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「……へっ!?」 気が付くと、彼女の目の前に異形の化け物がいた。 そこは、森の中のちょっとした草原みたいな所であった。 緑の木々に半ば隠された青い空から、眩しい光が注いでいる。 光と影のコントラスト。 そして、その美しい光景には似つかわしくない魔物の姿。 (レッサー・デーモン……?) 瞬時に脳裏に浮かぶ言葉。しかし…… くはぁぁぁぁっっ!!!! 悠長に考えている暇など無かった。 デーモンが叫び声を上げると同時に、火の矢が現れる! 体を捻り、紙一重で炎を避ける彼女。 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 しかしその言葉でデーモンが待つようなら、誰もデーモンに殺されたりはしない。 慌てて逃げようとする。 しかし、最初の攻撃を避けるために体勢は崩れていた。 もつれたように、地面へと倒れ込んでしまう。 動けない彼女に再び魔物が襲い掛かろうとした。その時! ぎゃふうぅぅ……!!! デーモンは崩れ落ちた。と、その後ろに、剣を持った少年の姿があった。 見たところ、16〜7歳といったところか。 明るい栗色の短い髪に、吸い込まれそうな青い瞳。 一応鎧を身に着けているようだが、旅の快適さを求めたのか、軽装だった。 手に構えた剣は、心なしか淡く光っているように思える。 デーモンの背中に走る、深い切り傷。 どうやら彼が、デーモンを倒してくれたようである。 しかし。 (……こいつ……どこかで見た事ある……?) 何故か懐かしさを覚える彼女。 だが、彼女には何もわからなかった。 少年も、驚いていた。 ハッと気がつくと、そこは見覚えの無い景色。 剣と鎧とマントを身に付けていたが、自分のものという感覚がなかった。 (ここは……どこだ?……俺は……くっ!) 頭の中が割れるように痛む。 ちょうどその時、後ろで何かの叫び声が聞こえた。 振り向くと、少女が化け物に襲われているところだった。 化け物は炎で少女を攻撃したが、彼女はかろうじて回避したようだった。 しかし、崩れた体勢では次の攻撃は避けられない! 少年は何も考えずに、身に付けていた剣を抜き、化け物へと切りかかった。 剣は、まるでそこにいるのが当然なように、しっくりと手に馴染んでいた。 そして、体の動くままに剣で斬りつけた。 (どうやら倒せたようだな……しかし……この少女(こ)は……) 崩れ落ちたデーモンの前で少年が力を抜いたとき。 背後で殺気が起こる! 無意識に剣を振りながら後ろを向くと、新手のデーモンがそこにいた。 ばしいぃっ! 構えていた剣で飛んできた炎をはじくことができたものの、距離が離れているため剣は届かない。 体をやや低めに構え、デーモンの方へ走り出そうとする。 そのとき、彼の耳に、なんとなく聞き覚えのある言葉が聞こえてきた。 「……『混沌の言葉(カオス・ワーズ)』……?」 少女は混乱していた。 とりあえず化け物は、目の前の少年が倒してくれたようである。 彼が誰だか知らない……、なのに。胸が締め付けられるような懐かしさを感じるのは何故だろう? 彼は……そして自分、は……??? しかし。 その思考を中断させたのは、少年の後方に現れた化け物の姿だった。 背後から襲ってきた炎を剣ではじいたものの、デーモンと彼との間には距離がありすぎる。 彼女は、脳裏に浮かんだ言葉を躊躇無く紡いだ。 ……久遠と無限をたゆたいし すべての心の源よ 尽きること無き蒼き炎よ 体の中で、何かの力が流れるのがわかった。 渦巻くかのように溢れ出す力を制御しつつ、彼女は呪文を続ける。 我が魂のうちに眠りし その力 無限より来たりて 裁きを今ここに! 自分でも何故だか分からないが、自分でも意外なほど早く『混沌の言葉』を唱え終わる。 その意味すら意識しないままに。 「霊崩裂(ラ・ティルト)!!!」 『力ある言葉』と同時に、デーモンの周囲に青白い光が立ちのぼる! デーモンが断末魔の声を上げる。 そして、蒼き光の中、跡形も無く消えていった……。 今度こそ化け物を全て葬り去って、安全になった時。 2人は、お互いに見詰め合っていた。 知らない筈なのに、知っている気がしていた。 何故だか、もどかしさに心が苛立つ。 言いたい事、聞きたい事がたくさんあるのに、喉から先に出てこようとしない。 呼吸が、できない。……苦しい……。 だが、このままでは何もわからない。 必死になって言葉を紡ぐ。 とりあえず、今一番聞きたい事は。 『あんた、あたし(俺)の事知ってる(か)!?』 お互いに指を差して同時に尋ねる。 そう。 2人は、記憶喪失であった……。 「う〜ん、やっぱり知ってる気がするんだけどなぁ」 「何か、一緒にいたような気がするのだけど……」 2人は湖の横の草むらに座り、考え込んでいた。 何しろ、気が付いたときはデーモンの襲撃を受けており、それ以前の記憶が何一つないのである。 いや、……何かを思い出しそうになることはあるのだが、その度に激しい頭痛が彼らを襲っていたのだ。 ただ、お互い「相手の事を知っている」という感覚だけは残っていた。 「どうやら私は魔法が使えるらしい、と」 「俺は剣を使うらしいな……でも、多分その魔法ってのも使えそうな気がする」 「どのくらいの事ができるかどうか、試してみなくちゃね」 「そうだなぁ……」 とりあえず、2人は今の自分達に分かる事を挙げてみる。 「持ち物は……何もないわね……」 「俺はこの鎧と剣くらいか?」 「他に何か無いの?」 「無い」 「あとは、……私のこの美貌!どこかの貴族のお嬢様かしら」 「……」 沈黙が流れる。 「ちょっと、何黙ってるのよ」 「いや、別に……」 流れるような金髪に、宝石をちりばめたような青い瞳。確かに少女は美人だった。 たとえ今のようにマントで身を包んでいる旅衣装であっても。 (だけど、自分でそれを言うかぁ?) 少年は内心で突っ込んだ。 「ちょっと!言いたいことがあるんだったら、はっきり言いなさいよね!」 「お……おい、目が怖いぞ。……いや、本当にきれいだなって思っただけ」 「あら、ありがと(はぁと)」 とたんに機嫌がよくなる彼女。ずいぶんと調子のいいことである。 「とりあえず……名前くらいは思い出したいわよね」 そんなに簡単に都合よく思い出せるとは思えないのだが。 「どこか服に名前でも刺繍したりしてないのか?」 「そんな恥ずかしいまねしてるわけないでしょ!!」 「いや、案外下着とかに名前書いてたりして」 「んな訳無いでしょ、このドスケベ!」 「ったく、馬鹿なこと言ってないで、もっと建設的な話をしなさいよね!」 「建設的ねぇ……んじゃぁ……、俺達の関係とか……イテッ!!!」 少女が少年の後頭部を重いきりどついた。 「ちょっと!なに変な事言ってんのよ!!!いい加減にしてよ!」 何故赤くなる? ……どうやら、少女は変な意味に取ったようだ。 少年はごく普通に当たり前のことを言ったつもりだったので、割に合わないのはたんこぶを作った彼の方であろう。 「いってーなぁ……暴力的なんだから……。ったく、やめろよなぁ。レイティア」 「……『レイティア』?」 少年のぼやきの中から、突然出てきた名前に驚き、聞き返す少女。 「え?あ?……レイ、ティ……ア……?」 少年も、自分が口にした言葉ながら、うろたえる。 その名前は、何故か聞き覚えがあった。 何度もその名を繰り返してみる。 「レイティア、……レイティア……、……レイティア…………っ!!!」 その時、2人の頭の中を、強烈な痛みと共に白い閃光が走った。 (……レイティア!ガルフ!2人とも、いいかげんにしなさいよね!) (……だってぇ、レイティアったら、僕のおやつ取ったんだよぉ) (……ガルフが食べないんだもん、だからあたしがもらったの!) (……僕おやつ食べるもん!レイティアがさっさと取るんじゃないかぁ〜) (……ったく……あんた達は双子の兄妹なんだから、もうちょっと仲良くできないの!) ……。 沈黙が流れ。 「……ガルフ?」 「……レイティア?」 二人は、お互いの名を呟く。 その名は、確かに聞き覚えがあった。 遠い昔から、そう呼ばれていたような気がする。 物心ついた頃からずっと一緒だったような……。 「何か懐かしいという感じがしてだけど、そういうことだったのか?」 「そっか……あたし達、兄妹だったんだ……」 しかし。 「何であたしがあんたの妹なのよ!」 いきなり少年の後頭部をどつく少女。さっきに比べ威力は倍増している。 「痛ぇっ!!!……何すんだよっ!」 抗議の声を上げるが、彼女はまるで無視。 「双子ってのはまだ許してあげてもいいけど、何で私の方が下になるの!」 「はぁ?」 生まれた順番を責められても困るのだが。 「だいたい兄弟だったら上のものが下をいじめるのが最高の楽しみっ!」 「……へ?」 突然、全く関係ないような事を言われ、何の事だかさっぱり理解できない彼。 「だから当然、あんたも私をいじめてきたって筈よね!……許さん!」 「いやそんな身に覚えの無い事を言われても」 「覚えが無いのは記憶が無いだけでしょ!」 「だからって本当にそんな事してたって限らないだろう!?」 「いいえっ!私がその立場だったら絶対そうしてるもの!」 「お前と一緒にするなぁっ!!!!」 「問答無用っ!今ここで過去の借りを返してやるっ!!!天誅っ!!!」 「う、うわあぁぁぁぁ…………!!!!!」 そして彼女の復讐(?)が始まった……。 「だいたい双子ってのはほとんど同時に産まれてくるのだから、どっちが上って関係ないはずよね」 「ま、まぁそうだよな」 ガルフが開放されたのは、1時間後だった。 すっかりボコボコにされている。恐るべし、レイティア。 「だから、あんたがえらそーに私に命令しようったって、そうはいかないんだからね!?」 彼をいじめて気が晴れたのか、すっかり上機嫌の彼女が高らかに宣言する。 (どっちかっつーと、俺の方がいじめられていたのでは……???) 頭をさすりながら考える彼。殴られることすらも懐かしく感じるあたり、かなり悲しいものがある。 しかし、賢明にもガルフは沈黙を守った。 思い出せてはいないとはいえ、過去の記憶がそうさせたのかもしれない。 だが。 (でも……俺って、多分、一応、兄ちゃんなんだよ、なぁ……?) 己の立場に思わず涙する彼であった……。 「んじゃ、とりあえずどこか街を探しましょうよ」 「そうだな」 あれからいろいろ考えてはみたものの、名前以上の事を思い出す事はできなかった。 自分達ではどうしようもない以上、いつまでもここにいても仕方がない。 時間を無駄に過ごして夜になり、野宿をしてまたデーモンなどに襲われたくないという点で、2人の意見は一致したのだ。 「とりあえずこの道沿いに歩けばどこかの街に着くんじゃない?」 「で、宿でも取ってゆっくりこれからの事でも考えようか」 2人は歩き始める。とりあえず、太陽の見える方向へ。 てくてく。 てくてく。 「……なんか腹減ったあ……」 「あたしも……」 てくてく。 てくてく。 「街に着いたら、とりあえず食事だな」 「そうね……」 てくてく。 てくてく。 「んで、ふかふかのベッドに寝るの……あ、もちろん部屋は別だからね!」 「わかった、わかった」 てくてく。 てくてく。 てくてく……。 2人は歩きつづけたが。 ふと、ガルフは恐ろしい予感に襲われる。 「……なぁ?」 「何?」 「レイティア、お前、お金持ってるか……?」 「!!!!!」 思わず歩みが止まる。 申し合わせたかのように冷や汗を流す2人。 ガルフが持っていたのは、身に付けている服と剣と鎧とマントのみ。 レイティアは、同じく身に付けている服とマントのみ。 一文無しで、どうやって食事をしたり宿を取ろうというのか。 ……ヒュルルルル〜…… 冷たい風が一陣、2人の間を駆け抜けた。 |