※※「Wonderful World」・Sample※※

 

 

「…ん……」
 自然と覚醒したその身体は緩慢な動作で腕を伸ばす。
しかし目的の物には当たらずに、ぱたりと手は落ちて直にシーツの感触しかなく…アムロの瞳は、文字通りにパチリと開いた。
「?…シャア…?」
 いつも自分の右側に寝ているはずの夫が居ない。未だシーツには温もりがあったから、そう時間は経っていないのだろうけれど…
 上半身を起こして、サイドテーブルに置いてある自分の腕時計を手に取る。いつもの起床時間より未だ早い。総帥夫妻には目覚まし時計が必要ない。シャア・アズナブル総帥閣下は、毎朝自分の決めた時間に必ず起きるという素晴らしい体質…いや習慣を持っている。そして彼は妻の起床時間には自分のキスで起こす習慣もある。それが彼にとっての平穏な一日の始まりなわけで。
…今日って早出の日だったかな?…昨夜に聞いてなかったけれど
 夫のキスで起きられなかった総帥夫人が薄暗い中、ぼうっとした頭で時計を見つめていると…扉が静かに開く音がした。
「…起こしてしまったか?…すまない」
 シャアは未だ着替えずガウンを羽織った姿だった。優しい声と共にベッドに近付いてくる彼が、ごく自然な動作で自分にキスを落としてくる。アムロは素直に幸せだ、と感じた。
「ん…大丈夫だよ…もしかして…仕事?」
 相変わらず勘の良い事だ、と感心しながらシャアはベッドの端に腰を下ろす。
「ああ…少し気になる事があってね…報告を早めに貰っていた」
 書斎に行っていたのか、とアムロはゆっくりと上半身を起こした。パジャマの釦は全部外れているので、そこから覗く白い肌がシャアの目を楽しませる。
「急だが…連邦との会談が必要となるだろうな」
 そう言いながら、シャアはアムロの鎖骨辺りにさり気なく口付けた。
「んっ…そうか…大丈夫だよ…貴方が行けば」
「君がそう言ってくれるのが何よりも励みだ」
 唇はそのまま下へと移動するが、アムロは拒まない。シャアはその上半身を支えてゆっくりと静かに押し倒した。滑らかで柔らかい肌に愛撫を与える度に、アムロの身体が震えるのが心地良い。
「シャ…ア……時間は……あっ…あっっ」
「大丈夫だ…今日は君と一緒に登庁するよ」
「んんっ…は……朝からっっ激しくは…するなよっ…ぁあっっ」
「……努力する」


『……よって今回の旧公国系ジオン派を名乗る組織の事件について、連邦政府はネオ・ジオンとの関連を徹底的に追求すると公式に声明を……』
「…コレだな…」
 アムロのお目当ての記事はすぐに見付かった。最近の連邦側の社会面ニュース記事は、この関連で埋め尽くされているからだ。アムロはモニター上の文字列を真剣な視線で追う。
 二ヶ月程前から地球の連邦軍施設でいくつかのテロ事件が起きていた。今のところ大した規模ではなく、死者も出ていないのだが、此処二ヶ月で八件も発生、と頻繁になってきている。そして最近になって初めて犯行声明が発表された。彼らは『ジオン』の名前を名乗った…しかも『ザビ家を担ぐ正当なジオン派』であると。旧公国時代には多くのジオン軍兵士が地球上に派遣されていて、一年戦争後に捕虜にならず、宇宙にも帰れずに残った者も数多い。その後の連邦軍の行った「残党狩り」によって多くの者が拘束あるいは殺害された、と聞く。しかしそれを免れた者達が…確かにここ十年の間も、時々何やら騒ぎを起こす事もあったが、それはかなり小さい規模のものであった。
 しかしながら最近のこれは、些か大胆である。派手にバンバン声明も出している。「ジオン」としての正当性を彼等は常に主張していた。
「何で今頃…しかもわざわざこっちとは関係ない宣言まで?」
 執務室内であるので、アムロは独り言を隠さない。マグカップを手に取り、冷めかけた珈琲を口にする。
「本当の狙いは何なのか…気になるよな…」
 そんな「ジオン」の正当派の主張など連邦政府にとっては関係ない。ネオ・ジオンも旧公国系ジオンもサビ派もダイクン派も…全て同じ括りなので、当然ネオ・ジオンにも疑いの目が向けられるわけだ。
「ったく…変な事でシャアの手を煩わせないで欲しいよなっ」
 そうは言っても仕方ないという事はアムロも当然理解していた。ジオンの体制はその思想と同じくやたら複雑…というか面倒だ…とアムロは考えている。途中で中心になる人物が色々と変わっているから仕方がないのだろうが…
「これはネオ・ジオンにとっては暫く悩みの種になりそうだなあ…」
 俺は政治的な事には関わらないけど…それでも…
MS部隊でもテロ対策訓練を強化するか…と考えていた時に、軽いノック音が聞こえた。入出を許可するとして、手元のコントローラーでドアロックを解除する。
パシュンっとドアが開き
「失礼します、アムロ少佐っっ…お昼の時間ですが…」
敬礼しながらギュネイ中尉が入ってきた。
「え?もうそんな時間か…ホントだね、ありがとうギュネイ」
 アムロは笑顔を見せて、椅子から起ち上がった。


「ギュネイ…今日は朝から緊張させちゃったお詫びに俺がランチ奢ろうか」
 並んで歩くアムロが自分を見上げて、そう切り出してきた。
「えっ?!…あっ…いや大して…あ…ま、まあ…疲れましたけど…」
 ギュネイは毎朝アムロの護衛兼運転手を務めている。そして今朝は予告無しで、いきなり総帥閣下も一緒となったので、さすがに大変な緊張を強いられた。シャア自身から溢れるオーラとプレッシャーで既に心臓バクバクなのだが…それに加えて(総帥と総帥夫人の二人を乗せた状態で事故ったら俺は死刑?!)…という思考ぐるぐるで、総帥府を廻って、MS総本部に到着した時は…相当な脱力をして暫く突っ伏してしまったので。
「いいからいいからー…ギュネイの今日食べたいものを言って?」
 相変わらずの優しいアムロの笑顔に、ギュネイの頬は思わず熱くなってしまう。俺の上司は本当に可愛過ぎるーっっっ!!
「あ…ええっと…じゃあ今日は…」
「あっアムロ少佐〜〜〜!!」
 ギュネイの言葉は突然の上司への呼び掛けで遮られた。二人で同時に振り向くと、手を振ってこちらに走ってくるのはMS技術部の者だった。
「アーヴィン主任…どうした?」
 はぁはぁと息を整えている彼に、笑顔を向けてアムロは応える。
「お昼休みにすみませんーっ…ギラ・ドーガ用の新システムOSの件でグラナダから急遽連絡がありまして…」
「あ、完成したのかな?」
 アムロの瞳が輝いたので二人の会話が終わるまで、ギュネイは待つ事にした。
「……というわけでグラナダからそのデータは持ち出せないので、こちらから出向かなければならないんですよー」
「そうか…出来れば俺が行って直接確認をしたいんだけれど…」
 考え込むアムロにアーヴィン技術主任は頷いた。
「そうですね…もし少佐がお忙しい時は私が代行で行って参りますが…」
「いや、俺の場合…忙しいっていう以前の問題なんだよなあ…とにかく交渉してみるよ」
 その言葉に一瞬キョトンとした表情をしたが、
「は?…あ…ああっ!そうですねっっ…解りました、グラナダにはもう少し回答を待って貰いますから
察しの付いたアーヴィンは更に大きく頷いて、頭を深く下げた。
「色々とご迷惑をお掛けしましたが…グラナダ工場はもう安全ですよ、大丈夫ですからっ少佐」
「うんありがとう、アーヴィン主任…総帥の許可が下りる事を祈っていてくれ」
 苦笑しアムロは、その後も何度も頭を下げながら去るアーヴィンに手を振った。
「…AEグラナダ工場…に行かれるのですか?少佐」
「うん…やっぱり自分自身で中身全てを確かめたいシステムだからさ…ギュネイは反対かい?」
「……いえ…大丈夫ですっ今度は俺が必ず少佐を守ってみせますからっ」
 真剣な決意が宿るギュネイの横顔を、アムロは少しばかり複雑な感情で見つめていた。



 その夜、少し遅く帰宅したシャアに、アムロはブランデー入りの特製紅茶で労う。
「君の入れてくれるお茶は宇宙一の美味しさだよ」
 偽りない本音でシャアは芳潤な薫り高いそれをゆっくりと味わった。その隣に腰掛けてアムロは「いつもそれだね」と呆れた様に笑う。そのままシャアはアムロの肩を優しく抱き寄せてキスを何度か贈る。これも当然「いつもの普段通り」な事なのだけれど…
「明後日、フォン・ブラウンに行ってくるよ…三日程留守にする」
「…呼び出しくらったんだね…」
「ああ…少々厄介だな」
 苦笑じみた表情を浮かべてシャアは紅茶を一口含んでから、カップをテーブルのソーサーへと戻す。
「俺は…連邦出身だから余計に思うけれど…ジオンの思想って色々あるよね」
「それは私だって思っているさ」
 シャアはゆっくりと金糸の髪をかき上げた……

 

※※続きは「Wonderful World」本誌で…※※