《してほしいコトは…》

 

貴方の望むもの……は?

君の望むもの……は?

 

 

その日も、閑静な佇まいの総帥公邸は、いつもの様に爽やかな朝を迎えていた。
広いダイニングルームにはたった2人の為だけの朝食が用意されている。
素早く正確にそして美しく…といった見事な動作で給仕係達がてきぱきと働いていた。
そこへ定刻通りに彼らの主人が、その長身で優雅な姿を現わす。
「おはようございます!旦那様」
自然と使用人達の声は揃う。
「おはよう諸君…今日も良い天気になりそうだな」
彼らの主人は今朝も大変にこやかで、すこぶる上機嫌である。ここのところずっとこの調子だ。

…それはそうだろう。待ちに待った「結婚式」を一週間後に控えているのだ。機嫌が悪いわけがない。
主人が席に着いた時に、その婚約者である人物が遅れて姿を現した。
「おはようございます!アムロ様」
「あ…おはようございます、皆さん…」
少し照れくさそうに頭を下げる姿が相変わらず初々しい。今やネオ・ジオン随一のアイドルは、この公邸内でもその人気の高さを遺憾なく発揮している。アムロを見つめる使用人達の視線が最近少々気になるシャアなのである…。
そのアムロだが…シャアとは対照的にお世辞にも上機嫌とは思えない表情なのだった。
むしろ元気が無い。疲れている様にさえ見える。
今朝もその顔色の冴え無さに使用人達は一様に心配になった。
「おはよう、アムロ」
そんな彼に優しく微笑みかけるシャアであるが、当のアムロは憮然とした表情で
「……おはよう……」
と、いかにも「機嫌悪いんですが」という応じ方である。
実際、食事も進まない様子だ。実際3日程前からこんな様子なのである。今朝も手を付けたのは新鮮なオレンジジュースとフルーツを添えたヨーグルトのみ…しかもほんの少しだけ。
大好きだと言っていたチーズオムレツも新鮮なサラダもそのままである。腕を奮った料理長が今日もガックリと肩を落とすに違いない。
「アムロ様…他はよろしいのですか?」
「…ちょっと食欲無くて…すみません…折角の用意を…」
心底すまなそうに言うアムロに彼らは反ってますます心配になる。それは婚約者である男もそうだった。
「アムロ…大丈夫なのか?昨日も一昨日も君はほとんど食べてないぞ?」
「……………」
アムロは無言である。
「…君の身体が心配だ。今日は医者を呼ぶ事にしようか?」
その言葉にアムロはシャアを睨み付けた…様に見えた。
「…いいよ…そこまでの事じゃないから…」
ガタンと椅子から立ち上がるアムロは明らかに不機嫌だ。
「残して本当にすみません…ご馳走様です…」
使用人達に頭を下げて、アムロはダイニングルームを出て行く。…シャアを完全に無視して。
珈琲カップに口を付けながら、アムロの去った方向を黙って見つめている主人の視線は……恐ろしくて誰も確認する事は出来なかった。

 

朝食時の静かなる事件の顛末は瞬く間に公邸内に広がる事となる。
「…喧嘩でもなさったのかしら?」
「ううん…昨夜の夕食時は仲良くしてらしたように見えたけど…」
「…私ね〜最初アムロ様が朝食をめしあがないって聞いた時…まさか
おめでた?!
…って思っちゃったの〜」
「まあっ何を言ってるの?!いくら旦那様でも結婚前はちゃんと避妊してらっしゃると思うわよっ!」
「そーよねー…いくらあの旦那様でもねぇ〜」
…突っ込むトコロはソコでは無いハズなのだが、いくらなんでもソレは有り得ない事例もサラリと言ってしまうのが…今のネオ・ジオン全体のノリ?のようである。
「やっぱりもうすぐ結婚式ですもの…アムロ様は色々と不安でいらっしゃるのよ…」
「色々と心配事もお在りよね…そうよっっアムロ様は大変だと思うわ」
ゴゥゴゥと掃除機をかけながら、キュッキュッと窓拭きをしながら、そんな会話をしているのは…メインベッドルームを掃除している最中のハウス・メイド達である。
公邸のメイド達は自然とアムロの味方…になっていた。「女主人」の立場に味方したいのは女性として当然なのかもしれない。
「でもお2人は…本当に仲が宜しいのよね…?」
「…そりゃまあ……私達…ベッドメイキングが恥ずかしくなるくらい…ですものね…」
そう言いながら彼女達は新しいシーツを持って、主寝室の中央に位置する豪華なキングサイズベッドに向かう。…相変わらずのその乱れ様が彼女達の頬を赤くさせた。

「……絶対喧嘩はしてらっしゃらないと思うわ……」
メイド達はじーっと乱れたシーツを見つめている。
「…でも逆に…『コレ』が原因…とか考えられないかしら…?」
「きゃーっっ!エミリアったらっっ!何て恥ずかしい事を言うのよっっ!!」
「だってっ!…旦那様はどう考えても……あ…朝も…よっっ?…ほらっっ!」
思わず立場も忘れて、きゃあきゃあっと騒ぎ出してしまう。
「た…確かに…そうね……昨夜も…えっと……多分最低…2回は…愛し合ってらっしゃる…わ…」
「やだあっっ!もうっミランダったら…何を数えているのよーっっ!」
「ええっっ?!…だってお2人が心配なんですものっっ!…ここのところ…多いなあって…」
「…多いって…もう恥ずかしいわよっっ!…まあ…私も…思ってたケド…」
「やっぱり?やっぱりよねっっ…アムロ様が朝お元気無いのも…もしかしたらって…」
「…旦那様がやっぱり…無理強いを…?きゃーっっっ!そんなっっっ…」
自分達の主人を心配しているのだけど…やはりこの手の艶めいた話題ではどうしても黄色い声ではしゃいでしまう若い彼女達なのである…。

「何を騒いでますか!貴女達は!」
ピシャリと一喝する声に一同ハッと振り返ると…そこにはこの公邸の女中頭を務める女性が立っていた。
「すっ…すみませんっっ!!ミセス・フォーン!」
厳しい監督係の登場に慌ててお詫びの体制を取る。
「立場も弁えずに主人のプライバシーに立ち入る噂話を大声で…ハウス・メイド失格ですよ!」
「申し訳ございません!で、でも……私達もアムロ様が心配で…」
ひたすら頭を下げ謝る彼女達は…まだ騒ぎの元となったシーツを持っていた。それを一瞥すると、ミセス・フォーンは軽く溜息を付く。確かに若いメイド達には刺激が強過ぎるだろう…と日々考えてはいたのだけど。もちろん、涙目の彼女達のアムロを心配する想いにも偽り無い事は理解している。
「…解っています…私がアムロ様にお話を聞いてみましょう」
「…ミセス・フォーン…」
「ですが、これと仕事は別のモノですよ。さあおしゃべりはせずに手を動かして!」
パンパンと手を叩き、彼女達を促す。慌てて仕事に戻る若いメイド達は彼女達が最も信頼する女中頭の申し出に、ホッと胸を撫で下ろすのであった…。

 

その頃のアムロは自室のソファーに身体を投げ出して、天井を仰いでいた。
「……疲れた……」
身体が酷く重い。…特に下半身がだる過ぎる。
本当ならベッドで一眠りしたいところなのだが、如何せんこの部屋にはベッドは無い。主寝室は掃除中の様だし…申し出れば客間の一つを開けてくれる事くらい判ってはいるが、また色々と騒ぎに成りかねないのでそれは止めた。アムロ自身は今日から休暇に入っている。これからいろんな打ち合わせや予行練習がある事はあるが…取り敢えず今日は完全に休日であった。休日であるのに、朝食時はあんな態度で、そして出勤するシャアを「お見送り」する事もしなかった。シャアに対しての無言の抗議のつもりで。
結婚式を一週間後に控えている、というのに…この態度。邸内の皆は心配するだろうという事は十分に解っているのだけれど…今の自分はどうしてもシャアを許せない…というか、許したくないのだ。
…自分のせいだって思ってもないのか…?シャアの莫迦っっっ
……あれ程イヤだって言ったのに…疲れているからヤダって言ったのに……
……そうやって夜に散々人の身体を好き勝手したクセにっっ…朝も…なんてっっ!
………最近…本当にしつこ過ぎるんだよ……シャアの莫迦野郎ーっっっ!
先程から「シャアの莫迦」という言葉を心の中で何百回も繰り返している。アムロは自らの腕で両目を覆う。
…何だか泣きたくなってきたので……。

コンコンコン
軽いノック音と「アムロ様、入ってよろしいですか?」という声がした。
その声に思わず飛び起きる。そして慌てて姿勢を正し足を揃えて行儀良く座り直す。
「あっどうぞっっ!大丈夫ですっっ…ミセス・フォーン!」
実はこの女中頭である彼女の前では未だに緊張しまくりのアムロなのである。
静かにドアが開いて現れた彼女は、湯気の立つ温かい飲み物をトレイに乗せていた。
「大丈夫ですか?アムロ様…お疲れのご様子でしたので…」
近付いてくる香りでそれはココアだと判った。ミセス・フォーンはそっとカップをアムロの目の前のテーブルに置く。そして優しい人の良い笑顔を彼に向けた。
「…どうぞ、アムロ様……あまり無理をなさらないで下さいまし」
「……………」
アムロはゆっくりとカップを手に取り、一口温かいココアを味わう。
……その温かさに…今度こそ本当に泣きそうになった。視界が潤んでくる。
「…す…すみませ…ん…ミセス・フォーン……」
「私共にお気遣いは無用ですわ」
アムロを見つめる視線は温かく優しい。彼女は自分の母親よりも…少し年齢が上くらいであろうか?
「…アムロ様…差し出がましいとは存じますが…一言で良いので言わせてくださいませ」
「は…はい…?」
優しい視線の中に一瞬、厳しい光が宿った様に感じた。
思わずカップを元に戻し、姿勢を正してしまうアムロである。

「…旦那様の望みを…全て受け入れてはいけませんよ」
「…は…?」
一瞬…何を言われているのか理解できない。
「きちんと断り、拒絶する事も必要です」
「…は…はあ…」
「特に…朝はちゃんと断りなさいませ」
「…朝…?………あ……?!!!」
ここでやっと言葉の意味を理解した。
つまりそれはシャアとの……途端に耳まで真っ赤となり、思わず口を手で覆う。
だがミセス・フォーンの視線は真剣であり、決してからかいなどではない事を物語っていた。
だから余計に焦ってしまう。…何よりも…実際アムロは「その事」絡みで怒っていたので…。
「…このままではアムロ様の身体が持たないのでは…と心配しております。結婚式も間近だというのに…もし式の最中にでもアムロ様がお倒れになったりしたら…とんでもない事ですのに。本当に困った旦那様ですわ」
ふと思い出した様に付け加える。
「ああ…結婚式が間近だからこそ、浮かれているのでしょうかね?本当に大きな子供の様ですわね…ますます困ったものです」
「あ…あのっっ…えっと……何故…」
何故解ったんですか…と聞こうとしてハッと気が付く。
……主寝室の掃除をしているのは……しているのはーっっっっ…!!
ぎゃーっっっ!!…とアムロは声にならない叫び声を挙げた。
今までの此処でのシャアとの情事は…いつヤッたかとかは…
…全てバレバレだったという事ですねーーっっ?!!迂闊…何故気付かなかったっ?!
…今直ぐに穴を掘って隠れたいーっっっ!!!

赤から蒼白の表情になっていくアムロの前でもミセス・フォーンの態度は全く変わらない。
…さすがプロ中のプロである。
「…ただ…それがアムロ様のお望みであるなら致し方ないのですが…」
「そっそんな事ありませんっ!お…俺はいつもイヤだって言ってるのに…シャアが…!」
そこまで言いかけて、あ…と口を噤む。ミセス・フォーンの顔が「ほらやっぱり」と言ってるような気がした…。
「…あ…あの……もし……俺が…」
シャアだけ悪者にして良いものか一瞬考えてしまったので…。
「そ…の…ちゃんと女性…だったら…だ、大丈夫…だったかも……」
変な庇い方をしてしまうアムロである。
「女性の身体であっても、夜2回または3回…朝1回が毎日続くのは辛いものですわよ?アムロ様…」
「………そう…ですか……」
思わずあははは…と苦笑いしてしまった。…別の意味で泣きたくなったりして。
「…アムロ様が本当に旦那様にちゃんと考えて欲しいのであれば…提案がございます」
「…え…?」
キラリっと光る女中頭の瞳を思わず見つめ返すアムロである……。

 

その日のシャアは案の定、機嫌が悪かった。
朝…朝食まではご機嫌であったのに…。アムロは何故か怒っているし、毎朝の日課である「行ってらっしゃい」の抱擁もキスも無かったのだ!何という事か!
副官であるナナイや間近な秘書官達は、その機嫌の悪さに気付いては居たが敢えて考えないようにする。取り敢えず…シャアはそんな状態でも公人としての仕事は一通り完璧にこなす男なので、仕事面での支障は無い。故に放って置くにこした事はない。色々と原因を考えていても自分のストレスになるだけなのだ。まあどうせこの時期の事、アムロ少佐との痴話喧嘩以外考えられないしねー…とそんな状況である。…充分当たっているし。

機嫌の悪いままに公邸に帰宅したが、やはり「お帰りなさい」の抱擁も無かった…。
……どういう事だアムローっっっ!まだ怒っているのかーー?!
シャアが出迎えた使用人の中にアムロの姿を探している、と察した老練の執事が
「…アムロ様は既にお休みになっておられます」
と、そっと告げる。
その言葉にシャアは、着替えもせずにそのまま自分達の主寝室へと足早に向うのだった。
アムロが既に寝ているかもしれない…と思い、重厚な作りのドアをそっと静かに開ける。
…だが灯りは付いており、当のアムロもパジャマ姿ではあったがまだ起きていて、ベッドの端にお行儀良く…ちょこんと座っていた。
「…お帰り…シャア…」
ニッコリ…と笑顔で出迎えてくれるではないか…!
「…アムローっっ!!」
思わず駆け寄り、その身体を抱き締める。今日の早朝は抱き締めたハズなのに、随分と長い間触れてない気がして……。
「……まだ怒っているのかと思った…」
「うん。まだ怒っているよ?」
何っっ?!…とその言葉に思わずアムロの顔を覗き込むシャアであるが…
…やはり笑顔である………逆に恐ろしい……。
「…シャア…貴方に確かめたい事があるんだけど……」
「……何かね…?」
「…貴方は…俺の事が……好き…?」
「当たり前だっっ!!この世で一番愛しているともっ!!」
間髪を入れずに即答のシャアである。…アムロの予想通りだ。
「……じゃあさ…どうして俺が『嫌だ』っていう事を…やめてくれないわけ…?」
「…?…君の嫌がる事を…私が…?」
「…………解らない……とでも?」
アムロの身体がフルフルと震える。だが相変わらず笑顔のままなので…シャアは喩えようのないプレッシャーが己に迫ってくるのを感じていた…。
「…今朝……俺が…泣いて頼んだ…よね…?」
「朝…?…あ…!…今朝のSEXの事か…?!」
露骨に言うなっっと思うアムロであるが…シャアは本当に『解らない』という表情をしているのでますます笑顔が引きつってしまうのだ。
「…シャア…何故…そんな顔をするの?」
「何故…って…だって君の身体は全然嫌がってないのだし…寧ろ喜んで私を受け入れ…」
……
ぼすっっっ…

…アムロが枕でシャアの顔を殴った音である…。
そのままその枕を抱えて、立ち上がりスタスタとドアへと向かって行く。
「…ア、アムロっっ?!…何処に行くのだ…?!」
「自分の寝室…です」
「…なっっ?!君の寝室は此処だろうがっっ!」
「ミセス・フォーンに頼んで用意して貰いました…ついでに自分で厳重な電子ロック付けました……忍んで来ようとしても無駄…だよ?」
氷点下よりも冷たい視線でシャアを睨み付ける。
「…俺は貴方に猛省を要求します……よーーーーく反省してよね……」
まだ理解できないシャアは走り寄り、アムロの両肩を掴んだ。
「どういう事だっっアムロ!私はさっぱり解らないぞ?!だいたい君が嫌だと言う時はだなっっ…格段にいつも以上に感じる時でっっ私はそれが嬉しくてっっ……!」
…ぼすっぼすっっっ…

アムロは再び枕で何度かシャアの頭を殴り…
「…もうっっ本当に呆れるっっ!貴方ってば
…俺が好きなのかっっ!SEXが好きなのか!…もう解らないよっっ!!この莫迦シャアーっっっっ!!」
…と、かの婚約者を怒鳴りつけて、バタバタと廊下へ走り出して行った…。

一人残され呆然とするネオ・ジオン総帥閣下…
民草や将兵達には決して見せられぬ「ナサケナイ」顔をして…。
「…何故だ…アムロ……私は君を愛しているからこそ…君を激しく抱きたいというのに…」
解らないのは私の方だっ!…と吐き捨てる。
そしてふと思う。アムロと此処で暮らし始めて…まだ半年ほどなのだ、という事を。
……早過ぎたのか…?我々は……まだ……
自分の望む事は全てアムロの望む事と同じハズだ、と思っていた。しかし…まだまだ理解できない部分が在り過ぎる。今まではその事実は結婚してからでも充分埋めていけるものなのだと思っていたのだが…事SEXに関しては……
「…いや!この件に関してだけは、今直ぐにも理解し合わねばならんっっ!」
胸の位置で自分の右拳を左手でバシっと叩き、いきなり使命感に燃えた様子のシャアであった……。

自分の場所と決めた客間はグリーン基調の色彩で纏められている、品の良い落ち着いた部屋であった。もちろんベッドも広くアンティーク調で寝心地が大変良い……良いハズなのだが。
主寝室から持ってきた自分の枕に顔を埋めているアムロは当然寝付けるわけがない。先程からずっと昼間と同じ様に「莫迦シャア」…という言葉を呪詛のように繰り返している。
「…まだ半年しか…時間経って無いんだ……解り合えって方が…無理…?」
奇しくもシャアと全く同じ事を考えていた。
シャアと自分のSEX感の違いは…当に気付いていた。シャアにしてみれば今更な事…なのかもしれない。だがどうしても……
……莫迦なのは……俺の方なのか…な?
アムロの頬を一筋の涙が伝っていく…。愛しているからこそ、今…解って欲しくて…。

 

2人の結婚式まで、あと6日……。

 

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……まだまだ終わらんよっっ!(汗っっ)(2008/8/20)