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祈り

第9章 解かれた封印



「……あ゛あ゛……王宮があぁっ!!!!」
石竜の暴走によりすっかり瓦礫の山と化した城を見て、ジュリアが頭を押さえつつ叫ぶ。
城の中の者はかろうじて避難したものの、石竜はなおも暴れつづけていた。
「ジュリア、錯乱している場合じゃない!」
アストールが彼女の腕をつかみダッシュで走る。
と、彼らが一瞬前までいた場所に火柱が立つ!
『あら……外したみたいね』
魔族オスロの残念そうな声。
間合いを取り、アストールはオスロを睨み付けた。

「石竜に魔族……ちっ、面倒な事だ!」
ゼルガディスは近くにいた警備隊の者から剣を奪い、石竜に飛び掛かる。
「魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)!」
すかさずアメリアが呪文を唱え、彼の持つ剣に魔力を与えた。
鋭く光るその剣先は狙い違わず石竜に命中し、石竜の身体が崩れ落ちる。
……が、再び石は集まり始め、元の石竜を形作った。
ゼルガディスの目が驚愕に開かれる!
「こいつ……再生(リジェネーション)能力があるのか!」
そして石竜が再び迫ってくる。
ゼルガディスとアメリアは横に飛び、その攻撃を避けた。
「……アメリア。こいつはどういう呪文なんだ?」
「えっと、昔姉さんに聞いた気が……そうそう、岩に低級霊を憑依させたゴーレムだって……」
「ということは、憑依霊をどうにかすればいいって事か?」
ゼルガディスの言わんとする事に気付き、アメリアが呪文を放つ。
「浄化炎(メギド・フレア)!!」
霊を退ける白い炎が石竜を包み込み……石竜は崩れ去った。

ガルフもまた一匹の石竜と対峙していた。
舞踏会に必要とは思わなかったため、手元に武器が無いのが悔やまれる。
こうなった以上、己の魔法のみが唯一の武器。
(相手は石竜……火は通用しないだろうな……)
「氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」
彼の使える魔法のうち、出来る限り強力なものを選んで発動させた。
氷の玉は命中し、石竜は凍り付いた。
「よっしゃぁっ、成功っ!……あ゛?」
ぴしぴし、といやな音を立てながら氷の彫像にひびが入る。
「ひょっとして……」
ぱりぃん!!!
石竜は氷の呪縛から開放されていた。
「ちょ……ちょっと待てよぉっ!!!!」
慌てて回れ右をして、ガルフは逃げ出す。
と、その先に彼の妹が立っていた。
「甘いわねぇ、ガルフ。ちょっとは頭使いなさいよ。こういう風にね」
目の前に迫ってくる石竜に向かい不敵な笑みを浮かべながら、レイティアは『力ある言葉』を解き放つ。
「地精道(ベフィス・ブリング)!」
この呪文は初歩的な魔法であるが、本来土木工事などに用いられ、地の精霊の力を借り人が通れるくらいのトンネルを掘る事ができるものである。
しかも、掘られた土や石は無くなってしまう。石で作られたこの相手には最適といえた。
事実、音も無く石竜のお腹に丸い穴が空く。
「ほら、ガルフ!あんたも手伝いなさいよ!」
慌てて彼も呪文を唱え始める。
2人がかりの魔法によって石竜の身体にポコポコと穴が空きつづけ……そして石竜はその姿を完全に消した。


リナもまた、石竜と対峙していた。
相手に対する注意を怠らないままに、事件の張本人に声を掛ける。
「ちょっと、ナーガ!あんた、この石竜どうにかしなさいよっ!…………い゛っ?」
彼女の目に映ったのは、風の結界を纏いながら遠い夜空へと消えていくドレス姿。
「あーいーつーはあぁぁぁぁっ!!!!!」
思わず地団太を踏んでしまうリナ。
やり場の無い怒りをどうにかするため竜破斬(ドラグ・スレイブ)でも唱えてやりたいところだったが、何とかそれを押さえる。
頭に青筋を浮かべながら、呪文を唱えた。
「崩魔陣(フロウブレイク)!!!」
石竜を淡い光が包み込み、そしてただの岩と化した。


「……!?」
神殿で祈りを捧げていたシルフィールは、顔を上げた。
突然頭の中に浮かんだイメージ。
それは、どこまでも鮮烈な赤だった。
思わず寒気を覚え、両腕で己の細い体を抱きしめる。
(何なの……いやな予感がする……)
と、その時、爆発音が彼女の耳に響く!
慌てて、神殿の窓から外を見ると、セイルーンの王宮の方が明るくなっていた。
いつもの、暗闇を照らす明り(ライティング)ではない。
瞬間的に光る、赤や白のまばゆい輝き。
それが攻撃呪文によるものだと気付いた瞬間、彼女は神殿を飛び出していた。

『くくく……いつまで頑張れるかしら、お嬢ちゃん達』
楽しそうに笑うオスロが軽く指を向ける度に、炎が、雷が、時に衝撃波がジュリア達を襲う。
すでに2人の息は上がりかけている。
「崩霊裂(ラ・ティルト)!」
ジュリアが叫ぶ!
だがオスロは青白い光をいとも簡単に砕いてしまう。
「冥懐屍(ゴズ・ヴ・ロー)!」
立て続けにアストールが呪文を放つ……が、その黒い影すら弾き飛ばされてしまった。
『ほらほら、どうしたの?』
ぶぅんっ!
再びオスロが衝撃波を放つ。
慌てて逃げるアストール。
……しかし、避けきれなかったジュリアに直撃した!
「きゃあぁっ……!!」
吹き飛ばされ、怪我を負うジュリア。
「ジュリア!!!」
兄の叫びが響き渡る。
更にオスロが彼女に攻撃しようとしたとき、それを遮るかのように金髪の戦士が現れた。
「悪いが、お前さんの相手は俺がさせてもらう」
赤い光の剣を構え、不敵そうに笑うガウリイ。
その後方では、セラが傷ついたジュリアに回復呪文をかけていた。
『邪魔をすると、怪我をするよ!』
炎の球をガウリイに放つオスロ。
だが、ガウリイは手に持った剣で火を打ち払うと、そのまま突っ込んできた。
慌ててオスロは消え、再び別の位置から現れる。
敵が突然姿を消したにも関わらず、すぐに体勢を整え身体をこちらに向けるガウリイ。
そんな剣士を、オスロは怪訝な目で見つめる。
『お前、……変わったにおいがするな』
「風呂はちゃんと入ったがな。……お前さんが運動させてくれるから汗かいたんだろうさ!!!」
油断無く剣を構えるガウリイ。
刀身の赤い光は、ますますその輝きを増している。
『それに、その剣……まさか伝説の、光の剣……か……?』
「……さぁな」
にやりと笑うと、ガウリイは再びオスロに襲い掛かっていった。


(おかしい……何かが引っかかる……)
石竜を倒したリナは、ガウリイ達の元へと駆けつけようとしていた。
彼女は、あの魔族について、言葉では言い表せない「何か」を感じていた。
(外見で魔族を判断するのは危険……分かっているけど、どう考えても、あいつがそんなに強い魔族に思えない)
崩霊裂(ラ・ティルト)をも簡単に砕いてしまう程だから、かなりの力がある筈である。
だが、外見があまり人間に似ていない。
……確かに、昔戦った魔族には、2つのボールの形をしていてじつはそれで1匹の魔族だった、というものもいた。
その外見とは裏腹に、強力な力も有していた。
だが、「こいつ」とそれは違うような気がした。
黒っぽい肌に、不自然な長さの手足。
この魔族は、「人間に化けようとして」うまく化ける事ができなかった、そんな感じがしていた。
(……低級の魔族が、強大な力を、手に入れた……?)
まとまらない考えを胸に、彼女は走り続ける。

「ガウリイ様!」
シルフィールがそこに辿り着いた時、金髪の剣士が魔族の衝撃波によって後ろに吹き飛ばされた時だった。
彼女の娘が慌てて駆け寄る姿が見える。
リナ、ガウリイ、ゼルガディス、アメリア。
レイティア、ガルフ、アストール、ジュリア、セラ。
皆そこに集まっていた。
「リナさん?これは一体……!?」
「見ての通りよ!この魔族が襲ってきたの!アメリアやアストール達を狙っているわ!」
オスロの方を睨みつつ、リナが叫んだ。
「……さっさと、片付けてやるわ!」
そう言うと、『混沌の言葉(カオス・ワーズ)』を唱え始める。

……悪夢の王の一片よ
  世界のいましめ解き放たれし
  凍れる黒き虚無の刃よ……

だが、その時、急に視界が急変した。
夜のセイルーンの街から、何も無い闇へと瞬時に変化する!
「な……何よ、これ……」
レイティアがきょろきょろとあたりを見渡しながら言う。
「ここは……どこだ?」
アストールも、見た事の無い景色に驚きを隠せないでいる。
どこまで見渡しても、存在するのはただ闇のみ。
「……結界に、閉じ込められたな」
ゼルガディスが呟く。

……我が力 我が身となりて
  共に滅びの道を歩まん
  神々の魂すらも打ち砕き……

「神滅斬(ラグナ・ブレード)!!!」
リナの呪文が完成する。
そして、彼女は闇の刃を無の空間に向かって切り付ける!
「そっか、神滅斬で、この空間ごと切り裂くつもりなんですね!」
アメリアが叫ぶ。

ざくっ。
リナの手には、確かに「何か」を切り裂いた感触が残っていた。
しかし、そこに存在するのは、やはり闇。
「……これは……」
『無駄よ……くくく』
「どこですっ!?」
姿の見えない魔族を探し、ジュリアが右に左にと視線を移す。
『ここは深遠なる闇で構成された私の世界……何人たりとも、元の世界には戻ることは出来ない。……貴様もよ、獣神官』
その言葉にはっとするリナ達。
「……ばれてましたか」
ゼロスがその姿を現す。
「いやぁ、リナさん使ってこっそりとあなたを始末するつもりだったのですが……失敗しましたねぇ」
相変わらず、にこにことした笑顔で答えるゼロス。
「おい、ゼロス!こいつがアメリア達を襲ってきたのは、お前の差し金か!」
ゼルガディスが怒ったように叫ぶ。
「いや、それは邪推というものですよ、ゼルガディスさん。確かにこの方は彼女達を狙っていますが、それは僕とは何の関係もありませんって」
「嘘をつくな!!!」
『嘘じゃないわよ……ふふふ』
いかにもおかしい、と言った口調でオスロは笑う。
『私がそのお嬢ちゃん達を狙うわけを、教えてあげましょうか?』
「……悪役お約束の語りってやつね……」
レイティアがぼそっと呟くが、誰の耳にも入らなかった。

『……海王様の水鏡に予言が映ったのよ。次代のセイルーン王が、我々魔族にとって強力な妨げとなる、と』
オスロは語り続ける。
『今まで、セイルーンなどどうでも良いと放っておいたけれど、邪魔な芽は摘み取っておくに限るからね』
「そんなあやふやな理由で私達を狙っていたんですか!」
アメリアが怒る。
「いや、アメリアさん。海王ダルフィン様の水鏡の占いは、よく当たるんですよ。ただ、滅多に予言は出てこないのですが」
『そう言う事ね』
「しかしあなたも愚かな真似をする。……獣王様のところから盗み出した物を返していただけませんか?」
『断るわ。あれのおかげで、私はこれだけの力を手に入れたのだから!それに、貴様も逆らえないでしょう?』
「確かに、獣王様の力のこもったその珠を持つ限り、僕はあなたに勝てないでしょう。ですが、このままあなたを放っておくとでも思ったのですか?」
『獣王様が私を滅ぼしに来る、とでも……?』
「可能性を考えなかった訳ではないでしょう?」
『もちろん考えたわ。結論は、あの方は来ない、ってことだったけど』
「どういう事なの……?」
リナが2人の魔族の会話に割って入る。
「いえ、だからですね」
ゼロスが説明する。
「獣王様が普段から身につけておられた珠があるんですがね。それを、この方が盗んでしまったんですよ。
あれには獣王様の力が深く染み込んでいます。だから、あの方は身にそぐわない程の強大な力を手に入れたわけですよ」
「なるほど……だから、低級っぽかったんだ……」
納得するリナ。
『低級……言ってくれるじゃない!確かに昔は私の力は弱かった。でも今は違う!この珠のおかげで将軍・神官クラスの力を手に入れたわ!』
「他人の力を振りかざして偉そうに言ってるんじゃないわよ。……で、ゼロス、なんで獣王は取り戻そうとしないの」
その問いに、ゼロスは苦笑して答える。
「それは……あの方は、この件を隠したがっておられるんです。いくら海王様の配下とは言え、この方のような下位魔族に珠を盗まれたなんて、
あまりいい話ではありませんからね。でも、獣王様が動くと、すぐにばれちゃいますし。それに、あの珠がある限り、僕には手が出せないんです」
「だから、あたしを利用しようとしたわけね?……ったく、たまったもんじゃないわ」
『まったく、ぺらぺら喋る奴らね。まぁいいわ、貴様達はここで滅びるのだから!』
「そう簡単にいきますかねぇ、オスロさん。何てったって、こちらの方はあの高名な『魔を滅する者(デモン・スレイヤー)』、リナ=インバースさんですよ」
『何っ!?リナ=インバース、だと!?』
「ちょっと、ゼロス!あんた人の事、何ぺらぺら喋ってバラしてるの!」
「いいじゃありませんか」
「良くないっ!!」
「それじゃぁ、がんばって下さいね。僕はここで見守っていますから」
言うなり姿を消すゼロス。
「あ゛あ゛っ、なんて自分勝手な奴!!!」
一人叫ぶリナ。
『ふん、隠れたか……まぁいい、この人間どもを殺した後に始末してやる!』
「……できるかどうか、試してみなさいよ!」
そしてオスロは攻撃を開始した。
リナ達は皆、それぞれに散らばった。

「セラ、あんたは下がってて」
リナが、セラに向かって言う。
魔族に対抗しうる攻撃呪文を持たない彼女は、その言葉に従い後退するしかなかった。
(……私には、何もできないの……?)
白魔術ならば、かなりの自信がある。
ひょっとしたら、母であるシルフィールをも上回るかもしれない、と周りの者に言われたこともあった。
だが、攻撃魔法――もともと巫女には必要ないとの話もあるが、これは精霊魔術系の、それもごく一部しか覚えられなかった。これでは魔族には効かない。今はそれが悔やまれる。
……母シルフィールは何故か黒魔術、しかも最強の術である竜破斬(ドラグ・スレイブ)を使うことが出来た。巫女とも思えない所業であるが。
セラはその術を覚えた動機を尋ねてみたことがあったが、彼女は、
「若気の至りってものね……」
と微笑むだけで、詳しく話そうとはしなかった。
さすがに「花嫁修業のために覚えた」とは娘に話せなかったのであろう。
ともかく、今のセラは、自分に何もできないことがたまらなく辛かった。
そんな彼女の目に、栗色の髪の魔道士と金髪の剣士が、お互いを庇うようにしながら戦う姿が映る。
嫉妬心が胸を襲う。
(私も……私も、ガウリイ様のために……何かがしたい!!)
そう思った彼女は、無意識のうちに徐々に彼の方へと歩いていく。
それが魔族の格好の標的になってしまった。

「セラ!」
「セラ、危険だ!」
「逃げろ!!」
周りの者の声に、セラの意識が覚醒する。
と、その目に映ったのは、自分に向かってくる、複数の光の矢。
(避けなければ!)
だが、その身体は彼女の意志とは裏腹に動こうとはしてくれなかった。
その間にも、光はどんどん迫ってくる。
なのに、身体は言うことを聞かない。
恐怖の声もあげられぬまま、彼女はその場に立ちつくしていた。

だから、その瞬間、何が起こったのか彼女には理解できなかった。
「危ない!」
女の声がすぐ側で聞こえ。
強い衝撃を受け、その身体は横へと倒れていく。
地面に打ち付けられ、鈍い痛みが全身を走る。
思わず瞑った目を開けると。
そこにあったものは、鮮烈な赤。


彼らは、信じられないものを見た。
オスロが放った光の矢が、セラに迫ったとき。
小さな影がそこに飛び込み。
肩を。
腕を。
胸を。
腹を。
脚を。
……貫かれる。
一瞬遅れて、宙に真っ赤な血の花が咲く。
そして、そのまま地面へと墜ちていく。
……リナの身体が……。
その光景に、誰もが動くことが出来なかった。

「……!!!」
目の前で、彼女は光に貫かれた。
記憶無き時、共に旅したという彼女。
魔族に襲われたどさくさまぎれに手に入れた他人の荷物を売り払い、自分達だけでおいしい料理を食べるくらい、性格はとんでもないけれど。
決して嫌いではなかった彼女。
(あ……あ…………)
レイティアは声にならない声を上げる。
その時、強烈な痛みが頭を襲う。
そして、彼女の頭の中を閃光が貫いた!



……明るく暖かい日溜まりの中。
幼き少女は、心地よい眠りと現実との狭間にいた。
すぐ近くで声が聞こえる。
(……ねぇ)
(何だ?)
(気持ちよさそうに、寝てるわね)
(そうだな)
少女の頭を、大きく優しい手が撫でてくれた。
(きっと、幸せに……なれるわよね)
(ああ、幸せになるさ……俺達の分まで)

(晩御飯、できたわよ!)
明るい声が響く。
少女は食堂へと向かう。
その後を、慌てて少年が付いていく。
テーブルに、おいしそうな料理が並べられていく。
そこには、男がすでに席に着いていた。
(さぁ、お前達も早く座りなさい)
男が、いつものように優しい声をかける。

(ほら、発音がしっかりしていないわよ!)
少女と少年は、ぽかりと頭を叩かれた。
(そんな事言ったって……)
横で少年がぼやく。
(いい、これは基本中の基本だからね?ここで間違えると、とんでもないことになるわよ?)
にっこり笑って女は言う。
2人は再び、たどたどしい言葉を紡ぐ。
彼女の魔法講義は厳しかったけれど、確かに分かりやすかった。

(……お前は、あまりこういったことには、向いていないのかな?)
苦笑するように、男が言った。
その横では、得意そうに剣を掲げる少年の姿。
悔しくて、思わず少女は涙する。
それをみて、男は少女の肩を抱いた。ぽんぽん、と軽く頭を叩く。
(大丈夫、お前には最高の頭脳と魔法がある。剣が使えなくても、きっとやっていける)
その言葉に、少女の心は少しだけ軽くなる……。

(……それじゃあ、ここでお別れだ)
男が呟く。
(え?)
少年が尋ね返している。
(……私達と、一緒にいてはいけない……)
女が泣きそうな顔をしている。
(何故?)
旅はまだ、始まったばかりなのに。
悲しげな表情をする2人に駆け寄ろうとする少女と少年。
(……どうか、幸せでいて。それだけが私達の願い、そして私達の祈り……)
少女達を遮るように、女が片手をあげた。揺れる栗色の髪。
とたんに、意識が白濁していく。
(ごめんなさい……。……永遠に、愛しているわ……あなた達を)
薄れゆく意識の中、最後に聞こえたのは女の声。
必死になって、少女は言葉を紡ごうとする。
(どうして……どうしてなの?……教えて、……)



「母さん!!!」
レイティアの叫びは、あたり一面に響きわたった。
その頬に伝うものは涙。

彼女の声が、一同の硬直を解く。
「……何……?」
アメリアが掠れた声を出す。
と、その横でガルフが頭を抱えていた。
「く……あっ……!!」
苦しそうな表情に、ジュリアは思わず側で跪く。
彼女が手を伸ばそうとしたとき、ガルフはゆっくりと目を開けた。
「思い……出した…………あの人は……あの人は、僕達の……」
その青き瞳には、かつて見た迷いは無くなっていた。
「母さんだ!!」
言うなり走り出す。
その四肢を朱に染め倒れるリナに向かって。

「母さん!」
レイティアが走る。
皆も、彼女の元へと走ってくる。
リナは、まだ意識があった。
だが、全身をその瞳の色と同じ血に染めた姿は弱々しかった。
「封印……解けちゃった……ね……」
「しっかりして!母さん!」
アメリアとシルフィールが慌てて復活(リザレクション)を彼女にかける。
だが、失われていく血の速度には勝てなかった。
リナの顔が、だんだんと土気色に染まっていく。
「……!!」
ゼルガディスは何も言えなかった。
ジュリアの目には涙が浮かび、アストールも思わず顔を背けた。
「リナ……!!!」
もはや動かぬ手を握り、ガウリイが叫ぶ。
リナは微かに微笑もうとして……出来なかった。奇妙に歪んだ表情で、ガウリイに囁く。
「お願……い……。……あの子……達……守っ……て……」
悲痛な表情をしながらも、ガウリイは力強く頷いた。
「母さん、しっかりして!!」
レイティアの声に、リナは最後の力を振り絞って答えた。
「ガル……フ、……レイ……ティア……」
もはや焦点の定まらぬ瞳が、その輝きを失っていく。
「ごめん……ね…………ずっ……と……」
段々と小さくなっていく声。
「……嘘……ばっかり……つい……て……て……」
「母さん!」
だが、ガルフの叫びに対する答えは何もなかった。
ゆっくりと瞳が閉じられ。
……リナ=インバースは、その命を失った。


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