潤んだクチビル

 

 

巨大な人工居住空間であるスペースコロニーでは「天候」が全てに於いて管理されている。思い通りの季節や気温、湿度の設定が出来て、当然自然災害の不安や心配も一切無い、優れた環境を望むままに管理する事が出来るのだ。
しかし、そんな恵まれた環境に住んでいても、全く人類というモノは我が儘であるらしく、管理された天候の元では生活感が無い、などと必ず言い出すわけで。
特に四季のはっきりした地域から移民してきた者には多い。
「宇宙に居ても、お天気の話題から始まるその会話が、人間らしい生活を維持するのだ」とかいう極論もある。「今日は冷えますな」とか「帰りのにわか雨が心配…傘を持ってきた?」…などの他人との会話が円滑なコミュニケーションの第一歩だ!…という事らしい。
そしてそんな状況下でも優秀な人類は、その管理を「曖昧」にする事によって、地球の環境により近い「満足」を得ることが出来たのである。「常夏」などを売りにしている観光コロニー以外の普通のコロニーは、大抵に於いてそんなシステムを導入している。…もちろん重要な行事がある場合にわざと雨を降らせたりする事はしないが。

まあ…そんな理由で、時々は気象管理部門が、妙に寒かったり温かかったり、風を少し感じたり…の日々をコロニーに於いても「演出」しているわけである。
時には大雪…などの過剰サービスで度が過ぎると苦情が殺到する事もあるらしいが。

…そんな「天候」とは関係無い話ではないかと思うのだが…「天候」のせいにしたい、という希望を持っているらしい、そんな彼のお話…である。

 

「最近さ…湿度足りなくない?」
「…そうですか?俺はあまり感じません…けど」
そう応えながらギュネイは、エレカの室内外の気温と湿度を確認してみた。
「21.5℃で52%……ううん〜適度な湿度だと思いますが?」
「…そうか…」
後部座席のアムロの明らかに溜息を吐いた様子は、当然気になってしまう。
「少佐…何か気に掛かる事でもありましたか?」
「あ…うん…大した事じゃないんだけれど…」
アムロは何気なく自分の顎に掌を添えた。
「肌が乾燥している気がする…いや肌っていうかさ…唇なんだけど…」
「…唇…ですか?」
「うん…何かパリパリして痛いんだよなあ…今までこんな事はあまり無かったんだけど」
今度は眉間に皺を寄せてそっと唇に指を当てている。
「薬用のリップクリームとか塗った方が良いかも…お持ちでは?」
「俺、そーゆーの使った事は無いんだよな…シャアも持ってない…と思う」
「はあ…総帥も…」
そう言いかけて、ギュネイはハッと気が付いた事がある。
「少佐……それ湿度不足じゃなくて…」
「?なに?」
「あっ…ああっ!いえっっ!何でもありませんーっっ!!」
焦る様子に見える部下に、アムロは疑問符視線を送る。
思わず途中まで出てしまった言葉に、ギュネイは不覚にも真っ赤になってしまった…。
続きを言ってしまったら、セクハラだろーか?上官侮辱罪だろーか?
言えるわけがないぜ……
それは『総帥不足』では?…なんてっっ!!

そう…アムロの夫であるシャア総帥閣下が、3日前からこのスウィート・ウォーターを留守にしていたのである…

 

その日、MS隊本部では准小隊長以上の者…20名程を集めて定例会議を行っていた。
本日の進行役はレズン中尉が務め、様々な連絡事項や各小隊からの報告を…など会議はスムーズに進行していった。総隊長のアムロは常に正面席に座る。ギュネイは一応副官相当扱いである為、更にその隣に…が定位置であった。
そこからいつもの様に何気なく、向かい側に座る他の隊員達を見つめている…
…と、ふとある違和感の様なモノを感じた。
…??…何だ?
NT能力が関係しているのか…何か妙なカンジがするぞ…いったい何だ?
そして全員の視線がある場所に集中して注がれている、という事に気が付いた。勿論会議中であり、正面のスクリーン画面にはあるデータが次々と映し出されていたのだが…
…??……?!
違う!…皆が見つめているのは……!!
視線は全てアムロ少佐に集中していた。
思わず慌てて隣の彼を見ると……乾いた唇が気になるのか…
ペロリと舌を出して、己の唇を舐めている。
…ゆっくりとクルリと上唇から下唇までを……
なんて…官能的な動き…ああ何だか色々と想像させるんじゃっ…

その妙な色っぽさに流石のギュネイも背筋がゾクゾクっっとしてしまう。
アムロは暫くすると、再び同じ動作を繰り返す。
彼の席は正面スクリーンをやや後ろにする為、手元のモニター画面で同じデータを俯き加減にじっと見つめているのだ…時々唇を舐めながら。
…やっヤバイっっ!とにかくヤバイ気がするっっ!!
注がれている視線はヤケに熱い…特定の感情が交じっている。おそらく誰も視線を外せなくなっているのだ…そのあまりの艶やかな仕草に。
アムロの無意識な行動で、偶然見る事が出来た我らが「総帥夫人」のその舌…そして…その動きだ……

----ああ…アムロ少佐のあのっ…あの唇があっ……
----少佐の舌がっっ…あの動きっっ…
----あれで…つまり…総帥閣下のっっ…
----あの舌で…もし…俺の……

ヤバイなんてもんじゃないだろーがあぁぁっっっっ!!!!!!!

ガターンッッ…と派手な音を立ててギュネイは立ち上がった。
それで室内の空気が一気に変わる。皆、ハッと正気に戻ったようだ。
「どうした?…ギュネイ中尉」
アムロが訝しんで隣で立ち尽くすギュネイを見上げる。
「あっ…あのっっ…すっすみませんっっ!我慢出来ないのでっっ…そのっトイレにっっ!!」
「……お前な…いい社会人が会議中に…」
アムロの言い分は最もだ。我ながら苦しい言い訳だと思う。しかし。
「あっ…すみませんっ!俺も!」
「少佐っっ!…誠にすみませんが、私もちょっと…」
次々と数人が手を上げながら立ち上がる。
----お前らがトイレ…ってそりゃ激ヤバだろーがあぁぁ!!!!
…そう怒鳴りたくなるのを必死で堪えるギュネイなのである……

 

「はい、少佐…コレはヒアルロン酸とコラーゲンとロイヤルゼリーと純オリーブオイル配合でしっとりします…私のお薦めですよ♪ネオマツキヨでも一番人気らしいですし」
アムロはレズン中尉から小さな包みを受け取る。彼女に頼んでリップクリームを買ってきてもらったのだ。
「うん、ありがとうレズン中尉…何でかな?…唇が荒れまくっててさーっ…もう割れちゃって痛くてっっ」
ううーーっ…と自分の唇にそっと触れているアムロを見て、レズンはちょっと小首を傾げた。
「珍しいですねぇ…アムロ少佐の唇っていつも綺麗だなってアタシは思ってましたけど……!…ああっそっか☆」
いきなり納得した様にレズンは自分の左掌を右拳でポンっ☆と叩いた。
「総帥閣下が居らっしゃらないからーっ余計に荒れているって事ですかね?成る程成る程♪」
「…は?な、何で?レズン中尉…あの…」
その言葉にアムロは心底解らない、という表情を見せて…少し後ろに控えて立っていたギュネイは『言うなーっ!』と焦った。
「だって少佐…3日間も旦那様とキスされてないんでしょ?確か毎日朝晩…
一日
最低でも20回はしてらっしゃるって聞いているしーっ…うん、それじゃ潤い不足になりますねえっ…うんうん♪納得♪」
身体が硬直したアムロの瞳は更に大きく見開き…ギュネイは「しっ失礼だぞっっ!レズン中尉っっ!」と頬を染めて注意した。
「…な…っ…なんで…そんなっっ…」
アムロはふるふるっ…と身体を震わせて…真っ赤になって叫んだ。
「そっ…そんな事ないっっ!!…20回以下の時もあるぞっっっ!……え、えっと…
18回だけの日とかっっ…あったんだからなっ!!」

「…………アムロ少佐……」
完全に論点間違えてますっっ…と頭痛を感じているギュネイと、「あらヤダ☆やっぱり噂はホントだったのね♪」うふふ♪と喜ぶレズンと…対照的な二人をアムロはただ交互に見つめて
「…な、何か変??」
とちょっぴり焦り、そう呟くのだった。

 

各コロニー間の会合行事を終えて、本拠地スウィート・ウォーターに帰還したネオ・ジオン総帥シャア・アズナブルは、真っ直ぐに自宅である総帥公邸へと帰っていく。一秒一刻も早く愛しい妻に会いたい一心で。
「お帰りなさい…シャア」
多くの使用人達が出迎えるその中心で、いつもと変わりなく温かく優しい笑顔と共に自分を迎えてくれる…シャアはアムロのその姿に何よりも幸せと安らぎを感じる。変わらずに居てくれる事…それがどんなに自分を安心させる事か!
「ただいまアムロ…留守中は大変だったかな?」
「ご心配なく…何事も無い平和な日々だったよ?」
シャアはごく自然にアムロの細腰を抱き寄せる…4日ぶりのその感触に顔が必要以上にニヤけてしまいそうだ。
「そうか…では後は寝室で聞こう」
そう言いながら唇を重ねる……と、いつもと違う感触にシャアの片眉が微かに上がった。
「…シャア?」
ほんの僅かな反応であったのに、流石にアムロは気が付いた様だ。
「何でもないよ…奥様」
そしてもう一度唇を重ねて、久し振りのキスを堪能する事にする…。

「唇に何を塗っている?」
リビングルームで二人きりになると、シャアはいきなり問い詰めてきた。
「…やっぱり解っちゃったか」
お茶を入れようとした手を止めてアムロは、シャアの手招きに応じて…そのままソファーに座る彼の膝の上にそっと乗った。
「私はアムロの素の唇が好きなのだからな…」
不機嫌にも見えるその表情を、アムロは彼の首に手を回して困ったように覗き込んだ。
「だって…凄く荒れちゃってさ…痛いくらいだし……シャアにも悪いかと思って…」
「それもまた一興だろう」
アムロの唇をそっと指で優しくなぞっていくシャアである。アムロは呆れた表情を見せた。
「訳解らない事言うなよっもう…俺が辛いんだから、嫌でも我慢してよ」
「…それならば仕方ないが…」
シャアは優しくアムロに口付けた。挨拶のキスの時よりは長く…唇を重ねてそのままゆっくりとずらして戻して…を繰り返す。アムロは大人しくそのキスを受けていた。
「…痛むのか?」
「ん…今は平気……キスは全然辛くない」
そう言ってアムロは自らチュッと音を立てて軽くキスをした。
「そうか…ならば安心した。4日ぶりに会えた君と口付けが交わせない事は地獄の責め苦にも等しいからな」
再びのキス。
「ん……俺…だって…」
角度を変えて再び…今度は深く、と差し入れられたシャアの舌をアムロは受け入れる。互いに抱き合う腕にも力が入り…シャアの背中に回されたアムロの拳は彼の官能に合わせて、時々ギュッとシャアのシャツを握り締める。暫くしてやっと離れた…アムロの唇から溢れる銀糸をシャアは満足そうに指で拭い取った。
「もう…アムロ自身の味しかしないな…」
「……ばか…」
やや朱が走ったアムロの頬を優しく撫でて、すっかり濡れた唇にもう一度食い付く。
「君の唇に…潤いならいくらでも私が与えてやろう…」
更に激しくなってゆくシャアのキスを受けながら、アムロは昼間のレズン中尉の言葉の意味をやっと理解した。恥ずかしい事だったんだ、と考えたが…徐々に身体中を巡り出す淫熱に…それももうどうでも良くなってしまう。
「…ぁ……ん…シャ…ア……」
熱く絡み合う唇と舌に合わせて、シャアの掌もアムロの身体中を不埒に淫猥に彷徨った。
「…私はもっと潤いたいよ……奥様は?」
明らかに情欲に満ちた言葉を耳元で囁かれて…アムロも震える身体でただ頷くしかなかった。
シャアは軽々とアムロを抱き上げて寝室へと向かって行く。
「…シャア……キスは……4日分…?」
腕の中で小さく恥ずかしそうに呟くアムロに、シャアは満面の笑みで応えた。
「勿論…それでも足りないくらいだがね」
そして、その愛しい存在に再び熱いキスを贈り、より濃厚な夫婦の夜を彼は約束したのである。

 

THE END

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…ええ……ベッタベタでいいんですよね…この夫婦はあっ!!
(2010/3/27UP)