Sweet Sweet Honey
何かがヘンだ……
何なんだ?このカンジ……普段とは微妙に違う感情を向けられて…見つめられている…
敏感にそれを感じてアムロは戸惑っていた。
今日はすれ違う人々…それも女性達…の視線がどうも普段と違う…気がするのだ。
いつもの様に何事もなく出庁したMS隊本部。
いつもの様にすれ違う誰もが、自分に敬礼したり会釈をしたりするのだけれど。
このMS本部は部署が部署だけに、他の機関と比べて女性士官の比率が少ない。
そんな少ない彼女達から受ける何かが……違うのだ。
それは本当に些細な変化と言えるので、アムロ程の感応力の持ち主でなければ気付かないものであろう。
…絶対にヘンだ……でも何がヘンなのかが解らない…
モヤモヤする気持ちで、MS隊後方支援部となる部署へと足を進めた。
入室した途端に、此処の事務官達(ほぼ女性)の視線が、一斉にアムロへと向けられる。
今朝から感じているあの微妙な思惟を…確実に含んだ視線だ。
「あ…おっ…おはようございますっっ!アムロ少佐っっ」
全員が何故かアムロをじっと見つめて…そして慌てて視線を逸らすという動作をした。
そのあからさまにも見える仕草に、流石に片眉を微妙に上げてしまう。
「…おはよう……イザベラ伍長、昨日頼んだ弾薬系補給リストは出来ているかい?」
「あっ…はいっっ出来ておりますっっ!出力もしてありますので…どうぞっっ!」
彼女のデスクの側に立ち、「ありがとう」と短く応えてリストを受け取る。
それを素早く確認していると…ふと熱い視線に気付いた。
イザベラ伍長…のみならずその隣の席の事務官や更にその周囲の者達までが…自分の顔をじーっっと見つめているのだ。「?」と視線を送ると、彼女達はまた視線を逸らす。心なしか皆、少し顔が赤いようなのだが…。
…?俺の顔が…何かヘンなのか??
ますますモヤモヤが膨れ上がってくる…。「…何だか今日はヘンな気分だ…」
「えっっ?!…具合が悪いのでありますか?少佐っっ」
傍らに佇むギュネイが本気で心配そうに声を掛けてくる。
「いや…俺の体調じゃなくてさ…周囲がさ…ギュネイは何も感じない?」
「??……いいえ…全く……すみません」
感じないのは自分の能力の低さか、と思わず謝ってしまうギュネイ中尉だった。
「そう…だったら俺の思い過ごしかもな……あ、今から総帥府本部に行くから付いてきてくれる?」
「もちろんお供します!!」
MS隊本部から徒歩で10分程の距離を、ギュネイは全身全霊を持って敬愛する上官の護衛をしてゆくのであった。
総帥府本部に到着すると……
今まで以上にあの感情が自分に向けられてきたのを感じた。
そうだ…此処は事務官も女性も多い。
決して悪い感情ではない…だがとても心がザワザワと…くすぐったいような…変な感覚に曝される。
…何なんだよーっっっ?!コレっっっ!
モヤモヤがザワザワに変化した気持ちで…階上へと進んでいく。エレベーターの中での上司からは明らかな不機嫌さを感じられて…ギュネイは少々心配になってきた。「わざわざ此方へと出向いていただいて…本当に痛み入れます、アムロ少佐」
演習計画のある部分の調整の為に、アムロはこの総帥府本部内にあるナナイ大尉の専用オフィスへとやってきたのだ。上官であるアムロの方から此処へと来てくれた事にナナイは深く敬意を表した。
「いや大丈夫だよ…気にしないでくれ、ナナイ大尉…」
「…?…少佐…ご気分でも?」
しまった、とアムロは瞬時に思った。目の前のナナイにさえ解る程に、自分は嫌な表情をしていたのか…
「あ…すまない…ちょっと気になる事があったから…ゴメン」
即座に謝るアムロの様子に小首を傾げて…ふっと思いついた様に訊ねてみる。
「あ…もしかして誰かから、あの事をからかわれましたの?ふふふ…」
悪戯っぽく微笑する美人士官を、アムロは驚きを持って見つめ返す。
「あの…事?」
「あら?違いました?」
「えっと…いやその…今朝からね…ちょっと変な感情を女性士官達から向けられてて…気になって」
素直に単純な心配事を口に乗せる…ナナイとはそんな相談も出来る間柄になっていた。
ドアの前に控えていたギュネイはそのアムロの言葉を耳にして『ええっ!俺は全然気付かなかった!』と焦る。
「ああ…成る程」とナナイは更に艶やかな笑顔になる。そして彼女の机の上にある…あるモノを指差した。
「原因は…多分、コレですわ」
そのままそれを手に取ってアムロへと手渡す。
「??…なに…コレ?」
それはアムロ自身には全く縁のないモノ…もちろんギュネイにも…な、一冊の女性向のファッション雑誌であった。訝しげにその表紙を見て…少しだけ驚く。
「……シャア…総帥が…表紙なのか?」
思わずええっ?!…と見つめてしまう。見慣れた緋色の軍服姿であるのに、こんな雑誌の表紙を飾っていると、まるで違う人物に見えてしまうのだった。一般大衆向けの穏やかな表情をしているのだが…彼が普通の男性モデルにも全く引けを取らない容姿を持っているのは周知の事実。思わず「…凄い格好良くないか?」と素直に思ってしまったその「妻」である。
マジマジと見つめている様子に、少し可笑しくなりながらナナイはアムロの疑問に先を読んで答えた。
「この手の女性誌の取材を初めて受けられたのですよ…結構長いインタビュー記事が載っております」
「へ…え…」
パラパラと捲ってみると、確かに中にはシャア・アズナブル、ネオ・ジオン総帥閣下の特集記事……しかも何というか…女性誌らしい構成……写真を中心にしたそれはまるで普通の俳優か何かの特集の様だ。
「…何だか…恥ずかしくないか?コレ…」
素直に口にした疑問にナナイは首を振って否定を表す。
「この雑誌は月都市に拠点を置く、かなり有名な雑誌ですの。大量に氾濫する女性誌の中もトップクラスの発行部数を誇ります。今は連邦との交渉もかなり平穏な状態…故に頃合いと見ました。これを機会に世の中の半分を占める女性からの支持の更なる向上を狙いますわ…その戦略の第1弾です」
「ふ…ふうん…」
心なしか「戦術士官」ナナイ大尉の瞳が大変輝きを増している様に見えて…いや、気のせいではない様子。
「総帥閣下の場合はビジュアル的に全面に押し出さない手はございませんものねっっ…そして喜んでくださいなっっアムロ少佐っっ!『愛妻家』という評判が様々な年代の女性にも大変ウケておりまして…もう閣下の人気は少佐と共にますます鰻登りっっ!この雑誌はどこのコロニーでも即日完売だそーですわよっ…ますます支持率上昇っっ!ガンガン取材も入ってきますし…女性スペースノイドの心が一つに向かって…ああっ素晴らしい事ですわっっ」
…そのウットリとした視線は…自分の戦術が見事に成功した事に興奮してなのだろうか…?
そんなナナイ大尉の様子に少々たじろぎながら
「そ…それは良かったね…でも…それが何で今朝のヘンな視線と関係するんだい?」
と聞いてみる。ナナイはくるりとアムロに振り向き直し…再び悪戯っぽくニッコリと笑った。
「そのインタビュー記事…16頁をご覧くださいな」
??と思いながら…該当の頁を捲ってみる。其処には自分達の結婚式の写真と…それから多分式典か何かでの軍服姿で並んでいる二人の写真があった。思わず顔が赤らみ…そして目に飛び込んできた記事がある。
-----奥様とは…日に何回のキスをなさいますか?
「それは…お互いに愛している数だけのキスを交わすよ」
-----それは…やはり無限大という事でしょうか?(笑)
「ああ、それで構わない。適うことなら一日中キスを交わしていたいものだからね」
-----結婚して夫婦間で何か変わられた事はありますか?
「奥様がキスを積極的に強請るようになった…かな?私も嬉しくて応えてしまうのだが(笑)」
…………………………
なっっ…なんというっっっ……
こっ恥ずかしい、たわけた事を答えているんだーっっ??!!…あのバカっっ!!!雑誌を持つ手がフルフルと震えて…見る見るうちに真っ赤な顔になっていくアムロをナナイは予想通り、と頷く。
「少しセクシーな部分も有り、の雑誌ですから…まあそうお気になさらず」
完全に面白がっているとしか思えない彼女にも、アムロは少々怒りの混じった視線を向ける。
「こ、こんな恥ずかしい事…国家元首になろうとしている…組織のトップにいる人物の言う事じゃないだろっっ?!」
「あら?ネオ・ジオン総帥夫妻は大変仲睦まじい事実を、今更ながら世に示す事が出来ました…女性向ならそれでノープロブレムですわよ?寧ろ大歓迎ですわ」
彼女の背後には…ホホホホホと高笑いする邪悪?オーラさえ感じてしまう「総帥夫人」である…。
「……もしかして…面白がっている…?ナナイ大尉…」
「いいえーっ♪…でもコレ読んだ後にアムロ少佐を見たら…『総帥夫人はキスのお強請り上手』って皆思っちゃうのは仕方ないですわねーっっ♪」
「ナナイーーーーーっっっっっ!!!!!」
珍しい叫び声に…会話の内容でアムロと一緒に青くなったり赤くなったりしてたギュネイは…『少佐に同情するぜ…』としみじみ思うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「なーんてっっ恥ずかしい事を!一般大衆に向けて言うんだっっ!貴方はーっっっ!!」
夫が帰宅するなり、その雑誌の頁を突き付けて、アムロは猛然と抗議する。
シャアは軍服の詰め襟を緩めながら、それをチラリと一瞥した。
「良く出来た記事だと思うが…?私は気に入っているよ」
たまにはこんな取材も面白かったよ、と笑顔の夫に向かって「良くないーっっっ!!」と叫ぶ。
「だいたいっっ…こっこんなデタラメ言ってっっ!…俺は一日中っ好奇の感情向けられてっ…すっっっごーーーく恥ずかしかったんだからなあっっ!!」
「私は嘘など言ってはいないぞ?」
アムロの突き付けてきた雑誌を軽く取り上げて、テーブルの上に静かに置く。そして怒りの様子が冷めやらぬ妻の身体を難無くと抱き寄せた。
「君がキスに積極的になったのは…事実だろう?」
「なっ…?!!」
アムロの表情は今度は怒りとは違う赤さに染まる。
「そして…強請るのも上手になった」
ゆっくりと顔を近付けていっても…アムロは瞳を大きく見開いているが顔を背けない。
まず軽く唇に触れるだけのキス。それを何度か繰り返す。そして表情を覗き込む様に優しい視線を送ると…既に潤み始めた瞳と濡れた薄桃色の唇がシャアを熱く誘う。優しく唇を重ねて浅いキス…その後にそっと唇を離して舌で彼の下唇や口角をなぞっていく。そして再び浅いキスを…これを角度を変えて何度も繰り返す。
君の大好きなキスの手順…ほら、もうそんな艶やかな表情で私を誘っているではないか…
「……卑怯者………」
伏せた睫毛を微かに震わせて、濡れた唇から出るそんな言葉も今はただシャアを喜ばせるだけで…
「ああ、君を手に入れる為ならば…私はどんな卑怯者にもなれるだろうな…」
再び唇を軽く重ねる。アムロはそれを瞳を閉じて受け入れて…そっとその逞しい背中に手を回す。
「君のお強請りが聞きたいな…」
耳元のそんな吐息の様な熱い囁きには…もう降参するしかない。バカっ…と小さく呟いてから、両腕をシャアの首に廻して縋り付き…鼻先が触れ合う距離でアムロはその我が儘を叶える言葉を紡ぐ。
「…もっとキス…して……そして…うんと愛して……ね?」
その言葉に満足の笑顔を見せて、シャアは今度は激しく熱いキスを送った。
君のお強請りには本当に適わないよ…というシャアの思念を感じて、貴方の方が余程強請っているっっ…と返しながら、これからこの身体に訪れるであろうの互いの大きな欲情を感じて…その身を震わせるアムロであった……
THE END
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Kissの日更新…ギリギリで果たすっっ!相変わらずのゲロ甘夫婦でございますよ…ははははは
あの時代でもファッション雑誌とか無くなってない設定なのはなんだか嬉しいのであーる。(2009/5/23UP)