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ガウリイはとっさに,剣を抜いてリナに背をあわせる。 「ここで僕の相手ってのがね」 「どこなの!?出てきなさい!」 低く構えて気配を探る。しかし,あろうことか,ガウリイでさえ声の主の所在が掴めない。 「思うけどね...魔族なんかより,人間の方がうーんと残酷で,うーんと理解できない生き物だよ...なんせ,自分のやりたいことが一番なんだからね,やっかいさ」 ちらつく町の明かりを背負って,マント姿の男が現れる。 頭を一振りして,わずらわしげに前髪をかき上げる青年魔導士...。 「僕もその一人。そして...リナ=インバース,おまえもさ」 「...あんた...」 口中で唱えていたリナの呪文が消える。 ガウリイは,だが,リナの正面に現れた魔導士には視線を向けただけだった。 その魔導士から生けるものの気配が感じられないのだ...。 だが,おそらくこれこそが,ゴーレムを操る魔導士。 「ヴィジョン...ね。ふん,自分は安全なところで高見の見物ってワケ?それであたしの相手が聞いて呆れるわね。それとも,あんなゴーレムごときであたしの相手が務まるとでも思ってるの?」 リナの挑発に,小首をかしげて唇の端だけで笑う青年。 ひどくリナの気に障る...。 「お相手ね。できるさ,十分に。リナ=インバース,僕がここを君の最期の地にしてあげるよ...こうしてね!」 「!!」 魔導士の額から光がほとばしる! 二人は同時に左右に跳んだ。 「あはは,ほらほら...」 ジィィンッ ジンッ 続けざまに放たれる光が二人の足を躍らせる。 「うわっやっとっ」 「わっ,リ,リナっ,何とか,しろっ,同業者だろ!?」 「そんなこと,言ったって,あいつ,実体じゃ,ないのよっ」 「ふふ,そうだよ,ここで攻撃されても,痛くもかゆくもないよ」 優し気に笑う魔導士の額に,夜の星明かりを受けて薄らと光る石が見えた。 「チィッ」 ガウリイが足元の小石を蹴る。光の発射元を狙って。 しかし,魔導士はフイと横に動いて躱してしまう。 「レイウィング!」 その隙をついてリナの呪文が発動する。 「ガウリイ!」 腕を伸ばす。その一瞬。 「ダァメ」 光の筋が二人を割る。 「あっ」 ばぐぅっ! にぶく重い音を立ててガウリイのブレストプレートが地に落ちた。 続いて,ぱらぱらと金の髪が落ちる。 「!?ガウリイ!」 驚きにリナの呪文が消えた。 「あーっ,俺の髪の毛ぇっ」 「だぁっっ,おどかすなぁっ」 光はガウリイの背をかすめてベルトを断ち切っていた。 「だめだよ,僕の相手をしてくれないと」 にっこり笑って告げる魔導士。 「ガウリイ,だいじょぶ?」 「ああ,大したことない。それより...アイツの額んとこ」 魔導士の額に光った石。 「うん,魔術の媒体ね。そしてヴィジョンの本体だわ。あれを壊せばアイツは消える。次の光を放つまでのタイミングがはかれれば...」 「やっぱな。よし!」 言うが早いかガウリイは魔導士目掛けて走り出した。 持ち前の脚力を活かして右に左に大きく動き,敵を挟んでリナと対峙する位置を目指す。。 魔導士の放つ光の筋もそれを追って動く。 「元気なのは解かったけど,早くしないとお次が来るからね」 子供の遊びに付き合う大人の様に,魔導士が優しく窘める。 「心配,御無用だぜっ」 ガウリイは剣を振りかざして幾度となく魔導士に迫ったが,剣の届くほどの距離には近づけない。 だが,光を放つ時間の間は確かにある! リナの魔法ならば攻撃は可能か。 「でやぁぁっ!」 硬い岩の確かな足応えを強く蹴って,ガウリイは魔導士の頭上に大きく跳びあがった。 それと同時に響くリナの呪文。 「アッシャー・ディ...!?」 しかしそれも途切れた。 あらゆる方位に光が走る。 倒れるリナ。 「リナっ!?」 同時にガウリイは空中にあって強い痛みを受けた。 続けて2度,しかし3度目は剣を振って弾みで姿勢を変え,避ける。 「ほぉ!」 光は虚空に突き刺さり消えた。 「...なるほど,人間離れした体術だ...余計に欲しくなったよ」 膝をついて地に降りたガウリイに,魔導士は感嘆の声をかける。 「...付き合ってるのがとんでもない連中なんでね。だが,誉めてもらってもやるわけにゃ,いかん」 ガウリイは剣を地に突き立てて身を起こした。 魔導士の向こうでリナが起き上がる。 「ああ,ごめんね,言ってなくて。これホントにタダの光だから,魔法使ってる時の結界って関係無いんだ。僕は実体じゃないから,前も後ろも上も下もないしねぇ」 「....タダの光で人様に傷負わせられるって言うの?」 「うーん,多少,殺菌能力が高いってとこかな?お肉なんて,一瞬で丸焦げになっちゃうね」 焦げる...リナは焼ける痛みを訴える左大腿に手を当てた。 「リカバリィ...」 呪文を唱え,目を上げる。ガウリイは...? だがガウリイは既に立ち上がり,魔導士に向けて剣を構えていた。 その瞳には本気の怒りがある。 「...二人のコンビは素晴らしかったよ,ホントに1人になる為に培ってきた能力だね。うれしいよ」 「とことん自分勝手な奴だな...嫌な野郎だ」 「言っただろう?自分のやりたいことが一番優先なんだ。みんなそうじゃないか。嫌な奴で結構さ」 「...いいだろう。俺も,自分のやりたいことが最優先だ」 「ふうん...自分の命より?」 「今は,リナを苦しめる,お前を倒すことだ」 「ふふふふ、安心してかかってくるといいよ,殺しやしないから。二人ともね」 今までそうであったのだろう,負けを知らない魔導士の余裕綽々のセリフに,しかし二人は逆に活路を見出した。 リナにしてみれば痛いだけでもゴメンだろうが,魔導士の目的が明らかなのだからあのコトバは信用できる。 ならば。 詰め寄るガウリイ。 「おっと,あぶないよ,まさか自殺志願じゃないだろう?距離が短いとコントロールが難しいんだ,これは。それと...そろそろかな」 ガウリイがその言葉に気づき,リナに注意を促す。 「リナ,ヤツが来るぞ」 「え...!」 リナは目を凝らして見たが,未だ闇の向こうにゴーレムの姿はない。 しかし,ガウリイには伝わってくるのだ。無心にこちらに向かうゴーレムの...あるはずの無い殺意が。 冗談ではない。結構厄介な魔導士に加えて,あの面倒な人形まで一片に相手にしていたのでは夜が明けてしまう。 リナはもう一度決心した。 明日の事後処理より目先のお宝。そう結論をくだした。 少しだけ,ガウリイの表情の険しさも気になる。 リナは傷の癒えた足に力を入れて立上がった。 ガウリイをこちら側に来させなくてはならない。町を背にするのだ。 もしくはリナ自身が前に出て敵を下がらせるか。 またはガウリイもろとも吹っ飛ばすか。 「もういいかな,覚悟は決まった?」 まるで機嫌が良い時の姉ちゃんみたいだ。優しい振りしてその実“酷い”としか良い様のない行いの数々....いや今悠長に思い出している時ではない。 だが,リナの返事を待たずに,ガウリイは行動を起こした。 声も無く地を蹴り濃い闇に踊り込む。 キイィンッ! ガッ,カッシィィン! 響く剣戟の音。 「来たみたいだね,僕の人形。ああ,しまった,傷を付けられちゃたまらないや」 ぐるり。 像が貴石に吸い込まれ,ガウリイが向かった闇に飛んで行く。 「行かせないわよっ...ルーン・フレイア!」 ざふぅっ! しかし魔炎の牙は,貴石を避けて山道の脇に生える樹木を消しただけだった。 「!?」 「仕方ないお嬢さんだね。これはタダの石じゃないんだよ...ガルク・ルハード」 突如リナの周りに爆風が巻き起こった。 マントが風をはらんでリナを攫う。 「きゃあぁっ!?」 巻き上げられた石や土,幼い木々までが襲いかかるようにリナを大地に叩き付けた。 「う...」 「ちょっとだけ,大人しく待っておいで」 貴石は紅い光を放ち闇にとけた。 ガウリイが飛び込んだ闇の先には,やはり片足のゴーレムの姿があった。 どろりとした目がガウリイを認めて暗い炎を燃やす。 魔導士とゴーレム。2人が揃えば更なる苦戦は必至だ。 奴等の狙いがリナ自身にある以上,ガウリイには絶対に負けは許されない。 ゴーレムが振り上げる右腕は人の形を留めず,角質化したそれは先に黒鋼の斧を生やしていた。 う゛ぉんっ! キイィンッ! 振り回される大質量の刃にガウリイのバスタードソードが弾かれる。 ガッ,カッシィィン! 受ける腕から衝撃が全身に伝わった。 「くおぉっ!」 ガシッ カンッ ギイィィッ! それ自身人一人分の重量を遥かに凌駕する斧を振り回して,それでもゴーレムは前進を止めない。 下がればリナや魔導士に近づくことになる。ガウリイは歯を食いしばり,あわせた剣に力を込めた。 軽い衝撃と共に新たに熱い感触が背を伝う。 「く...そぉ..」 ガウリイの剣が下から手前に引かれる。 勢い余ってゴーレムの斧が大地割る。 すかさず横っ飛びに位置を替え酸の攻撃に備えながら,ガウリイは右腕の力だけで剣を振りきった。 ごがぁっ! ゴーレムの角質化した腕が砕ける。 破砕の衝撃に剣もガウリイの手から弾かれた。 その一瞬後,魔力の闇が駆けた。 「ヘルブラスト」 ざう... そしてそれさえ一瞬のことだった。 「な...?」 ゴーレムは跡形も無く消えた。黒鋼の斧だけを残して。 「無事だったかな?助けに来ようと思ったんだけど,リナ=インバースが邪魔をしてくれてね。...ちょっと,汚れちゃってるねぇ,フフフ...」 そこには薄く光る貴石を頂く魔導士がいた。 「き...さま..どうして...」 「...リナ=インバースが手に入るなら,アレはいらないよ」 古い道具を捨てるように,飽きたおもちゃを放り出すように,魔導士はゴーレムを切り捨てたのだ。 木を背に立上がるガウリイの奥歯が鳴る。押し殺した声を出す瞳が憤怒に燃えた。 「最低の...野郎だな...」 「彼女がそう言っただろう?聞いてなかったの?」 「.....ああ、そうだったな。そんな奴に...リナは渡さん...」 「リナ・リナ・リナ・リナ...そんなに好きなら,ほら,僕の手を取ってご覧。一つにして...あげるよ」 「黙れっ!」 「あぁあ,あんまり興奮すると,彼女が来るまで持たないよ。それとも君だけ先に連れて行こうか,死なれちゃ勿体無いからね」 魔導士がガウリイに向けて手を振る。 がくり,と膝がくだけた。ガウリイの体が意思と関係なく前へと踏み出す。 「く...っ」 抵抗するか?このまま奴の懐に近づくか? 刹那の逡巡。そしてもう一度、呪文を詠じる声が響いた。 「黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの 時の流れに埋もれし 偉大なる汝の名において 我ここに闇に誓わん 我等が前に立ち塞がりし すべての愚かなるものに 我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを ......ドラグ・スレイブ!」 ズガァァァァッ! 大地を抉り裂き,木々を吹き飛ばし,岩を砕いて山を削る。 黒魔術最強の攻撃魔法が,リナによって炸裂した。 「ふ...ふふふ...相変わらずのこの威力...あぁぁ,スッキリしたっ。もー,変な兄ちゃんの所為ですっかり時間くっちゃってこのまんまじゃ夜が明けちゃうぅ。とっととガウリイさがして.....って,えっ?」 未だ崩れ続ける目前の抉れた山肌,濛々と立ち込める土煙の向こうに薄く光が灯った。 「...無茶な人だね...危うく殺しちゃうとこだったよ...」 土煙の晴れてゆく向こうには...揺れる魔導士の姿。 「うそ....ドラグ・スレイブが効かない...?」 知らず,リナの足が1歩さがる。 「いいや,効いた。まさかこの男が一緒に居るのに打つとは思ってなかったから。まぁ,もう少し離れてたら,死んでたのはこの男の方だろうけど」 「!?ガウリイィっ!」 まるで魔導士の陰に守られるように立つガウリイは,貴石の発する光に薄く照らされて血に濡れた姿をさらしていた。 「大丈夫,傷は大したことないから。外傷はね。そんなわけで,邪魔はさせないよ。死体になったんじゃつまらないし...。リナ=インバース,一緒に行こうよ,さぁ」 ゆっくりと,ガウリイの右手が上がりリナに差し出される。 細く開かれた目が苦しげな色を刷く。 リナの頬がピクリと痙攣した。 「舐めたまね...してくれるじゃない...グームエオン!」 「!!」 初めて魔導士の顔に驚きが浮かぶ。 リナが貴石の周りに張り巡らせた結界で,ガウリイを縛る術が解かれた。 「ふぅん、この石、結構便利だったんだけどね。もうだめかな?」 大袈裟に両手を広げて魔導士がおどける。 だがリナの表情はゆるまない。 「...許さないわ,もう...絶対に」 リナの怒りに結界が呼応して震える。 「その石にはもう,力はないみたいね。ドラグ・スレイブが効いたっていうのは,まんざら嘘じゃない。でも...これで,はい,さよならだなんて思ったら大間違いよ...逃がさないから...」 その時,よろける様に足を踏み直したガウリイが,宙に浮かぶ石に手を伸ばした。 小さくなる結界に押されて貴石に集約されるヴィジョンが歪む。 そして,、手のひらに収まるほどの紅い石は,ガウリイの手の上でテーブルに罅を走らせた。 ガウリイがリナを見やる。 「ガウリイ,呪文が終わったら放ってちょうだい。ゆっくりね... 悪夢の王の一片よ 世界のいましめ解き放たれし 凍れる黒き虚無の刃よ 我が力 我が身となりて 共に滅びの道を歩まん 神々の魂すらも打ち砕き ....ラグナ・ブレード!」 闇を制してなお暗い刃が空を裂き出現する。 ガウリイの手で宙空に放り上げられた紅い石が,弧を描いて光った。 「うりゃあぁぁっ!」 リナの気合と共に闇の刃が振るわれる。 リナの怒りの魔力刀は貴石を通して異空間を渡り...魔導士の作り上げた空間ごとその創造主をも薙ぎ捨てた。 裂けた空間から断末魔の気配が溢れ出す。 それと同時に数えるのもおぞましい量の怨嗟の想いが吹き上げた。 その声を,頭を振って追い払う。 「アンタ達の仇もとってあげたわよ....まぁ,このリナ=インバースにケンカ売った,当然の報いね...」 閉じていく空間の裂け目に一瞥をくれて,リナはガウリイに駆け寄った。 「ガウリイ!」 「ああ...結構面倒な相手だったな」 木に突き立った剣を抜いて鞘に戻す。 少しの間考えて,ガウリイは鞘ごと剣を外すとリナに向けて差し出した。 「え...」 とっさに受け取ってしまうリナ。 そして気づく。焼け焦げ,引き千切られた植物の匂いに混じって漂う血臭...。 「はぁ..よっこら..しょと」 剣の刺さっていた木に背をもたせて座り込み,ガウリイはやっと体の力を抜いた。 「ガウリイっ!傷!見せなさいっ...あー,は,早く直してお宝取りに行くんだからねっ」 リナは剣を放り出してガウリイにとりついた。 「お宝かぁ...はは...」 ガウリイの視界が廻る。頭が冷たくなるのが自分でも分かった。 「先に,行ってろ,リナ...」 「ガウリイ?」 地に突いた手が崩れ,木の幹を紅く染めてガウリイが倒れる。 「わるい...ちょっと,まずった、な」 目を閉じて,ささやくような声が漏れた。 「あ....ガ...ウリイ...?」 右足のアーマーの陰,左の脇腹,そして背中。 光に焼かれた皮膚と肉が裂け,赤黒い血がガウリイの体を濡らしていた。 「そんな...リカバリイっ」 「う..おっ...」 ガウリイのうめき声にリナは,はっとして手を引いた。 ゆっくりとガウリイが首を振る。 ムリだ。リナの力では治せない...。 流れ出た血液は、魔法では取り返しがつかない...。 リナの脳が急速に冷えて行く。 目の前で。 ガウリイが命尽きようとしている...。 信じられない事実に,伸ばした腕が震え出す。 「う....そ....」 「リナ...」 息をついたガウリイが小さく名前を呼ぶ。 「リナ,こっち,来い。もうちょっと,時間がある」 リナは震える体を叱咤して,這うように近寄った。 星明かりの下...温かな血が下生えの草を染めていた。 「...あ..かい..」 リナの手を濡らす,ガウリイの血...。 「お前の目と同じ色だろ」 ふるふると首を振る。 「お前,怪我ないか?そっか。よかった」 「.....」 「泣くなよ」 「!?...あ...」 気づいたとたんに更に溢れ出す。 涙は落ちた先で布地を濃い青に変えて行く。 「...なんか,しゃべってくれ。声,聞きたい」 「....ガウリイ...」 「...うん?」 「ガウリイ,ガウリイ...」 リナは首を振ることしかできない。 痛みの中で,そっとガウリイの頬が和む。 地に落ちた腕を大切に持ち上げてリナは額を寄せた。 わずかに滑る。 濃厚な血の匂い。 「い..かないで...」 「....」 「...もう,夜中に抜け出したりしないから」 「....」 「殴ったりしない,短気も治すから!」 今度はガウリイが首を振る番。 「あ...いや...いやっ」 「...俺,たくさん殺してきた。今度は...俺の番だっただけさ」 リナの内に込み上げる,認めたくない恐怖。 「だめぇぇっ」 「...悪くない,死に方だぜ?」 お前と共に戦って,お前の腕の中で。 「黙って盗賊いじめになんか行かない。ご飯の時だってケンカしない。お宝の方が大事だなんて,言わない...だから,死なないで。お願い」 お願い。お願い。 「はは..むずか...しい,な...」 「!?...ガウリイ!」 「おまえ...むり,ばっかり..いつも...いつも」 血に濡れた手が重さを増す。ガウリイの意識が遠くなる。 別れの...ときが来る。 「いかないでっ!いかないでっ!まだっ,いやっ...」 失えない人との。 「リナ...信じてる...おまえ..負けない..何にも...俺,しあわせだっ...おま...えも...わら...て...おくって....」 「ガウリイィ!?」 青い瞳がリナを見つめる。 焼き付けたくて。 「......」 声を失った唇の動きが,リナに伝える。 「あ....」 赤い瞳が大きく見開かれ....そっと細められる。 「......」 そしてリナの顔に小さく浮かぶ微笑みは,決して無理をして作られたものではなかった。 伝わる,ガウリイのリナへの想い。 「うん...あたしも...ガウリイ...」 「......」 「約束する...しあわせに...なる。ガウリイがあたしを信じてくれるなら...負けない...ずっと」 ...瞼がゆっくりと閉じられていく。 隠される,青い宝石,リナの本当に大切な...。 「あ...あ...」 押さえていた鳴咽がリナの唇を割った。 泣きたくはなかった。ガウリイと約束したから。 ガウリイと逢えたことを幸福だと思いたいから。 リナは青い陰を落とす瞼にそっとくちづけた。 小さく呟きで誓う。 ガウリイのために、自分のために、二人のために。 「...負けないわ...リナにも,ガウリイへの想いにも...」 「はっぐぅっ!」 「!?ゼロスっ」 「や...やめてください,リナさん...ぼ,僕たち滅びちゃいますぅ...」 「ゼロスっ!あんたっ,なんでこんなとこに...まさか...」 悲しみを糧とするために...? 一人残されたリナの,独り残していったガウリイの。 「あ..はは...はは...欲張ってたら...ちょっと...こっちが死にかけちゃいましたぁぁ...」 「あ...」 リナの怒りが瞬時に沸点を超す。魔族の糧となる凶悪な感情が身を制し,目も眩むほどの憤りが込み上げる。 「ふぅ....っくぅ...リナ...さん...」 喜悦の笑みを浮かべる酷薄な瞳。 失われた青い瞳とは似ても似つかぬ冷たい...っ! しかしその時,リナは気づいてしまった。 ガウリイを助けられるかも知れない存在に。 「ゼロス!」 「はぁ...ふ..う?」 「ゼロス!ゼロスぅっ!あああ,あんた,空間渡れたわよねっ!あんたっ!連れてきなさいっ,ミ、ミルガズィアさん!連れてくんのよっ,2,3匹ぃ!」 避けるいとまもあらばこそ,漆黒のマントの襟首を掴まえて振り回すリナは,目を血走らせてまくしたてた! 「リ,リナさん?...おち,落ち着いて..」 「どやかましぃぃっ!間に合わなかったら竜王の神殿の巫女になって,いいい一生ガウリイへの愛を貫いて魔族根絶やしにしてやるぅぅっ!」 「ひ,ひいぃぃっ!リナ,リナさんんっ!?」 押しに押して大木の幹に叩き付け,飽き足らずゆすりあげる。 「行くのよゼロスっ!ガウリイが死んだら,黒魔術なんて,金輪際使わない!神聖魔法の神髄きわめてこの世を浄化してやるからぁっ!!」 「そんなばかなこと...っ」 「おぉだまりぃっ!あんたの上司のためにも,行けぇっっ!!」 どかっっ! 二つの拳を一つにして,体の回転を加えた最大パワーをぶつける。 「がひぃぃ!?」 吠え立てるリナに急かされ,ゼロスは空間を裂く。 黒い姿はほうほうの体で闇に飲まれた。 「娘...相変わらず無茶をしてくれるな...」 ほんのりと生気の戻り始めたガウリイを横たえて,黄金竜の長老はため息をついた。 いきなりやってきて、滅ぼされたくなかったら逆らうな,不本意なので理由は聞くなと,引きつった顔の獣王神官に引っ立てられ,着いてみれば見覚えのある死体が一つ...いや,まだ死んではいなかったが。 「ガウリイは...ガウリイは?」 「とりあえず命は取り留めた,というところか。しかし,ギリギリの蘇生だった。当分動けん」 ジト目で見やってもリナは気づきもしない。 一心にガウリイを見詰める。わずかにでも,その瞼が震えることを願って。 「...目を覚ますのは2,3日後だ。無論,生き返ったからといって,今まで通りのその男とは限らんが」 「...え?」 それは,どういう...? 「リナさんっ,ほら,ばかは死ななきゃ治らないって言うじゃないですかっ!ガウリイさんの頭も少しはよくなってると良いですよねぇぇぇっ!」 「なっ!?...やかましぃっ!ゼロス!ホントのことでも許さん〜っ!」 「ひぃあああっ!やぁめぇてぇ〜っ!」 相変わらず騒々しくて自己中心的な連中だ,ひと(?)の話など聞きやしない。 憮然として二人を見やる黄金竜は,しかし,少女の中に深い安堵を見出した。 その背に,瞬時に空間を渡った黒い神官が張り付く。 「ミルガズィアさん,申し訳ありませんが,この続きはお任せしますので。もう僕の戴く負の感情はありませんし,それに,先ほどの続き」 声を低くしてささやく。 「口にしたら一生お仲間の元へは戻れなくなると思いますよ。 そんなわけで,僕は一足お先に」 告げると,さっさと異空間へ消えてしまった。 魔族にしてみれば,格段の親切だったのだろう。 ミルガズィアの口から,またしてもため息が漏れる。 「...娘」 「へ?」 ゼロスへの怒りはなんだったのか。早々にガウリイの側に座り込んで,飽きること無く見つめているリナに,黄金竜の長老は少々呆れながら繰り言をする。 「その男,死なせてやった方がよかったのではないか?」 リナの顔が凍り付く。黄金竜の問いは,常にリナの中にあったものだから。 「...言っても仕方の無いことだったな,許せ。答えはその男に聞くがよい」 リナは黙したままガウリイを見つめつづけた。 「その男も大変な運命を背負い込んだものだな」 死ぬ自由さえ与えられない...。 「もっとも,この男なら,きっと,望むところと笑うだろが」 その言葉にリナは眩しげに目を上げる。 ...人の子の身で背負うには重過ぎる運命。支え,支えられることで自らの力以上のもので乗り越えていく二人。 黄金竜の不安を含んだ優しいまなざしは,だが、一条の朝日によって払拭された。 登り来る太陽の,澄んだ光が凄惨な男の姿を浮き上がらせる。しかし,その顔に苦しみの色は微塵もない。 互いを信じて眠ることの出来る存在。 そんな言葉が笑みを浮かべたミルガズィアの脳裏をかすめた。 もうじき長かった夜が明ける。 「...ガウリイ,早く,目を覚まして...一緒に歩こう・・・ずっと・・・」 −−−END−−− |