《もっと抱きしめて》

 

朝は必ずスクランブルエッグ…と決めている。
生クリームを少しだけ入れるのが大きめにふんわり仕上げるコツ。
トーストと珈琲の良い匂いが、一人暮らしには広すぎるだろうのキッチンに拡がる。
意外に家事全般何でもやるタイプ…なんで、俺と結婚する相手は楽だぜー?
…などと陽気に考え、情報収集の為にニュース番組をチェックし始めた。

『…というワケで…いよいよお式の方も一ヶ月後となりましたー…』
『先日は当日の衣装が総帥府から発表され……』

相変わらずの話題が流れている事に安堵する。平穏な日々の証拠だ。
チャンネルを変えると、とある局では『14年間育まれた愛』とかゆーのをやっていた…。
どこから入手したのか、1年戦争時の彼の上司の映像が映っていて目が止まったのだ。
「…当時からやっぱり細いのなー…オイオイ…このノーマルスーツ姿…ヤバくね?」
朝から上司に対して不埒な発言をしている彼…ギュネイ・ガスは、もぐもぐと少し焦げ目の(彼はこの方が好きなのだ)トーストを頬張りながら、何だかんだ言っても目の保養をしていた。朝から良いモノを見たゾ…今日は良い事がありそーだ♪

『…そーなんですよー、今でも日頃から大変仲睦まじいご様子を見せてらっしゃるお2人で…』
『ではお世継ぎの誕生もかなり早いかもしれませんねー』
『楽しみですわーー』

ぶはぁーーーーーっっっっっっ

……さすがに珈琲を吹いた。
「待て待てっっ!いくら何でもっっ
ソレは有り得ねぇだろーがぁぁーーーっっっっ!!!」
久し振りにモニター画面に向かってツッコミを入れたギュネイであった…。

 

朝からキッチンの掃除をしてしまったせいか、いつもより総帥公邸への到着が少し遅れてしまった。
「遅れてすみませんっっ少佐っっ!!」
「おはようギュネイ…大丈夫だよ、そんなに遅れてないよ」
朝一番に麗しの上司に会えて、この優しい笑顔を見られるなんて…ホーント自分は幸せ者だなあーっっ♪
「行ってらっしゃいませ、アムロ様」
公邸の使用人達が一斉に頭を下げて彼を見送る。
「ありがとう、行ってきます」
アムロは「これ」に最初の頃は随分照れくさそうであったけど、最近は慣れて来た感じだなあ、と思う。そんな変化を見られるのもやっぱり特権♪俺様スゴイ♪…と浮かれまくりのギュネイである。

そのアムロが…最近元気が無い…?…とギュネイは感じていた。
今朝も車内のバックミラー越しに見る彼がどうも寂しそうに映るのだ。
そんな盗み見紛いのコトしてないで、ちゃんと後ろの車に気を配らんかっっ…とSPの連中が知ったら殴られるに決まっている。実はミラーの角度を後部座席がよく見えるよーに更に調整しているコトもバレたら……ホント恐いモノ知らずの若者であります。
とにかくオーラに覇気がないのは事実。今週はずっとこんな沈んだ様子が見て取れるので…憧れの人が心配で堪らなくなってしまった……。

 

「アムロ少佐がお元気無い…と?」
この件でギュネイが相談出来る唯一の相手、ナナイはその美しい眉を顰めた。
「そーなんですよ…何か思い当たりませんかー?」
「思い当たる事…か…」

ナナイは真剣に考えている。
少佐はMS部隊部隊長就任以来、部隊内はとても上手くいっている…とギュネイやレズンからも報告を受けている。本来ならば「結婚式を挙げた以降」に就任する予定だったが、アムロの「それまでいったい何をしていろと?」と言う「抗議」にシャアとナナイが折れた形だ。
MSパイロットとしてのアムロのずば抜けた実力は、衆人誰もが認めるところである。生きながらにして伝説の「アムロ・レイ」がやって来たのだ。部隊の荒くれ連中にとっても、総帥夫人の肩書きよりも「アムロ・レイ」の名前こそが重要な意味を持つのであろう。
就任以来、彼処もお祭り騒ぎ大騒ぎ…と聞いているので、其方での悩み…では無いだろう。

------先日の衣装打ち合わせの時、ジョークで言った『お色直しにウェディングドレス着てみません?』ってヤツ…本気でもの凄い勢いで拒否されたけど…まさかアレではないわよね…

…となると、残るは一つしか原因が思い浮かばない。
-------まあホントにそれが原因なら…大佐が一発?…いいえ二発くらい
ヤったら…直ぐに治るんでしょーけどぉ…ねーー
それで済むなら今直ぐにでも、総帥執務室を3時間くらい「立ち入り禁止」にするのだが…如何せん、実は当の本人が5日前から「留守」なのである。確か今日は月辺りに居るハズ。

10日ほど前から軍全体が何かと忙しくなっている。
シャアとアムロのご成婚祭り?はネオ・ジオン勢力下だけに納まらず…連邦軍内部にも飛び火したようで、「我らがアムロ大尉を祝福するぜーっっ」とばかりに大量の亡命軍人が押し寄せてきたのであった。ある程度は予想出来たのだが…予想以上の人数で、軍部の担当部署は未だパニック状態である。こちら側にはありがたいニュースでもあるが、当然連邦軍側にはたまったモノではない。案の定、チクチクネチネチと嫌味で横柄な態度で色々と突いてきた。
「相変わらずの小人ぶりに反吐が出る」と吐き捨てるネオ・ジオンの若き総帥。その彼は政治的駆け引きの手腕でも大変な才能と実力を発揮するので、その「反吐が出る」連中と堂々と渡り合う為に…一週間ほど前から政治側のスタッフと一緒にあちこちを飛び回っているのだ。

「まあ…そう心配せずとも大丈夫だ。もうすぐ治るだろう」
「えっ…?!何で判るんですかっ?!」
「子供は知らなくても良いコトよ」
「え?ええー……??!」
思わず子供扱いされたのが、大変不満なギュネイである。
----俺だって心配してんのに……アムロ少佐を元気なくさせてる原因って……
-----……!あっっ?!まさか…今朝の……アレかっ??!
------少佐……子供出来ないカラダなの……悔しいと思ってるのかっっ?!!
------そんなコトを少佐が気に病む必要は無いのにっっっ……可哀想なアムロ少佐…!!

グッと拳を握りしめ、彼は何かを決意したように呟いた。
「…愛が有れば奇跡は起こる…かもしれないッスよね……オレそう伝えたい…」
「??…何の話だ…??」
ギュネイの妙な使命感に燃える瞳に、少々不安を覚えるナナイである…。

 

実際のところ…
ナナイの考えは大当たりであった。
仕方が無い事とは言え、もう実質5日もシャアに会えていないのだ…。
つまり…アムロは「寂しい」のである。
こんなシャアが一番大変な時期にそんなコト思ってはいけない…と解っている。
だが公邸の広いダイニングで一人で食事する度に、広い主寝室のこれまた広いベッドに潜り込む度に…やるせない想いが胸を締め付けてくるのだ。
----どうかしている…しっかりしろよっっ俺……!!
実際今までシャアとは何年も離れていた。その時だって、こんなに寂寥感を感じてはいなかったのに…。こうして一緒に居られる、という状況になった途端にコレか…と自分の情けなさに心底腹が立つ。そして虚しくなる…。

今夜も彼は一人だった。
主寝室のベッドの上に横たわると、元々広いベッドが更に大海原並に広く感じてしまう。
疲れている筈なのに眠れない。広いシーツの海の中、何度も寝返りをうつが…睡魔は一向に訪れない。ふと思い立ち、普段シャアの寝ている側にモゾモゾと移動してみた。
カバーもシーツも清潔な新しい物に替えられているけれど…この場所からはシャアの存在を感じる…。アムロはそっと枕に顔を埋めた。
--------シャア……
言ってはいけない一言が零れそうになる。
アイタイ、と……

----会いたい……シャア………抱きしめたい……そして…抱きしめて…………

 

-----------!!
いきなりアムロは弾かれるように顔を上げた。…この気配は……
-----帰って…来た…!!
堪らずベッドから降り立ち、夜着のままでも構うものかと廊下に出て階下へと走り出す。階段を下りる途中で玄関ホールを見やると、数人の護衛と部下達に囲まれている緋色の軍服姿の彼を見つけた。彼は直ぐに愛しい人の気配に気付き、顔を上げ目を見開いた。
「…アムロ…?」
こんな深夜に起きて出迎えてくれた嬉しさと、夜着のままの姿に焦る思いが交差する。(例え色気のないパジャマ姿でも他人には絶対見せたくないワケで)周囲の部下達を一瞥すると、彼らは一礼して直ぐに下がっていった。我らが総帥の視線の意図をちゃんと理解している優秀な彼らである…。
誰も居なくなったところで、まさに飛んでくるように階段を駆け降りてくるアムロをシャアは両手でしっかりと受け止めた。
「ただいまアムロ…遅くなってすまなかった」
「…………」
「…寂しかった…かい?」
無言で首に縋り付いているアムロの身体が微かに震えている。そんな彼の様子があまりにも嬉しくて可愛くて愛しくて…シャアは疲れがイッキに吹き飛んだのを感じる。きっと今の自分はとても締まりのない顔をしているだろう…。
----連邦軍の莫迦共には決して見せられない表情だな……と苦笑する。
「連邦軍どころか…我が軍の将兵にもそんな鼻の下延びた顔は見せないでくださいねっ」…とナナイが見てたらそう言うだろうが。

そのままアムロを抱き上げて主寝室へと運んでいく。
ベッドにそっと彼を下ろし、軍服の上着を脱ぎ始め…ふと思い当たった様に内ポケットからあるものを取り出した。そのままそれをアムロへと手渡す。
「…何…?」
「開けてごらん」
白い小さな封筒であるが、この時代に紙媒体のモノは逆に貴重度が増す。綺麗な光沢を放つ封筒の中には厚手のカードが入っていた。アムロはそれを見て、驚愕する。
「………
ν ガンダム…?!!嘘っっ!…完成したんだ!!」
「アナハイム・エレクトロニクス社からの結婚祝いだそうだ」
信じられない…という表情でシャアを見つめるアムロである。
「何故そんなに驚くのだ?君が設計して君が発注したモビルスーツなのだろう?」
「…でも…その…こんなコトになったから…中止されたか、連邦軍に奪取されたかと…思ってた」
「彼処の技術者達もそこまで莫迦ではないだろう…君専用のガンダムなのだから」
「うん…それはそうなんだけど…」

-----だって…これはね…貴方と闘う為に作ろうとしたモノなんだよ……

黙って俯くアムロに怪訝な表情を作るシャアだった。
「…もし何か気にかかるのであれば……祝いの品は断わっても良いが」
「えっっ…?!そ、そんなコトないよっっ!!…断るなんてっっ」
イヤだっ…とばかりにシャアに訴える表情になった。シャアは微笑んでアムロの頬に接吻する。
「ならば素直に受け取りたまえ」
「……うん……」
抱きついてくるアムロに、機嫌が直ったかと安堵する。
「…あの…それでね……一つお願いがあるんだけど……」
「何だ?愛しい姫君の頼みであれば喜んで聞こう」
本当?とアムロは少し身体を離してシャアの顔を覗き込んだ。その表情が可愛すぎる…ああっ!今すぐにも押し倒したいっっ!…と理性と闘うシャア・アズナブル33歳。
「コレ……
ν ガンダムを受け取りに行きたいんだけど…」
「…何だって…?」
途端に眉間を顰めるシャアである…。
「…だから受け取りに…フォン・ブラウンに行きたい…のだけど?」
「………一週間待てば此処に向こうからやってくるのだが…」
「そんなに待てないからっっ…行きたいっっ…いや行ってきます!」
どんどん嬉々とした表情になるアムロとは正反対に、シャアの表情はますます険しくなっていくのであった…。
「…アムロ…私はやっと嫌な雑務から解放されて…明日からは毎日此処に帰ってくるのだよ…?」
「……俺だって…5日も一人で待ってた……」
「…解っているなら…何故また更に離れようとするのだ?」
「だってシャアとはこれからもずっと一緒に居られるから良いけど…
ν には今しか見られないトコや出来ないコトがいっぱいあるんだよ?それに一番最初の色んな調整は絶対に自分でやりたいし!」
…自分が本当に迂闊だった…と今更悔やんでも遅い。このモビルスーツに対してのアムロの想いを甘く見ていた。此処に届くまで内緒にしておくのがベストだったのだ…くそっっ!
「それは解るが…その…今の君の立場も考えてだな…」
本当はどうでも良い事を引き合いに出した。途端にアムロは真剣な視線をシャアにぶつける。

「だって…だって
ν は…俺にとって…自分の子供みたいなものなんだよ?…諦めかけてた子供が出来てたのを知ったら…居ても立ってもいられないじゃないかっ!!」

なんちゅー例えを出すんだーーーっっ!アムロォォーーーー!!!
シャアはガックリと肩を落とした。そんな風に言われたら…自分だって断れないではないか…
全く君は罪作りな事を言う…。もちろん無意識で言っているのだろうな…?
「……解った…許可しよう…」
「本当…?!」
「だが時期が時期だ。フォン・ブラウンでの滞在は3日だけだ。君になら充分だろう?」
「うんっっ!充分だよっっ!!ありがとうシャアっっ!!」
ぎゅうっっと自分に抱きついて本当に嬉しそうなアムロを見ていると…別の意味で何も言えなくなる。しっかりと抱き締め返して彼の耳元で甘く囁いた。
「…もちろん埋め合わせの前払いは今からしっかりと戴くぞ…」
顔を赤らめる暇もなく、そのまま広いベッドに押し倒された。…もちろん愛しい婚約者相手には抵抗などするハズもなく……

 

……そしてアムロはギュネイを護衛に従えて月面都市へと旅立ったのだが……
シャアを後悔のどん底に陥れる事件が起こるのは……やはりお約束なのだろうか??

 

続いちゃう…?

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パラレルネオ・ジオン話は書いてて…楽しいなったら楽しいなーー♪
…自己満足で本当にすみませぬっっ(2008/7/24)