旬のタコいかがですか? ’06 9月

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2006年 9月25日

ショスタコーヴィチ生誕100年

 

 いよいよその日がやって来た。ショスタコーヴィチの生誕100周年のまさに誕生日。
 この記念すべき年に、私の精神も高揚して、今年の初めから交響曲第5番を改めて見直す作業などしているが、「引用」が中心となる論考だけに各種文献をあさるのに手間取って、かなり難航しています。何とか年内には・・・と思いつつ、無謀にもさらにもう一つ手を広げて、これまた傑作、
交響曲第7番「レニングラード」についても書きたくなりました。本来は、5番を片付けてから、と暖めていたテーマですが、このままじゃ記念年が終わってしまう・・・幸い、この7番に対する私のアイディアは、ひとまず「引用」絡みの検証はなしに楽譜だけを真摯に見つめよう、というものなので5番ほどの難航はしないだろうとの目算で始めます。私なりに、ショスタコーヴィチ100才の誕生日を祝して、彼の霊前に捧げたいページにと考えています。

楽譜から見えてくる「交響曲第7番」の真相?

 などと大袈裟にかましてしまったのだが、ここでの私の主眼は、まさしくショスタコーヴィチの代名詞の一つ、TVCMでもブレークした、「チーチーンブイブイ」と来れば一定の年齢層より上なら衆知のメロディ、いわゆる「戦争の主題」「ナチスの侵入」といわれるものの位置付け、についてをあらためて考えたい。
 一般的には、レハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」からの引用
(キャバレー「マキシム」で、酩酊して祖国を忘却・・・という歌詞の部分)、というのが今や絶対といっていいほどついて回る話ですが、それに対する違和感を含む個人的感想も背景にあります。
 確かに、バルトーク「管弦楽のための協奏曲」第4楽章で、このショスタコーヴィチの主題をあからさまに揶揄しているのは事実。そして、その下降順次進行の2回の繰り返しを、レハールの旋律に引っ掛けているのは聞き取れる・・・
しかし、バルトークにそう聞こえていたからといって、ショスタコーヴィチの本意もそこにあるのか? というのが私の率直な疑問。この主題に、バルトークにはバックにレハールが聞こえたのかもしれないが、私には、むしろ、第4番以降ショスタコーヴィチに絶大な影響を与えているマーラーの一作品がバックにあるように思える・・・が、その話は今の話題ではない。引用元たる歌曲については、こちらももっと勉強してから文をまとめたい。今は、楽譜だけを見て、第1楽章の楽曲分析をしたいのです。

 

 第1楽章の解説のオーソドックスなパターンとして、ソナタ形式の展開部のかわりに無関係な中間部を挿入した巨大な3部形式、という記述を良く見る。それゆえ、専門家・批評家からは評判の悪い、映画音楽程度の深みの無い、騒々しいだけの、名ばかりの「交響曲」というイメージは付きまとう。戦争も過去のもの、ましてその戦争の勝者・ソ連も地上に存在しないとなれば、この作品を積極的に肯定・共感する論調も生まれにくいだろう。
 ここで、私は、この
戦争を描写したと言われる中間部を、交響曲の定石たるソナタ形式の展開部として捉えることで、この7番の姿に新たな光を浴びせたい、と目論むもの。

 まず、スコアを眺めつつ第1楽章をいくつかの部分に分けてゆく。その際、標題的な解説の一例として、井上頼豊氏の「ショスタコーヴィッチ」(音楽之友社)からの説明文(P117以降)も右に付記する。

1小節目~ 第1主題提示 「この曲の主人公であるソヴェト国民の持つ勇気と自信」
51小節目~ 第2主題提示 「民衆の幸福の表現」、「あたたかい人間性、詩的感情と理想への熱望」
145小節目~ 中間部の主題
(「ボレロ的」展開)
「ファシスト侵略の酸鼻の印象を描き出す」「戦争の主題」
429小節目~ 中間部主題の自由な展開 「野蛮と獣性の勝利は不可避にように見える。が」、
「長い、不屈の闘いが前途によこたわっている」
498小節目~ 第1主題の短調的再現 「人類の尊厳は戦争の血なまぐさい幻ではずかしめられた」
562小節目~ 第2主題の無調的再現 「その悲しみは涙を流すには深すぎる」
615小節目~ 第1主題の短縮再現 「われわれの英雄たちのための(中略)この鎮魂曲をきいてわれわれは泣かない。
こぶしを固めるのだ」
636小節目~ 第2主題の短縮再現 「祖国のために命をすてた人びとの幸福な過去を呼びかえす」
661小節目~ 終結部(中間部主題の再現) 「戦争の主題の弱音のかすかな反復」

 戦争もソ連も忘却の彼方にある現在、ここまで切々たる標題を掲げる解説はなかなかお目にかかれないかもしれない。改めて書き写しつつ思う。それはさておき、この9のブロックを、ソナタ形式にあてはめ、私は、a,bを提示部、c~fを展開部、g,hを再現部、iを終結部として見てゆきたい。なお、再現部の開始をeからとする見方もあろうが、e,fにおける再現が提示部と比較してあまりに変容しており(ショスタコーヴィチにとっては、この再現における変容はむしろ普通だが、)、あえて提示部に近い再現が行われるg以降を再現部として捉えてみた。
 余談だが、このような中間部の肥大・再現部の縮小は、前作交響曲第6番第1楽章の構成にも類似してくるのも気に留めておいてよいだろう。すなわち、提示部(1小節目~)、中間部(70小節目~)、再現部(178小節目~)、終結部(208小節目~・・・こちらも中間部の主題のかすかな反復である)。ただし、6番においては、中間部におそろしいまでの静寂が支配し、7番においてはその逆である。

 7番に立ち帰り、展開部について見てゆこう。
 展開部の全貌としては、いわゆる「戦争の主題」のボレロ的展開(同一の小太鼓リズムに乗って、主題が反復され、オーケストレーションを変え音量を増大させる)の後、金管別働隊の乱入とともに「戦争の主題」が展開され、さらに、第1主題が短調で大々的に再現、かつ展開し、「戦争の主題」に派生する動機(4度下降順次進行)も登場する(524小節目~)。ただ、この動機自体は、第1主題部分でも既に聞かれたもの(31小節目~・・・こちらは3度の下降順次進行。だが、リズム及び最後の音が2回連打されるのが共通)。続いて、第2主題がファゴットによって無調的に奏される。その後に、第1主題が長調で伸びやかに静かに、しかし雄雄しく再現し、やっとここに安堵の表情が現われ、再現部としての落ち着きを取り戻す。

 さて、次に、中間部主題の造型、である。通常、全く、既出の主題とは無関係な素材が小太鼓の登場とともに出現し、幸福を脅かすナチス軍の侵入が描写される、という解説もなされるが、よくよくみれば、この主題自体は、第2主題から導き出されたもの、と私は解釈する。正確には、第2主題の伴奏、及び、第2主題部の旋律に由来する下降順次進行、から導き出されたもの、である。

 第2主題が歌われるバックに鳴るチェロ、ヴィオラの音型に注目すれば(51小節目~)、チェロの、G-A-G、そしてヴィオラの、D-E-D、が交互に重なりあいながら旋律を支えている。つまり、2度の音程の行ったり来たり、という動き、そして、G-Dという5度の音程が第2主題を支えている。
 まさに、この2つの要素(2度と5度の音程)で、中間部主題は開始される。Es-F-Es-B-B。そして、2度音程の動きは中間部主題に何度も繰り返し出てくる重要なものとして位置付けられよう。
 そして、次に下降順次進行である。第2主題部においては、75,103小節目以降に強調されるように、下降順次進行が目立っており、そこから中間部主題の2つめの旋律造型の要素として引き継がれていると言えよう。
 中間部主題が、第2主題の延長として造型されており、その主題を展開しているとするなら、ソナタ形式という格好も一応認められるだろうが、それ以上に我々はそこからショスタコーヴィチの隠された(非公式な)メッセージが読み取れるのではないか。

(2006.9.24 Ms)

 すなわち、主題提示部において、仮に人間の尊厳、そして平和指向が描かれたとして、中間部において、全く違う邪悪な存在が闖入してくるのではなく、中間部が提示部から連続性をもって解釈すべきもの、という考え方が可能となる。速度に注目しても、第2主題、および中間部主題は共に、4分音符=126で同じである。第2主題部の最後のrit.に対するa tempoで中間部は開始される。例えば、チャイコフスキーの「悲愴」第1楽章展開部のような激しい楽想の転換とは正反対な、第2主題との連続性はそのテンポ設定からも読み取れるだろう。
 また、具体的、標題的な解釈をあえてするなら、提示部に描かれた人間が、自ら、より良い社会建設を目指して歩き始める・・・、そういう意味付けの鑑賞が可能となり、もっと言えば、第2主題を形作る要素から中間部主題が創られることで、前述の井上著作で言う「理想への熱望」、の実現化に向かうソ連人民の行進が暗示される、と私は考える。
 それを補強する意味で、実は、第1主題部からも、この中間部主題へ流れこんでいる要素も指摘したい。が、実は既に前述した通り、31小節目に出る3度の下降順次進行+最後の音の2回連打、こそが、3度から4度へと発展した形で、まず、195、203小節のフルート、そして254小節以降のトロンボーンにより中間部主題の中間声部に紛れこみ、さらには383小節のホルンの強奏により大々的に主張を行う。その伏線があって、中間部がボレロ的展開から自由な展開へと移行する際に、金管別働隊がまさにこの4度下降を引っさげて登場し、その後全面的に展開することとなる。中間部におけるボレロ的展開、そしてその後の自由な展開において、第2主題のみならず、第1主題からの要素も周到に駆り出され、さらに目だった形で活用されているわけだ。

 以上のように、中間部の展開が、既出の主題によって構成されているのであれば、「勇気と自信」にあふれる「ソヴェト国民」自身が、この「戦争」と従来解釈されている悲劇的な行進の主なのではないか?そこで、ショスタコーヴィチの非公式な以下の言及がクローズアップされよう。

 「第7番(そして第5番も)では、ファシズムだけでなくソビエトの体制、総じて全体主義も描いた」
 (「ショスタコーヴィチ ある生涯」ファーイ著、P167)
 隣人リトヴィノヴァの回想中、本人の弁として語られるもの。

 この点については、いわゆるヴォルコフ著の「証言」においても触れらており、
「スターリンだって犯罪者」
「スターリンが破壊し、ヒトラーがとどめの一撃を加えたレニングラード」

等という指摘が並び、また、
「第7交響曲は戦争のはじまる前に構想されていたので、したがって、ヒトラーの攻撃にたいする反応としてみるのはまったく不可能である。「侵略の主題」は実際の侵略とは全く関係がない。この主題を作曲したとき、わたしは人間性にたいする別の敵のことを考えていた。」
とすら語られている。(中公文庫P275)
 「証言」については最近は信憑性の問題もあり、今の点、つまり、戦争前に7番の作曲が開始されたかどうかも諸説あるようだ。しかし、ヒトラーの侵略を主題として公言しつつも、ソ連国内のスターリン支配の有り様をもオーヴァーラップさせて曲に折り込ませた、という解釈は、ファーイ著作にある彼の弁、そして中間部主題の造型という楽譜の分析からも可能であろうと主張したいところだ。

 そこでさらに細かな分析として、中間部主題のボレロ的展開、つまりは「主題と変奏」についてもう少し詳細に見てゆきたい。

  小節 主題を担当する楽器 主な他の声部 2度音程の動機(B-B-C-B)
主題提示 149~ ヴァイオリン、ヴィオラ    
第1変奏 171~ フルート チェロ  
第2変奏 193~ ピッコロ フルート、低弦  
第3変奏 215~ オーボエ、ファゴット(応答) コントラバス チェロのpizz.
第4変奏 255~ トランペット トロンボーン チェロ、ピアノ
第5変奏 277~ クラリネットとオーボエのカノン 低音楽器 同上
第6変奏 299~ ヴァイオリン(複調) 同上 チェロ、ファゴット、ピアノ
第7変奏 321~ 弦4部、オーボエ、クラ(複調) 同上 ファゴット、ティンパニ、ピアノ
第8変奏 343~ 低音楽器 高弦、木管 木琴、2nd Vn.クラ等
第9変奏 365~ トランペット、トロンボーン 弦、木管、ホルン 低音楽器
第10変奏 387~ 高弦、木管 金管、低音楽器 (タンバリンのリズムのみ残る)
第11変奏 409~ 金管 弦、木管、木琴
(大太鼓によるリズムの補強)
 

 さて、この変奏の過程から、小太鼓のリズムに乗って、大戦前のソヴィエトの歩みが聞き取れないだろうか?

Happy Birthday!!!この記念日に生き巡る幸福を感じつつ(2006.9.25 Ms)

 ここで、右端に書いた「2度音程の動機(B-B-C-B)」について、疑問を持たれるかたもあろう。この大変陳腐な変奏曲(ショスタコーヴィチの他の変奏曲に比較して何とも単純、お粗末なことだろう・・・しかし、彼はこう書かざるを得なかったのだ。)において、主題そのもの及び小太鼓のリズム以外に、重要な役割を担っているのが、この動機である。第3変奏から第9変奏までずっと継続して聞こえる動機である。
 ここでお気づきの方も多かろうが、この動機こそ、中間部主題冒頭と同じ、2度音程の上下運動。そして、それこそ、第2主題の伴奏の音程である。変奏が高揚する過程でその存在感も増し、しかし、第10変奏でリズムのみをタンバリンに託し、音程としては聴き取れなくなり、最後の変奏ではあとかたもなく消滅している。
 第2主題の背景たる精神の消失、これには意味がありそうだ。・・・前述の井上著作に即して言えば、「理想への熱望」の枯渇、諦観、廃棄となろうか?

 さらに、変奏の過程で、主題自体が自由な主張を繰り広げる部分がある。第3変奏、そして第5変奏で、主題自体が時間差で現われることもその一環と見られないこともないだろうが、それ以上に重要な局面として、第6、7変奏では、20世紀ならではの感覚を思わせる複調が活用される。すなわち、ストラヴィンスキーが「ペトルーシカ」で大々的に取り入れ、ミヨーが推し進め、ラベルもまさに「ボレロ」で(ピッコロ、ホルン、チェレスタのコンビネーション)魅惑的に活用した、複数の調性を並行して響かせる「複調」という極めて20世紀的な技法をショスタコーヴィチも模倣したわけだ。具体的には、主題を、主調たる変ホ長調と、ト長調、変ロ長調で同時に鳴らし現代的な響きを獲得している。
 しかし、これらの主題の自由なあつかいは、次第に鳴りをひそめて、まるで思想統制でも行われるかのように、画一的な様相を呈してくる。音響だけはどんどんパワーアップするのだが、和声感の貧困さが覆い始める。多用な個性をぶつけあうかのような趣ですらある複調の第6、7変奏を過ぎてからの変奏の様相が、そうは思わせないだろうか。。
 そして、最後の変奏では、威圧的な金管の主題に対し、対旋律が弦、木管、木琴等にユニゾン・オクターヴとして型にはめられて、まるで自由を失ったかのような硬直した音の動きしかできない(音程の動きが全くぎこちなく、かつ、リズムもひたすら4分音符)・・・どこかで聞いた光景・・・そう、第5番のフィナーレ最後もまた、金管の主導権のもと、弦と木管がAの音だけをひたすら機械のように発音するだけ、言葉にも歌にもならない。その光景の再現を見届けるや、金管は別働隊の加勢を受け、引き続いては変奏曲のスタイルを脱して、暴力的な地獄絵が続くのみである。
 また、最後の変奏で、小太鼓のリズムに大太鼓が補強されているのも見逃せない。通常、ショスタコーヴィチは大太鼓をこんなには酷使しない。第5番も、最後の最後まで慎重にその破壊力は温存しているし、第9番のように1発だけの使用の例もある。強打にして連打の持続的な例としては、第4番第1楽章、第11番第4楽章の最後が挙げられようが、強烈な効果を狙ったものとして注目しておくべきだろう。大太鼓のこういった使用の先駆としては、ストラヴィンスキーの「春の祭典」第1部の最後「大地の踊り」を参考に挙げておく。

 以上見て来たように、変奏の過程は、まるでソヴィエト誕生からスターリン独裁に至るソ連人民の希望と苦難の歩みを象徴するかのように私には聞えて来る。行進の過程で一時許された自由はいつのまにか消え失せ、全体主義国家として膨張するソ連における、国家による国民の弾圧こそがまさしく音楽の背景に横たわる主題として相応しく感じられるのだ。
 楽譜を詳しく見ることで、ショスタコーヴィチが、交響曲第7番第1楽章のなかで、ヒトラーのソ連侵攻のみならず、スターリン支配体制の強化をも含む、全体主義の暴力性を描いていることが如実に浮かびあがってくる・・・というのが私の稚拙なる分析なのだが、100才にしてロシア連邦に生きるショスタコーヴィチご本人に伺ったと仮定するならなんと答えるかしら・・・。今なら正直に答えてくれそうかな。

 余談ながら、私の提案。
 ① 第7番第1楽章を「ソナタ形式」として理解をすること、そして、② 第2主題提示から展開部(中間部)への連続性を意識し、展開部の主題を「戦争の主題」「侵略の主題」と位置付けないこと(あえて命名するなら、仮に無難に「行進の主題」「前進の主題」くらいが望ましいか)。
 ショスタコーヴィチ研究家の方々にとって、これらが常識となる日は来るかしら。

(2006.9.28 Ms)

『余録』

 さて、この、ボレロ的エピソード、果たして、独ソ戦の前に既にショスタコーヴィチが構想したのかどうかはわからない。楽譜の日付を見れば戦争開始後、ということだが、彼の頭の中の構想までは今となっては知り様もない。
 ただ、曲解、としてなら、第7番の当初の予定であった「レーニン交響曲」の構想として、ボレロ的行進曲を考えていた可能性の余地くらいはあるのかもしれない、と個人的には思う。・・・ただ、構想として伝えられる「レーニン交響曲」第4楽章、「レーニン亡きあともレーニン主義の道を」というタイトルで、あの「チチンブイブイ」の旋律は使用しなかっただろうなあ・・・構成としてああいうスタイル(ボレロ的行進曲)を採ろうか、というイメージはひょっとしてあったのかも・・・・とはいえ、根拠の無い妄想に過ぎないかな・・・。

 さらに、余談だが、先ほど述べた、この「陳腐な変奏曲」、やはり西側では、有名なバルトーク始め、批評家などからも冷ややかな目があった。それは本人も承知していたろう。それを裏付けるかのように、その後の彼は、変奏曲大家の道を歩むのである。決して陳腐ならざる変奏曲を立て続けに書いている。
 作品3として、既に「主題と変奏」というオーケストラ作品を15才で書いた彼。変奏曲は作曲の修練上必要だったろうが、ずっと手掛けなかったスタイルだった。しかし、交響曲第5番の成功後のリラックスした時期に、習作的に弦楽四重奏曲第1番(1938)を書き、そして、この交響曲第7番(1941)での変奏曲の活用へと至る。それからは、私はちゃんとした変奏曲も書けるぞ、と言わんばかりに、力のこもった、それも深刻な変奏曲を様々なジャンルにわたって、多楽章のなかの一部楽章として組み込んでいる。
 交響曲第8番(1943)の第4楽章。ピアノ三重奏曲第2番(1944)の第3楽章。弦楽四重奏曲第2番(1944)の第4楽章。弦楽四重奏曲第3番(1946)の第4楽章。ヴァイオリン協奏曲第1番(1948)の第3楽章。とにかく目白押し。彼の作品を眺めてみてもこんなに集中しているとは・・・。「レニングラード」の尻拭いにしても随分こだわって書き続けたものだ。こう見てゆくと、よっぽど、第7番の変奏曲の陳腐さを自覚していたんじゃないか、と思ってしまう。第7番以降の大作すべてに変奏曲を組み込んだあたり、作曲家としての良心、あるいはメンツが強く働いたんじゃないか、と思う。
 さらに、時は流れて、1971年、最後の交響曲となる15番の第4楽章中間部、まさに、第7番の主題を思わせる主題を基に変奏曲を書いた彼・・・よっぽど、気にしてたんじゃあないかしら。

 最後に、7番については、まだまだ書きたいことがあります。全曲を貫く主題のこと。最初に述べた、マーラーの歌曲との関係?とりあえずは、生誕100年の高揚感にまかせて、第1楽章展開部(中間部)に絞って一文まとめた次第です。機会をあらため、また、この続きはいずれ・・・。

(2006.10.4 Ms)

 

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