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パストラルケア
 
(スピリチュアルケア)
患 者 と 家 族 の 心 の ケ ア

                                         


 

患者と家族の心のケア
(パストラルケア)
 


 −パストラルケアとは−

 
  病人やその家族の心のケアを専門にすることを、臨床パストラルケア(Clinical Pastoral Care)といい、欧米では、そのような専門家がたいていの病院にいます。

 パストラルケアとは、もともとパスター(pastor=羊飼い)が羊の世話をするように人々をケアするところから来た言葉です。そして、現在欧米で行われている「病院でのパストラルケア」というのは、病人やその家族の「心」を専門的にケアすることです。具体的には、霊的ケア(スピリチュアルケア)および宗教的ケアが中心となりますが、精神的ケアや心理的ケアも無視するわけにはいきません。このような仕事を専門にする人々を英語では通常「チャプレン」と呼びます。

 チャプレンは、患者やその家族の方々に会ってじっくりと話を聞きながら心のケアをしていきます。たとえば、患者が癌であると知らされてショックを受けているようなときに、看護婦はチャプレンを呼んで、後をパストラルケアに委ねます。このようなケアのシステムがあるので、いわゆる「告知」をすることができるのですが、もちろんチャプレンはここからが大変で、それからじっくりと日を重ねて心のケアをしていくのです。また、救急車で病人が運び込まれてくるときなど、チャプレンは医師や看護婦と共に入口で待っていて、救急車が到着すると、自分がケアすべき家族を見つけてその横へ行き、タイミングを見計らって応接室へ案内し、まず、ゆっくりと話を聞きます。これだけでも、気が動転している家族にとって、大いに役立っていると思われます。また、患者が危篤になったり、亡くなった時など、患者の家族や親しい人々の心の支えになります。

 以上の例からも明らかなように、患者やその家族の立場からは、心のケアをしてくれる専門家が病院にいてくれることを望む声はかなりあると思われます。人間は肉体的な存在だけでなく、精神的・霊的な存在でもあるので、病院において、患者の心のケアをする人がどうしても必要なのです。
 
 パストラルケアは、(1)よい聴き手となり、(2)気持ちのレベルで共に歩み、(3)霊的ケア(スピリチュアルケア) や宗教的ケアをする、というのが三本柱です。
   
 パストラルケアで、患者やその家族の心のケアができるのは、心のケアをする人と患者やその家族が「気持ち」のレベルで解け合って(一致して)、心の深いところで通じ合って、はじめて可能になります。また、心のケアをしようと思う人は「祈り」についても知らなければなりません。一般的に言っても、患者は不安・恐れ・疎外感等を感じているのが普通ですが、特に不治の病であることを知らされたり、死が近づいてきたりしたときの患者に積極的にできることの一つが「共に祈る」ことなのです。

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               −組織・機関について−

 
 アメリカの病院でのパストラルケアは、1940年頃には提唱されておりその歴史は古いが、日本においても、組織化されてからすでに40年以上の歴史があります。1963年には「日本牧会(=パストラル)カウンセリング協会」が創立され、1973年には「関西牧会(=パストラル)相談センター」が設立されており、1985年には「日本パストラルケア・カウンセリング協会」(Pastoral Care & Counseling Association of Japan = PCCAJ という団体が結成され、ここでは、カトリックもプロテスタントも関係なく、日本におけるパストラルケアの研究・普及に努めていました。
 
 以前は、パストラルケアをする人々の養成がプロテスタント系の病院で行われたことがありましたが、やがて組織的には行われなくなったようです。その後レデンプトール会のキッペス神父が、カトリック系の病院で短期間のコースを行っていました。
 
 そして、1997年の1月に、キッペス神父の呼びかけで、「臨床パストラルケア教育研修センター」設立の動きが始まり、同センター設立実行委員会が発足し、何回もミーティングを重ねた結果、1998年の1月1日をもって同センターが発足しました。(運営委員長:松本信愛、センター所長:ウァルデマール・キッペス。松本は2004年11月に運営委員長退任) 同センターの目的は、「日本におけるパストラルケアの普及、および、その人材の養成」です。その後、同研修センターは、特定非営利活動法人「臨床パストラル教育研究センター」として活動しています。



 
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「パストラルケア」と「スピリチュアルケア」の関係について

 ここでは、それぞれの内容よりも、この二つの言葉が使用されるようになった経緯を中心に考えてみたい。

(1)何百年も前から使用されていた「スピリチュアル」という言葉

特にキリスト教関係では、古くから「救霊」や「霊性」という単語との関係で「霊的」すなわち「スピリチュアル」という言葉を使用してきた。これは、人間を「霊肉備えた存在」というように捉えた時の「霊」(スピリット=名詞、スピリチュアル=形容詞)である。身長、体重というような面だけでなく、脳の働きの結果としての心理的な要素等も、結局は身体的、物質的な要素として捉え、人には、そのような物質的な要素だけではない、「非物質的な要素」もあると認める人々が、それを言葉で表現したのが「スピリット」である。キリスト教では、このスピリットを「魂」「霊的魂」「霊魂」等と呼ぶ。この場合の「身体的要素」と「スピリチュアルな要素」は、一枚の紙の表裏のようであり、(この世で生きている限り)分けることは出来ない。

このような意味での「スピリチュアルケア」は何百年も前から教会内で使用されてきたが、それはむしろ「救霊」という意味に近く、「宗教的ケア」の意味あいで使用されており、最近言われ出した「病人のスピリチュアルケア」とは一線を引くべきである。

 

(2)「病人を対象にした」スピリチュアルケア

  日本で、病人との関係で「スピリチュアル」という言葉が注目を集めたのは、まだ比較的に新しい。それは、世界保健機関(WHO)憲章の前文の、従来の健康の定義:「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」の改正案に「スピリチュアル」という言葉が加えられるということで、厚生省が1999年3月の「厚生科学審議会総会」および4月の「同審議会研究企画部会」において識者の意見を聞いた頃からである。この改正案は、19981月の「WHO101回理事会」で採択され、19995月の「WHO52回総会」に諮られるはずであったが、結局、そこでは実質的な審議が行われないまま事務局長預かりとなり、定義改正は行われなかった。(津田重城 「WHO憲章における健康の定義改正の試み」 『ターミナルケア』Vol.10 No.2 Mar.20009093頁参照)

 こうして、WHOの健康の定義との関係で「スピリチュアル」という言葉が使用され出したときに、日本人が注目したのが、すでに1993年翻訳出版されていた世界保健機関編の『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア』(武田文和訳、金原出版)であった。これは、「WHO専門委員会報告書 第805号、1990年」の邦訳で、「本報告書は専門家の国際的なグループの共同見解であって、WHOの決定ないし決定した政策を示すものではない。」とのコメントがついている。このコメントにもかかわらず、この報告書は、WHOの考えを表すものとして通常引用されている。そこでは「多くの患者の苦痛は身体的な問題に限られているわけではなく、痛みの治療はいくつもの苦しい症状の一つに対する治療であり、身体面、心理面、社会面、霊的な(spiritual)面のすべてに対応する包括的な医療の一部を構成しているにすぎないと考えるべきである。」(同書5頁)という形で「スピリチュアル」という言葉が使用されている。

 この経緯から見ると、日本で「病人に対して」スピリチュアルケアという言葉が使用されるようになったのは、「1993年」頃から(英文で報告書を読んでいた人々で、1990年?)と思われる。WHOは1984年の第37回総会で「スピリチュアルの側面」を認めているが、意味しているところは上記のものとは異なる:津田重城、前掲書、92頁参照。)

 もちろん、それまでにも、病人に対して上記WHOの意味での「スピリチュアルケア」は行われていたが、人々は、それに対して「病人に対するスピリチュアルケア」という「表現」を使用していなかった。それは、「スピリチュアル」という言葉は、今回WHOが意味付けするまでは、上記(1)のニュアンスが強かったためと思われる。

 この「スピリチュアルケア」という言葉は使用していなかったが、その内容を実践していたのが「臨床パストラルケア」であった。


(3)臨床パストラルケア

 周知のとおり、「パストラル」は「パスター」の形容詞であり、キリスト教関係でそれが使用されるとき、聖書のキリストの言葉、「私はよい牧者(パスター)である。」に由来している。そこから、牧師(通常、英訳はパスター)や神父が信徒に対してするさまざまな行為は「パストラルな行為」といわれ、日本語では、牧会(プロテスタント系)または司牧(カトリック系)と訳されるのが常であった。

 日本でも病院での「臨床パストラルケア」運動がある程度広がりプロテスタントもカトリックも一緒にやっていこうとしたときに、上記の通り「パストラル」は別々の訳を使用していたので、結局カタカナで統一された。こうして、「スピリチュアル」という言葉が特に「病人」との関係で一般に使用されるようになる2000年頃までは、病人の心と魂のケアは「パストラルケア」という言葉が使用されていた。

 アメリカの病院でのパストラルケアは、1940年頃から提唱されておりその歴史は古いが、日本においても、組織化されてからすでに40年以上の歴史がある。1963年には「日本牧会(=パストラル)カウンセリング協会」が創立され、1973年には「関西牧会(=パストラル)相談センター」が設立されており、1985年には「日本牧会配慮(=パストラルケア)とカウンセリング協会」が設立されている。さらに1998年に「臨床パストラルケア教育研修センター」が設立されている。


(4)「パストラルケア」と「スピリチュアルケア」の関係

「臨床パストラルケア」は「スピリチュアルケアを中心に、必要に応じて、精神的ケアや宗教的ケアを行う。」上で見たように、パストラルケアの歴史は古いのだが、以前、その中心となっているところを「スピリチュアルケア」という呼び方をしていなかった。それが、WHOのお陰で、上記(1)の意味ではなく、(病)人一般に使用できる的確な意味が与えられたので、今は、その言葉を使用するほうが人々の理解を得やすいので、それが使用されている。

(パストラルケアという言葉を使用しないで)「スピリチュアルケア」を行う人々も、必ず「精神的ケア」は行うであろう。(人は感情の動物といわれているので・・・)ゆえに、もし、そのような人々が、必要に応じて「宗教的ケア」も行うのであれば、もはや「パストラルケア」と内容は同じとなる。

(5)「パストラルケア」と「スピリチュアルケア」のどちらを使用(?)

それは丁度「ホスピス(病棟)」と「緩和ケア(病棟)」の関係に似ている。近代ホスピスは1967年から始まっており、日本のホスピスは、1981年から始まっている。厚生省(当時)が健康保険の対象とする施設名を「緩和ケア病棟」としたのは1990年である。だから、1990年以前には「ホスピス」「ホスピスケア」という呼び方が圧倒的に多かったが、そこでも確かに「緩和ケア」をしていたのである。ここから、「パストラルケア」と「スピリチュアルケア」の関係と似た面が出てくる。以下の3点に分けることができる。

a)「緩和ケア病棟」という言葉が一般的になる前から「ホスピス」という呼び方を使用していたものはそのまま「ホスピス」を使用する→「○○ホスピス」「ホスピスケア運動」「ホスピスを作る会」等。

a’)「スピリチュアルケア」という言葉が一般的になる前から「パストラルケア」という呼び方を使用していたものはそのまま「パストラルケア」を使用する→「日本パストラルケア・カウンセリング協会」「臨床パストラルケア教育」(パストラルケアをする人々を養成するもの)英語でCPEClinical Pastoral Education。アメリカのCPE協会には500以上が所属している。将来は「Spiritual Education」という名の組織化も進む可能性あり。

b)言葉の起こりから、「ホスピス」にはキリスト教的なニュアンスがあるので、キリスト教的な病院は「ホスピス」でいいが、その他のところは「緩和ケア病棟」を使用する。

b’)言葉の起こりから、「パストラル」にはキリスト教的なニュアンスがあるので、キリスト教的な病院は「パストラルケア」でいいが、その他のところは「スピリチュアルケア」を使用する。

c)「パストラルケア」でも「スピリチュアルケア」でも内容は同じようなものなので、好きな方を使用する。 


(6)「パストラルケア」から「スピリチュアルケア」へ

 1999年のWHOの「健康の定義の改正案」以後、「スピリチュアルケア」という名で、従来「パストラルケア」が行っていたのと同様のケアが日本でも広まっていった。その当時「スピリチュアルケア」の専門家と言われた先生の多くはCPEを受けていた人々であった。

 このような動きの中で、2007年に「日本スピリチュアルケア学会」が発足、本格的に日本に「スピリチュアルケア」が根付き始めた。

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 絶版になりました ⇒「論文集」で閲覧可

松本信愛著 『患者と家族の心のケア』
−米国のパストラルケアに学ぶ−
(日本図書刊行会、1994年初版、1996年2刷)

   人は誰でも、元気なときでさえ、「心のケア」を必要としている。
まして、病気になったり、死に直面したとき、また、そのような患者を身近に抱えたとき、
「心のケア」なしに正常に対処していくことは難しい。
そのようなとき、どのようにして「心のケア」をすればよいのか?
患者を抱えている家族や知人、および医療関係者のための「心のケア」入門書

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