薄い矢印が曹源寺
 2000年の夏のころ、本定年まで後2年と半年、55才の第一定年を過ぎて出向となったこの身、目的を見失い憂鬱な日が続いた。こんな時に、ふといつかテレビで見た四国八十八カ所巡礼が思い出され、定年になったら、3ヶ月かかろうが4ヶ月かかろうが気ままに歩いてみたらおもしろいのではないか、という考えが浮かんできた。
 そのためには、まず、一日に、20km、30km歩ける体力がいるな、それから、番組で出た初老の紳士が”般若心経”を唱えていたな、教本を見ながらだったがあれもいいな、なんて考えが発展していきました。
 こうして、10月にスタートした巡礼ウオーキング、いろんな人に声をかけられ、励まされて無事に結願する事ができました。ありがとうございました。
 本四国では巡礼の仕上げに高野山を詣でるように、知多新四国は尾張高野山と言われる興正寺にお参りすると言うことをメールで教えていただきました。正月休みの間にお参りをしたいと考えています。家から6kmあまりの距離、歩いて行こうと思います。
 今までに何度も書いたように、信仰心をほとんど持ち合わせていない私ですが、般若心経を覚え始めたころから周りに変化が起き始めました。今まで、自分の出したゴミすら片付けようとしなかった娘が突然家の中をぴかぴかに磨いてくれたり、特別に話題を変えたわけでもないのに、会社では人が集まるようになったり、夕方になるとキリキリしていた胃の痛みを忘れているなど。
 また、巡礼の中でもふしぎな体験があり(一部は書いてますが)、偶然、気のせいで方づければいいものをまともに受け入れている自分に驚くとともに、得ることの多い巡礼であったことに感謝をしています。
 ホームページ内の、時間は、休憩時間を抜いてありますが、歩行距離は万歩計の歩数から計算したものですから正確とはいえないことをご了承ください。
 写真撮影に使用したカメラは、OLYMPUS C-1400L、画質は基本的には、600X480ピクセル、文字を写したいときなどは 1280X1024ピクセルを使用しています。
 少し暖かくなったら、2回目にチャレンジをと、考えています。それまでは、牧野ヶ池緑地でのウオーキングを楽しみたいと思います。どこかで見かけることがありましたら声をかけてください。ありがとうございました。
曹源寺大師堂
曹源寺本堂
曹源寺山門
側道から見た前後の町
 これで納経帳は番外の3寺を除いて朱印で埋まった。鐘楼門の前の縁石でお茶を出してほっと、一息。ちょうど参拝にきた若いペアーに石柱の前で撮影を依頼する(この写真はあまりいい男に写っていないんで割愛)。
 後は、初願寺である、1番曹源寺へのお礼参りである。歩き出して驚いた。足がうそのように軽く感じられる。歩き始めて”本当にやったんだな、知多半島一週を、”と感情が高ぶる。1番から3番までは自動車でまわり、歩きは4番からだが、暖かくなったら2度目をかねて、はじめから歩こう。4番で本当の結願になる、そんなことを考えて歩く。歩きの初日、10kmばかりで音を上げたこと、32.4kmをめざして28.8kmで終わった7日目、この無理がたたり途中リタイアーの8日目、この後1週間近く歩くのに苦労したことなどを振り返ったとたん、涙が湧き出してきた。止めようとしても止まらない。涙と、鼻水でグシャグシャになった顔で、国道23号線共和インター近くまで歩いていたようだ。
 大府までは、国道23号線の側道を行く。23号線に沿って、第二東名高速道路の工事が続いている。有松インターからは、工事の為に所々、通れない。そのたびに、住宅や山にそれて歩く。
 国道の起伏はあまりないが、側道の起伏はかなりある。国道を見上げる位置から、見下ろす位置まで。最後の起伏の頂上に来たとき、曹源寺の屋根が見えた。
 曹源寺では、百何回目かになる般若心経を丁寧に唱えて、区切りとする。納経所にいた住職に無理をお願いして、大師堂の前で、私の姿をデジカメに納めてもらう。
           万歩計 12,392歩、8.1Km、所要時間 1時間45分 
長寿寺千体地蔵
長寿寺大師堂
長寿寺中庭
長寿寺本堂
長寿寺鐘楼門
長寿寺全景
 87番札所 鷲津山・長寿寺
         緑区大高町鷲津山13  臨済宗永源寺派 本尊・阿弥陀如来

 昭和54年(1989)移転という新しいお寺さんはコンクリート製にも関わらずあまり周囲の景観と違和感はない。鐘楼門を入ると、本堂と続く庫裡の大伽藍がある。見事な作りの中庭も見応えがある。別堂に弘法大師と薬師如来を祀る。
 境内に入ると、梵鐘がなり始めた。12時である。振り返って鐘楼を見るが人影はない。撞木だけが揺れている。
 納経帳で朱印のないのが87番のみとなった。時間は、10時45分。県道23号線を歩く。国道23号線のガードをくぐる。両側に新しい住宅が広がる。時間は少し早いが、喫茶店を見つけて昼食とする。
 JR東海道線のガードをくぐると、道路は線路に沿って続く。幅は狭いが歩道がある。やがて、右側に長寿寺の広い駐車場が現れた。
           万歩計 4,983歩、3.0Km、所要時間 45分
円通寺別堂
円通寺本堂
 88番札所 瑞木山・円通寺
         大府市共和町小仏67  曹洞宗 本尊・馬頭観世音菩薩

 ”結願所”と看板がある。が、境内に入り、本堂、別堂と境内の荒廃が気になる。本堂と接した庫裡からは女性の話し声がする。
 「知多八十八所遍路」には、天平元年(729)行基菩薩が草庵に馬頭観音、准胝観音の二尊を刻んで安置したのが始まりという。その後、天慶の乱、建武の乱に諸堂を消失、貞和4年(1348)夢想国師を迎えて中興開山した、とある。”下の病に御利益”と、お守りがならんでいる。
 大府から東海市名和へ抜ける県道を北上する。この道はなんども通った記憶がある。途中で分かれる県道23号線に入り、大高をめざす。愛知用水を越えると下りになる。工事中の湾岸道路(第二東名)が見える。円通寺はこの手前の林の中にある。
           万歩計 4,080歩、2.4Km、所要時間 40分
修行大師像
地蔵寺別堂
地蔵寺本堂
地蔵寺参道
地蔵寺参道
観音寺近くの道標
 5番札所 延命山・地蔵寺
       大府市長草町本郷40  曹洞宗 本尊・延命地蔵菩薩

 天正元年(1573)開基、翌々年教岩和尚を請うて開山、とある。昭和48年(1973)庫裡を再建、平成15年(2003)本堂再建完成の予定、とあるが、本堂はできあがっているように見える。境内には四国特産の亀石を台座に修行大師と水子地蔵が立つ。大師堂は本堂脇間にある
 また、このページには、巡礼は一度は父のため、一度は母のため、一度は自身のため、三度の巡礼をせよ、で始まる一文がある。
 あと、88番、87番と、残してある5番である(道順からこう巡礼するように書いてある)。
観音寺を出てすぐの土手で石柱を見つける。巡礼道のなごりと思われる。荒尾町の交差点に戻り、大府へ向けて直進のコースとなる。大府市との境にゴミ処理場ができたおかげで、道路が広くなり、歩道が付いている。観音寺を出てから何となく、体調も良くなってきたような気分がする。登りが終わったところで、大府市になる。そこからの道路は以前と変わらず、歩道がない。大型車同士のすれ違いもできぬ道路を進む。町へ入ると、大きな天満神社が目にはいる。地蔵寺はその隣りに位置する。
           万歩計 6,667歩、4.1Km、所要時間 60分
 86番札所 大悲山・観音寺
         東海市荒尾町仏供田45  真言宗智山派 本尊・清観世音菩薩

 江戸中期の儒学者、細井平州が幼少の頃勉学した寺である、いう。文永3年(1266)創建、天文2年(1533)僧昌増が中興したがその後火難に遭い堂宇をことごとく消失。天正13年(1585)再建なるが、昭和20年(1945)の戦災で再び消失、同28年再建とある。
 境内には本堂、客殿(大日堂)があり、客殿には大日如来を安置、本堂には聖観音、薬師如来、弘法大師を祀る。客殿の隣には”即身成仏大師”像があり、その周りには本四国お砂踏み場がある。四国4県の石版を渡り、本四国巡礼の御利益を得る、という。
 前述の書には、奈良仏教の説く生きながらにして仏になるために成仏する”即身成仏”と違い、弘法大師の解く成仏論とは、今生きているこの身のままに成仏できるという、説で”悟り”すなわち覚者になることである、と述べられている。
観音寺鐘楼
観音寺客殿
即身成仏大師
観音寺大日堂
観音寺参道
参道からの伊勢湾
観音寺参道
 再び県道に出て北上する。道幅はあまり広くはない、しかも歩道もない。時折すれ違う、自転車をやり過ごす。
 86番観音寺は、伊勢湾に近いがけの上にある。名鉄電車に乗っていて見える、聚楽園の大仏さんと並びの崖である。西方寺という大きなお寺のある、荒尾町の交差点を曲がると、曲がりくねりながらの坂道になる。参道に入ると、眼下に新日鐵の工場、そして名港東大橋がもやの中に浮かぶ。
           万歩計 2,587歩、1.6Km、所要時間 20分
清水寺地蔵像
清水寺本堂
清水寺本堂
 85番札所 慈悲山・清水寺
         東海市荒尾町西川60  浄土宗 本尊・聖観音菩薩

 塀のないオープンな作りの尼寺である。私の姿を見るなり、庫裡の前に繋がれた犬が吠えたてる。安寿さんが出てきてたしなめている。
 「知多四国八十八カ所遍路」によれば、丸根地区に堂宇をかまえていたが元禄8年(1695)現地の庄屋屋敷が火災で消失、村の火伏せを祈念して移築した、とある。本尊の聖観音菩薩像は説に伝教大師作といわれる秀作、東海市の指定文化財になっている、ともある。
 「朝早くからすみません」「よく冷えましたね」で始まった納経所での会話、今日は天気も良さそうなので、じきにお日様が背中を暖めてくれますよ」の言葉で送り出してくれた。
 県道55号を北上する。7時半を過ぎると、町も活気を取り戻している。通勤、通学の人が自転車で追い越してゆく。県道は富田橋で旧道に戻る。そこから斜めにのびる市道へ入ると85番清水寺がある。
           万歩計 2,374歩、1.4Km、所要時間 20分
玄猷寺お大師様
玄猷寺大師堂
玄猷寺本堂
玄猷寺参道
 84番札所 瑞雲山・玄猷寺
         東海市富木島町北島28 曹洞宗 本尊・十一面観世音菩薩

 S字カーブを描く市道からわずかに入る。静かな朝の空気の中で、もうすでにお墓の掃除に来ている人がいる。さして広くない境内には切り妻作りの本堂、大師堂、庫裡がある。寺宝の一つに、織田信長が比叡山を焼き討ちした際に持ち出したという聖徳太子像がある。
木庭橋交差点のオブジェ
 まだ完全に夜が明けてない感じの町にでる。吐く息が白く、頬がこわばってくる。本格的な冬の到来といったところ。子供のころ、鼻や耳を赤くして学校に行っていたころ以来の感覚である。自動車社会になれてきっている証なのであろう。市役所前の東西に延びる道路は東海市の新しい繁華街であろうがまだ眠りについている。木庭橋交差点のオブジェも日の出前の冷たい空気の中に息をひそめている。
 伏見1丁目の交差点を過ぎ、市道へはいると、84番玄猷寺がある。
           万歩計 5,120歩、3.1Km、所要時間 25分
名鉄太田川駅
 12月23日 今日は84番から88番、87番を経て1番札所の曹源寺まで、仕上げの一日です。起点は東海市、名鉄河和線太田川駅。前回と同じ時間に家を出るが近いぶん、早く着く。
 太田川駅 6時55分着、7時出発。

新四国八十八カ所巡礼録10

       このページの写真はクリックすると大きくなります。