◆◆「そんな僕らの総帥夫人・6」…Sample◆◆

 

 

月の第一都市フォン・ブラウン・シティ…

月の十四都市の中で密かに「聖地」と称され、最も繁栄した都市であるのは、此処は人類が初めて月面に降り立った地でもあるからだ。故にこの都市の市民権を持つ者は、ルナリアンの中で最もエリート層だと言われる。

月の四大都市は規模と歴史の順で「フォン・ブラウン」「グラナダ」「アンマン」「エアーズ」である。
この四都市には地球とコロニーとを結ぶ直行便の運航許可が下りていて、アースノイドもスペースノイドもパスさえあれば自由に移動が出来るのだ。その他の小規模な都市に「ニュー・アントワープ」「セント・ジョゼフ」「ピティオス」などがあり…月施政都市群は、現在全十四都市から構成されている。表向きは地球連邦の傘下にありながらも、各コロニーに比べるとまだ自由な独立政庁を認められている。そんな月都市の立場は、あらゆる面で地球とコロニー群の中間に位置する、と言える。それは「どちら側に付くか」で勢力図を変える可能性があるからだ。その為その発言力を、アースノイド側もスペースノイド側も軽々しくする事は出来ないのが今の世界情勢である。
そんな月都市の中で「第一都市」として一番の発言権を持つフォン・ブラウン・シティは、前述の「聖地」以外に「アナハイム・エレクトロニクス社」という巨大企業が支配する街、という周知の事実の「顔」がある。強引とも言える買収・吸収を繰り返し、あらゆる産業に食い込んでいる一大財閥…「軍艦から紙オムツまで」あらゆる分野を抑えるこの企業は、この都市の一般市民の生活でさえ食い込んでいる。彼らは何かしらのアナハイムグループ社製の物品を手にして生活しているのは間違いないだろう。


「相変わらずこの街はアナハイム臭が鼻につくな」
強化ガラスの向こうに見える夜景を見つめながら、窓際に立つ老齢の男は苦々しく呟いた。
だが今居る…このレベル2区画に属する高級マンションも、アナハイム系列の不動産会社が経営しているのだがね…と心中では苦笑しながら、同室に居る青年が静かに応える。
「確かに今が一番のピークとも言えるでしょうが…アナハイム社も一枚岩とは言えません。大企業になり過ぎた故の有りがちな欠点ですね」
老齢の男がゆっくりと歩いてきて、ソファーに座る青年の向かい側に腰を下ろす。彼がテーブルに置いた、空となったグラスに青年はワインを注ぐ。
「…グラナダは随分とネオ・ジオンに肩入れしている様だな…」
「あそこは元々ジオンの工場都市ですから致し方ないでしょう…反ジオン派の方には面白くない事実でしょうが…まあそれ故にフォン・ブラウンの本社工場とは仲が宜しくない様ですね」
見るからに確かに面白くない、と言った様子で老齢の男はワイングラスを煽った。
「…で…今回は何の頼み事ですかな?貴方自身がわざわざ此処にお出でになる程の重要な任務なのですか?」
その言葉の中に込められた幾分の皮肉の色を男は無視した。
「ルナリアンの中にもネオ・ジオンのスポンサーが居るが、その中の一人がサイド3の工業コロニーを買った様だ…コロニー公社にその移動申請を出してきた」
「…成程…ネオ・ジオンはついに自前のMS工場を持てるという事ですかな?」
青年は口元を吊り上げて薄く笑うが、目の前の男は全く対照的な表情をしている。
そうだ…そしてその危険性を連邦議会の議員共は全く理解しておらん」
男はやや乱暴気味にテーブルをドンっと叩いた。
「これ以上ネオ・ジオン、いやシャア・アズナブルに戦力を持たせてはならんのだっ…奴に呼応する様に反連邦の輩共のテロ活動が活発になっているのだからなっ…他の議員共は生温さに浸かり切って少しも焦らんっ危機はすぐ傍まで来ているのだぞ!」
全く変わらぬ冷静な表情でその言葉を受け取りながら、青年は少し視線を伏せる。
「穏健派と称する議員の輩共は、簡単にネオ・ジオン政庁の半独立を認めおってっ…その裏には巨額な賄賂が動いている様なものだっ…連中は私欲に走り、連邦の正義を忘れておるわっ!」




( 中略  )



子供の時からだが、確かに自分は「勘の良い」方だとは自覚している。
時々世間一般で言う「予感」というモノを感じて、それが結構「当たる」ワケで。
でも「ソレ」は百パーセントの確率で当たるわけではないし、ふと何か感じた事を自分的に「都合良く」解釈しているから、「勘が良い」とそう感じているだけかもしれない。


だいたい「ソレ」を感じるのはどちらかというと「良くない方」が多い。不快な感情とか強い悪意とか危険なモノ…そんな負の領域の方が「良く当たる」のだ。
それ以外ではまあ「凄くワクワクする」事とか…「ドキドキする」事とか。
とにかく予知能力でも預言でも無いし、ただ単に何かに敏感なだけで特に変わっているワケではない…その「勘の良い」事で戦場でも生き延びられたのかもしれないが、だからと言って自分はそれに頼って生きてきたという事ではないのだから…

…以上が、嘗て地球連邦軍最強のニュータイプと言われた、アムロ・レイ…現ネオ・ジオン総帥夫人アムロ・レイ・ダイクンの自己評価である。


今日は朝から何だか「ワクワク」する。
何か良い事がありそうな……
アムロはその奇妙な昂揚感に少し困惑していた。いつもの様に行う、紙媒体書類の決裁や、ディスプレイの画面を見ながら行う事務処理…をしていても何となく落ち着かない様な。
「うーん…何だろう?この妙にザワザワする気分はっっ」
 午前中はそんなモヤモヤを感じながらアムロは仕事をこなした。
「失礼いたします、少佐…お昼の時間ですが」
自分の護衛士官であるギュネイ中尉が執務室に来てそう告げた。ギュネイの仕事は「MS総隊長兼総帥夫人の日中勤務時の護衛」である。故に専用車での送迎は元より、ランチタイムもアムロと一緒…つまり日中はずっとずーっとアムロにくっ付いているのである。
とんでもなく超高待遇の仕事だ。MS隊メンバーどころか全ネオ・ジオン軍人、はたまた一般の総帥夫人ファンからも、羨望と嫉妬
( 主に後者)の感情をガンっと全てその身に受けている日々なのだ。元来持っているNT因子を買われて、彼は「強化人間」としての訓練と教育を受けた。生粋のニュータイプと違うモノとは言っても、アムロの言う所の「勘の良い」人間と同じ部分もある。それ故に護衛を始めた当初は、自分に向けられてくるその黒い感情に辟易し、そして大変な苦労をした。 
 しかし護衛の対象であるアムロ・レイという人間に心底惚れ込んだギュネイは、任務遂行の使命を天啓なのだ!と納得する事にしたのだ。そして何よりも…自分に向けられる嫉妬の感情以上の、「ある種の感情」を知ってしまってからは、
「大佐が傍に居られない時間帯は、俺が命を懸けて少佐の貞操を守らねばーっ!」
と鼻息荒く、ごおおおっっと使命感に燃えている。
まあとにかく、そんな感じでギュネイ中尉がアムロにお昼の時間を告げに来るのも日課なのだ。
「あ…もうそんな時間かー…んー…ちょっと待ってくれる?」 
アムロが自分の通信端末で、どこぞに電話を掛けている……ギュネイは思いっきり「嫌な感じ」がした。
「うん…そうなんだ…大丈夫?じゃあ今からそっちに行くから…え?来るの?…うん、解った」
電話を終えたアムロがニッコリとギュネイに笑顔を向ける。
「ギュネイ、今日はカミーユと一緒にランチするよー☆こっちに来るってさ」
嫌な感じは的中し、ギュネイは「うげーっ!」という思いっきり嫌な表情を隠さなかったのである。

ネオ・ジオンの施政官庁地域はそれぞれのビル内に職員専用、あるいは士官専用の食堂、カフェテリアなどを有している。IDカードで自庁舎に限らず他庁舎での利用も可能な為、色々な場所を巡っている者も多い。美味しいと評判の食堂は口コミすぐに広まり、「政府官庁関連・食べ歩きマップ」などというものも作られているくらいだ。故にランチタイムの各食堂は、制服・軍服が入り乱れる。一般に開放している場所などは更に多くの服装で賑わいを見せていた。
MS総本部ビルの隣は軍部医務局…ネオ・ジオン全軍人のメディカル面を一気に引き受けている場所である。平時の現在、ネオ・ジオンは軍部の病院を一般に開放しているので、軍医達はその病院とこの医務局を忙しく行き来していた。
この医務局で一番若い医師、カミーユ・ビダン曹長も例外ではない。確かに色々と忙しい…だが、とても充実している日々だ。本当の戦場で忙しいなんて状況よりは何万倍もマシである。それにこの医務局にいる時は、隣の建物に大抵アムロの気配を感じられる。その事が彼の精神をとても落ち着かせてくれるのだ。




※続きは「そんな僕らの総帥夫人・6」で…※