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祈り

第10章 時の流れに埋もれし存在



「そん……な……」
セラには信じられなかった。
自分を庇い、代わりに光に貫かれてしまった彼女。
真っ赤な血に全身を染め、もはや動く事はない彼女。
生気のない、くすんだ顔色。
リナの死体を前に、セラは動くことはおろか、声を出すことも出来なかった。

「リナさん!!」
シルフィールが泣き叫ぶ。
だが、彼女にも、もはやどうしようもないことは分かっていた。
死んだ人を生き返らせることのできる魔法など、この世には存在しないのだから。
それでも、呼ばずにはいられなかった。
かつての恋のライバルでもあった彼女の名を。

「母……さん……」
ガルフとレイティアも動けずにいた。
やっと記憶を取り戻せたのに、彼らの母は目の前で死んでしまった。
……いや、致命的なダメージを受けた故に、記憶の封印が解けたのかもしれないが。
「……母さん……」
だがその呼びかけに彼女は答えてくれなかった。

『くくく……これが、リナ=インバースだと?大した事ないじゃないの』
オスロが楽しそうに笑う。
『魔を滅する者……ずいぶんとご大層な二つ名を持っているから、どんな奴かと思ってたら……他人を庇って死ぬとはね。甘い奴で助かったわ』
「黙れ!!!」
ゼルガディスが叫ぶ。
「よくも……よくも、やってくれたな……!!」
「……絶対に、許しません!!!」
アメリアも目に大粒の涙を浮かべながら、オスロを睨み付ける。
ふと、オスロは呆然としているガルフ達に目を向ける。
『だが、我々魔族の多くを滅ぼした者の子供……この2人、放って置くわけにはいかないね……』

その時。
「おや、おや……やられてしまいましたか」
不意に虚空から姿を表すゼロス。
『あら、ゼロス。とうとう観念して出てきたの?』
「そんなつもりは毛頭ありませんよ。ただ、こうなった以上、あなたは確実に滅びるでしょうからね」
にこにこ笑顔で答えるゼロス。
『私が滅びる……貴様達が滅びる、の間違いでしょう?』
「いいえ。滅びるのはあなたです。リナさんが死んだ以上……力をセーブする事など出来ないでしょうからね、彼らは」
『彼ら?……何の事を言っている?』
「それは秘密です。それでは、僕はもう少し傍観者でいさせてもらいますね」
ゼロスは再び姿を消した。

『何なのかしら。……まあいいわ』
オスロの手に再び光が集まり始める。
『取り合えず、貴様達を殺してやるわ!』
その様子を見たアメリア達は、慌てて呪文を唱え始める。
「封気結界呪(ウインディ・シールド)!」
アメリア、アストール、ジュリアの3人の声が唱和し、一同の周りに風の結界が張られる。
オスロの放った光を、かろうじてはじき飛ばす。
「おい、お前らも手伝え!」
ゼルガディスがレイティア達にむかって叫ぶ。
その声に、彼女達がハッとする。
母親の死を嘆いている暇はないと自分自身に言い聞かせ、オスロに対峙する。

『くくく……お前達の負の感情は素晴らしいねぇ。だが、遊んでいないでとっとと片を付けようか。
セイルーン王家の者、そしてリナ=インバースの子供達よ!』
その言葉と同時に、ブラス・デーモンが召還される。
圧倒的な数。軽く3桁は越えるだろう。
それらが一斉に炎を放つ!
「炎烈壁(バルス・ウォール)!」
慌てて対炎の防御呪文を唱えるアメリア達。
だが5人が張った障壁すら、あまりの炎の数に全てを防ぐことが出来ず、数発食らってしまった。
「次は、もたない……!!」
ジュリアが苦しそうに呟く。
その時、ガウリイが一歩前へ出ながら言った。
「……俺がやる。皆、俺から離れるな」
「何をする気だ?」
「……魔法を、使う」
「魔法?ガウリイさん、そんなもの使えたのですか?」
アメリアが尋ねる。
「昔、リナに叩き込まれた……2つだけだがな」
そして、剣を天に向け、縦に構える。

……赤日よりも朱きもの
  陽光よりも眩きもの……

『何のおまじないのつもり?』
からかうようにオスロが笑う。
そう、ガウリイは魔法の呪文を唱えているわけではなかった。
彼が使っている言葉は「混沌の言葉(カオス・ワーズ)」では無い。
日常使う、普通の言葉だった。

……朱と金を司りし
  時の流れに埋もれし存在(もの)
  我 ここに汝に願う
  我 ここに汝に誓う
  我らが前に立ち塞がりし 全ての愚かなる者に
  我と汝が力もて 等しく滅びを与えん事を!

言い終えるなり、ガウリイは赤い光の剣を真下に突き刺す。
「魔破斬(デモン・スレイブ)!!!」
その様子を小馬鹿にしたように見つめるオスロ。
『それがどうしたの……えっ!?』

ガウリイの言葉に導かれるように、剣の刃が眩しい朱の光と化す。
彼を中心に、半球型の結界がゼルガディス達を包み込む。
そして、その外側全てに、朱の力が襲いかかる!!
『馬鹿なっ……!!』
オスロは慌てて障壁を張る。
その直後、朱の光が襲いかかってきた。

「こん……な……」
「すごい……」
ゼルガディスとアストールが呆然と呟いた。
光と轟音が消え去った後。
一同を取り囲んでいた百匹以上のデーモン達は、残らず姿を消していた。
残っていたのは、ダメージを受けたのか、苦しそうにしているオスロだけ。
そしてガウリイは、力のほとんどを使い果たしたように地に足をつけ、激しく息をついていた。

『貴様……よくも、やってくれたな!』
オスロの声が怒りに震える。
「約束……したからな……、守るって……あいつと」
ゆっくりと立ち上がるガウリイ。
激しい疲労の色は隠せないが、それでも再び剣を構える。
『殺してやる!』
叫び、そしてガウリイに襲いかかる!
普段の彼ならば簡単に避けたのであろうが、今の彼は体力を消耗しすぎていた。
身体の動きが一瞬遅れ。
そして、光の刃を持つ剣は宙へと舞った。
彼の腕と共に。

「ガウリイ!」
「ガウリイ様っ!」
「父さんっ!!!」
あまりと言えばあまりの光景に、皆は悲鳴を上げた。
ガウリイの腕は、肩口からすっぱりと切断されていた。
傷口から溢れ出す血が生々しい。
彼は小さな呻き声をあげ、だが強い眼光で闘志をあらわにした。
「ガウリイ様!」
そんな彼の姿を見たセラが、ほとんど這いつくばるようにしてガウリイの元へと来る。
そして、復活(リザレクション)を唱えようとする。
だが。
「そんなものは、必要ない。……止めるんだ」
他ならぬガウリイ本人が、治療を拒否した。
「何故ですっ!?」
だが彼は答えない。
ひたすらにオスロと、魔族が拾った己の剣を睨み付ける。
『死の覚悟ができたのかい?だったら、お前の剣で殺してやるよ!』
オスロは言うなり、柄の部分しかない剣に己の力を込める。
そして、その剣の先に光の刃が…………出なかった。

『何!?どういうことだ!?なぜこの光の剣は、刃を出さない!?』
オスロは混乱していた。
伝説の「光の剣」の事はオスロも知っていた。
意志の力を刃に変える剣。
元々が異世界の魔王の武器であるらしく、人間よりは魔族であるオスロの方が遙かに使いこなせる筈だったのに。
「……答えは、簡単だ。その剣は烈光の剣(ゴルン・ノヴァ)では無い、それだけだ」
冷ややかな声でガウリイが告げる。
「俺にしか扱えない、俺専用の剣だからな」
その時、オスロはようやく気付いた。
先程ガウリイと戦っていた時にも感じた、尋常の人間ではない彼の『気』の正体に。

「はあぁぁっ!!!」
切られた腕に、気合いを込めるガウリイ。
すると、未だ血を流し続けている傷口が蠢き始める。
血の流れの中に、赤い塊のようなものが現れ、次第に大きくなっていく。
そして、それは長く細く伸びていき、白い皮膚に包まれ、……彼の腕を形作った。
『馬鹿なっ……再生した、だと……!!!』
「……!!!」
その光景にオスロは、そして皆は驚愕した。
復活の呪文なしに腕が再生する……人間には不可能な技である。
「ガウリイ……お前……」
掠れた声で呟くゼルガディス。
と、その時、ようやく皆も気付く。
ガウリイから発せられる……かすかな瘴気に。

「……返して、もらうぞ」
再生した腕を軽く上げると、オスロの手にあった筈の剣が一瞬でガウリイの手の中へと収まり、再び光の刃を出す。
彼のその姿は、いつもののほほんとしたガウリイとは全く異なるものだった。
側にいるだけで暖かい感じを受けていたのが嘘のように、今の彼からは氷のように鋭く、冷たい印象しか受けない。
『貴様……まさか、魔族かっ!!!』
声に僅かな怯えを含め、オスロが叫ぶ。
「人間だよ。……半分はな」
「父……さん……!?」
ガウリイとオスロの会話に、レイティア達が再び凍り付く。
自分の父が魔族、などと言われて平気でいることの出来る人間などいない。
「嘘……だろう……?」
だが彼らの父は何も答えなかった。

「ガウリイさん……まさか、不死の契約をっ!?」
昔リナから聞いたことを思い出し、アメリアが言う。
不死の契約。契約の石を証として魔族と契約し、力を得るもの。
契約の石が壊れる、または契約相手の魔族が倒されるなどの事がない限り、契約した人間は年を取ることもなく、死ぬことも無いという。
「似たようなものかもしれないな」
「何故です、ガウリイ様!何故、そんな事を!」
シルフィールが問いかける。
彼女には、信じられなかったのだ。
「……俺は、彼女を守りたかった。ずっと側にいてやりたかった」
「リナ……か?」
「ああ。……行方不明になっていたリナを見つけたとき、俺は誓ったんだ。例えこの身が地獄に堕ちようとも、彼女を守ると」
言いながら彼は剣を上げ、オスロが放ってきた衝撃波を軽く弾く。
「だからといって、なぜそんな契約などを!他に守る方法など、いくらでもある筈だろうが!!!」
「駄目だ。……他に方法は無かった。永遠の力、命……どうしてもそれらが必要だった」
「なぜそんなものが必要と思ったのか、私には分かりません。でも!リナさんは……リナさんはそんなことを望みはしない筈です!絶対に!」
アメリアは断言した。
かつて彼女がリナから聞いた話では、リナは……何度も魔族から誘われたという。
自分たち魔族と契約し、仲間になれ。そのかわり、永遠の命と力を与えよう、と。
だが、彼女はそんな誘いには乗らなかった。
(ゴールのない人生なんて興味がないの!)
明るく輝く瞳で、彼女はそう言っていた。つい昨日の事のようにも思える記憶。
「リナさんは……そんな事、絶対に許すはずが、無いんです……!」
「そうさ……リナは猛烈に反対した。そんな事をするぐらいなら、側にいるなと。自分一人で生きて行くから、と」
自虐の笑みを浮かべるガウリイ。
「だから、俺は無理矢理説得したのさ……ほとんど脅しだったがな」
再び彼に向かって飛んでくる光の矢。ガウリイは、剣で軽く切り刻む。
「世界中の全てを敵にしたとしても、絶対に後悔しない。それが俺の選んだ……望んだ道だから」
『き……貴様……』
今のガウリイは鬼神のような強さだった。
全ての攻撃を阻まれ、オスロは動揺を隠せない。
『ならば……この珠の力で……滅ぼしてやる!』
言うなり、その手に鈍く輝く紫色の珠が現れた。
『獣王様の純粋な力なら、簡単に滅ぼせる筈だからね!』
不死の契約を交わした者を倒す3つ目の方法。契約を交わした魔族よりも高位の魔族の力を用いること。
赤眼の魔王の5人の腹心の1人獣王ゼラス=メタリオム、その力を防ぐことの出来る者など、まずいない。オスロはそう考えた。
『死ねぇっ!!!』
強烈な光がガウリイに向かって来る!

……彼は、避けようともしなかった。
紫の光は直撃し、轟音と共に閃光が迸る。
そして……光の消えた跡には……ガウリイが佇んでいた。
まるで何事も無かったかのように。

『何故……何故貴様は死なない!?』
オスロは完全に動揺していた。
1歩、また1歩、後ずさる。
「お前ごときの力で倒せはしない……俺の契約の相手はな……」
冷たい眼光でオスロを睨むガウリイ。
「さて……」
彼はオスロの方を向いたまま1歩下がり、ゼルガディス達の側へと近づく。
「これだけのことをしてくれた……その礼はしないとな」
『ひ、ひぃっ!』
「だが、お前の相手は俺ではない……あいつが、やってくれる!」
その言葉とほぼ同時に、彼の後方が輝いた。

「何……何ですの!?」
あまりの展開について行けず、半ば放心状態にあったシルフィールが、真っ先にその変化に気付いた。
彼女のすぐ側にあったものに変化が起こったのだ。
淡く輝く……リナの死体が。
そして、その身体はゆっくりと、赤い光へと変わっていく。
「リナ……さん!?」
アメリアの目の前で、リナの身体は完全に光へと化した。
光は宙に集まり、1度球の形に縮む。
そして再び広がり始め、人の形をとっていく。
「母……さん……?」
レイティアが呟く。
そう、その言葉通り。
赤い光は、リナ=インバースへと姿を変えていく。
その身体全体が、眩い朱金に輝いている。
閉じられていた瞳が、ゆっくりとその朱い姿を現す!
「何だ……これ……は……」
呆然と呟くゼルガディス。
(だが……どこかで、見たことが……ある……?)
だが、それが何なのか思い出すことは出来なかった。

『再生した……だと……?……お前は…………まさか……』
オスロは呪縛されたかのように、動くことが出来なかった。
リナの放つ圧倒的な『力』に押されているのだ。
(オスロ……)
リナが言葉を紡ぐ。だがその声は、いつものリナの声ではなかった。
冷たく、だが威厳を感じさせる声。
またその姿は、舞踏会で見せた輝くばかりの生気が失われ、代わりに魔性の美しさが彼女を包んでいた。
『お前は……貴方は……まさか……赤眼の……!』
(……そう。わたしは、……リナ=インバース=シャブラニグドゥ。赤眼の魔王の欠片……)
赤眼の魔王(ルビーアイ)・シャブラニグドゥ。赤の竜神スィーフィードの手によって7つに分かたれ、封印された魔王。その魂は人間の中に封じられたという。
だが、伝説の大魔道士レイ=マグナス、赤法師レゾ、そしてルーク……彼らのような強大な力を持つ器を得たとき、魔王は復活してきた。
そしてまた、リナの中に眠る魔の魂が目覚めたのだ。
その言葉に、オスロは跪く。
『赤眼の魔王様……お目覚めになられていたのですね……』
(……)
『そうとは知らず、失礼なことを致しました事、深くお詫び申し上げます……』
リナはただオスロを見つめるのみ。

「リナさん……が……シャブラニグドゥ!?」
「そんな……」
「あの人が……魔王だったなんて……!!」
シルフィールにアメリア、そしてジュリアは崩れ落ちそうになるのを懸命に押さえながら言った。
「世界の……終わりか……!」
悲痛な声で呟くゼルガディス。
かつてリナと共に魔王の復活を目の前で体験した彼は、その恐ろしさを誰よりも良く知っていた。
「母さん……目を覚まして、くれよ……!」
だがガルフの言葉に、リナは反応しようとはしなかった。

『貴方様が復活された、ということは、我々魔族にとって朗報……。つきましては、厚かましい願いとは存じ上げますが、ここの人間どもを手始めに殺していただきとうございます』
その言葉に、リナは頷く。
(よかろう……)
「リナさんっ!!」
アメリアが叫ぶ。
その時、ガウリイが赤い光の剣を掲げ……地面へと突き刺す。
再び彼らを半球状の結界が覆う。
「ガウ……リイ?」
ゼルガディスが何かを言いかけたとき、リナの声が響きわたった。
(滅ぼしてやるわ……オスロ、あなたを)
『!!!』
直後、朱金の光が矢となり、オスロの腕を吹き飛ばした!

『な……何故!ルビーアイ様である貴方が、何故……!!』
(わたしは、魔王であると共に、人間……リナ=インバースでもあるのだ……)
腕を押さえ苦しむオスロに、リナは言い放つ。
(かつて……赤眼の魔王として復活した、ルークと戦ったとき……)
(あたし、リナ=インバースの中の、わたし、シャブラニグドゥが、目覚めた)
冷ややかにオスロを見つめる彼女。
その目に感情はない。
(その時……あたしは、重破斬(ギガ・スレイブ)を使っていた)
再び光の矢が疾り、オスロの脚を貫いた。
(本来なら、魔王としての意識が勝つ筈だった……けれど……)
(金色の魔王様の力によって、わたし達の魂は混じってしまった)
彼女が放つ力はあまりにも強く、オスロ以外にも衝撃を与えていた。
だが、ゼルガディス達にも向かってきたその余波は、ガウリイが張った結界に弾かれていく。
(そして、わたし達は会ったのだ、混沌の中で)
(全てを生み出せし存在……ロード・オブ・ナイトメアに……)
『……!』
(あたし達はこの世界の全てを視た。神と魔の力が危ういバランスを取っている、この世界を)
(あの方は、わたし達におっしゃった。わたし達のような例は、他には無かったから興味を持った、と。そして永遠の刻をさまよい、この世界の行く末を見届けろ、と)
彼女の手に光が集う。
(そしてあの方は、御自分の御力を、わたし達に少しだけ分けて下さった)
(だからあなたは勝てはしない……時の流れに埋もれ、朱と金の力を司るあたし達には)
『馬鹿な……馬鹿なっ!!!』
空間を渡り、逃げだそうとするオスロ。
だがリナの力がそれを許さなかった。
(……余計な真似などしなければ良かったのよ)
(本来なら、わたしも放っておくつもりだったのだが……)
徐々に彼女の目に感情が現れる。それは、大切なものを傷つけられた怒り。
(知らなかった事とはいえ、わたしに刃向かってきたお前を許すつもりなど無い)
(後悔しなさい!あたしの、大切な家族や仲間に手を出した事を!!!)
リナは、その力を解放する!

『ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!』
朱金の光に全身を包まれ。
『……ば……か…………、な……っ……!!』
魔族オスロは、断末魔の声を残し、あっけなく消滅した……。

「……終わりましたね」
何もない空間から、飄々として獣神官が現れた。
(今まで高見の見物なんて……いい度胸ね、ゼロス)
「貴女が死んだ時から、こうなる事は分かっていましたから」
リナの冷たい視線をものともせず、跪きながらゼロスは言った。ふと、周りの闇を見渡す。
「オスロの創ったこの異空間、まだ残しておいたのですね……まだやるべき事がおありですから?」
(……いやな男ね、お前は)
「お褒めのお言葉と受け取っておきます。それより……」
(分かっているわ。これの事でしょう……?)
リナの手のひらの上に、紫色の珠が輝く。
「その通りです。どうか、渡していただけませんか?」
(……いやだと、言ったら?)
「そんな事、貴女は決して言われないでしょう?」
にこやかに言うゼロス。そんな彼に、リナは苦笑した。
(本当に食えない男ね。……まあいいわ、持っていきなさい)
そして珠を彼に渡す。
(だけど、これでまた貸しが増えたわね。これからもせいぜい、利用させてもらうわよ)
「分かっていますよ……どうせ僕は貴女の便利なアイテムなのでしょう?」
これまた苦笑しながら言うゼロス。
「それにもちろん、貴女の事を誰にも言うつもりもありませんよ。……貴女の『呪い』は、絶大ですから……」
そう言い残すと、彼の姿は虚空に消えた。

「……!」
ゼルガディスはようやく気付いた。彼の胸から消えようとしなかった既視感の正体に。
「あれは……あの時の!!!」
かつて、一人で旅をしていた時に彼の目の前に現れたもの。
あの時とは、大きさも、その姿も違っているけれど。
その色彩、感じる力、受ける雰囲気が、全く同じだったのだ。
『元の体に戻りたくはありませんか』
そう彼に問いかけてきたものは、今のリナと同一のものだった……。

彼女を包み込む、朱金の輝きが段々と薄れ、そして消えていった。
そこにいたのは、エネルギッシュな魅力に包まれた、いつもの彼女。
そんな彼女を守るかのようにそっと抱きかかえるガウリイからも、先程の瘴気は微塵も感じられない。
優しい空気を纏った、優しげな、だが寂しげな笑みを浮かべている。

「リナさん……ガウリイさん……」
アメリアが厳しい目を彼らに向ける。
皆も、2人をじっと見つめている。
「あんた達を騙してた事……許してくれ、なんて言わないわ……」
悲しそうな顔をして、リナが言った。
「だから、会いたくなかった。この身が化け物に変じたあたしを、見られたくなかった」
魔王として目覚めて以来、ずっと彼女を襲っていた苦しみ。
だから何も言わず、仲間達の元を去った。
死にたくても、金色の魔王の力がそれを許さなかった。死んでも再生し、滅びることは出来なかった。
ずっと、苦しい旅が続いていたのだ。……彼が彼女を捜し出すまでは。

シルフィールがきつめの表情で1歩前へと出てくる。
「……リナさん。お聞きしたいのですが」
「……何?」
「ガウリイ様を魔族にしたのは、リナさんなのですか?」
「…………そうよ」
「何故!何故そんな酷いことができるんですか!!!」
泣き叫びながらリナに詰め寄るシルフィール。
「あまりにも自分勝手じゃありませんか!自分がそんな風になってしまったのは辛いかもしれません。だからといって、何の関係のないガウリイ様まで巻き込むなんて……許されることではないじゃないですか!!!」
何も言えず、目を伏せるリナ。
「やめろ」
リナを責め続けるシルフィールを止めたのは、ガウリイだった。
「リナを責めるな、お門違いだ。さっきも言った筈だ……これは、俺が望んだことだと」
「……ガウリイ様……?」
「リナが化け物に変わってしまった、って知ったときはそりゃショックだったさ。……けど、その心がリナである限り……リナは、俺のリナだ」
「……ガウリイ……様……」
「絶対に、離したくなかった。俺の前から姿を消したときのような思いをするのは、もうたくさんだった」
「……」
「けれど、リナは永遠の刻を生きるという。このままでは、俺はいつか絶対に、死んでしまう。リナを1人残して」
ガウリイは、リナを強く抱きしめる。
「そんなことは絶対にイヤだった。こいつの心を、すべてを守りたかった。だから、俺はリナに頼んだ。お前の力で、俺をお前と同じ化け物にしてくれ、と。共に永遠の時を生きてくれ、と。……もちろん、そんな事をリナが許すはずはない。何度も逃げられたけれど、その度に俺は見つけだして説得した。時には脅しみたいな事もしたがな。だけど、これだけは絶対に譲れなかった」
「……それで……結局リナさんが、ガウリイさんを……魔族に?」
アメリアが掠れた声で呟く。
「そうだ……もっとも、条件があったがな」
ついに折れたリナが、ガウリイに出した条件。それは……自分たちの存在を、他の者に知られないようにすること。
リナは、あくまで「人間として生きたい」と願っていた。例えその身が化け物であっても。
だが、永遠の時を生きる人間などいない。このことが公になれば……リナ達は、人間達に追われる羽目になるだろう。これは、彼女の望みに反するものだった。
だから2人は、その存在が必要以上に知られることの無いよう、密かに生きてきたのだ。自分たちの名前を、この世の記録に残すことが無いように。
そして、2つ目の条件。それは2つの魔法を覚え、必要なときには絶対にその魔法を使うことだった。
1つ目は、魔破斬(デモン・スレイブ)。リナの力を借りた、竜破斬(ドラグ・スレイブ)よりも強力な魔法。リナが創り彼に与えた光の剣だけでは通用しない時、間違いなく敵を滅ぼすことができるように。
2つ目は、……リナ自身を滅ぼすための呪文。もしその魂が赤眼の魔王に飲み込まれ、この世に滅びをもたらそうとしたとき、ガウリイの手によって、確実にその身を滅ぼしてもらうために。彼女を滅ぼすことのできる者は、他には金色の魔王しかいないのだから。

……沈黙が流れていた。
「リナ、俺からも聞いていいか。昔、俺を元の身体に戻したのは……お前さんか?」
ゼルガディスが尋ねる。
そっと頷くリナ。
「……ゼルの身体は、はっきり言って、治せるものじゃないのよ。それこそ、ロード・オブ・ナイトメアの力でもない限り」
だから、リナは彼の元へ行ったのだ。
自分だとばれないよう、そして彼の警戒心を少しでも軽くするため、彼の愛した少女に近い姿をして。
それは、リナからゼルガディスへ送る、せめてもの餞別であった。

「……母さん」
その言葉に、リナの身体がビクッと震える。
来るべきものが来た、と彼女は思った。
この場から逃げ出したい衝動を必死で押さえながら、リナはそっと言葉の主のほうを見る。
「私達が何を言いたいか、分かる?」
棘のある少女の声。無理もないが。
「……だけど、その前に聞きたいことがある」
ガルフも、じっと両親を見つめながら言った。
「俺達は……何者なんだ?」
彼の言葉に、周りの者が息をのむ。
赤眼の魔王と化した母。そして、彼女の力によって魔族と化した父。
そんな2人の子供が、ただの人間であるとは思えなかった。
だが。
「あなた達は……人間よ……」
信じられない、リナの返事。
「そんな筈、ないでしょ!!こんな時まで、嘘をつかないでよ!!!」
レイティアが叫ぶ。だが、リナの声は冷静だった。
「もう一度言うわ、あなた達は人間よ。なぜなら……あなた達は、あたしが産んだ子供だもの……」
彼女の笑みは寂しく、そして優しかった。
「魔族はね、……子供を産めないの、そんな必要はないから。彼らは、自分の力でもって、子供を創るから。
だから、……あたしが産んだあなた達は、人間だわ。それに、魔王でもあるあたしにも、あなた達から魔族の気は感じることはできないもの。あなた達は……人間よ」
リナの紅い目に、涙が浮かぶ。
「あたし達のこと……一生許さなくてもいい。それだけの事をしてしまったのだから。だけど、これだけは信じてほしい。あたし達は、あなた達に幸せになってほしかった」
「……」
「あたしの子供ってだけで、あなた達が魔族から狙われるって事は分かってた。だけど、あなた達には、高位魔族に対抗する術はない……。
金色の魔王の呪文を教えれば良かったかもしれないけど、あたしはあの呪文を伝えるつもりは全くなかった。だから、あなた達の記憶を消した……。
……っ!?」
リナの目が驚愕に開かれる。
……レイティアが彼女の側までやってきて、いきなり彼女に抱きついたのだ。
「……馬鹿よ、母さん達は」
レイティアの表情は分からない。ただ、彼女の涙声だけが聞こえた。
「言いたいことだけ、言わせてもらうわ。これだけ酷いことをしてくれたのだもの……一生、償ってもらうわ」
「……!!」
「そうだよ、母さん」
ガルフも後を続ける。
「まだまだ教えてもらいたいことはたくさんあるんだ。側にいて、教えてもらうからね……」
「ガルフ……レイティア……!!」
リナは、2人の子供を抱きしめた。ガウリイも、彼らの肩にそっと手を置いた。
「……ありがとう………………でも」
一歩離れ、リナは手を伸ばす。
その姿に、双子達は驚愕した。
「母さんっ!まさか……また、あたし達の記憶を消すの!?」
「母さんっ!父さんっ!」
二人の言葉に、傍観者と化していた他の者も騒ぎ始める。
「リナさんっ!この期に及んで、まだそんなことをするつもりなんですか!」
「リナ、まさか俺達の記憶も消すつもりかっ!」
流れる沈黙は、その言葉を肯定するものだった。
「リナさん……止めて下さい!わたくし達も、あなた達のことを忘れたくなどありません!!」
ガウリイが、リナと同じく悲しそうな瞳で、リナをそっと抱きしめた。
リナがその腕をゆっくりと上げていく。
「母さんっ!!!」
レイティアの言葉も虚しく。
眩いばかりの白い閃光が、その場すべてを貫いた…………。


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