「共に歩む者」

ゆん

 

 マイクロトフとカミュー。剛と柔。動と静。その纏う軍服の色と同じく、彼ら はまさに正反対の性質を持つ青年である。 

 そしてそれは、女性との付き合い方で もまた然りであった。  マイクロトフは、はたから見ていてももどかしいほど堅苦しく、ひたすらまじ めに一人の女性に接し、一方カミューは数多くの女性と広く浅い付き合い方をし ている。マイクロトフがカミューに対して文句をつけたいことがあるとすれば、 ただひとつ、この一種のゲームのような女性との付き合い方のことだけであった 。  だが面白いことに、マイクロトフに思いを寄せる女性はどこか彼と似たまじめ で古風な女性が多く、カミューの周りに集うのは恋愛はゲームのようなものと割 りきった女性が多かった。  今現在二人には、社交儀礼以上に親しく付き合う女性がいた。マイクロトフに は一人の、カミューには複数の女性が。 

 「とうとうマイクロトフさまも身を固められるようですな」  赤騎士団の幹部たちとの会議の合間の他愛ない雑談で思わぬ言葉を聞いた。

 「え?」  普段年長の幹部たちが感嘆するほどの冷静沈着な青年が仮面をはずした瞬間であった。  「おや、マイクロトフさまからお聞きおよびではありませんか?ユリス侯爵が令 嬢との縁談話を正式に打診されたそうですよ」  「今や、騎士団中で密かな噂になっています。令嬢の方が熱心にこのお話を進め ることをご希望だとか」

 アルス侯爵令嬢エマリア。騎士たちの憧れを一身に受ける美しい女性であった 。その人柄も申し分なく、彼女に好意を寄せられて応えぬ男はおそらくはいるま い。たとえ、女性に心動かされることの少ないマイクロトフであっても。 「では、今日は祝いの酒を酌み交わさなければならないな」  いつも通りの穏やかな微笑をたたえて、カミューは言った。ゆえ知らぬ内心の ざわめきをどうにか押し隠して。  

カミューにとってはメガトン級の爆弾とも言うべき話題をそこで打ちきり、つつがなく定例会議を終え、1日の執務は終了した。 なんとなく重苦しい心持を 抱えて自室へと帰っていくカミュー。これは自分よりも先に彼が妻を持つことへ の焦りなのだろうか?それなら、自分も妻を娶ればいい。相手には不自由してい ないのだから。だが、これからの未来をたった一人の女性と共に生き、添い遂げ るのだと思った時、なぜか心が冷えていくのを感じた。

 ………女性はきっと自分を縛るだろう。  その生まれ故郷の空に羽ばたく鳥のように、カミューの心は自由を欲していた 。誰にも気兼ねすることなく、自由気ままに生きたいという密かな願いを持って いることは、おそらく常に傍らにある青年しか知らないことだろう。  確かに女性のぬくもりには安らぎを感じる。だが、女性の愛情も度がすぎれば 自分を縛る鎖にしかならない。それはあまり彼にとってはありがたくないことで あった。彼が必要以上に女性と親密にならないのもそのためだったのである。  自分自身の心の動きを理解しかねた彼は、そこで思考を止めて自室の扉に手を かけた。  部屋に入ると腰に下げた愛剣をはずし、手袋を脱ぐ。指先で襟元を緩めただけ で、長椅子に横たわり大きなため息をついた。

 「……結婚…か…」

 まじめで不器用だが、まっすぐで激しい愛情を注ぐのだろう、彼は。いつかの 夜会で見かけたエマリアの姿とマイクロトフを並べて思い浮かべてみる。なかな か似合いの組み合せであった。そう思ったとたん、またズッシリと心が重くなる 。  自分が得られぬものを、なんの苦労もなくすべて手にいれてゆく親友に嫉妬し ているのか、自分は。騎士としては理想的ながっしりとした体格、一点の曇りも ない純粋な精神、光に満ちた未来、そして、その未来を共に歩む伴侶。

 ……いいや、違う。苦もなく手に入れているのではない。汚れない心で信念を 貫くがゆえに、彼は悩み傷ついている。それを昇華する強さを、彼は持っている だけだ。その潔い生き様と強さにあこがれ、だからこそそれが損なわれることが 耐えられなかった。そのために、自分は彼の隣に在りつづけたのだ。だが、もう ……。 「お役ご免というところか……」  私服に着替えるのも億劫でそのまま長椅子に横になってしまったが、らしくな いもの思いが眠気を誘ったのか、いつしかうとうととし始めた。

 

 その時。誰のものかすぐにわかるノックがカミューの意識を呼び戻した。 「開いているよ」  そう応えてやると、ノックの主は静かに部屋に足を踏み入れた。

 「すまない。もう休んでいたか?」  「いや。ちょっとうとうとしていただけだ。ちょうどよかったよ。着替えもしな いでこんなところで眠り込んでしまうところだった」  横になっていた長椅子から起きあがり、マイクロトフに椅子を勧める。それに 頷いて応えると椅子を引き寄せながら「先に着替えてきたほうがいいのではない か」といった。  確かにここで着替えておかないと、このままの格好で朝まで寝てしまいそうだ 。そう思ったカミューは、じゃ、ちょっと失礼するよ、といって寝室へと消えた 。  残されたマイクロトフは座り心地のいい椅子に深々と腰掛け、今この部屋を訪 れた訳を心の内で反芻する。  先日見かけた女性と親密にしているカミューの姿は、思いがけぬ感情を彼の心 に呼び起こした。そして、それに続いてもたらされた侯爵令嬢との縁談話。自分 の不可解な感情が、ぴたりとはまったパズルのように明確になった。  

 ……エマリアを伴侶として娶ることはできない。  その理由はただひとつである。だが、果たしてそれを明らかにしていいものか 。勢いに任せてここまで来てしまったが、その結末を思うとため息がこぼれる。  明らかにしなければならない理由。それはひとえに勝手な自己満足であったか ら。  堂々巡りの思考に気を取られて、カミューがすでに着替えを終えて傍らに立っ ていることにも気付かなかった。

 「マイクロトフ?」 「……うわっ!」  間近で顔を覗きこまれてようやく彼の存在に気付いた。  「び、びっくりさせるな、カミュー」 「またなにか悩み事かい?」  思わず見惚れるきれいな笑みを浮かべて、少しからかうような口調でカミュー は言った。

 「………カミュー」  マイクロトフにしては珍しく、カミューと目を合わさずにその名を呼んだ。  「なんだ?」  ゆっくりと彼の向いの椅子に座り、軽く足を組みなおす。

 「………カミュー、おまえには今、親しく付き合っている女性がいるのか?」  彼はなにが言いたいのだろう?長い付合いの中で、女性のことを話題にされた ことはほとんどなかったのだが。 「ああ。いるよ」  彼の真意を確かめるために、とりあえずは正直に答えておく。

 「………それは、一人ではないのだな?」  ……なんとなく分かってきた。もともとゲームのような軽い恋愛を楽しむ自分 にあまりいい顔はしていなかったが、彼は今、女性との付き合い方について自分 に意見しようとしているのだ。 「それがどうかしたか?どの女性も等しく私のことを思ってくれているし、私も またそれぞれに優劣をつけられない思いをもっているからね」  その時、逸らしたままの視線をまっすぐにカミューにあててきた。

 「勝手な言い分だとはわかっている。おまえの女性に対する考え方も十分理解し ているつもりだ。だが……頼むから、戯れに女性と付き合うのはやめてもらえな いだろうか」  これはカミューが思いもよらぬ言葉だった。 「おまえは間もなく妻を持つ身になるのに、なぜ私が女性と付き合うのはいけな いんだ?」  怒るでもなじるでもなく、彼の反応を試すように、わざと悲しげな風を装って 言った。

 「………俺が…嫌だからだ。それに、俺は妻を娶らない。おそらく、これからも 先もずっと」  これには驚いて声も出ない。彼はなんと言った?自分が複数の女性と恋愛ゲー ムを楽しむのが嫌だと?それに、妻を、娶らない?あの非の打ち所のない女性を 袖にするというのか?

 「……どうして……」

 まったく自分らしくない、いかに動揺しているかがありありとわかる声。  次の瞬間、まっすぐにカミューの瞳を見据えるマイクロトフの濃紺の瞳に強い 光が宿った。彼の心のどこかでそれを制する声がする。だが、わきあがる思いを 言葉に乗せるのを止めることができなかった。

 「……おまえが、好きだからだ」  押し殺した低い声がゆっくりと言葉を紡ぐ。それは彼の感情を雄弁に語ってい た。彼は、本気だ。  「………」

 一瞬頭の中が真っ白になる。どう反応していいのかもわからない。彼の言葉を 真に理解するまでにはずいぶん時間がかかったような気がした。

 「……どういう、意味だ?私が好きだから、エマリア嬢を袖にする、というのか ?」  意味ならわかっている。同性の者にそういった感情を向けられたことは一度や 二度ではなかったから。だが、他の者には感じた嫌悪や拒絶の思いが、なぜか今 は沸いてこない。それどころか、もっと彼の心を確かめたいと欲している。

 「……そうだ。彼女に、これからの人生を共に歩みたいといわれたとき、俺の心 に浮かんだのはおまえの顔だった。共に未来を生きるのは、おまえであって欲し いと思った。それで、思い知った。いかにおまえの存在が俺の心に大きく深く棲 みついているのかということを。他の誰も、入りこむ隙間もないほどに」  迷うことなく紡がれる言葉のひとつひとつがカミューの心に浸透していった。 そのたびに心が暖かくなり、鼓動が早くなる。

 ――――私は、彼にこの感情を向けられることが、こんなにも嬉しいのだ……

 「……それで、私にどうしろと?」  それなのに、まったく素直でない応えを返してしまう。彼の言葉のひとつひと つがこんなにも嬉しいのだと知られることが、恥かしくもあり、悔しくもあるか ら。 すると、マイクロトフはとたんに悄然とする。  

 「おまえにとってまったく迷惑なことだということは分かっている。こんな思い を露にするのはひとえに俺の心の弱さだ。笑ってくれていいし、軽蔑されても仕 方がない。だが、もし。もし許されるなら、俺がおまえに対してこんな不埒な思 いを抱いていると知ってなお、おまえにとっての親友という位置を、これからも 俺に許してもらえたら……」

 「許すよ。親友という位置も、私の心の特別な場所も。すべて、おまえのものだ 」  

 心を満たす充足感が自然と笑みを浮かばせる。それは、今までに見たことのな い艶やかで美しい笑みだった。  今度はマイクロトフが頭の中を真っ白にする番である。まさかこんな答えが返 ってくると思わなかった彼は、カミューの表情に見惚れながら、無意識に彼に向 かって手をさし伸ばしていた。  

 名剣・ダンスニーを自在に操る無骨な掌がカミューの滑らかな頬に触れる。彼 はそれから逃げる素振りなど微塵も見せず、その大きな掌の温かさをもっと感じ たくて、頬を摺り寄せた。  そっと、カミューを抱き寄せるたくましい腕。そしてカミューもまた、マイク ロトフの広い背中に腕を回して抱き返す。ゆっくりと唇を寄せ合い、二人は一瞬 触れ合うだけの口付けを交した。濃紺の瞳と琥珀の瞳を見詰め合うと、互いを満 たす幸福感が自然と小さな笑みとなってこぼれる。再び、どちらからともなく唇 を重ねると今度は深い口付けになった。  幾度となく息も止まりそうな口付けを交わした後、マイクロトフはもう一度カ ミューの躰をしっかりと抱きこんで小さく囁く。そしてカミューは、黙ったまま その言葉にただ頷いて応えるのだった。

 ――――共に歩いていこう。離れることなく、これからもずっと。

 

 形を変えた二人の関係の幕開けとなる最初の朝は、もうすぐそこまで来ていた 。

                                                  (終り)

 

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ああ…もう…マイクロトフ、なんて男らしい告白なのーっっとうれしくなってしまいましたっ(*^。^*)ゆんさんの書かれる本当に優しい世界がダイスキな私は…思ったとおりの優しい心に染みる作品を戴けて…本当に幸せモノです…。ゆんさん、本当にありがとうございましたっ♪