王宮を後にした。 ──愛しています。どうか、幸せでいて──。 それは、両親から子供達へと送る、そして子供達から両親へと送る、 ……永遠の、祈り。 |