ベランダで
幸薄い家庭で育ったせい(?)か、協調性の無い子供だ、と良く言われていた。
大勢で騒いだり、集団行動したりするのはどちらかというと…いやはっきり言って嫌いだ。
まあ…それでも差し障りの無い程度に、少しは周囲に合わせて付き合えるくらいの技量は身に付けてはいたが。
それでもパーティーの類は大嫌いだった。
昔…父親に連れて行かれた軍関係のパーティーでは酷い目にあった。その会場に渦巻く人々の欲望や私欲や下心…といった負の感情があまりにも強過ぎて、本気で頭痛と吐き気を覚えたのである。幼少時からの鋭い感受性…NT能力が並でない証かもしれないが、そんなモノばかり普通の人間よりモロに食らってしまうのなら…はっきり言ってありがた迷惑な能力である。故にそんな感情が集まるパーティーがますます嫌いになった。
成長した今…少しはコントロールが出来る様になったとはいえ……
相変わらずこういう場所はロクでもない感情ばかりが漂う。
----資本家と政治家とか…本当にロクな大人が居ないよ…ったく…
どうせ誰も気にしないだろうと、彼……
カミーユ・ビダンは盛大な溜息を付いた。
此処はとある資本家の豪勢な別荘である。何でも此処の主人はエゥーゴの出資者の一人でもあるらしく……先日のあの…ダカールでの議会乗っ取り作戦に、そこで行われた素晴らしい演説に大変感動した!とか何とかで、この自分の別荘で開かれるパーティーに、今をときめく?エゥーゴ代表…クワトロ・バジーナ氏を招待してきたのだ。かなり強引に。
もちろん彼一人を行かせるわけには行かず…護衛も兼ねた数人が同行する事になったのではあるが、こういう時って連れに女性を選ぶんじゃないのか?という周囲の思惑をそのエゥーゴ代表は全く無視して、万が一の事を考えて危険に晒すわけには云々……とか男ばかりの面々を連れて、である。
…まあ…大尉はアムロさんだけ居ればいーんだろーけどさっっ!
真っ先にアムロ大尉の手を取るところをカミーユは見てしまったので。
2人がどういう大人の関係かは…ちゃんと知っている。決定的な現場を見てしまったり、妙な感じ方をしてしまったり…だったので。
アムロには「…軽蔑するかい?」と言われた。
「軽蔑なんてしません。ただアムロさんは男の趣味が悪いと本気で思いますっ」
とだけ言ってやった。
その途端…アムロが妙にウケて「うんっ俺もそう思うよ…」とやたら笑っていた光景が、今でも鮮明に思い出せる…。
本当はもっともっと言いたい事はあるのだけど…自分の立場でこれ以上言えないのは子供心にも理解はしている。誰だってあの2人の間に入る事なんて出来やしない…のだから。
パーティーの中心はもちろんクワトロ大尉…
本当に目立つ男だ。招待した出資者は此処で全員分のタキシードを用意してくれたのだが…そんな既成の平凡な礼服でさえ見事に着こなしている背格好もさる事ながら…雰囲気も何もかも、だ。出資者の希望で今はサングラスを外して、全世界に生中継させたあの素顔を晒しているのだが、その嫌味なくらいの美丈夫ぶりはカミーユだって認めている。
周囲のご婦人方が彼に向ける明かなピンク色のオーラを、少し離れて壁に背を預けて観察している自分にもイヤになるくらい感じられてウンザリした。
ふと…何かを感じて…アムロに視線を向ける。
アムロの周囲にも人だかりが出来ており「まあっ貴方があのアムロ・レイ?!」などという声が上がっている。カミーユは眉を顰める。
アムロはさり気なく受け応えをしている様だが…かなり顔色が悪い様子に彼には思えるのだ。考えるより先に足が出て、アムロへと足早に向かっていった。
「アムロさんっ…ちょっとこっちへっっ」
彼の腕を取って無理矢理その人垣の中から連れ出す。
「…カ、カミーユ…??」
やや乱暴気味に腕を引かれて、アムロは戸惑う態度を見せた。
「顔色…悪いですよっっ…ちょっと外の空気にあたりましょうっっ」
会場の大きな窓をくぐってベランダ…というよりかなり広いバルコニーの様なものだ…へと出る。
樹木や花が美しく植えてある花壇や一休み出来るベンチもあった。少し踏み出せば会場の喧噪も遠くとなり結構落ち着ける様だ。
「…大丈夫ですか…?」
アムロをベンチに座らせて心配そうにカミーユは問い掛けた。
「…うん…まあ何とかこれだけ離れれば……カミーユ、良く解ったね」
「俺も嫌いなんです…こういう処の…周囲の感情に触れるの…」
やはりアムロも同じだったのだ…と少しだけ嬉しくなる。
「まあ…俺はちょっとアルコールも入ってたからかもだけど…やっぱり苦手だよな、こーゆー心がザワザワする場所…」
アムロが柔らかな笑顔を向けてきて…ふいにドキリとした。
「あ…アムロさん、アルコール…苦手なんですか?」
「苦手…じゃないと思うんだけど…そんなに得意じゃない」
「へ…え…そーなんですか……」
アムロの弱点を知ってしまった?…という悪戯心に似た興奮が少年から青年へと変わりつつある彼の心をざわめかせた。
「ああ…風が気持ち良いね…それに…カミーユ、ほら見てごらん」
アムロが指差すのは満点の星空。
「宇宙で見るのとはまるで違うだろう?地球から見る星って…さ」
「そうですね……凄いです」
空気が綺麗な場所なのだろう…藍色の夜空に宝石を鏤めた様に輝く星々をとても美しいものだ…とカミーユも思った。そう言えばホンコンシティではネオンと街の灯りのせいで…星なんて全然見えなかったよなあ…と思い出す。
アムロはベンチに座って夜空を見上げている。側に立っていたカミーユは…ふと「トナリニスワリタイナ」…と考えた。
するとアムロがベンチをポンポンと叩き
「疲れた?カミーユも座るといいよ」
…と笑顔で言ってきた……通じてしまった??!!
少し焦る気持ちと共に素直にその言葉に従ってアムロの隣に腰掛ける。
アムロの横顔がすぐ側に…その夜空を見上げる視線が憧憬の様な…あるいは郷愁の様な何とも言えない感情を感じられて、カミーユはずっと言いたかった言葉を口にする。
「…アムロさんは…本当に宇宙に上がらないんですか?」
年下のパイロットの素直な言葉に…一呼吸置いてからアムロは応えた。
「……地上でサポートする役も大事だと思うし…それに今の宇宙には俺の居場所は無いよ…」
「そんな事ないですっっ!…アムロさんが居てくれたら本当に俺っ…とても頼もしいし凄く嬉しいしっ…今以上に頑張れると思いますっっ!」
必死といった感じで訴えてくるカミーユにアムロは優しい笑顔を見せた。
「カミーユは…優しいね」
「そっそんなんじゃありませんっっ!…たっただ…アムロさんとずっと…戦えたらって……それに…クワトロ大尉だって…思ってると…」
語尾が小さくなってしまうのは個人的感情で仕方がない事だ。
「……クワトロ大尉はそう考えてはないよ…」
「なっ何でですか?!だってアムロさんと大尉はっっ…そっその…」
思わず必要上に頬の熱さを感じた。そんな焦るカミーユの純情さをアムロは好ましく思う。
「…だから…だよ……解ってくれるんだ…あの人は優しいから」
一瞬惚気かよっ?と思ったのだが…アムロの表情があまりにも切なそうであったので、カミーユはその言葉の意味が気になった。
「優しいから…俺の我が儘を聞いてくれる…そういう人なんだ」
理解し合っている恋人同士の発言…とも聞こえるのに、アムロの表情は…逆にとても寂しそうに見える…何故なのだろう?
カミーユはその寂しげな顔をじっと見つめて……ハッとする。この流れ込んできた感情は…!
「…アムロさん……アムロさんは…本当は……」
何?という顔でアムロはカミーユを見つめた。
アムロさんは気付かないのか?
…俺は解ってしまった…多分…感応したのだ。彼の意思と。
アムロが疲れているのか、微かに酔っているからなのかは…解らないが、今の彼の思惟はとても無防備になっている。そうとしか言いようがない。
もし自分がもっと大人だったら…言ってはいけない言葉…と理解出来たかもしれない。でも自分はまだ子供で…いや子供の立場に甘えて、だ。
「アムロさん……本当はクワトロ大尉の側に…居たいんだ」
禁句だろうの言葉をポツリと漏らしてしまう。
そう理解した…だって今、はっきりと感じたから。
アムロは驚きにその大きめな瞳を見開いて…濃い琥珀色が揺らいでいるのが解った。
「……そんな……事……無いよ」
絞り出す様な小さな言葉…
「嘘ですよっっ!だってアムロさん…今…はっきりと…!!」
「カミーユっっ!!」
アムロの苦しげな訴えにハッとする……ああ俺は…俺は何という事をっっ!!
「ごっ…ごめんなさいっっっ!すみませんでしたっっっ!アムロさんっっ!!」
アムロの心の中を覗き見してしまったのと同じだ…しかもそれを口に出すなんてっ…夢中だったとはいえアムロさんが絶対に知られたくない想いを……ああっ俺って俺ってーっっっ!!
……本当になんて子供なんだよ…なんてっっ!
「…いいんだよ…無意識だったんだろうからね…俺の方こそすまなかったね…意識してなかったよ…カミーユの能力の事」
微かに笑うその顔はやっぱり儚げで…。
「……どちらにしても無理なんだ……思っていても…逆に居てはいけないのだと俺は考える」
何でそんな風に笑えるのだろう?と素直に思い胸が切なくなった。
「そして…あの人の方もそれはもう望んでないから…」
本当にそうだろうか?自分から見たらクワトロ大尉はアムロさんにとても側に居て欲しい様に見えるんだけど…無理強いは出来ないって事なのか?
あの大尉なら…強引にでも連れて行くっっ…とかに見えるんだけどなあ…
でも確かにアムロも一緒に宇宙に…とは聞いてない。
確かにそんな雰囲気がまるで見当たらない。
何故?…何で…好き合っているのに……
一緒に居る事を互いに拒むのだろう?それがダメだと考えるのだろう?
納得出来ない気がして…カミーユは暫く色々と考え込む。
…結局「大人の関係って解らん」…という結論で締めようとした時だった。
肩にコツンと当たる気配……
え??
アムロさん……?
えーっっ?!寝ているのかっっ?!!こんないきなりっ??!!
自分の肩に頭を預けてスーッスーッという規則正しい寝息…本当に寝ているようだ。アルコールの所為か…余程疲れているのか…。
こうしてアムロに触れていると…優しく綺麗な彼の意識に触れる事が出来る。カミーユはそっと瞳を閉じた。
……温かいな…アムロさんの……優しい意思……白くて柔らかく輝いていて…本当に綺麗なんだ……
アムロのこの意識に触れていると心が落ち着く。アムロは本当に不思議な人だ…とカミーユは思う。本人に余裕が無かったり落ち着いていない様に見える時でも…内にあるこの綺麗で優しい光を決して失わない…意思が本当に強くて気高い人。カミーユはそんなイメージをアムロに持っていた。
この優しい光にずっと包まれていたら…どんなに気持ちが良いだろうか…?
ああ…アムロさんは…優し過ぎるから……だから……大尉も……?
ふと瞳を開くと…アムロの顔がすぐ側にある。長い睫毛が綺麗に影を作り…そして暗がりでもアムロの唇は不思議と艶めいて見えた。
心臓がドクンっっと大きく脈打つ。微かに開いた…ふっくらとした綺麗な唇に…ザワザワと身体の中で何かが騒ぎ出す。
------キス……したい……
実に素直に感じた欲望だった。
あんな切ない顔を見てしまったら…余計にそうなるっ…と自分を納得させた。
…アムロさんにキスしたい…この綺麗な寝顔に凄くキスしたいっっ……
体温が一気に上昇する。震える手でアムロの頭をそっと静かに肩から離して頬に手を添える。それでもアムロは目覚める気配が無かった。
…キス…して良いんですか…?…アムロさん…アムロさんっっ…
全身が震えてくる…もう止める事は出来ない。キスするという行為にこんなに緊張するなんて…おそらく初めてだ。
震える自分の唇が…そっと彼の唇に微かに触れる。
触れるか触れないかの…小さな口付け…
ゾクリ…ともの凄い快感が沸き上がってきた。その感覚にカミーユは驚愕する。
何故こんなに俺は興奮しているのだろう?何故こんなにも…彼に…俺は…俺は……?
切なさにも似た耐えきれない感情に支配されて、カミーユはもう一度…とアムロの顔に唇を寄せた。
パシンッッ……!
殺意にも良く似た強いプレッシャーが襲ってきた。
…予想していなかったワケではないのだが。いやほぼ予想通りなのだが。
内心舌打ちをして、アムロの頬から手を離しそっとベンチに寄り掛からせて…ゆっくりと背後のプレッシャーに振り向く。
そこには全く予想と違わぬ…その自身の駆る黄金のMSと同じオーラを持つ男が居た。
「その辺りで止めておけ…お前には刺激が強過ぎる」
その表情は暗がりで解らないが、さも可笑しげにクスクスと忍び笑う声がカミーユの神経を逆撫でするのだった。
「…どういう意味ですか…大尉なら良いとでも言うんですかっ?」
「そうだ」
あっさりと即答しながらその優雅な長身を近付けてくる。
「お前にアムロの相手は無理だ…諦めて『普通』の人間を選ぶのだな」
「……嫌な言い方しますねっっ」
「アムロを抱くならそれ相当の覚悟が要る、という事だ」
「だっっ…?!だっ…抱くなんてっそっそんな事まで考えたワケじゃないですーっっ!!」
焦りまくるカミーユの様子を横目にクワトロは口元を吊り上げた。
「欲情したのだろう?…気持ちは解らないわけではないが…アムロは今のお前に扱える代物ではない。諦めろ」
その言い方がヤケに癇に障る。
「…なんて言い方ですか…アムロさんを…まるでMSみたいに…」
「似たようなものだろう…今のアムロはな」
淡々とした言い方で返す上官に無性に腹が立った。
----何でも…解っている言い方してっ!…そのクセ解ろうともしないんじゃないのかっ?!アムロさんの本当の想いでさえ…アンタはっ…!
そんな不遜なプレッシャーを放つ彼を…わざと無視をしているのだろうか?気が付かない様子でクワトロはアムロの頬を優しくそっと叩いている。
「…アムロ…大丈夫か?少し酔ったかね?」
「…ん……」
クワトロは微かに反応したアムロの両脇の下に手を添えて、その身体をまるで子供を起こすようにと引っ張り上げた。
「…んん……シャ…ア……」
今は彼にだけ許されているその呼び方で甘える様に声を上げて、アムロはその逞しい首に両腕を巻き付かせる。そしてクワトロに顔を近付けて…キスを強請った。当然の様にそれを受けて熱い抱擁を交わし合う2人…本当にごく自然に愛し合う…とはこういう事なのか?。
幾度も角度を変えて互いの唇を貪るように…湿った水音が何度もカミーユの耳に響き…身体中のザワザワが強くなっていく。
……長い…長すぎだろーがあっっっっ!!!
後10秒多くくっついていたら本気で鉄拳をエロ上官に繰り出すところであった…。
唇が離れた後…アムロはクタリと身体をクワトロに投げ出してきて…何だかまた眠っている様な気がする……眠っているよっっ!何で?!
そんな腕の中のアムロを…それは愛しげに見つめているクワトロである。
カミーユには理解できない不思議な関係……愛し合っているのに…
どう見ても互いを誰よりも信頼し合っているのだろうに…!!
「アムロがこんな調子だ…さて我々は帰るか…カミーユ」
「……そーですね……明日は宇宙に上がる予定ですものねっっ!」
明らかに鼻の下が伸びているとしか見えないエロ上官の顔を睨み付けてから、カミーユは思いっきり踵を返した。
-----本当に解らないよっっ!…あなた達はっっっ!!
嫌になるくらい感じる疎外感を…今は無視する。
そうでないと泣いてしまいそうだから……。
「……………何…それ?自慢か…?」
「俺の純真な少年時代のトラウマを語っただけだ…パーティー会場でこーゆーベランダやバルコニーに居ると思い出すんだよな、うん」
「…どーこが純真な…だよっ…しっかり少佐に発情しているエロ小僧じゃないかっっ!…今はエロ医師だけどなっ!」
「…年上の尊敬するお兄様にそーんな失礼な口を利く馬鹿の口はこれかーっ??」
「だっ誰がお兄さ……ってぇぇーっっっ!!ぎゃうわあ!!引っ張るなあぁぁーってっっ!!…本気でイテェよっっ!!」
その時フワリとした優しいモノが近付く気配…もちろん直ぐに反応する2人。
「…そんなトコロで何をじゃれ合っているの?お楽しみのトコロ悪いけど…ライル中佐のご家族が到着したから…出て来てくれる?」
その優しい笑顔はあの時より当然…ずっとずっと幸せそうで。
「おお、愛しの婚約者が来られたか…ちゃーんとお相手してやらなきゃな〜ギュネイ君♪」
「…人を勝手に3歳児と婚約させるなよ……」
懐かれている3歳児の容赦ない遊びのお強請りを思い出したせいか…ギュネイは溜息を付いて、会場となっている総帥公邸の広間へと戻っていく。その後に続こうと歩き出したカミーユの袖をアムロがツイッと引っ張った。
「…?何か?アムロさん…」
「カミーユ…何だか元気無い?…ゴメン…こういう席…苦手だったよね」
自分を気遣うずっと変わらぬ優しさに…やはり嬉しくなる。
「大丈夫ですよ、ごく内輪の静かなパーティーじゃないですか…アムロさんが平気なら俺も平気です」
「…うん……ありがとうカミーユ」
ホッとしたその表情にやはりザワザワとたまらなくなって…。
これくらいは許されるだろう…今なら、とカミーユは少し顔を下げて…アムロの頬に軽くキスをした。
もうこれは家族の挨拶みたいなものなのだから…ね!
やっぱり…と背中にギンギンに感じる元エロ上官の視線はちょっぴり痛いけれども…今は許してくれるようである。
少し驚きながらも笑顔を見せてくれるアムロには…もうあの時みたいな憂いは何も無い。
アムロの「中」にでさえも。
「アムロさんの幸せ…俺はいつだって願ってますから…」
カミーユは心の奥に本当の想いをしっかり隠して…心からの言葉と笑顔をアムロに向けた。
THE END
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…奥様、寝てるネタばかりだな(汗っ)…
自分の中で萌えあがるブームに素直に従った話でございました…(2009/9/30 UP)