ゲストページに戻る

封印の書

作:丸丸さん♪



「幸せそーに寝てんじゃないわよっこのクラゲ!! 必殺・本のかどアタック!!」
「ぐぼぼっ!!!」
 思ったより鈍い響きと共に、ガウリイの頭が床にめりこんだ。さっすがハードカバーの大全集、なかなかの手応え。
「リナさんやめて下さい! 貴重な蔵書が痛みますッ!!」
「だいじょーぶよアメリア! この本、もう調べ終えた後だから!!」
「そーいう問題じゃありません! それって初版本なんですよ!! しかも著者自筆の献辞つき!」
「…シクシク…誰も心配してくれない……」
「お前ら、その辺にしておけ。また例の司書殿が…」
 バタン!
「いい加減にして下さい! それ以上騒ぎを起こすようなら退室して頂きますよ!!」
 ……ぴたっ。
 目尻つり上げた司書の迫力に、思わず動きを止めたあたしたちの横で、
「…怒鳴り込んでくるぞ、と言おうとしたんだ」
 ゼルがぼそっと呟いた。

「何度も申しますが、ここにありますのは古いもので2000年を遡る稀な書物ばかりなのですよ? いくら姫様のお口添えがありましても、これ以上狼藉を働かれるようでは……」
 延々と文句を垂れる司書に、アメリアはぺこぺこと頭を下げ続けた。
 その様子を見かねたか、ガウリイがこそっとあたしに囁いた。
「なあ、手助けしてやらなくていいのか?」
「アメリアには悪いけど、矢面に立ってもらうしかないわ。なんたって一応あたしたちの身元保証人なんだし…」
 ここはセイルーン王立図書館の最深部に設置された閲覧室。膨大な蔵書数を誇り、特に魔導書のコレクションでは他に類を見ないと言われている。
 あたしたちはクレアバイブルの手懸かりを探すために、ここを訪れたのだ。
 もちろん一介の魔道士や傭兵風情に簡単に閲覧許可が下りる筈もなく、結局アメリアの地位に頼らざるを得なかったのだけど。
 10分後、ようやく司書が立ち去ると、あたしたちは資料漁りを再開した。
「こんだけ探して何も出てこなかったら、はっきし言ってサギよね」
 古書の頁をくりながらボヤいていると、大きな手があたしの頭を包んだ。
 ガウリイはあたしの髪をくしゃくしゃしながらにこやかに、
「リナ、そのぶつぶつ言うクセやめた方がいいぞ。ただでさえ恐がられてるのに、これ以上みんなが脅えたらどうするんだ」
「やっかましい!」
 どげしっ!
「おい…騒ぐなと言うのに」
 ゼルが溜息をついたけど、無視!
「だいたい人の言葉に聞き耳立ててる暇があるんなら、その辺の資料を片づけるくらいしなさいよね!」
「その辺って…これかぁ?」
「ああっガウリイさん、そんな乱暴に扱わないで下さい。どれも稀覯本なんですから」
 アメリアが運びやすいように本を積みかえてやった。ガウリイは子供みたいにそれを見ている。
「たく、ガウリイを連れてきたのは失敗だったわね。知力がない分、体力と背だけは無闇にあるから本の上げ下ろしくらい出来るかと思ったのに」
「だったら宿に置いてくれば良かったじゃないか」
 口許に皮肉な笑みを浮かべながらゼルが言った。
 なーんか含みがあるわよ、そのセリフ。

「あれえ?」
 ロストワードの解読に没頭していたあたしは、アメリアの素っ頓狂な声で我に返った。
「どしたのアメリア?」
「この本、開かないんですぅ」
 へ?
 あたしは古文書を閉じると、アメリアの側に行った。
 彼女が手にしているのは羊皮紙を綴じた薄い本で、表紙に見たこともない記号が箔押しされていた。そして本全体に十字にかけられた革紐。
「ぐっ…こりゃ堅いな…」
 ガウリイが革紐を引っ張ったがびくともしない。ほどくことも、切ることもできない。これは……
「封印だな」
 ゼルがぼそりと言った。確かに、革紐から魔力を感じる。
「どうする。解呪は簡単だが……」
 あたしは腕を組んで考えたけど、結論はすぐに出た。
「いいわ。封印を解きましょう」
「えー、いいんですか? もしものことがあったら……」
「危険な物なら警告文くらい付いてるわよ。もしもの時は、それを怠った管理者の責任!」
 うん、我ながら見事な説得力。
 あたしはテーブルに本を置くと呪文を詠唱した。ガウリイたちは万一に備えて剣や呪文の用意をしている。
 やがて革紐が弾け飛んだ。
「さてさて、何が書いてあるのかな…?」
 あたしはそっと表紙を開いた。
 その途端、本から明るい色彩が飛び出して室内の景色を一転させた。本棚と薄暗い部屋は跡形もなく消え失せ、かわりに薄桃色の地面と水色の空だけがどこまでも続く、絵本の中のような世界が広がったのだ。
「しまった! 結界か!!」
 焦るゼルを嘲笑うように、開いたままの本から何かが現れた。
 手のひらサイズの体格。背中に生えた2対の翅。無邪気な笑顔。
「よ、妖精……?」
 アメリアがびっくりして声を上げた。
 確かにそれは、いわゆる妖精に酷似していた。……見かけはね。
「あんた、何者よ?」
「私、ベルカ。人間に捕まって長い間、この中に閉じこめられていたの」
「何か悪さでもしたのか?」
 この状況を理解しているのかいないのか、ガウリイがのほほんと尋ねる。
「あら、お伽噺を知らないの? いつだって美しいお姫様は悪い魔女に捕まるものよ」
 ベルカはくすくすと笑った。子供のような笑顔からは邪気の欠片も感じられない。だからと言って油断は禁物。
「助けてくれてありがとう。お礼に、あなたたちの望みを叶えてあげる」
「あんたごときがあたしの望みを叶えようっての?」
「そうよ。まずは…彼」
 ベルカが人差し指をゼルに向けた。
 小さな指先から青い光が走り、避ける間もなくゼルの体を包む。
「うあっ!」
「ゼルガディスさん、大丈夫ですか!?」
「あんた、やっぱり魔族ねっ!」
 あたしは呪文を唱えようとしたが、視界の端にゼルの姿を捕らえた途端、言葉を失った。
「お、俺の体……!!」
 そこにいたのは見慣れた合成人間じゃなく、柔らかい肌と艶やかな黒い髪を持つ人間だった。
「…なあリナ、あれ誰だ?」
「あんたねぇ! ゼルよ、ゼル!」
「何言ってんだリナ、ゼルはあんなヤワそうな身体じゃないぞ」
 ……だめだ、こいつ全く理解してない……。
「ゼルガディスさん、人間に戻ったんですか!?」
 ゼルはアメリアの言葉でようやく我に返ったが、まだ事態が信じられないらしく、掠れた声を出した。
「ガウリイ、すまんが俺を殴ってくれないか?」
「いいのか?」
「ああ、思いきりやってくれ」
「んじゃあ遠慮なく」
 ぼごっ!!
 ゼルの頭が地面にめりこんだ。その傍らで、あれ? という表情のガウリイ。
「やりすぎよ、ガウリイ!」
「だって思いきりって言ったし…しかしゼルにしちゃあ、全然手応えなかったなあ」
「当たり前だ!! こっちは生身だぞ、少しは手加減しろ!!」
 ようやく頭を抜いたゼルがガウリイに吠えた。頭からだらだらと流血しててすごく痛そう。心配したアメリアが、
「リザレクションかけましょうか?」
「頼む。……そうか、夢じゃないんだな。俺はほんとうに人間に戻れたんだな……!!」
 ぐぐっと握った拳が震えている。嬉しいならもっと全身で喜べばいいのにと思うが、ゼルはそーゆーのに慣れてないものね。
 ベルカがくすくすと笑いながら、
「お気に召したようね。……それじゃ」
 そう言ってパチン、と指を鳴らした。
 その途端、ゼルの体が石化した。
 合成獣の身体に戻ったのではない。一個の石像と化したのだ。
「ゼルガディスさん!? ゼルガディスさん、しっかりして下さい!」
 アメリアが呪文詠唱を中断してゼルの姿をしたそれに取りすがった。だけど当然、石像は返事を返さない。
 大粒の涙をこぼしながら、アメリアはベルカを睨みつけた。
「……あなた、ゼルガディスさんに何をしたんですか!!」
「望みを叶えてあげたのよ。聞いてなかったの?」
「石にしてくれ、なんて望んでません!!」
「彼は人間に戻りたいと強く願っていた。それが叶った今、人生に未練はないでしょ? 一番幸福な時を永遠に留めてあげたの。ああ、私ってば優しいなあ」
「ふざけないでください!」
 アメリアがベルカをびしッと指さした。
「人の想いを踏みにじるなんて、悪もいいところです! このアメリア=ウィル=テスラ=セイルーンの名に於いてあなたを成敗します!」
「待ちなさいアメリア!」
「ヴィスファランク!!」
 あたしの制止も聞かず突っ込んだアメリアの体を、またしても青い光が包んだ。
「アメリア!!」
 あたしはあわててアメリアに駆け寄ろうとして、……ずこっと地面につっぷした。
 ガウリイが呆れた声で「あれがアメリアの望みなのか?」と訊いてくる。
 アメリアの身体は、要所要所を白銀に輝くプロテクターに覆われていた。首に赤いスカーフを巻き、腰にはやけに太いベルト。肘まである手袋をはめて、胸部には大きくセイルーンの紋章。
 あの娘のイメージする正義の味方って、こーゆーのなのね……。
「あえて感想は避けるけど…なんでミニスカートなんだ? あれじゃ見えるぞ」
「何が見えるってのよ!」
 一方、自分の姿に気づいたアメリアは頬をバラ色に染めたけど、すぐに頭を振ってその誘惑を打ち払った。
「くっ、こんな心躍るコスチュームの一つや二つで私の正義が屈すると思ったら大間違いです!」
「あら、変身ポーズと決めゼリフもあるのよ?」
 あ。……負けた。
 たちまち石化したアメリアに、そんな場合じゃないと思いつつ、あたしは溜息をつかずにはいられなかった。
「私ってばほんと、幸福の使者よね。夢と希望を振りまいちゃうわ♪」
 ベルカはくるくると飛び回りながら、胸の前で両手を組んだ。
 ……やばい。
 ベルカは相手が「こうありたい」と望む姿を探り、それを相手に見せることで、心の隙をつくのだ。
 しかし手の内が判った以上、あたしの敵ではない。要はどんな姿に変わろうともあたしがそれを受け入れなければ、石化はできないはず。
 そう、たとえあたしの胸が大きくなったとしても!
「リナ、あいつ結構動きが早いぞ。油断するなよ」
 ガウリイが小声で囁いた。……問題はこいつなのよね。
 巨乳のあたしを見られるのも嫌だけど、そんなのが望みだなんてガウリイに知られたら……!!!
「永遠と夢幻をたゆたいし……」
 あたしは早口で呪文詠唱にかかった。
 だが、それに気づいたベルカが青い光を放った。
 余裕でかわしたが、光はくんと曲がるとあたしを追ってくる!
 やばい!!
「リナ!!」
 光があたしを貫く直前、ガウリイがその前に立ちはだかった。
 たちまち青い光がガウリイを包んだ。
「あら、順番狂っちゃった? ま、いっか。剣士さんの望みはなーにかなぁ?」
 ベルカはけらけらと笑った。だがその笑みはすぐに凍りついた。
 光の剣を振りかざして突進してくるガウリイを見て。
「え? なんで? なんで!?」
 ベルカの指先から何度も青い光が迸ったが、全て彼の体を包むと同時に霧散してしまい、ガウリイにはなんの変化も現れない。
 驚きに満ちた顔のまま、ベルカは一刀のもとに倒れた。

「結局、骨折り損か……」
「いいじゃないか、助かったんだから」
「全然良くありません! 本まで破壊しちゃっただなんて、また父さんに叱られます!」
「あんなもん無造作に置いとく方が悪いのよ! 封印なんてまだるっこしいことしないで、さっさと倒しちゃえば良かったのに」
 あたしたちがいるのは例の閲覧室。ベルカが滅んだことで結界が破れたのだ。アメリアとゼルガディスも石化が解けて、元の姿に戻っている。2人ともかなり名残惜しそうではあるけど。
「あんたも、いつまでもこだわってんじゃないの!」
「お前はそう言うが……」
 尚もぶちぶち言っていたゼルは、ふとガウリイを見上げた。
「しかし、なんだって旦那には効かなかったんだ? それほど意志力が強いってのか?」
「そんなの決まってるじゃない」
 きょとんとしているガウリイに代わって、あたしが投げやりな口調で応えた。
「ベルカは相手の『理想の姿』を探るのよ。昨日のことも覚えてない、明日のことはわからない、今現在にしか頭が働かないガウリイが『理想の姿』なんて考えると思う?」
「なるほどなあ」
 感心したように頷くなよ、ガウリイ……
 なんだかどっと疲れてしまった。
「あーもう、今日の作業はここまで! 晩御飯でも食べに行きましょ!」
「うん、それがいいな」
 嬉しそうに笑うガウリイを引き連れて、あたしはさっさと閲覧室を後にした。
 だからゼルがこんなことを言い出したことも知らなかった。
「……もう一つ、納得できる答えがあるな」
「なんですか?」
「現状こそが、ダンナの望む理想だってことさ」
 ゼルとアメリアは顔を見合わせて苦笑した。



作者様からのコメント:
「ガウリナ・ゼルアメのつもりで書いたんですが、 上手くいったかどうかは疑問です。なにせゼルとアメリアを書くのは初めて なので、どう動かせば良いやらわからなくて……。 」


ゲストページに戻る