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次の日の夕方。 白馬をつないだ王家の馬車が、わざわざ山奥のこの家まで迎えに来た。 馬車に乗り込む一同。 ……リナを除いて。 「リナさん……本当にいいんですか?別に1人でも会場には入れてもらえると思うんですけど」 心配そうに言うアメリアに向かって、リナはぱたぱたと手を振る。 「いーの、いーの。ちょっとやりたいこともあるし。……でも、料理は持って帰ってね♪」 「やりたいことって…………リナさん、お願いですからアメリアさんの家を壊すような事はしないで下さいね」 「気をつけろよ……っても、お前さん相手じゃ、何が襲ってこようとも平気だろうが」 真剣な顔で言うシルフィールとゼルガディス。 「ちょっと、あんた達……あたしを怪獣扱いしないでよ!」 「リナ……なるべく早く戻ってくるから」 「いいって、ゆっくりしといでよ。あ、でも料理忘れたら許さないから。レイティア、ガルフ!あんた達もよ!」 「はいはいっ」 「それじゃ!」 御者が馬に鞭を入れ、馬車は動き始める。 その姿が次第に小さくなっていき、そして夕焼けに溶け込んでいった。 リナは、家の中に戻った。 部屋に戻ると、リナは荷物の整理にかかった。 もともと旅支度だったので、量はさほど多くはない。 と、その中にあった小さな額縁を取り出す。 そこに描かれているのは、リナ達と、そして、かつて共に旅をした2人。 懐かしい思い出。 「でも、もう、これは捨てるべきかもね……」 過去に戻ることは出来ない。 今ある現在から、未来に向かって歩くしかないから。 「ずいぶん素直じゃないんですね」 突然、虚空から声が響くが、リナは振り向きもしなかった。 「何の用よ」 「いやぁ、てっきり意地でも付いて行くかと思ったんですけど」 空中に、にこにことした笑顔を浮かべて、ゼロスが浮かんでいた。 「セラさん、思いこみ激しそうですからねぇ。ガウリイさんに何するか分かりませんよねぇ」 「……」 「本当はリナさん、気になって仕方ないのでしょう?」 「……ゼロス……あんた、本っ気であたしに滅ぼされたいようね……」 「うわっ!ちょ、ちょっと待って下さいよぉ」 呪文を唱えるリナの手に『力』が集中する。彼女の殺気を感じてか、慌てて手を振るゼロス。 「僕はただ、優しい魔法使いになるためにきたんですから」 「……魔法使い?」 「そう。パーティに行けず一人寂しく家に残ったかわいそうなシンデレラを、お城のパーティに連れていこうと思っただけです」 「カボチャの馬車に乗って?」 「そうそう♪」 嬉しそうに笑うゼロス。 しかし、リナは一転して表情を堅くする。 「……何をたくらんでいるの」 「おっと、怖い顔しないで下さいよぉ」 「あんたが、ただの親切でそんなこと言う筈がないでしょ」 「ははは……リナさん、手厳しいですねぇ」 頭をかきながら答えるゼロス。 「あなたに隠し事してたら、後でどんな目に遭わされるか分からないから言いますけど……魔族が狙ってますよ。アメリアさん達を」 「何ですって!」 「それでですね。その魔族、あ、オスロさんっていうんですけど、その方がちょっと獣王様にとって都合のいい存在ではありませんのでね。ここは一発、リナさんに……」 「……人の手を使って、邪魔者を消そうって言うの……?」 「そういう言い方もあるかもしれませんねぇ」 「笑顔でんな事言うなっ!!あんたがさっさと手を下せば早いでしょっ!!!あんた仮にも獣神官でしょ!」 「この件に、獣王様や僕が直接手を出すことは避けたいんですよ。魔族にもいろいろとありまして」 「誰もあんた達の都合など聞いてないわよっ!」 「とりあえず、僕はこの件にこれ以上手を出すつもりはありません。……でも、このままだと、リナさんには都合が悪いでしょう?」 「……鬼」 「だからこそ魔族なんですよ。……さぁ、一緒にパーティへ行きましょう」 「何であんたと一緒に行かなくちゃなんないのよ?」 「あれ?男女のペアが規定なんでしょう?アメリアさん達と一緒でもない限り、一人でパーティに参加させてもらえないのでは」 「……う゛ー……」 「さぁ、僭越ながらこの私が、貴方様のエスコートをさせていただきます。ご準備はよろしいですか、姫?」 わざとらしく跪くゼロス。 苦虫を噛み潰したような顔で、リナは手を伸ばした。 優雅な音楽の流れるホール。 色とりどりの明かりに照らされながら、数多くの男女が踊っている。 「リナさん……本当に置いてきてよかったんでしょうか?」 アメリアは、心配そうな顔をした。 「意地を張っているだけじゃないのか?……ともかく、俺達が口を出せる事では無いだろう」 優雅なステップを踏みつつ、ゼルガディスは呟いた。 「でも……シルフィールさんだって、神殿に用事があるっていってましたから、リナさん一人ですよ?」 「あぁ。……厄介ごとに巻き込まれていなければいいが」 過去を思うと、真剣に心配をせざるを得ない彼であった。 また、そこから少し離れたところで、初々しいカップルが踊っていた。 「え……っと、……ていっ!……あわわ」 「……!痛いです!!」 「ごめん、ごめん!」 思い切りジュリアの足を踏んでしまったガルフが、平謝りに謝る。 剣の腕は目を見張るもののある彼であるが、ダンスの腕はあまり良くないようである。 「んもー。ガルフさん、しっかりして下さいよ」 そう言いつつも、笑顔のジュリア。 「うーん、これは俺には向いていないんだよ」 「まぁ、誰でも初めからうまく踊れる筈無いのですから。ちょっとずつ練習しましょう。ね?」 「お、おう」 ガルフは必死の形相で頷く。 そして再び、たどたどしくステップを踏み始めた。 『痛いっ!!!』 そう遠くないところで再び響いた妹の声を聞き、アストールは呆れた顔になった。 「……お前さんの兄貴は、ダンスが苦手のようだな」 「本当ね。ジュリアもかわいそうに」 そう言いつつ、レイティアの足は軽快に動いている。 「双子なのに、こうもダンスの腕に差があるのか?」 「さぁ……やっぱり、出来が違うのかしら?」 「酷いことを言うな」 思わず苦笑するアストール。 音楽に合わせ、くるくると2人は回り続けた。 「……ガウリイ様?」 浮かない顔をしたパートナーに、セラが話しかける。 「あ、いや……何でもない」 近くに、よく知った者の気配を感じたような気がしたのだが。 無言でダンスを再開する。 可憐なステップで踊るセラ。その頬はほのかに赤い。 (ずっとこのままでいられたらいいのに……) だが、そんなセラの想いを邪魔するかのように、部屋の一角でざわめきが起こった。 音楽に身を任せ踊っていた人々の足が止まる。 (何だ……?) 皆が不思議そうに人だかりを見つめる。 と、人だかりが割れる。 そこに現れたのは、この世のものとは思えないほどの美しい一組の男女。 『ほうっ……』 周りの人たちが一斉にため息を付く。 男は、黒を基調にしたタキシードを着ていた。 肩の上で切りそろえられた、漆黒の髪。 細く、そして鋭い光を放つ紫の瞳。 美しく整ったその顔は、どこか冷たい印象を与える。 魔的な美しさ、とでも言うのだろうか。 だが、皆、目が離せない。 そんな男がエスコートする女性も、また並の女性ではなかった。 燃えるような赤色のドレスを身に纏っている。 緩やかにカーブを描く、腰まで伸びた栗色の髪。 強き意志の宿った紅の瞳。 男とは対照的な、エネルギッシュな印象を与える。 確かに彼女の顔は整っている。 しかし、真に彼女の美しさを引き出すのは生命の輝き。 流れる曲に合わせ、二人は静かに踊り始める。 時には煌き、時には音も無くターン。 それは、さながら、光と闇のダンスのように思えた。 「……リナさん!?」 「相手の男は……ゼロス!!!」 皆の注目を一心に集めた男女の正体を知り、アメリアとゼルガディスが驚きの声をあげる。 「何であいつが……ここにいるんだ!?」 「リナと、……ゼロス?何であいつらが一緒にいるんだ?」 踊る足を止め、2人を見つめるガウリイは、心なしか声が低くなっている。 「ガウリイ様……」 その腕を掴むセラ。だが、彼の目はただ1点を見つめていた。 (ちょっと!何でこんな事しなくちゃなんないのよ!) 表面上は優雅に踊りつつ、リナは小声でゼロスに文句を言っていた。 (あたしはなるべく目立つような事はしたくないのに!) (いやぁ、これも絶対に必要なプロセスなんですよ) (本当に?) (……嘘です。僕の趣味です♪) ばきっ! 物理的なダメージはほとんど与えられないと知りつつも、リナは高いヒールでゼロスの足を思い切り踏んづける! (……はぉ、ぅ、……痛い……。リナさ〜ん、ちょっとしたお茶目心じゃないですかぁ……) (やかましいわっ、このクソボケゼロス!) 周りの者達には、この微笑ましい会話は届かなかった。 その時。 「おーーーっほっほっほっほっほっほっ!!!!!!」 会場を、異様な高笑いが響きわたる!!! その声を聞き、客の4分の1が昏倒した。 記憶の底にこびりついて離れない声に、リナはギギギと顔を向ける。 果たして……。 そこにいたのは、遥か昔、共に旅した『金魚のふん』がいた。 昔と変わらぬ長い黒髪に大きな胸。 ただ一つ違っていたのは、昔のように悪の魔道士ルックではなく、やはり露出度の激しいドレスに身を包んでいたことか。 「ナーガっ!!!」 そう、自称『白蛇(サーペント)のナーガ』であった。 「誰かと思えばリナじゃない」 「ちょ、ちょっと、ナーガ。あんた何でこんなところにいるのよ」 「何でとは心外ね。その言葉、そっくり返してあげるわ」 「見たところ一人のようだけど、よくここに入れたわね」 「ほーっほっほっ、この白蛇のナーガ様に釣り合うほどの男なんてそうそういるわけないでしょ。適当な男をつかまえたのでは、わたしの品位が疑われてしまうわ」 「それは単に、相手してくれる男がいないって事じゃないの?」 「……。そんなもの、リナの気のせいよ」 だがリナは、ナーガの頬にうっすらと流れる冷や汗を見逃さなかった。 「それよりっ!あんたみたいな死ぬほど怪しい奴が、何でこの舞踏会に参加できてるのっ!」 「そりゃ久しぶりに帰ってきたのですもの、たまには顔見せしておかなければね」 「顔見せ……!?」 リナが胡散臭そうな顔をしたとき、アメリアがこちらの方にやってくるのが見えた。 「アメリ……」 声をかけようとするのも束の間、 「グレイシア姉さんっ!!!」 アメリアが大声で叫ぶ。 (……え゛!?) 「あら、アメリア」 「姉さん、一体いつ戻ってきていたんですか!」 「ついさっきよ。お父様がなんだか面白そうな事してるから、私も参加してみようかと思って」 「まったく、……何の修行の旅だか知りませんけど、どうせ道に迷っているだけなんでしょ?」 「いやーね、アメリア。各国各地を巡って見聞を広めている、って言ってよね」 「だったらたまには帰ってきて下さいよ!仮にも姉さんは第1王位継承権を持っているんですからね!」 「……」 会話に付いていけず、茫然自失状態のリナ。 「どうやら、あのお方はフィリオネル王の第一王女のようですね。いやぁ、お若い」 ゼロスが感心したように呟くが、頭がそれを理解することを拒否している。 「な、なーがが……なーが、が……おう……ぢょ…………さま……!?」 リナの思考回路が停止寸前まで追い込まれる。 「あら、リナさん!?グレイシア姉さんをご存知なんですか?」 硬直状態のリナに気付き、アメリアが驚きの声を上げ、止めを刺す。 リナは完全に凍り付いた。 「おっほっほっ、アメリア!このリナは、昔わたしと共に旅をしていた事もあってね」 意味も無く大きな胸を反らす。 「色々とわたしが面倒を見てあげてたのよ」 「そぉなんですか」 素直にその言葉を信じるアメリアの姿に、リナは我に返り、 「んごっ!!!」 力任せにナーガをぶち殴る! 「何するのよっ!!!」 「あんた、大嘘つくんじゃないわよっ!あんたがあたしに色々と面倒をかけた、の間違いでしょうがっ!!」 「ふっ、そんな細かい事をぐだぐだ言ってるようじゃ、まだまだね」 「一言違えば全然意味がちがうでしょうがっ!!!」 「あぁ、これだから胸の無い女は」 「そういう問題じゃないでしょ!……だったらナーガ、あんたがあたしにおごらせた御飯代、今すぐ首を揃えて払ってもらってもいいのよ」 ひきっ。 顔が引きつるナーガ。 「……まぁ、その話はおいといて」 「勝手においとかないで」 「あぁ、本日はお日柄もよく」 「もう夜でしょうが」 「あ゛……お゛……えっと……」 ナーガが追いつめられていた時。 どがぁぁぁんっ!!!!!! 会場の一角で大爆発が起こる! 「なっ……!!!」 そこに佇むのは黒い肌に赤い瞳をもつ者。 ……魔族であった。 「貴様は!!」 「あ、あれはあの時の!!」 アストールとジュリアが叫ぶ。この魔族に襲われたときの記憶は生々しく残っている。 『ふふふ……お久しぶりね』 感情のない筈の瞳に歓喜の色が混じる。 その魔族はくるりと会場を一瞥し、目当てのものがすべて揃っている事を知り、満足そうに頷いた。 「あなたはっ、魔族ですねっ!」 アメリアが指差し叫ぶ。 『そう……といったらどうなのかしら?セイルーンの王女?』 「……魔族と言えば、悪の権化!生きとし生けるものの天敵っ!百害あって一利なしっ!ゴミ箱の中のゾウリムシ以下!」 次々に悪口雑言を放つアメリア。しかし、 『ゾウリムシはゴミ箱の中には生息しないと思うけれど?』 との魔族の冷静な突っ込みに、 「あぁっ、しまったあぁっ!!!」 ……頭を抱えている。何をしているのだか。 「むむむっ、あれは魔族か!ワシのかわいい娘になにをするうぅっ!!!」 アメリアが魔族にいたぶられている(?)のをめざとく見つけたフィリオネル国王。 娘の前に対峙する魔族に向かって突進する! 「くらえぇぇっ!!平和主義者クラッシュウゥゥッ!!!!!」 その拳が魔族に届こうとした瞬間。 魔族は異空間に溶ける。 「おにょ!?」 車は急に止まれない。 フィリオネル王の身体は慣性の法則に従い、その勢いのまま前へ突っ込み、……壁に激突した。半分ほど埋まった巨体がぴくぴくと痙攣している。 『あらあら、情熱的なお方。でも、ちょぉっとわたしの趣味じゃないのよねぇ』 再び姿を表す魔族。この状況を面白がっているのか、くすくす笑っている。 「オスロ、ね?」 リナは挑戦的に、魔族に声を掛けた。 「アメリア達を狙うなんて、どういうつもり?」 リナの言葉に、オスロの赤い目が怪しく光る。 『……あなた、何故私の名を……?』 「それはこいつに聞いたから……あ゛!?」 ……ゼロスはすでに姿を消していた。 「あ゛ーっ!もうあの役立たずの生ゴミはあぁっ!」 『……私の狙いはセイルーン王家の者だけ。命が惜しいなら手出ししない事ね』 「いやよ。大切な仲間を見捨てるなんてまっぴら」 リナがきっぱりと言い切る。彼女の鋭い眼光に、オスロは興味を引かれた。 『……あなた、何者?』 「魔族なんかに名乗る名前はないわ」 そう言うと、リナは呪文の詠唱に入った。 『させるかっ!』 オスロが衝撃弾を放つ!しかし。 ぶぉん……。 リナの前に突き出された剣が、衝撃波を吸収する。 ガウリイであった。 「リナ、大丈夫か?」 呪文詠唱中のため声に出さず軽く頷きを返す彼女を庇うように、ガウリイは魔族に対峙した。 その手にあるのは、光を刃とする剣。 しかし、かつて彼が持っていた光の剣と異なり、その光は赤みを帯びていた。 そしてリナの呪文が完成する! 「崩霊裂(ラ・ティルト)!」 青白い光が魔族を包み込み、天をも貫く柱となる。 その光の中、魔族は跡形も無く消える……筈であった。 しかし。 ぱりぃん! 細かい音を立て、光が砕け散る! 「な゛……」 思わず絶句するリナ。 「崩霊裂が……効かないだと!?」 ゼルガディスが叫ぶ。 (こいつ……そこそこ高位の魔族か?) リナが訝しく思ったその時、隙を狙って魔族が再び襲い掛かってきた。 軽快なフットワークで躱す……つもりだったが、慣れないドレスでのせいで体勢を崩した。 慌ててフォローに回るガウリイ。 その時、離れた場所で別の声が響き渡る! 「石霊呪(ヴ・レイワー)、すぺしゃるばーじょんっ!!!」 ナーガの声であった。 その『力ある言葉』に導かれるように、床石がめくれ、竜を形作っていく! 「ちょ……ちょっと待ちなさいよ、ナーガっ!!!」 リナが慌てて叫ぶ。 この魔法、無数の岩を竜の形とし、近くにいる霊を憑依させ石人形とする術である。 ナーガのオリジナル魔法であるが、未完成のため持つ欠点は……。 「何よ、リナ」 「あんたっ!制御も出来ない魔法を唱えるんじゃないわよっ!」 そう、召喚した石竜を操る事ができないのである。 「しかも城の中でっ……!!!」 パーティ会場にいた人達はこの状況の中、慌てふためきながらも避難を開始しているが、危険な状況である事には変わりがない。 「ちっちっちっ、甘いわね、リナ」 指を横に振るナーガ。 「伊達にこの20年間修行してきたわけじゃないのよ。言ったでしょう?これは『すぺしゃる・ばーじょん』なのよ」 「……って事は、ナーガ、石竜の制御ができるようになったわけ?」 「いいえ。制御は出来ないけれど、3匹同時に召喚できるのよ」 「なお悪いわぁっ!このくそたわけがぁぁっ!!!!」 当然の事ながら、制御される術を持たない3匹の石竜はリナの突っ込みをものともせず暴れ続け。 ……魔族の攻撃をも待たないうちに、見事セイルーン王宮は壊滅したのであった。 |