もう一回する?

 

 

優しい指が髪に絡まる感触……
繰り返されるその動作から伝わる自分への愛しさの感情と、彼の人の気配を感じ取って…アムロはゆっくりと瞳を開いた。
「…ああ…起こしてしまったな…すまない」
とびきりの優しい笑顔が近付き、そっと自分の額にキスを落としてくる。
「…ん……」
そのまま頬へそして唇へ…と幾度も愛しげに触れるキスをほとんど覚醒していない思考で…ただされるがままに、それを受け入れている。
「では行ってくるよ…愛している」
最後に少し長めに唇へと触れて…その気配が離れていく。
夢心地のままでアムロは安心したように再び目を閉じた……。

 

突然訪れるはっきりとした覚醒に、勢いよく飛び起きた。
その勢いのまま、ベッドサイドボードに置かれている小さなアンティーク調の時計を見つめて現在の時刻を確かめる。
…お世辞にも「おはよう」とは言えない時間だ。
上半身がヘナヘナと崩れる様な動作でアムロは上掛けへと突っ伏してしまう。
「……またやってしまった……」
はぁ…と小さく溜息。もの凄く落ち込んでいる。
実はアムロは……このネオ・ジオンに、この総帥公邸に来てから…
恐ろしいほど良く眠れている。
元々眠りがとても浅い方である体質は、軍人となってからは更に輪をかけて眠れない身体となっていった。戦時下に置いては常に戦闘モードを保ち待機していなければならないので、そうなるのも当然なのだが、戦争が終わってからもずっと何年もロクに眠れた試しがなかった。
再び宇宙へと上がり…シャアを探し求めていた時代はそれが更に…である。
…そしてやっと巡り会えたその半身の手を取り、同じ道を歩むと決めてから……それが変わりつつあった。
此処、ネオ・ジオンの住人となってから、いったい何年分の寝不足を解消しているのかっ…というくらい…熟睡出来ているのだ。
もう何も悩む事も迷う必要も無く、そしてシャアの側に居るという安心感が一番の原因なのだろうが…シャアが自ら選んだという寝室のベッドはそれはそれはとても寝心地が良いし、何よりも寝る前にシャアと行う適度なエクササイズ(?)が更に心地良い眠りへと誘導してくれている。
故に…朝起きるのがとても遅くなってしまった。
ネオ・ジオン総帥であるシャアは、きっちり毎朝同時刻に総帥府へと登庁している。
…その時間に起きていたという記憶がアムロにはほとんど無いのだ。
律儀な婚約者は登庁前に、必ず寝室で眠る愛しい存在に「行ってくるよ」のキスをしに来る。
ちゃんと起きてそれを受けて…自分もキスを返して「行ってらっしゃい」と言いたい…
言いたい気持ちはもの凄くあるのにっっ!……出来た試しがない。

自分はもの凄く不誠実な婚約者じゃないだろーか…?
シャアの優しさに甘え過ぎじゃないだろーか…?

落ち込むのは当然である。
それに何よりも…自分はもうすぐネオ・ジオン軍MS部隊総隊長の任に着く事になっている。
毎朝こんな調子ではその務めもきちんと果たせるかどうか思いっきり不安なのだ。

ノロノロとベッドから起き出して、着替えと身支度をすませて階下に降りると、もうその時間に彼が起きてくるのが当たり前となっている公邸の使用人達が優しく迎えてくれる。
そして本当に遅いブランチを取るのがアムロの日課だった。
アムロの好みの割合に調整されている温かいカフェオレを飲みながら…猛省する気持ちが否めない。
…どう考えても…これではいけない。マジでマズいっっ!
こんなだらしない生活態度を改めねばっ!
そんな自分を見守ってくれる使用人達の優しい視線が逆に辛いのだ…。

 

午後からは、MS隊総隊長職に必要という事で提供されたネオ・ジオン軍に関する膨大な情報や機密事項を自室で確認し、データ整理を行うのが今の日課だった。これはアムロにとって大変楽しい作業なのである。
実はそれ以外にも「総帥夫人」として必要な資料も「勉強しておいてくださいね」と戦術士官の美しい笑顔と共に山の様にどんっと渡されているのだが…それは後回しになっていたりする。
軍部のデータには興味津々なのだが、ジオンの歴史と思想、政治システム等に関するお勉強は苦手というか興味ないというか…もちろんそのまま逃げるつもりは無いのだけれども。
データを色々とチェックしている時に、生活態度がダメだと思った連動か、こっちもちゃんと勉強しないとダメだよな…とふと思い立ち、そちらの画面展開も行ってみた。

……1時間後…規則正しい寝息と共にキーボードに突っ伏している次期総帥夫人を、お茶を持ってきた女中頭が見つける事になるのだが。

この上、昼寝までしちゃうなんて本当に駄目過ぎる…と更に落ち込む原因となった。

 

本当にこのままではイカンっっ…と決心し、アムロはシャアにある事をお願いした。
「私が起きた時に君も起こせと…?」
「…うん…自分で起きられなくて申し訳ないけど…頼んでも良い?」
「それは構わないが…無理をする事は無いぞ?今のアムロにはまだ休息が必要だろうからな」
優しく自分を覗き込むその笑顔が反って辛い。
「…あのさ…シャアはいつもそう言うけど……貴方の方が余程休息が必要なんじゃないの?…凄く働き過ぎに見える…」
心から心配そうなアムロのその表情に満足し、シャアは軽い水音と共にキスをした。
「君とこうして居るだけで私の一日の疲れは全て消えてしまうのだよ…だから心配するな」
「…まーたそんな事言うから……逆に不安なんじゃないかっ」
再び笑顔を見せて、シャアは今度はアムロの鎖骨辺りにキスを落とす。そのまま唇を下へとずらし…温かく敏感なその胸を舌で刺激してやると、アムロは小さな喘ぎ声を上げて身体を震わせた。シャアは下半身をグイッと更に密着させてくる。
「…疲れている様に思えるかな?」
「……………………ばか……」
シーツの衣擦れの音とアムロの熱く甘い声が響き、再び寝室を濃密な空気へと変えていった。

 

翌朝。
シャアはお願いされた通りに、いつもは逆に起こさない様に…と気を遣っていたアムロの身体を優しく揺さぶった。
「おはよう…アムロ……大丈夫かね?」
「…う…ん……おはようシャア……」
動作は緩慢ではあるが、意外にもアムロはきちんと起きてきてシャアと目覚めのキスを交わす。着替えも身支度も一緒にちゃんとこなした。
突然2人揃ってモーニングルームに現れた事に使用人達は驚愕し、慌ててアムロの分も、と用意をし始める。カフェオレが注がれた自分のお気に入りのカップを受け取り、アムロはちゃんと「ありがとう」と笑顔を見せて給仕役を緊張させた。ちなみに普段のアムロのプランチの世話は全てメイド達が行っているせいもあり、この朝の時間帯に彼を見るのは初めて…という使用人達がほとんどなのであった。アムロに向けられる好奇の視線が若干気にならないわけではないシャアであるが…。
「アムロ様……パンはどちらを?卵はどうされますか?」
「…うん……」
カップを持ったままアムロは何事か考えている様に押し黙ってしまった。
そんな様子を見てシャアは優しく声を掛ける。
「普段なら君の身体はまだ目覚めていない時間だ…無理して付き合う事は無いぞ?」
「…………」
まだ考えているのか返事が無い。
「アムロ…?」
シャアは目の前に座るアムロをじっと見つめて……やはりな、という顔をした。
アムロは目を閉じて…カップを持ったまま……
明らかに眠っていた。
すぐ側に立ちアムロの返事を待っていた給仕役もそれに気が付いたらしく、驚いた表情を見せている。と、その途端、彼の右手の指からカフェオレの入ったカップが滑り落ちそうになり…
「「「ああーーーっっ!!」」」
皆が思わず叫ぶ中、驚くべき素晴らしいタイミングで彼はそれをしっかりと受け止めて、白いテーブルクロスに少しだけ茶色い染みを作っただけの被害に押し留める事が出来た。
ホッとする使用人達の雰囲気が流れる中…
それでもアムロはしっかり眠っているようで…かくんっと少しだけ項垂れた様子を見せた。
「…あの…旦那様……」
使用人達の困り果てた様子にシャアもさすがに苦笑せざるを得ない。
「大丈夫だ…私が連れて行こう」
シャアは立ち上がりアムロに歩み寄ると、椅子をずらしてその身体をそっと抱き上げる。
それでも彼は全く起きる気配がない。
その寝顔にそっとキスをして、腕の中の心地良い重みを堪能しながらシャアはそのままアムロを主寝室へと運んでいった。

そしてお昼頃にいつもと同じように目覚めたアムロの落ち込みは…
やはり相当激しかったらしい。

 

「もうさっっ…ひっぱたいても良いから起こしてよっ!」
「私にそんな事が出来るわけがないだろう?」
とにかく何とかしてっ!…と必死な婚約者の様子に困ってしまうシャアである。
「…だって…このままじゃっ!ちゃんと仕事も出来ないじゃないかっっ!」
「それならば…君の出庁予定の時間に合わせて起きる練習をしたらどうかね?あと1時間以上は寝ていられるハズだが…」
「えっ?!…そ、そうだけど……で…でもそれじゃ……」
「?…何か不都合があるのか?」
シャアの顔から視線を逸らしてアムロは俯き…ポツリと呟く。
「……シャア…に…いってらっしゃい…が言えないじゃないか……」
途端に思いっきり強く、
ぎゅうううぅぅっっと抱き締められた。
「何と可愛らしい事を言ってくれるのかっっ!私の婚約者はっ!」
シャアは素直に婚約時代の甘い時間…というものに心から感謝した。
「君のその気持ちが本当に嬉しいよ…アムロ…愛している」
「……う…ん……」
頬を染めてアムロからもシャアの背中に腕を廻し、きゅっと抱き付いて小さく呟いた。
「……俺も…………愛している…から…」
未だ言い慣れない様子の彼の態度が本当に愛しすぎる。更に強く抱き締めて傾れ込む様にベッドに倒れ込んでしまうのも…婚約時代故の余裕の無さであろうか?
…最もこの夫婦は結婚してからも、ずっと甘いオーラを周囲に撒き散らかすし、愛の言葉も一年中囁き合って、ついベッドに連れ込んだり傾れ込むのも
ずうーーーーっと!…変わらないのだが……。

 

 

その翌朝は…
言いつけられている通りにシャアはアムロを起こした。
「アムロ…おはよう…お目覚めかな?」
「ん……うん……」
未だ完全に睡魔に負けている状態のアムロは、シャアから幾度もキスを受けて、少しずつ目は覚めてきているのだが……それでもまだ完全に覚醒する事が出来ていない。ぼんやりとした頭でシャアを見つめていると、彼が唇を重ねてきた。何気なくそれを受ける……
「…ん……ん………?………んんっっ……??!!」
いきなり舌を侵入され、激しく口内を掻き回される様にされて…
突然目が覚めた。
「んっっ…!…ん…く…っっ……」
息継ぎも上手く出来ない程に激しく舌を絡められて引き摺られる様な口吻を受けている。とても朝からするようなキスではない。舌の痺れが全身に廻って…ズクリ…とした甘い痺れに変わっていく…そんなキスだ。
やっと唇を離され…舌も唇も痺れて閉じられない唇から唾液が溢れるが、直ぐに拭う事も出来ない程に…全身が震えていた。粗い息遣いで呼吸を整えるのがやっとだ。濡れた赤い唇と覗く舌と…何とも扇情的なアムロの表情をシャアは愛しげに見つめている。
「……っ…な…っ…なん……で……」
朝からこんなっっという言葉は紡げなかったが、シャアには通じているはずだ。アムロの濡れた唇を親指でそっと優しくなぞりながら…
「目が覚めただろう?」
とそれはそれは…のとても優しい笑顔で答えてくる。

------た…確かに覚めた…けどっっ!覚めたけどなあーっっっっっ!!

アムロからは答えられずに、ただ真っ赤な顔で俯いていると
「覚めないのか?……ではもう一度するかね?」
と再び唇を押し付けられた。

 

今朝も揃ってモーニングルームに現れた2人だが、使用人達の目には明らかに昨日とは違って見えた。…特にアムロが妙に色っぽい様子に見えたとか何とかで…主人の明かな格別の機嫌の良さとも連動しているのだろうが…気が付かないフリをするのが彼等の仕事である。

 

シャアが気に入ってしまい、暫くはこの方法で起こされてしまうアムロであった。
確かにバッチリ目は覚めるのだが…アムロも嫌ではないのだが……
そのまま甘い雰囲気に流されてしまって、ベッドから出られない状態になってしまって…
執事がシャアを呼びに来てしまう事が増えてしまった…のが、困った欠点ではあるのだが。

だがおかげさまで…アムロの望み通りに「行ってらっしゃい」の総帥夫人のお見送りが
その後も恒例の朝の行事と定着した事は…公邸で働く全ての人々を喜ばせ、皆を幸せにしたのであった。

 

 

THE END

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婚約時代だろうが新婚時代だろうがそれ以外の時代だろうが…
いつの時代もデロデロに甘い幸せな二人…なのですよ……ふっっっ(2009/9/21UP)