Word of love

 

 

聞かせて…
貴方の愛の言葉を…
貴方の優しい愛の囁きを
私の心をときめかす愛の言葉を…
何度でも繰り返して私に囁いて……

 

 

アムロは休日を一人でぼんやりと過ごしていた。
本日は世間的は平日である。現在、情勢的にも組織的にも落ち着いているMS総隊は、「有給休暇の消化」を推奨しており、隊で一番の上司がその手本を見せて下さらないと…とも言われて、納得した彼はきっちり有休を取る事にしている。
シャアは勿論登庁日であり、いつもの様に総帥府に赴くが、今朝は「早く帰るよ」という言葉と沢山のキスを送って、大変名残惜しげに出掛けて行った。
勿論サビシイとは思うが、アムロは一人で過ごす休日にはもう慣れてしまっている。本当に忙しい時、シャアの方が全く休みが無かったので…彼の体調管理にただ気を配っていた。

休日の総帥夫人が公邸でやる事は……特にない。
強いて言うならば、使用人達の仕事の邪魔をしない事…見掛けたら労いの言葉を掛ける事、でくらいある。アムロも身の回りの事は大抵自分でやるが、最低限の使用人の仕事は取ってはいけない、という暗黙のルールはありアムロもそれには従っている。
公邸の使用人達は、主人とその妻のプライベートタイムに気を遣いながら、仕事を頑張ってくれている。
此処に住む様になって1年以上が過ぎて…やっとそんな生活に自分を置く事に慣れてきた感じだ。連邦からの亡命者で男であって…最初からそんな自分をシャアのパートナーとして、総帥夫人として温かく迎えてくれている彼等には、とても感謝している。
この邸は…穏やかで優しい空気がいつも流れていて…アムロの必要以上に研ぎ澄まされてしまった感応力が自然と落ち着く場所…
それがシャアとアムロの家なのだ。

自室より夫婦専用リビングルームのソファーの方が気に入っているので、そこで文字通りゴロゴロしていると…
携帯電話がメールの着信を告げてきた。音で相手が誰かは判っていたが、タイトルが「アムロさんにお願いっ」であったので「…どうしたんだカミーユ」と何気なく呟いてしまった。
『休暇中申し訳ないですが…そっちの俺の部屋に青い表紙の本が置きっぱなしになってないか…ちょっと見てきてもらえませんか?すみませんっ』
こんなメールでもカミーユは…アムロ「には」大変礼儀正しい。
「なんだ…そんな事かー」
笑顔を見せて、アムロはソファーから勢いよく起き上がった。

 

公邸には既にカミーユ専用の部屋となっている客間がある。
寝室とリビングの二部屋続きになっている…公邸の客間としては一番上等なこの部屋は、カミーユの宿舎の部屋より広い面積を誇る。最初にカミーユが此処に泊まった時から彼が使用しているので、アムロが彼だけに提供する部屋に、と決めたのだ。
事前の許可無くとも総帥公邸に頻繁に泊まりに来る事の出来る人物は、当然彼以外に存在しない。
対外的にも総帥夫妻の家族の様な存在、と認められているカミーユに
「いっそこっちに引っ越してきたら?」
とアムロは本気で言うのだが…
「ううん…そこまで甘えられませんし、大尉がもの凄ぉぉーーくっ!
イヤな顔するでしょうからねえ…今のところ遠慮します」
自立してなければ此処に来た意味がない、とも言うのでアムロは仕方ないのか、と諦めるしかないのだが。
「シャアだってカミーユが来たら喜ぶと思うけどな…呑み仲間がいつも居るって嬉しいんじゃないのか?」
自分の存在が元師弟コンビの関係を微妙にしているとは夢にも思わずに、ある意味無責任発言をしながら、アムロはその部屋のロックを外した。
既に綺麗に掃除がされているが、カミーユが着替えや必要最低限の物を置いているので、アムロには何となくこの部屋での彼の存在を感じられる。
アンティークな造りのテーブルの上にはカミーユが持ち込んだモバイルパソコンが置いてあり…その隣に彼が捜しているだろうの、青い表紙の本があった。医学書らしきその本をアムロは手に取る。
「きっとコレだな……ん?」
アムロはその机の隅の方に何気なく置かれている、あるモノに気が付いた。
これまたアンティークで綺麗な飾りが施されている赤い小箱…
どう見てもカミーユの私物には思えない。
「なんだろう?…コレ」
本を再び机の上に戻して、アムロの片手に乗る大きさのその箱を手に取り、眺めてみる。
「あ…もしかしてオルゴールかな?」
赤い箱の下部の裏側には、独特とも言えるあのネジがあった。しかし…
「んん?…回らないなあ…壊れているのか?」
品が良く綺麗な箱だが、結構な古さを感じるものである。錆びているのか壊れているのか…

 

『…良かった、やっぱりそっちに忘れていたんですねー…ありがとうございますっ今夜辺り取りに行きますよ』
昼休みだろうの時間を狙って、アムロはカミーユに本の件を電話した。
「うん、待っているよ…ところでさカミーユ、机の上には壊れたオルゴールも置いてあったんだけど…」
『ああアレですか?…机の一番下の引き出しの奥から出て来たんですよ…アムロさんは知らなかった?』
自分も昔、シャアと喧嘩した時に籠城したりした部屋だけど…
「ううーん…俺はこの部屋で机の引き出し開けたことなかったからなあ…こんなモノが入ってたんだ」
手元に持ってきたその箱を手首で角度を変えながら、見つめてみる。
『そうですね…後で修理してみようかなーとか思っていたんですけど…アムロさんが今、退屈しているなら直す権限をお譲りしますよ?』
電話の向こうでも明らかに苦笑混じりと判断出来る声色でカミーユは提案してきた。今のアムロの状況がよく判っているのだろう。
「ありがたくその権限頂戴するよ」
そう言ってアムロも笑った。

 

早速自室の持っていき、公邸に置ける範囲の自前の工具で分解してみる。想像していたよりは楽に直せそうであった。
「ふうんそうか成る程…コレなら…この部品はアレを代用して…」
小さな物でも機械弄りには、やっぱり瞳が輝いてしまう…
それがアムロなのだから仕方がない。

 

無事に修理できたと判断して、嬉々としてネジを巻いてみる。その蓋をそっと開けてみた。
流れてくる小さな金属音の綺麗なメロディに耳を澄ませる。
「…あれ?もしかしてこの曲…」
繰り返されるメロディを注意深く聴いて…
「あ…やっぱり…あの曲だ…」
それはとても古い時代の曲なのだが…実はアムロには馴染みがあった。何度かネジを巻いて繰り返し聴き入る。
そしてやがて…自然に口ずさんでいた。

 

聞かせて…
貴方の愛の言葉を…
貴方の優しい愛の囁きを
私の心をときめかす愛の言葉を…

 

この歌をよく聴いていたのはあの時代…
ああ、懐かしいな…

 

…貴方の声は優しくて震える様な甘い囁きで…
私を虜にするの…
だから聞きたいの…その言葉を
何度でも繰り返して…
私を愛しているって言って…

 

この歌通りに…その声が聞きたくて…
ただ貴方の声を…

 

「その歌は知っているな」

本気で心臓が止まるのかというくらい驚いた。
勢いに任せて振り向くと、緋色の軍服に長身の身を包んだ、愛しいその存在が扉にもたれ掛かる様にして、こちらに微笑んでいる。
「シャアっっ…帰ってきてたのかっっ…ゴメンっ気が付かなくてっっ!」
慌ててソファーから立ち上がるアムロに、シャアはゆっくりと近付いてきた。
「いや、いつもより早い時間であったし…君を驚かせたかったから呼びにやらなかった、気にしないでくれ」
そして相変わらず焦った表情のままの妻の身体を抱き寄せて、何度か口付けを送る。
「う…ん…でも…やっぱりゴメン…」
確かにかなり早めの帰宅となっているが、シャアが帰ってきた気配に気が付かなかった事が、やはり素直に申し訳ないのだ。
そんな落ち込んでいるアムロの可愛い唇に再びキスを贈るとシャアは
「それより…さっきの歌だが…有名な曲なのかな?」
と尋ねる。
「え?…そうだね、地球の古い歌だけど…貴方、知っているんじゃないのか?」
アムロのきょとんとした表情に、シャアは優しい微笑みで返す。
「私が知っている、と言ったのは、昔…母がよく歌ってくれた歌からだよ」
「あ…そうなんだ」
納得してアムロはテーブルの上に乗せてあるオルゴールを指差し、今日の経過を説明した。
「そうか、私もこの存在は知らないな…此処は以前は旧ジオン系貴族の住んでいた家だとは聞いているが…」
かなり改築はしている様だがね、と付け加えるシャアもさすがに客間の家具の事までは判らなかった。
そのまま2人で並んでソファーに座る。シャアはそのオルゴールを手に取ってネジを巻いた。再びあのメロディが繰り返される。
「この歌はアルティシアが好きでね…母によく子守歌代わりとして歌って、とねだっていたのだよ」
「えっセイラさんが?…ううん…メロディは良いけど、子守歌になる様な歌詞じゃないかもね」
その情景を想像して、アムロは苦笑した。
「子供の時はその歌詞の意味が良く解らなかったからな…勉強していた異国の言葉ではあったがね」
「ああそうかー…原曲は地球のね、フランス語なんだよ、コレ」
「やはりそうだったか…ならば今なら理解出来るな」
その笑顔が自分の表情を覗き込む様に近付いてきて、アムロの心臓がドクンっと跳ねる。
「聞きたいな…君の声で…歌ってくれないか?」
「…は?…え?…ええーっ?!そっそれちょっと恥ずかし過ぎるっっ!ヤダっっ!」
「先程は随分と楽しそうに歌っていたではないか」
思いっきり拒否の顔色になったアムロの耳元で、シャアは優しく囁く。
…Parlez-moi d'amour,Redites-moi des choses tendres 
…聞かせてくれ、君の愛の言葉を」

……その言葉…もの凄く卑怯だろーっっっ!
と、アムロは大変恨めしく思った。

 

「俺さ…歌もフランス語も上手くないからねっ…知らないよっっ」
プイッと横を向いて…そして静かに歌い出す。

 

聞かせてよ…愛の言葉を
私の心を蕩かせる貴方の言葉を…
何度でも繰り返して囁いて…

 

貴方に会いたくて…ただ貴方の声が聞きたくて…
そんな時代に、たまたま地球でこの歌を知った
何度も何度も聞いて…心がとても辛かった時期…

 

人生は時には辛いものだけど…
こんな傷は愛によって癒されるの…
貴方の口付けが貴方の愛の言葉が…
私を唯一癒してくれるものなのだから……

 

やっぱり恥ずかしくて、だんだんと声が小さくなってきてしまう。
…シャアの視線も凄く熱いしっっ
歌を止めて俯いてしまったアムロを、シャアは優しく自分へと抱き寄せた。
「愛しているよ」
そう言って、その柔らかい髪や頬に優しいキスをたくさん贈る。
「君が望むなら…何百万回でも何億回でも聞かせるとも…愛している」
シャアは自分を見上げる妻の琥珀色の瞳が、熱く潤んでいるのが、とても嬉しい。
「私を癒せるのは君だけだ…愛しているよ…君の存在そのものが私の救いなのだから」
「シャア…」
そのまま彼にギュッと強く抱き付いた。
「俺の気持ちも…この歌詞のままだよ…うんと言って…俺に聞かせて…貴方の言葉を…」
「ああ…愛している…君だけを心から愛している」
この愛の言葉は毎日囁かれている。だから今更ながら…なのだろうけれど、でも今は何故かいつもとは違う様な気がした。
だって貴方の言葉にこんなにも心が熱くなる…
愛していると囁かれて、熱いキスをされる…
だだそれだけなのに、こんなにもこの身体は熱く震えている。
言葉で愛撫されているのだ…と漠然と感じた。
「愛してるシャア…だからもっともっと…言ってよ…」
いつもより自分がこの愛に我が侭になれる様な気がして…アムロは今はただシャアに甘える。
抱き付いて、その愛の言葉を、そのキスを…
もっともっと…と熱くねだって…
貴方のその愛の言葉で全身を満たしたいのだ…と

…だって俺は…ずっとずっと待っていたんだから…

 

だからもっと聞かせて…
貴方の愛の言葉を……

 

「カミーユ様…よろしいのですか?」
「うん、今は邪魔しちゃマズイ…って気がするんだよなあ」
本を取りに来たのは良いが二階には上がらず…そしてミセス・フォーンにもその事を告げた。
恐らく愛を交わしているだろーの熱い雰囲気が…ビンビンに伝わってくるので。
こんな時は本当にこの能力が恨めしいぜっっっ
と、しみじみ思うドクター・ビダン、25歳なのである。
夫妻の安定は、そのままこのネオ・ジオンの平穏に繋がるからそれは良いのだけれど…
でも俺はいつだって個人的に複雑だっ
ああーもうっ勝手にイチャついててくれよっっっ!!

そしてこれも、いつも通りの日常なのである。
此処はいつでも、優しく穏やかに空気が流れる場所…
だから此処に自分は何度でも来たくなるのだと…
それは納得しているカミーユであった。

 

 

THE END

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100000hitover…ありがとうございますーの御礼?小話…震災後初書き。
あの有名な曲を自分流アレンジしましただよーっっ
(2011/04/15 UP)