真夏のヴィーナス ☆

 

 

今日も平和なネオ・ジオン暫定自治区コロニー群。
季節は夏真っ盛り!という気候設定の8月、である。
気温も湿度も全てが機械管理で人工的に作られるコロニーに「真夏」なんて必要ないだろう、と言う者も多い。
しかし、医療的に必要な場所や観光コロニーなどを覗いては、「四季」がちゃんと作られているのが、通常のコロニーというモノなのである。人類が「宇宙に居る」という感覚を、一部ではハッキリと自覚させて、また一部では地球と同じ環境を用意して「忘れさせる」。それが、地球に残る人々が決めた、宇宙移民に与えられる原則なのだ。ある意味、理不尽で身勝手にも思えるこれらの様々な原則が、秩序をもたらす…「重力に縛られた人々」はそう信じて何かと決め事を多く作った…その一例なのである。
そんな「決め事」の一部に反旗を翻して、地球連邦政府と「平和的に」睨み合っているネオ・ジオン本拠地スウィート・ウォーターも、その「季節の決め事」に関しては例外ではなかった。四季がある、という事が人々に癒しを与えて、それぞれの季節に合った経済効果をもたらす…その基本体系については、ネオ・ジオンのシャア・アズナブル総帥閣下も反対する理由は全くない。
故に今はこのスウィート・ウォーターに於いても、「真夏」に相応しい遊戯施設が色々と登場し、それを楽しむ人々…ファミリーやカップルで賑わっているのだ。



「いいなあアレ…面白そう」
平和なニュースが放映されている画面を観ながら、アムロ・レイ総帥夫人は何気なく呟いた。傍らの妻の肩を抱きながら、同じくその映像を観ていたシャア総帥閣下は、その秀麗な顔に既に馴染んでしまった眉間の傷を隠す様に皺を寄せた表情を作った。
「…危険過ぎる遊戯だな…総帥夫人には許可出来ん」

「あのねえ……たかがウォーター・スライダーのドコが危険過ぎるんだよっ」
この夏・人気沸騰!と今取り上げられているもの…それはスウィート・ウォーター内で人気の大型レジャーランドに、この夏限定で設営された「超高速ウォーター・スライダー」である。
この施設には元々子供向けのウォーター・スライダーしか設置されていなかったのだが、この夏に「大人が楽しめる刺激的な」大型スライダーを設置したところ、大変な人気になっているという。
画面では水着姿の大人達が、きゃあきゃあと大騒ぎしながら、その人気のサマー・アクティビティに挑戦する姿が次々と紹介されているのだが…その映像はますますシャアをモヤモヤとした気分にさせていくのだ。
「やはり危険だな…万が一でも事故があって君が怪我でもしたら、ネオ・ジオン中が大騒ぎになるぞ」
アムロの表情はむううぅぅっと明らかに不機嫌へと変わる。
「そう簡単に怪我するかっっシャアは俺の運動神経を甘くみているっ」
ある意味的外れな抗議をぶつけてくる妻の大きな瞳を見つめ返しながら、シャアは
(…むくれる表情もアムロはなんと可愛い事かっ!)
と、内心デレっとしながらも、表情には「とにかくダメだ」と思いっきり書いてあるのであった。
「何よりも私は君が『人前で』水着姿になる事を許可出来んな」
思わずアムロの口は「はあっ?!」と開いたまま、となってしまったのだが…すぐに
あーっっそうだったっ!!
と、思い出すのだった…。アムロ・レイ少佐には、MS部隊の中でも「他の者とロッカールームを一緒にしてはならない」という総帥閣下直々の命令がある。故に総隊長用の特別室が設けられているのだ。旗艦レウルーラには既にアムロ専用ロッカーとなる部屋があって、他の艦でもアムロがパイロットとして乗艦する場合は必ずアムロ専用となる別室が設けられる事になっていた。
コレは、表向きは
「アムロ・レイ・ダイクン少佐は『総帥夫人』という我々にとって大変大事な存在である。他兵士より特別に扱われるという事は当然なのである」

というハッキリとした理由があるのだが……実際のところ…
「宇宙一大切な愛する我が妻の隠された部分の肌を、他の男共に0.0001ミクロンでも曝せると思うのかっっ!!」
…と叫ぶ、シャア総帥閣下の強い強い主張なのであるのだからして…。
故に公衆の面前で、遊戯であっても水着になるなど…愚問だ!もっての外!である。
「あのなぁ……男の俺の肌を見たいなんて…そんなヤツはホント居ないからさ…」
とアムロも最初は呆れて抗議したのだが、そう言えば直に「何を言うのかアムロっ!君は自分の魅力にあまりにも無頓着過ぎるぞっ」と延々とお説教が始まってしまうし…

…シャアの深い愛は嬉しいけれど、時々…なんて厄介なんだろう…と思ってしまうのは仕方ないよなあ……ゴメンよっっ

根本から無理な相談だったーーと、心の中で溜息を吐いたアムロである。
その時、ニュースの中でリポーターの女性が最後の締めの言葉を告げた。
『このスライダーなんですけれど、あまりにも高速過ぎてですねーー…滑り降りた後に水着が脱げちゃったりするハプニングがたまにあるんですねーー♪まあそれも人気の一つの様ですがー♪皆さま、くれぐれもご用心をーー♪』
夫婦の間に暫しの沈黙が流れる……
「…ますますもって許可は出来んなっ」
「……解ってます…もう言いませんから…」
もういいかーー、と今度は本当に溜息を吐いた。そんな妻の様子にシャアは、強く言い過ぎたか、と少々反省する。
「プールの代わり、と言ってはなんだが…水風呂で良いならいつでも入れるだろう?」
我が家の浴槽は広いのだし…と続けると、アムロはプイッと横を向いて頬を膨らませた様だ。
「お風呂じゃ無理だろっ………シャアと入ると…全然涼しくならないもんっ」
そう文句を言い放つと、いきなり身体がフワッと浮いた。シャアに抱き上げられたのだ。
「わわわっっ?!なっ…なんだよっいきなりっっ」
「失礼な事を言ってくれる…ちゃんと涼しくなるかもしれないぞ?」
「なるかよっっ!必ずえっちな事してくるクセにっっ!」
アムロはシャアの腕の中でジダバタと暴れながら、「無駄っ?!」と知りつつ、意地悪い楽しそうなその笑顔の頬を抓ってみたりする。やはり彼には一向に堪えず、そのままバスルームへと運ばれてしまった。
…勿論、アムロの言う通り……
涼しくなど全く無い、熱い夫婦のひと時…になったのは言うまでもない。



「ああ…あのウォーター・スライダーですか?俺、行きましたよーー、迫力あって面白かったです。MSパイロットには物足りないかもですけれどね」
「ええっ?いいなーギュネイ…恋人とデートで行ったのかい?」
羨ましいっっと思いっきり書いてある表情で、アムロは部下に問い掛けるが、ギュネイ中尉は、バツが悪そうな複雑な表情で返してきた。
「……いいえ……第一小隊の若手で…男ばかり五人で……」
「ふーん、水着ギャルのナンパ目的か…貧しい青春だね」
「め、名誉の為に言っておきますけどっ少佐っっ、俺はかなり強引にっ連中に無理矢理連れて行かれたんですからねっっ!」
「ああ、ギュネイが居ると女の子達が良い返事してくれそうだもんねー」
何故かその言葉に顔が赤らんでしまうギュネイである…。他の連中から言われると腹立つのに…少佐から言われると…何だか照れるなあ…////

「え、えっと少佐…そんなにあのレジャーランドに行ってみたいのですか?」
照れ隠しの意味でも質問してみる。
「んー…あのプールでなくても良いのだけどさ…とにかくバシャバシャって泳いでみたいんだよね…夏っっ!ってヤツを満喫してみたいっていうかー」

正直な所、色々禁止されている身の上だから発散してみたいーっっ…というヤツなのだろーが…
「プールですか……あ!少佐、MS本部のトレーニングジムに…プールありますけど?」
ええっ?!と途端にアムロの琥珀の瞳が大きく輝いた。
「そっそれーっっ!盲点だったっっ!…今日の帰りに水着を買いに行くぞっっギュネイ!」
「えっ…?えええーっっ?!」
上司の決断力の速さは常日頃から知っていたが、何事かを即決してしまったらしい。
こうなるとギュネイは、敬愛するアムロに最後まで付き合うしかないのだっっ



翌日、勤務時間終了…

MS隊専用トレーニングジムの奥にあるプール…そう広くはないのだが、意地でも泳ぎたくなってしまったアムロにはこれで充分であった。
今は誰も居ない…キラキラと水面が照明を反射するプールに向かって「これこれっ」と、一人納得する様に強く頷いている。
「あーっっいいねーっ盛り上がってきたっっ☆…よーしっ思いっきり泳いでやるっっ☆」
そしてアムロは肩に掛けていたバスタオルを思いっきり投げ捨て、プールに飛び込もうとし…たが、「あっ準備運動っっ」と、しっかりと律儀に体操をし始めた…

『総帥夫人使用中につき、何人たりとも立ち入り禁止!破った者は銃殺刑に処す!』
そんな物騒な言葉が書かれた張り紙の横で、ギュネイが思いっきり〜精一杯の睨みを利かせて、仁王立ちしている。
そう…何人たりともこの扉の向こうに行かせてはらない……アムロ総帥夫人の水着姿…という大変高貴で(?)貴重な姿は、それを視界の隅っこに入れる事でさえ、シャア総帥以外には許されない事なのだ!
…俺は…命を懸けてこの使命を全うせねばならない!!アムロ少佐の肌を不埒な輩から守る事…それが今の俺の使命だっっ!
元々目つきは悪いが、更に精一杯の鋭い眼光で彼が威嚇しているのは…このプールへの入り口を遠巻きにグルリと囲んで見つめている、MS隊の兵士達に対して、であった。その集団の前列を陣取るのは、勿論「アムロ・レイ少佐親衛隊」の別名を持つ第一小隊…
「ギュネイ中尉――…そんなに睨まなくとも、誰も禁を破るヤツは居ないってー」
「総帥夫人に対する不敬罪になるのは、よおぉぉぉく解っているとも!」
「皆、未だ命は惜しいんだ…どうせ死ぬなら華々しく戦場で死にたいからなっ」
そんな台詞を投げ掛けながらも、皆、何故か此処からずーーっと全く離れない。固唾を飲んで何かを待っている…ような。……何かのハプニングとか、恩恵とかっっ?

…アンタら、そう白々しく言うけどな…俺には此処に溢れ捲っている…欲情のピンクオーラがしっかりと見えているからなっっ!何を妄想しているんだっっ…ったく!!

ギリギリと歯軋りしながら、フシャアーーーッッ!と威嚇オーラを出し続けるギュネイであった。
ネオ・ジオンで良く噂される言葉…アムロ少佐の性別は「男」でなく「総帥夫人」なのだと。
老若男女問わずに人気があるのは、「総帥夫人であるから」は正しい。だが、この一部の兵士達の様に邪なアブナイ感情を向けるって事はーっ間違っているぜっっ!
…と正々堂々大声で叫ぶ事は、実はギュネイ中尉には出来ない…
何故なら…自分も同じ穴のムジナ、である可能性が高いからであーる。

…解っている…解っているんだよーっっ!アムロ少佐には…性別を超えた何か…妙な可憐さと色気があるんだっっ!それが時々心臓バクバクさせるんだよっっ!…あああああ…コレってっ…やっぱり少佐が最高ランクのNT…3Aフローレス・クラス
(そんなランク付はありません)のNTだからなのかっっ?!その魅力っいや威力のせいなのかーっっっ?!

頭が混乱しまくるギュネイ、そして無意識のピンクオーラ出しまくりのMS隊兵士達との、微妙な距離が徐々に緊迫感を帯びてくる。
…ヤバイ…ヤバイぜっっ…この邪悪なピンクオーラに…俺が押されているっっ?!
ギュネイの額に冷や汗が滲むが、絶対に退くわけにはいかない。
…俺はっっ俺はーーっアムロ少佐を命を懸けてこの欲情のピンクオーラから守ってっっ…って、何でどんどん強くなってくるんだっ!ううっ…強化人間の俺一人の力ではやっぱり無理なのかっっ?!
…ああああ……アムロ少佐――――っっ!!
俺がオールドタイプの邪な気迫に負けるだとっっ?!
ギュネイは本気で恐れを感じた…

…と、その瞬間。
ギュネイの後ろのドアがいきなり開き、そして…
「お待たせ、ご苦労様っギュネイ中尉――俺の事なんか呼んだかい?…ってアレ?…なんで皆が此処に居るんだ…??」
ドアの隙間から上半身だけヒョコっと顔を出したアムロ総帥夫人……その上半身は…

白いタオルを首に掛けているだけだった……
そして。
阿鼻叫喚の地獄絵図が展開される事となる………南無……☆☆




緊急コールが軍医務局の事務室に鳴り響いた。
「はいっっこちら医務局です!何か事件ですかっ?!…え……は…?何ですって?!…了解しましたっっ直ちに医師を何名か派遣しますっっ!」
コールを切った若い医師が、慌てふためいた様子で、傍に居た藍色の髪の医師に声を掛ける。
「大変ですっっドクター・ビダン!MS隊のトレーニングジムにて、原因不明の大量出血者多数で、えらい騒ぎになっているとかっっ…!今すぐ現場にっっ!」
その端正な表情を全く変えずに聞いていた彼は…ほんの少しだけ考えてから、フウッとわざと大きく大袈裟に溜息を吐いた。
「血の気の余っている助平な連中の、邪な鼻血噴きの惨事だろ?清掃員だけで充分だ…具合悪くなったヤツは自力で医務局まで来やがれ、って伝えて来い」
そう冷たく言い放つ彼…カミーユ・ビダン軍医は、自分の机に座り直して中断した事務作業を再開している。
「えええーっっっ?!…そ、それでいいんですかっっ?ドクター・ビダンっっ」
「…総帥閣下も全く同じ命令出すぞ…いや、総帥なら…もーーーっと酷いお仕置き刑かもなあ…ああ、何なら今直ぐ俺が直通回線で聞いてやろーか?」
爽やか美青年医師と一般病院では評判のドクター、カミーユ・ビダンは、ニッコリと冷たく黒い微笑みを浮かべるのであった…。

結局大量の鼻血を噴きながらも、MS隊兵士の中で具合が悪くなった者は独りも居ない様で…
寧ろ全員が大変ものごっつ幸せーーっ♪♪という様子な笑顔しか浮かべていないと言うのだ。
「……生きていて良かった…あんなに素晴らしいモノが拝謁出来るとは…はあはあ…」
「…見えてしまいました……とても美しい…桜色の…っってああっ思い出すだけでも鼻血がまたっっ」
「ポロリもあるよっっ…ってこういう意味だったんだなーっっ…神様ありがとうっっ!」
その報告を聞いたドクター・ビダンが総帥閣下に
「…暫く○△◎が使い物にならなくなる薬、全員に打っときましょーか…MS操縦と戦闘には影響ないでしょうし、寧ろ集中出来るでしょーしねえ…ふふふふ」
と進言した、という「噂」をギュネイ中尉は聞いてしまった。
…そして「それ噂じゃなくて真実だぜ…」とガクブルしたとか何とか。
そして、騒ぎの原因となったアムロ総帥夫人も、夫であるシャア総帥に「無防備すぎるとお仕置きされた」という「事実」があるとか。それを後になってカミーユから聞いてしまったギュネイは…再び脳内がピンク色にパニくってしまったようである。

ギュネイ・ガス中尉……まだまだ修業が必要な様だっっ☆


おしまいっ☆

 

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久し振りに総帥夫人♪…楽しかったです♪(2013/8/20)