《吸い込まれそうな瞳で》
------悪夢だ……
これは悪い夢に違いない……!
ギュネイの握られた拳が震える。彼は青ざめた顔で、先程からひっきりなしで流れるニュース映像を見入っていた。
「…こんな…莫迦げた事が…あっていいのかよっっ!」
握られた拳をそのままテーブルに激しく叩き付けた。鈍い音が官舎の自室に響く。
どの局に変えても全て同じニュースだ。悪夢ではなく本当に事実なのか…?
事実だとしたら何という神の悪戯か…
今朝のトップニュースでずっと流れているニュース…それは……
『ネオ・ジオン総帥シャア・アズナブル大佐、遂にご成婚!!』
『お相手はなんと連邦軍現役エースパイロット、アムロ・レイ大尉!』
『喜びに沸くネオ・ジオン民衆…祝福の声、続々と』………神様……悪戯っちゅーか悪ふざけ過ぎですがなぁぁ………
きっとこれは連邦軍の攻撃のせいだっっ!とギュネイは決めつけた。
連中がこのスゥート・ウォーター内に「脳が溶ける奇病」になってしまう毒ガス攻撃を仕掛けたに違いないーーっっ!…と。
でなければ説明がつかない…何故皆こうも「こんな事件」を自然に受け入れているんだっっ!なーんでアンタらそんなに諸手を上げて大歓迎なワケっっ?!おかしいぜっっ絶対にっっ!!みーんなして脳ミソ溶けているんじゃねーのかっっ?!誰か一人くらい「異常です」って言えよ〜!…と、モニター画面を鷲掴み、ギャンギャンと画面の中のアナウンサーやキャスターにツッコミを入れるギュネイである。
「アムロ・レイってあの『連邦の白い悪魔』のアムロ・レイだろっ?!おかしーだろーがっっ!!…総帥は男!だぜっっ!あっちも男っっ!男同士がなーんでご成婚だよーっっ!!」
思わずそのままモニターを壁にぶん投げそうになったのだが、緊急コールの音にハッとする。…総帥府からの個人宛特命呼び出しであった…。
鼻息荒く総帥府に乗り込んだギュネイは、建物の周囲を取り囲む人の渦に仰天した。多くのマスコミや住民が幾重にも人垣を作っている。住民達は浮かれまくりな様子で、プラカードや旗を掲げたり、歌を歌ったり…「ネオ・ジオン万歳〜!」「シャア総帥おめでとう〜っ!」などと叫んでいるのであった。早い話がスゴイお祭り騒ぎである。
-----のーみそ溶けてる…アンタら絶対にオカシクなっとるーっっっっ!!
オラオラ轢き殺すぞテメーらぁーっ!と不快オーラをビシバシ放出しながらアクセルを踏み込んだ。まあ…実際は一般人が入れる区域は限られているし、やはり今日は警備の数も一段と多くなっている様子なので、一部の混雑を脱ければ後はスムーズなのだったが。ましてや特命で来ているギュネイの車両は軍関係者専用ゲートをノーチェックで通り抜けられた。案の定、総帥府の内部も妙にお目出度い雰囲気が漂っている…。あちこちから噂話が聞こえ、皆一様に笑顔だ。いつもの緊張感がほとんど感じられず、全体的に明るいのだ。
-----もしかしてっ…俺だけがこの病気にかかってないのか…?
周囲の人々のあまりにも平和的な笑顔がさすがにギュネイを不安にさせる。とにかく今は一刻も早く総帥に会いたかった。会って真偽を確かめねばならない。日頃から「総帥が暴走したら止めるのは俺の役目!」と自負している若者だからして。まあ実際のところ、あの人が本当の意味で暴走したらギュネイ如きでは止められるワケないのだけれど…。
まず指定された総帥秘書部に向かう。受付の秘書官も「承っております」と専用エレベーターで司令部に上がるように案内された。総帥府には最上部の中央司令部への直結エレベーターがある。当然普段ならばギュネイ辺りのの下士官階級は使用できない。しかし特命コードのお陰でギュネイのIDパスは彼を最上階フロアへと運んでくれた。
「早かったな、ギュネイ」
元上司である美しい総帥戦術士官兼副官の声はいつも以上に陽気に思えた…と、いきなり部屋中にむせ返る花の匂いにびっくりする。此処はナナイ副官個人専用のオフィス…なのにこの大量の花・花・花はなんなんだーっっっ?!
「な…なんスかっっ?この山の様な花はーーっっ!」
「ああ…これは総帥宛に各地から送られてきたお祝いの花だ。総帥の執務室にも入りきれないので、仕方なく此処でも一部預かっている」
これではどのコロニーの花屋も大忙しだろう、とナナイは苦笑した。
「…で、今回お前に与える任務だが…」
「その前にお聞きしたい事がありますっ!この蔓延した奇病に対する対策はっっ?!」
「…は…?……奇病…?」
何の話だ?とナナイは文字通りのキョトンとした顔をギュネイに向けた。
「スウィート・ウォーター住民全員が『脳が溶ける奇病』にかかっているでしょっ?!やはり連邦の毒ガス兵器ですかっっ?!!そしてこれから報復攻撃をっっ?!」
「…………………」
興奮した様子で捲し立てる黒髪の青年をナナイはじっと見つめていた。そして溜息。
「…迂闊だったわ…最近はすっかり安定していたから脳波検査を怠っていたかも…」
「はあ…?!」
「現在、お前の言う『奇病』も連邦の毒ガス攻撃も認められない。ましてや報復攻撃などの任務も絶対に有り得ない」
ピシャリとナナイは言い放つ。
「今、連邦と事を構えるなど…総帥のご成婚で得られる成果の意味が無くなるであろうが。ちゃんと考えなさい!」
子供だって判るハズっっと叱られてしまったギュネイは愕然とした…。
----や…やっぱり…事実…なんだ……コレ現実なのかよーっっ!!?
「だ…だって…相手は…男…ですよ…?」
「『男』ではない。『アムロ・レイ大尉』だ。大体昨今、同性同士の結婚など珍しくもなかろうが」
「そ…うですけどっっ!…でもオレは思うにっっ…!」
ナナイはこれ以上の問答不要、とばかりに右手を掲げてギュネイを制した。ふう…と呼吸を整え髪をかき上げて、デスク上のインターフォンを押す。
「…総帥、ギュネイが参りました。今からそちらに伺いますので…」
まだ何か言いたげなギュネイを促して、2人で総帥執務室へと向かうのだった。広い執務室はやはり多くの花で溢れかえっていた。目眩がする程の甘い薫りが充満している。
どへぇ〜キツぅ〜と口元を抑え俯くギュネイ。ナナイでさえも眉をしかめた。
「…流石に少々香りすぎですわね…少し片付けましょうか?」
「いや…まだ我慢は出来る。折角の好意だから、とアムロも言うのでな」
思わずその名前に弾かれるように顔を上げると、執務室のソファーに見慣れない人物が座っているのに気が付いた。…青い連邦軍の制服を着ている…。
「…あ…っっ!!……アムロ・レイ…?!!」
指を差し叫んだギュネイを「失礼であろうが!」と手持ちのファイルでパッカンっと殴るナナイ。そんな様子を見て当のアムロは苦笑する。
「…シャア…彼が?」
「ああ、君の護衛を務めてもらう、ギュネイ・ガスだ」
「ええーーっっ?!」
と更に叫ぶギュネイを訝しげに見つめ、シャアはナナイに問いかけた。
「ナナイ…まだ話していなかったのか?」
「…話そうとしたところ妙な意見を言われて中断させられまして…」
私としたことが失態だわっっという表情のナナイ。
「妙な意見?」
「…はあ…それが……」
先程の彼が言い出した事柄をシャアとアムロに話すと……途端に2人は大声で笑い出した。
その様子にギュネイは仰天する。シャアの破顔の表情など初めて見た…大佐も声を出して笑うのかっっ!
「まあ…ギュネイがそう考えるのも無理はないな。私達とて予想外の歓迎ムードに驚いているのだから」
「…うん…でも逆にちょっと不安になるよね…」
「アムロ?」
シャアは執務机の椅子から立ち上がり、ソファーのアムロの隣に座り直した。
「…心配するな…何があろうと君は私が守ってみせる」
「シャア……」
見つめ合う2人の間に漂う、蜂蜜ドロドロ甘々オーラは…ニュータイプや強化人間でなくとも絶対に感じることが出来よう…。だが「そのオーラに当てられる」という点ではオールドタイプは軽くて済むかもしれぬが。ギュネイははっきり言って「毒気」にやられている気分だった…。
「解っているけど…本当に…俺でいいのかって…未だ思うよ」
「何を言う?君でなければ駄目だ!」
「シャアはそう思ってくれるの解るよ…でも…」
アムロを思わず抱き締めるシャア。アムロもそっとその背に腕を回す。
-------あのぉぉぉ…もしもし…?
俺とナナイ副官の存在、忘れてやしませんか?アンタ達…!
コホンっ!というナナイの咳払いに気付いて、2人はやっと離れた…。
「心配は全くご無用です、アムロ大尉。これで我がネオ・ジオンと連邦の休戦は確約出来ましたし…このスウィート・ウォーターのみならず、他のコロニーの民衆も大変な盛り上がりを見せ、宇宙に住む民衆の意志が一体となっている感があります。これは素晴らしい事ですわ」
戦術士官の熱弁に耳を傾けるアムロは未だ表情が固いかもしれない。
「世紀のご成婚に向けて多くの物流システムが平和的に稼働し、各地で今までに類を見ないご成婚記念のセールが行われ…ええ、あのブランドやこのブランドまでも破格のセールを行うと発表しております。今後の膨大な経済効果は本当に計りしれません。お陰で多くの実力者がネオ・ジオン支持を表明しておりますし…これもアムロ大尉の功績です」
気のせいか一部の言葉に力が入っていた様な気がしたが、一同は敢えて無視をする…。
「…ありがとう、ナナイさん…」
アムロは素直に礼を述べ、傍らのシャアも頷いている。
------スゲェな…ナナイ……元カレの相手だっていうのに…
若いギュネイも素直に感心した。まあ後程ナナイからは「アムロ大尉にのし付けて差し上げます」に至った総帥の情けない行動を聞かされる事にはなるが…
「ギュネイ、アムロは今後階級が少佐となり、我が軍のMS部隊隊長に就任する。お前の直接の上司となるわけだな」
「は…はいっっ」
総帥の言葉にギュネイは姿勢を正した。
「この騒ぎに加えて…連邦側は公には今回の件を認めてはいるが、まだ何を仕掛けてくるかは判らない状況だ。アムロが隊長職の任務に居る時は常にお前が側で護衛を務めろ。我が軍内部では強化されているお前が1番のニュータイプ能力の持ち主だからな。その力が役に立つはずだ」
「これからはアムロ少佐の次に…になりますがね」
----2番目が1番目の護衛すんのかよ…しかも凄い差があるよーに思える…
何となく微妙な表情になってしまった。そんな様子を見てアムロは立ち上がり、ギュネイのすぐ側に来て右手を差し出してくる。
「本当にすまないねギュネイ…シャアが心配症だから…面倒かけるけど、よろしく」
ギュネイは初めてアムロ・レイを至近距離で見た。柔らかそうな癖のある赤毛と同じ色の瞳…目鼻立ちは整っている方だろう。自分より結構年上のハズなのに、自分と大して変わらぬ年齢に見える。そして背も自分より低い。じっとこちらを見つめる瞳は吸い込まれそうに綺麗で…なんて…。
なーんだ…「連邦の白い悪魔」は思っていたよりずっと華奢で可憐で……可愛い……んじゃ……
ズッキューーーーンッッ……!!
はっっ…!何だっっ?!今のヘンな効果音っっっ!!
ドクンドクンといきなり自分の動悸が早まったのが判った。思わず胸を押さえる。顔が熱い…体温も上昇しているのかっっ…何だよっ俺、いきなり風邪ひいたっっ?!!
「…こ…こちら…こそ…よ、よろしく…で…ありますっっ…!」
上手く言葉が出て来ない。差し出された手を握ろうとする己の手が震えている。やっとの思いで握り返すと……彼からフワリ…と優しく温かい波動が流れ込んできた。
---何だ…コレ……すげぇ温かい……キモチ…イイ……
ますます体温の上昇を感じる……
ギュネイのそんな様子を見て、シャアはナナイに耳打ちをした。
「大丈夫なのか…?早くもアムロのプレッシャーに押されている様子だが…」
「プレッシャーではなく、大尉の『意外に可憐で可愛いオーラ』にやられているだけですわ。彼は何だかんだ言っても若さ故かの潔癖な部分があります。大いに利用すべきです」
「…成る程。ならばますます一線を越えるのではないか、の心配も出てくる」
「案外『ヘタレ』ですからね…正式な総帥夫人に手を出せる程の度胸があるとは思えませんけれど…」
顎に手を当てて考えているナナイは
「まあ万が一ヘタレを克服なんかしちゃって…そーんな事件を起こしたら、遠慮無くサザビーの拡散ビーム砲でジュッと焼いちゃってくださいな」
とサラリと言ってのけた。それを受けたシャアは
「まさか…そんな楽な殺し方はせんよ」…とニッコリと笑うのだった。そんな2人の不穏な会話は当然ギュネイの耳には入らず(入ってた方が身の為だったかもしれないが)…彼は夢心地気分で官舎へ帰ってきた。そして荷造りを始める。アムロの送迎時も護衛を務める事になるであろうから、総帥公邸に近い場所に官舎を移れと言われたからだった。ギュネイ自身も中尉に昇進するが、今後は左官以上の高級官舎に住む事になる。破格の待遇である。「強化してて良かった〜〜♪」と鼻歌交じりで私物を整理していると、TVのモニター画面からは「共同記者会見」の模様が生中継されてきた。
厳かな雰囲気の会場で、シャアとアムロが並んで座り、記者達の質問に答えている。シャアは手慣れた様子だか、アムロはやはり緊張している感じであった。
----やっぱり…可愛いよなぁ……アムロ大尉…
『…2つの思想の間で…橋渡し役になれれば……と考えています…』
などと言いながら、緊張し少々赤らめた頬が何と愛らしい事か……!くうーっったまらん!と唸るギュネイは、もうすっかり彼の新しい上司の虜であった。今朝、画面に噛み付いていた彼はいったいドコへいったのやら…という風情である。若者は切替が早いのだ。
あんな素敵な上司の下で護衛も出来て、昇進も出来て、総帥からの信頼も厚く(?)て……
「ああーーホント俺は幸せモノだなーっっっ♪♪」
俺の未来は約束されたも同然だぜっっっ!行け行け俺っっギュネイ・ガスっっ!!ネオ・ジオンの星となる為にーーーっっ!!これから…それはそれは大変な忍耐と苦労とストレス溜め込む日々の連続…となる事をギュネイは全く知らなかったので……確かにこの時点では彼は本当に幸せ者であった……。
FIN←BACK
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脳みそ溶ける奇病にかかっているのはアタシだ…すみません!(>_<)
でも書いててとても楽しかった…ので、続いちゃうかもーっ(2008/7/20)