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なまはげ


な「悪い子はいねえがぁ!」
子「きゃああぁぁ!えーん、えーん!」

俺の名前はなまはげ。
おっと、本名じゃないぜ。本名は尾賀一郎って言うんだ。
でも、なまはげをやっているときは、身も心もなまはげになりきっているのさ。

な「悪い子はいねえがぁ!」
子「恐いよおぉ!わーん、わーん!」

さて、次はどの家に入ろうか…うーん…
お、小さい自転車発見。あの家には小さい子がいるに違いないな。
よし、次はあの家に入ってみよう。

 ガラガラ、ピシャーン(引き戸の音)

な「悪い子はいねえがぁ!」
子「……」
な「わ、悪い子はいねぇがぁ!」
子「……」
な「悪い子は…」
子「…それしか言えないんですか?」
な「…え?えーと…お父さんお母さんを困らす、悪い子はいねぇがぁ!」
子「……はぁ…(呆れ顔でため息)」
な「な、なに?なんでため息なんだよ。」
子「……ちょっと質問していいですか?」
な「…え?…お、おう、いいぞ。」
子「あなたの言う悪い子ってのは、どういう子供を指しているんですか?」
な「…え?えーとだなぁ…お父さんお母さんの言うことを聞かない子のことだな。」
子「両親の言うことを聞けば良い子なんですか?先生の言うことは全く聞かなくても?」
な「いや、先生の言うことも聞かないとダメだろうな。」
子「じゃあ、親戚の言うことは?近所の人は?警察官とかは?」
な「うーん、やっぱり聞かないとダメなんじゃないかな。」
子「ということは、つまり、大人の言うことなら誰の言うことでも
  何も口答えせずにハイハイと服従してなくちゃ良い子とは言えないと。」
な「…いや、そうは言ってないけど…」
子「そう言っているのと同じでしょうが。
  そうやって子供の個性なんて考えず、大人に服従しているかどうかだけで、
  子供を『良い子』『悪い子』の2値に分類しているんでしょう?」
な「…いや、そんなことはないって…」
子「いや、そう思っているのは分かっているんですよ。
  なまはげなんてやっているのがその証拠です。
  そうやって、子供たちの主張を なまはげの見た目と恫喝による恐怖によって抑圧し、
  子供たちが大人の思い通りになるように人格矯正しようとしてるんでしょ?」
な「……だから違うって…」
子「いーや、違わないです。世の中をよーく見てご覧なさい。
  そうやって自己主張を抑制されて育ったために
  自分の心の内を表現するすべというものを忘れてしまった人たちが、
  怒りや悲しみや不満や鬱憤を自分の中にだけ溜め込んで吐き出せずに、
  そこら中でもがき苦しんでいるから。」
な「……」
子「そうやって心に闇を溜め込み続け、闇が心のキャパシティを超えてしまった場合、
  その人たちはどうなると思います?ある日、突然キレるんです。
  キレるって言っても、ヤンキー兄ちゃんがキレるのとは質が違いますよ。
  子供や老人や女性などの肉体的に弱い人を無差別に殺したりするんです。
  よく聞くでしょ?『あんな良い子が何故?大人しい子だったのに…』って。
  本当は『大人しい子だったのに』じゃなくて『大人しい子だったから』なのにね。」
な「……うーん、そうなのか…」
子「『うーん、そうなのか』じゃないですよ。
  あなた、自分のしてきたことが本当に分かっているんですか?
  あなたのせいで、子供たちが将来苦しむんですよ?
  それに苦しむのは子供だけにとどまらないかもしれない。
  さっき言ったみたいに、その子がキレて誰かを殺したりしたら、
  殺された人の家族だって苦しむし、殺した子の家族だって苦しむ。
  そして恨みが生じる。社会がギスギスする。世界が闇に包まれる。」
な「ち、ちょっと、世界が闇に包まれるってのは言い過ぎじゃないかな…」
子「うん、確かにそれはちょっと言い過ぎだったかもしれません。
  でもね、やっぱり恐怖によって子供の意見を抑圧するってのは、
  非常に宜しくないことだと思うんです。
  抑圧されて育つと無差別殺人を犯してしまうってのは極論かもしれませんが、
  自己主張のできない人間になってしまうってのは本当だと思うんですよ。
  もしも自分の思うとおり生きていたら、周囲の人も気づかなかった才能を
  開花させることができたかもしれないのに、自己主張ができなかったがために、
  その才能を潰し、他人の作ったレールの上を歩くんですよ?これって悲しくない?」
な「うーん、私はそれが必ずしも悲しいことだとは思わないけどねぇ。」
子「え?何でですか?」
な「えーとねぇ、これは俺の話なんだけど、
  実は俺も、小さい頃、なまはげに『悪い子はいねぇがぁ!』って恫喝されたんだよ。」
子「へぇ、そうだったんですか。」
な「でね、なまはげに恫喝される前までは、俺もすごいやんちゃ坊主で、
  親の言うことなんて全く聞かない子供だったんだけど、
  恫喝されてからは、親の言うとおりにちゃんと勉強するようになってね。」
子「ふーん。」
な「そのおかげで…といってもなまはげはただの一因だけど、
  おかげでそれなりの大学にも入れたし、それなりに有名な会社にも就職できてさ、
  今は嫁さんと子供2人と一緒に、結構 幸せな生活を送っているんだ。
  俺がなまはげをやっているのは、そのときの恩返しのためなんだけどね。」
子「……」
な「ん?どうした?」
子「あなたはかわいそうな人だ。」
な「へ?」
子「もし、なまはげにさえ会っていなければ、お金や地位や名声やもっと多くのものを
  手にすることができたかもしれないのに。」
な「だから、そういうのが幸せとは限らないと思うんだけど…」
子「じゃあ、お金や権力や名声を自分のものにしたいとは思わないんですか?
  …そうか。なまはげによる抑圧のせいで、そういう欲望も失ってしまったんですね。
  かわいそうに。」
な「え、それってかわいそうなの?」
子「かわいそうでしょ。
  だって、欲望は人間が生きるために必要なエネルギーの源ですよ?
  それが無いってことは、何のために生きているのか分からないってことですよ?
  人生の目的も無く、ただ生きているだけ…かわいそうじゃないですか。」
な「じ、じゃあ、家族のために生きるっていうのは人生の目的にならないかい?」
子「家族のためだけに生きてるんですか?
  わぁ、やっぱりとことん可哀想な人だ。
  家族のために働いて働いて、家族のために欲しいものを我慢して我慢して、
  家族に奉仕して奉仕して奉仕して、そして死んでゆくんですね。
  まるで、奴隷ですね。ヒエラルキーの最下層だ。」
な「……」
子「他の人に欲望を抑圧され、欲望を失い、他の人のために死んでいく。
  なんてかわいそうな人なんでしょう…
  いや、自分のために生きることができないなんて、もはや人とは言えないですね。
  そうだ!いい呼称を考えましたよ。
  『犬』ってのはどうですか?『去勢された犬』。ぴったりでしょ?
  ワンちゃん、ワンちゃん、3回回ってワン、って感じ? ハハ…」
な「……ぅぅ…」
子「あ、他人のために死んでいくてことを強調したければ、
  『豚』っていう呼称も有りかもしれませんね。
  よく考えたら『豚』の方が、その人のために死んでいくっていう対象の人にまで
  顧みられない感じがして、あなたにぴったりかも。
  『犬』だと飼い主は悲しむけど、『豚』だと食う人は悲しみませんからね。
  ワハハ… 豚。ワハハ… ぶたぶた。ハハ… ブーブブー。
  ぶたぶた こぶた おなかがすいた♪ ブー♪ ハハハ…」
な「……うぅぅ……うぅぅぅううううわあああああああぁぁぁぁぁああああぁぁあああああぁ
  あぁああぁぁああああぁぁあぁりああああぁあああぁぁぁぁあぁあああああああぁぁあ」
子「うわっ!ちょ、ちょっと待って下さい。落ち着いて話し合いましょう。
  ちょっ、ちょっとってばねぇ!わっ、痛っ!待ってって言っ
  ぎやぁああぁぁああああぁぁああああぁああぁぁああああぁぁああああああぁぁあぁ
  ぁあああぁぁあひぃああぁあああああぁぁぎああぁああああぁぁぁぁぁあああぁがぁ」


本日午後8時、秋田県男鹿市の会社員・阿木武則さん宅にて、
武則さんの長男・阿木拓也ちゃん(7)が遺体で発見されました。
警察は、現場に立ちつくしていた会社員・尾賀一郎容疑者(34)を緊急逮捕。
男鹿警察署の発表によると、尾賀容疑者は取り調べに対し、
「おれは豚じゃない」などと意味不明な発言を繰り返している模様です。

尾賀容疑者の近所の人へのインタビュー
「えっ、尾賀さんちの一郎君が人殺し!? 本当に? あらぁ〜。
 あの子が小さい頃からよーく知ってるけど、昔から大人しくて良い子だったし、
 とても人殺しをするような子には見えなかったのにねぇ。」



01/10/22