伝記である。 そういう本は久しぶり。と言っても、グロタンディークはカテゴリー理論等を 駆使して代数学を構成し直した人であり、この本は「数学セミナー」に連載さ れた記事のまとめ。 代数学を高度に抽象化した天才であり、一般人には判らなくしてしまった戦犯 でもある。 伝記と言えば、子供のころに読んだ偉人の伝記以来あまり読んだという確かな 記憶もないが、この人は、 -本人がまだ生きている。 -本人は、極度の人嫌いなため、隠遁中らしい。 -その経歴には謎が多い。 という点で、不思議な人物で、一方この本は、 -物語的な部分はない。(例えば本人の心の動きを小説的に語る場面はほとん どない)。 -その業績についての紹介が、あまりない。(この手の本にありがちなカテゴリー 理論の簡単な紹介なんてのはない)。 -出生関係についてはやたら調べている。 -のわりに、本人が知られてからのできごと、結婚とか、フィールズ賞受賞と か、についてはあまり書いてない。 というようなわけで、かなり変わった本となっている。伝記というよりは、グ ロタンディークという人物について、これまで不明だった部分の調査結果の報 告と、グロタンディーク現象、特に日本での受容についての調査報告、という 体裁となっている。こりゃ、やっぱり伝記じゃないな。 もともとの出所からして、グロタンディークの業績や、全盛期の活躍を知って いる人向けの本という感じもする。 グロタンディークが登場して、とにかく全部を一から記述しなおす、という壮 大な仕事のやりかたに同時代でまきこまれてしまった人々の期待と、とまどい については、いろいろ思う。例えば、超弦業界ではWittenなんかが、リーダー なんだろうけど、彼について行くことはやっぱり難しくて、ついて行くことは 間違っていないだろうけど、時間も費してしまう。 でもグロタンディークほどじゃないだろうな。Wittenは一からなんでもかんで も作り直してしまう巨人というイメージじゃない。