ショスタコーヴィチ

映画音楽「五日五夜」 作品111 より ドレスデン解放

 

 我が敬愛するショスタコーヴィチ・・・・数年前までは、ショスタコーヴィチの作品の大半は「隠れ」名曲であった。しかし、今や彼の、交響曲、協奏曲、室内楽作品、バレエ音楽、オペラ・・・などなど、どこにも隠れてはいない、誰もが認める「名曲」となった。が故に、彼の「隠れ名曲」を紹介しにくくなってきている。
 そんな中、あえて、まだまだあまり聴くことの無い、映画音楽というジャンルから今回は紹介しようと思う。

(なお、彼の主要作品についても、書きたいことは山ほどある。いつか、ショスタコ専用の企画ページは作ろうと思っています。)

 さて、1960年、彼はソ連、東ドイツの合作映画「五日五夜」の音楽の作曲のため、ドレスデンに滞在した。黙示録の夜と呼ばれた、第二次大戦中のドレスデン空襲の傷跡が生々しく残るこの地で、映画音楽の作曲そっちのけで、3日で書き上げたのが、彼の弦楽四重奏曲の最高峰である第8番・作品110である。自作からの引用、自らのイニシャル主題(DSCH)を全面的に採り上げた自伝的作品で、彼の作品中でも特異な存在である。この作品の完成をもって彼は自殺するつもりだった、とする説もあり、かなり彼にとっては苦しい時代の最中であったとも言われている。

 そんな状況下にあって委嘱されたこの映画音楽の一番の特徴は、やはり、作品110と同様、「引用」であろう。
 (映画自体を知らないので、確かではないが、)この映画でのクライマックスと思われる、ソビエト軍による、ドレスデンのナチスからの解放の場面のための音楽でのなかに、あからさまな恥ずかしいほどの引用が出現するのだ。
 まず、彼の交響曲第10番の冒頭を思わせる重苦しい弦の響き。第11番の第2楽章の虐殺シーンと同趣向の小太鼓のソロの後、モーツァルトのレクイエムの一節を伴奏形とした荒々しい部分。そしてティンパニの強打の後の静寂。そこで現れる解放のテーマが、問題の箇所だ。
 低弦による弱奏で始まる主題、なんかどこかできいたよなぁ、と思っていると、楽器を変え繰り返されているうちに、オーケストレーションの類似性に、誰もがひらめくだろう!
 ベートーヴェンの第九「歓喜の歌」じゃないか。それも、そのまんまではなく、出来そこなった形で。しかし、その後、すぐにまた気がつくはず。いつのまにか、彼の第12番の交響曲の第1楽章第2主題そっくりとなるのだ。そうこうするうち、曲はさらに盛り上がって、「歓喜の歌」が本当に出現する。それも、妙な対旋律がひっついて、滑稽さすら感じる。「歓喜の歌」はワン・フレーズのみ演奏され、コーダも付加されず、まるで恥ずかしいと言わんばかりに、ぶっらぼうに終わってしまう。(彼の第9番の交響曲の終止と似たキャラクターだ。)
 この音楽ほど、「強制された歓喜」というキャッチフレーズが似つかわしい音楽も無いだろう。
 (一度映像で確かめられれば良いのだが、)私の現時点での想像だが、ソビエト軍がナチス軍を撃破しドレスデンに入城する、その歓呼の中でこの音楽が鳴っているのならば、その映像が”「偽りの姿」だ、騙されているだけなんだ”、とプロテストしているかのように聞こえるのではなかろうか?一度、みなさんも確かめてみては、どうだろう?
(ちなみに、「五日五晩」の終曲にも、第12番の終楽章のコーダを思わせるハーモニーがあり、両作品の共通性を感じさせる。)

 そこで、私の邪推は続く。この「五日五晩」の次が、交響曲第12番「1917年」作品112(1961)である。「ドレスデン解放」の歓喜を皮肉った後、彼は、同じ音楽的ネタも使いながら、再度、精一杯、真面目な顔をして「革命のペトログラード」を皮肉ったというわけか?そういえば、第12番の第1楽章第2主題は、この曲の統一主題でもあり、ドーシド、という動機は、言うまでもなく、ブラームスの第1番の主題の引用でもある。この「ドレスデン解放」を経由することで、ショスタコーヴィチの第12番が、ベートーヴェンの「第九」、ブラームスの第1番と流れる「歓喜」の引用の系譜に連なる作品であることが明らかとなるのだ(ちょっと、それは誇張し過ぎかもよ)。 

 1948年の批判を経て、冷戦下における芸術統制が厳しくなり、それはスターリンの死後(1953)も継続した。そんな状況下で、彼は第11,12番の交響曲を発表し、全世界から、ソビエトの体制派の御用作曲家とのレッテルを貼られ、世界を失望させた。しかし、ひそかに、体制的交響曲の中にも毒をしのばせていた。じっと我慢を重ねていた。(また、第12番の初演1ヶ月前には、共産党員にも選出され、彼自身は深く苦悩していたという。)
 しかし、交響曲第4番の蘇演(1961・第12番の初演の2ヶ月後!!狙ったタイミングではないか!!)、さらには、交響曲第13番「バビ・ヤール」作品113(1962)をもって、ソビエト体制への真っ向からの挑戦状を突き付けた、と言えはしないか。
 彼の、作品110から113までの音楽(交響曲第4番も含めて)を順番に聴いてみよう。
 国家権力との壮絶な苦闘が感じられはしないか。ひょっとして死を決意していたかもしれないどん底から這い上がる過程を感じることが出来ないだろうか?
 1936年のプラウダ事件、1948年の批判と並んで、1960年以降の彼の人生は、ドラマティックな展開を見せているように私は感じる。そんな彼の人生の爪痕の一つとして「五日五晩」を聴くとなかなかに、感慨深いものがある。 とりあえずはナクソスの廉価版で是非、聴いてみてはどうでしょう。ショスタコーヴィチの交響曲を愛する人なら、何か彼の訴えるものが作品から聞こえてくるのではないかと思います。

 ちなみに、ナクソス版のカップリングの映画音楽「馬あぶ」は、オーケストラ・ダスビダーニャの第6回定演のアンコールでもお馴染みのバイオリン独奏曲「ロマンス」はじめ、パロック調の「コントルダンス」、美しい旋律の「序奏」など、交響曲のショスタコーヴィチとは全然違う、ロマンティックな作風によるもので、彼の創作活動の幅の広さには舌を巻くことでしょう。そちらもオススメです。交響曲第5番しかご存知無い方でも、それすら未聴の方でも楽しめる名曲ですよ。

(「清流」氏のHP開設を祝して記す 1999.6.12 Ms)


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