《 そばに居たくて U 》

 

 

カミーユが総帥公邸に到着した時には、まだアムロは帰宅してなかった。
女中頭のミセス・フォーン曰く、普段なら既に帰って来ている時間故、何処かに寄り道しているのでしょう…との事。まあそう待たずには済むだろうな、と考えた矢先……
ズキンっっと急激に不快な頭痛を感じた。

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うわーっ……アムロさん……何でこんなに怒っているんだろう…?
立ち上がって窓の外を見やる。彼の乗るリムジンカーのヘッドライトは当然未だ見えないが…
恐ろしい程の不機嫌さのプレッシャーがビンビンに伝わってくる方向を見つめ、考える。
-----大尉か?…それともギュネイか?…どっちがヘマしたんだよ…

 

「お帰りなさいませ、アムロ様」
「…ただいま…ミセス・フォーン」
メイド達に一応笑顔は作って向けてくれるものの…珍しく不機嫌さを漂わせているその様子は、彼女達を少し不安にさせた。当然その様子に直ぐに気付き…「あ、まずいっ」とアムロは心を落ち着かせようと努力する。
「あ…えっとね…お花をたくさん貰ったので…お願いできるかな?」
自分の後に付いてきたギュネイの持ってきた鉢植えや花籠を指差すと、それらの見事さに彼女達もやっと笑顔を見せた。車内と邸を何度か往復した後に、最後にギュネイが持ってきたのは
「…あの…少佐…コレはどうしますか?」
やや大きめのウサギのぬいぐるみだった…。
…先程の「事件」の場所であった玩具屋で、迷惑料代わりかアムロが手に持っていたモノをそのまま買い求めたのだ。店の主人は総帥夫人にプレゼントします、とこれまた興奮気味であったのだが、断固として代金を支払ってきたアムロである。
「…………」
無言のままにそれをギュネイから受け取り、軽く溜息を付いた時に…
「お帰りなさい、アムロさん…お邪魔してますよ。一応往診に来ましたー。今日一日どうでした?やはり疲れましたか?」
カミーユが爽やかな笑顔で現れた。
途端にウサギのぬいぐるみを抱えたまま、アムロは彼に走り寄る。
「カミーユーーっっっ!!…聞いてくれよーっっ!信じられない事がね……!!」
アムロが自分を頼りにしてくれるなどっっ…カミーユがこの上もない至福を感じた瞬間である…。

 

 

「……と…いうワケだったんだよ……」
アムロは今日一日の出来事の顛末を一気に捲し立てた。
無言でずっとそれを聞いていたカミーユは…大きく溜息を付く。
「…ほんとーにマジ気付いて無かったんですか…?そっちの方が信じられませんね…」
「ええっっ?!…な、何でそうなっちゃうワケ?!」
カミーユの意外な応対にアムロは本気で驚きの声を上げる。
「結婚した時から色々と言われているじゃないですか……そうなんだろう?ギュネイ」
カミーユは冷たい視線を傍らに座る黒髪の青年に向けた。彼はその筋肉質な身体をギクッと奮わせる。
「一部のマスコミが変な騒ぎ方しているだけだよっっ!俺達軍人側はそんな噂してないってっっ!!……
……多分……
おそらく……」
語尾が小さい音声になって行くのは…彼も今日一日の事件を思い出したからだろう。
「俺は…アムロさんのその天然ぶりが時々とっても心配になるんですが」
「て、天然って何さ?…その…俺は最初から…出来るだけその手の記事は…読まない様にしているからさ…」
そっと目を伏せるアムロは、何故か先程からウサギのぬいぐるみをずっと抱えて座っている。いったいソレは何?と気になるカミーユではあったが、そのまま話を続けた。
「…まあ気持ちも解りますけどね……それに大尉…いえ、総帥がアムロさんの目に触れさせたく無いんでしょうし」
もし悪意を感じる記事があるのなら尚更であろう。選別も色々と難しいのであるならば、最初から見せないに越したことはない。
「あ…それだけど……あのさ……この…ヘンな噂は…当然シャアも知っている…んだよね?」
「そりゃあ…全部の情報網を押さえているヒトですからね」
あっさりと言い放つカミーユにアムロは厳しい視線を向けた。
「…俺には全然何も言わないんだけどっ?!…もしかして面白がっているとかじゃないのかっ?!」
-----ああ…それで余計に機嫌が悪いのか…アムロさん…
-----いや…大尉に矛先を転換しただけかな?

「…面白がっているかどうかは……俺も解りませんが…」
アムロは再び俯き、ギュッとウサギのぬいぐるみを抱き締めた。そんな彼の様子を見て、カミーユとギュネイは奇しくも同じ考えで共鳴してしまう。
29歳になる男がぬいぐるみ抱えて「可愛い」が様になっているなんて…恐ろしいっっ!!…と。
ぬいぐるみの頭に顎を乗せた体勢でアムロはポツリと呟く。
「何で……シャアは…俺に何も言わないんだ…ろう…?」

----うわーっっっ?!少佐が泣きそうだぞっっっオイっ!!
----泣かんわいっっ!!…でも…色々とヤバイかも…だがっっ…
----何とかしてくれよーっっ!先生ーーっっ!!

ギュネイの必至のお願いが頭の中にガンガン伝わってきた。何でこんな時だけ随分と強力な意思を伝えてくるんだっっ…と少し呆れるカミーユである。そんなにお願いされたって俺に何か出来るものかよーっっ!…と叫びたくもなったが。

「ねえ……アムロさん…」
出来る限り気を遣う…患者に接するような声色でカミーユは言葉をかけた。
その言葉に合わせて、ゆっくりとアムロが顔を上げてきたので素直に安堵する。
「アムロさんは……こんな噂をしたり、噂を信じている人達には…腹は立たないんですか?」
え?とアムロは意外な表情をした。
「…それ……考えても……無かった…」
ああやっぱりね、とカミーユは思う。元々アムロにもそういう意識は無いのだ。
何故ならば…その人々の思いには全くの「悪意」を感じないから…なので。
だが…いくら「悪意」を感じないからとはいえ、アムロは「優し過ぎる」とカミーユは思う。
その「優しさ」とは、此処の住民からの感情を無条件に受け入れるその「寛容さ」だ。もちろん彼は昔から「優しい人」ではあったのだが…此処に来てカミーユが一番強く感じる様な「母性」の様な温かさではなかった。その温かさは、伴侶となったあの男がアムロに求めているものなのだと考えていたのだが…どうやら彼だけの責任ではないらしい。
アムロを「総帥夫人」として完全に受け入れた…スウィートウォーターのスペースノイド達。彼らの強い感情は「願望」と変化し、アムロに「総帥夫人」としての「期待」をする。それは無意識に彼らの「母親」としての「理想」の役目をアムロに向けるのだろう。
そんな強い「願望」と「期待」の感情を、その身に無意識に全て受け入れて…そしてそれに応え、己から放たれる感情さえも変化させるとは。それはアムロのニュータイプ能力の高さ故なのかもしれない。
-----ああでも…それって…とても怖い事だな……
日々常にそんな強い感情を自分に向けられている…それを考えるだけでもゾッとするというのに!「受け入れている」のだ…アムロはそれを「全て」。
そして彼らの「願望」が己に果たせない、どうにもならないという事を…知ってるが故のストレスなのか?
----どうしてアムロさんがそんな事で悩まなくちゃいけないんだよ……

「アムロさんは…本当に優し過ぎるんですね…」
「…そんな事は…無いよ…」
「優し過ぎますよっっ少佐はっっ!…俺は無責任に変な事を言ってる莫迦共にホント腹立ちますっ!!」
ギュネイが吐き捨てる様に言い放つ。
「軍人としても…人としても、そんな言い方はしては駄目だよ?ギュネイ」
アムロに優しいが厳しい声色で諭される彼は、まるで母親に叱られてバツが悪そうにしている子供の様だった。そんな様子にカミーユは「こいつホントに…」と色々な意味で呆れる。
「まあ…無責任と言えば無責任…ですけど…仕方ないと言えば仕方ないし」
「何で仕方ない…なんだよ?」
素直に疑問を口にする、まだ不満気なギュネイにカミーユは再び冷たい視線を送る。
「解らないのか?ほーんとガキだよなあ…お前」
「ガキ…って?!…いっつも子供子供言うよなーっっっ!とっくに20歳越えたわいっっ!」
「…はいはい…仲良いのは解っているからさ、此処で喧嘩は止めてね」
「「俺達は仲良くなんかありませんーっっ!!」」
…ホント綺麗にユニゾンしたなあ、とアムロは素直に感心した。

「あのな…『結婚』したらな…次は『子供』って…普通はそういう考えに大多数が行くんだよ」
「こっっ……子供って……言ったってっっ…少佐は男でしょーがっっ!!」
「…此処の住民は…時々その大切な事実を忘れるらしいな…」
「なんでっっ?!ホントそれは失礼だろーがーっっっ!!」
「…なんで…ってソレは…」
心の中で『子供出来てもおかしくない感じするからなあ』…と考えながら、2人は同時に目の前のアムロを見つめる。……案の定…引きつった笑顔をしていた。
「…何?カミーユ……何が言いたいのかなー?」
「い…いいえっっ!…で、でも…やっぱり仕方ない…かもですよ…」
「…だからっっ!何が言いたい…?」
うーむ、やっぱり怒るのか…と思いつつ、素直に意見を述べる事にしたカミーユである。
「…だってアムロさんが…皆がそう考えるの…許しちゃってるじゃないですか…」
「えっっ!?…そ、それは……」
一瞬怯むアムロに、ああ何でそんなに皆に優しいんだよこのヒトは…と妙に腹が立ってきた。
「そう思われるのがイヤなら…断固そんな『期待』拒否してくださいよっっ!…アムロさんなら出来るハズですっっ!!」
「…はぁ?!…な、なにソレ…?」
カミーユの言ってる意味が、全て無意識に「受け入れている」アムロには理解出来なかった。
そんな彼の様子にますます苛立ってしまうカミーユである。
「アムロさんは…皆が『総帥夫人に子供出来たらいーな』って『期待』をそのまま受け入れちゃってるんですよっっ!だからそのジレンマで身体壊しちゃったりするんですよっっ?!」
「ええーっっっ?!!そうだったのかよっ?!」
叫んだのはギュネイだが。
「…アムロさんが…そこまで考えてやるコトは無いんです!!何故そんなに…自己犠牲愛を出しまくるんですかっ?!…此処の住民の為にそこまで悩んであげる必要なんて無いんですよぉーーっっ!!」
…久し振りに爆発した感情。傍らのギュネイも少し驚いて自分を見ているのが解る。
そしてアムロは…やはりそんな自分をじっと見つめている様子だ。アムロさんはもっと怒るんだろうか…?でも構うものか!俺はどうせアムロさんの事だけしか元より考えてないんだっ!

「…カミーユ……」
「……謝りませんよ…俺…」
実現不可能な事でアムロを悩ませる此処の住民なんて、今すぐにでも嫌いになれるのだから。
「…俺も…先生に賛成です!よくは解らんけど…でもとにかく少佐が気にする必要ないし!」
ギュネイも賛同と力強く頷いている。
そんな2人の様子を交互にしみじみと見つめて…アムロは柔らかな笑顔を見せた。
「…2人が…俺の心配をしてくれるのには…ありがとう、と言っておくよ」
「アムロさん…」
「アムロ少佐……」
その笑顔は2人の「仮想息子」を心から安堵させた。
「…うん…感謝…しなくちゃね…カミーユ」
「…?アムロさん…?」
「俺…色々と気付いちゃったから…さ」
え…?と、ふと考える。アムロの照れた様な笑顔が…カミーユをある考えの方向にどんどん誘導して行くのだった…。
「まっ…ま…さか……アムロさん……」
徐々に青ざめていくカミーユの表情を見て、今度はいったい何だよ?と訝しむギュネイである。
「あっっ…アムロさんっっっ!!!」
「?何…?」
見ればカミーユが向けてくる視線はとても真剣…いやどちらかというと「必至」という感じか。
「…は、はっきり言って…あまり聞きたくないんですけど……でも!…どーしても聞かなくちゃいけない気がして…!ああっっ…聞いたらとてもヤバイ気がするのにっっ…!」
「…どっちなんだよ…良く解らねーじゃん」
余計な口を挟むギュネイの向こう脛に蹴りを入れてから、カミーユはアムロに問う。
「…アムロさん……」
「どうぞ」
嘘の答えはしない…という態度か?

「も、もしかして…アムロさんは…」

 

「……大尉の…子供が……欲しい…んですか?」

 

 

「…………-----------!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
声にならない悲鳴を上げたのは向こう脛が痛いからではあるまい…。
風景が真っ白になる…ってこの事ですかっっ?!…とギュネイは心の中で叫んだ。死ぬ程痛いハズの脛が全く感じなくなる程に…時間が止まったのかっ?…この部屋?!

 

「………………うん……多分……そうみたいだね……」

 

長い沈黙を破ったその声と…
「……でも俺がそれを言っては…ダメなんだよね………」
その透明な綺麗な笑顔と………

そして2人は…アムロの本当の『願い』を知ってしまったのだ……。

 

突然。
頭の中にカミーユの断末魔のような悲鳴が響いた。…痛い…もの凄く頭が痛いっっ!
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嘘だっっ!嘘だと言ってくださいっっ!!アムロさあぁぁぁーーーんっっっ!!

はっきり言ってコレで自分はショックを受け損ねた…傍らの真っ白な灰になりかけているカミーユを見て、どうしたら良いものかとギュネイがオロオロとし始めた時だった。

「…やれやれ…もの凄い慟哭だな…私の中にも響いてきたぞ」

良く耳慣れたその声の主は、リビングルームのドアの所にいつの間にか佇んでいた。
「えっ?!シャア…!あ…ごめんっっ出迎えなくて…!」
慌てて立ち上がるアムロ…と、その声のせいか、いきなりカミーユが我が色を取り戻す。そして当然の様に、それは強く凄まじい刺すような視線をシャアに向けた。
それを彼は正面から受けて薄く笑う。
「私のせいだとでも言いたいのかね?」
「………この世の諸悪は…全て貴方のせいじゃないかとさえ思えてきましたよ……」
ゴゴゴゴゴ…と既に見慣れてしまった暗黒のプレッシャーの応酬…。ああ…もう本当にいーかげんにしてくれないかこの2人っっ!常にとばっちりを喰らうのは何故か俺っ…と哀しい気分になるギュネイ青年であった……。

 

 

 

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小一時間ほど後…。
カミーユをギュネイに無理矢理に送らせて2人を帰し…総帥夫妻はいつもの専用ルームで向き合っていた。
アムロの隣には何故か大きめのウサギのぬいぐるみ。その横にある…毛糸の…苺模様?のアレは何だろう?
「…アムロ…それは何かね?」
目を細めてシャアはアムロに問う。
「あ…コレ?…このぬいぐるみは今日ね…訳あって買った。こっちのは…ヨシコさん?だっけ?ノリちゃん…?…忘れちゃったけど、とある妙齢の女の方からいただきました」
「??……そうか…」
「…身体を冷やしちゃダメだって…さ」
「……………そうか……」

暫くの沈黙が続く。お茶も冷めかけているが、2人とも手を付けようとはしなかった。
「…あのね…シャア……」
やっと沈黙を破ったアムロの声にシャアは心からホッとする。
「何だ?アムロ…」
だが彼の表情は…少し目を伏せていて、やはり不安そうなのだ。
…そっと小さく呟くように発した言葉は……
「……俺の事……軽蔑……する?」
「なっ…?!」
アムロの意外な問い掛けに、シャアは思わず立ち上がり…そのままアムロの側に来て彼に跪くような体勢を取った。
「何を訳の解らぬ事を言っている?何故私が…君を?」
アムロの自身の膝に置いているその手に、そっと己の手を重ねた。
「……貴方……全部…聞いてた……んだよね?」
「………ああ……」
「だったら……」
その潤んだ琥珀色の瞳にはやはり哀しみが漂っている。…ずっと暫くは見ていないその色がシャアをとても不安にさせた。
「だから…何の事を言っている?…私は…とても嬉しかったのに」
「…え…?」
アムロの顔を見上げるシャアの表情はとても優しい笑顔であり…アムロの大好きなそれだった。
「君は…私の子供が欲しい…と言ってくれた」
「だからっ!…それ……凄く……おかしい事…だろう?」
「どうしてだ?」
「…だって…だって俺は男なんだよっっ?!男…なのに…そう思うのって…変だよ!絶対におかしいだろう?!」
何度も頭を振って否定の態度を見せるアムロの頬に、シャアはそっと優しく手を添える。
「おかしくなどないさ…」
微かに流れる涙をそっと指で拭う。
「私を愛しているなら当然だ」
アムロが思わず目を見張ってしまう台詞であった。
「…………凄い自信だね……」
ああやっと笑顔になってくれた…とシャアはホッと胸を撫で下ろす。
「私には君に愛されている自信があるからな」
「何…それ?」
アムロは微かに笑うと、シャアの首に腕を廻してきつくしがみついてきた。
「……もう……二度と言わないから……こんな我が侭……」
「アムロ……」
アムロを抱き締め返しながら、そのまま身体を起こして、ソファの上でアムロを膝に乗せる。彼の顔をじっと見詰めてから、優しい接吻をその柔らかい唇にそっと落とした。
「確かに…我々の間には子供は望めないが…」
「…うん……」
再び優しいキス。
「それでも…アムロがそう思っていてくれるのが何よりも私の幸せだ…ありがとう」
「……うん……俺も…幸せ…だよ…」
喩えどんなに望んでも叶わぬ夢でも……そう願える程に彼を愛したのだから。
「私も…君との子供が欲しいよ……」
「うん…うん…ありがとう……シャア……もう充分だから…」
そのまま強く抱き合って互いの優しさを温かさを感じ合う。

 

気付いてしまった、どうする事も出来ない「願い」なのだけど…

そんな「奇跡」は起こるはずもない…馬鹿げた「願い」なのだけど…

願わなくとも………貴方の側に居られるのならば……

 

そんな証が無くとも……貴方の側にずっと居られるのなら……

 

 

 

END

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………HAPPY  BIRTHDAY……CHAR…   (2008/11/17)