《つながれた指》

 

アウドムラの格納庫で、アムロは今の愛機であるディジェの調整を念入りに行っていた。
明日はかなり大掛かりな作戦を控えている。既に数名の仲間が現地に潜入活動に入っている。
現在の自分の『恋人』という場所に立つ女性も、その中に居るのだが…。
ふと、彼女が居ないとMS整備に集中して取り組めるな…と、その事に安堵している自分に気付いた。
-------俺…やっぱり冷たい人間かなぁ……
確かに彼女の事は『好き』だし『恋人』としての関係も納得している。…だけれども……
現在MSパイロットとして闘いの中に身を置いている自分の優先順位が、彼女は時々お気に召さないらしい。
全てに於いて自分を一番に、と願う彼女とは時々反発し合う事があるのだ。
理解し合えない事に時々疲れてしまう…もちろんそんな事で争いたくないのだけれど…。
こんな冷たい事を考えていると彼女にバレたら、今度こそお別れかな……?
と、自嘲めくアムロは、艦長の呼ぶ声で我に返り、コクピットから顔を出した。
「…どうしたんだ?ハヤト」
「アムロっっ!クワトロ大尉が大変なんだっっ!来てくれっっ!」
「シャアが…?!」
思わずコクピットから抜け出し、慌てて下に降りる。
「シャアに何があったんだっっ?ハヤト!」
意外なアムロの慌て振りに、驚きを隠せないハヤトであった…。

 

「……スーツが……合わないって…?」
----『大変な事』…って……ソレ…?…ソレだけ…?
慌てて走ってきたのに…!…思いっきりガックリと肩を落とす。
「用意していたスーツがクロトロ大尉には全然小さいんだよ。困った事になった」
「……じゃあ『ノーマルスーツ』姿で出れば…?」
どーでもいーじゃん、とかなり投げやりな調子で意見するアムロである。
「何を言ってるんだ!あくまでも『平和的』なスタイルが必要だろうがっ」
「…平和的…ねえ…」
「全世界に生中継するんだっっ!もちろんクロトロ大尉は今のままでも大変な美男子ではあるがっっ!
世界中の誰が見ても納得する状況にする為には、更に神々しく格好良くなってもらわねばっっ!!」
美男子にツンツルテンの衣装など着せられるかっっ!見た目がとっても大事なんだっ!と力説するハヤトを、一同少なからず脱力して見つめていた…。
当のシャアも苦笑せざるを得ない状況である。
「まあ…私が地球に降りて来たのも予想外の事件であったからな」
…さすがにMS内に自前のスーツまで積んでくる余裕は無かった。まあ普通は考えない状況だが。
確かにクロトロ大尉が来たのなら…で考えついた、準備にあまり余裕の無かった作戦ではあるのだけど。
「まいったな…ベルトーチカに頼んでセンスの良いのを用意して貰ったんだが…」
ハヤトは頭を掻きながら、心底困った様子で話す。
「……アムロさんに用意して貰った方がサイズは合ってたでしょうねー」
いきなりカミーユが嫌味な口調で言い放った。
「は?」
「かっ…カミーユっっ!!」
…なんで赤くなってるんだ、と不思議そうにアムロを見つめるハヤト。
「…さてどうだろう?…ごく一部のサイズしか知らないかもしれんぞ?」
実に楽しそうにカミーユに語りかけるシャアに、アムロが肘鉄を喰らわすのと、カミーユが「下品ですよっ」と悪態を付くのは同時であった……。

「まあ…とにかくダカールと反対方向にある街が…小さいがそれなりの観光地だ。仕立屋がある情報を掴んでいる。クロトロ大尉には急いでそこに行って貰って…」
「護衛はアムロ大尉にお願いしたいが」
…絶対そう言うと思った……とアムロとカミーユの思考は一致する。
「もちろんそれで結構です。タイムリミットは明日の朝…アムロ、頼むぞ!」
眉間に皺を寄せて、大変嬉しそうなシャアを睨み付けた。

「つくづく…お高い人間に出来ているんだな…貴方は」
「…まあ取り敢えず褒め言葉、と受け取っておこうか」

 

そこは海辺の小さな観光地だったが、確かにそれなりに施設は整っており指定された店も直ぐに判った。
------全く…こんな余計な用事が出来てしまうとはな……
黒の高級スーツを身に纏ったモデル並の美丈夫を見つめて、アムロは溜息を付いた。
側で店主が興奮気味に「大変お似合いですっ」を繰り返している。
確かに本当に良く似合う。…高級品で有れば有る程にこの男には良く似合うのだ。
「ああ、確かに裾が少し足りませんね。上着の幅にももう少し余裕が必要ですな…」
憎たらしくも既製品が合わない規格外のサイズ…の人なのだし。
「明日の朝には必要なんだが…大丈夫かい?」
「判りました。何とかしましょう」
通常より遥かに高いスーツ代のせいか、店主は快く引き受けてくれたのだった。

結局今夜はこの街に泊まる事になる。
上機嫌のシャアとは相対して、アムロは気が重かった。
「アムロ、夕食は何処にしようか?」
「……はしゃぎ過ぎだよ…貴方はっっ!」
今のところ周囲のどこからも敵意は感じないが…此処だって敵陣のまっただ中である事は変わりない。
「…とにかく大事な作戦の前なんだから…少しは自覚してるのかっ?」
「自覚はしているさ…最期の我が侭だと思って許してくれ」
そう言うシャアの瞳があまりにも真剣に自分を見つめるので…アムロは何も言えなくなってしまう…。
結局シャアの言われるがままに朝までの時間を過ごす事になるのだ。

2人は残りの時間を、他の観光客に交じってまるで普通の旅行者の様に…名所巡りや土産物店の冷やかしや名物の食事を楽しんでみたのである。
考えてみればアムロもこういう経験は初めてだったので。珍しい物や初めて見る料理などに一喜一憂し…
もしかしたらシャア以上に自分は浮かれてしまったかもしれない。
そんなアムロをシャアは終始優しく見つめていた。
「この先の公園は、夜は最高の景観ですよ。是非行ってみて下さい」
会計時にレストランのオーナーが薦めてくれた場所に向かってみる。
海辺にせり出した小高い丘全体が公園になっているようだ。公園の夜の灯りはとてもロマンチックで…

--------カップルだらけ…ですがぁ………
何で男2人連れにこんな場所を薦めるんだーっっっ?!…とアムロは少なからず怒りを覚えた。
「ふむ…なかなか良い場所だな」
案の定、隣の男は気に入った様子である。「どこがっ?!」と毒突こうとしたアムロであったが…
自分の左手にシャアの長い指がそっと触れたのが判った。そのまま彼は己の右手を絡ませてきたのだ。
「…ちょっっ!…シャアっっ!!」
慌てて手を引こうとするが、シャアはそれを許さない。
「こう薄暗くては誰にも気付かれないさ…最も誰も他人は見てないだろうがね」
確かにあちこちに見える恋人達の影は…お互いの愛の語り合いしか考えてない様子だが…。
…結局抵抗を諦めて、アムロはそのままシャアの好きにさせた。
2人は手を絡めたままで丘を上がって行く。やがて2人の視界には夜の穏やかな暗い海が現れた。
そして見上げれば満天の星空……素直に感嘆する。

「……綺麗……だね……」
「…ああ……」
「こんなに…星が綺麗に見える場所…あったんだ…」
「…不思議なものだな…」
「?…何が?」
「私はあまり地上からしみじみと宇宙を見つめた記憶が無いのでな…」
ああそうか、とアムロは頷く。
「……俺は7年前から…ずっと見つめているけど…ね」
その言葉に弾かれた様にシャアはアムロの横顔を見つめる。視線に気付きアムロもシャアを振り返った。
すぐ側にシャアの顔がある。しばらく見つめ合った2人はどちらからとも無く、唇を重ね合った。
触れるだけの口吻を幾度か繰り返す。離れては暫し見つめ合い、また口吻を…と。
シャアは絡めていたアムロの手を取り、その指にも接吻した。指から手の甲、手首へと…何度も。
恋人に忠誠を誓う行為を何度も繰り返し、そのまま愛しそうに自分の頬に押し当てる。
「…君を宇宙に連れ出したい、という願いは…まだ諦めてはいない…」
「……解っているよ……でも……無理だ…」
絡めた指に再び愛撫を加える。ゆっくりと舐め上げると、予想通りアムロの身体はビクンっと震えた。
「理解して貰えても…君が側に居ないのなら無意味だ」
「………だからっっ…無理なんだよ……」
左手をシャアに預けたままで、彼の広い胸に顔を埋めた。ああ温かい…と素直に思う。
「……俺は…貴方を選んでは…駄目なんだ……俺達はそういう運命なんだよ」
「何故そう言い切れる…?」
絡めていない方の左手でアムロの柔らかい髪をゆっくりと撫でる。時折髪に口吻を落としながら。
シャアのその行為があまりに優し過ぎて…アムロは泣きそうになった。
「…私はもう君を選んだ…」
「………………」
「もう誰も君以上の存在にはならないし、私は君しか欲しくはない」
「………ごめん……」
「誰よりも…君を愛している…」
「…………ごめ…ん…ほんと…うに………」
涙が止まらない。何度も謝罪の言葉を言い続けるアムロの震える肩をシャアは抱き締めた。
しばらくそうしていたが、やがてアムロがゆっくりと顔を上げた。泣き笑いの表情を無理に作っている。
「……これだけは……伝えておくよ…」

------俺も貴方を一番愛しているから……

そして2人は強く激しい口吻を交わす…はっきりと欲情の意志を持って……。

 

誰よりも愛しているけど、貴方と一緒に居る事は出来ない…

貴方とずっと手を繋いでいる事が……自分は怖いのだ…

ああ…なんて自分は臆病で卑怯で残酷な人間なのだろう…

そんな自分を優しい貴方は許してくれるんだ………

 

翌朝、2人はアウドムラのメンバーと無事に合流をした。
いつも以上に平静を装い、本当に何事も無かったように……。
昨夜は互いが溶け合う程の激しい情事を一晩中繰り返したが、そんな様子は微塵も感じさせない。
ただ、やはりカミーユだけは何かを感じた様子だった。
「アムロさん…の方が辛そうに見えます…よ?」
俺よりも、と逆に気を遣われてしまう。
「そんな事はないよ…」と笑って見せた。…きっと笑顔にはなってはないだろうけど。

大掛かりな戦略は無事に成功を収め、皆が歓喜に湧く。
件の英雄は何故かどことなく寂しそうに見えるが…
------大丈夫だ……
そう自分に言い聞かせるアムロである。
--------貴方は…強い人だ…独りでも大丈夫……
それに宇宙に居る仲間が、きっとシャアを支えてくれるから…と考える。

これは本当に自分勝手な我が侭な解釈であったのだけど…。
自分は全く見えていなかったのだ…いや、気付かないふりをしていたのかもしれない。
気付かないふりをして、シャアの優しさに甘えていたのだ…俺は……

彼がどれ程に孤独であったか…どれ程に深い傷をずっと負ったままであったのかを…。

繋がれたその手を自らが離した事を、やがてアムロは心から後悔する事になる……。

 

FIN

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※あの回はシャアが本当に辛そうに見えるので…って願望かな?(2008/7/15)