※※「そんな僕らの総帥夫人・3」 Sample※※

 

平日の午後のスペースポートは、そう混雑も無く静かで穏やかに時間が流れている。首都バンチのポートであってもそれは例外ではない。出発ラウンジで搭乗時間を待っている乗客も疎らである。

その場に店を構えるカフェの店員も一人待機で、今日はヒマだなあ…と我慢せずに欠伸をしてしまっていた。その時、ふとこちらに歩いてくる男性客に気が付き、慌てて表情と姿勢を営業用へと戻した。その長身に一目で上等と解るスーツを見事に着こなしている。綺麗なプラチナブロンドの髪を無造作に後ろに撫で付けており、サングラスで顔は良く判らないが、相当の美形である事は間違いないだろう。モデルか俳優か?と店員は考えた。このラウンジでもその手の有名人は時々見かけるので。
 男がカフェのカウンターの前に来ると、店員は「いらっしゃいませ!」と営業スマイルを作った。
「珈琲とカフェモカをホットで…両方ミディアムで頼む」
 容姿に相応しいセクシーな声だ、とその男性店員も素直に納得をした。
「カフェモカは生クリームをたっぷり乗せて貰おうかな…チョコレートもトッピングして」
「かしこまりました」
 注文を受けてエスプレッソマシンを作動させながら…店員はその男がやけに機嫌が良さそうなのに気が付いた。鼻歌交じりにカウンターで待っていた彼に、飲み物が出来上がったカップを渡す時に、何気なく声を掛けてみた。
「お待たせいたしました…ところでお客様、何か良い事でもありましたか?」
「…解るかね?」
 更に機嫌の良くなった様子を見せて、彼はカウンターに両腕を乗せて身を乗り出してきた。
「実は昨夜、恋人にやっとプロポーズを受けて貰ってね…婚約をしたのだよ」
「ああ、それはそれは…おめでとうございます!どうぞお幸せに」
「ありがとう」
 店員の素直なお祝いの言葉にますます気を良くしたのか、彼は釣りを受け取らずに、片手を軽く挙げて2つのカップを乗せたトレイを持って去っていった。思わぬチップを貰ってしまった彼は、その行く先を何気なく見ている。
 金髪の男の向かった先のテーブルに着いているのは、癖のある明るい赤毛のショートヘアーの女性…
…いや、あれは男だな
かなりの細身で小柄だが、あのスーツ姿は男性だろう。そして金髪の男性はその前の席に着く時に、赤毛の彼の髪にキスをした。
…そうか、あれが婚約者なのか
 今時別にゲイのカップルなんて珍しくも無いし、自分の友人にもその性癖の者も居る。元々の偏見無しで彼らを見つめる事が出来たのだが、それにしても…この二人…
 何せ暇なので、店員は何となくこのカップルを見ていたのだが、彼らは本当に幸せそうに「イチャついて」いる。何処にでも在るだろうの恋人同士のイチャつき…なのだろう。しかし、何かが違う気がする。何故だろう?本当に幸せそうでとても温かく優しい何かが…其処にはある様な。男同士なのに?…いや関係は無いか…
そして無性に自分の恋人に会いたくなってしまった、彼なのである。


 シャアの持ってきた、生クリームてんこ盛り、と言って良いだろうのそれを見て、アムロは少し顔を顰めた。
「…何?それ」
「いや、疲れているだろうと思ってね」
 アムロの目の前にそれを置きながら応えるシャアに、再び強い視線を送った。
「誰が疲れさせたんだよ…」
 そう言いながらもチョコレートかけ生クリームを、すぐにスプーンで掬って味わっている。
「あ、美味い…ホントのミルク製だ」
 途端に嬉々としてそれを味わうアムロを、シャアは何とも言えない視線でじっと眺めている。サングラスを外したその視線には直ぐに気が付き、アムロの方は少々キツめの視線で返した。
「……凄くニヤけているぞ…元赤い彗星とあろう奴が…」
「何とでも。幸せ過ぎて私はどうにかなりそうだよ」
 シャアはテーブルの上にあるアムロの左手に己の掌を重ねると、そのまま引き寄せて幾度も愛しそうに頬擦りをした。薬指にゆっくりと唇を押しつけると、アムロの身体がビクンっと面白いくらいに反応する。
「指輪を贈るよ…約束の証だ」
「婚約の、って事?…別にいいよ…女じゃないんだし…」
「駄目だ。約束を破られては困るからな」
「信用無いんだなあ」
 クスクスとアムロは笑った。その笑顔がとても可愛かったので、シャアはその唇に軽くキスをする。仄かに生クリームの味がした。
「君と過ごした時間があまりにも少な過ぎるからな…このまま帰してしまって、再び私の腕の中に本当に戻って来てくれるのか…私はとても不安だよ」
「それは俺も同じ…このまま帰って、本当に迎えに来てくれるのか…って思っている」
「何を言うかアムロ、必ず君を迎え入れるとも」
 その不安げな言葉を漏らす唇に幾度も己のそれを重ねた。
「うん…待っているよ…」
 シャアの本音としては当然、このままアムロを連邦側へと帰したくはなかった。
アムロと離れたくない…このままスウィート・ウォーターに連れて行きたい…
それがシャアの偽らざる本音だ。
しかし、それではアムロ自身に対しても、彼をわざわざこのコロニーへと送り出してくれたブライト大佐に対しても、あまりにも失礼となる。分別在る大人の行動として、きっちり向こうで整理をしてから…というアムロの要望を聞かねばならない。
「もちろん長く待たせるつもりはないよ…新年が明けたら直ぐにでも、だ」
「二ヶ月後…か、俺も後悔が無い様に…頑張るよ」
 再びアムロの左手を強く握りしめて、シャアは真摯な視線を送った。
「すまない…君を辛い立場に追い込む事になるな…」
 一瞬の間の後に、アムロは重ねられたシャアの右手にそっとキスをした。
「謝るなよ…貴方のせいじゃない、俺が自分でそう決めた事なんだから…」
「アムロ…」
 その身体を強く抱き締めたい衝動を抑えながら、シャアはアムロの指に髪に頬に唇に…と幾度も幾度もキスを贈った。
「あ、そうだっっこれ」
 アムロがふと気が付いた様に、右手で取った一枚のメモ用紙をシャアに見せる。
「さっき書いておいたんだ、俺へのメール…送る時の操作手順。
こんな風にフィルター掛けてね」
「ふむ……誰のアドレスだね?」
 走り書きされた文字列を見て、シャアは素直な疑問を口にする。
「ブライトの、だよ。あの人一応大佐でロンド・ベル指揮官だから、一番チェックが甘いんだ。まあ正式にチェックされたとしても、絶対にバレない自信あるけどね」
 悪戯っぽい笑顔でアムロは絶対の自信を口にする。
「ところで貴方のアドレス…どこ会社の?これ…」
「月に在る、ある有名投資家の会社だよ。そちらの方がより安全だろう」
「…ふうん…コレも偽名の一つなんだ」
「追々説明をしていくよ、我が婚約者殿には」
 シャアはもう一度、少し呆れ気味の表情をしているアムロに軽いキスを贈った。

アムロが帰る便となるシャトルの搭乗時間が近付いてくる。
ずっとアムロの手を握り、幾度も口付けを落としていたシャアは、時間が迫るにつれてますますその愛撫を熱くしていった。
「これから二ヶ月近くも会えないのかと思うと…辛いな」
「大人気ない事を言うなよ…俺がいったい何年待っていたと思っているんだ」
 膨れっ面とも言える表情になったアムロに苦笑しながら、悪かった、とシャアは軽いキスをその頬に贈った。そのまま耳元に唇を寄せる。
「だから時間の許す限り…君を愛したい」
その甘過ぎる囁きにアムロの頬は一気に赤くなった。
「……本気?…なに…考えて…」
「君に対しての事は…私は何だって本気だよ」
その耳朶をゆっくりと舐めるとアムロの身体が大きく震える。
「やめっ…ばかっっ…駄目だっ…たら…んんっ…」
「可愛いよアムロ…たまらない…」

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