幸せと困惑と 

いつき

 

 青騎士団長が、実は寒がりであるという事実は、多くの人間には知られていない。日中はそれを強靭な精神力で隠し通しているからである。極寒の戦場も何度も経験した。そのたびに、いっそこのまま冬眠に入りたいと、心の中でこそ弱音を吐きつつも、決してそれを表に出すことなく部下を叱咤していた彼である。  しかし安全な城内、そして夜ともなれば、彼も見栄や責任をあっさり放棄して、本能のままにぬくもりを欲した。  要するに、少し肌寒さを感じる季節に入った途端、一人寝をしなくなったのである。  誤解はしないでほしいが、何も毎晩のように同室の、今では恋人だと呼べる相手を求めているわけではない。さすがにそんなことをしたらカミューが切れるだろうし、マイクロトフ自身も、訓練や戦闘に支障が出ないとは言えない。  そうではなくて、ただ純粋に、彼はカミューのあたたかな躰を腕に抱き込んで眠るのである。  要するに、生きた湯たんぽ。  初めにそれを告げられた時、カミューは思い切り呆れたようだった。それでも、夏のあいだ暑さを理由に一切自分に触れないことをマイクロトフに要求し、それを通した彼であったから、過ごしやすい季節となった今、逆にマイクロトフの望みを叶えてやるべきかもしれないと思ったらしく、毎晩のようにピタリと恋人に張りついて眠るようになった。  そうして寄り添い眠ることは、ぬくもりが触れる外側だけでなく、マイクロトフの心に内にもあたたかさを生んだ。  幸せである。  

 さて、マイクロトフは朝が早い。同盟軍に移ってからも、青騎士団の早朝訓練を続けているせいである。  普段なら、目を覚ました彼は、腕に抱き込んだカミューの、こちらはまだ深く寝入っている美しい寝顔をしばし堪能したあと、そっと腕を外して額にキスをする。  起こさないように細心の注意を払って。  もっとも、マイクロトフの傍らで眠る時、カミューはほとんど無防備状態で、決められた時間になるまで目を覚ますことはないのだが。  しかし、この日ばかりは違っていた。  まず目が覚めて、マイクロトフは自分の躰が動かないことに驚いた。  しかも、目を開いても視界が開けない。何かに塞がれているのだ。

 「……?」  身じろぎをして、ハタと気づく。目の前を塞いでいるもの、それがカミューの夜着に包まれた胸であるということに。寝息に合わせるように微かに動き、そして鼓動を近くに感じさせている。  少し顔を離すようにしてどうにか視線を上げれば、彼の髪に頬を寄せて眠るカミューの顔が目に入る。わずかに開かれた唇から健やかな寝息を洩らし、彼はまだ熟睡しているようだった。  なるほど、いつのまにか体勢が逆転していたらしい。ゆうべも間違いなく腕に抱え込んでいたはずの人に、今は逆に抱きしめられているのだ。  いつもと違うその状況は、しかしマイクロトフを何やら心地好くさせた。  近い鼓動。頭と肩に回された腕。  ひどく安心できる。  思わず満足しかけ、ふと思い出す。自分はもう起きなければならない時間なのだ。今朝も早朝訓練はあるのだから。  だが、起きるためにはカミューの腕を外さなければならず、それをすることで彼が目を覚ましてしまうのではないかという懸念があった。  

 とはいえ、このままでいるわけにはいかない。試しに腕を緩ませ、そろそろを身を抜こうとすると、 「……ん」  わずかに眉を寄せるようにしてカミューが声を上げた。  まずい、起こしたろうか。  ピタリと動きを止める。  どうやら目を覚ましたのではなかったようだが、腕にした彼が逃れようとしていることに無意識に抵抗するかのように、カミューはいっそう強くマイクロトフを抱きしめてきた。  のみならず、すりすりと髪に頬を擦り寄せられて、マイクロトフは動揺した。

 ───ど、どうしよう…。  どうしようではない。急がないと早朝訓練に遅刻する。団長自ら遅刻では、下に示しがつかないだろう。  それがわかっていても、この滅多にない状況による幸福感というのも捨て難い。思わず唸ってしまった時、突然、カミューがビクリと彼から離れた。

 「………あ…れ?」  寝ぼけたような声。なぜか彼は目を覚ましてしまったらしい。

 「…カミュー?」  助かったんだか惜しいんだか、複雑な気持ちで身を起こして、ぼんやりと開かれた琥珀色の瞳を覗き込むと、カミューは何度か瞬いてマイクロトフを見返してきた。  

 「どうしたんだ?」 「いや…夢を…見ていたらしい」 「夢?」  寝起き特有のぼんやりした様子で、カミューは頷いた。  「大昔、屋敷で飼っていた犬。随分可愛がっていて…よく一緒に昼寝をしたんだが。抱きしめても嫌がりもしない奴で…いつものようにそうしていたら…何か急に魔物に変化して……びっくりして目が覚めた」

 「………」  カミューの途切れがちの説明に、マイクロトフはすべてを理解した。  なるほど、自分はかつての愛犬に間違われていたらしい。でもって、それが突然魔物に変化したというのは、マイクロトフがあげた唸り声のせいだろう。

 「…懐かしかったな」  ぽつりと洩らしたカミューに、その髪をくしゃくしゃと撫でる。犬と一緒かと思うと少し悲しかったが、それでもまあ、少しでも幸せな気持ちを恋人に与えられたのだから、それでよしとしよう。

 「まだ早いから、眠っているといい。俺は早朝訓練に行ってくる」 「…ああ」 「おやすみ」  「…おやすみ」  すでに朝なのだからおやすみはないだろうが、特に気にとめるでもなく、カミューはふたたび目を閉じてしまった。  その寝顔をしばし眺めていたマイクロトフは、不意に我に返った。  そうだ、訓練。  慌てて着替えをすませて室を飛び出した彼は、しかし結局その日の早朝訓練に遅れることになった。  理由はもちろん告げられはしなかったが、青騎士のほとんどが、昨夜遅かったんだろうかと心の内で考えていたことなど、マイクロトフは知るよしもなかった。  

 その日以来、マイクロトフは早朝訓練に、遅刻とまではいかないもののやや遅れがちになることが増えたのだが、それがカミューの腕をどうにも振りほどけないという情けない理由であることは、こちらは青騎士たちの知るはずのないことだった。  

 

BACK 


ありがとーっっっいつきさんっっm(__)m このお話はいつきさんトコのあるSSを読むと…もっと楽しくなりますのよ♪…なんだか私はマイクロトフとカミュー…どちらがよりうらやましいか、わかんなくなっちゃうほどに幸せな2人…なんでわないでしょうかっっ?!最高に幸せなお話をありがとうございましたっ♪