《  LOVE AND AFFECTION 》

 

St. Valentine's Day …
恋人達の愛の誓いの日……

前世紀時代にとある宗教に関連づけて生まれたと言われるこの行事は、宇宙世紀となった今日でも「愛を告白しあう日」とか「愛を語る日」とかいう事で、根強く残っている。やはり女性に人気のある習慣というものはいつまでも無くならないものらしい。

「少佐は…旦那様に贈り物はなさらないのですか?」

それはMS部隊の後方部隊…いわゆる事務方の女性達の何気ない一言だった。
総隊長であるアムロは、日に一度以上は決裁書類とデータや何やらを持って、この部隊の総務関係を全て処理している事務部門へと足を運ぶ。本来アムロの立場であれば秘書を付けても良い身分であるのだが…現在副官も秘書も置いては居ない総隊長の為に、彼女達は彼の立場に絡む色々な事務面も引き受け、優秀な事務処理能力でそれはそれは働いてくれているので、アムロは本当に心から感謝している。
アムロは総隊長でありながらも「総帥夫人」という身分も持っているせいか、何故か彼女達は「男の上官」であるアムロに不思議と接し易いらしい。「良いお茶が手に入りましたので少佐もどうぞ」とか「お菓子をいただいたのでー」とよくティータイムにも誘われる。もうこれは…ほとんど同性の上司に対する接し方の様だが…アムロはとっくに気にしない事にしている。
彼女達のティータイムは…意外に有効な情報収集の場だ。よく出る人間関係の噂話は、同席しているアムロの立場をついつい忘れてなのか…しかしこれが案外役に立つ。
目下の話題は一週間後に迫ったバレンタインデーの事。贈り物をどうするのかとか、今年の流行りはアレだとかコレだとか、一緒に過ごす恋人の事とか……とにかく女の子って色々と悩む事が多くて大変だなあ、とアムロがしみじみ思う程に。

そんな中で言われた台詞である…。
「やっぱりっっ…お二人ならピエール・エ○メとかステッ○ラーのお菓子取り寄せしてプレゼントし合うとかっっ…そういうバレンタインデーを過ごされるのかなあーっっと思いまして」
アムロはその菓子メーカーの名前はさーっぱり解らないし知らない。
「…ええーっと…今までそんな事した覚えないよなあ…確か去年は…俺は白い薔薇の花をたくさん貰ったけど…」
「きゃあぁぁーっっっっ!!総帥がやるとすっごい絵になりますわあっっ!!」
「やーんっっ!素敵過ぎるぅっっ!!…で?少佐は何を?」
「…へ?………ああ…そーいえば…俺、バレンタインデーに贈り物した事…ないや」
今、気が付いた事実を素直に口に出してみると…彼女達が一斉に声を上げた。
「えええーっっっっ??!!!」
「駄目ですよっっ!!少佐っっ!!…そんなロマンチックな事していただいているのにぃ!」
「今年はちゃんと少佐からも心を込めてっっっ!!」
「愛を誓い合う日!ですよっっ!!アムロ少佐っっ!」
…何故そんなにも皆で責め立てるんですかーっ?!…と、思わずその勢いにたじろぐアムロには全くその理由が解らなかった。

 

そんな風に、彼女達に責められてしまったので…少しは考えようかな…と思い立ったのである。
シャアは行事や記念日などに拘る方なのか…何かにつけて贈り物やらなにやらを計画するようだ。はっきり言って自分はどうでも良い。面倒くさいというのも原因でもあるが、逆に何故そんなにもシャアが拘るのか理解できない。
「そんな事をしなくたって…貴方の愛はちゃんと解っているよ」
包み隠しも無い、ただの当たり前の天然の一言なのだが…この台詞は実は大変この上もなく、シャアを喜ばせるものらしいが…

今日は自分が休暇でシャアは仕事…を良い事に、アムロは公邸内の厨房へと足を運んだ。
アムロの突然の来訪に驚く料理長に、少しの間厨房を借りたい旨を告げ、この材料があるかどうか聞きながらメモを渡す。
「はい…全てありますよ、大丈夫です……ははーん成る程…」
ニッコリと含み無く笑う料理長は、そのメモだけでアムロが何を誰の為に作るかを理解していた。
「お手伝いを致しましょうか?アムロ様…」
「あ…いや大丈夫だよ。今日は…試作品を作るだけだから」
「そうですか…では此処の調理器具の使い方をお教え致しますね」
主が厨房に出入りするのが好ましくない、と言われる旧貴族の習慣が残るこの邸では、実はアムロが此処に立つのは初めてであった。…まあこういう理由なら許してくれるかも?と思いつつ、女中頭にも何も言わずに来てしまったのだけど。

取り敢えず…今回挑戦するのは…ベタであるが「チョコレートケーキ」。
この手のケーキは生まれて初めて作るものだが…マニュアル通りに分量や手順に一寸の狂いもなく…この図解説マニュアル通りにバッチリ作ればっっ…ちゃんと出来上がる事はアムロは理解している。しかしその味は出来上がって味見をしてみないと、自分には全く予想がつかないのだ。どうせ作るならシャアの好みに一番近いものを作りたいし!故に全て片っ端から作ってみる事にした。「とりあえず出来る限りの試作品を作ってみよう」と、どどんっっと後方部の女子達が(無理矢理)貸してくれた、試作品の為の図解説マニュアル本を積み上げた。
(後で「それは『マニュアル』ではなくどちらかというと『レシピ』…って言いますねぇ」と料理長に突っ込まれた総帥夫人であった)

そういえば…シャアの為に料理した事なんてないな…
ふと思い立つ。もちろんアムロも料理が出来ないワケではないが…こういう立場故に今まで必要が無かったのだ。新婚旅行先で簡単なモノを作ってあげた事はあったのだが…今回は菓子類ではあるが、初めてシャアの為に…作るモノなのか。
「シャア…喜んで…くれるかな?」
スパチュラから直接生クリームの味見をしながら…シャア本人が聞いていたら、それこそ飛び上がり熱い抱擁を仕掛けてきそうな台詞を口にする総帥夫人である。

「…ううむ…コレも駄目だな…」
本日12個目のケーキの味見。…今のところ、理想の味に巡り会えていない。
「8番目のヤツが一番近いと言えば近いのだけど…弾力と甘さに少々難あり、だしなあ…」
料理長に相談すれば、適度な分量のアドバイスをくれるのだろうが…目下の所「マニュアル通りに!」から脱けられないアムロなのである。
目の前には一欠片ずつ切り取られたチョコレートケーキの数々…。さてどうしようか…と、ふと思い立ち厨房から出る。そして直ぐその場で出くわした二人のメイドに声を掛けた。
「はい…ってアムロ様っっ?!…まあ…お珍しい場所からお珍しい格好でいらして…」
目をパチクリさせている彼女達を手招きして厨房の中へと誘う。
「まあっっ!なんて綺麗で素敵なケーキ達!…ええっ?!アムロ様がお作りになったのですかっ?!」
「うんまあ…ね。とりあえずもう目的は果たしたので…良かったら皆で食べてくれるかな?…後片付けさせるようで悪いんだけど…」
「宜しいんですかっ?…嬉しいですー♪…アムロ様…これはもしかしてバレンタインデー用の…ですか?」
「えっ…?!…うん……まあ…その…ね」
思わず赤くなる自分達の「女主人」にきゃあっ♪…と興奮するメイド達である。
(もうっアムロ様ったらっっ…ケーキの練習なんてっっ可愛らし過ぎるーっ!!)
(旦那様も幸せモノよねーっっアムロ様の愛は深過ぎるわーっっ!)
「しかし…どれもデコレーションも凄く凝ってらっしゃるわ…アムロ様って本当に器用でいらっしゃいますのね」
「マニュアル通りにしただけ…なんだけど?試作品だからさ、全ての部品を寸分違わずに作らないと、俺は気が済まないんだよね…実際の稼働の時に狂ったら困るし」
「………ケーキのお話…ですよね?」
メイド達は苦笑いをしながら、ふとアムロの姿をしみじみ見る。
「ところでアムロ様……ケーキは最高ですけれど……そのエプロンは…」
「いただけませんわねぇ…」
「えっ?!…何か…駄目なの…かい?」
突然しげしげとキツイ視線を送られて焦るアムロであった。
「駄目です。そんなお子様チックなモノでは…
旦那様は萌えません!
「絶対に旦那様の好みには思えませんわっっ!」
はあーっっ?!!
「……あ…いや…その…別にシャアにはエプロン姿は見せない…けど?」
「何を言っているのですっっアムロ様っっ!!初めてお作りになったケーキをエプロン姿で手渡すっっ!!そこまで愛を見せずしてどこで見せるのですかっ?!!」
「旦那様は絶対にアムロ様のエプロン姿を見たいと願ってらっしゃるハズですわっっ!!バレンタインデーは愛を誓い合う日!ですよっ!アムロ様っっ!!」
……その台詞、昨日も聞いた気がします……はい。
「まだ私達の使っているエプロンの方がもう全然マシかとっっ!…エミリア!予備のを持ってきてくださいなっ」
力強く頷いて走っていく彼女を呆然と見つめているアムロに
「さあっ…アムロ様っっそんな子供なモノは取ってくださいましっっ!!」
迫ってくるもう一人のメイドの…その凄い勢いに従うしかないのであった。
「お待たせっっミランダ!…持ってきましたわよっっ」
「ありがとうっっ…さあアムロ様…こちらをちょっとお付けになってください」
手渡されたのは、彼女達の身に付けている物と同じ…フリルのついた長いドレスエプロンである…。こ、これを使えとっ?!
どうしようっっ…と焦ったが、うんうんと自分に向かって頷く二人の勢いに…取り敢えずそっとそれを付けてみた。柔らかい布がフワリと身体に巻き付く。
「まあっっアムロ様…!なんてお似合いっっ!!」
「とても可愛らしいですわっっ!!」
きゃあきゃあっと騒ぐ彼女達に対して、ただひたすら引き攣る笑いで返すしかない。
「…ねえエミリア……こうなると……フルセットで見たく…ない?」
「…抜かりなくてよ…ミランダ……全てセットで持ってきましたわ…」
キラリーンっっ☆…と輝く彼女達の瞳に思わず後ずさるアムロである…。
…なっっ…何だっっいったい…?!このプレッシャーはっっっ?!!

 

「あああーっっっっアムロ様っっっっ…思っていた通りですうぅぅぅーーー!!」
「な…なんてお似合いなのですかあっっーーっ…か、可愛いらし過ぎますーっっ!!!」



「……あ……あのね………」
「…やっぱり…この色だから絶対に似合うっっと思ってましたのよっっ!」
「もうもうっ……私達より断然似合うんですものぉぉ…!!素敵過ぎるーっっ!!」
まさに
萌えですわっっ!…とビシッと親指を立てている二人のメイドの…もの凄い勢いとプレッシャーに負けて…ついつい着ざるを得なかったのであるが……
な…何でこんなの着ているのですか…俺……これって…これってぇぇ!
ど…どー考えてもオカシイだろっっ?!ああ…っっ!俺ってば…いったい何をやっているんだあぁーーーっっ??!!!
こんなみっともない姿は絶対にシャアには見せたくないっっ!!…と必死に考え、涙を流しながら興奮しまくる二人に、脱ぐよっっと告げようとした瞬間に……!
………とーーっても良く知っている気配に触れる感触が………!!

うっ嘘ぉぉーっっ?!か…帰ってきたあぁーっっっっ!!

「アムロ様…旦那様がお帰りに………ってえ?…え…?……え?!
ええーっっ?!あっ…アムロ様ーっっっ??!!
アムロを呼びに来た使用人が、その姿に腰を抜かさんばかりに驚いている。そりゃそーだ。
「あ…あっ…お…俺…きっ着替えてくるからーっっっ!!!」
走り出そうとするアムロの襟首をいきなりむんずっっ…と掴むエミリア&ミランダのメイドコンビ。
「…駄目ですよ?アムロ様……旦那様に見ていただきましょう…ね?」
「こんなに可愛らしい姿……見せずにどうなさいますの?」
…目っっ!目が座っているんですけどっっ?!貴女達ーっっっっ!!

ズルズルと引き摺られる様に公邸の玄関口ホールと連れて行かれる。其処には当然大勢の使用人達とメイド達が待っており…そこに現れたアムロの姿に誰もが一目見て「アレ?」という顔をした後に…驚愕の表情へと変わっていく。程なくして一様にトンデモナイ表情の彼らの前に、邸の主人がその長身の姿を現した。
「お…お帰りなさいませっっ!旦那様っっっっ!」
ん?と眉を顰めるシャア。異常な雰囲気に瞬時に気付くところは流石である。…が…直ぐにその原因を理解してしまった。目の前の出迎えた妻…inメイド服…の姿……
「お…お帰り……シャア……」
アムロは本当に恥ずかしくてたまらないのである…。
今にも泣きださんばかりの表情で、これにはワケがねっ…と訴えようとした時…
「ふむ…思っていた通りだ…本当によく似合う」
「……へっっ…?!!」
思わず夫の顔を驚愕の表情で見つめる妻アムロ。彼はニッコリとそれはそれは…麗しい笑顔を見せている。そしてシャアはいきなりアムロの身体をフワりと抱き上げた。そのまま当然迷うこともなく2階へと向かう。
「バレンタインデーにはちょっと早いのだろうが…」
さり気なく奥方の頬に幾度かのキスを落とす。
「素敵なプレゼントだね…アムロ…喜んで戴く事にするよ」
「ちっっ違うーっっっ!!…これはねっっ!待ってっっ待ってってば?!シャアーっっっ!!」
ジタバタと必死で暴れるが、一向に耳を貸さない夫は明らかに
大変嬉々としている……のが解った…。でぇーっっ!何でっ?!と焦りまくるアムロ……
こ、こんな姿が…良いのかっっ?!シャアっっ!!
どう考えてもそのまま寝室に向かったであろう総帥夫妻を…顔は上げずにただひたすら頭を下げて見送っていた使用人達…。彼らは一様に複雑な表情と感情を持って見守っていた…
ただ…夢見がちの表情の二人のメイドを覗いては。
(…やっぱり旦那様…とても喜んでらしたわよねっっ…)
(良かったわ…今夜もお二人は幸せなハズよ…)
頬を赤らめてキラキラとした目で夫妻を見つめていた彼女達の背後から低い声が響く…。
「……二人とも……こちらに来なさい……お話があります…」
額にヒクヒクと怒りマークを付け、最強NTも真っ青のデンデンドロドロプレッシャーを放った女中頭の姿がそこにはあった……。

 

メイドの領分を越えた行為、として本来ならば罰せられなければならない彼女達であったが……主人が大変大変ご満悦であった為に、何のお咎めも無かったようである。
…ちょっと不思議なのは本来文句を言ってきても良いハズの「奥様」が何も言ってこない事……そしてあのメイド服が返ってこない事、であるが…。実際はそれも気にしてはいけない身分…取り敢えず暫くは大人しく仕事に専念しているようであった。

 

END

BACK

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リクエストは「エプロン姿の総帥夫人」を取らせていただいたのですが…
なっ何故かっっ?!こんなシロモノにーっっ…すみませんすみません!!
こんなモノでも30008の方に捧げさせていただきますー
(2009/2/14UP)