◆◆「そんな僕らの総帥夫人・5」…Sample◆◆

 

 

月の第一都市…フォン・ブラウン・シティ

地球と各コロニーの中継都市であり、観光都市としても名高いこの大都市は、元々は資源発掘と宇宙開発工業の目的で作られた。故に未だに工業地帯の部分が多くの面積を占めている。
 その中でも最も多くの敷地を所有するのが、アナハイム・エレクトロニクス社のフォン・ブラウン本社工場である。この工場は、主に連邦軍系のモビルスーツ開発で有名である。そして同じく、月都市のグラナダ市にある元ジオニック社のグラナダ工場と、ライバル関係にある事もまた有名であった…


 フォン・ブラウン工場のMS開発部門…
その日は朝からざわめいて活気に溢れていた。
「後三時間だぞ…全ての最終チェックは終了したか?」
「はい、どの部署においても前日から万全のシミュレーションを繰り返しております。抜かりはありませんっ」
「そうか、応接室の様子はどうか?」
「はいっ本日の五度目のチェックが先程終わりましたっっ…清掃、消毒は完璧、空気の状態も最高数値…全く問題はありません」
「オクトバー主任、ピエール・エル○より、本日のケーキが届きましたよっ」
「着いたかっっ!よしっ最終確認をするぞっっ」
 バタバタと慌ただしく走り出す数名の技術者達…誰もがやたら興奮気味である。
「この日の為にと特別に作らせた、地球産の最高級苺を使ったタルトです…いかがでしょうか?」
「うむ!これは素晴らしい…何度もダメ出しをした甲斐があったな」
「苺が大変お好きだという話ですから、きっとご満足いただけると思いますっ」
「それでは次は午後のお茶時間用のケーキチェックを…」
 むさ苦しいオッサン達が、高級店の可愛らしいケーキを前にして、あーでもないこーでもないと何を騒いでいるのか…
これも偏に本日この工場にやってくる訪問者の為である。
今日は今からこのフォン・ブラウン工場のMS開発部門に、ネオ・ジオン総帥夫人アムロ・レイ・ダイクンがやってくるのだ。
アムロの訪問は二週程前に急遽決まったのだが、開発部門ではその日からとにかくエライ騒ぎであった。特にνガンダムの製作に携わった者達は、それは大変な浮かれようである。
「以前にお会い出来たのは、νガンダムを受け取りにお忍びでいらした時だ…もう二年以上も経つのか…」
と一際その感慨深さに浸っているのは、νガンダム製作の総責任者であったオクトバー・サランである。
アムロ大尉…いや今はアムロ少佐が、今までもこの月に何度か降り立っていた事は知っている。しかしいつも目的はグラナダ・シティの方なのだ。確かに今の彼はネオ・ジオンのMS総隊長なのだから、あちらの工場に用がある事は解っている。
…しかしだ、彼専用のνガンダムは元々連邦軍名義で発注され、こちらの工場で組み立てたMSだ。故にνガンダムに関する件だけは何が何でもグラナダには譲れない。それがこのフォン・ブラウンMS部門技術者全員の総意である。
そして今日…待ちに待ったνガンダムと共に、アムロ・レイがやってくるのだっっ!
「諸君!我々は今までグラナダに勝手にお役目ご苦労の通達をされ、臥薪嘗胆の日々を送ってきたっ!…しかしその苦労がついに報われる時が来たのだ!」
 うおーっ!と技術屋らしからぬ声があちこちから上がる。
「今回こそは我々のターンだ!フォン・ブラウンの皆で心から
アムロ少佐を歓迎し、我々こそが少佐に必要な真のスタッフである事を知らしめよう!!」
「おおおーーっっっ!!やるぞーっっっっ!!」
…という様な光景の朝礼は大変な盛り上がりを見せた。
皆の心が一つになり、オクトバーもそれは感激し、思わず涙ぐんだのである。
 もうすぐだ!あの方の到着時間まであと二時間を切ったぞっっ…と腕時計を確認していた、その時…!
「たっ…大変ですっっ!オクトバー主任っっ!!」
 彼の部下の一人が血相を変えて慌てて走ってくる。ただならぬ予感がしてオクトバーも青ざめた。
「どうしたっ!!何があったのだっ?!」
 はあはあ、と息を整えながらその部下は、彼らが天国から一気に転げ落ちる一言を告げる。
「ぐっ…グラナダから…なんとレモンド顧問が…来てしまいましたあっっ」
「な…なんだとおぉぉぉーーーっっっ?!」
 オクトバーとその周囲が、一気に凍り付いた、地獄の一言であった……

「やれやれ、間に合った様だな」
 ネオ・ジオンの軍艦が到着する予定のドッグに先回りして、レモンドは大げさに溜め息を吐いた。
「ええ、本当に良かったです…緊急用の小型シャトルをフルスピードで飛ばした甲斐がありました」
 グラナダからお伴してきた彼の部下が笑顔で応える。
「全くスミスの奴め…そんな大事な情報を昨夜になって伝えてくるとは…」
「自分も浮かれていたから、と平謝りしていましたから…悪気もないのですし、そう怒らないでやって下さい」
 若い部下は苦笑しながら上司を宥めた。
 ジャック・レモンド…ジオニック社時代からのMS技術者で、生粋のダイクン派の人物である。彼は昔からシャアを、いやキャスバル・レム・ダイクンを影からずっと支援してきた。一年戦争時に地球に降り立ち、その後はエゥーゴ時代の彼を密かに支える。
地球のダイクン派を纏め上げてネオ・ジオン建国に向けて大いに力となる。宇宙に上がってからはグラナダ工場でその手腕を振るい、ギラ・ドーガ、ヤクト・ドーガの開発…そしてサザビーの完成に至るまで、彼はネオ・ジオンMSの全てに関わった。
その他の技術面に置いても、シャア総帥に最も頼りにされているエンジニアなのだ。
 グラナダ工場は表面上アナハイム社の傘下に入っている事にはなっている。しかしその中身がジオニック社である事はずっと変わらず、また現在は完全にネオ・ジオンの為に存在していると言っても良い。
その事実を巧妙に隠しながらも、レモンドはアナハイム社の動向を常に探る為に、他の工場に密かに部下を異動させていた。彼らは様々な情報を技術者ならではの方法を使ってレモンドに伝えてくる。
そんな中で今朝になって知った事実…
「何いっっ?!アムロ様が今日そちらに来るのだとっ?!!…
馬鹿者っ!そんな大事な情報を、何故直ぐに報告して来ないのだっ」
 そして慌てて予定を調整し、すっ飛んできたのである。
「オクトバーめ…秘密裏に済ませて我々を出し抜くつもりかもしれぬが、そうはいかんぞ!」



※続きは「そんな僕らの総帥夫人・5」で…※