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祈り

第3章 忘却の捜索



がつがつがつがつ。
「あ、このスープおいしい♪」
「このサラダもなかなか」
「う〜ん、このチキンは最高!」
「ソースが絶品だよな」
レイティアとガルフは、ひたすら御飯を食べていた。

ここはアストールとジュリアの家。
空腹を訴えるレイティア達は、彼らの好意により家へと招待されたのだ。
そしてレイティア達は、彼らの母親が作ってくれた料理を御馳走になっているところである。
普通ならば突然の訪問者に驚くところであろうが、この女性は性格的に強靭なのか、
「困っている人を助けるのは当然ですから」
と、当たり前のようにレイティア達をもてなしたのである。
この女性、アストール達の年齢から考えると30代の後半といったところであるが、とても若々しい。
ジュリアと良く似た輝く瞳と人懐っこい笑顔のせいか、28・9にしか見えない。
「さぁ、どんどん食べてくださいね」
次から次へと料理を運んでくる。
……手慣れているところを見ると、普段から大量の料理を作っているのか。
「……しっかし、こいつら、よく食うよな」
アストールが呆れたように呟く。
すでにそれぞれ5人前くらいは食べているにも関わらず、2人の勢いが落ちる気配はない。
「私達もこのくらい食べるじゃないの、兄さん」
「それはそうかもしれんが、普通の奴はこんなに食わんぞ」
そこへ母親が、新たな料理を抱えてくる。
「まぁまぁいいじゃない。いっぱい食べるのは元気な証拠!」
「……母さん……」
2人は絶句した。
彼らの母親が持ってきた料理は、さらに20人前くらいはあったからだ。
「……そんなに作っても、食べきれないと思うけど」
さすがに無理なのでは、とジュリアは思った。
「そう?大体このくらいがちょうどいいかな、って思ったのだけど」
にっこり笑っている。
「……一体どういう基準でそうなったんだ……?」
机に突っ伏したまま、げんなりとして尋ねるアストール。
そんな2人を見ながら、母親はふと遠く懐かしい眼をする。
「ちょっとした知り合い……かな?」
「?」
「??」
不思議そうな顔をする2人。
「……昔の事よ。さあさぁ、あなた達も手伝って。後片付けもしなくちゃ」
空になった皿の山を抱え、3人は台所へと向かった。


「……ぷはぁ〜、お腹いっぱい♪」
「食った食った!」
信じられない事に、テーブルの上の料理は全て、見事なまでに空になっていた。
(この身体のどこに、これだけの料理が入るのか!?)
幸せそうにまどろむ2人に、アストール達は掛ける声を失った。
その時、部屋の扉が開く。
「……帰ったぞ」
ぶっきらぼうな声とともに、男の姿が現れた。
年は40頃か。青に近い黒髪に、少し焼けた白い肌。
少々つり上がった眼が、彼に厳しい印象を与えるようだ。
と、アストール達の母親が彼に飛びつく。
「お帰りなさい、あなたっ!」
子供のようにはしゃぐ彼女の額に軽くキスをする男。
どうやら、彼がアストール達の父親のようである。
(子供たちの前なのに、恥ずかしくはないのかしら?)
レイティアは思った。
そして、彼は部屋を見渡し、見慣れない者がいることに気付いた。
「……誰だ?」
小さな声で呟くと、彼に抱き着いたままで母親が答える。
「あ、この人達はガルフさんとレイティアさんです。……どうやら記憶喪失らしくて。
で、お腹が空いているそうなので、御飯を食べてもらったところなんです」
不十分な彼女の説明ではあったが、何故か彼は納得したようだ。
とりあえず、自分達に害をなすものではないだろうと判断したようである。
「あ、その、……おじゃましてます。多分、レイティアっていう者です」
「お、俺はガルフ……です」
さすがに多少は恐縮したようすの2人に、男は名乗る。
「……ゼルガディス=グレイワーズだ」
「あ、そういえば私も挨拶してませんでしたね!私はアメリア=グレイワーズ=ウィル=テスラ=セイルーンっていいます!」
その名を聞いたガルフが、驚いたように尋ねる。
「ずいぶん長い名前ですね。ひょっとして、あなたは……」
皆の注目を集めながら、彼はきっぱりと、言い切る。
「世界一長い名前の方じゃありませんか!?」

すぱこぉぉんっ!!!!
どこから取り出したのか、すかさずレイティアがガルフをスリッパで殴り付ける!

「何馬鹿なこと言ってるのよ、この大ボケガルフ!」
殴られた彼の後頭部は本日4度目の攻撃に耐え切れず、完全に沈黙した。
「ったくこの馬鹿は……。あ、すみません。……あのぉ、アメリアさんって、ひょっとして……セイルーン王家の方ですか?」
恐る恐る尋ねるレイティアに、彼女……アメリアはぱたぱたと手を振る。
「まぁ、そうですね。一応第2王位継承権を持ってますし。でも、私は王家を継ぐつもりはありませんから」
いたってにこやかに告げる。
「……ってことは……、アストールさんにジュリアさんも?」
真っ青な顔をして尋ねるレイティア。
まがりなりにも、セイルーン王家の一員に襲い掛かったなんてことが公になれば、死刑はまぬがれない。
「はいっ!」
にっこり笑うジュリア。
彼女の笑顔を見て、レイティアの意識は遠のきそうになった。
(あぁ、私の命もあとわずか。美人薄命って本当なのね……)
……自分がやった事は棚上げしている。
その様子を見てか、アストールが慌てて言う。
「だからといって、おまえ達の事をどうこういうつもりはないぞ?」
「?」
不思議そうな顔をするジュリア。どうやら彼女は、兄の言葉の意味が分からなかったようである。
「……何かあったのか?」
とたんに眼が険しくなるゼルガディス。
その眼光に押され、レイティアは思わず腰を引く。
「何でもない。それより父さん、他に客が来てるんじゃないのか?」
アストールの声に、扉の向こうの人影が動く。


「あ、あの……」
腰まで伸ばした黒髪、抜けるように白い肌。
清楚なイメージの美少女が現れた。
「ご……ごめんなさい。ちょっとタイミングを逸してしまって……」
はにかんで答える彼女。
「まぁ、セラさん。いらっしゃい!」
アメリアが微笑む。と、レイティア達の方に向かって言う。
「あ、この方は、セラさんっていいます。近所に住んでいる神官長の娘さんです」
「初めまして」
優しく微笑む。巫女なのだろう、清々しい空気が彼女を包んでいる。
「セラさん、こちらはレイティアさんにガルフさんです。……そういえば、今日は一体?」
「母が作ったものです……一人では食べきれないので、おすそ分けしようかと」
そう言ってセラは、大量のクッキーの入ったバスケットを差し出す。
「まぁ!いつもいつもごめんなさいね。……あら?一人って、シルフィールさんは?」
「あ、母は今夜は神殿に宿泊するそうです。何でも、……これから、何か波乱が起きそうだって……」
「……波乱?」
怪訝そうに聞き返すゼルガディス。しかし、その眼には疑いの色はない。

巫女、と呼ばれるものには、神託とも言うべき予知の力がある。
いつ、どこで、どのような事を予知するのか、それは当人にも分からない。
かつて、だれかが便所で十年後の大根の値を予知した事もあるという。
だが、その予知されたことは必ず起こるのだ。
神官長であるシルフィールには、未だその力が残っていた。
その彼女が神殿に篭るほどの「波乱」……。
ゼルガディスは不安を拭い切れないでいた。

「……それはともかくっ!」
判っているのかそうでないのか、アメリアの明るい声が響く。
「セラさん、この方達は記憶喪失なんですって。記憶を取り戻すいい方法ってありませんか?」
「そうですね……」
考え込むセラ。
「あの、お聞きしますが、どのくらい覚えられているんですか?」
セラがレイティア達に聞いてくる。
「えっと……とりあえず名前かな。それと、あたし達が兄妹だってこと……」
他になにかあったっけ……必死に思い出そうとするレイティアに、
「でも、それは確かってわけじゃないよな」
いつのまにか復活していたガルフが後を続ける。
「子供の頃の記憶……あれは本物なのか?」

あの記憶が頭の中を巡ったとき。
確かに、それぞれの名前を懐かしく感じた。兄妹だというのも、すんなりと受け入れる事ができた。
しかし、その他の記憶は全く戻らない。
世界、常識、魔法。そういった一般の知識は残っているのに、自分達に関する事だけがすっぱり抜けている。
その中で唯一思い出した記憶。子供の頃の記憶。
お互いの名前と、兄妹である事を裏付ける記憶。
だが、それしか分からない。ゆえに、不自然すぎる。
都合が良すぎるのだ。

「……偶然、といえばそれまでなのかもしれない。けれど、俺は……何となく変な気がするんだ」
少々暗い表情でガルフが呟いた。
「おおっ!ガルフがそこまで考えてるなんて!てっきりお馬鹿かと思ってたのにっ!」
「もしもーし?」
「……でも、それこそ考えすぎなんじゃないの?」
レイティアが一蹴する。
「……そりゃ確かに都合が良すぎるかな〜ってあたしも思ってたわよ。だけど、これはあたし達が何者なのかっていう
唯一の手がかりなのよ?それを否定してたら、あたし達は何もできなくなるじゃない」
彼女が何だか泣きそうな顔をしていると思ったのは、アストールの気のせいか。
「とりあえず、この記憶……すなわち、あたしがレイティアで、あんたがガルフだって事から始めなきゃ。
……駄目だったら、それはその時のこと。また、一から探し直せばいいのよ」
前を見つめて言い切る彼女。
「……そうだな。とりあえず、今の自分達で分かる事を元に、できる事をしなくちゃな」
「そうですよっ!私達もできる限りの協力をしますから!ねぇ、兄さん?」
レイティアの手を強く握るジュリアの言葉に、アストールも小さく頷く。
「そう!これこそが美しい友情!青春の1ページっ!!!」
意味も無く叫ぶアメリア。……いったい、いつ友情が成立したのか?

「……とりあえず、お2人とも魔法が使えるのですのよね。でしたら、魔道士協会で調べてみてはどうでしょう?」
セラが提案した。
「魔法は、確かに個人で学ぶ事もできます。しかし、レイティアさん達ほどの歳で自学だけで学んだとは考えられません。
やはり、どこかの学校かなにかで学んだはずですよね。とすると、どこかの魔道士協会とか、魔道士養成学校の名簿に名前が載っていないでしょうか?」
「……そうだな。大変だが、それが一番確実かもしれないな」
ゼルガディスも肯く。
魔道士は珍しい存在ではないが、この世界の人すべてがそうであるわけではない。
2人が魔道士、というだけで、多少は絞る事ができるはずである。
「……お願いします」
レイティア達は、彼らの世話になる事にした。


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