
遥かなるシルクロード・わたしの西域ものがたり
昔々から行ってみたいと思っていた場所。そこは不思議な御伽噺のようなところでした。あの空と雲と大地と、砂漠。広がる地平線は、過去も今も。
(2001年4月27日−5月4日)
拝啓 親愛なる井上靖先生
わたしが学生時代に何気なく手に取った先生の著書によって、わたしの中のシルクロードへの憧れる気持ちが再燃いたしました。その気持ちはいつからわたしの心に住みついたのでしょうか。
幼き頃に伯母から聞きき、あの西域に心躍らされたあの気持ちが再びよみがえってきました。
あの時の少女は、今のわたしはしがない会社員です。
仕事ばかりで自分を見失っていた時期もありました。夢を忘れて毎日過ごしていました。
そんな毎日の中、わたしはふと思いました。もう一度、夢を見たい。
幼い頃から憧れていたシルクロードに行ってみたい。
そんな純粋な気持ちで西域を訪れました。こんなちっぽけなわたしの個人的な旅行の記録です。
ぐあーーー。↑ウワゴトいってますよ…。やばいっすね。
…しばやんの伯母は昔々からの海外旅行好き。わりと親戚は旅行好きが多いです。昔のSQのボーデリングパスなんて座席(飛行機全部の)がプリントされてて驚きました。(*)まだまだ海外にちょっと行くにはお値段が張っていた時代です。いまでも安かーないですが。観光旅行というより、某大学の教授と仲間たちのような感じで旅行していたとか。
(*)会社の先輩から聞いたのですが、SQ(シンガポール航空)以外の航空会社でもボーディングパスに座席が書いてあったらしいです。ちなみに先輩はJLに乗ったときもそうだったって。すごい昔の話らしいですが。
しば一族は旅行・写真好き・衝動買い(安物買いの銭失い)なのです。血はアラソレマセンな。あとよくわかんないものも集めます。記念硬貨・切手も好きなマニア一族…。(ちょい恥ずかしい) わ、わたしは集めてないですよ。
いずれにせよ、いまのわたしは、やっぱり環境にも左右されてしまったのかもしれません。
今回の旅の舞台、『新彊ウイグル自治区』について。
世界史が得意だったはずなのに、すっかり世界史なんか忘れている偏差値教育の悪影響を受けているしばやんが解説します。中国の西北部の砂漠がちな地域。タリム盆地には広大なタクラマカン砂漠が横たわる。シルクロードはオアシスを結んでおり、昔から他国との交流が盛ん。
名前の通りウイグル人が多く住む。またこの地域は東トルキスタンとも呼ばれる。トルキスタンとはトルコ人が住む場所という意味。ウイグル人はもともとトルコ系、またウイグル人流入以前はイラン系住民も多かったといわれる。
ちなみに1元=だいたい15円ぐらいです。
前日から成田入りです。あーあ。
会社から直行。最終の成田エクスプレス(NEX)で成田空港へGO!しがないOLさんは大変です。だって朝10時ぐらい出発の便で、8時には空港にいなくては行けないのです。面倒なので成田空港近くのホテルに前泊いたします。ホリディインです。
ここのホテルはなんだか雰囲気が良くって好きですね。ベルのおにいちゃんが黒人?なのですがフレンドリーでなんかいいです。他のスタッフの方もそう。また近くにファミリーマートがあるというのもポイント高いです。空港の周りって恐ろしいほど何にもないような気がします。この時期に息が白いって?
どうでもいいけど、ファミマでピリピン航空ご一行様に会い、レジに並んでいたのに横はいりされるも、10対1という数の論理で涙を飲むわたし。ここはお酒も売ってるので、ちびりとやって就寝。
成田空港から西安へ。
日本エアシステム(JD)がなぜ西安線を飛ばしているのか?非常に謎ではありますが、直行便が飛んでいます。西域にも行きやすくなったものです。JDは2タミから出発なのですが、利用客があまりにも年配の方ばかりです。さすが中国路線といいますか。飛行機に乗るのにバスでJLバンコク線のように(*バンコク旅行記参照)限りなく1タミの近くにつれていかれます。だったら1タミでいいじゃん。
*↑簡単に説明しますと、航空会社ってところはファースト・ビジネスクラス・ノーマル料金で収益を出しております。エコノミーの格安航空券って儲けにならないんですな。だからビジネス路線とは到底思えない西安便がどうして運航されているのかわからない、ってことです。でも実は儲かる路線なのかしら?儲けにならないって嫌な言い方ですがアメリカ系某社は関空発着線はサンフラン線しか運航してません。なぜなら儲からないからなんだそうです。(関係者談)
国際線をJDを使うっていうのは今回が初めてです。国内線は良く利用しますが、国際線自体あんまり運行してないしね。それにしても国際線とは思えない小ささです。機長がアナウンスの際に『狭い機内ではございますが…』と恐縮してしまうほどです。このまま熊本までとんでっちゃいそうだね。
そしてこの便がハーレクインエアのウェットリースなどと誰が意識するでしょうか?JDの名前がついているけど実際の乗員はJDの子会社のハーレクインエアなんですね。こんなこと旅行会社OLじゃないとわかんないよ。>除く航空マニア
JDといえば、昔幼きころ福岡ー松山の路線はよく乗りました。親戚が松山にいるのです。当時東亜国内航空だったときですね。その時からこのJDさんは機長がオシャベリさんが多く、出発してから延々と説明をしていることが多かったような気がします。
成田から西安まではだいたい5時間ぐらいです。途中、富士山が見えます。アナウンスが入るのですが一斉に窓側にお客さんが群がるという異常事態に。わたしたちこれから中国に行くのに…。でも富士山が見れるとなんだかラッキー。日本人だからかしら。
*機内レポート。
連休前にしては意外とすいてました。満席ではない感じ。でも通路側とかはもう空いてないんだよね。通路側が良かったな。窓側でした。でも2−4−2のエアバスだからまいっか。
機内食…まあまあ。香港線の特別メニューがおいしそ。牛丼にはずれなし。
映画…行きの便で泣かす映画はやめてー。泣いちゃったよ『天使がくれた時間』
機内販売…微妙に欲しいものが売ってないような。エルメスのスカーフも売ってないし。スカーフはシフォンスカーフしか売ってないみたいなんですよね。なんでだ。
その他は忘れました。ワインばかり飲んでいたのであまり記憶が…。隣のおじちゃんにいけるクチとか誉められた?しかもこのワインのせいで頭痛に悩まされることに。このおじちゃんは西安から入って三国志ゆかりの土地へでかけるのだそう。やはり中国にはロマン溢れる。昔の中国に、だけど。
西安空港からホテルまで。
今回はツアーなので送迎つきで楽ちんです。ガイドさん、もう少し見やすく紙に名前書いてください。わかりませんでしたよー。
ツアーといっても、航空券・ホテル・送迎のみの簡単なものです。食事や観光はついていません。同じ旅行会社の他のツアーの皆さんと一緒にミニバスで移動いたします。確か、おねーさん3人組、にーさん1人、2人組、しばやんだったような気がします。どうでもいいけど他社のツアーです(笑い)
空港から市内まで遠いんです。1時間くらいはかかるかも。渋滞もあるし。しかもさっきのワインのみ過ぎのせいで頭がガンガンします。痛いよう…。西安はこの時期、ちょい暑いかも。春から初夏って感じがします。並木が若葉できれいです。ほこりっぽいけど。
正直もう2度と中国にくることはないだろうと思ってましたが、来てしまいました。1年ぶりの西安はもともと都会だと思っていましたが、さらに栄えているような印象です。おおきいビルとか建設中なのも多いです。しかしこっちでは高層ビルでもレンガで作るんですね…
同じツアーのにーさんに一緒に夕食食べましょうとか誘われたけど、辞退。頭痛かったし…。
*西安の街を歩く。
ホテルはORIENTAL HOTEL(東方酒店)街の中心から離れています。部屋はまあまあです。よくもなく悪くもなく。頭が痛いのでしばらく休んでましたが、ちょっと街歩きもしたかったので出発。
てくてく歩いていたのですが、なんとなく自分はどこを歩いているのか分からなくなり、タクシーを拾いました。タクシーはなぜか赤いスズキのアルトばかりです。とりあえず、中心ぽい鐘楼というところまで。ここにはWebでみた西安ではナウいショッピングセンターがあるらしいので行ってみたかったんです。
ちなみにここまで100円ぐらいでした。安いのか高いのか。
(写真:西安・鐘楼)
*交通事故多過ぎよ!
中国は人口多いです。西安も大都会で人口も多いのでしょう。そして交通事故も多いみたいなのです。タクシーを拾う前にてくてく歩いてますと、人だかりができてました。交通事故です。みんな〜見てるだけじゃなくて助けようよ?幸い、たいしたけがじゃないみたいでしたが。空港から市内にくるときもいくつか交通事故現場見たよ。
タクシーもなんだか運転が乱暴な気がします。途中、急がなくても良いです…とか日本語で言ってみるしばやん>通じないけど。わたしの中ではホテルから市内まで大通りを通れば、1回角を曲がれば良いはずなのに、すんごい小道てか裏道を飛ばしてくれます。それが地元人のみ知る裏ルートなのかもしれませんが。でも、ま、裏道も楽しいけど。電灯とかないのに、人々が歩いている。
*ナウいショッピングセンター『世紀金花』
西安の街のど真ん中にあるこの『世紀金花』はぜったいナウいという位置付けのはず!ナウいんだよ〜。外国の化粧品ブランドも入ってるし、おしゃれな洋食やさんや、コーヒーが飲めるのです。コーヒー飲んじゃったよ。15元。カレーライス食べてる人民がいたけど、あれはカレーかな?パンとかもなかなか本格的な感じがします。なんかどっかで見たメーカーだったような。アップルパイとかおいしそうでした。普通に日本でも売ってそうな雰囲気のレベルだったよ。
テナントもバリーとかアクアスキュータムとかその他たくさん入ってます。日本のジャスコにはアクアスキュータム入ってないよね!?モルガンとかもあるし、香港ブランドの洋服店も入ってます。ナウい!
電化製品もSONYだよ?中華パソコンやコンパックのノートパソも売ってます。でも高い。触ってたらおにいさんにたしなめられました。すいません。床もぴかぴかで男のコが滑って遊んでます。わたしも小さい頃ピカピカの床で遊んだことあるよ〜。
ビーズとかの手作りアクセサリを売ってる小姐もいます。かなりオリエンタルでよろしい。
スーパーでは日本の缶ジュースも売ってあります。これはもうどっかの東南アジアのショッピングセンター的趣きですね。こころなしかお客さんもなんだかおしゃれして来てるみたいです。しかし正直言いますと高くて買えないんじゃないかとも思いました。でもそうでもないみたい。貧富の差っていうかなんていうか。そうゆうのがあるんじゃないですかね。しかもはっきりとした形で。ここはどこの国?
夜遅くまで開いてるみたいなので、旅行者にも便利ですね。スーパーのお菓子も笑わかしてくれるし。ひょっとしたら香港資本なのかもしれません。
街を歩く小姐(娘さん)もけっこうおしゃれです。世紀金花の前の花壇で写真を取るのがこれまたナウいらしい。わたしも写したけど。
この日は疲れているので世紀金花だけみてホテルに爆走タクシーに乗って帰ります。ビュン。
(写真:上・清真寺の近く。下・ナウナウなショッピングセンターで)
イスラムのお寺。西安から敦煌へ。
次の日は、夕方発の飛行機で敦煌に行きます。はじめは朝便だったのですが、出発の数日前に突然夕方便への変更との連絡がありました。朝敦煌着ー昼観光ー夕方鳴砂山のわたくしの計画が音を立てて崩れていきます。あー時間がなくなるじゃんよ。でも、夕方鳴砂山に行けば月の砂漠で、次の日に観光すればいいや!なんて前向き。
西安発が夕方1600ぐらいなのでそれまで観光します。しかし1400の飛行機に乗るとガイドさんが言ってますが。うーん情報が錯綜してますが、1200ホテルのラウンジ集合。それまで行きたかったイスラムのお寺に行きます。
西安はムスリムの方も多いらしい。清真大寺は西安でも一番大規模なイスラムのお寺です。小さい小道を『間違ってるかも…』とか思いつつお土産やさんを見つつ到着。周辺はイスラム街らしく、みなさんのかっこうが白い帽子を被っていたり、スカーフだったりします。
見た目は仏教のお寺たいして変わらない感じなのですが、偶像崇拝は禁止であるため、モチーフはすべて動物はなし。なんだか静か。ブルーを基調にしていて美しいです。沐浴室があるのもムスリム風。
学生さんがスケッチに来てました。落ち着いた感じがいいです。

関係ないが、チケット買うときに50元をがしたら、腹立つくらいしつこく偽札発見機にかけられました。50元といえば日本円で650円ぐらいなのですが、こちらでは大きいお金になるらしい。また偽札も多いらしいのです。でもさー、善良な観光客が空港で両替えしたピン札ですけど〜。

この近くに有名なパオズのお店があるらしいので行きます。
またもや『道間違ってるかも…』とか不安になった頃、お店発見。うわ食堂って感じだね。オープンキッチン(ていうのかな)で蒸してるところがみれます。
お店に入ってもなんか遠まわしに見られるしばやん。メニュー持ってきてくれ…。しかし中国語の全くわからないしばやん。でも気が付いて!漢字で書いてあるよ!!
パオズのアンは牛肉とか、羊とか。とりあえず羊は食べなれてないので『牛』を指す。
おにいちゃんが『ニュウ?』とか聞くので『そう、ニュウよニュウ〜』
牛はニュウなのねん。
肝心のパオズは薄皮でスープたっぷり系です。辛いソースでいただきます。しかしスープたっぷりすぎて机に大量にこぼしてしまいました。も、もったいないね。その他、お客さんが真っ黒なスープも別に頼んでたのですがあまりにも黒いそのスープは恐ろしくて頼めませんでした。辛いソース、辛すぎて食べた後もビリビリくる刺激的なものでした。しびれる食べ物ってなによ?
評判のお店らしいのですが、わたしはふわっとしたパオズが好。だ。でもおいしかった。
ご飯の後は妙なお土産やさんでおしゃれポシェット買いました。タイでも買ったけど、持ってくるの忘れたので買いました。値切って買うのが礼儀なので値切りましたが、やりすぎなためかおじいちゃんに高笑い『ホーホッホッホ』されました。何がおかしいのでしょうか?
タクシーに乗って少々高い値段(数十円程度)で他の人に『ぼられたね〜』とか言われましたが
わたしは10円20円ぐらいでガタガタ言うの嫌いなおおざっぱな人です。そうゆう俺は〜安くすませたぜ〜なんて自慢が嫌いなのだ。あーよっかったですね〜って感じ。10円20円の問題じゃん。
1200に真面目にホテルのラウンジ集合!これから空港です。やっと敦煌に行けるのかと思うとわくわくが止まらないっす!
(写真はすべて清真寺=イスラム寺)
フザケんなよ?ガイド君。
さて西安空港に到着。搭乗準備だ!敦煌だ!わーいい。
ガイド君『あ、飛行機の時間、14時じゃないです。16時です』
は〜〜〜〜〜?やっぱり16時じゃんよ!!しかたないので2時間ここで時間をつぶさなければならなくなった我々。2時間あったら市内でもう少しゆっくりできたよ?ばかー。こういう人的なミスは許されないゾ?我々は時間に以上に厳しい日本人なのだよ?
でも出発時間は変更できません。怒るのも解決策ではないのでとりあえず見逃してやるよ?しかしこのガイド君、はじめて見たときから思ったけど、会社の先輩にそっくりです。Aさん、あんまりだよ?
しばやんは暇なので空港をウロウロ。飛行機が見れる椅子がおいてあるところにいましたが、そこは喫茶店だったようです。分かりませんでした。特に注文も取りに来ないみたい出し、他にも座ってるだけの人も結構いるから、なんか言われたら移動します。
窓の外には見たことも聞いたこともない形の飛行機が離発着しております。ああ、あんなちいさい飛行機も頑張ってるネ…。
なんだかんだで、集合時間。施設利用料90元(高い)を払ってチェックイン。しばやんが先頭きって検査場にGO!…しかしだれも後からついてこないのだ。同じツアーで同じ飛行機に乗る我が同胞が…。
しばらく待ってもきません。ちょっと逆流をこころみて『どうしたんですカー?』…
一斉に服務員に取り押さえられるしばやん!検査受けたら絶対逆流は認められないのだ。
ここはベルリンの壁か?板門店か?というくらいにぎっちりガードされるしばやん。
ああ、TOKYOのおしゃれOLな私がこんな目にあうなんて…。今だって首にエルメスのスカーフまいてんのに…(なにそれ)
自由の国USAでは、検査後も逆流OKだったのに…。理由が両替し忘れただけというファジーなものでもOKだったのに…。(*NY旅行記参照のこと)…これが社会主義?
とか思いながらも日本語・英語ちゃんぽんで『離せー!!わかんないじゃないか!!』とか抵抗も忘れませんでした。
ちょっとした修羅場を演じるしばやん。服務員も負けずに中国語で叫んでるよ!負けるかぁ!!
結局チケット(ボーディングパスではありません)が全員分私のチケットにステープルされていたので、ほかの皆さんが検査できなかったのですね。そういうシステムらしい。
逆流といっても検査場をでるのはまずいかなとは思っていたので、すこし戻って話をしたかっただけなのですが。
腹がたったので、チケットを服務員に投げ渡して(うそ)皆さんで出発だよ〜。ガイド君、チケットは個人個人にばらして渡そうね!わたしたち同じ旅行会社のツアーとはいえ、バラバラのツアーの参加者なんだしさ…。
*『依然として敦煌は遠い…』BY 司馬遼太郎先生
BY とか書いて叱られるゾ!わたし。次はようやく敦煌です。(ようやくもなにも!!)←伏線です。
しかし次にしばやん一行を襲ったハプニングは…?
くあー文章におこすのも辛い!!
ゲートを出て、バスに乗せられ空港を走るわたしたち。敦煌は日本人の観光客に非常に人気の高い場所であります。ここらへんは井上靖先生はどう思われますか?どうかんがえても貴方の影響はかなりのものだと思います。…ともあれ日本人団体ばっかりです。あー、ウチの会社のツアーもあるよ。仕事は忘れさせてくださいまし!
中国西北航空の飛行機はなんだかどれも小さめです。バスの中からみて、大きい飛行機の方にバスは進みました。が、素通りしてなんだか小さい飛行機へ進みはじめたときのわたしたち全員の落胆の色は隠しきれませんでした。
飛行機の中に通路が一本しかないのに乗るのは何年ぶりでしょうか?しかも3人席の真中でますます不愉快になるしばやん。両端が大きい(横)男性で自分の席まで侵略されて不愉快です。風景も見れないよ。しかも隣の男性はしばやんの会社のツアーの添乗員。うわー。汗臭いとかいったらダメかね。
しかし後ろの窓側が1席空いていたので移動できました。外は砂漠。砂漠というか砂礫。世界でも砂砂漠より砂礫砂漠のほうが面積的には多いらしいです。
ちくしょー中国はでっかいどー。>違う。大自然です。祈連山(字が違う?)は雪を抱いて雄大です。大きい。下のほうは曇って見えない。おそらく砂煙などで見えないのでしょう。この山、天山だと1時期思っていましたが、違う。場所が違うんですね。集団心理で信じていましたが、ガイドさん(よそのツアー)が説明してました。風景を見ているだけでもあきません。
スチャーデスさんのアナウンス、すべて中国語なんだと思ってましたが、最後に『サンキュー』とかも言ってましたので英語も話していたみたいです。全く分かりませんでした。わたしの英語力の問題なのかしら?でも他の日本人もこれについては驚いていたけど…。
乗客が風景に見とれていると聞き取れないアナウンス。とたんに騒がしくなる機内。どうしたもんだと様子をうかがっていると
他のツアーの添乗員さん『敦煌空港は砂嵐がひどくて着陸できません。他の空港に着陸します』
へーこのツアーの添乗員さんは中国語が堪能だね〜。
違う、違う。どこの空港に降ろされるのよ?!…わたしたちのツアーには添乗員さんはいないのでした。あ、わたし旅行会社OLだ。…ちがーう、このツアーの添乗員さんじゃあないよ?
…かくして飛行距離の3分の1程度の『蘭州』という都市に降ろされたのでありました。
依然として敦煌は遠い…
*依然として敦煌は遠い…2
蘭州空港に降ろされ呆然とする一行。どうすんだよ…。トランジットルームで一時休憩。休憩じゃないけど。話によりますと、敦煌空港は砂嵐のために着陸できないとのこと。ああ、わたしの計画が崩れていく…。時間調整どうすんのさ?この時点で1800ぐらい。
ジリジリ待ってますうちに新しい情報が。2030まで様子をみてみるとのこと。この時間でも広い中国、北京より遥かに西のこの地方はこの時間でもまだ明るいのです。広大な国土の割には、時間はすべて北京時間を使っておるのです。地方によっては地元の時間も使ってるのですが。
TVとか見たり、やることないです。途中空港横のレストラン?で夕食がでました。結構いける…。
蘭州は寒いです。待合室も異常な寒さ。ここの待合室には売店もあるのですが、監禁されてる人のために売店があきました。あまりの寒さに日本人の団体がスカーフを買い占めるという珍現象が。西安って結構この時期暑いから油断していた人も多かったようで。暖房入れてくれたんですが寒い。
一行は日本人のツアー客ばかり。中国人ガイドさんに悪態つくおっさんとかいてムカツク。ここでガイドさんに文句言ってもしょうがないじゃん。気持ちはわかるけど、大人になろうよ?
空港の服務員はトランプなんかはじめてるし!…まあ、情報を待つほかないんだけどね。
もう外は暗くなりました。2030過ぎても情報は入ってきません。はなから投げてるしばやん。どうでもいいよ〜。
(写真:「蘭州」は金の鹿の伝説があるらしい)
スーパー添乗員AさんとスーパーガイドBさん
そして2045頃…
『飛行機は飛びません』
ああ、やっぱりね。中国だもんまあ、いいか♪←よくないよくない。
わたしらどうなんのさ?一応航空会社がホテル用意するはずなんだけど、今回のケースは天候だし。
敦煌に行けないことも、敦煌の旅行会社にも連絡した方がいいような。とか思ってるうちに同じ旅行会社の参加者のおねえさんがたと話して『やっぱ、連絡した方がいいですよね』ってことに。
おねえさんがたもわたしも中国語がわからない。…困っていたときおねえさんがたはなんと、『あの添乗員さん中国語ベラベラだった』と、ウチの会社の添乗員さんを指して言うではないですか。しかもあの添乗員さんはしばやんの席の隣に座っていたよ。嫌だっていうなら名刺見せて身分を明かすか…。
『すいませ〜ん、これこれこうで現地の旅行会社に連絡して頂きたいのですが…』…旅程表なんか見せてみたり…
添乗員さん『ああ、敦煌で同じ旅行会社を使うみたいですね。うちのツアーと一緒に行動しましょう』
やった〜ヤッタヤッタ(はっぱ隊) A添乗員さんあなたは偉い!そして正しい。だって同じ会社のしば社員がそこにいるんだから…。身分はあかさなかったけど。
中国西北航空がホテルのチケット配ってます。AさんBさんがちゃんと手配してくれました。でもAさんのツアー客より先にわたしらに情報ながしてて、Bさん叱られてました。ごめんなさい。
飛行機に荷物を置いている人は取りに行って、要らない人は先にホテルへ。しばやんはバックひとつなのでラッキーだったね!手荷物だけで旅行なんだよ、今回は。ガイドBさんと先に行きます。真っ暗な空港で、満員のバスに乗って飛行機に荷物を取りに行くお客さん…。こんなに暗く見えた風景はないです。
ホテルのお部屋は、しばやんはシングルがいいな〜っていったんですけど、ホテルの服務員が腹立つ態度で拒否。むかつくなあ。でもガイドさんはかなり頑張ってくれた。ありがとう。相部屋になったけど、Bさんのツアーの客でもないわたしらに…。ねえさんがたの1名と相部屋です。
一旦、部屋に入りましたが今後どうなるのかわからないのでラウンジでみんなを待ってます。飛行機に荷物を取りに行っていた人たちも帰ってきました。そこで明日の説明。
0800ぐらいに出発。ラウンジ集合0630。…しかもモーニングコールもBさんはこちらの分まで頼んでくれました。ありがとうございます…。
朝早いのでお風呂も早めに。だってやることないんだもん。
部屋はぼろいです。泣くほど。ねえさんが写真取りに行ってる隙にお手洗いに行って鍵かけたら
閉じ込められました(笑い)
ノブが壊れているのでうまく開かない…。ここで人生を終えてしまうのか?
やっとの思いで脱出。怖かったよう。半べそ。いいことないなあ。
帰ってきたねえさんにバスルームの鍵が壊れて危険なこともいっておきました。シャワーを先に浴びたのですが、ちょー調子悪い。最初爆発したよ。ブシュウ!!とかいってさ・・・。お湯も加減が難しい〜。のでさっさときりあげました。はあー。バスルームもなんか壊れまくってます。
早く寝たのですが、寝てるのにマッサージの電話とか謎のノックとかあって怖い。シングルでなくってよかったです…怖かった。ねえさんは手荷物だけでホテルにきたので「資生堂1泊お泊まりセット」を同室してくれたお礼にプレゼント。
*蘭州から敦煌へ
0600前にはもう日本人のツアーのおばさまがたがお友達を起こしに挨拶しているので早く目が覚めました。モーニングコールより早くね…。
外は薄暗く寒く視界が悪いです。霧なのか砂嵐なのかはっきりしません。ゴーゴー風も強いし、寒いです。昨日レストランで強制朝食。おいしくなかった。上品なご夫婦と相席でしたが、一連の事件に動じる様子もなく人生の先輩として尊敬します。
やっと、飛行機は敦煌に向けて出発いたしました…。
←(写真)早朝、ヤケになってカラ元気なわたくし。寒くて寒くて辛かった…。
霧が出ています。
*憧れの敦煌
飛行機は砂漠の中の敦煌空港(左の写真)に到着。うわあこの空港小さいね!この日はもう夕方には寝台列車に乗らなきゃ行けないンだよね〜。荷物どうすんのさ?持って観光すんのヤダ。
ゲートを抜けると、むちゃくちゃ原型を留めていませんでしたがしばやんの名前?の書かれたプレートを持ったガイドさんがいました。名前は間違わないで下さい。
さてしばやんともう一人のにいさんは観光がついてないのです。わたしもかったるかったし、ガイドさんも夕方の寝台にわたしらを乗らせないといけないので、観光付きのねえさんがたのミニバスに便乗することにしました。ちなみにミニバス代100元なり。ちょい高い気もします。でも莫高窟と鳴砂山とで、行きたい場所にいくからいいや。時間があったらもっと行きたい場所はたくさんあったのですけどね。
さて、井上靖先生の『敦煌』で尉遅光LOVEなしばやん。感動だ〜。やっと辺境の地って感じでもう大満足。空港から莫高窟までは砂漠の道をとおって30分もかかりません。しかし周りには本当になにもありませんです。至極じゃー!
*砂漠の大画廊、莫高窟
莫高窟は仏教の石窟遺跡。世界遺産にも登録されています。というか中国での登録第一号。砂漠の真中に良く作った!という感じです。信仰が厚いのでしょう。
鳴砂山の東の断崖に作られております。366年に楽尊という沙門によって作られ始めたという。現在確認されている石窟は492。外国の探検家などにかなり持っていかれたんですけどね。ヘディンとかペリオとかか?
小説『敦煌』で舞台にもなった場所。ちなみに問題の16窟、17窟は右端です。日本人ならみんな見に行く?この先は石窟を作った人たちが寝泊りしていた窟になります。行けないみたいですが。
遺跡としては脆いらしく、セメントで固められています。ここを訪れますとガイドさんと一緒にまわると説明が聞けて良いかも。カメラは持ちこみ禁止で荷物も預けます。ガイドさん曰く、「パスポートは盗られませんが、現金は預けないで下さい」ですってよ。
*博士
ここのガイドは莫高窟の研究員さんが行います。専門家ですね。研究者なのに日本語うまい…。勝手に『ハカセ』とかアダナつけました。ハカセたちは鳴砂山近くの結構立派なナウい宿舎に住んでます。青い建物でガラス張りでした。
しばやんは興味ないことにはまったく動きませんが、興味あることには頑張る人。はりきってハカセに質問しましたさ。『ハカセ〜。絵の具は何を使っているの〜?』だとか…。
緑が多く使われているので玉(ギョク)の岩絵の具?とか思ったのですがうまくハカセは日本語訳できませんでした。謎だ。玉ではないらしい。
でも絵の具はインドとかパキスタンとかから持ってきていたそうな。さすがシルクロード。勉強になりました!なんかさ、質問した方がハカセもやりがいがあるんじゃないかな?とか思ったんだけど、迷惑だったかしら。とか絵の具のことなんか平山郁夫先生としばやんくらいしか聞かないね。きっと。
平山郁夫先生は莫高窟でお気に入りの絵があるそうです。57窟。確かに美しい。莫高窟にも何回も来ているらしいっす。
見学の後はハカセにお土産やさんに連れていかれます。

*夜光杯
涼州詩で有名な夜光杯。葡萄の名酒 夜光の杯。元々買うつもりだったのでハカセ案内のお土産やさんで買いました。ちなみにバリバリ日本語通じます。
2個セットとオレンジの器のセットで、最初500元(6500円)ぐらいだったのですが、そんな大量の中国元持ってない貧乏なわたし。日本円でもOKなのですが、気持ち的に5,000円が適正価格のような気がしたので(根拠なし)
『5000円しか持ってない。それ以上だったら買わない〜』とか交渉しましたところ
5,000円でOK。これが適正価格かは不明ですが中国元で333元ぐらいです。まあ一応は安くなったのかなあ。わからんです。服務員さんも「もうこんな値段で!」って怒ってる感じなのですが、本当に安かったのかな?謎。オレンジの玉杯はケースに入れてもらえたのですが、夜光杯は紙に包んだだけだったのでこの後、タオルで包んで非常に気をつけて持ち運ぶことに。
今部屋に飾ってますが、う〜んオリエンタル。ああ日本はシルクロードの東側だけど…。となりにI LOVE NY(LOVEは赤いハートです)のプレートとかほかエゲレスの指貫とか香水とか置いてあって無国籍だけどね。あ、ハワイ土産の鍋敷きもある。河鍋暁斎のうちわとか…。無法地帯かな?
と、ここまで書いといてなんですが、小説『敦煌』の尉遅光が好きな割には莫高窟で尉遅光のことなどすっかり忘れていたわたし。結構いい加減ですよね、この人。(←わたしのことですが…)
ちなみに尉遅光は莫高窟で亡くなります。ということさえ忘れておりました。本当にわたしはこの人好きなのか…。いや、好きなんです。
(写真はすべて莫高窟です)
*鳴砂山
今度は鳴砂山に行きます。敦煌の南にある砂砂漠です。砂砂漠(すなさばく)というのは砂礫砂漠(されきさばく)が多い中ではなんだか珍しい感じがいたします。
入口から入るとそこは砂の世界。ラクダ君に乗って月牙泉まで2,30分くらい。わたしの乗ったラクダ君なんだかはげてるのが気になるのですが。なんとしばやんがラクダ君に乗るのは幼稚園のときに宮崎フェニックスこどもの国以来、20年ぶりぐらいです。結構揺れます。キャラバン気分を味わってみました。
砂漠だから仕方がないのですが、砂嵐が辛い。吹きつけられると痛いんです。マスクとかも売ってますので無い方は買ったほうが良いかも。サングラス、帽子もあったほうがいいです。
月牙泉近くで下車。ラクダ君以外にもバスのようなもので月牙泉に行けます。ガイドさんは月牙泉までバスに乗ってました。
*月牙泉
砂漠の真中にあるこの湖の水がかれないのはバルハンかマンハ(いずれも砂漠の名称)かどっちかで砂が湖の中に入らないようになっているからです。昔こういうお勉強しましたがすっかり忘れてます。エヘ!
ここらへんで、砂漠の上にのぼって橇で降りてくることができます。地元の人が作った簡易階段で10元。橇も5元か10元だった。良い商売です。
この階段がまた辛い。そういえば私、病気じゃないけど体調悪いんだよね…。途中で息切れして休んでいるときにも容赦無く砂嵐が吹きつけてきます。痛い、痛いよ〜。ここの砂は色が5色ぐらいあってなんだか鮮やかだったりします。しかし、辛い。砂漠に伏すとも、君笑うこと莫れだね全く…。(漢文)
砂漠の丘の上でまた吹きつけられなにがなんだかわかんなくなってきたしばやん。ヤケになって写真とってみたり。丘の上に橇のおじちゃんがいるので写真もついでにとって貰いました。サンキュー。
橇で本当に降りるの?ってくらい急斜面です。かなりビビってましたが、降りないと帰れないので仕方なくすべってみます。うわああーー早いよーーー。の割には、一気に降りないと途中で止まってしまってそれはそれで辛い。
もう全身砂砂です。ざりざりざり。月牙泉の近くまで行くはずがあまりに辛いので、急遽やめました。やめましたってあと100メートルもないんですけど。近くの休憩所で水を飲んでると、『水あるよ〜』と言われたので付いていってみると、お土産やさんじゃん。手を洗いたいというとバックヤードにいれてくれました。
水道が無くってたらいに水を張っている。やっぱり水は貴重品ですね。ここ砂漠の真中だしさ。
しかしベッドとか食事も置いてあるので、従業員さんの休憩所?なのかしらね。タオルも勝手に使いました。すいません。
このあとわたしたちが宿泊予定だったホテルで顔を洗います。ばしゃー。水は貴重なんだね。おっとスーパー添乗員Aさんたちと再会。やーお互い大変でしたね。とかってまだ今朝の話なんですよね。1日が長い。関係ないけどわたしが仕事で中国に来たときに使った現地旅行会社ってBさんの会社なんですよね。当たり前っていえばそうなのかも。(同じ会社ですから…)前ガイドしてくれたCさんのこと、聞いてみればよかった。
*敦煌からトルファンへ。
敦煌から敦煌駅(旧柳園駅)に移動。観光目的で名前が変わったらしい。車で2時間30分ぐらい。周りはゴビ灘です。なんにもない世界。名前が無い世界だ!(それはちょい違うんじゃ…)道自体は普通の塗装道路です。こんなところ、作るのも大変だと思います。中国人民に感謝!
ゴビ灘は岩と砂礫。植物もほとんど生えていません。なんか途中で事故ったらかなり嫌な雰囲気。しかも砂嵐で視界がない。怖すぎよ。一時的なものだったけど、本当に怖い。これが昔だったら、ラクダの上で砂嵐にあっていたのかと思うと、厳しさを感じます。人間は自然の前では無力。西洋は自然を克服してきましたが、日本は自然と同調して生きてきました。シルクロードでは…?
同じゴビ灘でも、地域によって色が違う。含まれる鉱物によって色が変わるのです。途中で漢代の長城の遺跡も見れます。こんなとこまで作ったんですね。
(と、いいつつも上の写真は莫高窟の近くの砂漠です)
*敦煌駅からトルファンへ。寝台列車初体験。
ガイドさんに連れられて、待合室へ。なんだか寒い。夕方1920ぐらい出発。寝台列車自体初めての体験です。軟臥は豪華な2段ベッドのコンパートメント。しかししばやん男性と2人で相部屋だった。ぐあーなんか嫌なんですですけど。いや、お互い様か?でもしばやんはTOKYOのOLさんだよ?車掌さんもなんか言ってたんですが、中国語がわたしはわからないし、車掌さんは英語がわからないので部屋の変更できませんでした。仕方ないので早く寝ました。しかも寒かったのでコート着たまま。朝は0550にトルファン駅につきます。早い!
楽しい思い出ではないので、詳しくかきませんが〜。唐沢寿明と同室なら歓迎なのですが…。
ちなみに中国では婚姻関係にない男女は、同室で泊まれないことになってます。くー寝台車はありかよ!?
*トルファンは砂漠のオアシス都市。
朝の0550到着なわりには化粧ばっりりしてしまうしばやん。気持ちの問題です。夜明け前なので真っ暗。なのに人民はたくさんいたりして不思議。
駅を出てガイドさんとミート。しかしなぜかミニバスが来ているのに、わたしだけ車で1人トルファンにむかいます。なんでだー。どこへ連れていかれるんだああー。ただ単に定員の問題だと思うけど。ドライバーのおにいちゃんは英語がダメなので意思疎通できませんでした。ああ、中国にくるのなら中国語を少しは勉強しようよ?わたし。
車で40分ぐらいでトルファンにつきます。途中『おいおい、ここは道じゃないだろ?』ってとこも通ったけど。しかも看板があったので普通の道なんでしょうな。でも全体的には普通の道です。なぜか一部分遠くに明るいところがありました。
街が明るいのか?工場?
ここら辺ぐらいまでくるとさすがに異国情緒といいますか、中国なんですがまさに西域ですね。看板もウイグル語併記で、建物もぱっと見、西域風。
トルファンは世界で2番目、死海の次に低いところにあります。地形的にはトルファン盆地。ああ、むかしどんな盆地か勉強したのに〜。断層盆地か、地塁が関係しているのか?なんだっけ??夏はゆえに熱い。40℃以上に平気でなるらしいです。でもしばやんの田舎も35,6℃ぐらいにはなるのだが…。この時期は丁度気候が良い時期ですね。寒くも無く暑くも無く。湿度も低いというかカラカラ。
どれくらいカラカラかというと洗濯物を夜室内に干して、朝バリンバリンに乾ききりますくらいです。ハンドクリームなどできれば持っていった方がいいかも。わたしはボディークリームを持っていきました。特に女性はスキンケアには万全にしてくだいまし。
トルファンは葡萄が有名なのですが、今まさにシーズンオフ。ああ、葡萄棚が憧れだったのに。
まさにオアシス!緑洲賓館(通称:オアシスホテル)
わたしの乗った車が先についてしまったので、ロビーで少し待ってました。待ってる間もお茶のサービスがあります。小さなホテルですがご当地ではここと、トルファンホテルの2つがいいホテル。でもここはこじんまりとしていていい感じです。建物自体も従業員さんたちもなかなか西域風。
『地球の歩き方』にはドミトリーがあるとの記述がありますが、3年前にドミはなくなったそうです。ドミに泊まりたいひとはご注意。でも普通の部屋も安いんですけどね。思わず旅行代金を考えてみるしばややん。GWで高かったのです。
穏やかな時間が流れています。いま朝の630ぐらいです。中国は標準時間が公式には北京をもとにした北京時間しかないのですが、ここら辺ぐらい西側になりますと、時差といいますか日出・日の入の時間に差がありまして、現地の時間も使われております。そりゃー2時間も差があれば生活にも支障が出ますよってに。現地時間でだいたい430か。早いね。
そういや日本も東西に広いですね。特に冬場、わたしの田舎は東京が朝でもまだ暗かったりします。むかしTVで朝各県の情報を流す生放送の番組で、東京は朝でしたが、熊本はまだ夜明け前でアナウンサーが『熊本はまだ夜ですね!』とかいってました。あなたの常識は日本全国で通用しないってことだ。
他の人たちも到着したのでまとめてチェックインします。お部屋も派手さは無いけど清潔です。おおお風呂にお湯が張ってあります。気が利くねー。お風呂に入る前に眠いのでちょっと仮眠します。やっぱりわたしには寝台列車はハードでした。あんまり寝てれなかったしね…。
なんとこのホテル、隣が小学校みたいです。にぎやかです。あー小学校の近くだなんてさいきんそういう生活を送ってなかったので新鮮です。子どもすきなんだよね。
仮眠の後お風呂に入ります。昨日はお風呂に入ってなかったのでうれしいー。髪の毛に砂が入っていたらしくバスタブが砂だらけです。ザリザリ。
まさにオアシス…
が、そのときブシュウブシュウとかイヤ〜な音とともにお湯も水もでなくなりました…。ああ、なんてこと。蛇口ひねってもなにもでてきません。もう上がろうとしていたときなので被害は少なかったのだけど。うーん、オアシス都市では水は貴重ですね!
そういやさっきチェックインしていた日本人の団体がいたな。一斉に使ったからかもしれません。日本では水と安全はただですから。いつもの癖で使っちゃうんだよね、なんて考えてみたり。
ほかのお客さんも困っているらしく、外が騒がしいです。でもわたしはもういいや。夕方にはお湯が出てますように。
コーヒーショップでアメリカンブレックファストなど文明の香りがするものを食べてみました。おいしいよー。卵とか素材の味がいいのかすごくおいしい。コーヒーもおいしい。バターもおいしい。オレンジジュースを頼んだはずなのにパイナップルジュースが…。でもおいしい。ウエイトレスさんの服がウイグル風かすりのワンピースというのもGOOD。英語が通じるのもGOOD。音楽は英語の音楽です。でもこれTVもあるし英語のカラオケかなんかなのかも。お客さんもなんだか白人です。こんなとこまで来るなんでなんだかすごい。
トルファンの街を歩く。
まだ朝の1000ぐらいってのがすごい。ホテルの前はずーと葡萄棚です。葡萄が名産なのです。しかしこの葡萄棚、ただいま工事中。たぶん観光シーズンにはすばらしい葡萄棚になっていることでしょう。スプリンクラーなんかもつけてました。工事中でタイルを張ってても、人民は平気で葡萄棚の道を歩いてます。のでわたしくめも。トルファンはウイグル人が多いのではないかと思っていたのですが、街中は意外と漢人も多い気がします。気候は寒くもなく暑くもなく。
トルファンホテルにはレンタサイクルがあるらしいので行ってみました。トルファンは町が平たいので自転車で回れたらさぞかし楽しいことでしょう。天気もいいし。
が、トルファンホテル大改装中!レンタサイクルもやってるのかわかりません。しかたないので探してみましたところ、葡萄棚のところでウイグル舞踊の練習をしているところに遭遇。ホテルでも出し物らしいです。さすが真剣に練習してます。音楽が既にウイグル風なので感動。3拍子だー。太鼓とラッパともう全然中国(漢人)のカテゴリーからははずれますね。
ここのホテルの先は街外れ。ウイグル人の住宅があるという。いくしかないでしょう。
少し歩いただけど、ウイグル人居住区です。土で作られたレンガ(あたりまえか)の家が並んでます。近くには小さな川が流れています。水があるので畑もあります。いい風景。ポプラ並木とロバ車。いいぞお。ここらへんはウイグル人ばかりですね。モスクもあります。ちょっと街を歩いてみました。
ウイグルパンも売ってます。おじいちゃんから『日本人か?』って聞かれたけどいまいちウイグル語はわかりませんわ。おじゃまさせていただいているのでそっとここから離れました。
井上靖先生の著書にもあったとうり、ウイグル人の家にはどんな家でも葡萄棚がありました。ベッドなんかもあるみたいでここで昼寝したらさぞかし気持ちいいことでしょう。
ちなみにオアシス都市なので、害虫はいません。砂漠の町だから。ハエはいるけど。
トルファンホテルの近くにバックパッカーが集うジョーンズカフェというところがあります。西洋風カフェで見た感じ木々の下にテーブルがあってなかなか風情があります。
ここではインターネットのできるパソコンが1台ありますのでメールなど打ちたい方はいいでしょう。自分のWEBの掲示板に書きこんだのもここです。英語かなり間違っていましたけどぉ。でもパソコンが置いてある場所は事務所みたいなところで横でなんかTVとか見てるんですけど(笑い)はじめぼったくられたみたいですが、あとから女性の従業員の方がきて値段を安くしてもらいました。なんか男の人叱られてました。
しかし中国でパソコン持っててインターネットできるってほんの一握りじゃないのかな。IT技術者は中国でもかなり高額所得者になるそうです。どこの国でも同じなんだ…。最近ちょっと下火にはなってきてはいるはずなんですが。
ところで、このぼってきた男性はガイドブックに載ってた人じゃないかしら?値段は150円/1時間ぐらいだったような。ここはなれた後もついてきましたよ、彼。ツアーに行かないかって。もう明日のツアーは申し込んでいるのです。
アイスクリーム3円
街をほっつき歩いていますと、アイスクリームというかソフトクリームの屋台が目に付きます。道端でおじちゃんが売ってます。おもにイチゴとバニラ。それ以外は見かけませんでした。妙においしそうなのでチャレンジ!値段はなんと5角。日本円で3円です。3円ですよ、ねえさん?!(誰がねえさんだよ?)
味は乳脂肪分かなり少なめのさっぱり味。でも暑いのでちょうどいいのかも。アイスクリームやのおじちゃんが座っていた長椅子のはしっこに勝手に座って食べてみたり。だって歩きながらは嫌だったのです。おじちゃんなんかいいたげだったけど…。
しかし材料費・おじちゃんの人件費・機械レンタル料(レンタルって決めつけんなよ)など考えてみても採算取れているのでしょうか。取れているのかもね…。
トルファン博物館はなんかー怖い。
トルファン周辺には見所が多いのですが、トルファン市内で歩いて見に行けるところって少ないと思います。バザールとかイミン塔ぐらいしかないのかしら。あと、トルファン博物館ぐらいじゃないかな。
つーことで歩いて行けるのでトルファン博物館に行きました。が、が、お客さんがいないのです。まあ小さい博物館だし、シーズンオフなので仕方ないのかもしれませんが、お客といえばわたし1人だけなのです。ワォ!貸切だね!・・・・うれしくなーいい。そんな感じなので切符売り場なんかも係員のお友達なんか遊びに来てておしゃべりしてます。
そしてここは雰囲気が恐ろしく暗いのです。トイレにも行きたかったのですがあまりにも恐ろしいので行けませんでした。なんてこと…。売店もあるけど閉まってます。
内容はといいますと、新彊ウイグル自治区は恐竜の産地なんです。そういえばNYの自然史博物館でそういう説明がありまして、「んなとこまで恐竜の骨見に行けないよ〜」と、恐竜が結構好きなわたしは当時思いましたが、やーきちゃいました。1階は恐竜の骨の展示があります。なかなか田舎の博物館(すいません)にしてはいい展示なのでは。
あと昔の展示物。なんか展示されてる人形に睨まれた感じがして非常に恐ろしかったです。(なにそれ…)でも怖かったんですー。恥ずかしい?話ですがわたしは『怖い』と感じたら深入りしないつうか第6感をー優先してみたり。
2階はミイラなど展示されているのですが、怖くて1人ではとても見に行けませんでした。やだよー。
バザール!
この恐怖の殿堂トルファン博物館から歩いてすぐのところにバザールがあります。主に食べ物系のようです。屋台もあるのでなにかお昼ご飯に食べようかと思いましたが、なんかー雰囲気が怖いんすー。
なんというかここってウイグル人が多いんですね。漢人ばっかりだったらまぎれてしまえる(多分)んですけど、しばやん目立ちすぎよー。結局ふらっと見ただけでご飯は食べませんでした。うーんいっぱい声はかけられたんだけど。なんとなく衆人監視の中食べれない…。
わたしはこういうバザールが好きなはずなんですが、どうも生の魚とか肉とかどーーーんと置いてあるのは苦手のようです。腐臭がー苦手なのかも。肉とかスーパーで売ってる切り身みたいなのではなくどーんと原型留めてる塊がぶらさがってるんですね。日本人は仏教伝来以来、食肉の習慣がなかったからしょうがないんじゃあDNA的に…。(なにそれ)
頼む、なんか食べさせてくれ!!
適当に看板にcoffeeとか書いてあるお店にはいったら普通の食堂でした。うーんメニューを見てみてもかにがなんだか…。適当に頼んだらウエイトレスのおねいさんになんか拒否されるし…。
じゃあこれは?とか聞いてもすべてのメニューに対して批判的なんだよー。多分、量が多いとかそんな問題ではないかと思うけど。結局頼まずに出てしまいました。はあ。
道を歩いても結構小さい食堂はたくさんあるんだけど、時間的にお昼の時間を過ぎていたのでなんだか入りにくい雰囲気バリバリー。もうお店の人とか完璧にくつろぎモードなんですよね。気の弱いしばやんは食堂にも入れないよー。こういうとき大都市だったら気軽に入れるお店とかあるのになあ、とか思ってみたり。
結局公園の前のご当地ではおされなカフェーらしきとこでコーラ飲んでみたり。穏やかな春のひだまりですわー。しかし目の前で軍人が女のこを車ではねた!び、びっくりした。
犯人はどうも女のことは友人(軍人)の友人って感じなのだが、こやつは謝らなかったぞー。一歩間違ってたら大怪我してたというのに!どうゆうことだよまったく。
幸いにも大怪我ではなかったようだけど。しかしムカツク。えらぶってんじゃねー。
*犬と遊ぼう
オアシスホテルの入口には犬が展示されています。コッカスパニエルです。例のごとく遊んでいると、犬を飼うのが仕事のおじちゃんが新たに犬を連れてこちらにむかってくるじゃないですか!?
ちなみに門番のおにいちゃんは犬がわんわん吠えていると『うわ---!!』とかいって威嚇します。おもわず、『お前、犬にだけには強いよな?』とかふかわりょうになるしばやん。(本当は『お前、弟だけには強いよな?』)でも日本語で言ってもこういうのなんとなく通じてしまうみたいでやばい。黙られてしまいました。ごめん。
犬の檻におじちゃんがくると、「またこいつか・・・」的まなざしをくれました。いいじゃん犬好きだもん。
新たに連れてきた犬は多分プードルの毛をからなかったらこんな感じなのかな…っていう犬でした。犬にだけ強い門番のおにいちゃんとおじちゃんが『ハッピー、ハッピー』とか言ってるんでハッピーちゃんというのだと思います。
ハッピーちゃんてば、ぴょんぴょん飛び跳ねてかわいいので、わたしも綱を握らせてもらいました。かわいいよーん。しかしわたし、世界の果て?まできて犬と遊ばなくてもいいと思うけどね。
ここではヨーロピアンもなぜか泊まっておりまして、子どもが犬ちゃんを棒でつついてました。弱者には厳しい欧州社会の一端を見せられる思いです。つか小さい生き物をいじめるなよな。君達もわたしからみれば十分小さくて弱い生き物ですわー。棒でつついたろかー。しないけど。
などと愛犬家のしばやんの犬レポートでした。飼い犬は見ませんでした。いるのかもしれないけど。
夕暮れが美しい。
夕暮れが異常に遅いのです。0730でもまだ明るい。なんていうか黄昏どきが美しいところだなトルファンって。空気がきれいなせいなのだろうか。薄むらさき色の時間が長い…
オアシスホテルではウイグル舞踊が見れるのですが、この日はお客さんの入りが少ないらしく?準備はしてたみたいなのに実際には公演されませんでした。ぐはーショック。
お腹が空いていたので、ホテルでフライドライスとチキンを食べました。フライドライスはスパイシーです。おいしい。が、量が多いのでチキンの方はお持ち帰りにしてもらいました。うーん親切。嫌な顔せずにパックしてくれました。後で食べたけど、こっちもおいしかった。でもおねえさんたちも本当はこの子食べきれるの?とか思っていたかもー。
トルファン郊外の観光
トルファンは市内よりも郊外に見所があります。しかも何十キロも離れて点在しているため、個人で交通機関を利用しての観光は事実上全く不可能です。だって市内だってバスはしってんのか疑問です。
なので観光バスか車をチャーターするのが一般的です。歩き方には旅行会社のツアーに参加すれば良いなどと書いてあります。しかし、それはオンシーズンの話。5月などという日本のみオンシーズンでも全世界的にはオフシーズンの時などは、なんと旅行会社のツアーは参加者が少ないため催行されていません。ので旅行会社に行っても車のチャーターを勧められます。
旅行会社はCITSがオアシスホテルにあります。その他にもウイグル人が個人的にやってるツアーもあるらしいけど良く分かりません。CITSとは中国の国営の旅行会社なので安心したい人はこちらがいいのでは…
ぐあー予算オーバー。私もなんとチャーターすることになりました。ちなみに1日で車(シトロエン)・ドライバー・日本語ガイドで300元でした。値段はもう少し安くできるみたいです。でもまあ1日で日本語ガイドもついてくるしなあ…。
ちなみにドライバー氏(中国人だけど妙にかっこいい。着てるものも垢抜けている。ひょっとしたら純粋な漢人ではないのかも。携帯も持ってた。仕事用?)とウイグル人の日本語のうまい女性のガイドさんです。この人は見た目もウイグル人で西洋人のようです。トルファンにいったら会う人も多いかも)多分CITSで日本語ガイドをつけるとこの人がガイドする確率が高いと思います。良い人です。
アイデン湖に行きたい。
突然ですが私は山とか湖とか鍾乳洞とか自然が好きです。トルファン郊外にはアイデン湖という世界で2番目に低いところにある湖にいきたくなりました。しかしCITSでここに行きたいと言うと強力に反対されるのです。何故?しかし行くことにしました。料金も高いしさあ。
ツアーの内容
きまった行き方があるわけではないらしく、『どこから行きますか?』とか聞かれます。どこからかいいのか分からないのでお勧めで…といっても決めなくてはいけないよう。遠いところから行くことにしました。
ルートは、火焔山ーアスターナ古墓群ー高昌故城ーベゼクリク千仏洞ーアイデン湖ー交河故城ーカレーズです。
これに葡萄溝人民公社が入れば完璧にお決まりコースなのですが、葡萄溝人民公社は最近2つあったものが合併して値段が倍になった挙句、今は葡萄のシーズンではないので行ってもしかたがないとの親切な忠告のため行きませんでしたー。
*火焔山
西遊記でマチャアキが(違う)、孫悟空が芭蕉扇でその火を消したところ。かなーり暑いトルファンでも昔話に出てくるぐらいに最高に暑いところらしい。見た目も赤い。他の時期はもっと赤く見えるそうです。ここは褶曲地形なので原油が産出される、まさに火の山なのです。油田の火が出る煙突もあります。
昔話でも火の山、現在でも原油が出る火の山ってのに感動しているのはわたしだけなのか?
火焔山には縦に筋が入っているのですが、雨が降らないところなので水の浸食でもないと思う。褶曲にしてもこんな筋はいのかね〜?とか思い聞いてみましたところ、『悪い龍を退治したときに、龍から流れた血のせいで赤く、筋がある』んだそーです。
いや、わたしが聞きたかったのはもっと地学的に根拠のある…。このとき建物の基礎工事をしておりました。お土産やさんとかレストランとか作る予定らしいです。ラクダもいます。山に近づきましょうってことで無駄に往復2キロくらい砂漠を歩きました。疲れた。しかーし、さすがトルファン、朝出発するときは涼しかったのにもう1000ぐらいでめちゃあつーい!
*アスターナ古墓群…火焔山からも車ですぐのところ。ここらへんはウイグルの村らしいです。高昌国と唐代西州住民の墓地群であります。見た感じなにもない殺風景な荒地といいますか。
見れるのは3つのみ。なんだか拍子抜けさせられる…。まだ掘ったらいくつもお墓がでてくるそうです。でもそのままにいておいた方がいいのかも。お墓の中にミイラがあってなんだかいやなんですけど。ガイドさんはミイラが怖いってついてきてくれませんでした。わたしも怖いよ。
お墓の壁画は南の国の鳥や花が描かれています。このお墓に眠る人は南国出身の商人。この地で具合が悪くなって、お墓を造ることになり鳥に乗って帰れるように、と描かれたとのことです。
どうでもいいがここで日本人発見。3人組みでどうも日本人ではないグループだと思っていたのですが、お話してみますと、彼らは日本人・香港人・西安から来た中国人のグループで現地のツアーでトルファンを巡っているらしい。わたしが地球の歩き方持ってんのとガイドさんと日本語で話しているので日本人だと分かったらしい。そりゃわかるよ。
同じホテルに泊まっているので夕食を一緒に食べれたら食べましょうとか約束してお別れ。どうでもいいけど、ガイドブックに載ってる入場料ってすべて違ってました。
近くには葡萄畑と干し葡萄を作る小屋があります。昔は何十日もかけて干し葡萄を作っていたけど、最近は薬品をつけて早く作ることができるとか。自然に作るほうが良いなー。
(写真:なーんにもない地上のアスターナ。かえるちゃんのゴミ箱がLOVELY)
*高昌故城
わたしは今回の旅行で一番好きなところです。アスターナからこれまた車ですぐのところにあります。ここもウイグル人の村の近くにあります。ガイドさんのお家もここにあるそうです。トルファンまで通うの大変そうだね。40KMはあると思うよ。
麹氏高昌国から西ウイグル帝国まで1000年も国都として栄えたところ。玄奘三蔵も天竺に行く途中麹訪れ、国王に滞在するよう頼まれた。しかし天竺から帰る途中再び訪れたときには、もう国は滅びたに等しかったという。今はもう地図にない国の物語…。
実際に行ってみると規模が大きいことに驚かされます。栄えた都市であったことは確かのようです。とにかく広いです。レンガでつくられた建物の残骸といいますか、風化した建物はなにか怖い。道があって建物もある。人が住んでいたけども、今は誰も住んでいない。荒涼とした風景がただただ広がっている。恐ろしい気もします。
…あまりにも広いので入口からメインの建物があるところまでロバ車に乗って行きます。最初『40元ですが、ロバ車に乗りますか』って聞かれて『歩きで良いです』とか答えましたが、歩くのは不可能ではないけどもかなり無茶な話みたいなので『30元で交渉しました。乗りましょう』つうことでロバ車に乗りました。ここもガイドブックに載ってるのと値段が違うんですけど〜。ぼられてんのかガイドブックが間違っているのか。どっちだ!
ロバ車に乗ってGOー。他のロバ車は10人ぐらい乗ってるのにわたしのは御者とガイドさんとしばやんだけ。楽してるのにゆっくり走るロバ君。わたしみたいな性格してますね。ピシピシ叩くと思い出したように走り出します。ここも日本人の団体が多いな。こんな荒涼とした遺跡に日本人がうじゃうじゃいるとなんだかびっくりしますわ。終点まで10分ぐらいはかかります。
建物がはっきり残っているのはわずか。かつては伽藍だったところでしょうか。でもなんだかよろしい。建物が円形の屋根の形で残ってるのはすごい。でもらくがきはやめようぜ!!
帰りはなぜか地元の少年少女が勝手にロバ車に乗ってるんですけど…。ちなみに帰りは御者のおじちゃんがお土産を売ってくるよ。座席においてあるウイグル風のかっこいい箱に入ってます。
ギター風の楽器を持ったおじいちゃんと写真を撮るとお金を請求されるよ!でもしばやんは、ガイドさんとおじいちゃんがお知り合いだったのでただだったけど。おじいちゃん、ちょっと怒ってた。
あと日本語でおにいちゃんが1000円札を持って、「シェンエンいくら?」(千円いくら?)とか聞いてくるよ!他の日本人のおじちゃんは『65元!』とか正しい換金レートを言っていたけど、しばやんはめんどうだったので『100元!!!』とかむちゃなレートで答えてみました!!
『OK〜』だって。おいおい全然間違ってるよ!そんなんじゃ儲けないでしょ?とか思いました。でもわたしはやみ両替なぞしない清く正しい旅行者なのです。
***1元=15円なので、1000円=約65元。100元は1500円になるのです。こりゃ両替しても良かったかしら。しないけど。
そんなことよりも、すこし高いところに登って周りを見渡すと、荒涼とした風景が本当に一面に広がっています。なんだかとてもわたしは感動した。今はもうない国の夢の跡。だめだ、感動を伝えられない…。
遺跡といえば、わたしは遺跡が結構好きなはずなのに、ローマでフォロ・ロマーノとかコロッセオとか見てもちっともおもしろくなかったんです。でも今回ばかりはもう…。
土の遺跡で壊れかけの儚さというか、人の作ったものの脆さというか。なんか切ないのだ。栄えていてもいつかこんなに荒廃してしまうんだろうかと思ってみたり。
この近くのウイグルの村もレンガ作りなのですが、いつかはこうなってしまうのかな…。それをいったら東京もいつかはこうなってしまうのだろうけど。そして後年のしばやんみたいな遺跡好きが訪れてしまったりするんだろうか…。
(写真:すべて高昌故城。すばらしさを1%もお伝えできてないです。下手な写真ですいません)
ウイグルのお家訪問
なんとウイグル人のガイドさんから『家に来ませんか?』と嬉しい言葉が。もちろんYES。井上靖先生の著書で読んだ『ウイグル人の家には葡萄棚(左の写真)がある』てのが非常に気になっておりましたのでこれは本当にラッキー。さっそくヨネスケよろしくしゃもじを持って夕食チェック!(嘘です)
高昌故城の近くの村に住んでるんだって。車であんまりかからないところにありました。個人宅の話なので詳しくは書きませんが、あるよー葡萄棚ー。ガイドさんのお母様からお茶と干し葡萄を頂きました。おいしい。お部屋もウイグル風なのでしょう。絨毯がいっぱい。しかし電灯がハダカ電球一個なのは夢の機械電化技術王国JAPANの感覚からみればちょっとびっくりです。でも大きいTVがあった。
裏庭の方も見せていただいたのですが、いいですね。葡萄畑があるのです。
機械電化技術王国とかわけわかんないこと書いてますが、ちょい昔の日本にたまたま技術系の努力家が本当にたまたま同時多発的にいた。そうじゃなかったらきっと日本は違う国になっていたんじゃないかなーって。我家ではソウちゃんとかマサルとかこーちんとか偉い人になってます。(この言い方怒られそうですね)父親がなんか好きなんですよ。どうでもいいか。
ただわたしは今の日本の生活が慣れているので、一番日本が住みやすいのだろうけど、逆に自然とともに生きるのもそれはそれでいいのかな…。いろいろあるだろうけど…。
*ベゼクリク千仏洞?
ガイドさんのお家から車で北のほうへ向かって火焔山を登るとベゼクリク千仏洞があります。が、が、ここがベゼクリク千仏洞です、って連れてこられたところはどうもガイドブックに載っているのとは違う?もう少しすすめばあの風景がみれるのかな?とか巡ってみてもなんか違う。
ガイドさんに言ってもここがベゼクリク千仏洞っていうんですよ。うーむ。ガイドブックに載ってる写真を見せてここに行きたいんですーといってようやく連れていってもらました。おいおい。ここからベゼクリク千仏洞は車で5分ぐらいだった。どうゆうことだよ〜。おもわず脱力…。
ちなみにここのベゼクリク千仏洞じゃないほうは、簡単な最近できたテーマパーク風。なぜか西遊記の人形がおいてあります。ウイグル人の生活も紹介されてますので興味のある方はいいかも。わたしはそれどころじゃなく、ずっと『あの〜わたしが行きたいのはベゼクリクなんですけど〜』とかずっと抗議していたのでよく見てません。
しかしここら辺は山道です。日本で山といえば木が生えてるわけですが、ここでは全く生えてません。岩山で、いかにも水分のなさそうな荒涼とした山です。空の青と映えて美しい。道はかなりワァイディング。
帰り道なんですが、かなり曲がった下り道をドライバー氏とガイドさんがもめてました。もめててもいいんですけど、ドライバー氏、後ろの座席にいるガイドさんに振り向きながら話すのはやめてね?お話は前を向いてもできるでしょ?などと低姿勢な雇い主です。本当に怖い山道なんだってばさ。
*ベゼクリク千仏洞
ようやく本物のベゼクリク千仏洞につきました。ここも敦煌の千仏洞のようなものです。しかし、ここの千仏洞はかなり荒らされています。外国の探検家が持っていったり、ムスリム(イスラム教徒)により破壊されたり傷みが激しいです。それでも少し残ってる壁画など見ると、かなりしばらしいものであったのではないだろうかと思わせられます。それでも建物自体は非常に美しいです。
ガイドさんもウイグル人でムスリムなのであんまり来たくなかったのかな…とか思ってみたり。
近くには川が流れており、木も生えていてやっぱり水と植物があると落ち着く感じがします。入り口から結構歩く上、暑いし、川の方はさらに階段をそうとう降りなくてはならないので上からながめただけですが。アカシア(多分)の新芽がこれまた美しい。
井上先生が訪れたときには現在のように道が整備されておらず、車で何台かに分けていっても到着できたのが1台だけ、とかそういうレベルらしかったのです。1970代のお話ですが。こういうの聞くにしてもああ、西域にも行きやすくなったものです。感謝せざるにはいません。>誰にだよ。
*アイデン湖に行きたい2
昨日ツアーの申し込みをしたとき、強力に反対されてしまったアイデン湖行きですが、やはりせっかくここまで来たからには行きたいってもんですよ。
これから行こうってときにもまた強力に反対されました。とにかく道が整備されていないので大変だと…。どれくらい大変なのかよくわかりませんが頑なに『行く』と強気なクライアント様なわたしです。
ドライバー氏もかなり嫌がってます。アイデン湖までは1時間30分かかるしお昼ご飯を食べるところもないので、ランチをとることに。
なんか砂漠の真中にある日本で言えばドライブインのようなところに車は入るよ!あれをドライブインというならばね…。
(写真:ベゼクリクの周辺)
*謎のトルファンのドライブイン?
建物もなんだか民家なのか?という佇まい。軒下にはなんだか皮をはがれた羊君がぶらさがってるよ。テーブルは1つしかなくTVが1台あります。なぜかベッドがあります。店と民家の区別が限りなくファジーな感じでこれはこれで楽しい経験です。家の人もいっぱいいる。
何を食べるかというと、麺でいいことになり多分ラグメンというウイグル人の料理だったのでしょう。野菜を選べるということだったのですが、気が付くと全部野菜はいれられてました。にんにくの芽はきらいなのよお。屋外にあるコンロで羊の肉と野菜と麺をざっといためます。料理してるところを写真取ったらおばちゃんがお顔をそらしてしまった。ごめんなさいー。
料理はおいしかったです。しかしここの人たち何で生計たててるんでしょか?しばやん・ガイドさん・ドライバー氏でもくもくと食べる…。ああハエ君たちがいっぱいいる。しっしっ。
ここでだんだんアイデン湖に行きたくなくなってきたんですが、食べ終わってあんなに嫌がっていたドライバー氏が意を決したように『行きましょう』(多分中国語でこんな風に言ってたんだと思う)ということになり、わたしも行くことに。わたしも行くことにって、今日はわたしがお二人を雇ってるわけなんですが…
謎のドライブインを後にして、ガソリンスタンドの角をちょいと曲がると未舗装の道なき道に!
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガ…
「あ、あの〜ずっとこの調子ですか?」 「はい」
すいません、やっぱりやめます。といことでアイデン湖行きは中止と相成りましたとさ。さすがにあの道を往復3時間は辛そうだし。だからランドクルーザーで来いって言ったのに…(ウソ。言ってませんがな)『今行っても湖に水はないです』…早く言ってよ!!
*蘇公塔
今度は打って変わってトルファン近郊のイミン塔にいくざんす。完璧なイスラム建築でレンガ細工の細かさを賞味いたします。しかしわたしはトイレに猛烈に行きたかった。しかしトイレ係りの人がなぜか不在で我慢してみた。
モスク寺院は工事中なのですが、他の観光客もなんの疑問も感じずに観光してます。わたしたちも特になにも考えずにずかずか建物に入っていったのですが、ガイドさんがこっそり言ってたんですが入ってはいけなかったそうです。あら。ごめんなさい。上から見る風景は葡萄畑と干し葡萄小屋。のどかです。
小さい博物館もあります。ここもやっぱりミイラさんがいてなんか怖いんですけど。ホータン地区の出土品も展示されてます。于闃国(うてんこく・字が出ない…)最高!尉遅光
于闃国は現在のホータン地区にあった国です。
のどが乾いたのでスプライトこと『雪精』を買いました。ガイドさんも選んでたんですけど、なぜかわたしがガイドさん・ドライバー氏におごることになってました。何故なぜなーぜ?まあ、いっか。
しかしスプライトって砂糖炭酸水のはずなのになぜこう味が日本で飲むのと違うんでしょうか?お〜い、コカコーラボトラーズ、中国では変なアレンジして売ってるみたいですゼ!
*交河故城
ここもトルファンしないから15分くらいのところです。井上靖先生がいらっしゃったときには、4WDで川を渡ったりかなり行きにくかったところらしいのですが、今はこのとーり、車ですぐ。便利になったものです。交河故城という名の通り、2つの川の交わったところの高台にある城址遺跡です。
今までガイドさんが付いてきてくれていたのですが、ここはガイドさんは無料で入れないらしく1人で入場。入口から坂道できつい。
お手洗いがありまして、かなり覚悟して入ったんですがなんと水洗のような。洋式便座にビニルシートが掛けてありまして、それが1回ごとに巻き取られていく感じなのです。これだったら清潔?ですね。お手洗い係のおじいちゃんも心なしか得意げです。手を洗う水道もちゃちいながらもあってGOOD。
交河故城広いです。あまりの広さにどこから回って良いのやら。礼儀正しく歩道を歩いていたのですが、なんとなく歩道意外も歩いてみたくなり、ちょっと探検したら迷いました。
なんでこう思ったのかというと、歩道以外にも歩いてしまう人が多いらしく足跡とかついてるんですね。しかし道なき道。人も全然歩いてないし、真剣にびびりました。怖いー。周りは崩れた建物だし。
わ、わたしが悪かったです…。むちゃくちゃに歩いているうちにようやく道らしきところへでました。ああ、よかった人もいるよー。ここでげっそり疲れて早く帰ってしまいました。なんだか廃墟っていうのは怖いです。
交河故城はユネスコ世界遺産に登録されていないと記憶していたのですが、至るところにユネスコの文字が…。本当のところはどうなんでしょうね。一応世界遺産のWEBで調べたんスけど。
後になって知ったのですが、結構ここは建物が残ってる方なのだとか。わたしが迷っていたところはどうも破壊が大きかったところだったみたいです。リベンジ希望!
今でも川が近くに流れていて穏やかなところです。人間、水がないところでは生きていけないのでしょう。
関係ないけど交河故城まで行く途中に『葡萄研究所』がありました。さすがトルファン、葡萄の産地。
*カレーズ楽園
カレーズとはペルシアから技術が伝わったといわれる灌漑施設。遠く天山山脈から地下道を掘りぬいて水をトルファンに引いているのです。すごい。天山山脈からどれくらい距離があるんだろう。そして『天山から水路を掘ろう』って考えた昔の人の発想と、技術力、行動力。すごいっす。
トルファンは盆地で傾斜状になっているので天山から掘って水が流れてくるんですよね。確か。よく昔の人は気付いたなーって本当に思います。
肝心のカレーズ楽園はそんなカレーズの観光用です。ちょっとしたカレーズの仕組みみたいな展示がありまして、『おい、これだけかよ?!』とかびびりましたが、ご安心をー。奥の方が本物のカレーズです。
ちょろちょろ水が流れています。ガイドさんが『おいしいですよ』って飲むように勧めてくれました。今まで生水はおなか壊したら嫌なので極力さけていたしばやん。でも、ま、いっか。飲んでみますと冷たくっておいしいです。まさに自然の水って感じでした。この水もあの天山から流れてきたのかと思うと感慨深いです。灌漑なだけに。(←ダジャレ)
ということで今日の観光はおしまい。ホテルまで送ってもらってお別れです。明日はウルムチなのですが、ウルムチまで俺の車に乗ってかないか?って感じでドライバー氏に名刺貰いました。んーでも、一応ツアーにはウルムチまでの送りもついているのであります。結構楽しかったなー。
ちょっと疲れたのでホテルでグズグズ休みます。
*トルファンの夜は更けて。
夕方になって果物かアイスクリームでも食べようかなーとか町を徘徊してバザールの前を通りかかったときに『しばやンさん(仮)」』とわたしを呼ぶ人がいます。
あーさっきのガイドさんとアスターナで会った青年じゃん。夕方一緒に夕飯を食べましょうとか約束してた割には名前とかお互いに全く伝えておりませんでした。どうやって会うつもりだったんだ。お互い。
泊まってるホテルにこの2人は『しばいぬ、こう茶色い小さいハスキーみたいな日本犬が1匹泊まっている。名前はしばやんていうんだけど…』と持ってるだけの情報をホテルのフロントに尋ねたらしいのですが、『そんな犬、みたこともないし泊まっていません』とか言われてしまったそうです。
(すいません。創作です、この話)でもフロントでは尋ねてみたそうです。ガイドさんにはファーストネームしか教えてなかった。ホテルが知ってていないって言ったのか、わからずいないって言ったのかは不明。
ほかにもガイドさんが声を掛けた日本人がいるそうなので一緒に夕食をとることにしました。彼らはバックパッカーですね。タイから入って(王道)ミャンマー、カンボジア、ラオスを回ってみたり、これからラサに行くとか、これからパキスタンに行くとか、正に絵に書いたようなバックパッカーに感動ー。
しばやんは会社帰りにエルメスのスカーフ巻いたままシルクロードに来てしまうようなおきゃんなOLさんだよ!そう、今シルクロードはOLさんが気軽に来てしまうようなところなのだ。(そ、そうかな?)ちなみに今は油断してたのでパジャマにしてたTシャツでうっかり歩いてたんだけど。
バザールでシシカバブーおいしうございました。トルファンは葡萄の名産地ということでワインも作られているのですが、聞いて驚いてください。ボトル1本5元(65円)です。これには一同驚きました!やすすぎ。他は羊の内臓煮こみがわたしはすきじゃない…。けど食べた。ゲエエエエ。←嫌いなんだよおお。
さてウイグルの民はほとんどムスリム。といってもここら辺はあまり厳格な方ではないのですが、やはり女性はお酒は飲まないのです。ガイドさんもワインは飲みませんでした。しばやんは飲んだけど。
しかし、それはウイグルの民。隣のおじちゃんはしばやん(日本人女性)が珍しいのと、お酒を飲んでるんが気に入らないらしくなんだかブツブツ言ってました。まあ随分酔っぱらってるみたいでしたが。あんまり刺激するのもよくないと思ったので、ワインは貰った1カップのみ。
19時ぐらいでもまだ薄闇。イブニングの習慣っていいな。西洋風だ。2次会はパスして、ホテルに帰ります。街灯がないのか、ここには…。でも人も多いです。帰ったらウイグル舞踊をやっててもう終わりぐらいだった…見たかったのに。
*中国人の携帯に電話をしてみよう。
さて、明日はウルムチへ移動です。ガイドさんが朝迎えにくるはずなのですが、何時にくるかわからない。今日中に連絡があるはずなのに、もう22時ぐらいだよー。はじめトルファンに来たとき、ガイドさんにウルムチに連れて行ってくれるガイドさんの携帯の番号を教えてもらっていたのでTELしてみます。
まずは、部屋の電話から…。うーんつながらない。ビジネスセンター?の電話から…。多分日本人のガイドをしてるくらいだから、日本語もできるハズ!
トゥルル〜『あの〜ガイドさんですか?(名前を知らない)』…『!!なんで番号知ってるんですか?』
よかった日本語バリバリ通じるよー。電話で用件をすませようと思っていたのに、今このホテルに向かっているので待っていてください、とな。仕方ないのでフロントでまってみます。お茶なんかサービスされながら。
すると日本語を話す金髪・碧眼のガイドさん(男性)登場!多分ウイグル人だと思うけど、金髪で青い目ってのは劣性遺伝(嫌な言葉)だから珍しいとか思っちゃった。街中でも金髪の青い目の人は見なかったもんで。
明日7時出発のところをちょい早いので7時30分に出発することにしました。ガイドさんもドライバー氏もこのホテルに宿泊するようです。風が強いので早めに出発するのがいいんだとか。
*ウルムチへ。
明けて7時30分前。律儀に時間前に待ってるわたし。なんとわたし1人だけをランドクルーザーの4WDに乗せてドライバー氏ガイドさんを更にホテルに前泊させて出発なのです。採算取れてるのか?!
トルファンーウルムチ間は約2時間30分。今はきれいな一本道の高速道路ができているので楽々なのですが、この道がなかった頃は皆様の旅行記を見るにつけ、かなり大変だったようです。この道を、砂漠のど真ん中に高速道路を作るのはそれこそ大変だったろうと思います。すげー。
もくもくとウルムチに向かいます。途中山を越えるのですが、そこも天山山脈のようです。低すぎて実感がありません。ここも岩というか土というか殺風景な山です。天山を越えると軽く草原のような風景と湖が見えます。ここいらでなぜか一休み。んーでも早く出発しなきゃいけないような風の強さには思えなかったけど。運が良かっただけなのかな。
*いつも風が吹きぬける場所。
井上靖先生の著書にもある、ラクダも飛ばされてしまうぐらいの強い風が常に吹いているところ。あんまり実感がなかったのですが、どーも風力発電の風車がこれでもかーーーーーってたくさん立ってるところがありました。中国一の風力発電所なんだそうです。本当にこれでもかーーーーってくらいたくさんあります。ここまでくると絶景かな。きっとここらへんなのでしょう。たくさんありすぎて?壊れても放置されてます。4WDはブンブンとばしてウルムチ市内に到着です。
*ウルムチは大都会
人口がなんと140万人もいる大都会。高層ビルもガンガン立ってます。ここがシルクロードの街とは。町の規模的には福岡市ぐらいはあるんですね。地下鉄はないけど。街を歩く人もさすが大都会、垢抜けています。
デパートもありますし、なんといっても香港のヤングカジュアル(古い言葉ね)のお店もガンガン進出してます。売ってる洋服もかなりおしゃれです。漢人の女性はパンツルックが多めなのに、ウイグルの女性いはスカートで華やかな感じです。洋服といえば、アクアスキュータム(エゲレスの高級洋服店でございます)のリネンシャツが割引になってて買えばよかったよお。しかし15,000円はするんです。誰が買うの?て買える人もいるってことでしょう。
デパートのお菓子もパンとか、ケーキとか多い。甘食みたいなのも売ってます。甘食といえば、我家はこの食べ物をその見た目により『犬の鼻』って呼んでる風変わりな一家です。
(写真:ムチャクチャ大都会なウルムチ。天山が遠くかすかに見えます)
朝の10時。ちょい疲れているのでお休みしてから徘徊しよう。しかし結構寒いです。暖房をつけようとしてもつかない。?と思ってみてみるとコンセントが入っておりませんよ。しかもコンセントは2つしか使えないので、部屋の中のどれを使うか選択しなくてはいけないのです。
まず、寒いから暖房。テレビみたいからTV。暗いけどもうコンセントは使えない。どーん。
ちなみに泊まったのは華僑飯店。この中国にありがちな華僑飯店というホテルはその名の通り、華僑の人のための宿泊施設らしいです。一応華僑以外も宿泊可。ちょい街中から離れています。お部屋はまあまあ良い感じ。わたしはこれでも十分。レストランと、旅行会社と、林檎園のカフェーがあるなかかなナウイとこです。林檎園のカフェーは開いてなかったけど。
旅行会社にあった『シベリア航空』って初めて見たよー。
TVは新彊ウイグル放送や、中国の放送以外にもなんと、パキスタンやインドのTVも見れました。もうパキスタンとかインドとかすぐ近くなんですよね。実は。中国のTVもたいがい面白かったのですが、パキスタンとインドもイカス!!
パキスタンかインドのTV:『やじうまワイド』みたいな新聞情報番組。司会者とコメンテーター2名の計3人でやってます。真面目な番組なのかもしれません。
パキスタンのドラマ:『なんとかアパートのゆかいな仲間』みたいなコメディー。コメディー番組やるってことは意外と余裕があるのか、この国は…。(しばやん、アフガニスタンと激しく勘違い?)
インドのTV:とにかく踊る!歌う!踊る!歌う!踊る!歌う!…いい加減にしろ〜。でもみんなうまい。おもしろいやー。インドって全国的に「ムトゥ踊るマハラジャ」状態なのかも。そろそろ若いグループで『激しく踊ったり歌ったりしないのがCOOL』とか言い出すものがでてくるのでは?イギリスとかに留学した坊ちゃんお嬢ちゃんたちがさぁ。エンヤとかがいいとか言ってさあ〜。
どーもインド本国以外でもドバイ(UAE)でもやってるみたい。CMで言ってた。ドバイもインド人多いらしいですし。
ついでに中国のTV:これも突っ込みどころが多すぎるのですが、ヤケに激しいトレンディドラマとかさああー。でもヒロインの飼い犬がシーズーなのはさすが中国ですね。警察者ドラマとか軍事番組(なんか試験問題のようだった)とか、たまに垢抜けてると思ったらP&GのCMだったり。
でも歌番組はすごくうまい歌手ばかりでなんだか新鮮でした。アイドルでもうまい。あと2000人ぐらいでおかあさんといっしょ、みたいな番組も笑った。ドラマの中で子どもがプレステやってるのもあった。これは香港の番組かもしんない。服も見て分かるブランド物だったし。
などと異国のTVもなかなかおもしろいもんです。日本のTVは、なんだか若者向けが多すぎてあんまり好きじゃなかったり。この国で自由に一番お金が使えるのは若者って、言われるのもなんか今分かったようなきがしますよ。
*パンとコーヒーを飲み食いしたい。
落ち着いたら、おなかがすいてきました。ガイドさんはホテルの回りにたくさん食べ物を食べるところがあるっていってたけど、ど、ど、わたしはパンとコーヒーがいいのですー。ホテルで聞いてみてもホテルのレストランにはないんだって。くぎゃー。
中国を旅したことがある方ならなんとなく分かってくださいますでしょうか?意外とパンとコーヒーって貴重品なんです。まあ日本みたいにたくさんあるのがおかしいのかな。
ガイドブックにはホリディインが紹介されてます。外資系ホテルならばコーヒーショップがあるはず!街歩きをかねてホリディインまで歩きます。だいたい5kmぐらいありますけど!
街は明るい感じで本当に大都会なんです。中国のようなどこかイスラムの香りがするような、でも大都会という不思議な街。遠くには天山山脈が頂きに雪を乗せてるのが見えたりして。なんかいいぞお。
パンやさんも意外とたくさんありました。チェーン店みたいです。露店でもパン風の食べ物を結構売ってます。それもやっぱり西洋風?といいますか、イスラム風?といいますか。おいしそ。でもホリディインに行くんじゃー。途中にある立派なホテルをホリディインと見間違えて愕然とする。
*ホリディインの意地を見た!
餓鬼になってホリディインを目指すしばやん。タクシー乗るなり、バスに乗るなりしろよ…。ババーンとそびえたつホリディインの白亜の建物…あの緊張感のない花模様とフニャッとした緑の文字…。
ようやく到着あるよーあるよーコーヒーショップがあるよー。しかもスタッフはご当地一の高級ホテル、みんなきっちりしてるし笑顔だー笑顔だー。お客さんもなんか上品だよおおお。ぐー。
その前にお手洗いにも行きます。お掃除さんに英語で聞いたら分からない風だったけど、『厠所』って書いたら親切に教えてくれた。ありがとうホリディイン!最高だよ。お手洗いも信じられないくらい清潔です。ああ日本でもこのレベルだったらかなり良い方になるよー。あー涙出てきた。
コーヒーショップではランチブフェをやっているではありませんか。うーおいしそう。ウエイトレスもなんか英語話してるよー。え、ランチは12時から?あと5分真面目に待つわたし。
12時になったら時間ですよって教えにきたり、ポシェットがかわいいとかこちらをくすぐるようなことをいってくるし…。幸せー。なんか中国ってこっちが疲れるような接客をしてしまいがちなので、こういうのはさー嬉しいんですー。疲れていたのか、わたし。
しかし、英語のできないウェイターが『オレンジジュース、パインジュース』とかいっておりまして、なんだろバフェにつくんかいな?とか思ってオレンジジュースを頼んだら、これは料金外だった。これだけはちょい許せませんよ?でも、バフェはおいしかったー。生野菜とか果物とかに飢えていたらしく、頭くらくらするくらいおいしかった。中華料理も癖がなくっておいしいし、洋風料理もおいしかった。デザートももちろんコーヒーもおいしかった…。チーズもおいしかったよ。ああ幸せの青い鳥はこんなところにいたよ…。
と、いかに普段の食生活が貧しいかをちょいカミングアウトー。粗食なの。
満腹になったところで、ふとお金が少なくなったことに気付きました。近くの中国銀行はなぜかお休み。試しに近くの中国農民銀行行ってみた。一応開いてるけど、両替はしてないみたい。お金がないし、両替もできないし。一旦ホテルに帰ろうとしてもタクシーも捕まらないし、あーなんか疲れますー。なんとか捕まえてホテルで両替えして、今度は新彊ウイグル博物館に参ります。
*そりゃないよー新彊ウイグル博物館。
タクシーに乗って新彊ウイグル博物館に行きます。が、到着するも
工事中じゃああーりませんか!おもわず日本語で「おっちゃん!あれ工事中だよねえ?」とか聞いてしまいました。おっちゃんドライバーも係員に聞きにいってくれて指でX(バツ)のジェスチャー。ああ、なんちゅうことですかー。残念。ここにはウイグル族とかカザフ族とかの展示、ミイラとかシルクロードの歴史とかが見れるらしいですよ。有名な楼蘭の美女がいるのもここ。
失意のまま紅山公園へ…
*紅山公園は憩いの場。
小高い丘のような山がある紅山公園。ここはウルムチっこの憩いの場。老若男女訪れています。上に上ってウルムチ市内を眺めるもよし、天山に思いを馳せるも良し。縁日のようにちょっとした出店や娯楽が楽しめます。驚いたのが「ウッチャンナンチャンのこれができたら100万円」のイライラ棒があったことです。こんなものを遥かシルクロードでみるとは思いませんでした。爆発はせずに、棒が当たったら音がなるようになってます。これは結構人気のようです。
ここでのんびりして葡萄なんか買い食いしながら街中に帰ります。あとはデパートとか見てました。エッグタルトとか人気のようです。
*ウイグルの日常を垣間見る。
紅山公園の近くは風景が良いので写真やさんもいっぱい。コダックが多いな。新婚さんがドラマチックな写真を撮るのも人気みたい。トルファンから来るとき見た風力発電所の風車をバックに写真を撮るのもナウイみたいです。結婚シーズンなのか写真やさんもかなり混んでて、撮影場所にもなる庭には花嫁さんがいっぱい。花婿さんも。こちらでもウェディングドレス着るんですね。
日本で着物とウェディングドレスをお色直しで着なおすみたいなものかな?しかしメルヘンな合成写真っすね。
街中ではお金を取ってるわけでもなく、ウイグルの楽器の太鼓とラッパを吹き鳴らす集団が500mに1組もいてなんだか不思議。音調がもうエキゾチックな感じでいいぞおおー。
途中でまた結婚式の途中なのかお友達一同がトラックの荷台に乗って音楽が始まると、ぱっと踊りだしたりしてこれまたいいぞー。おめでたいぜ!こういう民族ぽいことってやっぱりいいです。車にも花とか空き缶とか付けてるし。今日はめでたい暦なのか?街中がお祭り騒ぎみたいだ。
↑ちなみに今回の旅行で高昌故城の次に感動したのは、この結婚式のお友達なんです。音楽が始まって一斉にみんながぱっと踊りだしたのには鳥肌立ちました。うーいいよおー。
なんだか沖縄民謡に通ずるものがあるとか思っているのはわたしだけなのか?手の動きとか!
*バザールでござーるぅ。
ホテルの近くのバザールは行った時間が遅かったらしく、なんとなく店じまい中で残念。しかし、途中で全財産(持って歩くなよ)が入ってるポシェットのヒモがとれかかっているのを発見。
悪いやつがひったくっていったら結構な期間遊んで暮らせるぐらい…かもしれない。びくびくしつつホテルへ帰りました。ホテルの回りはかなりウイグル人が多いようです。女性はスカーフをしてますし。食堂も清真料理屋が多かった。
ここも夕暮れがきれいだなー。ホテルの窓から見える工事現場、朝から夕方までずっと働いてるようにみえるのですが…。何時間労働なのやら。
おもしろいTVみつつ早めにお休みします。ウルムチは今日のみ。明日は西安に帰ります。
翌日、ツアーのねえさん方、にいさん方と久々に再会。わたしだけ別行動な旅程だったのです。トルファン・ウルムチは。といっても一緒に観光とかするわけじゃないんですけどね。
*ウルムチー西安へ
空港までは分乗してタクシーでGO。ウルムチは国際空港なので意外と大きいのです。ウルムチー西安は確か新彊航空。西北航空よりきれいな機内です。
時間は2時間30分ぐらいだったかな。寝てたんでよく憶えてない…。機内食のチョイスはライスかヌードルかで主食を選ばせる斬新さ。ライス、おいしかったです。とうもろこしが歯ごたえあるというか野性味ある感じ。噛めば噛むほど味が出る憎いやつ。おいしかった。
寝てたんで気付かなかったんですが、お土産で干し葡萄を貰えます。起きたら唐突に干し葡萄が置いてあって驚いた。ねえさんに教えて貰いました。
西安到着。早めに着いてしまったので、まだガイドさんが来ていない!仕方ないので待つ。待つ。本来の到着時間を遥かに過ぎても来ない。
やっと来たよ〜ねえさんがた怒ってます。怒る気力もないわたし。眠い。
メンバー的には、最初から会ってるねえさんがた以外に2名ニューキャラが。わたしともう1人以外には食事がついてるツアーで、お昼がまだ出てなかったらしい。
ガイドさん「あーお食事のない2名様はここで待っていてください」
おいおいおーい、こんな街外れの空港で1時間も時間潰せるかってーの。
寝起きのときと、深酒してしまったときのしばやんはもう手がつけられません。
静かに猛抗議ー!話が違いますとかなんとか吠えたような気がする。
ガイドさん「ちょっと、ちょっと待ってください…」 どっかいっちゃった。
つうことで食事は空港ではなく、市内で食べることになりました。すいません。話次第では食事なし組はタクシーで先に移動でもいいなーとか思ってたんですけど。幸い機内食食べてるからみんなお腹すいてないからよかったようなものの。怖かったので食事あり組の人たちに一応誤ってみる気弱なわたしでありました。だってー観光時間少なくなるのやだもんー。今13時ぐらい。
しかし、西安は空港から市内まで1時間ぐらいかかってもう疲れてしまいます。
またもやホテルは同じところ。でも今回は前泊まったときよりも、どうみても良いお部屋。ラッキー。窓の外は砂埃でうすくもり。緑も多くってなんだか違う印象。ほっとします。
耳がかゆい。耳かきなんか持ってないなあとか思っていると、バスルームに置いてあるアメニティグッズに「綿棒」という鋭いアイテムが!カリカリ…。うわー記録的なブツが!日本に持って帰ろうかと思ったよ。乾燥地帯恐るべし!
*西安チープにうまいもの
博物館が近いので歩いていったり。アイスおいしかった。(食ってばっかり)タクシーで市内まで行ってパオズとか串揚げとかおいしいー。安いし。パオズ1元、串揚げ1本0.5元。買い食いしながら世紀金花まで歩きます。うきうき。いっぱい食べ歩き。有名な5.1飯店は店頭でパオズや串揚げも売ってます。他のお店も売ってますけど。5.1飯店は1階はどうもカフェテリア方式のようです。
お店が混んでたので食べませんでしたが、目の前にあるものを指して料金を払えば良いみたいなので旅行者でも気がねなく利用できそうっす。味は、元々有名店だし、この混み混みの状況を見て推して計るべし!というところでしょう。おいしそうだったよー。できたてアツアツ。回転もいいんだろうな。これが経済解放なのかしら。
ホテルの近くの中華バーガーやもなかかかでした。堅めのパンに具をはさんでもらいます。前の女の子が野菜を選んでたんで、じゃあわたしは野菜と肉のダブルで攻めますとか、指さして注文するも、肉は肉だけ、野菜は野菜だけのようだー。お肉は細かく刻んだ煮こみ豚肉のような感じ。2元。
豆乳も人気みたい。行列ができてた。あとお豆腐に薬味がかけてあるやつ。これもおいしそだったな。
KFCなどもある西安だけどローカルフードもあなどれませんねー。
まあ西安のうまいものって餃子とか清真料理とかなんでしょうが、こういうチープなものもうまいつーことで。
*通信事情
お店で見た感じは、まだまだポケベルが人気アリみたいです。でも徐々に携帯に移っていくのでしょう。でもまだ高いんだろうなー。2000年3月で10万ぐらいって言ってたもんな。china telecomがどうも幅きかしてる感じ。看板がどこいってもある。モトローラも。
インターネットカフェも満席。まあこれは大学の近くだったからかもしれないけど。西安とかは最先端技術とか触れることもできるし、もう本当に大都会なんだけど貧しい寒村とかもあるんだろうな…。日本にもあるしね。でもちょっと差が激しすぎるような気がする。ああ、工場で窓がガチガチに割れてるの見たなそういえば。
ケンカしてるおばちゃんをよそ目に(怖い)世紀金花に向かいます。ここはいいわ〜。
何回も書く。井上靖先生の著書にでてきたおいしい脂っぽい味の桃っていうのが、スーパーで売ってた『油桃』のような気がして買っちゃいました。味が濃くておいしい。
MORGANで店員さんに man to manで付き添われる。言葉が通じないのが分かっているのか話しかけてこない。けど、付いてくる。
香港ブランド、U2、G2000とか今回は欲しいものが特にないので見送りました。
早めに休みます。
*西安ー関空ー羽田
市内から空港まで遠いよー。途中に見えるなんか作ってるのは確かお墓のとこだと思う。2000年3月もあんな感じだった…。変わってないな。のどかな畑。西安はやっぱり敦煌やトルファンとは違う。緑が溢れています。
空港では西安ー関空は日本人しか乗らないので日本人ばかり。まだかなー。待合室のようなところで休んでました。やべ、喫茶店だったのか…。気付かなかったよー。ごめん。コーラとか勝手に買ってきて飲んでた。
関空到着。羽田行きの飛行機へ乗換え。待合室でお好み焼き食べてる人がいた!わーそんなの売ってたんだー食べたかった。
西安ー関空、関空ー羽田のお隣の方はずっと同じご夫婦でした。びっくりしたら、むこうもビックリしてた。西安-関空ではそういえばスカーフを知らんおっちゃんに買い占められて全く買えなかったなあー。
羽田空港への夜便は、夜景が異常にきれいです。うーん工業地帯、不夜城TOKYO。
***そして、思うこと***
思いかえれば、この旅行中具合が悪くって毎日毎日薬飲んでたんだった。今もちょっと具合が悪い…。待合室は日本人ばっかり。でももう日本に帰るんだ。憧れていたシルクロードはやっぱりスケールが違うなあとか、音楽と踊りに感動したり。具合はずっと悪かったけど来てよかった。
新彊ウイグル博物館は工事中だった。それはもう一度来いということか?!いきなり宿題を出された気分。でもまたいつか訪れたい。街はすごく変わっているかもしれない、変わっていないかもしれない。
いつか訪れるときは私自身も考え方が変わっているかもしてない。大きな川や山でも変化がないようであっても少しずつ変わっていっている。
それでもわたしの中にある幼いころ夢見た西域への思いはずっと変わらないと思う。
いつかわたしがあの天山の雪のように消えてしまうまでは。
参考文献:『西域をゆく』 井上靖 司馬遼太郎 文春文庫 1998年5月10日