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BELIEVE MY BRAVE HEART

 作:お砂糖さん♪

「夜分遅くすみませ〜ん」
リナが某盗賊宅を訪れたのは,草木も眠る丑三時だった。
ついでに宿では,リナの旅の連れ3人も眠っているはずである。
3日ぶりのふかふかベッドを棒に振ってまで訪ねるほど,耳にした某盗賊団のうわさは羽振りがよかった。
もっとも,盗賊団というのは数ヶ月前までのことで,今では自称「営利追求集団」となっている。
自称というのは便利な言葉らしく,リナは誰が何を自称しようと勝手にさせることにしている(もちろん利用はさせてもらう)。
ここで彼らが何を営って利を追い求めているかというと,人身売買であったり魔獣売買であったりと,要するに非合法な商売だ。
よって,ここにリナ=インバースの認める悪人の定義にめでたく当てはまる訳である。
相手を悪人に定義づけたら,次は自分の善人への定義づけが不可欠である。
家宅へは招かれて入る。
「てへへ,こんばんは!寒いね,ここんとこ♪」
「!?あ..ああぁ?ガキがこんな時間になんの用だぁ?使いに来たんなら明日出なおしなっ。営業時間はお天道様の出てる時間だぜ」
...お天道様の下で出来る商売かい?
切り貼りしたような夜間受付の言葉に顔を引き攣らせ,リナは懐を探った。
ぞろり。
重たげな音を立てて目の前に皮袋を持ち上げる。
「おっ?」
とたんに夜間受付の表情が変わる。
(そういや魔導士をみたら化け老人と思えって言われたよな)
などという考えは顔には出さない。
努めてにこやかに,どう見ても小娘といった魔導士を招き入れる。
「や,お客さん,タイミングがいいねぇ。そろそろ今日の仕込みが始まる時間だよ!ま,通ってくれや」
「そりゃどーも」

小高い丘の横手にあいた洞窟だけかと思っていたが,その裏には,なかなか立派な神殿跡が隠れていた。
もっとも,実際は石造りの廃虚といったところか。
「んで,どんなもんをお求めで?生物焼き物固形物液体気体,オスでもメスでも揃えてやすぜ!」
リナは,外から想像していたより格段に整った内装の廊下を,案内を受けながら進む。
「受付者が最後までご案内」をモットーにする営業マンよろしく夜間受付が前を行く。
「うひゃひゃ,もちろん全部じゃなくて,部分販売もお引き受けしやすが?」
(...なるほど,どこぞの魔導士がパーツ単位で買ってくわけだ...何をとは言わないけど)
ぼそぼそと口の中でつぶやく。
「いかがいたしやしょ♪」
もみ手を胸の高さでキープして夜間受付が相好をくずす。
「んっんー,そおねぇ..まず...」
やっぱり先ずはストレス解消から。これはリナのお約束だ。
「あんたのよく廻る口から行こっかぁぁ?」
「けへっ!口がご入用で?それでしたら老若男女...」
「ファイヤーボォウルっ!」
どがごぉぉぉっ!
「げはああぁぁぁぁっっ....」
「ファイヤーボール!ファイヤーボールっ!ほらほらっ,みぃんな出ておいで!死にたくなかったらお宝部屋に案内なさいよっっ!もひとつぅ,ファイヤーボォウルっ!」
どっこーんっ!
がっこーんっ!
どがらごがらぐわっしゃぁぁぁんっ!
「ああああぁぁっ!今日もぜっこーちょぉぉ(はあと)」
リナは機嫌良く身震いをする。
...いつも通りの破壊の夜であった。

「さあぁぁ,五体満足で逃げたかったら素直に白状なさいっ。お・た・か・ら。だまって寄越せば命までとろうなんて言わないわよ」
凶悪なセリフを振りかざし,最奥の広間で一人の男を追いつめる。
ちょっと鑑賞用にはしたくないようなダブついた男だが,髪無し,髭無し,さっぱりしててよろしい。
リナの頭の位置にその男の腹がある。大男だった。豪胆なのか何なのか,崩れ行く建物の中に在って騒ぎもせずにリナに対峙する。
元盗賊のお頭といった風だ。
「ふん,てめぇがリナ=インバース,ロバーズキラーを気取った魔導士か。いつかは来ると思ってたぜ」
「ほう!それはおまちどーさま。いろいろお呼ばれしちゃって,すっかり遅くなって悪かったわね。んで,おもてなしの用意は万端ってことかしら?」
轟々と燃え盛る音,瓦礫と化した建物の崩れる音に混じって,リナにとっては聞きなれた盗賊達の悲鳴が聞こえる。
ここもそろそろ危ないだろう。遠ざかる声を聞きながら引きどきも考えなければならないが。
「あんたの手下どもは粗方にげちゃったわよ。お給金,安すぎたんじゃないの?」
その分ため込んでいれば,リナとしてはうれしいのだが。
「さぁな。俺の知ったこっちゃ無い。...決まり文句で悪いが,こっから先は俺を倒してから行きな」
「ふうん。それって,あんたの後ろがお宝部屋ってことね。いいわ,意外と話がわかるじゃない。力技って,キライじゃないわ」
不敵な笑みとともに受けるリナ。
男の得物は粗野な手斧だった。だが,大きさが尋常ではない。荒く削っただけの本樫の柄に,斬ると言うよりは潰すための黒鋼の刃。
本当に使いこなせるなら,ブラックドラゴンの頭くらいかち割れるだろう。
リナもショートソードを抜き魔力を込める。
無論,それで渡り合うつもりはない。力の差は歴然,牽制の役にも立つかどうか。
しかし,ポーズはいつでもどこでも必要なものだとリナは考えている。
炎に煽られてマントが高くなびく。
自然に下げたリナの右手がピクリと動く。
瞬間!
ゴウっ!
地に転がりざま左に避けたリナの肩を風が凪ぐ。
ごがっ!
音を背に,更に左に飛びのく。
追いすがる,風。
男は声も無く,ひたすらにリナを狙う。
2度,3度,リナの立つ床に激烈な衝撃が加えられ砕け飛ぶ。
「うわわわわ!」
早い!
リナは剣を振るうどころか,足で床を蹴ることさえ容易ではない。
呪文は完成する。が,力ある言葉を発する間が与えられないのだ。
思いのほか,やる。間合いをあけなければ。室内ではこちらが不利だ。
「フリーズアロー!」
床をねらって一発。狙いは足止めだ。
だが,男は構わず突進してくる。
ぶうぅんっ!
「あきゃぁあっ!」
斧の風圧に叩かれたて思わず声が上がる。
そしてリナは見た。床に残された氷漬けの足首を。
「!?」
驚愕。だが同時に理解った。
桁はずれの膂力に疲れを知らぬ肉体,死を恐れず痛みを感じぬ者。
(フレッシュゴーレム...!)
しかも,肉に埋もれて貴石は視認出来ないが,操られている。ヤツらに意思はないはずだ。
「レイウィング!」
あの男,作られし者こそが,盗賊共からリナへのもてなしの品だったということか。
はなから肉弾戦のつもりはなかったが,たかが盗賊のアジトと侮ったのは迂闊だった。
こうなったら,部屋ごとぶっ飛ばす!
お宝への被害を考えれば大した攻撃呪文は使えないが,なまじフレッシュゴーレムなんぞを使うからだ,頭さえ吹っ飛ばせばリナにとって倒せない相手ではない。
「リナァっ!」
しかし,今日も今日とて邪魔が入ってしまった。
「ガウリイ!?」
燃え崩れる瓦礫をものともせずに飛び越えて走り来る男。
赤い炎が金髪に映える。
「リナッ」
鋭い声に,とっさに高度が下がる。
夜気を裂いて唸る鋼。
ズガァッ!
「うおっ!?」
黒鋼の斧はガウリイの立つ巨大な瓦礫を砕いた。
「いきなり来たぞ!?あいつ,あそこから!?」
「ガウリイ!」
「おうっ,リナ」
「ああああんた,確か紫檀製のテーブルの角で殴って気絶させといたのにぃぃ!?」
どぶっ。
「...どおりで頭のここんとこがぽこぽこすると思った...」
頭頂部をなでながら恨めし気な目を向ける。
「おまえな,俺じゃなかったら死んでるぞぉ?」
「とりあえず生きてる事だし,のーぷろぶれむよっ!!」
「ぐっ...」
「それよりっ!」
「?」
「お宝運ぶの手伝ってね!」
「だあぁっ,あのなぁ,あいつの相手の方が先だろお?」
吹き付ける明確な敵意に顔を上げると目が合った。
距離は数間といったところか。
だが,投げられた斧の狙いは自分だったとガウリイは確信する。
「どうやら,俺向きの相手らしいな」
「待って!」
「?」
「こっちにおびき寄せて。あたしが決めるわ」
不審げなガウリイ。だが言って解かるかどうか。
「人間じゃないのよ,あいつ」
「なに!?」
燃える物も尽き始めた廃虚に,夜の音が戻ってくる。
その中でかすかに聞こえる...足音。
「こっちに来る。...かたっぽだけだな。人間の足音だぞ?」
「材料はね」
いやな言い方だが,しかたがない。
「わかった。リナ,移動するぞ。ここじゃ狭い」
頭を巡らせれば,左手に燃え落ちた庭園が見えた。
目顔でうなずきあって地を蹴る。
同時に,リナは唱えていた呪文を放った。
「バーストフレア!」

きゅごあぁっ!

自らが立っていた場所を焼き溶かす。
しかし,リナの予想を裏切って破壊の後には黒光りする斧が残った。
「なんですって!?」
これだけの光熱でも溶かせないとは!
「リナ!こっちの燃えかす,ふっ飛ばしてくれ!」
男からは目を離さず,ガウリイは炭化した木々を蹴る。
「あああたしはお掃除やさんかぁっ?」
「来た!」
ずしゃり。
傷口から崩れかけた右足が,地につかれて濡れた音を立てている。
「ガウリイ,間をあけて。早いわよ,あいつ」
「殺さなきゃならないのか?」
「....そうよ!」
語弊がある。相手は疾うに死人だ。
しゃうん...
ガウリイは高い音を立てて抜いたロングソードを正面に構える。
「...助っ人か」
「ああ...俺はこいつの保護者なもんでね。悪いが,災難だったと思ってあきらめてくれ」
「得物を投げちゃったのは早計っだったわね。でも,手加減しないわ。ゴーレムにも,アンタにも」
「ふ,ふふふ...。なるほど,お見通しと言う訳だね...」
男のしゃべり方が変わる。リナに応えたのは優しげな青年の声だった。やはり後ろに魔導士が在るのだ。
「...根性悪すぎるのよ。死んじゃった人,まだコキ使おうなんて」
リナには大方のことが読めた。
この魔導士こそ鋭利追求集団の親玉だ。操っているこのゴーレムも盗賊共に集めさせた死体で作ったのだろう。
「フフフ,いぃやぁ,まだまだ働けそうな連中だったさ」
「!」
「使う材料も,魔道士それぞれってね。うん,その男なんかいいな」
「なっ!?」
「コレは見目悪いだろう?元々の部品は良かったんだけどね,混ぜ合わせたら結果がこれさ。力は,まぁ,期待した以上のものだったけどね」
見開かれたガウリイの目が剣呑に細められる。
「リナ...こいつ...?」
ガウリイには,まだ事情が飲み込めない。だが命への冒涜が,男の言葉に感じられる。
「ゴーレム,よ。遠くで誰がが操ってる。おそらく術者はこの近くには居ないわ。もともと,ゴーレムには自分の意志なんてないの」
炎は既に遠く,常人には星明かりでは足りぬ宵闇。だがガウリイには常人以上の視力がある。その目に,ゴーレムの瞳孔の開ききった目が映った。
「まぁ,その通りだよ,リナ=インバース。単刀直入にいうとね,君の魔力が欲しいんだ。そう,頭部をいただければ後は僕の力で無敵の肉体を調達してあげるから」
「のわぁにぃぃっ!?」
美しくハモった後,リナとガウリイの脳裏に浮かんだモノは,口にされることはなかった。
「ほら,君の連れはなかなか立派な体をしている。僕はもちろん,死肉より生肉の方が遥かに上手く扱えるからね」
「げっ」
「.....あんた,最低ね...」
リナは侮蔑の言葉を吐き捨てた。しかし,狂気の魔導士に届くことはない。
「わかってるだろう?僕には賛辞の言葉だよ」
男の目に鈍く淀んだ偽りの光がのぞく。
それからリナを隠すように,ガウリイは前へ出た。
「あんたにはリナは渡せないな。これ以上の怪物になったら俺の手にも負えん」
「なんですってぇ!?あんたどさくさに紛れてどわぁっ!?」
みなまで言わせる暇は無かった。
後ろ手に引っ抱えて飛び退る。

ぶじゃっ!

地に何かが叩き付けられる音,そして立ち登る...蒸気?
「!酸よ!あたらないでっ!」
「くそっ!リナ,離れてろ!」
「うやおわっ!?」
ぶおん...どしゃ。
「く...くおらっこのバカ力ぁ!乙女の体ぶん投げるなぁぁっ」
「下がってろっ」
動物の体からもっとも簡単に作り出せる武器の割には,なかなかの威力を持つ,酸。
作られた存在であるゴーレムに胃の腑があるものかどうかは知らないが,人間の胃液であってもその溶解力は凶悪である。
ゴーレムは自らの口を溶かしながら,それを放ち攻撃する。
しかし,射程距離はそれほど長くない。
超一流の剣士であるガウリイの動きを持ってすれば,魔族ほどに梃子摺る相手でもない。
足元に転がる小石を鋭く蹴りつけ同時にダッシュをかける。
が,効かない!?
「!?」
全く動じない。いかんせん,そこがゴーレムだった。
とっさに蹴った大地が音を立てて溶ける。避けきれなかった飛沫がガウリイのヨロイに煙を立てた。
ガウリイの頬が引き攣る。
−−−−急遽反転。
「やっぱやめっ!」
「んなぁぁ!?」
燃え落ちた廃虚を後に,脱兎のごとく駆け出す!
「リナっ」
「ひえっ!?」
引っつかみざまリナを肩に担ぎ上げ,飛ぶようにして走る。
「ばばばば、ばかぁ!おろしなさいよぉっ」
リナの場合は言葉と同時に手も出る。両の拳を一つに固めて,ガウリイの背中目掛けて振り下ろす。
「げはぁっ!?」
足が止まって膝を突いたところにもう一発,膝蹴り。
「ぐぼっ!」
ガウリイは腹を抱えて突っ伏した。
「タダであたしの体,抱こうなんてムシが良すぎんのよ!それにまだ用事は全然かたづいてないじゃないの!」
「よ,用事って...」
「かあぁっ,お宝頂きに来て,こんだけ労力費やして,手ぶらで帰れますかってのよ!」
地団太地団太。
「魔族と渡り合うあんたがっ,なんでゴーレムぐらいちゃちゃっと倒せないかなあ!?」
「お,あのなぁ,おまえにど突かれても死にやしないがっ,あんなもんくらったら俺だってタダじゃすまんっ」
「タダじゃなくてお宝が手に入るわよ!」
「俺よりお宝かぁ!?」
「あんたよりお宝よっ!」
「ぐぅっ」
...ガウリイが口でリナに勝てるわけがない。
しかしこのまま立ち止まって言い合いを続ければ,片足のないゴーレムは確実にやって来る。
「ええぇいっ!もうっ!」
「わわっ!」
リナのショルダーガードを掴んで、無理矢理走る。
手を放しても今度は,なし崩しに走り続けた。
「逃げてないで倒しなさいよっ!」
「も,元はと言えばおまえがこんなとこ,潰しに来るから悪いんだろ!?」
「悪かなぁいっ,あたしは正しいぃぃっ!」
「おまえが倒して来いよ!」
「イヤっ!」
「さっきは自分がやるって言ったじゃないか!?」
「何くだんないこと覚えてんの!あんたの聞き間違いに決まってるじゃない!」
「こんな時ばっかり卑怯だぞっ」
「あぁたしはいつだって同じよっ」
「ひでぇっ!」
「行って来いぃ!」
「野郎に唾吐き掛けられたんだぞ!?気持ちわりぃんだぞ!」
「あたしだって気持ち悪い!」
「俺は!男はキライなんだっ」
「だぁぁれがあんたの好みなんか聞いたぁっ!?つべこべ言わずに倒して来ぉいっっ!」
「リナっ!」
「何よ!?」
「このまんま走るとっ!」
「町だって言うんでしょ!?ゼルとアメリア叩き起こすのよ!」
「ゼルの奴なら食堂の床にめり込んでたぞっ!」
「ああああああああああぁぁっ!」
「やっぱりおまえだな!」
「どいつもこいつも役に立たないぃぃ!」
「だからおまえのせいだろ!?」
「やかましいいいいっ」
町が近づく。街灯や酒場の灯かりが数段低くなった谷の向こうにちらついている。
「リナっ,町はまずいっ」
「わあかってるわよっ!ったくもう!」
ざざざっ,リナの小柄な体が音を立てて急停止する。
「やるのか!?」
「フンっ!」
「...ったく,素直じゃないっつうか...」
「ここまで来たらお宝を吹っ飛ばす心配はないもんねっ」
「....」
「取りに行くのは手伝ってよ...」
「...はいはい」
仕方がない,ガウリイはパタパタ手を振って了解した。
「黄昏よりも昏きもの
 血の流れより紅きもの...」
「ちょっと待てぇっ」
「ぷにゅ」
後ろからリナの頬を挟み込んで黙らせる。
「夜の夜中に町の近くで,んな大技使うなっ」
「うにゅううぅ...」
「もっと他に遠距離でささやかぁに使えるモンがあるだろが?」
「もにぃうぅ」
「よっし,行けリナっ」
「って,乙女の顔気安くさわんなぁっ」
「ぐおっぶ!」
律義にリナの拳をくらって大地に叩き付けられるガウリイ。
「...俺ばっかり攻撃してどうすんだよ...?」
「うっさいよっガウリイ!」
「....」
かのゴーレムは未だ見えない。長さの違う足では速くは動けないのだろう。
「しらんぷりして放っておくのも,寝覚めが悪そうだもんね...」
鼻の頭にしわをよせてリナがつぶやく。
そこではたっと気づいた。
「待てよ...今のうちにお宝ゲットってのも手よねぇ」
何も二人揃って待つ必要はない。
「ガウリイ,お宝取りに行くのと,アイツ倒すのとどっちがいい?」
「ええっ!?どっちって...」
しかし,聞くまでもないことだった。ガウリイがさっきの場所を覚えているとは思えない。
「よし,決まり!ガウリイはアイツの相手。あたしはお宝さんのあ・い・て♪」
「ええーっ!?」
ガウリイの声に,ピッピと指を振って異議の申し立てを却下する。
「時間と人員は有効に使うもんよ。役割分担二者択一!」
「いいやぁ,もう一つ選択肢があるさ,リナ=インバース...」
「!?」
夜の闇の中から聞き覚えのある声が響いた。
ガウリイはとっさに,剣を抜いてリナに背をあわせる。
「ここで僕の相手ってのがね」
「どこなの!?出てきなさい!」
低く構えて気配を探る。しかし,あろうことか,ガウリイでさえ声の主の所在が掴めない。
「思うけどね...魔族なんかより,人間の方がうーんと残酷で,うーんと理解できない生き物だよ...なんせ,自分のやりたいことが一番なんだからね,やっかいさ」
ちらつく町の明かりを背負って,マント姿の男が現れる。
頭を一振りして,わずらわしげに前髪をかき上げる青年魔導士...。
「僕もその一人。そして...リナ=インバース,おまえもさ」
「...あんた...」
口中で唱えていたリナの呪文が消える。
ガウリイは,だが,リナの正面に現れた魔導士には視線を向けただけだった。
その魔導士から生けるものの気配が感じられないのだ...。
だが,おそらくこれこそが,ゴーレムを操る魔導士。
「ヴィジョン...ね。ふん,自分は安全なところで高見の見物ってワケ?それであたしの相手が聞いて呆れるわね。それとも,あんなゴーレムごときであたしの相手が務まるとでも思ってるの?」
リナの挑発に,小首をかしげて唇の端だけで笑う青年。
ひどくリナの気に障る...。
「お相手ね。できるさ,十分に。リナ=インバース,僕がここを君の最期の地にしてあげるよ...こうしてね!」
「!!」
魔導士の額から光がほとばしる!
二人は同時に左右に跳んだ。
「あはは,ほらほら...」
ジィィンッ
ジンッ
続けざまに放たれる光が二人の足を躍らせる。
「うわっやっとっ」
「わっ,リ,リナっ,何とか,しろっ,同業者だろ!?」
「そんなこと,言ったって,あいつ,実体じゃ,ないのよっ」
「ふふ,そうだよ,ここで攻撃されても,痛くもかゆくもないよ」
優し気に笑う魔導士の額に,夜の星明かりを受けて薄らと光る石が見えた。
「チィッ」
ガウリイが足元の小石を蹴る。光の発射元を狙って。
しかし,魔導士はフイと横に動いて躱してしまう。
「レイウィング!」
その隙をついてリナの呪文が発動する。
「ガウリイ!」
腕を伸ばす。その一瞬。
「ダァメ」
光の筋が二人を割る。
「あっ」
ばぐぅっ!
にぶく重い音を立ててガウリイのブレストプレートが地に落ちた。
続いて,ぱらぱらと金の髪が落ちる。
「!?ガウリイ!」
驚きにリナの呪文が消えた。
「あーっ,俺の髪の毛ぇっ」
「だぁっっ,おどかすなぁっ」
光はガウリイの背をかすめてベルトを断ち切っていた。
「だめだよ,僕の相手をしてくれないと」
にっこり笑って告げる魔導士。
「ガウリイ,だいじょぶ?」
「ああ,大したことない。それより...アイツの額んとこ」
魔導士の額に光った石。
「うん,魔術の媒体ね。そしてヴィジョンの本体だわ。あれを壊せばアイツは消える。次の光を放つまでのタイミングがはかれれば...」
「やっぱな。よし!」
言うが早いかガウリイは魔導士目掛けて走り出した。
持ち前の脚力を活かして右に左に大きく動き,敵を挟んでリナと対峙する位置を目指す。。
魔導士の放つ光の筋もそれを追って動く。
「元気なのは解かったけど,早くしないとお次が来るからね」
子供の遊びに付き合う大人の様に,魔導士が優しく窘める。
「心配,御無用だぜっ」
ガウリイは剣を振りかざして幾度となく魔導士に迫ったが,剣の届くほどの距離には近づけない。
だが,光を放つ時間の間は確かにある!
リナの魔法ならば攻撃は可能か。
「でやぁぁっ!」
硬い岩の確かな足応えを強く蹴って,ガウリイは魔導士の頭上に大きく跳びあがった。
それと同時に響くリナの呪文。
「アッシャー・ディ...!?」
しかしそれも途切れた。
あらゆる方位に光が走る。
倒れるリナ。
「リナっ!?」
同時にガウリイは空中にあって強い痛みを受けた。
続けて2度,しかし3度目は剣を振って弾みで姿勢を変え,避ける。
「ほぉ!」
光は虚空に突き刺さり消えた。
「...なるほど,人間離れした体術だ...余計に欲しくなったよ」
膝をついて地に降りたガウリイに,魔導士は感嘆の声をかける。
「...付き合ってるのがとんでもない連中なんでね。だが,誉めてもらってもやるわけにゃ,いかん」
ガウリイは剣を地に突き立てて身を起こした。
魔導士の向こうでリナが起き上がる。
「ああ,ごめんね,言ってなくて。これホントにタダの光だから,魔法使ってる時の結界って関係無いんだ。僕は実体じゃないから,前も後ろも上も下もないしねぇ」
「....タダの光で人様に傷負わせられるって言うの?」
「うーん,多少,殺菌能力が高いってとこかな?お肉なんて,一瞬で丸焦げになっちゃうね」
焦げる...リナは焼ける痛みを訴える左大腿に手を当てた。
「リカバリィ...」
呪文を唱え,目を上げる。ガウリイは...?
だがガウリイは既に立ち上がり,魔導士に向けて剣を構えていた。
その瞳には本気の怒りがある。
「...二人のコンビは素晴らしかったよ,ホントに1人になる為に培ってきた能力だね。うれしいよ」
「とことん自分勝手な奴だな...嫌な野郎だ」
「言っただろう?自分のやりたいことが一番優先なんだ。みんなそうじゃないか。嫌な奴で結構さ」
「...いいだろう。俺も,自分のやりたいことが最優先だ」
「ふうん...自分の命より?」
「今は,リナを苦しめる,お前を倒すことだ」
「ふふふふ、安心してかかってくるといいよ,殺しやしないから。二人ともね」
今までそうであったのだろう,負けを知らない魔導士の余裕綽々のセリフに,しかし二人は逆に活路を見出した。
リナにしてみれば痛いだけでもゴメンだろうが,魔導士の目的が明らかなのだからあのコトバは信用できる。
ならば。
詰め寄るガウリイ。
「おっと,あぶないよ,まさか自殺志願じゃないだろう?距離が短いとコントロールが難しいんだ,これは。それと...そろそろかな」
ガウリイがその言葉に気づき,リナに注意を促す。
「リナ,ヤツが来るぞ」
「え...!」
リナは目を凝らして見たが,未だ闇の向こうにゴーレムの姿はない。
しかし,ガウリイには伝わってくるのだ。無心にこちらに向かうゴーレムの...あるはずの無い殺意が。
冗談ではない。結構厄介な魔導士に加えて,あの面倒な人形まで一片に相手にしていたのでは夜が明けてしまう。
リナはもう一度決心した。
明日の事後処理より目先のお宝。そう結論をくだした。
少しだけ,ガウリイの表情の険しさも気になる。
リナは傷の癒えた足に力を入れて立上がった。
ガウリイをこちら側に来させなくてはならない。町を背にするのだ。
もしくはリナ自身が前に出て敵を下がらせるか。
またはガウリイもろとも吹っ飛ばすか。
「もういいかな,覚悟は決まった?」
まるで機嫌が良い時の姉ちゃんみたいだ。優しい振りしてその実“酷い”としか良い様のない行いの数々....いや今悠長に思い出している時ではない。
だが,リナの返事を待たずに,ガウリイは行動を起こした。
声も無く地を蹴り濃い闇に踊り込む。
キイィンッ!
ガッ,カッシィィン!
響く剣戟の音。
「来たみたいだね,僕の人形。ああ,しまった,傷を付けられちゃたまらないや」
ぐるり。
像が貴石に吸い込まれ,ガウリイが向かった闇に飛んで行く。
「行かせないわよっ...ルーン・フレイア!」
ざふぅっ!
しかし魔炎の牙は,貴石を避けて山道の脇に生える樹木を消しただけだった。
「!?」
「仕方ないお嬢さんだね。これはタダの石じゃないんだよ...ガルク・ルハード」
突如リナの周りに爆風が巻き起こった。
マントが風をはらんでリナを攫う。
「きゃあぁっ!?」
巻き上げられた石や土,幼い木々までが襲いかかるようにリナを大地に叩き付けた。
「う...」
「ちょっとだけ,大人しく待っておいで」
貴石は紅い光を放ち闇にとけた。


ガウリイが飛び込んだ闇の先には,やはり片足のゴーレムの姿があった。
どろりとした目がガウリイを認めて暗い炎を燃やす。
魔導士とゴーレム。2人が揃えば更なる苦戦は必至だ。
奴等の狙いがリナ自身にある以上,ガウリイには絶対に負けは許されない。
ゴーレムが振り上げる右腕は人の形を留めず,角質化したそれは先に黒鋼の斧を生やしていた。
う゛ぉんっ!
キイィンッ!
振り回される大質量の刃にガウリイのバスタードソードが弾かれる。
ガッ,カッシィィン!
受ける腕から衝撃が全身に伝わった。
「くおぉっ!」
ガシッ カンッ ギイィィッ!
それ自身人一人分の重量を遥かに凌駕する斧を振り回して,それでもゴーレムは前進を止めない。
下がればリナや魔導士に近づくことになる。ガウリイは歯を食いしばり,あわせた剣に力を込めた。
軽い衝撃と共に新たに熱い感触が背を伝う。
「く...そぉ..」
ガウリイの剣が下から手前に引かれる。
勢い余ってゴーレムの斧が大地割る。
すかさず横っ飛びに位置を替え酸の攻撃に備えながら,ガウリイは右腕の力だけで剣を振りきった。
ごがぁっ!
ゴーレムの角質化した腕が砕ける。
破砕の衝撃に剣もガウリイの手から弾かれた。
その一瞬後,魔力の闇が駆けた。
「ヘルブラスト」
ざう...
そしてそれさえ一瞬のことだった。
「な...?」
ゴーレムは跡形も無く消えた。黒鋼の斧だけを残して。
「無事だったかな?助けに来ようと思ったんだけど,リナ=インバースが邪魔をしてくれてね。...ちょっと,汚れちゃってるねぇ,フフフ...」
そこには薄く光る貴石を頂く魔導士がいた。
「き...さま..どうして...」
「...リナ=インバースが手に入るなら,アレはいらないよ」
古い道具を捨てるように,飽きたおもちゃを放り出すように,魔導士はゴーレムを切り捨てたのだ。
木を背に立上がるガウリイの奥歯が鳴る。押し殺した声を出す瞳が憤怒に燃えた。
「最低の...野郎だな...」
「彼女がそう言っただろう?聞いてなかったの?」
「.....ああ、そうだったな。そんな奴に...リナは渡さん...」
「リナ・リナ・リナ・リナ...そんなに好きなら,ほら,僕の手を取ってご覧。一つにして...あげるよ」
「黙れっ!」
「あぁあ,あんまり興奮すると,彼女が来るまで持たないよ。それとも君だけ先に連れて行こうか,死なれちゃ勿体無いからね」
魔導士がガウリイに向けて手を振る。
がくり,と膝がくだけた。ガウリイの体が意思と関係なく前へと踏み出す。
「く...っ」
抵抗するか?このまま奴の懐に近づくか?
刹那の逡巡。そしてもう一度、呪文を詠じる声が響いた。
「黄昏よりも昏きもの
 血の流れより紅きもの
 時の流れに埋もれし
 偉大なる汝の名において
 我ここに闇に誓わん
 我等が前に立ち塞がりし
 すべての愚かなるものに
 我と汝が力もて
 等しく滅びを与えんことを
 ......ドラグ・スレイブ!」
ズガァァァァッ!
大地を抉り裂き,木々を吹き飛ばし,岩を砕いて山を削る。
黒魔術最強の攻撃魔法が,リナによって炸裂した。
「ふ...ふふふ...相変わらずのこの威力...あぁぁ,スッキリしたっ。もー,変な兄ちゃんの所為ですっかり時間くっちゃってこのまんまじゃ夜が明けちゃうぅ。とっととガウリイさがして.....って,えっ?」
未だ崩れ続ける目前の抉れた山肌,濛々と立ち込める土煙の向こうに薄く光が灯った。
「...無茶な人だね...危うく殺しちゃうとこだったよ...」
土煙の晴れてゆく向こうには...揺れる魔導士の姿。
「うそ....ドラグ・スレイブが効かない...?」
知らず,リナの足が1歩さがる。
「いいや,効いた。まさかこの男が一緒に居るのに打つとは思ってなかったから。まぁ,もう少し離れてたら,死んでたのはこの男の方だろうけど」
「!?ガウリイィっ!」
まるで魔導士の陰に守られるように立つガウリイは,貴石の発する光に薄く照らされて血に濡れた姿をさらしていた。
「大丈夫,傷は大したことないから。外傷はね。そんなわけで,邪魔はさせないよ。死体になったんじゃつまらないし...。リナ=インバース,一緒に行こうよ,さぁ」
ゆっくりと,ガウリイの右手が上がりリナに差し出される。
細く開かれた目が苦しげな色を刷く。
リナの頬がピクリと痙攣した。
「舐めたまね...してくれるじゃない...グームエオン!」
「!!」
初めて魔導士の顔に驚きが浮かぶ。
リナが貴石の周りに張り巡らせた結界で,ガウリイを縛る術が解かれた。
「ふぅん、この石、結構便利だったんだけどね。もうだめかな?」
大袈裟に両手を広げて魔導士がおどける。
だがリナの表情はゆるまない。
「...許さないわ,もう...絶対に」
リナの怒りに結界が呼応して震える。
「その石にはもう,力はないみたいね。ドラグ・スレイブが効いたっていうのは,まんざら嘘じゃない。でも...これで,はい,さよならだなんて思ったら大間違いよ...逃がさないから...」
その時,よろける様に足を踏み直したガウリイが,宙に浮かぶ石に手を伸ばした。
小さくなる結界に押されて貴石に集約されるヴィジョンが歪む。
そして,、手のひらに収まるほどの紅い石は,ガウリイの手の上でテーブルに罅を走らせた。
ガウリイがリナを見やる。
「ガウリイ,呪文が終わったら放ってちょうだい。ゆっくりね...
 悪夢の王の一片よ
 世界のいましめ解き放たれし
 凍れる黒き虚無の刃よ
 我が力 我が身となりて
 共に滅びの道を歩まん
 神々の魂すらも打ち砕き
....ラグナ・ブレード!」
闇を制してなお暗い刃が空を裂き出現する。
ガウリイの手で宙空に放り上げられた紅い石が,弧を描いて光った。
「うりゃあぁぁっ!」
リナの気合と共に闇の刃が振るわれる。
リナの怒りの魔力刀は貴石を通して異空間を渡り...魔導士の作り上げた空間ごとその創造主をも薙ぎ捨てた。
裂けた空間から断末魔の気配が溢れ出す。
それと同時に数えるのもおぞましい量の怨嗟の想いが吹き上げた。
その声を,頭を振って追い払う。
「アンタ達の仇もとってあげたわよ....まぁ,このリナ=インバースにケンカ売った,当然の報いね...」
閉じていく空間の裂け目に一瞥をくれて,リナはガウリイに駆け寄った。
「ガウリイ!」
「ああ...結構面倒な相手だったな」
木に突き立った剣を抜いて鞘に戻す。
少しの間考えて,ガウリイは鞘ごと剣を外すとリナに向けて差し出した。
「え...」
とっさに受け取ってしまうリナ。
そして気づく。焼け焦げ,引き千切られた植物の匂いに混じって漂う血臭...。
「はぁ..よっこら..しょと」
剣の刺さっていた木に背をもたせて座り込み,ガウリイはやっと体の力を抜いた。
「ガウリイっ!傷!見せなさいっ...あー,は,早く直してお宝取りに行くんだからねっ」
リナは剣を放り出してガウリイにとりついた。
「お宝かぁ...はは...」
ガウリイの視界が廻る。頭が冷たくなるのが自分でも分かった。
「先に,行ってろ,リナ...」
「ガウリイ?」
地に突いた手が崩れ,木の幹を紅く染めてガウリイが倒れる。
「わるい...ちょっと,まずった、な」
目を閉じて,ささやくような声が漏れた。
「あ....ガ...ウリイ...?」
右足のアーマーの陰,左の脇腹,そして背中。
光に焼かれた皮膚と肉が裂け,赤黒い血がガウリイの体を濡らしていた。
「そんな...リカバリイっ」
「う..おっ...」
ガウリイのうめき声にリナは,はっとして手を引いた。
ゆっくりとガウリイが首を振る。

ムリだ。リナの力では治せない...。
流れ出た血液は、魔法では取り返しがつかない...。

リナの脳が急速に冷えて行く。
目の前で。
ガウリイが命尽きようとしている...。
信じられない事実に,伸ばした腕が震え出す。
「う....そ....」

「リナ...」
息をついたガウリイが小さく名前を呼ぶ。
「リナ,こっち,来い。もうちょっと,時間がある」
リナは震える体を叱咤して,這うように近寄った。
星明かりの下...温かな血が下生えの草を染めていた。
「...あ..かい..」
リナの手を濡らす,ガウリイの血...。
「お前の目と同じ色だろ」
ふるふると首を振る。
「お前,怪我ないか?そっか。よかった」
「.....」
「泣くなよ」
「!?...あ...」
気づいたとたんに更に溢れ出す。
涙は落ちた先で布地を濃い青に変えて行く。
「...なんか,しゃべってくれ。声,聞きたい」
「....ガウリイ...」
「...うん?」
「ガウリイ,ガウリイ...」
リナは首を振ることしかできない。
痛みの中で,そっとガウリイの頬が和む。
地に落ちた腕を大切に持ち上げてリナは額を寄せた。
わずかに滑る。
濃厚な血の匂い。
「い..かないで...」
「....」
「...もう,夜中に抜け出したりしないから」
「....」
「殴ったりしない,短気も治すから!」
今度はガウリイが首を振る番。
「あ...いや...いやっ」
「...俺,たくさん殺してきた。今度は...俺の番だっただけさ」
リナの内に込み上げる,認めたくない恐怖。
「だめぇぇっ」
「...悪くない,死に方だぜ?」
お前と共に戦って,お前の腕の中で。
「黙って盗賊いじめになんか行かない。ご飯の時だってケンカしない。お宝の方が大事だなんて,言わない...だから,死なないで。お願い」
お願い。お願い。
「はは..むずか...しい,な...」
「!?...ガウリイ!」
「おまえ...むり,ばっかり..いつも...いつも」
血に濡れた手が重さを増す。ガウリイの意識が遠くなる。
別れの...ときが来る。
「いかないでっ!いかないでっ!まだっ,いやっ...」
失えない人との。
「リナ...信じてる...おまえ..負けない..何にも...俺,しあわせだっ...おま...えも...わら...て...おくって....」
「ガウリイィ!?」
青い瞳がリナを見つめる。
焼き付けたくて。
「......」
声を失った唇の動きが,リナに伝える。
「あ....」
赤い瞳が大きく見開かれ....そっと細められる。
「......」
そしてリナの顔に小さく浮かぶ微笑みは,決して無理をして作られたものではなかった。
伝わる,ガウリイのリナへの想い。
「うん...あたしも...ガウリイ...」
「......」
「約束する...しあわせに...なる。ガウリイがあたしを信じてくれるなら...負けない...ずっと」
...瞼がゆっくりと閉じられていく。
隠される,青い宝石,リナの本当に大切な...。
「あ...あ...」
押さえていた鳴咽がリナの唇を割った。
泣きたくはなかった。ガウリイと約束したから。
ガウリイと逢えたことを幸福だと思いたいから。
リナは青い陰を落とす瞼にそっとくちづけた。
小さく呟きで誓う。
ガウリイのために、自分のために、二人のために。
「...負けないわ...リナにも,ガウリイへの想いにも...」



「はっぐぅっ!」
「!?ゼロスっ」
「や...やめてください,リナさん...ぼ,僕たち滅びちゃいますぅ...」
「ゼロスっ!あんたっ,なんでこんなとこに...まさか...」
悲しみを糧とするために...?
一人残されたリナの,独り残していったガウリイの。
「あ..はは...はは...欲張ってたら...ちょっと...こっちが死にかけちゃいましたぁぁ...」
「あ...」
リナの怒りが瞬時に沸点を超す。魔族の糧となる凶悪な感情が身を制し,目も眩むほどの憤りが込み上げる。
「ふぅ....っくぅ...リナ...さん...」
喜悦の笑みを浮かべる酷薄な瞳。
失われた青い瞳とは似ても似つかぬ冷たい...っ!
しかしその時,リナは気づいてしまった。
ガウリイを助けられるかも知れない存在に。
「ゼロス!」
「はぁ...ふ..う?」
「ゼロス!ゼロスぅっ!あああ,あんた,空間渡れたわよねっ!あんたっ!連れてきなさいっ,ミ、ミルガズィアさん!連れてくんのよっ,2,3匹ぃ!」
避けるいとまもあらばこそ,漆黒のマントの襟首を掴まえて振り回すリナは,目を血走らせてまくしたてた!
「リ,リナさん?...おち,落ち着いて..」
「どやかましぃぃっ!間に合わなかったら竜王の神殿の巫女になって,いいい一生ガウリイへの愛を貫いて魔族根絶やしにしてやるぅぅっ!」
「ひ,ひいぃぃっ!リナ,リナさんんっ!?」
押しに押して大木の幹に叩き付け,飽き足らずゆすりあげる。
「行くのよゼロスっ!ガウリイが死んだら,黒魔術なんて,金輪際使わない!神聖魔法の神髄きわめてこの世を浄化してやるからぁっ!!」
「そんなばかなこと...っ」
「おぉだまりぃっ!あんたの上司のためにも,行けぇっっ!!」
どかっっ!
二つの拳を一つにして,体の回転を加えた最大パワーをぶつける。
「がひぃぃ!?」
吠え立てるリナに急かされ,ゼロスは空間を裂く。
黒い姿はほうほうの体で闇に飲まれた。

「娘...相変わらず無茶をしてくれるな...」
ほんのりと生気の戻り始めたガウリイを横たえて,黄金竜の長老はため息をついた。
いきなりやってきて、滅ぼされたくなかったら逆らうな,不本意なので理由は聞くなと,引きつった顔の獣王神官に引っ立てられ,着いてみれば見覚えのある死体が一つ...いや,まだ死んではいなかったが。
「ガウリイは...ガウリイは?」
「とりあえず命は取り留めた,というところか。しかし,ギリギリの蘇生だった。当分動けん」
ジト目で見やってもリナは気づきもしない。
一心にガウリイを見詰める。わずかにでも,その瞼が震えることを願って。
「...目を覚ますのは2,3日後だ。無論,生き返ったからといって,今まで通りのその男とは限らんが」
「...え?」
それは,どういう...?
「リナさんっ,ほら,ばかは死ななきゃ治らないって言うじゃないですかっ!ガウリイさんの頭も少しはよくなってると良いですよねぇぇぇっ!」
「なっ!?...やかましぃっ!ゼロス!ホントのことでも許さん〜っ!」
「ひぃあああっ!やぁめぇてぇ〜っ!」
相変わらず騒々しくて自己中心的な連中だ,ひと(?)の話など聞きやしない。
憮然として二人を見やる黄金竜は,しかし,少女の中に深い安堵を見出した。
その背に,瞬時に空間を渡った黒い神官が張り付く。
「ミルガズィアさん,申し訳ありませんが,この続きはお任せしますので。もう僕の戴く負の感情はありませんし,それに,先ほどの続き」
声を低くしてささやく。
「口にしたら一生お仲間の元へは戻れなくなると思いますよ。
そんなわけで,僕は一足お先に」
告げると,さっさと異空間へ消えてしまった。
魔族にしてみれば,格段の親切だったのだろう。
ミルガズィアの口から,またしてもため息が漏れる。
「...娘」
「へ?」
ゼロスへの怒りはなんだったのか。早々にガウリイの側に座り込んで,飽きること無く見つめているリナに,黄金竜の長老は少々呆れながら繰り言をする。
「その男,死なせてやった方がよかったのではないか?」
リナの顔が凍り付く。黄金竜の問いは,常にリナの中にあったものだから。
「...言っても仕方の無いことだったな,許せ。答えはその男に聞くがよい」
リナは黙したままガウリイを見つめつづけた。
「その男も大変な運命を背負い込んだものだな」
死ぬ自由さえ与えられない...。
「もっとも,この男なら,きっと,望むところと笑うだろが」
その言葉にリナは眩しげに目を上げる。
...人の子の身で背負うには重過ぎる運命。支え,支えられることで自らの力以上のもので乗り越えていく二人。

黄金竜の不安を含んだ優しいまなざしは,だが、一条の朝日によって払拭された。
登り来る太陽の,澄んだ光が凄惨な男の姿を浮き上がらせる。しかし,その顔に苦しみの色は微塵もない。
互いを信じて眠ることの出来る存在。
そんな言葉が笑みを浮かべたミルガズィアの脳裏をかすめた。

もうじき長かった夜が明ける。
「...ガウリイ,早く,目を覚まして...一緒に歩こう・・・ずっと・・・」

                                        −−−END−−−


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