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「Go!天竺!…別にインドに呼ばれたとかじゃないんですけど(笑)」

 

(2007年9月20日〜25日) インド旅行記。

9月23日。3日目午後。

「アグラ城からタージマハルが見える」

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「アグラ城からタージマハルが見える」

…ということでやっとアグラ市内へ到着です。正午過ぎぐらいですが、観光を続行します。アグラにはタージマハルがあるので、さっさと行きたいのですが、先にこちらのアグラ城です。ふう。

アグラ城の簡単な紹介。…ムガール帝国3代皇帝アクバルが1565年に作った。関係ないけど、この「ムガール帝国3代皇帝アクバル」というのはガイドさんの説明でしょっちゅう出てきたので、ガイドさんが「ムガール帝国3代目皇…」といいかけると、わたしが「アクバル」というのが少しだけ流行りました。あとこのムガール帝国ですが、初代バーブルは今でいうウズベキスタンあたりから来て、インドでムガール朝を立てたのですね。ウズベキスタンにも行ったことがありますので、こういう繋がりは非常に興味深いです。ちょっとウズベキスタン旅行記(2006年)でも少し触れた…かな。ムガール朝の支配者はインド人ではないのだな。所謂征服王朝みたいな解釈でよいのかな。

ところで皆さんはもうお城はお腹一杯でしょうか? ともあれ、かつての大帝国ムガール帝国のお城をご覧あれ。(ご覧あれ、て…)

攻めるには苦労しそうな城構えです。しかし赤い。赤い石が採れるのだろう。
しかしインドは男女比率が1:99なのか?と思うぐらいに女性が少ない。男性ばっかり。
聞いたところあまり出ないらしい。社会進出もまだまだなのだとか。

アマル・スィン門。ものすごく大きくて、そしてかっこいいです。

モザイクとかが幾何学模様です。

赤地に白の縁取りが好きなのだろうか…

インド風のような、イスラム風のような。

ちょこっと見える白いたまねぎちゃんがかわいかったので。

彫りが細かいのも好きなのかなぁ。細かい影もきれい。

アグラ城からはタージマハルが見えます。あれだ!(向こうの白い建物)やっと会えたね!大感激!嬉しい〜。

5倍ズームでムリヤリ撮影!はしゃぎすぎなわたくし。きれいだなー。

お城のべランダから。川の近くで緑もあって良いですねぇ。

ベランダから。風が吹いてきて心地よいです。

あっちの塔みたいなところからの風景も素晴らしいのだろう…

これはどこかのドームの中ですね。昔は装飾されていたのではないかと思われます。
あと、すっごく落書きが酷かった。そういうことは止めようぜ!

空が青いとそれだけで良いな。きっとこれは金で装飾されているのだと思います。なんか良い。

壁の装飾がメケメケなんですけど、もっときれいだったんだろうな。大理石だ。


「囚われの塔」

タージマハルはムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンは妃のために22年もかけて作ったものです。タージマハルというのは言ってみればお墓なので、公共性とかそういうのは一切ないです。でも妃のためだけに作っちゃいました。皇帝ってすごいですね。で、お察しの通り大帝国ムガール帝国は案の定傾きました。実際に結構大変だったみたいです。が、このムガール帝国5代皇帝シャー・ジャハーンはもう一個自分のお墓として総黒大理石のタージマハールみたいなのを作ろうとしました。以下妄想。

ムガール帝国5代シャー・ジャハーン:「わしはもう一個、自分用に作ろうかと思っておるのじゃ…。色は対として黒が良いかのう…」

3男アウラングゼーブ:「…このクソオヤジをどうにかしないといけない…!」

…ということがあったかどうかは知りませんが、シャー・ジャハーンは塔に幽閉されることになりました。その塔がこの「囚われの塔」です。ちなみに3男アウラングゼーブは皇帝になりたくてなりたくて仕方なかったので、自分の兄弟を殺害しまくったそうです。ガイドさんが言ってた。でも父親は殺さずに幽閉したというのは偉いと思います。まぁ諸事情あって生かしておいたのでしょうが…。

しかし現実問題として、財政が苦しいっていっているのに、こんなこと言い出してて周囲は「勘弁してくれ!」とか思ったんじゃないかなーとかなんとか。あとやっぱりですけど、タージマハルだけの件だけで幽閉されたみたいではないそうです。ちなみにこのアウラングゼーブ以降、ムガール帝国はその勢力を失っていったという。そしてご存知のとおり、ムガール帝国はエゲレス様に逆らった(セポイの乱)ために滅ぼされてしまいました。でもこれも世界史的にはよくあることなんですよね…。エゲレス様はよその国を滅ぼしすぎです。「グレートブリテン」とかいって、自分で「グレート」とかいってますしね(違)。でもわたしUKが外国では好きな方なんだよな…。

ということで囚われの塔です。思ったよりも開放的な感じです。
わたしはロンドン塔にあるような暗くて狭い牢屋に閉じ込められていたものとばかり思っていたのですが。

囚われの塔の内部。結構広いです。壁には宝石がはめ込まれていたそうなんですけど、イギリス人に全部盗られてしまったそうです。さすがエゲレス人様の略奪行為は一味違います。「悪い奴らだ!」と言っておきましたが、わたしエゲレスはすごく好きなんですけどね。しかし壁に宝石ってどれだけすごかったんだろう…?ところで「小公女」のお父さんって本当は凄い山師でインドを荒らしていた人なんじゃないかと、ぼんやり思っておりますが。ダイヤモンド鉱山ねぇ…。それをいうなら「ペリーヌ物語」も「?」ですが。これはフランス人の植民地支配・山師父(母インド人)のハーフのお話か…。 これらの話って美談なの?(笑)

囚われの塔といってもすごくきれいですね。大理石だ。わたしだったら意外と幽閉生活を楽しんでしまいそうだ。
風通しも良さそうだし。パソコン持ち込んですごしたいですね(俗物)。あと犬を飼います。(どうでいい)犬は散歩させて…

外からみた囚われの塔。けっこう大きい。

中には入れません。ここで亡くなるまで7年間、タージマハルを眺めてすごしたという。1666年74歳にて歿。
こういうことを言うのは大変失礼ですが、67歳ぐらいのときにもう一個作ると言ったのか。あらあら。

この風景も皇帝は見ていた…。といいつつ、わたしは川にかかる鉄橋を撮りたかっただけだが。

かわいい塔です。白+ピンク+ゴールドという実にかわいい乙女な配色。

お城の中を移動します。向こうにタージマハルが見える。

これはどこかちょっと分からない(汗)。壁に壷状のくぼみがあるのはインド風なのか?

わたしはこの写真が気に入っています。地味だけどすごく好き。この柱やアーチが好みなのです。
今どきのインド人カップルと、サリーの女性がなんか良い。

ディーワーネ・アーム。一般謁見の間です。「壁に宝石がはめ込まれていたけどイギリス人に盗られました」とまたガイドさんが言うので
また「悪い奴だ!」と言っておきました。しかし盗られたらムカつくよねぇ。そら返せとか思いますね。あぁエゲレス人、ウジのわいたビスケットと腐った水で大航海していた人たちの野心には計り知れないものがあります。エゲレスだけじゃないですけどね。

ディーワーネ・アーム。引き気味に。

左側向こうのたまねぎいっぱいの建物は何だったのでしょうか。行ってないや。気になる。

うまく写真が撮れませんでしたが、ここから見るとアーチがきれいに並んでいるように見えます。

さて、帰りましょうか。ムガール帝国の夢の跡…か。といいつつ、きれいに残ってますけどね。

なんか…きれいだ。さすがムガール帝国というところかな。


「今日のカレー」

「今日のカレー」のコーナーです。毎食カレーでんがな〜。ここも観光客ばかりいるレストランでした。もう14時なので、わたし、「イタリア人オナカペッコリーノ」になってます。オレにカレーを食わせろ!と細かくパロディを含めつつ。で、カレーですが、これすごくおいしかったで〜す。野菜を茹でたか炒めたかしたやつおいしい、じゃが芋のカレーおいしい、チキンカレーおいしい、ダルおいしい。というか全部おいしい。ちなみにこれをガイドさん2人で食べた。あまりにもおいしかったので、ガイドさんに「これすごいうまいです」ばっかり言ってしまいました。お腹すいていたからかな。暑いので体力を消耗するので、自然と食欲がアップ。他にデザートとして小さいバナナが出ましたが、わたしはバナナは好きじゃないので食べませんでした。(どうでもいい)

…で、このレストランは日本人観光客ばかりだったのですが、皆さんダルダルのなのが印象的でした。あと、1人+ガイドさんというわたしをヘンな目で見るのはおよしなさいよ?スルーしてください、スルー。しかしツレと一緒だとはいえ、他に知らない人とずっと一緒の旅というのも、疲れるだろーなーとか思います。1人にしてもらって良かった。車内でも後部座席でダルダルできるし。

で、次はやっとやっと念願のタージマハルですよ!もーここまで長かった。待ちくたびれました。「で、次はやっとタージマハルですね!楽しみ〜」というたら、一旦ホテルで休憩が入るのだとか。なぜ休憩?ここで休んだら後悔すると思います。「航海の日」で休んだときに後悔しました。…意味が分からないよ…。が、わたしは青い空をバックに真っ白いタージマハルを写真に撮る!というのが自己ノルマでしたので、予定を変更して先にタージマハルに行くことにしました!これが1人でガイドさんとドライバーさんがいるという醍醐味っすな。というかこんなワガママは初めてですけどね。

あと、次のページはまるごとタージマハルにしたいので、ここで細かなアグラの話を書きます。


「アグラの街」……案の定、街中はカオスでした(わたし基準)。でもこういうのも楽しい。ってお前クーラーが効いた車内で眺めただけやろが!的。街の魚が5匹しか売っていない魚屋にびっちり魚が黒く見えるぐらい蝿がたかっている様子を見て、心底ビビる。あとアグラは他の都市を比べて宗教系の建物が多かったと思う。ヒンドゥー寺院の他にもいろいろありましたので、近くを通ったときなどに軽く説明してもらいました。バプテストがやや目立っていたのが気になりました。イギリスの影響で新教の方がメジャーなのかもしれません。でもちゃんとローマンカトリックもありました。こういう宗教の縛りが少なそうな都市の方がすごしやすそうだな、と思います。まぁそれぞれなんですけどね。良いとか悪いとかの話でもありませんしね。

ついでに書きますけど、よく海外旅行記で「現地の人は信仰が篤いのに、日本人はそうじゃない」と言い切る人が異常に多いと思いますが、
「それ、あなたの信仰心が薄いだけで、日本人全員がそうだというのはあまりにも乱暴すぎるのではありませんか?」とかおばはんは思います。


「インドの偉人」…アグラにはインドの偉人の像がけっこうありました。後で行ったデリーにもありました。車内から眺めていたら、突然スバス・チャンドラ・ボース像が見えてきて驚きました。「うわー!あれスバス・チャンドラ・ボースですか?!」だって。普通の日本人女性は分からないから…。ガイドさんもびっくりしてます。そりゃびっくりするだろ、普通のにh(略)

ガイドさん:「そうです。チャンドラ・ボースです」

わたくし:「スバス!(←呼び捨て失礼だ…)えーと、ミャンマー…じゃなかった、ビルマ!シンガポール!」

しばさん、ネタ的にやばいことばかり。

…えーと、よく分からない人はネットでも良いので調べてみるといいかと思います。wikiとかわかりやすかも。んで少し触れます。インドの偉人です。日本とも関係があり、没後(もう没後の話か)遺骨が杉並区のお寺に安置されていたりするんですよね。インド国民軍の 元最高司令官。そしてあのインパール作戦にも参加したという。インパール作戦か…。あとすんごいどうでもいいのですが、このインパール作戦大失敗後、日本側にいたのにエゲレス様につくことにした人は、わたしの父の友人の知り合いの女性のお父さんです。この関係を 正しい日本語でいうと赤の他人といいます。

ので、父の友人の知り合いの女性のお父さんのお知り合いがチャンドラ・ボースっぽいんですけど…。そんなの関係ねぇ〜。本当に関係ないですからね ぇ。関係ないからこうして書ける訳なんですけどね。ところでミャンマー(ビルマ)もエゲレス様に逆らったということで、メチャクチャになった国のひとつですな。 まぁ、独立後は自分たちでメチャクチャにしているようなフシもありますが…。あと関係ないけど、ミャンマー国歌の一部が「軍艦マーチ」なのですが、国としてはかなりイタイ方だと思います。あと国の主な産業が麻薬だと聞いていますが、そういうのはよくないと思います。

すいません、話がずれすぎです。えーと、次はやっとタージマハルで〜す☆(2007年12月15日)

参考:wiki
スバス・チャンドラ・ボース
アウン・サン
インド国民軍


次は 「タージマハルと流れる川と…」です。


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