あと30秒
「万年新婚夫婦」とか「永久的蜜月夫妻」など…何年経ってもそう喩えられるネオ・ジオン総帥夫妻にも、もちろん「本当の新婚時代」があった。
傍目では、ずーっと変わらない様に見えたその時期も、様々な歓喜や不安やら期待やらが入り混じっており…今考えてみれば当の本人達にとって、かなり感慨深い時代、となるのであるが……
結婚式を挙げて、その2日後に某リゾートコロニーへと4日間の新婚旅行に出かけた二人である。まあそこでも色々とあったのだが、無事に彼等のスウィートホームへと帰って来られた。
それから更に一週間…既に休暇を終えて、それぞれの仕事に復帰している。周囲からすれば今までと全く何も変わりない様にしか見えないのであるが…それはそれぞれの職場での話。
総帥公邸は二人の愛の巣である。プライベートで過ごせるこの公邸内では、それはそれは甘い甘い新婚夫婦としての日々を過ごしているのだ。
勿論結婚する半年程前から二人は、一緒に同じ場所で同じ様な生活をし続けているのだが…それでもやはり正式な「夫婦」となった後では、何かが違う様である。
それは公邸の使用人達も一様に感じているようで……
「明らかにお見送りのキスの時間が長くなられた…と思うわっ」
「あらっっお出迎えのキスも…ですわっっっ」
「今まで以上にいつも…お二人でピッタリとくっついていらっしゃるし…」
「どちらにしても…二人とも本当にとてもとてもお幸せそうよねえ……」
「ええ…側にいる私達が恥ずかしくなるくらい…でも私達も同じように幸せよねっ」
「絶対に此処は…今、宇宙で一番甘くて幸せな場所なのですわっっ」
かのメイド達の話題はずーっとコレであった。仕える主人達の幸せを己のものと同じ様に感じられる…それが彼女達の一番の幸せなのである。
そんな宇宙で一番甘い甘いこの邸にちょっとした暗雲がっっ……?!
…とはベッタベタなお約束っっなのだっっ!!
「え?…そんなに急に、なのか?」
結婚式から数えて15日目……アムロは帰宅するなり「明日から3日間程留守にする」という夫の言葉に…素直にそう言葉が出てしまった。
「ああ…旧公国絡みで少々厄介事が生じてね…私自身がサイド3と月にも向かわねば解決出来そうもないのだ」
「……そうか…うん……解った…気をつけて…ね」
「アムロ…」
明らかに沈んだ様子の妻の身体を、シャアはそっと抱き寄せた。
「私もこんな時期に君と3日も離れなくてはならないのは…とても辛いよ」
覗き込んでくる彼の顔を見上げて、アムロは一応気丈な表情を見せる。
「お…俺は別に…辛くなんてないよっ……ただ…」
「ただ?」
「…そ…の…一人だと…時間を持て余す…かなあ…って思って…」
その言葉にシャアは満面の笑みを見せた。
「それを寂しい、と言うのだよ?アムロ…」
「だっだから寂しくなんてっっ…んっ…ん……」
抗議しようとした言葉は唇を塞がれた事によって飲み込まれる。一頻り妻の甘くふっくらとした唇をじっくりと堪能してから、シャアはそっと離れアムロのぼうっと上気した表情を覗き込んだ。
「…今夜は…3日分の前払いが必要だな…」
「なっ…なに恥ずかしい事言ってるんだかっ…」
もう一度唇を重ねられて…そんなアムロも、やがてシャアの首にそっと腕を絡めて………
翌朝。
朝食を終えた二人は、夫妻専用の居間で時間を過ごしていた。
アムロはまだ私服であったが、シャアは既に軍服に着替えており…上着はソファの背もたれにそっと掛けてある。
自分の胸にゆったりともたれ掛かっている、妻の赤い癖毛に指を優しく絡めながら、ネオ・ジオン総帥閣下はただ己の至福を感じていた。
ふとノックの音が響く。
シャアの許可を受けて、厚い木製の扉が静かに開かれた。
「失礼いたします…旦那様。そろそろ出発のお時間となります」
恭しく頭を下げる執事のその言葉にシャアは軽く頷いた。公邸内の全てを取り仕切っている老練の執事は、その冷静さと無表情には定評があり、表情を変える事は滅多にない。
喩え己の主人の膝に乗せられているその妻が、しっかりと夫の胸に縋り付いていて…少々服装が乱れていても、である。
執事が下がった後、シャアは膝の上のアムロに殊更優しく言い聞かせる様に囁く。
「アムロ…名残惜しいが…時間の様だ」
その言葉を聞いて、アムロは何故か更に顔を胸にと押し付けてきた。
「…アムロ?」
その赤毛がフワフワと左右に揺れて…とてもとても小さな呟きが溢れる。
「………離れたく…ない……」
ドッキューーッッッンっっ!!!
…と確実に心臓を撃ち抜かれてしまった総帥閣下は、明らかに体温が1.25度は上昇した事だろう。
「私も…だよ…アムロ……だが解ってくれ」
更に優しく頭や背中を撫でて言い聞かせる様に告げると…再び赤毛がイヤイヤという様に振られる。
…そのあまりの仕草にシャアは本気で鼻血が出そうになった……
アムロの…過去に置いて決して見た事は無いと言える…この甘えた態度に、血液も一気に某所に集中する様な気がするっ(コラコラ)
…ああ…本気でたまらないぞーっっっっ!!アムロっっっ!!
そのまま愛しい愛しい妻のその身体をギュッと強く抱き締めた。
暫く抱き合っていると、アムロがやっと顔を上げてくる。
「……シャア…」
と呟き自分を見上げてくる、うるうる瞳の上目遣いと唇の艶やかさに…
シャア・アズナブルは己の強固なる理性を、それはそれは素直に手放す事にした……
コンコンコン……
と再びノックの音。
そして内部の応えを待たずに扉は開かれた。
「失礼いたします…旦那様、お車が既にかなりの時間で待機しておりますが…」
前回と全く変わらずの口調と表情で、老執事は主人に告げるのである。
喩え…先程はきっちり着込んでいたハズの主人の服装が乱れて、奥方の方は更に乱れまくっててあられもない姿で夫に抱き付いており…乱れた息を必死で整えようとしていても…だ。
「ああ、すまない。今直ぐに行こう…アムロ…大丈夫か?」
「う、うん…ごめんね……貴方のシャツ…着替えた方がいいね」
穏やかで優しく大変な良妻、と公邸内外でも評判の総帥夫人がゆっくりと身体を離したのを見届けて…取り敢えず執事マクレインは扉を静かにそっと閉じた。新しいシャツに着替えたシャアに、アムロは緋色の軍服の上着を手渡す。
「いってらっしゃい…会談の成功を祈っているよ…」
「ああ…君の為にも…」
着込んだ上着を整えて総帥閣下の顔となった夫をアムロは眩しい視線で見つめる。
「貴方なら大丈夫だよ…信じているから」
「君がそう言ってくれるなら…この世の全てが意のままになりそうだ」
再び互いを見つめ合い…自然に口付けを交わした。
「出来る限り…早く帰れるよう努力しよう」
「…うん…待ってるから……」
再び切なくたまらない表情を見せたアムロに、シャアは先程より幾分激しい口付けを送った……
バタンッッッ!!!!
…と今回はノックも無しに扉は再び開かれる。
「……旦那様っっ…これ以上は皆待てませんよっっ!タイムリミットでございますっっ」
思わず振り返る抱き合っている総帥夫妻は、あれから散々キスを交わし続けていたのだが。
初めて見たであろうの、老執事の怒りの表情にアムロ総帥夫人は流石に焦るのである。
「ごっごめんなさいっっマクレインさんっ!…俺が引き留めちゃって…そのっっ…」
「いいえ…アムロ様には非はございませんよ…理性で押さえられないキャスバル様がお悪いのですからっっ」
何でそーなる、と思いつつも奥方に最後のキスを贈ろうとシャアは、自分から離れようとするアムロの身体を再び強く抱き締めた。
「マクレイン…後30秒だ…」
「駄目です!30秒が30分になる可能性大ですのでっっ…さあ早くアムロ様をお離しなさいませっっ!」
その言葉にも、すっかり頭が冷静になったアムロがシャアを必死で小突いて…やっと移動する事になるのであるが……
玄関先でリムジンエレカに乗り込む前のいってらっしゃいの30秒キスが、少なくとも5分以上キスになった事は言うまでもないのである……
※※※※※※※※※※
「明日からフォン・ブラウン?…うん、解った」
「……他には?」
「グラナダには行く予定はない?個人的にちょっと観てきて欲しいのがあったりするけど」
「…いや…そうでなくてな」
まさか君は『総帥』に「お使い」をさせるつもりか、とも言えなくて。
「??…何?」
本気で何が言いたい?という表情の傍らの妻を見つめて、シャアは軽い溜息を付いた。
「…新婚の頃は寂しがってとても可愛らしかったのに…」
え?という顔を一瞬見せて、直ぐにアムロは頬を染めた。
「そっ…そんな恥ずかしい頃の事を思い出すなっっ!あ…あの頃は俺も色々とテンパってて不安定だったからさっっ…その…何というかっっ…」
「解っているよ」
苦笑じみた表情を浮かべて、シャアはアムロの身体を引き寄せて膝へと乗せた。
「君の愛を疑っているわけではない」
その言葉にアムロは満足げな笑顔を見せて、シャアの額に軽くキスを落とした。そのまま首に両腕を掛けて、夫の顔を覗き込む仕草をする。
「疑われては困るよ…今だって本当は不安でたまらないんだから」
「ほう?…では…どうして今はそんなに冷静で居られる?」
再びアムロは綺麗で明るい笑顔を見せた。
「貴方が…絶対に帰ってくる、って解っているから…だよ」
そしてチュッと音を立てて、夫へと軽いキスをする。
「ずっとずっと…待ってた……あの頃に比べたら…もう全然マシだろ?」
「アムロ…」
その細い身体を強く抱き締めて…深い口付けを交わす。
「勿論、どんな事があっても必ず帰ってくるとも…」
「うん…俺の処に絶対に…帰ってきてね…シャア」
キスは更に濃厚なものへと変わり…二人はそのまま互いを激しく求め合っていった。落ち着かなかった新婚時代と、落ち着いている今の状態と…
その微妙な違いは、結局は本人達だけが良く解っていればそれで良いのである☆☆
THE END
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…そんな二人の熱い新婚時代…でございましたっっ☆ (2010/1/16UP)