King of Solitude 3
ゆっくりと覚醒する朧気無い意識は…食欲をそそる良い匂いによって鮮明となった。それと同時に階段を上がる足音も捉える。
ノロノロと上半身を起こして、久し振りに良く寝たなあ…と考えていると、ノックの音と同時に扉が開かれた。
「おはよう…起きていたか、残念だ」
器用に2つのトレイを手にしたシャアが笑顔で寝室の中へと入ってくる。
「…今起きたトコロだ……残念ってなんだよ」
ふわあっと大きく欠伸をして、アムロは尋ねる。良い匂いを湯気に乗せているそれを、ベッドの上に慎重に置くと、シャアはアムロの傍に腰を下ろした。
「眠り姫をキスで起こせなかったからね」
「…?!…あ、あのなっ!そーゆーの止めろってばっ」
ムキになるアムロのその唇をシャアは軽く啄むと、その頬に手を添える。そして殊更優しい声色で尋ねてきた。
「昨夜は無理をさせたからね…大丈夫か?」
「……うぅっ…平気…に決まっているだろっ」
それ以外に応えようがあるかっっ自分の自尊心に賭けてもっっ!と考えながらも、頬が赤くなってしまうのは仕方ない。
「そうか…では朝食をどうぞ、簡単なものしか作れなかったけれどね」
そしてアムロの膝のシーツの上へとトレイを移動させる。イングリッシュ・マフィンの上にレタスとベーコンとスクランブルエッグ…そしてオニオンスープの良い匂い。
「本当に貴方って…マメな男だよな…」
女性にモテるワケだよっと思いつつ、先程から匂いに誘われて空腹を感じるアムロはマフィンを手に取った。そして思いっきりかぶりつく。これは好きな味だった。
「うんっ…美味い…」
「お気に召していただけて光栄だよ」
再び優しい笑顔を見せるシャアに、何だか気恥ずかしくなり…アムロは思わず視線を逸らしてしまう。
「あっ明日は俺が作るよっっ…朝食っ」
その言葉にシャアは、今度は少し意地悪い表情を作る。
「君を早起きに出来る保証がないからな…無理はしなくても良い」
「?!!…なっなんだよっっソレっっ!」
殴り掛かってくるアムロを器用に避けて、笑いながら彼は自分のマフィンを頬張った。朝食が終わるとシャアは「すぐに戻る」と言ってエレカで出掛けていった。
そして1時間も経たないうちに戻ってきて…
「待たせたねアムロ、さあ釣りに行こう!」
と釣り竿一式を手に唐突な行動を見せて、またもやアムロの瞳をただパチクリとさせたのである……
湖に向かって突き出る桟橋の上で、二人は仲良く並んで釣り糸を垂れた。
「何か釣れるのかよ…ココ」
「さあね、しかし湖水が消毒されていない事を見ると、何か生物は住んでいるだろうな」
確かに此処の場所は地球の自然に近い状態が保たれている。水辺の草も鳥たちも…そう普通に「自然」なのだ。そんな穏やかな景色やその音を何気なく感じていたアムロは、人工の光に輝く湖面に何かが跳ねるのを見つけた。
「あっ何か跳ねたっ…確かに居るな」
急にその気になりだした彼をシャアは優しく見つめた。
しかし二人の釣り竿に何かがヒットする気配はなく…暫しの時間が流れる。既に桟橋に腰掛けてどのくらい経ったか…ただ流れていく時を過ごして…
「……全然掛からないなあ…」
「いいんじゃないか?こういう時間の流れが釣りの醍醐味なのだろう?」
「そうなのか?」
「さあね、私も釣りは初めてだから良くは知らんが」
えっ?とアムロはシャアの方へと振り向く。湖面をただ見つめているその表情はとても楽しそうだ。
「…じゃあ何で釣りしようと思ったんだよ」
シャアの真意が解らずに、アムロはその横顔に問い掛けた。
「此処に湖があって、アムロが居て、時間があった…だからやってみたかった事をしようと決めた」
そう言って自分の方へと振り向いてくる彼は…やはりとても晴れやかな顔をしていて…
ある事が思い当たって、アムロの胸の奥底で何かがズクンと響く。そして当のシャアは何かに気が付いた様に遠くの湖面へと視線を移していた。
「ん?…ボートがいくつか見えるな」
「ああ…確か向こう岸に貸しボート屋とかあったな…この家に来る途中で見掛けたよ」
アムロの視線もボートの影は捉えていた。
「そうか…では明日はボートに乗ろう、アムロ」
「はあっ?!…なんでそんな唐突な事ばかり言ってっ…」
少なからず驚いて、アムロが立ち上がろうとした瞬間、彼の釣り竿がいきなり強く揺らぐ。
「ほらアムロ、引いているぞ」
「えっ?えっ…わわわっっ!」
そしてちょっとしたドタバタ劇を繰り広げてしまう二人となった。
翌日はエレカでわざわざ対岸に廻って、シャアの提案通りにボートに乗る事にする。
大人の男二人でこんなボートを借りに来るなんて…変に思われないかっっ?と少々心配するアムロだったが…無人の機械による手続きで何となくホッとした。
わざと昔ながらのデザインにしてあるのだろう、の木製風手漕ぎボートに、二人は向かい合って乗り込んだ。
オールを漕ぎながらのシャアはやっぱり嬉しそうで…そして自分をずっと見ている。アムロはやはり気恥ずかしくて時々視線を逸らしてしまうのだけど…
そんな風にぷいっと横を向いたアムロをシャアはじっと見つめていた。
相変わらず細い…とてもMSのパイロットとは思えないその腕や脚へと視線を移しながら。爽やかな人工の風が、柔らかい赤毛をフワフワと躍らせて、彼の白いシャツの襟も緩やかに動かす。そして首筋から鎖骨にかけての白い肌の奥に、昨夜自分が残した痕が目に入る。
アムロは気付いてないのだろうな、と思うとふと楽しくなった。
そんなシャアの様子に気が付いて、アムロは彼に少し厳しい視線を戻してきた。
「何でそんなに楽しそうなんだよ…貴方は」
「それは目の前に君が居て…」
再びリズムカルに響くオールを漕ぎ出す音…
「そして…今の私は自由だからだよ」
シャアはオールから手を離すと、大袈裟気味に両手を思いっきり拡げる。
「君は私に何も求めない…だから私も何の役を演じる必要も、もちろん仮面も被る必要も無く…好きに生きるただの人間で良いのだからな…そう私は自由だ!」
それは笑顔ではあるけれど…彼の表情を今度はアムロがじっと見つめだした。その泣きそうな…視線の意味をシャアは正確に理解する。
「そんな顔をするな…大丈夫だよ」
「……嘘つけ…」
シャアの金色の髪が人工の光をキラキラと反射してとても綺麗だ。アムロの胸奥が再びズクリズクリと疼き出してしまう。
「もう…知っていると思うけど…俺は…連邦軍に戻ったんだ…」
シャアは応えずに、相変わらず漕ぐ手も休めず…しかしアムロから視線を離さない。
「俺の新しい所属先の任務は……ジオンの残党狩りだよ…」
シャアは未だ無言だ。
「ジオンの勢力が新しい強力なリーダーの元に…再び結集しようとしているらしい……だから…」
俯いたアムロの長い睫毛が震えているのが解る。
「そんな事を私に話して良いのか?」
ふいに顔を上げてシャアを見つめるアムロの困惑した表情に、シャアは
「すまない…意地の悪い言い方だったな」
と素直に謝った。アムロもその後は無言になってしまう。二人は長い沈黙の時間をボートの上で過ごす事になった。
バササッッ…
不意に白い鳥が近くの水面へと降りてくるのを、二人は同時に顔を上げてそれを見つめた。
それに弾かれた様にシャアが徐に口を開く。
「…そろそろ戻ろう…一緒に夕飯の支度をしようかアムロ」
その提案にアムロは思いっきり強く頷いた。
ボートを指定の桟橋に戻すと、シャアは先に降りてアムロへと手を差し出す。彼がその手を取った瞬間、強く自分の方へと引き寄せて、シャアはアムロのその細い身体を強く抱き締める。アムロも何も言わずにその逞しい胸板に顔を埋めて、彼の体温とその匂いを強く感じた。
「私の休暇に付き合ってくれるか?アムロ…」
「うん…俺の休暇にも付き合ってよ…シャア…」
そしてどちらからともなく唇を重ね合い、長い口付けをした。
二人は互いの立場と、この休暇の意味を理解したのだ…
その後は…何気ない穏やかな日々を過ごす事になる。
二人で映画を観に行ったり、ショッピングしたり…普通の恋人同士の様にあちこちへと出掛けたりもした。
何気なく普通である事…時間を共用して過ごす事…
それが今この時に、どれ程に貴重な事であるかを互いに強く感じている。
ある日…出先でシャアが花屋の前で足を止めて、そして何やら小さな鉢植えを買った。店から出て来たシャアが見せてきたそれは、小さな白い花が沢山咲いている、そして緑の葉とのコントラストがとても綺麗な、そんな植物だった。それを不思議そうに見つめて
「…何でそんなものを買ったんだ?」
と素直に疑問を口にするアムロである。
「君のイメージかな…と思ってね、小さいが力強くそして美しい」
「…小さい…っは余計だっっ」
照れ隠しにアムロはシャアの脇腹に右拳で軽いジャブを入れた。
休暇もあと残り少ない…という夜…
二人はベッドのヘッドボードに背もたれて、何気に薄暗い部屋の空間を見つめている。シャアの掌に肩を抱かれて、アムロはそっと彼に寄り掛かり…小さく呟く。
「…ここで貴方に会えて良かった…」
シャアは応える代わりに、アムロを抱き寄せる掌に力をこめる。
「このまま一度も会えずに…貴方と戦場だけで再会していたら…後悔するよ」
アムロは瞳を閉じて、シャアへと更に身体を寄せた。
「貴方の事…いっぱい憎んで罵って…ただ殺し合いするだけだからね……自分の気持ち…偽ってさ…」
「そうだな…私もそう思うよ…」
「…でもそんな運命も…罪深い俺達には相応しいのかもな」
「ただ殺し合う運命がか…ああ、そうだろうな」
ゆっくりと瞳を開けて、アムロはシャアを見上げる。薄暗い中でもその表情は互いにしっかりと捉える事が出来た。
「俺の…本当の気持ちはね…シャア…」
「解っているよ…私も同じだ」
重なり合う温かな唇…この瞬間がどれ程に歓喜である事か!
自分達には本当は許されないだろうの、この穏やかな共有する時間…
きっと…「彼女」がくれた奇跡のプレゼントなんだ…
「アムロ……もしもいつか…」
暗がりの中でも彼の蒼氷色の瞳が輝いて美しいと思う。
「互いに全ての柵から解放されて…自分の為だけに生きる事が出来る様になったら…」
一呼吸置いて、シャアは再びアムロを強く見つめる。
「もう一度…此処に戻ってこよう」
「…うん……解った…いつか…貴方と此処で……」
そんな日が来る事は、決して有り得ないのだと…今の二人は解っていたけれど。
この休暇が終わり、それぞれの場所に戻ったら…
自分達の進む道は、ただ憎み合いもう殺し合う運命しか他に無いのだから。
こんなに解り合っているのにどうして…
こんなに貴方を想っているのにどうして……
熱い瞼にシャアの優しい唇の感触を感じる。
「…ありがとう…私は充分に幸せだよ」
「う…うん……俺も…だ…」
本当は充分なんかじゃないっっ
もっともっともっと……貴方と時間を過ごしたいっっっ!
それは許されるわけもなく…今のこの瞬間だけが最後の大切な……
アムロはもっと強く強く、とシャアの身体に抱き付いた。
淡い緑色の奇跡のオーロラが宇宙を包む-------
その中で……
叶わぬ夢を望んでいる自分が居る
今まで犠牲にしたものか、己の命なのか…
どちらが夢の代償なのだろう?
どんな大義名分よりも、どんな意地よりも…
本当の願いはただ一つだったのに……ただ君と…
ただ貴方と……
白い無数の羽が…見えた様な気がした……
「ふあぁぁ……」
ディスプレイから視線を外して、大きく伸びをする。
パキパキと凝った身体にマッサージの真似事をしてから立ち上がる。
「ちょっと休憩っ…珈琲でも入れるか」
キッチンへと向かい、そこでマグカップを2つ、手に取った。そこで居間にいると思っていた同居人が居ない事に気が付いた。そして心当たりの場所へと足を向けた。この家にも小さな庭がある。かの同居人は最近、其処でよく何やら暇つぶしなるものをしている様だった。
「ああ、やっぱり此処か…また何か買ってきたのか?」
「新しい薔薇の苗だよ、この花は好きなのでね」
植え付けの作業は終わったらしく、泥だらけの作業用手袋を外している…そんな姿も妙にカッコイイのはズルイと思う。
「君の仕事は終わったのかね?アムロ」
「…いや…でも休憩しようと思ってさ…シャア、貴方も珈琲で良い?」
それに頷くシャアの近くに、あの時の鉢植えが…今では1メートル程の背丈となって、元気に根付いている。
二人は日当たりの良いデッキで珈琲ブレイクをする事にした。
「最近のブームは庭師の真似事?」
クッキーを一つ摘んでアムロはシャアに尋ねた。
「嫌味かね?…君が構ってくれないのだから仕方ない」
「それこそ嫌味だろっっ…あのプログラム、ちょっと手間取ってさ…ああ、次の仕事もあまり時間に余裕ないのに…」
ううーっっと唸るアムロを横目で見ながら、シャアはマグカップを口に運ぶ。
「自業自得だな…だいたいそんなに無理に仕事を入れなくとも、生活には困らないだろうに」
「ちゃんと自分で稼がないと、俺のプライドが許さないのっっ…貴方の世話になりっぱなしは嫌だからねっっ」
やや乱暴にアムロはもう一つクッキーを頬張った。
「だいたい人に内緒でさ…あの後の此処の管理人を貴方が雇っていただろう?…その経費も本当は俺が払わなきゃなのにさっっ」
ツンっとして言い張るそんなアムロがただ愛しくて、シャアは苦笑した。
「まあその気持ちは尊重するが…君の忙しい時と私の仕事が忙しい時がズレるのは不満だな…二人で過ごす時間が最近は少ない」
「……それは俺も認める……ごめん…」
以前と同じに目の前に拡がる…穏やかな人工の太陽でキラキラと輝く湖を二人で見つめる。
「ね、シャア…今やってるプログラムは明日には終わらせるからさ…そしたら釣りに行こうよ」
「無理しなくてもいいぞ、いつでも湖は逃げないからな」
「信用無いなあっもう……でも俺だってっっ」
アムロは急に暗い表情となる。
「貴方に…総帥の仕事が急に入るのは…いつも不安なんだ…からな」
俯いてしまったアムロにシャアはそっと手を伸ばして、自分の胸へと引き寄せた。そして軽いキスを贈る。
「スウィート・ウォーターへ当分は行く事はない…安心しろ…大丈夫だ」
「…うん…ありがとう…」
やっと笑顔になったアムロにシャアは安堵し、そして彼が自らキスを返してくれた事にも嬉しく思う。
そう、あの光の奇跡と…
こうして今は一緒に時間を分かち合える喜び…
その全てに感謝しながら、二人はこれからも生きてゆく…
そう決心した。
その先に何が待とうとも…どんな試練があろうとも…
決めたのだ。「貴方と…ずっとこれからも…」
「君とずっと…一緒に…」
そして死が二人を別つまで……
THE END
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此処まで読んでくださってありがとうでした〜☆☆楽しく書けたから万事オーライでごわす★
(2012/11/23UP)