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ご近所散歩道シリーズ・
荘島物語 1
「公園派」
「公園派」は世の中には多いのだが、この公園派がおもに活動するのは、4月から
7月。そして10月11月である。
季節がよいときほど、公園には集いやすいものだ。
現在、荘島公園は、青テント居住者1名。ベンチ不定期生活者2名、といったとこ
ろだろうか。
居住者生活者については、毛嫌いする人が多い。
だが、彼等は手厚いボランティアに見守られ、炊き出しのご飯ももらい、その代償
として教会や公園の清掃もしているわけで。けっして危険人物ではない。
以前、忘れていった三輪車を届けてもらったこともあるし、子供の世話をしながら
世間話をしたこともあった。
家の隣が公園で、よくお世話になっているが。
「荘島公園はあぶない」と言われるもうひとつの理由は、中学生がたむろしてことだ。
否!
たくさん中学生が集まって楽しいではないか!
夕方の7時頃、犬の散歩に行くと、みっちゃんにレン君、りゅうじくんがたむろし
てて楽しいではないか!
用もなく集って、用もなく話をする。
それは、どうやら世間的にはいけないことらしい。
それは非行のはじまりで、非行に走らないためにはスポーツに熱中するといいと言
われている。
わたしは、日本国民は、戦争は嫌いだけど軍国主義的な考え方は案外好きなのでは
ないかと思う。
町内会は、戦時中に異端思想を監視するための隣組の名残だというし。詰め襟の制
服を着せないと気が済まないし。
3人以上の人間が集う行為を集会と見なし、危険行為と考える・・・なんて言われ
たら、気絶しそうになるんだけど。いや、誰も面と向かってそんなこと言わないし。
でも、言わないのに、毛嫌いするから、恐ろしい。
公園派は、用もないのに公園に行くのが好きである。
そこに人がいると楽しいし。犬の散歩のはずが、時間を忘れて話し込むのも楽しい。
公園にはヒエラルキーがない。
公園派は大人も子供も気さくである。
すぐに友達にだってなれる。
ひとりの中学生の顔がわかれば、そのグループはみんな知り合いである。
それから、公園派は軍国主義は嫌いである、(たぶん)。
「食べ物屋」
食べ物屋が多い町である。
理由は簡単、工場や会社、それに少し歩けば市役所などがあって、昼間の人口が多
いから。
だから、安い食事には不自由しない。
いや、正確に言うと、日曜日はちょっと不自由する。安い店は日曜定休なのだ。
一方、荘島町にはスーパーマーケットがない。
あるのは、「わたなべ」という総菜や魚を置く店と、「三浦屋」という肉屋。それ
にセブンイレブンと米屋が一軒ずつ。ドラッグストアはないが「村上薬局」だと化粧
品もサランラップも電球も揃っている。
多分、これですべてだ。
喫茶店もレストランも定食屋も中華料理も有名な屋台もあるのに。スーパーはない。
まあ、不自由と言えば不自由だ。
老松のウドン屋は近くて一番おいしい。どんぶりモノもあるし、夜は焼き鳥もある。
ウドンに焼き鳥をつけて、などというみょーな夕飯もできる。
ビストロトキツは行列のできる洋食屋。マダムが多いので、敬遠する。
和華蘭はトンカツがうまい。この前、地区のソフトバレーの打ち上げはここでした。
かなりサービスさせてしまった。
一緒に飲んでいた公民館長に、店長が挨拶にきた。
自治会にも入りたいのだという。
「館長、ここは東地区だからウチの西には入れません、東の自治会長を紹介しましょ
う」
と言うと。
「いや、紹介する必要はない、ウチに入ってもらおう」と、館長。
「東は勢いがない。ウチの方から、道路渡って回覧板持っていけばいいだけや、誰が
やればいいと思う?」
わたしである。
和華蘭の隣りはウチのアパートであるから、アパートの自治区に入れろというので
ある。
おそるべし。仁義なき戦い。
町内会費が欲しいのではない。
だが、人材は欲しいのだ。
ソフトバレー、運動会、いずれも人口の多い地区が強い。
ウチは人口が少ない。おかげで、結婚して出て行った若者や、その友達までかき集
めて勝負をしているのである。
館長を筆頭に、みんな負けず嫌い。
どんな手を使ったって、勝ちたいものばかり。
そんな町で体育委員をやっているわたしは、やはりとても大変だと思う。
「救急車」
救命救急センターと救急病院のあいだにある町なので、住人はとても救急車馴れし
ている。
すみやかに道路脇によける、その所作がとてもスムーズで自然だ。どんなに渋滞し
ていてもそれは変わらない。
逆に言えば、救急車のサイレンに鈍感でもある。
昨夜、近くで止まったような気がしたが、「あ、止まったね」なんて会話して、そ
のままだった。
朝、近所の人と、道ですれちがって話をした。
「このあたりに、血がべっとりって聞いたよ」
「えー、そんな、知らないよー」と言いながらふっと道路を見たら、アスファルトが
真っ赤に染まっていた。その部分は白いチョークで囲まれていた。
「死んだのかな・・・」
なんて噂しあっていると、担架に乗せられて行ったのを見た、と別の人が言った。
この前少年が交差点でぶつかって死んだばかりだ。もう、誰もこんな死に方はして
ほしくなかった。
そうこうしているうちに、警察がやってきて実況見分しだした。
片側ずつ道路が通行止めになって、写真なんかが撮られている。
「ほーう、今日は片側でいいのね」
「この前は全面通行止めで、動けなかったもんねー」
「あー、あれは大変だったねー」
いろんな町にいろんな特徴があって、だんだん、みんなそれに馴れていくんだろう。
この町の住人は、救急車と交通事故にはみょーに馴れている。
「病床のルークを見舞う」
ルークは、モモと同い年の男の子。
とてもハンサムなラブラドールレトリバーだ。臆病だが頭もいい。モモとの相性も
最高で、朝の散歩のときは荘島公園でひとしきり2匹はたわむれる。
そのルークが病気になった。
ぐったりしていて散歩にも来ない。最初は夏バテだと思ったが、どうも血液の状態
がよくないらしい。
数日前に見に行ったら留守だった。
今日もまたルークの家に行った。「モモ、ルークちゃんとこ行こう」と言うと、言
葉を理解してか、さっさとルーク宅まで走っていった。
玄関が開いている。在宅中のようだ。
庭でおばあちゃんに会ってルークを呼んでくれた。
「まあ、モモちゃん、今、モモちゃんの話をしてたのよ、ルーク、モモちゃんが来て
くれたよー」
ふらつきながらルーク、出てくる。ずいぶん痩せた。顔が半分くらいになっている。
ルークは柵ごしにモモとの再会を喜び、鼻をこすりあわせていた。
「さっきまで横になっていたのにねー、モモちゃんに会えてよかったねー」
それからルークは庭先に放尿して、そのまま横になった。
「顔は痩せてるけど、おなかはパンパンなのよ、利尿剤を飲んでいるの」
娘の和子さんが出てきて、そう言った。
「それから、おしっこするととても疲れるみたい」
ルークは、そのあとは一度も立ち上がらなかった。
あまり長居すると疲れるだろうから、早々に別れを告げる。
ルークは、早く家に戻りたかったんだろうが、最後までモモを見送ってくれた。
「モモちゃんが来てくれたから、庭まで歩けた、よかったよ」
と、おばあちゃんは言ってくれた。
もう、恐らく長くはないのだろう。
憔悴しきった和子さんの顔がそう語っていた。
同じくらいの子供の頃にやってきて、今が7才。子供の頃から仲良しだった。
帰りながら、少しだけ泣いた。
同じ町にずっと住み続けるというのはこういうことだ。
去ってゆく者を見送らなければいけない。
犬だけではないだろう、これからも、いろんな親しい人を見送って。
そうしてわたしも、こんなふうに見送られてゆくのだろう。
「バイバイ・ルーク」
わたしよりもずっと後に生まれ、いつのまにか成人し、短い寿命を駆け抜けた。
頭がよくて短い言葉を理解し、喜んだりこわがったりする様がおもしろくって、か
らかったりもした。
朝の公園で会うと、ひとしきり遊んだ。病んでからは外出もままならず、みんなさ
みしかった。
朝起きると、家の中で冷たくなっていたのだという。
もう長くはないとわかっていながら看取ってあげれなかったと言って、和子さんは
泣いた。
わたしも泣いた。
ルークの去ったこの世界を、どんなふうに受け入れられるかわからなくて泣いてし
まったのだ。
朝の荘島公園。
夕暮れの散歩のとちゅうに、会うルーク。
モモとたわむれるルーク。
臆病なラブラドールレトリバー。
幸せだったに違いない。なぜかそう思う。
そうして、わたしたちに、それ以上の幸せを与えてくれた。
バイバイ、ルーク。
同じようにいつかモモが逝くときは、夢のような広い公園で待っていておくれ。
毎朝そうしたように、いつまでもいつまでも遊んであげておくれ。
「プロ野球チップス」
今回はコンビニの昼バイトの岩崎くんの話。
岩崎くんはバイトと言っても学生じゃなくてほぼフルタイム、いちおう店長がいな
いときの責任者という立場らしい。> 年齢不詳。
岩崎くんは「プロ野球チップス」が好きだ。休み時間に2袋買ったりする。
わたしもプロ野球チップスを毎日買う。だけどなかなか当たらない。
そうこうするうちに、岩崎くんに疑惑の目を向けるようになった。
外側からサーチすると当たりカードは案外わかるものなのだという。岩崎くん、店
頭に並べるときにサーチして、当たりを抜き取っているのではないかと。
今日、プロ野球チップスその他もろもろの買い物をしてコンビニを出ると、岩崎く
んが外回りを掃除していた。
「ねえ、プロ野球チップス、当たる」
疑惑満々でわたしが尋ねる。
「いやー、なかなか当たらないですねー」
岩崎くんは笑いながら答えた。嘘ついてる感じじゃないな、と、瞬間思った。
帰ってカードを開けると、はじめてのラッキーカードだった。
これを送るとプロ野球カードファイルがもらえるのだという。
やっぱり、サーチしてなかったんだな・・
岩崎君よ、すまなかった。
岩崎くんに、心で謝ってから、わたしは当たりのカードをはがきにはっつけた。
「変人」
公園で犬の散歩をしていると、ザクロの実を取っている女性がいる。
もっと大きくなったら食べようと楽しみにしていたので、不快に思って近づいてみ
る。(荘島公園はわたしの庭のようなもの、だからこの木はわたしの木だと勝手に思
っているのだ)
近づくと、近所の坂下さんだった。同居の男性と一緒に小さなザクロをたくさん取
っていた。
「ああ、草木染め」
「そう、きれいな色になるのよ」
坂下さんならいい、と思った。彼女の草木染めは素晴らしい。服やのれん、今年は
着物の帯のようなものまである。わたしは彼女が庭に染め物を干すたびにいろんなこ
とを尋ねてみるのが大好きなのだ。
年に一回自宅で展示会、他にもデパートや市の展示場でいろんな作品を発表してい
る。
そんな坂下さんなのに、なぜか近所では変人扱いだ。
「あそこの家とはつきあいがないんだよ」
と、ここに住み始めてすぐ、夫が言った。
「独身で、誰かの愛人をやってる人だしね。猫をやまほど飼っていて、みんなが迷惑
しているんだ」
その後、坂下さんは、会社を退職して、愛人らしき人と一緒に暮らしはじめた。ふ
たりとも、いい年である。入籍はしてないから、表札にはふたつの名前が書かれてい
る。
男の人はくわえ煙草で、庭木に水をやる飄々とした人だ。
飼い猫が外で糞をする、野良猫も出入りしている。
それが嫌われている原因だ。
迷惑も多いが、坂下さんのことは実は好きだ。
染め物の模様をセブンイレブンでコピーしてたりすると、わざわざその模様を見せ
てもらったりもする。
家を訪れると、廊下まで本が高く積み上げられている。ハヤカワのものが多く、読
みたいものもないけど、そういう暮らしぶりがいいな、と思う。
秋が深くなると、坂下さんは染め物の展示会の案内状をくれる。
ああもうすぐ、そんな季節になるんだなあ。
変人と扱われていることをうすうす感じ。年を取ってから、好きな男と暮らし。そ
うして好きな染め物にいちにちを費やす。
そういうのって、なかなかかっこいいではないか。
「名前のない古本屋」
道路を渡った隣町に名前のない古本屋がある。
処分したい本がたまると、紙袋につめてそこに持っていく。
大手の古本屋ではない、小さな店をわたしと同年代くらいの男性がひとりでやって
いる。
「あそこはあんな小商いでどうして潰れないんだろう」
と、近所でしばしば話題になる。
安いコミックはあまり儲からないが、奥の方のエロ系の雑誌やビデオなどがおもな
収入源であるらしい。妖しげなローションとかおもちゃらしきものもある。だが、近
所すぎて、そこまでじっくりと覗けないのが難点である。
今回持っていったのは、「葉桜の季節に君を想うということ」(ネタがわかったの
で読み返さないと思った)、「ヘルタースケルター」(正直あまりおもしろくなかっ
た)、「インザプール」「らんま1/2の36巻」(持ってないと思って2冊買って
重複してしまった)など、紙袋ひとつ分である。
こんにちはと言ってカウンターに置くと、そのまま無言で査定がはじまる。ほとん
ど会話はしない、お互いそれくらいがちょうどいい距離なのだ。
新作はけっこう高く取ってくれる。だから発行日は必ずチェックされる。
今回は770円。
だいたい毎回それくらいだ。
その小銭を握りしめ、コミックとか買って帰る。
丹念に見ていくと、だいたい掘り出し物が見つかるのだ。
今回は嶽本野ばらの「ツインズ」を見つけ、あとコミックを2冊買った。
750円。20円の黒字である。
買った本の方が高くなる場合もある。そんなときは「これは表紙が汚れているから」
とか言って値引きしてくれる。そういう意味では良心的なのかもしれない。
わたしの持ってくる文芸書は、だいたい一番奥のコーナーの平積みになる。店頭の
平積みは「ハリーポッター」あたり。わたしのは地味なので奥だ。それで売れている
と嬉しいが、長く残っているとちょっとさみしくなる。
冊数の割に掘り出し物が多いのは、やはり大切な本を持ってくる客が複数いるせい
だろう。
大手の中古本として扱われることを良しとしない。きちんと別の愛読者の手に渡る
ことを願っている。そのように丁寧に扱われた本を、ふたたび手にするのは嬉しいも
のだ。
店主は物静かで、ほとんど話をしない。
パソコンを見ていたり、紙粘土のようなもので猫の置物を作ったりしている。
猫はなかなか表情もよく、いい感じなので、完成品があったら買おうと思っている
のだが。制作中のものしか見たことがない。
他人の雑貨品の委託もいくつかあるんで、猫も売ってほしいと思うのだが。なぜ、
猫は販売しないのだろう
もしくは、販売すると、あっというまに売れてしまうんだろうか
それとも自室にでも飾られているのだろうか
いつかは聞いてみたいと思うが、なかなか聞く機会がない。
古本屋は、パチンコの景品交換所のように、無言でやりとりが似合う場所なのだ。
「バザー」
町の小学校でバザーがある。
一日だけは手伝いに行かなければいけない。
ボランティアは嫌い・・・という言い方はよくない・・・苦手であるとしておこう。
知らない人が多いし、なんだかあまり楽しいと思えない。
だが、前日の品物並べだけは手伝うと言っておいたので、しぶしぶ体育館に出かけ
た。
やるべき仕事が多いのが救いだった。
ひとつひとつの品物を並べてゆく。荷物運びは、かなりの量を持てるので効率もい
い(仕事でいつも膨大な荷物を運んでいるからだ)。
陶器の部門を担当して、ひとつひとつきれいに蓋を開けて並べた。
使い古しらしきものもある。が、古くてもよいデザインなので、新品と間違えぬよ
う箱から出して並べた。
傍にいるのは知らない人ばかり。
「これは、こっちにまとめましょう」なんて言いながら、数人で行った。その中には
フィリピン女性もいた。日本語が堪能なようだった。
次に、レジの準備をしてくれないかと言われる。
陶器を包む新聞やら、入れる紙袋を揃えてゆくのだ。
手順を理解してそっちに行こうとすると、後ろから肩を叩かれた。
「ひとりでやろうとしないで。言ってくれれば手伝うよ」
さきほどのフィリピン女性だった。
黒のタンクトップから、玉のような汗が吹き出している彼女が、手伝ってくれると
いう。
手順を説明して、ふたりで、無駄話をしながらやった。
「フィリピンの人、このあたり多いね」
というと、仕事場が近いからだと言う。低学年の子供がいながら、彼女は夜働いて
いるのだろう。だけど、フィリピン社会はみんな仲良く結束が強い。もうひとりのフ
ィリピンの友人の噂話をしたり、フィリピンの学校との違いを教えてくれたり。彼女
はとても人なつこくて、あっという間に作業は終わった。
終わってから、用意されていたコーヒーを一緒に飲んだ。
「あなたは、気さくで優しくてとてもいい人だよ」
だから手伝いたかったのだ、みたいなことを言われた。
胸が痛くなった。
わたしはボランティアも知らない人も苦手で、ほんとはこんな場所になんていたく
ないって思っている。
他人が見ている自分と、ほんとうのそうじゃない自分とのギャップに悩んでいる。
どうしてイヤなように見えないんだろう、そんなにいい顔してるわけでもないのに
・・・といつも思っている。
だけども、彼女はひと目でわたしを気さくで優しい人だと言った。
そう見えるのかもしれない。
それに・・・もしかしたら、ほんとうにそうなのかもしれない。
わたしは、自分で思っているほど、イヤなヤツではないのかもしれない。たとえ、
表面だけだとしても。わたしは、その場所では、ちゃんとやれているのかもしれない。
もう、そろそろ認めてもいいかな。
初対面の彼女が言うくらいだから。
他者が見ているわたしも。また、わたしの一面なのだから。
「キング」
人を惹きつける人間だけがキングになれるのではない。
キングになることができるのは、自分の王国を持っている人間だ。
荘島町にも美容室ができた。最近はここの美容室に通っている。
凝った内装で、男性とその奥さん、それともうひとりの女性でやっている。3人と
も若くてとてもきれいだ。
女性週刊誌もなく、室内は美容室にしては暗い。今日は矢沢永吉のDVDがかかっ
ていた。その前はレコードプレーヤーから見知らぬ音楽が流れていた。美容室という
よりも洒落たカフェという印象。ハワイのコナ・コーヒーなどを出してくれる。なか
なかおいしい。
それに最近は2匹の小犬が加わった。犬は大体2階の自宅にいるけれど、ときどき
抱っこして見せてくれる。
なんだか変な店だな、といつも思う。
「完全予約制」と書かれていて、重たい木のドアは気軽に開けられる雰囲気ではない。
近所でなかったらちょっと入れないだろう。
それでも行くのは、カットがうまいのと、スタッフの雰囲気が好きだからだ。
予約がないときは、男の子がハリガネで手作りのランプシェードを作ったり、バイ
クで出かけていったり。ときには女性ふたりで犬の散歩をしたり。仕事がないときは
いつも遊んでいる。いや、ずっと遊んでいながら、ときどき仕事をするって感じか
できれば遊んで暮らしたいと思っている人は多いだろうが、実践できる人間はなか
なかいない。
それは遊ぶためのコンテンツが頭の中にないからだ。ずっと遊んでいると不安にな
る、人間が壊れる、そんな人は案外多いのではないだろうか。
わたしはここに来ると、彼等の頭の中の王国にいるような気分になる。
きちんと整頓されて壮大で、いろいろな楽しさが次々にカタチになってゆく王国。
そんな場所でひとときを過ごすのはもちろん楽しい。
生まれて3ヶ月ほどの小さなビーグル犬がゆったりと外を走る車を眺めている。だ
が、ここではないどこかを夢見ている風ではない。ここがすべてであって、この場所
は満たされているからだ。
ビーグルの名前はキング。王国に住むにふさわしい名前だ。
こがゆき